第1章 優しき蝙蝠
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17.賢者の石 前編
『どうやってクィレル教授が部屋から抜け出したのか分からないのです』
スネイプ教授に禁じられた森で見た事とクィレル教授のことを話す。
「ポートキーを使った可能性はある」
『それはどんなものでしょう?』
説明を聞き、眉を寄せる。ポートキーは見張る側としては随分と厄介そうな品物のようだ。しかし、話を聞いていて手を打つことはできると思った。
『クィレル教授を24時間見張っています。新たにポートキーを設置するのは難しいでしょう』
ポートキー以外に方法はあるのだろうかと考えていると小さなため息が聞こえてきた。顔をあげると心配そうな顔をしたスネイプ教授の顔。
「クィレルを見張っているなど聞いていない。いつからだ?」
『グリフィンドールとハッフルパフのクィディッチの試合があった日からです』
「どうして我輩に何も言わなかったのだ?」
少しイライラとしたスネイプ教授の声に私はさらに眉を潜めた。
『今まで目立った動きがなかったので報告する必要はありませんでしたから』
「まったく、お前という奴は……クィレルを甘く見るな。お前が見張っていることに気づいているだろう。何をされるかわからん」
『何かされても影分身が消されるだけで本体の私には影響ありません。いだっ』
思い切り額にデコピンされる。
「絶対に無茶をするな。もっと自分を大事にしろ」
『はい……?』
「馬鹿者」
呆れた声。
「クィレルに動きがあったらすぐに言え。いいな?」
『わかりました』
「それから、できるだけ我輩の目の届く範囲にいろ」
それじゃあ見張れないじゃない。
訳が分からないと呟いたら二度目のデコピンを受けた。
***
「試験終わったんか?お茶でも飲むか、ユキ」
試験で使った手裏剣が入った小箱を肩に乗せて歩いていると、家の外で豆のさやを剥いていたハグリッドが声をかけてくれた。
『うん。ありがとう!』
小箱を椅子がわりにして座りハグリッドが渡してくれたお茶を飲む。
爽やかなアイスハーブティーが心も体もスッキリとさせてくれる。
これで試験の採点がなかったらより気分がいいのだけど。
暑すぎて陽炎がゆらゆらと揺れる校庭を見ていると、向こうからハリーたちが全力疾走で走ってやってきた。ロンとハーマイオニーが私の顔を見てドキリとした顔をしたが、ハリーは構わず口を開く。
「ハグリッド、ノーバードを賭けで手に入れた夜のこと覚えてる?トランプをした相手の人ってどんな人だった?」
「わからんよ。マントを着たままだったから」
『ノーバード?』
「ホッグズ・ヘッドで手に入れた可愛いドラゴンだよ。俺に懐いてたんだがな。泣く泣く手放すことになっちまって」
『えードラゴン見たかったなぁ……熱中症?これ飲む?』
「ありがとう」
力が抜けたようにへなへなと座り込むハリーはカップを受け取ると一気に飲み干した。この様子なら大丈夫そうだ。
「ハグリッド、その人とホグワーツの話をした?」
ハリーの問いにハグリッドは思い出そうと顔をしかめてから話し出す。
ホグワーツで森番をしていること、ドラゴンが欲しかったこと、そして「―――フラッフィーに比べりゃドラゴンなんて楽なもんだって……」と言って話を切った。
ハリーから空のカップを受け取り額に当てて冷やしながら、ショックを受けている生徒達の様子を見る。
「そ、その人はフラッフィーに興味があるみたいだった?」
いったいハグリッドは何を話してしまったの?
「フラッフィーなんか、音楽を聴かせたらすぐねんねしちまうから、扱いなんてお茶の子さいさいだって言ってやったんだ……」
ハグリッドはようやく、しまったという顔をした。途端に三人は顔を見合わせてあっという間に城の方へと駆けて行ってしまった。
「まさかハリー達はまだ賢者の石について調べとるんか……」
『大丈夫よ。無茶なことをしないように言っておくわ。お茶ごちそうさま!』
笑顔を作り私は城へと歩いて行く。
ハグリッドのトランプの相手とやらはクィレル教授とみて間違いないだろう。
かなり深入りしているハリー達は心配だが、クィレル教授に関する情報を手に入れられた事は良かった。
小箱を肩に乗せ城へと走る。校長先生に一度相談したほうがいいだろうかと考えながら玄関ロビーに入ると、ちょうど地下牢教室から出てきたスネイプ教授と目があった……瞬間笑われた。
『人の顔見て笑うなんて失礼ですよ』
「すまない。随分たくましいな」
スネイプ教授が私の肩にある小箱に目を移しながら言った。
『こ、この持ち方が一番楽なんです。見た目より重くないんですよ』
「小箱から鉄の音が聞こえるが?」
言い返せないのを見てスネイプ教授は楽しそうに口の端を上げている。
恥ずかしさを小さな咳払いで誤魔化し、真面目な顔を作り私は話題を変える。
「スネイプ教授、それより話しておきたいことがあります』
先程ハグリッドの小屋で聞いたことを話す。スネイプ教授の表情は見る見る険しいものに変わり、聞き終わると大きなため息をついた。
『校長先生に話すべきでしょうか?』
「そうだな。だが、今日は留守だ。ポッター達に会ったら関わらないよう釘を刺しておこう」
『優しくお願いしますね』
「あぁ。そうしよう」
微塵も思っていない顔だ。
たぶんハリーたちは見つかり次第減点されることだろう。
苦笑しながら肩の小箱を抱えなおす。
「Ms.雪野、夕食後に我輩の部屋に来てほしい」
自分の部屋に向かいかけていた私はクルリと振り返り、少し表情を固くしているスネイプ教授を見て小首を傾げた。
「今朝、知り合いからキルケー・クーヒェンの新作ケーキがワンホール届いたのだ。試験が終わったとはいえ採点もあり忙しいとは思うが……息抜きに食べに来るかね?」
『そ、そのケーキって八種類の桃がのったタルトケーキですか?』
「あぁ、そうであったと思う」
キルケー・クーヒェンはダイアゴン横丁にある私の大好きなケーキ屋で通いすぎて今では店の主人に名前も顔も覚えられるほど。新作ケーキが出たとは知っていたが試験期間中だったため買いに行くことが出来なかったのだ。食べたいという思いが強すぎて昨晩の夢に出てくるほどに。
『嬉しいです!是非お伺いします』
「では、8時に」
『ありがとうございます!』
床に頭が届かんばかりに頭を下げながら礼を言う。
「落ち着いて帰れ」
スネイプは鉄のぶつかる音を楽しげに響かせながら足取り軽く駆けていくユキを見送る。
そして、自分の作戦があっさり上手くいった事と、ケーキと聞いて大喜びした様子を思い出し頬を緩ませた。
自然な笑顔を見せるようになったな。
初めて会った頃とは全く違う。
相変わらず表情がない時、張り付いた笑顔を見せるとき、訳の分からない言動をする時はある。
しかしこの一年で表情豊かに、人間らしくなったとスネイプは感じる。そして、もっと色々な表情を見てみたい、ユキについて知りたいと思う自分がいることも感じていた。
本能的に惹かれるのとは別に、ユキの性格もスネイプは好ましく思っていた。
***
見張られていると知って喜ぶ人間はいないだろう。
だが彼女に見張られているのは悪い気はしない。どんな理由にせよ彼女は自分に注意を向けている。24時間見張られて動きにくくなり、気を抜けない日が続くが彼女は常に自分の近くにいる。
「そんなに食べて大丈夫なのか?」
『甘いものは別腹です』
あの男に笑顔を見せないでほしい。自分には向けられなくなった自然な笑顔。心に渦巻く嫉妬。自ら選んだこの境遇を呪う。
『もう食べないのですか?』
どうして、あの男を気遣うのですか?
「十分食べた。君も少しは仕事を片付けてから来い」
『はーい。楽しみにしてますね』
「あぁ」
胸に走る痛み。燃え上がる嫉妬。
いつの間にあの男とこれほどまでに親密になったのだろう。
「嬉しそうね」
『スネイプ教授がキルケー・クーヒェンの新作ケーキをお裾分けして下さるんです』
「まぁ、セブルスがケーキを買うなんて珍しいわね」
『知り合いの方からワンホール頂いたみたいで』
「ワンホール、ね。フフ、本当に貰ったのかしら」
『?』
「ユキの鈍さは相変わらずね。時々、アルバスと心配するほどですよ」
彼女を取られたくない。
自分だけを見ていてほしい。
『お先に失礼します』
「楽しんでね」
『はい!』
運命の日。
私は今夜、賢者の石を手に入れる。
「ユキ」
『何でしょう?』
そして、私はあなたも手に入れます。
あの男には渡さない。
「良い夜を」
『……クィレル教授も』
あなたを手に入れるためなら
どんな手でも使いましょう。
***
新作ケーキを断ってクィレル教授に全力を傾けるか。
成績をつける手を止めてカーテンを開ける。
空は灰色の雲に覆われており心なしか空気も重い。
陰気な空を見上げながら久しぶりに話しかけてきたクィレル教授の様子、言葉を思い出す。
『良い夜……』
今晩、事を起こすと捉えてもいいがわざわざ言う意味が理解できない。
絶対に捕まらないという自信のあらわれなのか。
禁じられた森に行った日にクィレル教授がどうやって部屋から抜け出したのかわかっていない。
ポートキーを設置した様子はないが、別の方法で部屋を出ていたとしたら出し抜かれてしまう。
今日から見張りを増やそう。
影分身をもう一体出して4階の廊下に行くように命じた。
クィレル教授、どうか何もせずホグワーツから去ってください。
私の願いはただ一つ。生徒たちに明るく楽しい学校生活を送って欲しいだけだ。
ヴォルデモートが復活すればハリー・ポッターを狙いに来るだろう。
どの生徒にも手は出させない。生徒が安心して学べるホグワーツを守る。
――抜け忍のハヤブサを消す任務、雪野がやったって本当か?
――あぁ。それはそれは見事な手際だったと。抜け忍とはいえ自分の元担任だろ。
――卒業後もよく一緒に任務に就いてたじゃないか。
――生まれた時から暗部として育てられた奴は、やっぱり俺たちとは違うよな。
突如思い出した記憶。
いつの間にか作っていた握りこぶしを解き、爪が食い込み赤くなった手のひらを見つめる。
暗部にいた頃は自分の感情なんて殆どなかった。ホグワーツに来てから様々な感情を知った。
あなたと過ごす時間は楽しかった。
クィレル教授、私はあなたを手にかけたくない。
平穏で明るい毎日は私に生きる楽しさを教えてくれた。
しかし、同時に任務とはいえ己がしてきた行為が心に深く暗い影をつくる。
消せない過去
血に染まった手
感情を持つことで分かった喜び、悲しみ
妲己に見せられた自分と関わる者の未来の死。
焼けただれた顔で苦しむ男性はクィレル教授だった。
クィレル教授と親しくなり彼の死を防ぎたいと思った時もあったが状況は一変し敵となってしまった。
クィレル教授……
私が得意とするのは火を使った忍術。
その時が来たら容赦はしません。
闇よりも深い黒い瞳。
私はクィレル教授から貰った手首のブレスレッドを外した。
***
「座って待っていてくれ」
八時きっかりにスネイプ教授の私室を訪れた私はソファーに座り部屋の主を見る。
眉間に深い皺を刻みながら小瓶を手に取り採点をしているようだ。
あの様子だと生徒たちの試験の出来に満足していないらしい。
暗部訓練生時代の試験は実技のみだったため今回の試験問題作りは苦労した。
来年度の参考にするために見てみたい。
スネイプ教授の横へ移動する。
『見ても大丈夫ですか?』
「構わない」
並んだ小瓶を見てスネイプ教授の眉間のしわが深い理由が分かった。小瓶の中の液体は薄い水色から濃紺、さらには灰色がかり固形になりかけているものもある。
「来年の忍術学は調合もやるのか?」
『催涙玉や煙玉を作ろうかと思っていたのですが不安になってきました』
灰色がかった固形物が入った小瓶がゴポゴポと泡立った。採点が終わったら来年のカリキュラムを組み直そうと心に決める。
採点を終えたスネイプ教授が羽ペンを置いて首を回すとポキポキと骨が鳴る。
夕食後から採点をしていたなら同じ体勢で肩もこったのだろう。
『スネイプ教授、ケーキのお礼にマッサージしましょうか?』
良いことを思いついた。
喜ぶかと思ったがスネイプ教授は予想に反して固まっている。
『医療忍者でしたから得意ですよ。痛くしませんから安心してください』
「……では頼む」
『はい。ではソファーに横になってください』
無邪気に笑うユキにスネイプは軽い目眩を覚えていた。
決して手を出す気はない。
ユキのあっけらかんとした様子から誘っているわけではない事は分かる。
しかし、密室に男女が二人。この警戒心のなさはいかがなものだろう。
細身の体からは考えられない力でソファーに引っ張られ座らされる。自分だけ思い悩むのも悔しい。
スネイプはユキの指示に従いソファーにうつ伏せになった。
『力抜いてくださいね』
背中に感じる体重に体がこわばる。どうやら背中に馬乗りになっているらしい。
腰から肩へと手のひらが何度も往復する。
腰に感じる体重と触られている感覚、衣擦れの音が妙な気を抱かせる。
『肩甲骨のあたりが凝っているようですね』
「あぁ」
ユキが動きソファーがギシリと音を立てて軋む。肩甲骨に当てられた手のひら。
スネイプはマッサージを受けると言った事を後悔し始めていた。近くで感じる息遣いに理性が揺らぎはじめている。
心なしか熱くなっていく躰……熱い…………本当に熱い。
意識を集中してみると手のひらが置かれているところからジワジワと温かい何かが流れ込んでくるのが分かる。
忍びの術への興味からスネイプの理性は完全に戻った。
『終わりました。どうでしょうか?』
起き上がってみると良くわかる。
肩の痛みも背中の張りもなくなっていた。
「体が軽い」
『良かったです』
「ケーキを出そう」
スネイプは立ち上がりケーキと紅茶の準備をする。
近距離でふわりとした笑顔を見せられ取り戻しつつあった理性が揺らぐのを感じたからだ。
そんな気は露とも知らずケーキに目を輝かせるユキを見て、スネイプは若干の寂しさを感じていた。
『あぁ……幸せです』
「そうか」
ユキはケーキを頬張る。桃が甘さ控えめの生クリームと口の中で溶け合う。
八種類の桃を一度に食べられる贅沢さ。
『こんな美味しいものが世の中にあったなんて』
「大げさであろう」
『いえ。私が今まで食べてきたもので一番美味しい食べ物です!』
スネイプは吹き出しそうになるのを必死にこらえる。目の前のユキは体をくの字に折り曲げてケーキの美味しさに身悶えし、声にならない声を発している。
『うぅぅ。おいひぃ』
「フッ……クク。泣くことはないだろう」
『わ、笑わないでくださいよ』
スネイプはユキの色々な表情を見てみたいと思ったことがあったが、まさか泣き顔を、しかもケーキを食べて泣くとは思わなかった。
「ケーキ一つで幸せな奴だな」
『フフ。幸せです』
とろけそうな笑顔のユキを見てスネイプの顔が赤くなる。
ユキは勧められるままにワンホールケーキを完食した。
パチッ
紅茶を飲んでいた時、ユキの頭に記憶が流れ込んできた。
『やられた。でも、どうやって……』
流れ込んできた記憶は4階の廊下を見張っていた影分身の記憶。
ユキは急いで印を結びクィレルの部屋を見張っていた影分身を消そうとする。
なかなか消えない。
「何があった?」
『少し待ってください』
先程より複雑な印を結び魔力を集中させる。
バチッ
鋭い痛みとともにもう一つの影分身の記憶がユキに流れる。
背中に伝う汗。
『……ハァ、ハァ……クィレル教授が……4階の部屋に入りました』
「雪野」
立ち上がった瞬間くらりと揺れたユキの体をスネイプが支える。
「体が熱い」
『クィレル教授の部屋を見張っていた影分身は何かの術で身動きがとれないようにされていたようです。その術を無理矢理破ったので体に少し負荷が……でも、大丈夫です』
「我輩は四階に向かう。君はここで休んでいろ」
『私も一緒に行き……っ!?』
ユキは寸前のところでスネイプが出した縄から逃れて部屋の端まで飛んだ。
『ほら、私は大丈夫です』
「チッ……行くぞ」
ユキは大股で部屋を出ていくスネイプに続く。
階段を上がり玄関ホールを通り階段を登っていく。
すでに影分身を二体もやられたユキは気を引き締める。
四階の回廊を走り、タペストリーの裂け目を通り抜け道に入った二人はピタリと足を止めた。
「おい」
『げっ。すみません。後で直します』
クィレルとユキの影分身は禁じられた廊下で一戦交えたらしく、石壁は崩れ、鎧が床に転がり、焦げた扉の破片が散乱していた。
障害物を避けながら進む途中、ユキはあることを思い出しスネイプの横に並び拳を突き出した。
「なんだ?」
『出さなきゃ負けよ、じゃーんけんぽん!よっし、勝ったあぁぁ』
「……」
思わずじゃんけんに応じてしまったスネイプは凶悪な顔をした。
『怒らないでください。フラッフィーの弱点忘れました?』
「音楽を聴かせたら寝る、だったな。だが、それと今のと何の関係が……」
嫌な予感がして速度を速めるスネイプの肩をユキはガッチリと掴んだ。
陰険魔法薬学教授に負けないくらいの意地の悪い顔でニヤリ笑う。
『扉を開けたらスネイプ教授が歌ってくださいね』
「断る!」
『負けたんですから腹を括って下さい。それとも2人まとめてフラッフィーに八つ裂きにされます?』
扉はもう目の前
『さぁ、行きますよ。アロホモラ!』
パッと開かれるドア。
ニッと笑顔を浮かべるユキと苦い顔を浮かべたスネイプは三頭犬のいる部屋に飛び込んだ。