第6章 探す碧燕
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20A. 湖城にて 後編
部屋に戻った私たち――――私は思ったよりも時間がなかった。支度をすればディナーになる。
セブからはスラグ・クラブのクリスマス・パーティーで着るようなドレスを持ってきてほしいと事前に言われていた。このホテルなら納得だ。
慎重に化粧をした私の手にはドレスが2着ある。
1着目はワインレッド、深いVネックでレースの長袖がついた膝下丈のドレス。
もう1着はオフショルダーの濃い紫のドレス。両方とも大人っぽく見えるようにスカートの裾は広がり過ぎないようになっている。
『どっちがいいと思う?』
ソファーで寛いでいるセブの前に回り込み、ドレスを交互に当てながら尋ねる。
「着てみてくれ」
ソファーの肘掛に肘をついて頬杖をついたセブは楽しそうな声を滲ませていた。
『じゃあVネックから』
お上品そうなこちらは無難だと思う。
ポンと早着替え。
セブの前でスカートを広げるくらいの勢いをつけてクルリと回る。
『どうでしょう!』
何となく気恥ずかしくて大きく手を広げておどけて見せる。私の目は何を考えているか分からない視線とぶつかった。
『セブ?』
手を下ろす。
無反応なセブに心配になる。
もしこれで可笑しなドレスだったらもう1枚は更に場違いなドレスになってしまうのだが。
『セブ?』
もう1度名前を呼ぶ。
「こちらへ」
セブが自分の横をトントンと叩いた。
座ると上から下へ検査するような視線。
「次を着てくれ」
『感想は?』
「申し分ない」
そっけない。
『場違いな服ではないでしょう?』
「あぁ」
またそっけない。
私は少しがっかりしながら早着替え。
今度はふざけなかった。
そのかわりに、両掌を鎖骨に添え、たっぷりと時間をかけて掌で体の線をなぞっていった。
『どうかしら』
ただし、ここまでしか考えていなかったので、私は棒立ちになった。
『あなたの好みの方を着るわ』
まだ私は棒立ちだ。言葉も棒読みだ。
「好きな方にするといい」
『今夜の下着は私が決めるのよ。ドレスくらいセブが決めてくれたっていいでしょう?』
不満を表しているのにセブの表情は先ほどから変わらない。
セブはまた自分の隣を叩いた。
私はその指示を無視した。
そして膝の上に横座りで乗ってやった。
「っ!」
セブの手を自分の腰に回す。
「……」
無表情!つまらないっ。
この胸にもう少し肉があれば良かったのだろうか?
自分評価になるが谷間もあるし形も悪くないと思う。確かに雑誌のグラマーなお姉さんと比べてしまうと寂しいが……。
手をクロスさせて脇に入れて胸を寄せてみる。
食事の間だけでも部分変化で豊胸しようか。しかし、後が虚しくなるだけなのでそれはせずに胸と服の形を整えて谷間を深めるに留めた。
3連のネックレスが胸の谷間に落ちて光る。
ふと視線を感じて目線を上げるとセブと視線があった。
私は大好きな顔が目の前にあって嬉しくなり、ニッコリしながら掠めるようなキスをした。
『そろそろ食事に行きましょう』
「っ!」
『っ!?』
私は空中に浮く感覚に息を飲んだ。
セブが私を抱きかかえて部屋を横切りだした。
『えっ、えっ』
目を白黒させる。
「ユキはいつもこうだ」
ベッドルームに入った。
「我輩の理性が弱いのか?」
体が跳ねるほどの勢いでベッドへと投げられた。
『せ、セブ!?』
「今まで何度も抑えてきた」
セブが乱暴に靴を脱いだ音。
『まだ駄目よ』
セブが私の上に跨った。
「あと少しなら耐えられると思ってきた。だが、君は何度も我輩を試す」
私に向かって言っているのではないように思えた。大きな独り言のようだった。何故なら私がセブの名前を呼んでも全く反応しないから。
「もう限界だ」
飢えた獣のような目。
「君が悪い」
『だ、ダメだって!ディナーが、あッ』
激しい愛撫が始まった。
ダメなのに嫌じゃないから本気で抵抗する気が起きなかった。
しかもその抵抗もセブの上手すぎるキスによって消えていってしまう。
セブは自分の舌に私の舌を絡めたまま私の体をまさぐりだした。
彼の大きな手が私の胸に到達し、弱くもなく、しかし痛くもない力強さで揉みだした。
『んっ……!?』
キスが気持ちいい――――
『ぷはっ』
漸く吸えた酸素を思い切り吸い込む私の口から『あぁっ』と嬌声が上がる。
セブは遠慮なく私の首に吸い付いていた。絶対跡が出来ている!
官能が強過ぎて苦しみさえ感じそうなキスに溺れる私は完全に溺れ切ってしまう前にと荒くなる息の中から声を出す。
『わ、私、う、上手く、あっ、出来るように、んっ……頑張る、ハァ、から。それから、あの……っ……言いたい、私……』
急に始まったのもあって、今の気持ちは少し怖いけど。
『あ、あなたが好きよ。愛している』
だから、セブ、あなたと愛し合いたい。とても望んでいる。
『はあっ、はあっ、大好きなの。だから、今日が嬉しい……』
少しだけ震えてしまっている体、情けない。
一方的に与えられる快感。しかし、セブの勢いに対して初心者の私にはなす術もない。今日は受け身になってしまうのを許してほしいと思っていると、先ほどからセブの動きが止まっていることに気が付いた。
『セブ?』
急に静かだ。
『ど、どうしちゃったの?』
私まさか無意識にどこか、ソコを蹴り上げたりなんかしていないわよね!?あわわわわわ。
『どこか痛む?』
私はセブのソコを見た。余りにも元気な様子で視線を直ぐに逸らした。では……
『気分が悪くなった?それとも気に障ることした?』
セブは彼の元へ近づく私にそれ以上来るなと掌を向けた。
「ユキ、すまない」
『謝られることなんかされてないわ』
「優しい言葉をかけてもらう資格なんかない」
『さっきからちょっと……あなたの言葉を理解出来ていない』
「ユキ……君はもっと大切に扱われるべきなんだ。先ほどのは我輩の過ちだった。許してくれ。だが、すまないが、すまないが……少し1人の時間を貰いたい」
『……?十分、大事にされている。私も先ほど……望んでいた。でも、そうね。ディナーに遅れちゃう。着替えるわ』
セブは兎に角1人になりたいらしい。心配だが彼の中の問題ならそっとしておこう。私も言いたいことは伝えてある。
このドレスはぐちゃぐちゃだから赤いドレスに着替えよう。
ドレスを着替えて髪を整えているとバツの悪そうな顔のセブがバスルームから出てきた。
「待たせたな。時間だろう」
『何を気にしたのか知らないけど、そんな顔はやめて。美味しい料理を楽しみましょう』
セブの顔に手を伸ばすと恐れるようにピクッと体が跳ねた。私はそれを小さく笑ってセブの頬に手を添える。そして背伸びをして薄い唇にキスをした。微笑んだセブは少し元気を取り戻したようだった。
「行こう」
セブは元に戻ったようで完璧なエスコートを見せてくれた。扉を開き、腕を貸し、7センチヒールに履き替えた私をしっかり支えて階段を上っていく。
ディナーの部屋へと入った私は息を飲んだ。
天井には満天の星空があり、銀色のキラキラした魚が泳いでいた。シャンデリアは吊るされていないのに宙に浮かんでいる。
『足元を見て。キラキラしている。この部屋は何処を見てもキラキラしているわ』
一歩足を踏み出せば光が床で弾けた。
舞踏の間であったこの部屋は広く、テーブル同士が離れているため余計な気遣いがいらない。私たちはステンドグラスの窓の横のテーブルだ。
魔法で演奏されるカルテット。
お行儀悪く舞踏の間をキョロキョロしているとウエイターが来てピンクゴールドのシャンパンを注いでくれる。
『お誕生日おめでとう、セブ』
「……忘れていた」
『そのお祝いで来ているのよ?』
くすくす笑う。
『素敵な歳になりますように』
チンッ
シュワシュワ
今日はフルコース。アミューズから始まる。ベーコンとトマトのキッシュ。空腹が和らいだ。続けて前菜、スープ。どれも美味しい。
『セブはどんな料理が好き?』
「食には特にこだわりがあるわけでは……」
『美味しいって感じるもの、あるでしょう?今は?』
「美味しく食している」
もごもごと言った。
『あなたの胃袋を掴むのは難しそうね。いいわ。時間はある。頑張るわ』
それにしても顔に出にくい人だと思っていると小さな声で「オコノミヤキ」と聞こえた。
『オコノミヤキ?美味しかったもの?』
「ジャパン・デイで君と食べたものだ。あれは美味しかった」
少し恥ずかしそうに言うセブの前で私はパッと顔を輝かせる。
『帰ったら作るわ』
「頼む」
マンドラゴラソースがかけられた魔法生物ディリコールの炭火焼に舌鼓を打った私はそろそろ頃合いかと思いウェイターに手を挙げた。ソムリエがテーブルに来てくれる。
『付き合ってくれる?』
ソムリエが出したのは城案内から帰るときに密かに影分身を行かせて頼ませたワイン。
『セブが生まれた年のワインなの』
「いつの間にだな。驚いた。だが……1971年に変えてもらうことは可能かね?」
セブがソムリエに言った。
「承知いたしました」
私は不思議に思いながら目を瞬いた。
「自分が生まれた時よりも君と出会えたことの方が喜ばしい」
『セブ……』
ディープ・パープルのワインが注がれる。
静かにグラスを合わせて口に含む。木の香りに熟れた葡萄の香りが混ざる。芳香で少し辛みがある。
『とても美味しい』
私はニッコリしながら飲み干した。直ぐに気が付いてくれてウエイターがワインを注いでくれる。
「飲み過ぎぬように」
『そうね。大事な夜だもの……あ』
揶揄うような視線に私はワインのように赤くなった。
何と呼べばよいのか分からないがとても綺麗で芸術的なデザートをどうやって食べようか迷っているとホテルの支配人がやってきた。
「お寛ぎ頂いておりますか?」
『とっても』
「ありがとうございます」
『何かあるんですか?』
前方の方で何か準備をしている様子だ。
「当ホテルは落城後500周年となっており、ちょっとした催しを致します。ご参加されませんか?」
『何をするんですか?』
「呪い破りです。商品もあります。ただ……今回の優勝はあの方がおりますので……参加を楽しんで頂くかたちになりますが」
私は支配人の視線を追った。
『嘘。マリウス・オッターだわ』
私の良すぎる目は1番遠くのテーブルで寛ぐ人物を捉えた。
「ユキ。あのマリウス・オッターか?」
セブは冷静を装うとしていたが、その声には興奮が滲んでいた。
マリウス・オッターといえばインダスの翡翠像、マヤの呪い鏡の呪いを破った伝説の呪い破りだ。彼は蛙チョコレートのおまけカードにもなっている。その伝説が作られたのは私たちがホグワーツ生2年生の時。興奮しながら新聞を読んだのを覚えている。
『是非出ます』
「ありがとうございます」
支配人が去って行ってセブを見る。
『興奮するわ』
「我輩は見世物になる気はないぞ」
『でも、セブだって興奮しているでしょう?あのマリウス・オッターよ?見世物になってでも手合わせしてみたいわ』
準備が出来たらしくウエイターに声を掛けられて私たちは前へ。各々のテーブルには3つの物が置かれていた。オルゴール、時計、掌サイズの真珠色のユニコーン像。
舞踏の間は穏やかな喋り声で満ちていた。競技に参加しないお客さんは用意されたソファーに座っている。大人が集まる場だけあって和やかな雰囲気が漂っており、賑やかしや激しい興奮はない。皆この催しを星の間で姫の歌を聞いた時と同じように穏やかに楽しんでいた。
ペアで競技に臨む者ばかりだが、チラと憧れのマリウス・オッターを見ると1人で競技に臨むようだ。
「1番早く呪いを解いた方の勝ちです。呪いを解くと物は動き出します。では、始めましょう」
支配人さんがベルを頭上に掲げてチリンと振った。
私はユニコーン、セブは時計から始めた。
杖で何の呪いがかけてあるか調べる。複数の呪文がかけてある。まず1番上は硬化呪文。私は杖を振って呪いを解いた。次は変色呪文。これは少し難しい呪文がかけられていた。呪文はあと1つかしら。と思っているとボーンという音と共に鳥の鳴き声が聞こえた。視線を向けるとマリウス・オッターの時計から水色の鳥が飛び立つところ。
綺麗な鳥に目を奪われているとすぐ横からも鐘の音が聞こえてくる。セブが呪いを破ったのだ。菫色の鳥は愛らしい声で鳴きながら私の周りを2周飛んだ。セブは次のオルゴールに取り掛かっている。私も頑張らねば!
杖を振る。
――――――解けた!
「おお!」
ギャラリーから拍手が沸いた。時間凍結呪文の解かれた私のユニコーンがテーブルを走り出した。
『おいで』
セブの前に止まって興味深そうに見ているユニコーンに呼びかけるとこちらへ走ってくる。
邪魔するのは良くない。任せよう。
私はユニコーンを手の中で撫でながらセブを見つめていた。
真剣な横顔が素敵。
正直勝ち負けなどどうでもよくなってきていた。凛々しい恋人の顔に見惚れているとセブの口角が少しだけ上がった。
パカリと開いたオルゴールの蓋。
タランタ~タラランラ~♪
セブが呪いを破った!
開いたオルゴールを覗き込むと、蓋の裏の鏡に刻まれていたユニコーンと乙女たちが優雅に踊っていた。
『あなたって凄いわ』
「人前だぞ。抱き着くな」
しかし、セブは私の体を押し避けようとはしなかった。
「優勝者に拍手を」
注目されて居心地悪そうなセブの隣で私は自慢の恋人を誇らしく思いニコニコしている。
私たちには優勝賞品として無期限で使えるホテルの宿泊券が贈られた。死んでからでも利用可能とのこと。
「素晴らしい手腕でした」
声に顔を向ければマリウス・オッターが奥様と腕を組んでこちらへ来てくれた。
「お名前をお伺いしても?」
マリウス・オッターがセブを見た。
「セブルス・スネイプです。あなたのことは学生の頃に新聞を読んで以来尊敬しておりました」
「尊敬なんて、いやいや」
マリウス・オッターは照れ臭そうに笑って奥様とほほ笑み合った。
「あなたも短時間で素晴らしかった」
マリウス・オッターが私ににっこりした。
『あの伝説の呪い破りにお褒め頂けるなんて……感激です』
あの伝説の呪い破りに褒められた!
部屋へと帰る私はニコニコが隠せない。
「顔がだらしないぞ」
『だってあのマリウス・オッターに褒められたのよ。そしてあなたはあのマリウス・オッターより早く呪いを破った』
「鬱陶しい眼差しで見るのはやめてくれ」
『ふふふ』
お酒と呪い破りの興奮で体が熱い私は部屋に戻ってすぐバルコニーへと向かった。
『気持ち良い』
セブが横に来てくれる。
『今なら箒なしで飛べそうな気分』
「今夜は傍にいてくれ」
『もちろんよ』
夜空を見上げると満天の星。
『私が魔法界に来て2年目のクリスマスの時、箒に乗って2人で星を見たわね』
「懐かしいな」
美しい空を見上げる。宝石箱をひっくり返したようだ。
瞬く星に向かって冷たい空気が吹き上げてくる。
『体が冷えたでしょう?先にバスルームを使って』
「分かったユキも体を冷やさないように」
『うん。もう少し夜空を堪能したら中へ入るわ』
私は暫し夜空を楽しんだ後、中へと入り荷物からプレゼントを出した。
『温まっ……』
バスルームから出てきた気配に振り向いた私は言葉を切った。備え付けのホテルの白いバスローブ姿のセブ。濡れて熱を放つ体とⅤ字に深く開いた襟元からは胸板が見える。大人の色気を放っていて、私の心臓がドクドクと打つ。
「なんだ?」
『セブの色気に当てられて固まっている』
セブは私を楽しそうに小さく鼻で笑ってソファーに腰かけた。
「これは?」
ソファーに置かれているプレゼントに目を向けている。
『セブへの誕生日プレゼントよ。高価な物じゃないのだけれど』
私はセブにプレゼントを差し出す。
『お誕生日おめでとう、セブ』
包みを破ったセブは微笑んだ。
「あの時の写真か」
渡したのは魔法がかけられているクリスタルでできた写真立て。4枚の写真が入るようになっている。
1枚だけ入っている写真はロンドン観光の時のもの。困った奴だと微笑むセブの横で、私は後ろのロンドン塔を見上げたり、カメラに手を振ったり、セブにニコニコしたり。
暖炉の炎がクリスタルの写真立てに反射して美しい。
私は写真のセブの鼻をつついた。
嫌そうに振り払われる。
『ふふ』
「人の顔で遊ぶな」
『ごめん』
「君もバスルームを使うといい」
『うん。行ってくる』
バスタブにお湯を張って私は新たに新規購入したボディーソープで体を洗う。全身をくまなくチェックしてからお風呂から上がった私は運命のくじびきをしようとしていた。
私は曇った鏡にあみだくじを書いていた。
3本線をのばし、梯子をかけて、1番下に文字を書く。白、黒、なし。
私はよし、と鏡をなぞっていく。
きゅきゅきゅーと鏡が摩れる音。たどり着いたのは「なし」。
『いやいやいやいや。無理無理無理無理』
結果が分かって初めて自分の気持ちが分かった。
私は鏡のあみだくじを手で消し去る。
これは私の今晩の下着の色。セブの好みは聞けない。好きにしろとにべもない答えが返ってきていたからだ。自分でも決められなくてこうしてくじに頼っていたわけだ。
『もう1時間半もバスルームに籠っているわ』
さすがに出ないと。普段の私なら10分でバスルームから出る。
ハンガーにかけて吊るしている下着を見る。無垢な白かセクシーな黒か、候補はこの2つに絞られた。バスローブの下に裸体は勇気がないし自分が望んでいないと先ほど分かった。私はセクシーな黒を見た。
『……上級者向けっぽそう』
白を見る。
『下手をしても許されそうじゃない?』
無垢なだけに。
『よし』
私はむんずと白い下着を掴んで着替え、せめてもの抵抗で脇から肉を寄せ集めて胸を作り上げる。おしりは……どうしようも無い。部分的に変化する?いや、もし変化が解けたら最悪だ。あるがままでいくしかないのだ。
「あ、簪は?」
髪はいつものように結っておくべき?それともお風呂上がりだし下ろしておく?あああ!これ以上籠っている時間はないわよ。私は髪を結って簪を刺した。
いざ行かん!
上にバスローブを羽織り、私は勇ましく外開きの扉を開けた。
バンッ
「ごっ」
ごっ?
一瞬見えた人影にさーっと青くなりながらバスルームを出る。
そこには顔を手で抑えたセブがよろけていた。
『ひっ。ごめんなさい!』
「元気そうでなによりだ」
全然なによりとは思っていない声で言われる。
「倒れたかと思ったぞ」
『ちょっと、準備が色々』
言っていて恥ずかしくなってきた。
セブの前で私はオロオロするばかりだ。
「長湯をし過ぎだ。水を飲め」
部屋を横切っていくセブの後に続く。3人がけのゆったりとしたソファーに2人で座るとミネラルウォーターをグラスについでくれる。
『……』
もはやグラスを持つ手が震えていて情けない。
『はぁ。もう、何もかものタイミングがわからないわ』
私は暖炉の火を見ながら肩を落とした。
この簪も外すタイミングが分からないなら今取ってしまおう。
髪の毛から簪を引き出していると、私の手にセブの手が重なった。
うなじに口付けが落とされる。私は手を離してセブに簪を任せた。
パサリと落ちた髪。
セブは私の髪をスーと梳き出した。
幸運にも、1度も引っかからなかった。
振り向けば髪をひと房とってセブが口付けを落とすところ。
「後で枕元に置けばよいか?」
『うん』
セブはバスローブのポケットに簪をしまい、私を抱き寄せて横向きに膝の上へと導いた。
ふと思い出す。
『そうだわ。良い雰囲気になる前に真面目な話をさせてちょうだい。乙女の結界ってなんなの?』
真面目に話しているのにセブがふっと笑った。
『もうっ。はぐらかしたり、笑ったり。酷いんじゃない?』
「すまない。ここで持ち出すとは……いや、ここで持ち出すべき話題だ」
セブの声に艶味が増して低くなった。
『っ!せ、せぶ?』
セブが私の腰に手を回し、もう一方の手でローブの上から私の太腿を撫で始める。
『ま、またはぐらかすつもりなの?』
「いいや、答えを教えるつもりだ」
『ど、どういう……っ!』
バスローブの裾の間から侵入してきた手は内太腿を撫でながら上へ上へと上がってくる。
「乙女の結界の意味を知りたいか?」
『もう、そ、それどころじゃ』
緊張でピシリと固まる私の子宮の上へ大きな色っぽい手がやってきた。そこに置かれた大きな手は円を描いて回り、そしてココだというようにトントンと叩かれる。
「分かったか?」
『え、それって――――あっ!』
私の顔が一気に紅潮した。
「くく、珍しく察しが良いな」
『ど、ど、どうしてもっと早く教えてくれなかったのよ!わ、私、大声で何度も言って!』
「これを口で説明しろと?無知は罪だぞ、ユキ」
『恥ずかしくて消えたいわよ』
「今後気をつける事だな」
『はあぁ』
私は顔を覆った。
『お水を飲むわ』
いたたまれなくてセブの上から下りて離れ、水を飲む。
「しっかり潤しておくといい。声が叫び枯れしないように」
『セブってどーしてそう意地悪なのかしら!』
「では、今日は言葉の方は慎もう」
『セブ!』
ふっと笑ったセブは手を差し出す。惚れた弱みだ。怒りはあっさり消えた。
私はグラスを置いて、落ち着けるように息を小さくだし、差し出された手を取った。セブに導かれて私たちはベッドルームへ向かっていく。
セブが布団を捲った。
ドキドキする。
『セブ』
優しい口付けは次第に激しくなっていく。もっとセブを感じたいと彼の首に腕を回しお互いを求めあう。
唇が離れ、見つめ合う私たち。
ふわりと体が浮いた。
私はさっきと違い投げられなかった。
「愛している。ずっと大切にする」
自分が繊細な飴細工にでもなったような気分になった。私の事は多少ぞんざいに扱っても壊れることはないと知っているはずなのにとても大事で壊れやすいもののようにベッドに横たえてくれた。
それだけでもう幸せな気持ちになってうっとりとセブを見上げる。
「肌が滑らかで陶器のようだ」
セブが私の輪郭を掌でなぞった。
「柔らかいこの唇はとても美味い」
ニヤリと口角を上げる。
「本当に良く聞こえる耳だ。いつも驚かされる」
『ひゃっ』
耳にキスされて息を吹きかけられ擽ったく、私はクスクス笑った。
「絹糸のような黒髪に手を通せる栄誉を嬉しく思う」
今回も奇跡的にセブの指は止まることなく私の髪を梳いた。
「そしてこの瞳だ」
動揺して揺れる私の瞳。
穴の開いた 不気味な 死んだような
この瞳は褒めようがないだろう。
しかし、セブは温かい眼差しで私の目を見つめてくれていた。
「純粋で真っ直ぐな瞳。思慮深く、時に鋭く、好奇心に輝く」
『そんな風に……見ていてくれていたの?』
鼻が痛くなって目に涙が溜まった。
「君が我輩を見る目が好きだ。美しく、情熱的な目」
唇が重なる。薄い唇から差し出された舌は優しく私の舌に絡んだ。
「一生君を愛し抜く、ユキ。これから先も傍にいて欲しい」
『あなたと共に生きていきたい。セブ、愛してる』
穏やかな日も
荒れ狂う波にあっても
手を取り進んでいこう―――――――