第6章 探す碧燕
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18.クリスマスの悲劇
土曜日、私とシリウスは息抜きに玄関ロビーに来ていた。
「ついにこの校則を貼る時がきたぞ」
『生徒たちの反応が楽しみね』
アンブリッジの作った数多の校則は羊皮紙に書かれて壁一面に貼られている。シリウスが梯子に上り、その中から一番いい位置にある羊皮紙を取り外した。そしてそこに私たちが今日ダンブーに許可を得て作った校則が書かれた羊皮紙を張り付ける。
「これでよし、だ」
珍しくシリウスが掲示物を貼り付けているのを見て何だろうと生徒たちが集まってきている。
「「ユキ先生、シリウス先生!」」
フレッドとジョージがやってきた。
「まさかお2人ともあろうお方がアンブリッジを倣って新たな校則を作ったなんて言いませんよね?」
『アンブリッジ教授に倣ったわけではないわ。でも、校則は作りました』
「そんな!」
「ジョージ、読んでみるといい」
ニヤリと笑うシリウスを訝し気な目で見てからウィーズリーの双子は私たちの作った校則を読んでいく。2人はニーっとした。
「「時代が僕たちに追いついたようだ!」」
周りにいた生徒たちも校則を読んで興奮した声を上げ、楽しそうにお喋りを始める。
「変化の術を他者に不利益を掛けるかたちで使用することを禁ずる。また、変化の術で教師を騙した場合、減点100点」
ふむふむと頷きながら校則を読んだジョージはフレッドを見る。
「どう思う?兄弟」
「ジョージ、流石はユキ先生とシリウス先生だと思うよ」
2人はまたニッコリして笑った。
「「抜け穴を考えて下さっている!」」
そして2人は期待するように私たちを見上げる。
「これを機に僕たちの変化の術禁止令を解いて頂きたいのですが……」
『ジョージ、あなたが……あなた達が隠れてこっそり変化の術を使っていると知っていますよ。でも、いいでしょう。これを機に変化の術禁止令を解きます』
「退学にならない程度にするんだぞ」
「「やった!」」
ウィーズリーの双子はガッツポーズした。
「これで前みたいに悪戯の幅が広がるぞ!さあ、今から作戦会議だっ」
フレッドとジョージは楽しそうにわいわい言いながら去って行った。
『まったくもう。言ったそばから』
「いいじゃないか。俺達も楽しませてもらっている」
『確かにね』
私たちは玄関ロビーの壁際に移動して、壁に背をつけて並んで立ち、ぼーっとしていた。
「学生に戻りてーな」
『現実逃避ね』
そう、私たちが玄関ロビーに来たのは校則を貼るためでもあるが息抜きをしに来たからでもある。
私とシリウスはO.W.L.についての資料作りに追われているのだ。今、それは大詰めを迎えている。
私は忍術学がO.W.L.およびN.E.W.T.に新たに追加されると決まってから魔法試験局に足しげく通い、教科書の説明、実技の披露、忍の術について説明してきた。
O.W.L.試験は魔法試験局が出題、採点を行う。であるから、忍術についてよく理解してもらう必要があるし、採点基準を明確にするために綿密な打ち合わせも必要であった。
特定の職業への必修科目はないが、闇払いなどちらほらO.W.L.において忍術学で合格点を取っていることが望ましいと求人に出ている。
私たちは厳しい魔法試験局の要求に答えて資料を作り、ダメだしされ、そして今また資料を作成しているところ。私たちは連日の深夜までの作業によって生徒のようにO.W.L.病にかかりかけていた。
『これを乗り越えたらクリスマスよ』
「そうだな。大きなチキンが食える」
『独り占めをしないでね』
「お前が言うか?」
私たちは顔を見合わせて笑った。
「なあ、ユキ」
『なあに?』
「今ならクリスマスに間に合うし、俺に乗り換えないか?」
『乗り換えるって……人を箒のように言わないで。そして私はセブ一筋よ』
「絶対俺といた方が満足した人生を送れるぞ」
シリウスの口が耳に近づく。
「色々な意味で、な?」
『ちょっと!』
近くで発せられた低く艶やかな声に私は不謹慎なことを一瞬想像してしまい、不覚にも赤面してしまった。
「何を考えたんだ?やらしいぞ」
『何も考えていないわよ!それに、か、顔が近いわ』
「好きじゃない奴の顔なんて近くにあってもどうにも思わないだろう?」
『パーソナルスペースってもんがあるでしょう!』
私はシリウスの胸を両手で思い切り押した。
「―――っ。さすがに……傷つくんだが……」
『っご、ごめん』
酷く傷つけてしまっただろうかと焦りながらシリウスを見るが、シリウスは何故か楽しそうな顔。
「はあぁ。ユキ。お前ちょろ過ぎだ」
『なっ!?』
「こんなのに引っ掛かって。漬け込む余地はありそうだな」
ニヤリとシリウスは口角を上げた。
『いい加減にしないと怒るわよ!』
「分かった。やめる。ユキを怒らせると怖―――っと」
『シリウス!』
シリウスは気分が悪そうに顔を顰めて壁に手をついた。咄嗟にシリウスに伸ばした私の手には彼の体重がかけられていて気分の悪さが伝わってくる。
『今日は部屋に戻って休んで』
資料作り、授業準備、不死鳥の騎士団の仕事。疲れが出たのだろう。
「そういうわけにはいかない。提出日まであと1週間だ。まだまだやることはある。この土日で完成近くまで持っていかないと……」
『……分かった。でも、少し寝た方がいいわ。ね?』
「はあ。そうだな。そうさせてもらう。ユキも少し休んでくれ。そして元気を取り戻して一緒に仕事だ。その方が俺も気兼ねなく休める」
『じゃあそうする。私は厨房に下りて小腹を満たして行くけど……』
「俺は一刻も早くベッドにダイブだ」
『それじゃあ夜7時から再開しましょう。それまでは休憩』
私はシリウスと別れて厨房へ行くことにして玄関ロビーを横切っていたのだが、剣呑な視線に気が付きパッと振り返った。
セブ?
視線の主はセブだった。
何故こんな射殺すような視線をしていたのかしら?私ったら何かした?
思い返してもこんなに睨まれるようなことはしていないと思いながら地下へと続く階段の入り口近くに立っているセブの元へと行く。
『こんにちは』
「……」
『その鋭い視線は私に向けられたものよね?何故?』
「来い」
まるで重大な校則違反を犯した生徒のように命令されてセブの後を続いて地下へと続く階段を下りていく。
私室へと入った私は怒りと不機嫌のオーラを身に纏ったセブに見下ろされた。生徒だったら恐ろしさで失神しそう。
全く身に覚えがないため、睨まれて感じるのは不安というより苛立ちだ。
『睨まれる覚えはないけれど』
「では、聞こう。君の恋人は誰だね?」
『変なことを聞くわね。あなたよ、セブ』
「そうは思えないが」
急に不安になる。
『何か……何か……私は恋人として失敗した?』
セブは私の言い方が面白かったのか少し笑いそうになった。ホッとする。でも、直ぐに冷たい顔を作り直した。
「先ほどブラックと抱き合っていたな。しかも人目の多い玄関ロビーでだ」
『さっきって……あぁ。シリウスが眩暈を起こしたのよ。最近私たち忙しすぎて。連日深夜まで作業しているの』
「親密そうに見えた空気は我輩の気のせいというわけか?」
私はうっとなった。会話は際どいものだったから。
『ごめんなさい』
セブは私を鋭く睨みつけた。
「恋人が出来てまで不誠実を働くとは」
苛々しているセブの前で私は言葉尻を捕らえた。
『まで、って何よ』
セブは鼻で笑った。
「君はいつも不誠実だった。初めはクィレル。自分の寿命あげてまで助けた上に狭い部屋で同居だ。そしてルーピン。学生の頃からお似合いだったな。囚人のブラックを部屋に匿いこちらも同居生活。そしてレギュラス。クィディッチ・ワールドカップは楽しかったようだ」
『な、何が言いたいの?私が、私は……』
私は喉を詰まらせた。
今セブが言ったことは、ずっと私を好きだと言ってくれたセブには不誠実な行いだっただろう。私たちは言葉にはしなかったがホグワーツ5年生の時に心が通じ合っていた、と思う。
しかし、私は私を好きだと言ってくれる人の好意に心を揺さぶられ、自分の気持ちを決められずに長い時間を過ごしてきた。
不誠実と言われても仕方ない。
軽蔑されても仕方がない。
自分がしたことじゃないか。
セブが私を信じられなくて、また今回のようなことで苛立ち、不安を感じるならば付き合わない方が……不実な女だと思いながらセブは私と付き合い続けることに……あぁ、そんなのいつか破綻する。
あ……
サッと体が冷えた。
急に
急にいなくなってしまった
目の前の人が急に
私は視線を落とし、自分の左手の甲を右の爪でギーっと引っ搔きながら言葉を選んだ。セブを苦しめるようなことはしたくない。
『私の不誠実さであなたを傷つけたのね……』
「ユキ?」
『ごめんなさい。あなたを不快にさせたくない……。いっそ、いっそ……』
別れましょうの言葉は嗚咽しそうになって声に出なかった。泣いたら狡いだろう。零れそうになる涙を目を瞑って堪える。
『ほ、本当にごめんなさい』
終わりだ。
終わる時はこんなにあっさりと終わるのだ。
私はセブに背を向けて部屋から出て行こうとした。目の前がくらくらする。震える手で扉を開けようとした時だった。
「待て、違う」
声が追いかけてきて、私は後ろから抱きしめられた。
「言い過ぎた。すまない。本心じゃない」
『本心じゃなくても本当のことだわ』
「君には自由に生きて欲しかった。そして我輩を選んで欲しいと思っていた。さっき言ったことは嫉妬で歪んだ思いだ。ユキを責めているわけではない」
『責められて当然のこともしたわ。でも、問題なのは今でも仕方ない、任務だからと思っている節もあるということよ』
セブが私を抱きしめる腕の力を強めた。
「想像したら嫉妬に心が黒く塗りつぶされる。だが、君は間違ったことはしていない」
『忍として間違ったことはしていなくても、重要なのは、あなたがどう思うかということなの!』
私は腕を振りほどき、振り向いて叫んだ。セブは一瞬目を丸くした後、何故かふっと微笑んだ。訝し気な目をする私の頬にセブの手が伸びる。
「我輩の事を1番に考えてくれるなら、軽々しく別れようとしないでくれ」
『でも』
「悪いがどんなに傷つけられようとユキを手放す気はない」
セブが私の額に自分の額を寄せた。
「勝手に想像を飛躍させるのはやめろ」
『……今までごめんなさい。振る舞いには気を付けるわ』
「そうしてくれ。醜い嫉妬に狂う自分を見たくない」
私はゆっくりと目を閉じた。温かい唇が重ねられて、柔らかい舌と舌が絡み合った。激しくなく、静かに愛情を確かめ合うキス。
セブが私の首に顔を寄せた。
『んっ』
ピリッとした甘美な痛み。
私は目を丸くしてセブを見上げた。
「化粧で隠すなよ」
鏡を取り出して首筋を見れば花びらのような赤い跡がついている。
私は自分の記憶を手繰り寄せる。
『これ前にも見たことがあるわ……あ!前にもつけたわね!』
思い出したことに叫び声をあげる。あれは自分のお酒が飲める限界が知りたいとセブに一晩付き合ってもらった時のことだ。すっかり酔っぱらった私。翌日、今付けられたような赤い跡が首についていることに気が付いた。あの時は季節外れの虫かと思っていたのだが……。
『寝ている間に!』
「一晩付き合わされた礼はされるべきだ」
口の端をあげて意地悪な顔。
なんて男なの!
「今日は記憶があるであろう?誰につけられた跡かと聞かれたら我輩だと答えろ」
『生徒の教育に悪いわっ。ここは学校よ。こんなことして!許されません!』
「そうか。残念だ」
特に残念がっていないセブは私の反応を見て楽しんでいるだけらしい。はあぁ。部屋に帰ったら化粧で消さなければ。
『そろそろ帰るわね』
「用事が?」
『いいえ。体力回復に仮眠をとるのよ。O.W.L.の準備もあとひと頑張り』
「ここで寝ていけばいいだろう?」
『誘惑しないで。昼間っからお世話になれないわ』
セブは名残惜しそうに私の腰に手を回して口づけした。
『またね』
「教室に行くから一緒に出る」
『うっ。待って。困った。誰か来たわ。どうしよう』
こんなことをした後に私室から一緒に出て行くのは恥ずかしい。
『セブ、あの』
悪い顔が目の前にあった。
セブは私を楽しげに見てパッと扉を開けた。
外にいたのはハッフルパフの7年生の女の子3人組。好奇心旺盛な顔でこちらを見ている。
私は冷静を装って口を開いた。
『スネイプ教授に御用よね?』
「「「はい」」」
こちらを、いや、私を興味深そーーーに見ている。ダラダラと流れていく緊張の汗。生徒たちの視線が1点で止まった。そして興奮した顔に変わっていく。彼女たちの視線の先は私の首元。
「我輩の“貴重な”休日を潰すのだ。早く用件を言いたまえ」
『っ!わ、私は失礼するわっ』
居たたまれない。
あんなにわざとらしく“貴重な”と強調して!
顔を火照らせながら私は薄暗い廊下を足早に歩いていく。
『セブの馬鹿!ばか!バカ!』
その日の夜には私はホグワーツ中の噂の的になっていたのであった。
***
深い深い雪の間を私とシリウスはご機嫌で歩いていた。
ついにO.W.L.試験の準備が終わったのだ。
そしてクリスマス・イブ!
「今夜は飲んで食べて、そしてゆーーっくり寝るんだ」
『ふふ。そうね。今年のクリスマスはどうなることかと思ったけれど、無事O.W.L.試験準備も終わったし、ハグリッドも帰ってきて良いクリスマスになるわ』
しかも今夜はセブのお部屋にお泊りだ。
実は今夜も牡鹿同盟の練習があるのだが、この疲れ具合だ。パスさせてもらっている。シリウスも右に同じ。
「それじゃあパーティーでな」
『昼寝してパーティーに来られなかったなんてことがないようにね』
私とシリウスはそれぞれの部屋へと帰っていく。
パタンと扉を閉めた私が行くのはバスルーム。
完璧にしなくては!
今夜なのだ。今夜セブに――――ああ!
なんだかそわそわする。ドボドボと勢いよくバスタブに溜まっていくお湯に向かってニヤニヤ笑いをしている私は傍から見て大層不気味だと思う。
『さてさて』
セブは何の香りが好きなのだろう。聞いておけば良かった。
洗面台には固形入浴剤が3つ並んでいる。蜂蜜、フローラル、マリンの香り。普段はシャワーのみで、10分でバスルームから出て行く私。でも、今日は特別だ。私は迷った挙句フローラルの香りの入浴剤を投入した。
『わあ。あわあわだ』
私は固形入浴剤から上がった泡に歓声を上げながらバスタブに足を突っ込む。
ゆっくりとお風呂に使って肌を柔らかくして体を洗う。普段は自家製無添加無香料のボディーソープ、シャンプー、トリートメントを使っている。匂いの付いた忍などプロ失格だ。だが、今日は固形入浴剤と同じメーカーから出された同じラインのフローラルの香りのシャンプーを使う。
気になるから、セブの部屋に行く前にもう一度ざっとシャワーを浴びようと思いながらバスルームを出た私はベッドの上に並べてある3着の下着を難しい顔で見ていた。
赤、黒、白。セブはどれが好みだろう。
この日のために選んだ下着はどれも繊細なレースがついていて、他には金糸が使われていたり、ストーンが揺れていたりと美しい。
『ちゃんと好みを教えてくれていたらこんなに悩まないのに』
いっそ影分身にそれぞれ下着をつけさせて、実際見てもらった上で決めてもらう?しらっとしたセブの顔が目に浮かんだので私は首を振った。自分で決めよう。
大事な夜だ。失敗は出来ないぞ。なんて自分にプレッシャーをかける私はふと時計に目をやって目を瞬く。もうこんな時間!?
『大変。パーティーに行かないと』
下着問題を残したまま、私は大慌てで服を着てパーティーへと向かったのだった。
「「「「「「メリー・クリスマス」」」」」」
ホグワーツのパーティーはいつも通り楽しかった。大きな鳥の丸焼きは私とシリウスの前に1羽ずつ置かれたので今日は私たちは喧嘩をしなかった。
巨大クラッカーが鳴り、ダンブーがジョークを飛ばし、クリスマスらしい豪華な食事に舌鼓を打つ。
パーティーも終わりとなり、生徒たちはおやすみの挨拶をして三々五々帰っていく。
「ふああ。俺も帰る」
『おやすみ、シリウス。良い聖夜を』
「ユキもな。また明日。食べ過ぎるなよ」
『このマカロンタワーを食べたら寝るわ』
ギョッとした顔を作って見せるシリウスに思わず噴き出してしまう。笑い声を上げたシリウスはもう一度おやすみを言って部屋へと戻って行った。
むしゃむしゃテーブルに残ったものを端から平らげているうちに人がいなくなり、残りは私とセブだけになった。
私はナフキンで口を拭ってテーブルに置き、そして、立ち上がった。
『既に緊張しているわ』
私を見上げていた隣の人がゆっくりと下を向いて笑いを堪えるように震えだした。
「食べている間そんなことを考えていたのかね?」
『だって上手くできるか不安で不安で。練習できないし……あ。少し遅れていってもいい?影分身で少し練習「馬鹿なのか?」
目が疑問形ではなく「お前は馬鹿だ」と言っていた。
『そうは言っても』
なんだか急に怖くなってきた。
私はセブの前で急に、未知な力を持つ恐ろしく強い敵の前に放り出された何の力も持たない小動物になったような気分になっていた。
「大丈夫か?」
『へ?』
「顔が青い」
セブが伸ばした手が私の手に触れた瞬間、私の体は過剰に反応してビクリと震えた。
『ご、ごめん』
「怖いなら今日じゃなくてもいい。2人でクリスマスを祝えれば我輩は満足だ」
『いや!それはいや!楽しみにしてたから……』
「随分とやる気なようだな」
ニヤリと意地の悪い顔の前で私はバツが悪くて縮こまった。
そんな私の手を引いてセブは自分の方へ私を引き寄せる。
「座れ」
私はセブの言葉に従って、セブの上に横向きに座った。セブは何かに驚いたように目を少し開いた。
『?』
セブが私を更に自分の方へ引き寄せる。
『どうしたの?』
「花の香りがするのは気のせいか?」
私は開きかけていた口を閉じる。今日の日のために入浴剤とボディーソープとシャンプー、トリートメントを全種類の香り新規購入して2時間たっぷりお風呂に入ってきましたって言うの?まるでやる気満々みたいじゃないの!
セブは何も言わない私を不思議そうに見ている。何か言わなければ。
『あ……その……今日はクリスマス・イブだから変わったことをしてみようと思って入浴剤を買って……』
セブは明らかに笑いをかみ殺している顔をした。
『わ、笑うなんて酷いわっ』
「馬鹿にしてなんかいない。ただ嬉しかっただけだ。普段君から香りがすることは少ないからな」
『少ない?』
目を瞬く。
『いつもは無添加無香料の私特製の石鹸を使っているのよ。匂いなんて感じさせないはず……』
「君は自分の香りに気が付かないのか?」
『私の香りって……?』
気づかぬうちに人に私だと分かるような匂いを纏っていたってこと?食べ物の匂い?そうだ。きっとそうに違いない。魔法界に来てから私は沢山食べる。
「君が何を考えているか分からんが違う」
『どうして分からないのに違うと言い切れるのよ』
私は真剣に考えていることを中断されてむっとしながらセブを見た。
「フェロモンという言葉を知っているか?」
セブは私を抱き寄せて私の首に顔を埋めた。
『んっ』
くすぐったさとゾワワと足元から駆け上ってくる官能に身をよじる。
「ユキの香りはこうしている時に嗅ぎ取ることが出来る。ここまで近づかないと感じたことはない」
『それなら、安、心……もう、分かったから……』
唇は首筋に触れたが密かに期待していた甘美な痺れはやってこなかった。
「残念そうにされては胸が痛い」
『意地悪ね』
フェロモンというならあるのはセブの方だろう。セブの膝から降りた私はふわふわしながら足をふらつかせた。
『そろそろ帰るわ』
「送って行こう」
『いいえ。大丈夫。見回りが終わったらセブの部屋に行くわね』
「あぁ。待っている」
セブの優しい微笑に見送られて私は自室へと戻って行ったのだった。
見回りの9時になった。
私は考え事をしながら廊下を進んでいた。重大問題が残っている。まだ下着の色が決まっていない!
しかし、悩みは消えた。乱暴にグリフィンドール寮の入り口が開かれてネビルが顔を出したからだ。
『ネビル』
「ユキ先生!ハリーの様子がおかしいんです」
私はネビルに案内されて男子フロアに入り、ハリーたちの部屋に入った。ハリーはベッドの上で頭を―――額の部分を押さえて座り込んで震えていた。
「夢なんかじゃない―――僕はそこにいたんだ。見たんだ。僕が……やった。僕がやったんだッ。ロンのパパを、僕が―――」
『ハリー、ハリー』
ハリーは錯乱している様子だった。
『ハリーはどうしたの?』
手近にいたロンに聞く。
「急に叫びだしたんです。額を押さえて。ユキ先生、ハリーは病気ですか?」
「病気なんかじゃない!」
ハリーが叫んだ。良かった。目がしっかりしてきている。
私はハリーが私に集中するようにハリーの目をしっかり覗き込んだ。
『私の声が聞こえる?』
「もちろん。ユキ先生、大変なんだ。僕は病気じゃない。見たんだ」
見た……もしやまた例のヴォルデモートに関する映像だろうか。
『落ち着いて。何を見たの』
「ロンのパパなんです。蛇に襲われて、重態でっ……ユキ先生、信じてくれるよね?早く助けないと」
『そうね。急いだほうがいいわ』
私は影分身を3体出した。
『ミネルバに今の事を伝えて。ハリーたちと校長先生のところに行きますって。あなたは先に校長室に行って私たちの訪問を伝えて頂戴。あなたはシリウスを校長室へ連れてきて』
3体の影分身たちは駆けて行った。ハリーを見ると私が話を信じたことで安心したのか少し落ち着いたように見られた。
『ハリー、ロン、ガウンを着て。校長室へ行くわよ』
私たちは月明かりの照らす廊下を足早に進んでいた。こちらを見つけたミセス・ノリスがシャーっと微かに威嚇の鳴き声を上げた。それを無視して歩き、校長室の入り口を守るガーゴイル像の前に出る。
『フィフィ フィズビー』
ガーゴイルに命が吹き込まれて脇に飛びのいた。動く階段を足早に歩いて上り、樫の扉の前に到着する。扉はひとりでに開いた。私の影分身が開けたからだ。
「入って」
私の影分身が言った。
「話はユキの影分身から聞いておる。ハリー、君が見たことを話してほしい」
「僕、たしかに眠っていたんです、でも、見たんです。ウィーズリーさんが襲われて―――」
ダンブーは手でハリーの言葉を遮った。
「儂が聞きたいのは様子なんじゃ。君は何処にいたかね?部屋の中だとか、あたりの様子を教えて欲しい」
ハリーは早口で喋りだした。ハリーは自分が蛇になったようなかたちでアーサーさんが襲われるのを見たということだった。そしてその蛇は自分だったと言った。夢で見た周囲の様子も話してくれる。
『神秘部かしら……』
「可能性は高い」
ダンブーは立ち上がった。
「エバラード!ディリス!」
ダンブーの行動は早かった。絵画になっている歴代校長に頼んで他の魔法施設にかけてある自分たちの肖像へ走って行かせた。
エバラードが戻ってくるまで時間はかからなかった。
「下から物音がすると言ったら半信半疑で駆けつけていきましたよ。確かにいました。良くない状態で運ばれて行きました。しかし、見えたのはここまでで―――」
魔法使いが言葉を詰めていると魔女ディリスが絵画に駆け込んできた。
「酷い状態のようです。血だらけのようで、聖マンゴに運び込みました」
ミネルバがウィーズリーの子供たちを起こしに行った。
ウィーズリーの子供たちと一緒にシリウスもやってきた。
「ハリー」
「おじさんっ、おじさん」
シリウスは何も言わずにハリーの背中を撫でた。
『影分身』
「わかった」
そっと声をかけると影分身がセブの元へ今日いけないと伝言しに行った。
「お父上は」
ダンブーはやっていることを止めて最悪の想像に怯えるウィーズリーの子供たちを見た。
「不死鳥の騎士団の任務中に怪我をなさって、聖マンゴ魔法疾患傷害病院に運び込まれた」
「直ぐに連れて行ってください」
ジニーが涙声で言ったが、ダンブーは顔を横に振った。
「それは出来ぬ。何故君たちがお父上が襲われたか敵に知らせることになる」
「そんな―――そんなのってあんまりです!」
「僕たちの父親が生死の境を彷徨っているんですよ!?」
フレッドとジョージの顔も顔面蒼白だ。
「気持ちは分かるが堪えねばならん―――いや」
ダンブーが私を見た。
「忍び込めるかの?状況だけでも伝えることが出来れば子供たちはどんなに安心するか」
『やります。伝える手段は?』
ダンブーは引き出しから小さな丸い鏡を取り出した。私が鏡で映したものがダンブーの手元にある鏡に映るとのことだ。私は2枚の鏡を受け取った。
「決して手出ししてはならぬ。決してじゃ」
『分かりました』
夜の聖マンゴ魔法疾患傷害病院。忍装束姿の私はロビーを突っ切って行く。どこに行くかはディリス元校長が教えてくれていたので真っ直ぐに進めた。
曲がり角に身を潜める。病室の1室から緊迫した空気が伝わってくる。
忍び寄り、扉を少し開けて確認するとアーサーさんが血まみれでベッドに寝かされて治療を受けていた。
私は鏡を取り出した。
アーサーさんの様子を見せるかどうかはダンブーに任せよう。私は与えられた任務を遂行するため鏡を部屋の中に転がした。そして、杖で壁際に這わせていく。手元に残った鏡で位置を調節して、粘着呪文で鏡をくっつけた。
私の手元の鏡には、鏡を覗き込むウィーズリーの子供たちの顔と、もう半分はアーサーさんの様子が映し出されていた。
「出血が止まらない」
「この噛み傷―――蛇だと思う―――を分析に回して。それから取り敢えず効きそうな血止め薬を持ってこなければ。ヴァンパイア用のものがいい。持ってきてくれ」
天井に張り付く。病室から出てきた魔法使いがターッと走って行った。
「血が止まった!よし、よし―――活力薬と増血薬を追加だ」
鏡越しに見ているとはいえ、状態は掴みにくい。焦れる思いで待っていた私は人の足音にハッとした。私は再び天井にぶら下がった。足音はモリーさんのものだった。誰かに案内されているのだろう。2つの足音は走るような速さでやってくる。
顔面蒼白なモリーさんが病室へと入って行く。
「アーサー!」
長くじりじりした時間が続いた。癒者たちはすべての事をやり終えて、一旦部屋から出て行った。あとはアーサーさんの生きる力にかけるのみなのだろう。
もう手を出しても良いはずだ。
看護魔女が部屋から離れて病室はアーサーさんとモリーさん2人になったので、私は病室の中へと入った。
『モリーさん』
ベッド脇の椅子に座り、アーサーさんの手を握って泣いていたモリーさんは吃驚して顔を上げた。
「ユキ、先生?」
『ダンブルドアから子供たちにアーサーさんの様子を見せて欲しいと頼まれたんです。ここの鏡越しに見ています』
私はモリーさんの背後を指さした。
「そうだったのね……ダンブルドア校長のご配慮に感謝しますわ。それにユキ先生にも。ありがとう」
『いえ。アーサーさんの状態をみても?前の世界では医療忍者をしていました』
「お願いします」
脈をみる。とても弱く、遅い。気血不足だ。血は補えないが気は補うことが出来る。予断は許さないが命の危機が差し迫っている状態ではない。私は手を握り、ゆっくりと自分の気を送っていった。
「うっ……うっ……」
「アーサー!」
アーサーさんが低い唸り声を上げた。私は扉に視線を向ける。
『人が来たようなので帰ります』
「本当にありがとう、ユキ先生」
私は廊下に出て隠れた。
「目覚めましたか!良かった。危機は脱したでしょう」
病室から聞こえる癒者の声にホッとする。
私は場所を移動し、鏡を杖で叩いて音量を出した。
「ご苦労じゃった。戻ってよろしい」
『はい。では、用がなければ自分の部屋に戻ります』
「うむ。ゆっくり休んでくれ」
ホグワーツに戻った私は部屋の扉を閉め、真っ青になっていた。
血まみれになっていたベッドシーツ。
鏡越しに見たアーサーさんの腕には蛇に噛まれた噛み傷。血が流れ続け、真っ白な顔。腕だったから良かったものの……もし首だったら……発見が遅かったら……。
ガンッ
私は目の前の椅子を力任せに蹴った。椅子は部屋の壁まで飛んでいき、脚が折れて壊れ、床に落ちて派手な音を立てた。
私の頭の中はセブの死に際でいっぱいだ。
首から血を流し、床は血の海で。
『落ち着くのよ。大丈夫。防げるわ。それに今回の事で蛇毒の解毒薬が手に入るかもしれない』
愛しているのよ
失いたくないの
『その時までまだ時間はある』
入念に準備をして防ぐの
大丈夫
守りの護符をセブは2枚持っている。蛇の攻撃を弾くことが出来る。もし襲われてしまったら、直ぐに治療する。
私は実験室に入って秘密の戸棚から開発途中の薬を引っ張り出した。魔法界に来てからセブを助ける為に研究して作ってきた自作の止血に有効な軟膏だ。どうにかダンブーに頼み込んで聖マンゴの癒者たちにこの薬を見てもらおう。意見を聞いてより良い物を作りたい。
もし、セブが襲われたことに気が付けなかったら――――?
怖い、怖いっ……
私は最悪の想像に蹲り、すすり泣いた―――――
夜明け近い。
冬の日の出は遅い。まだ外は真っ暗だ。
ベッドで横になり、タオルで目を冷やしていた私は足音に気が付いた。慌てている様子の足音はミネルバのものだった。
アーサーさんに何かあったのだろうか?
タオルを放り出して扉を開けると、ミネルバが私の自室の吹きさらしの階段下に到着したところだった。ランタンの灯りで照らされる顔は真っ青だ。
「ユキ」
『どうしました?』
「下りてきて」
『?』
ミネルバは目の前に立った私を落ち着けるように私の二の腕を摩った。
震えるミネルバの唇が開く。
「落ち着いて聞くのです。セブルスが瀕死です」
私は目を瞬いた
『え?あの』
目の前のミネルバの声がどこか遠くから聞こえてきていた。
「今夜の一連の事を例のあの人は知って、セブルスを呼び出したのです。例のあの人はポッターの夢について勘づき始めているようです。それを問い詰められ……例のあの人はアーサーが生きていることにも腹を立て……さあ、話はここまでにしましょう。聖マンゴ病院へ急いで」
『し、知らせてくれてありがとうございます』
走っている感覚がなかった。
ただ、頭の中で。大丈夫。きっと大丈夫に違いない。という声だけが響いていた。
セブが死ぬのはここじゃない。
クロノス……に守護された者ドモが狂った歯車ヲ更に狂わセル
妲己に見せられた運命が変わったとでも?
引いていた血の気が更に引いていった。
なくなった感覚を取り戻そうと私は爪を掌にめり込ませるように手をぎゅーっと握った。
少しだけ頭がはっきりした。
相変わらずシンとした聖マンゴ魔法疾患傷害病院の玄関ロビー。私は先ほども行った救急外来へと走った。
緊迫した声で満ちている病室の扉を勢いよく開いた。中の全員が私を見た。
ベッドにはセブがいた。
「あなた―――ご家族ですか?」
看護魔女が聞いた。
『恋人、です』
癒者たちはセブの治療に戻った。
「ユキ」
呼ばれて振り返るとダンブーが部屋の片隅にいた。
『どういう具合です?』
「外傷、内傷、呪いもじゃ」
『呪い以外でなら治療できます』
「うむ―――皆さん!」
ダンブーが急に大きな声を出したので全員が吃驚して振り返った。私はセブの枕元に駆け寄り、心臓に手を当てて怪我の様子を探っていく。
「いったいなにを……」
「この子に少しだけ時間をあげて下さい」
年配の癒者にダンブーが言った。
『……』
確かに呪いがある。1つは内側から外側へ傷口を作る呪いのようだった。筋肉に痛みを与える呪いもある。それ以外は内臓の損傷、呪いで湧いて出てくる傷以外にも別途傷がある。それに打撲も。
私は自分の首の付け根を触った。チャクラを溜めた水晶の塊がある。
私はセブに口づけした。
陰封印解 忍法・創造再生
再生能力のあるこの術は全ての器官・組織を再生できる。これは私が魔法界に来た1年目、私の術で全身を火傷し、瀕死となったクィリナスを治した術だ。今回はチャクラを溜めていたため、寿命はクィリナスの時より使わなくて済みそうだ。
『ぷは』
セブの顔から傷跡は消えていた。しかし、内側から裂けて傷が現れる。
『呪いを解くのをお願いしてもいいですか?私は彼の手を握りながら開く傷口を治し続けますから』
取り敢えず一旦は危機を脱しただろうか?呪いが解けなければ予断は許さないが……。
ホグワーツを卒業した後、私は癒者になりたかった。しかし、その夢は叶わず。もし私が過去に残り続け癒者としての勉強を重ねていたらセブの力になれていたのに。そもそも、私がヴォルデモートを館で殺していたら……
もしも、何て考えは無意味だわ。
今出来ることは次々に出来る怪我を治すこと。
内側と外側から与えられる痛み。
低く呻くセブの瞳は未だに閉じられたまま。
お願い、頑張って、セブ。
私は祈りを込めてセブの手を握った。
癒者の皆さん、どうかお願いします。お願いします。セブを助けて下さい。
セブ、お願い。耐え抜いてね。生きて。お願いだから。私を残していかないで。
あなたなしで、どうやって生きていけばいいの?
あなたなしでは生きてはいけない――――
『ありがとうございます』
私は安堵の涙を流しながら癒者に頭を下げていた。
「Mr.スネイプもそしてあなたもよく頑張りました」
治療を終えた癒者たちが病室から出て行く。セブの呪いが解けたのだ。
しかし、セブはまだ眠ったまま。癒者が解いた呪い以外にもセブはヴォルデモートに呪文をかけられたはずだ。
拷問を受けたなら口を割らせるためにクルーシオなどの苦痛を受ける呪文、服従の呪文を使われたはずだ。肉体的に精神的に辛い思いをした。
ダンブーに振り向く。
『どうしてこんなことに……まさかヴォルデモートはセブを殺そうとは思っていなかったでしょう?だって彼には使い道がある』
少し落ち着きを取り戻した私はダンブーに聞いた。
「怒りに任せてどちらでもいいと思ったようじゃ。セブルスは耐えてくれた。ハリーの事を一言も漏らさなかった」
『頑張ったわね。セブ』
私は今は穏やかに寝ているセブの頬に口づけを落とした。
意識の戻らないセブは緊急治療室から個室へと移された。
長かった夜が明けていく
ピクリ
セブの瞼が痙攣した。
『セブ』
立ち上がってセブの顔を覗き込む。
短く低い声で唸ったセブは嫌な夢から抜け出そうとするように眉間に皺を作って身じろぎし、そしてゆっくりと目を開けた。
あぁ――――あぁ―――――良かった。良かった。戻ってきてくれた。
「ユキ……」
『うっ……ひくっ……せぶ……良かった』
セブの上に涙を溢しそうなので私は屈んでいた身を起こして涙を袖で拭った。
拭っても拭っても涙が止まらない。
緊張が一気に解けた。
幸せだった昨日からどん底に突き落とされて。生きるか死ぬかの瀬戸際のセブの前で私は無力だった。
「ユキ」
ふらつく手がベッドから出てきて、私に伸ばされた。私は椅子をベッドに寄せ、セブの手を両手で握りしめる。
「顔をよく見せてくれ」
前屈みになり、彼に近づき、キスをした。
「泣かなくていい。もう大丈夫だ。心配をかけたな」
『えぇ。本当に心配したのよ』
あなたがもし、死んでしまったら私は――――
『もう2度とこんな心配はさせないで』
「分かった。約束する」
私たちはもう1度キスをした。存在を確かめ合うように甘い、甘いキスを。
「1つ聞きたい」
『なあに?』
「無茶はしていないだろうな?」
『起きて直ぐお説教?やめてよ。無事を喜びましょう』
「……」
『何も無茶はしていないわ』
セブは疑い深そうに私の顔を確認したが私が少々の寿命を上げたことは気がつかれなかったようだ。
『ダンブーから聞いたわ。拷問に屈せず、あなたを誇りに思う』
「ポッターの問題はどうにかせねばならない。ダンブルドアも考えているだろうが……」
『ねえ、セブはヴォルデモートのもとへ戻らなくて済む?』
「ダンブルドアは戻るべきだと考えているだろう。我輩の他に適任者はいない。今回、卿は我輩の非を見つけられなかった。我輩を省いたりはしないだろう。しかし、信用は少し落ちたな」
『省くって……嫌な言い方止めて……不安になるわ……』
「すまない……泣くな。君はそんなに涙脆かったか?」
『愛しているのよ……自分で思っていたより、ひっく、深く……私、あなたを失ったら……私……』
また涙がこみ上げてきてしまった。まだ病身のセブの体に悪いからさっさと止めようと思うのに涙が止められない。
『な、なんで、ひっく、えぐ、笑っているわけ?』
目の前のセブは涙をボロボロ流す私を見て微笑んでいた。
『?』
セブは微笑の意味を教えてくれなかった。
その代わり私の涙を節くれだった指で拭ってくれた。
***
体力の回復を待ってセブは退院した。
そして私とセブは今、校長室にいる。
セブは猛烈に私に怒っていた。
何の呪いが含まれているのだろうという目で私を睨みつけている。
「決して承服できませんぞ!」
「セブルス。ヴォルデモートの信頼を取り戻す必要がある」
「ユキ!貴様!よくもこんな提案をッ」
セブはヴォルデモートに信用されている必要がある。心を許されるとまでいかなくとも、計画を聞かされる立場にいて、欲を言えば隙を見つけられるほど傍にいて欲しい。
私がダンブーに提案したのは私の予言をヴォルデモートに提出することだった。
ダンブーはこの提案に頷いた。しかし、セブは烈火のごとく怒っている。
ハリーの予言をヴォルデモートに差し出したことによりリリーの死を招いた。私は今同じことをセブに繰り返させようとしているのだ。酷なことをさせようとしているのは分かっている。
『そこまで心配することない。予言の内容をみれば私は殺されない』
「だが、卿は君を手に入れようとするだろう!」
『簡単に敵の手に落ちる私ではない。それに捕まったとしても予言は私には不可能なことを言っている。利用されるなんてことはない』
「利用できないと分かったらどうなる……君は……」
「セブルス」
怒りに歯を食いしばっているセブの名前をダンブーが呼んだ。
「決まりなのじゃ、セブルス」
もう何も言うでないとダンブーの目は言っていた。
「ーっ」
セブはショックを支えきれずによろめいて一歩後ろに下がった。
私の予言はセブによってヴォルデモートに伝えられた。
「よくもこんな残酷なことができたものだな」
呼び出されてセブの部屋へ行った私は怒りではなく、悲痛さで顔を歪める彼の前に立っていた。
『許して。任務優先よ。ヴォルデモートは?』
「元々君に興味を抱いていた。ユキに2度殺されそうになり、憎悪も持っていたが……今回で変わった。卿は君を何が何でも手に入れようとするだろう」
ぎゅっと握りしめられて変色しているセブの手を私は取った。
『ごめんね』
「……」
『絶対に死なないと約束する。今回セブが瀕死の重体になったことで、残される側がどんなに辛いか改めて痛感した。あなたにそんな思いはさせないから』
どんな言葉をかけても不安は消えないだろう。それは私も同じ。セブにまた同じことが起きないか内心では不安で押し潰されそうになっている。
『不安はあるけど、考え出したら尽きないわ。それより、今に目を向けましょう』
視界が真っ暗になった。
一昨日まで病院のベッドに寝ていたとは思えない抱擁に嬉しくなる。
『私たちは大丈夫』
でも、もし、もしもがあったならば
「約束だ、ユキ」
あなたなしでは生きてはいけない
『あなたもよ。絶対に守って』
あなたがもし、死んでしまったら私は――――
『もうすぐあなたの誕生日だけど、どうやって祝う?』
あなたが決して許さない選択をするだろう