第6章 探す碧燕
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19.湖城にて 前編
セブは全快して以前と変わりない様子を見せてくれている。
セブの私室。暖炉の火が暖かく燃える前で私たちは休暇について話していた。どこかに泊まりに行こうということになっていた。
セブは1人掛けのソファーに座っていて、私はその前で後ろ手に手をつき、足を伸ばして地べたに座っていた。
『本当にセブに任せてもいいの?セブの誕生日なのに?』
「今回は任せてくれていい」
『それじゃあ……お願いするわ』
絶対にセブの方がセンスが良いものね。
『でも、ホテル代は払わせてね』
「それも今回は任せてくれ」
『セブ』
「次の機会はユキに頼むとしよう。これでいいか?」
譲る気がなさそうなセブの要求を私は飲むことにした。甘えさせてもらおう。
『ありがとう。楽しみだわ』
微笑む私にセブが片手を伸ばす。私は膝立ちになって彼の大きな掌に頬を寄せた。
暖炉の火が反射するセブの瞳はとても情熱的な光を放っていて私の胸はときめく。吸い寄せられるように顔を近づけて、私たちはキスをした。
***
『お迎えありがとう』
セブの誕生日の昼過ぎ、セブは私を部屋まで迎えに来てくれた。
『良い日和ね』
冬には珍しく晴天で抜けるような水色の空は雲1つない。冬らしいキンとした清らかな空気を胸いっぱいに吸い込む。
検知不可能拡大呪文をかけたので私の荷物はポケットに入る巾着ひとつだけ。私はベージュのノーカラーコート、5センチヒールのショートブーツを履いている。コートの上にはセブに貰ったカシミヤの真っ白なストール。銀色の糸で雪の結晶が刺繍してある。
「手を」
ホグワーツの敷地外。
セブの指を絡めて手を繋ぐ。
バシンッ
私は突然目の前に現れた建物に目を丸くしていた。
私たちは石造りの外門の前にいる。
木の扉は観音開きに開けられていて、看板には筆記体で“ローズムーン&スワン・ホテル”と書かれていた。
『お城?』
ずーっと上を見上げていると、そこには背の高い城がそびえ立っていた。ホグワーツとはまた違う、白い石で建てられた城は華麗だ。
「クイーン・オブ・スワンと呼ばれる城だ。今は古城ホテルになっている」
『す、すごい』
「口が開いているぞ」
私は口を閉じた。しかし目はまあるく開いたままだ。
「ユキ、行こう」
フッと笑われてはっと我に返る。
「手を。石畳は滑る」
私は差し出されたセブの腕に手を置いてエスコートしてもらいながら城の入り口へと歩いていく。
城らしく、攻め落とされないように幾つかの門がある。雪が積もっていたが歩く道はきちんと雪搔きされていた。私の5センチヒールがコツコツと石畳を鳴らして心地良い音を鳴らしている。
段々と高いところまで上ってくる。城の入り口はもうそこだ。
見上げるほど大きな木の扉は歓迎するように開かれていてドアマンが控えていた。
「ようこそ。ローズムーン&スワン・ホテルへ。ご案内致します」
1歩城の中に足を踏み入れて感嘆の息を吐き出す。玄関ロビーは広いと言うほどではない。古い城ゆえピカピカの大理石で輝いているというわけでもなかった。その代わり、長い歴史が作りだした格調高さがあった。
天井には重厚さを纏うシャンデリア。正面には年月を感じさせる美しい装飾が施された木の受付カウンター、右手には上へと続く階段、左手には何があるのだろう?
扉の前には腰に剣を刺したゴースト騎士が立っており、扉の奥には誰かいるらしくざわざわとしていた。
「チェックインしてくる。その
私は興味を引いていた絵画の前に立った。この城とおぼしきバルコニーには金髪の美しい女性がいる。地面には騎士がいて跪き手を女性に伸ばしている。女性の手にはハンカチ。
『恋人同士?』
「恐れ多いです」
『わっ』
音もなく(ゴーストだから当然か)近づいてきて話しかけられたために驚いてしまう。
先ほど扉の前にいた騎士は品の良い笑みを浮かべていた。
『もしかして、この絵の男性はあなたですか?』
「はい。そしてこの姫君が私が忠誠を誓ったルイザ姫です」
『美しい人ですね』
「奥の部屋におりますよ」
『彼女もゴーストに?』
「その物語を歌で聞くことが出来ます。お聴きになりますか?」
私はこちらへとやってくるセブを見る。
『チェックインをありがとう。あちらの部屋へルイザ姫のお話を聞きに行っても?』
「無論構わない」
「では、ご案内しましょう」
ゴースト騎士に案内されて左手にあった扉に入ると、そこにはゆったりとした赤いビロードの張られたソファーがいくつもバラバラに置いてあり、それぞれにお客さんたちが腰かけていた。
「こちらのお席へ」
騎士ゴーストは私たちを案内して立ち去っていった。
ソファーは体が沈むほど柔らかくて座り心地が良い。周りのお客さんもすっかり寛いだ様子で会話に花を咲かせていた。
「コートを預かろう」
『ありがとう』
立ち上がり、ロングコートを脱いでセブに渡すと、セブは驚いたように私の服に視線を止めた。
『もしかして場に相応しくない服装をしてきてしまった?』
小声で恐々確認する。
「いや」
セブは何度か目を瞬いた。
「君にしては珍しいシルエットの服を選んだな」
私が着ているのは体のラインが分かるタイトなダークグリーンのワンピース。大人っぽく見えるものを選んだ。体の線が見えるものを選んだのは私にしては冒険だ。
『恥ずかしいからそんなに見ないで』
セブの横に腰かけてスクエアネックのワンピースの首元に手を持っていく。
『あなたにもらったネックレスよ』
私の首元を飾るのは3つのダイヤモンドが縦に繋がったネックレス。この3つの石は過去、現在、未来を表す。セブと一緒にロンドン観光した夜に贈られたもの。
『それからこれも』
右手を差し出す。薬指には指輪が輝く。透明に近い紫。こちらもセブからのプレゼントだ。
「指輪はつけないから気に入らなくなったと思っていたが」
『これをつけると誤魔化しが効かなくなるからよ。悪いけど指輪にかけられている呪文は外させてもらったわ』
「よく解けたな」
『時間がかかったわ。どうしてあんなに複雑なかけ方で呪文をかけたわけ?』
指輪をもらったばかりの時の私の実力では呪文が解けなかった。過去に行ってホグワーツでびっしり勉強し、帰って来てからも勉強を重ねて漸く解けたのだ。
「楽しい謎解きだっただろう」
『私が解術するとみこんでのことだったのね』
「すぐにただの指輪に戻されてはつまらないからな」
ニヤリと楽しそうにセブが口角を上げた。
ゴーンと鐘が鳴った。
前を見るとユニコーンを中心に動物たちが花咲き誇る中で踊っていた動く絵画をすり抜けて中世のドレスを着た姫君が現れた。
「ようこそ、私たちの城へ。私はルイザ・ローズクラウン。メルエン王国の第1王女でした。今から皆様にこの城が落城したわけと私がゴーストとなった話を歌にのせてお聴かせしようと思います」
姫は竪琴を弾きながら歌いだす。
禁断の恋、最愛の人の裏切り、敵襲と落城、悲しい結末。美しい歌声で紡がれる物語。
「死ぬ直前に分かったのです。本当の真心とは何かを」
姫が見ているのは騎士。
「どうか皆さん、今隣にいる人を大切に。真心で接してくれる人を大切に」
拍手の中、姫は少し寂しそうに微笑んでいた。
わらわらとお客さんたちは立ち上がり解散となる。お客さんと話す姫の後ろには、姫を温かい目で見守る騎士が控えていた。
『彼らはどういう関係なのかしら』
「さあな。人の恋愛に興味はない」
『美しい姫君ね。騎士も凛々しく、お似合いだわ。なにより想い合っている。でも、死んでからだと触れ合えない……』
切ないだろうな。
「他人事で感傷に浸ってどうする」
『そうね。姫が言っていた通り今隣にいる人に目を向けることにするわ』
セブは何も言わなかったが立ち上がって手を差し出し、私が立ち上がるのを手伝ってくれた。
温かい手の温もりは生きている証。
その手をキュッと握りしめる。
百年ほど前に城で働いていたゴーストに案内されて私たちは今晩泊まる部屋へと歩いていく。
『凄いわ。豪華ね』
部屋は広い。
内装は部屋の雰囲気とは少し違い現代のものと古い装飾が絶妙なバランスで混ざり合っていた。ワインレッドを基調とした部屋で、入ってすぐの右手にバスルーム、真っ直ぐ進めば絵画で見たようなバルコニー。全面ガラス張りの壁なので、バルコニーと外の景色がここからでも楽しめる。
右手の部屋には暖炉と3人掛けのソファー。左手の部屋にはキングサイズのベッドがあった。
コートをかけてバルコニーへ出てみる。
『わあ』
湖上ホテルは湖の縁に立っており、目の前の湖はギリギリ対岸が見える大きさ。湖の向こうには山がそびえ立っており、雪で化粧されている。
『絶景だわ』
「有名な避暑地でもあるそうだ」
『泳いだら気持ち良いでしょうね。泳ぎたくなってきちゃった』
「流石に風邪を……ホグワーツでやっていないだろうな?」
『冬でもたまーに泳いでいるわよ。大イカくん元気かなって』
「呆れた奴だ。凍った湖の下に取り残されるようなことになるなよ」
『気を付ける』
「入ろう。君と違って我輩は寒さを感じる」
私の頑丈な体はセブの言うように寒さを感じていないのだが、それでも暖炉の火にあたると心地よい。
ソファーに座り、ウェルカムシャンパンを飲みながらのんびりすることに。
『ねえ』
「なんだ」
『くっついてもいい?』
「今後もいちいち聞くつもりかね?」
『じゃあ聞かないわ』
「っ何をする!」
セブが慌てた声を出した。
私は立ち上がりセブの両足を持ってソファーへ伸ばした。靴を脱がせて床に落とす。私もショートブーツを脱ぎ、セブの足をソファーの中で広げ、
「ユキ……?」
脚の間に入り、のそのそと上に上がっていく。
体を伸ばしてキスをする。
甘い香り。セブの匂い。
この香りはいったいどこからするのだろう。
首筋からだろうか?確かに甘い香りがする。私はそこへ口付けた。他は?
私はセブの喉元に両手を置いた。セブの目が丸くなった。
『ふふ。食べてしまいたい』
「っ!」
セブに微笑む。
『大好き』
それにしてもいつも隙のない服を着ているわよね。ネックも詰まり気味の襟。あと肌が見えているのは―――体に手を滑らせていく。胸、腰、太腿を通ってふくらはぎ。靴下まで真っ黒。
肌を見せていないのに醸し出される男の色気。
『あなたって本当にセクシーだわ』
私にもその色っぽさを分けて欲しいものだ。
コチコチ
時計の秒針の音で我に返る。本来やりたいことを思い出した。
私はセブのお腹の横に手を付き、仰向けにひっくり返り、セブの上に寝た。後頭部はセブの胸辺りにある。
『暖かくて心地いい』
セブの両手を体の上に持ってきて自分を包み込んで完成。
恋人とイチャイチャする時にこうしてみたかったのだ。願いが叶った!
『これやってみたかったってちょちょちょ何で何で!首締まってる!』
突然セブが私を抱いている右手で私の首を絞めだした。
『な、なんでよー!』
漸く緩まった手。
私はハァハァ言いながら抗議する。
「無意識なのか!?」
『なにがよ!』
「尚更質が悪いッ」
セブが怒った。
突然どうしたのよ!
「はあぁ」
セブは堪らないと言ったように左手で顔を覆って大きな溜息を吐いている。
「お前といると忍耐力が鍛えられる」
『訳が分からない』
「だろうな」
セブは苦々し気な顔をしていた。
『とても心地良いわ』
分かり合えないと割り切って、私はこの居心地の良さを楽しむことにした。
『体が痛くなったら言ってね』
セブは体を動かして楽な体勢を見つけ、私の体をもう1度包み直した。私は両手をクロスさせて自分の体に回されているセブの腕に手を添えた。
『学生の頃に付き合っていたらどんな感じだったかしら?』
「神経が持たなかっただろうな」
『私の愛って重そう?』
確かに学生の頃はセブをずっと追いかけ回していた。
「違う。ユキ、君は刺激的すぎる」
『性的に?』
期待を込めて聞く。
「……そうだ」
『嬉しいわ!でも、私は色気のある人間じゃなかったわよ。どちらかというと野蛮な……』
学生時代を思い出して白目になる。
「ユキの無防備で大胆な様は下手な色気より危険だ」
『……?』
「大丈夫だ。自覚を期待しているわけじゃない」
『うにゅ』
セブは私の頬を手で掴んでぶちゅーっと潰した。
パチパチ薪が爆ぜる音は心地よい。
私はのんびりしながらセブの指を1本1本観察したり、自分の手に絡ませたりして遊んでいる。この男らしく大きな手が繊細に動いて微妙な匙加減を必要とする魔法薬を作るのかと思うと少しだけ不思議な気がした。
『……』
心地良い。暖かい。
私は暖炉にかけてあるニンフの水浴びの絵から振り向いてセブを見た。ホテルの案内を読んでいる。
『熱心に読んでいるわね』
「城とこの周辺の歴史が書いてある。面白いぞ」
『でも、仕事じゃないから邪魔したって構わないでしょう?』
色っぽく眉を上げるセブの方に体を回して私はうつ伏せになり、私たちは向き合う。
「次は何を仕掛けてくる気だ?」
『まるで攻撃みたいに言う』
少し拗ねる。
「我輩にとってある意味そうなのだ」
『警戒しないで。ただキスがしたいだけ』
セブがニヤリと片方の口の端を上げる。
「そろそろキスの仕方は覚えただろう。ユキ、今回は君に主導権を委ねるとしよう」
挑戦的で意地悪な言い方は私が戸惑って恥ずかしがるのを狙っているのだ。でも、そうはいかないわよ?
『経験豊富なあなたのキスで学んだし、今日に向けて教本も読んできている』
「は?本?」
一瞬きょとんとしたセブは可笑しそうにフッと笑う。
「何の本を読んだのだ?」
『ええと、房中術書、恋愛指南書、雑誌……』
「有益な情報は書いてあったかね?」
『色々とね。勿論キスの仕方も書いてあったわ』
「今夜の過ごし方もその本から予習してきているのか?」
これには流石に私も赤面した。
セブの上にうつ伏せに体を密着させているのが急に恥ずかしくなったからだ。
「実技が足りていない様子だ」
『そ、そうね』
動揺してしまうのが悔しく、私はぐっと心を持ち直して余裕のある顔を作って見せる。
『経験を積ませてくれるでしょう?』
薄い唇が楽しそうに引かれていく。私は唇を合わせた。
閉じられた唇はどうやって開けるのだったか。舌をそっと割れ目に伸ばすのだが開けてくれない。酷いじゃないか。
「く、くく」
セブは体を震わせて私を笑いものにしている。
セブが息を飲む。
いい度胸じゃない。
腹が立った私は膝をセブの股間にぐりっと捩じり当てた。口の端を上げるのは今度は私の番。
「本に……くっ、書いてあったのか?」
『膝でやりましょうとは書いてなかったけど。応用しても良いでしょう?』
セブは私の舌の侵入を積極的に許した。
私の舌に舌を絡め、そして私の中へと入ってこようとするセブの胸を押して顔を離す。
『主導権は私のはずよ?我慢して』
「っ!」
身じろぐセブに口づける。
今まで私の舌がセブの口の中に入ったことはなかった。
従順に私に舐められてくれることに嬉しくなる。
口露が増えてきたので舌と一緒にずずっと吸い上げて飲み込んだ。
もっと奥へ。
セブが身じろいだ。
もっと感じたい。
体をよりセブへとくっつけるとセブがまた身じろいだ。
甘い……甘い……。
『ふあ』
口を離す。
私のキスは下手だっただろうからセブは満足どころか不満さえ感じたと思う。だが、私の方はとても満足させてもらった。自分が主導権を握るキスをさせてもらえたし、セブの唇は温かく柔らかく、そして甘かった。
1人で満足してごめん。
『ありがとう……とても気持ち良かった』
でも、ああ!幸せだった。
「終わりか?」
セブが青筋を立てた。
『え?』
何で怒ってんの?
10数センチ前の瞳がギッとキツイ色で光った。
「まさかこれで終わりとは言わせないが??」
『へ?どうして怒っているのよ。それに、終わりよ』
「貴様っ……貴様っ……」
顔を赤くして怒るセブは我慢も限界だという顔をしていた。
『私ってそんなに下手だった?』
「いいや。我輩の予想を裏切り非常にお上手だった。キスも、こちらの足も」
『足?』
眉間を寄せながらセブに掴まれた膝を見る。
『あ』
膝が思い切りセブの股間にめり込んでいた。
『ご、ごめんなさいっ。気が付かなくて。痛くしてしまっ「ハアァ」
セブが頭を抱えた。
『セブ?』
「……の……り……」
『えっと?』
「我輩の上から下りろと言ったんだ!」
『ごめんっ。痛かったよね?本当にご』
「五月蠅い!謝罪はいいからとっとと下りてくれ!そして寒中水泳でもしてろッ」
『わああ!本当に悪かったって思ってるの!ごめんってセブ!』
私が上から消えたセブは私をひと睨みしてから大股でバスルームへと消えていったのだった―――――
城のパンフレットを読み込んでいると冷静な顔に戻ったセブが戻ってきた。
『あの……まだ怒っている?』
「……」
『……ごめん』
「はあ」
『怒らないで』
「君に対してついた溜息ではない」
セブがソファーの後ろに立つ。
ふわりと風を感じてセブは私を後ろから抱くようにし、私の持つパンフレットをペラペラとめくった。
「城の見学が出来るそうだが行くか?」
パンフレットにはゴーストによる城内ツアーと書かれてある。
『行きたい!』
私たちは玄関ホールへと向かった。
案内のゴーストがついてくれることになった。存命中死後ともに城の図書館司書だったそうだ。
私たちは姫の歌を聞いた広間から回ることになった。
中に入ると姫と騎士が談笑している。
「ここは星の間です。天井には我が国に伝わる伝説が描かれております」
顔を上げて天井画を見上げる。
『ここにもユニコーンが描かれていますね』
「ユニコーンは我が国の紋章です。この天井画には乙女の結界を持つ者たちが森でユニコーンと戯れ」
『何ですって?』
私は驚きの目をゴーストに向けた。
乙女の結界についてまだミネルバに聞けていないのだ。
ここで答えを得られることになるとは!
『あの、お伺いさせて下さい。乙女の結界ってどういう意味、むぐぐ』
後ろから口を塞がれた。
「部屋に戻ったら話してやるから黙っていろ」
『うぐぐぐ?(本当に?)』
「本当だ。だから今はその口を閉じておけッ」
私が頷くと手が離れた。
『すみません。なんでもないです』
「左様でございますか」
驚いて目を瞬いていたゴーストだったが、流石は長年生きてきた?だけある。あっさり流して次の間に案内してくれた。
建築様式の説明、壁に描かれたかつて城に仕えた魔法使いや魔女の話、装飾豊かな家具は美しい。
「こちら5階の謁見の間になります。年に一度、ダンスパーティーも開かれております」
壁際ではカルテットが三拍子の曲を演奏していて、ホグワーツの大広間と同じくらい広いその部屋では私たちと同じように案内されてきたお客さんが数ペア踊っていた。
「お客様方も踊られますか?」
隣の人はこういうノリが嫌いだろう。それに私も踊りは上手ではない。
『遠慮しておきます』
「では、こちらへ」
私たちは邪魔にならないように広間の端を歩いた。
「あそこのバルコニーに出てみましょう。玄関ホールに飾ってあった絵のバルコニーですよ」
『是非!』
キンと冷えた空気は清らかで美味しい。私は大きく息を吸い込んだ。
『ここがあの絵の舞台。素敵ね』
城の作りが複雑なようでここから下を見ると地面まで2階分下という感じだ。
『……』
先ほど仲良さそうに星の間で話していた姫と騎士を思い出す。
『ねえ、セブ』
黒い瞳を見つめる。
「1秒でいいから私より長く生きてくれないかしら?」
『断る。先に死なせてもらう』
『可愛い恋人の頼みよ?』
「それでもダメだ」
『もしどうしても先に行くというならあの姫のように後追いしてやるわ』
凶悪な顔で睨まれた。
『そんな顔しないで。あなたが好きだってだけよ』
「冗談でもそのようなことは言うべきではない」
『悪かったわ』
凍った湖から雪を頂いた山に視線を移していると肩が抱かれた。
手摺に置かれていた手の上に大きな手が重なる。私はセブの肩に自分の頭を預けた。
幸せな時間を、いつまでも
どうか、いつまでも―――――
『お待たせしました』
振り返るとニコニコした案内のゴーストと目が合った。
「こちらまで幸せな気持ちになりますよ」
『え、えっと……お恥ずかしい』
「ゴホン」
照れを隠すように咳払いするセブの顔はほのかに上気していた。
ガイドツアーは再開されて私たちは階段を上っていく。
「6階、舞踏の間はレストランとなっております。ディナーはこちらで」
閉ざされた木の扉を通り過ぎて私たちは地下へ。
地下牢は使われておらず、ワイン樽が沢山並んでいた。
「今日を記念してワインを作りませんか?」
『実はパートナーの誕生日なんです。是非お願いします。私からプレゼントさせてね』
「有難く受け取ろう」
ワインを瓶に詰めた私たちは地下牢から出て明るい小部屋へと案内された。
ソファーに座って私たちは沢山のサンプルの中からラベル選びを開始する。
『誕生日おめでとう的なラベルはないかしら』
「それに拘らなくてもいいだろう」
そう言うセブは完全にラベル選びを私に任せているようだ。
『これは少し―――――やり過ぎかしら?』
ピンク色のラベルにはハートと白鳥が描かれていて“永遠の愛を誓って”と書かれている。
「見ていて恥ずかしくなる。却下だ」
『そうね』
私の脳裏に一瞬ロックハートが浮かんだ。
私はペラペラページを捲っていき、手を止める。
『これがいいわ』
にっこりした。
湖に帆船が揺れて、太陽が雲の間から差し込み煌めく。
「穏やかな日も荒れ狂う波にあっても手を取り進んでいこう」
セブがラベルの文字を読み上げた。
『今日は私たちの新たな船出ね』
羽ペンで日付を入れ、それぞれの名前も書いた。
ラベルを貼って出来上がりだ。
『今晩飲むのが楽しみね』
「こういうものは長期保存するものだ」
『あら。そうなの』
「今日の10年後、20年後に開けよう。その時は……またここに来るのも良いかもしれない」
『ロマンチックだわ』
私はキラキラした目でワインを見つめた。
きっと私とセブは相も変わらず、いや、もっと深い愛情で結ばれてこのホテルを訪れるだろう。