第6章 探す碧燕
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17.戻った日常
凍てつく鋼のような寒さ。山からは氷のような風が下りてきている。
大広間の天井も真珠のような淡い乳白色に変わっていた。
どこまでも高く続いているような水色の空のある日。セブルス・スネイプは特に用事はないのだが、ユキを探していた。
彼は少し寂しいのだ。
何故なら彼の恋人であるユキはアズカバンから戻ってきてからというもの収容されていた1ヶ月を取り戻すように忙しく走り回っている。
天気も良いし、今日は何もやる気がしない。セブルスは退屈しのぎにと、ユキを探しに自室、教室、厨房を覗いてみたのだがユキの姿はなかった。
大の大人がうろうろと……体裁が悪い。
自分のやっていることを鼻で笑ったセブルスは自室へ帰ろうかと思ったのだが、先の廊下の角から聞こえてきた声に立ち止まった。
「お母さんがアズカバンに収容されたことがあるなんて聞いたことなかった」
「私もよ。驚いたわ」
その声はユキの学生時代と容姿の似ている謎めいた双子、グリフィンドール5年生の栞・プリンスと同学年でレイブンクロー生の蓮・プリンスの声だった。
元々この双子に興味を抱いていたセブルスだったが、最近、実験事故を起こしそうになった栞を助けた折、その驚いた表情が自分に似ているように思えたことから更に彼女たちを気にするようになっていた。
双子は周りを気にするように小声で話を続ける。
「お母さんはああ見えて秘密主義だから知らないことがあっても当然。それに子供に聞かせるような話じゃないし」
「でも、蓮。焦らなかった?私たちの知っている過去が変わったんじゃないかって」
「それは……もう……。私、考えても分からないことを考えるのは嫌いよ。いずれにしても私たちはもう引き返せない」
蓮の溜息が聞こえてくる。
「それより、どうだった?」
蓮が話題を変えて明るく切り出した。その声は弾んでいる。
「魔法薬学の補講を受けたんでしょう?お父さんとお母さんの様子は?」
「全然わっかんない」
今度は栞がため息を吐いた。
「でも、補講は良かったわ。安らぎの水薬がO.W.L.に出たら通過できそう!試験に出やすいってことだからこれにかけるわ」
「なんて無茶なヤマ張りを……。栞は将来何になりたいの?魔法薬学は必要?」
「将来は忍術に関連する仕事につきたいの」
「今はまだ職業として確立されていない分野よ」
「だから困っているのよね」
「思い切ってお父さんかお母さんに相談してみれば?」
「お母さんは考えてみてくれるって。お父さんは……顔を見合わせる度に睨まれているのよ?トロールをつけられるくらい嫌われているんだもの相談なんて無理ね。そういう蓮の進路は?」
「あの人のお嫁さん「以外でね」……癒者」
「さすが!」
「でも、最近プレッシャーで爆発しそうなの。私こそお父さんとお母さんに話を聞いてもらいたい……」
「蓮……元気出そう!」
落ち込んだ声を励ますように栞が言った。
「ホグワーツを楽しまなくちゃ」
「そうね。気落ちしていたら勿体ないわ」
軽やかな足音が角を曲がってきてピタリと止まった。
黒い瞳と黄色い瞳が大きく見開かれる。
勢いよく廊下の角を曲がった彼女たちの目の前にあったのは黒い壁、ではなくセブルス・スネイプの姿。
「こ、こんにちは」
引き攣った顔で栞。
「さようなら」
平静を装って蓮が頭を下げる。
バタバタと走り去っていく双子をセブルスは驚きに固まって見つめていた。
先ほどの会話からすれば自分は彼女たちの父親らしい。そしてユキは彼女たちの母親、要するに自分の妻だと予想される。
じわじわと沸いてくる感情は戸惑い、それに期待と喜び。
感情が上手く処理できないセブルスは額に手をやった。
自分が親になることは想像出来ないが、もしユキとの間に子をもうけることが出来るならば……。
ユキとの未来を想像しても子供のいる家庭を想像したことはなかった。不思議な感じがしたし、不安も感じる。
「……」
しかし、もし彼女たちが自分の娘だとしたらどうやってここへ。直ぐに思いつくのはタイムターナー。しかし、それは魔法省によって厳重に管理されている。アレをどうやって手に入れたのか。
そもそも何故時を遡ることにしたのか。もしや自分たちは良い両親ではなかったのか。
そこまで考えてセブルスは首を振った。
あの双子が自分とユキの娘で時を超えてやってきた。そんなバカげた仮説を自分は信じているのか。
「はあぁ」
セブルスはこの難しくこんがらがってどうしようもない問題を頭から追い出した。
考えるのはやめにしよう。
セブルスは自室のへと続く廊下、今さっき双子が消えていった廊下を振り返り、迷った挙句自室へとは戻らずにユキがよく鍛錬している丘へと向かうことにした。
そこにも誰もいなかった。
寒空を見上げるセブルスの目に入ってきたものはクィディッチ競技場だった。チラチラとローブが風に
そういえば今日もクィディッチ競技場の貸出許可を出したのだったと思い出しながら足を向ける。
観客席へと続く階段を上っていると選手たちの声に探していた人物の声が混じっていた。
『クラッブ!今はシーカーに当てるべき!』
観客席へと出たセブルスは空を見上げた。
スリザリンチームとグリフィンドールチームが本番さながらの試合をしている。
観客席を見ればユキが檄を飛ばしていた。
『箒の柄にもっと体をくっつけなさい!恐れずにスピードを出すの!』
ユキは口に左手を当て、右手は早く進めというようにぐるぐる回しながら観客席の通路を走っている。
『反則は見えないようにやれって言っているでしょう、ゴイルッ』
大声で教師らしからぬことを叫ぶ。
『ドラコーーーーーー!!!しっかり柄を握っていれば何かあっても簡単には落ちないのよ!そして!後ろのあなた何の御用かしら!!……あ、あら、セブ……』
今忙しいのよと言ったキツイ目と表情で振り向いたユキは顔を引き攣らせた。
「いつも足音で誰かを聞き分けられる君だが……余程興奮していたようだ」
セブルスは、真っ赤になってバツが悪そうに額に手を当てているユキを見てクツクツと笑っている。
『興奮して醜悪な顔を見せたわね。はあぁ』
「厳しさはポッターたちに補講をつけていた時の比ではないな。だが、厳しい顔も悪くない」
『悪くないはずないわよ。黙ってみていないでちゃんと声かけて』
苦々し気なユキの前で、セブルスは先ほどのユキの顔を思い出し、笑いをかみ殺しながらピッチの上空を見上げた。
「あれはグリフィンドールチームではあるまい」
『私の影分身に変化させたの。過去のデータから各々に似せた動きをさせている』
それからユキは「影分身を変化させるのはなかなか高度な術なのよ」と自慢げに胸を張ってセブルスを見た。
「便利だな」
『違う。そこは褒めながら頭を撫でるとか……』
「そのような軟派なことをするつもりはない」
『残念』
ユキは言ってみただけなのだろう。特に残念そうな顔をするでもなくセブルスから上空に視線を戻した。
「選手の仕上がりはどうだ?」
『弱点はあるけど上々に見える。キャプテンのモンタギューを中心に纏まりもある―――スニッチだわ』
ユキの指さす先にある金色のスニッチはパタパタとハチドリのように俊敏に動きながらピッチを横切っていた。
『ドラコは見つけたみたいね』
はるか上空を飛んでいたドラコが鋭角に降下してくる。スニッチに近いところにいたハリー扮するユキに並んだ。ドンとドラコに体を衝突させられたハリーは減速する。そのうちにドラコはスピードを上げてスニッチを手にした。
ピーーー
試合終了。
審判をしていたユキの影分身がホイッスルを吹く。
スリザリンチームから歓声が沸いた。
『よくやったわ!』
苦い顔をしたグリフィンドール選手たちがユキとセブルスの前にやってきてポンポンと消え、2人の前には箒だけが残される。
続いて空中で喜びを分かち合っていたスリザリンチームもニコニコ顔でユキとセブルスの前にやってきた。
「スネイプ教授もいらしていたんですね」
ドラコが弾んだ声で言う。
「見事だった。随分腕を磨いたようだな」
「ユキ先生に日頃稽古をつけてもらっているおかげだと思います。ね、師匠。褒めて下さいよ」
『筋肉がついて体幹も良くなったのがプレイに良い影響を与えているのね。最後の箒の飛ばし方も素晴らしかった』
「師匠は褒める時はべた褒めしてくれるから好きなんだ」
「但し、叱るときはとーーっても厳しいけど」
ドラコの言葉にモンタギューが言い、選手たちが笑った。
『さあ、キャプテンからさっきの試合に対しての講評を。私は試合中に言い切ったからないわ』
私はモンタギューが選手たちに話をしているのを背に観客席の階段を上がり始めた。
『手伝ってくれる?』
振り返ってセブに差し示す先には3つのバスケットがある。
セブと分担して持って選手たちの元へ戻る頃にはモンタギューの話は終わっていた。
「それはなんですか!?」
ゴイルがいち早く声をあげた。
『蜂蜜レモンの炭酸とハンバーガー、桃ゼリーよ。息が上がって飲み食い出来ない人は無理しないで』
「「「「「無理しません!!」」」」」
選手たち全員がわっとバスケットに集まった。あちこちで蜂蜜レモン炭酸のコルクが抜かれる軽快な音が聞こえてくる。
『寒くなかったらセブも飲む?』
「あぁ」
セブと炭酸。あまり似合わない組み合わせ。学生時代にバタービールを飲んでいるのは見ているけれど、ふふふ。私は最近セブの知らない一面を見つけることにハマっている。
今はちょうどお昼時。
『汗が冷えるから、食べ物が入ったバスケットはロッカーに持っていくといいわ』
はーい。と元気な声で返事をしてロッカーへと帰っていく選手の中から私はドラコを自分の元へ呼ぶ。
「嫌な予感しかしない……」
『来週の鍛錬の話だけど』
「放課後も早朝もクィディッチの練習があるので昼休みですか?」
『馬鹿を言わないで。鍛錬なんかなしよ』
「“なんか”ですって?」
大きく目を見開いて驚くドラコの手をぎゅっと握りしめる。
『自惚れ癖と挑発癖がなかったらあなたは最高のシーカーよ。試合に集中してグリフィンドールに勝って、勢い付けて、そのまま優勝杯を手にして頂戴。何が何でもスリザリンに優勝杯を持って帰って頂戴』
思えば私がこちらに来た1年目、2年目も、過去から帰ってきた3年目も優勝杯は最大のライバルであるグリフィンドールに取られていた。去年は三大魔法学校対抗試合があったからクィディッチはなし。今年こそは!という思いだ。
「頑張ります」
『うん。期待している』
「今週末の試合を楽しみにしている」
セブの声からは強い期待がみてとれる。
「はい!今年こそはスネイプ教授のお部屋に優勝杯を飾りますから!」
頼もしい言葉に頬を緩める私たちに一礼してドラコはロッカールームへと走って行った。
何だか雰囲気が父上と母上を見ているようだった。
そんなドラコの思いなどユキとセブルスは知るはずもない。
『お昼はどうする?大広間へ行く?それとも……部屋に来てくれるなら何か作るけど』
「では、頂くとしよう」
私はセブと共にクィディッチ競技場を去り、自室へと戻った。
『適当に座っていて』
選手たちに作ったハンバーグの残りがあるからミートソースを作ってパスタにしよう。誰かの為に料理するのは楽しい。好きな人であれば尚更だ。私はにやけながらソースをパスタに絡めて料理を完成させた。
「旨いな」
セブが少し驚いたように目を瞬いた。
『私の料理を食べるのは初めてだったかしら?』
「花見や学生の頃などに軽食を食べたことはあるが……」
セブが急に不機嫌そうに黙り込んだ。
『その顔の意味は?』
「何の話だ」
『すっごく不機嫌そうよ』
「五月蠅い」
いったいどこが気に障ったというのだろう。さっぱり分からない。
『せっかくセブの為に料理を作ったのに急に不機嫌になられて傷つくわ』
そう言うとセブはパスタをフォークでクルクルさせていた手を止めた。
「我輩が言えることは……」
パスタに話しかけながら
「2度とこの部屋に男を入れるなということだ」
と言った。
私は漸くここでセブが不機嫌になったわけが分かった。
押さえられないニヤニヤ笑いが顔に広がってしまう。
『これからはあなただけにあなた好みの料理を作るわ』
無理矢理に眉間に皺を刻む様子が可愛くて仕方ない。私はそんなセブの姿をおかずにペロリとパスタを平らげた。
食後は紅茶。セブが淹れてくれた。
前々から思っていたらしいが私の紅茶の淹れ方はなっていないらしい。因みに緑茶の淹れ方の方も自信はない。
『もうすぐクリスマスね』
なんでもないように言ってみる。
「予定は?」
『イブの日の夜に見回りが入っているわ。その、その後……』
「なんだ?」
面白がるようにセブが聞いた。
私はムッとしたような表情を作ろうとしたのだが、どうしても顔が緩んでいってしまう。そんな自分に呆れながらも私は勇気を出して口を開く。
さあ、勝負だ。頑張れ。
『見回りの後そのままセブの部屋に行ってもいいかしら?』
セブはフッと噴き出し、そして耐えきれないといったように顔を下に向けた。
『わ、笑うところじゃないと思うっ』
「すまない。一生懸命で面白くてな」
『一生懸命を面白いだなんて!酷いわね』
むくれてやる!
「そんな顔をするな。嬉しかっただけだ」
『さきほど面白いと仰いましたが?』
「それは謝る」
全く反省のない顔でクツクツ笑ってセブは紅茶を口に含んだ。
「見回りが終わるのは10時頃だな。待っている」
『うん!』
きっと素敵な夜になるだろう。クリスマスらしくゴールドのシャンパンにプレゼントも用意しよう。私が人生初となる恋人と過ごす楽しいクリスマスを想像していると、小さな溜息。
「これでクリスマスまで手を出せなくなったわけだ」
『えっ』
「せっかくだ。夜は選ばねばな」
それは裏を返せばクリスマスには手を出されるというわけで。いや、私も望んでいるのだから手を出しあう、なのかしら?なんか変な表現ね。ではなくて、兎に角!クリスマスは心積もりをしておかないと。そして、聞きたいことがある。
『何色が好き?』
「唐突になんだ」
ですよね。
私は読んだ雑誌の内容を思い出していた。初めての日の下着の色。無垢な白、可愛らしいピンク、セクシーな黒、妖艶な紫……。私は何色の下着を着ればよいのか決めかねていた。どうせなら1番喜んでもらえる色を身につけたい。
『やっぱり黒が好き?』
「だからその急な馬鹿な質問は…………好きにしろ」
『あっ……うっ……そんな』
セブは私の質問の意図に気づいてしまったようだ。
「自分で考えろ」
鼻で笑われながら言われる。
『考えあぐねたから聞いているのに』
「その時を楽しみに待とう」
『私の気持ちを分かっていてそう言うなんて意地悪だわっ』
「そうだな」
あああもう意地悪!
「つけないという選択肢もある」
『選択肢を増やさないで!』
ドタンと立ち上がった私の前でティーカップの中の紅茶が揺れて零れた。
***
クィディッチシーズン第1戦。
因縁のスリザリン対グリフィンドールの対決。
~♪ウィーズリーは守れない 万に一つも守れない~♪
スタジアムはロンを挑発し、精神的に打撃をする歌で満ちていた。
この歌は試合数日前からホグワーツ内でスリザリン生によって歌われていて、ロンはこの歌を聴くたびに不安で泣きそうな顔になっていた。
~♪ウィーズリーの生まれは豚小屋だ いつでもクアッフルを見逃した……
この歌を歌わないようにスリザリン生に注意したが無駄だった。何度注意してもどこからかまた聞こえ始めてしまう。私は全員にこの歌を止めさせるのは諦めたが、選手にだけは絶対にこの歌を歌わないことを約束させた。
『無駄口叩いていて試合に負けました、なんて言わないわよね?』
私の脅しで選手たちはプレイだけに集中すると決めたようだった。
上空の選手たちはひたむきに目の前のプレイに集中している。
耳をつんざくばかりの歌声で解説の声はほとんど掻き消されている。
―――クアッフルをモンタギューがゴールへと運んで、シューーーート!!
スリザリンから大歓声と拍手が沸き起こってグリフィンドールからは沈痛な呻き声が聞こえてくる。教員として態度は表せないが私も心の中でガッツポーズだ。セブもそうだろう。横目で見れば小さく口角を上げている。
『それにしてもロンは余りにも可哀そうだわ。見ていられない』
ロンを委縮させる歌声は更に大きくなっている。
スリザリンチームは勿論気になるのだが、青い顔をして箒に乗っているのがやっとといった様子のロンが心配だ。箒から落ちてはしまわないかしら?
「この程度でメンタルを崩すようでは向いてないとしかいいようがない」
『でも、あの豚小屋っていうのはあまりにも酷い』
「君は現役の時に自分がなんと言われたか覚えていないのか?」
~♪化け物 化け物 獣の子 犬食い お口は べったべたー~♪
『ほぼ事実だったわ。今でも口汚すし』
セブは呆れた顔をした。
―――グリフィンドール!勝負だ。どうだ、シュートはああ!ブレッチリーに阻まれる!
『あったわ!スニッチ!』
スニッチを見つけた。
「どこだ?」
『左から3番目のスリザリン寮旗のところ』
金色のスニッチは降下して地面から数10センチのところを浮かんでパタパタしていた。
まず気が付いたのはハリーだった。直ぐにドラコも気が付く。
『いけ、いけ、いけ』
私は両手を握りしめながら小声で応援していた。
ドラコは矢のように飛んで、ハリーの左手につけた。箒の上に身を伏せてもの凄い勢いで飛んでいる。
『やれ、やるのよ』
もちろん、これも小声で。
ドンっ
強い当たりでドラコがハリーに体をぶつけた。
―――反則か!?いや、ホイッスルは吹かれない!
練習通りだ。ハリーが減速する横でドラコは更にスピードを上げる。スニッチは急に上昇した。変則的な動きを見せている。
高まる歓声。
―――スリザリンのドラコ・マルフォイ選手、スニッチを取りました。試合終了!!!!
ジョーダンのアナウンスの中、ドッカーンと爆発したような歓声が上がった。
か、勝った!!
思い切り叫びたい気持ちを抑え込みながら私は嬉しさで握り拳をフルフルと震わせた。
『グリフィンドールに勝ったわっ。スネイプ寮監、今のお気持ちは?』
「悪くない」
『素直じゃないわね』
久しぶりにグリフィンドールに勝ったのだ。気分は最高。そう思っていたのに、下からは喚き声と怒声が聞こえてくる。選手同士のトラブルのようだ。
見ればハリーとジョージがドラコとピュシーに殴りかかっているところだった。
「あらあら」
2段後ろにいたアンブリッジが楽しそうに声を上げた。
「インペディメンタ!」
ミネルバが立ち上がって杖を振ってハリーとジョージをドンと吹き飛ばした。
「ユキ、手伝ってちょうだい」
『はい、マダム・ポンフリー。セブも医務室にくるでしょう?』
「先に向かっている」
私とマダム・ポンフリーはピッチへと下りた。
「あいつが僕の両親とハリーの母親を侮辱したんです」
原因はドラコとピュシーにあるようだった。だが、謝らせようにもボコボコに殴られおり、2人は体を丸めて地面に転がり、唸ったり、ヒンヒン泣いたりしていた。
「呪いではありませんから、興奮しているポッター、ウィーズリーと引き離すために担架に乗せて城へ連れ帰りましょう」
『はい』
私とマダム・ポンフリーは、まだ殴り足りない様子のハリー達から離れ、担架に乗せたドラコ達と共に城へ向かうことにした。
両親への侮辱というのは自分を侮辱されるより腹立たしいことだ。殴ることで応戦してはならないが、言った方も―――殴られて当然。
『2度と侮辱の言葉を吐けないようにマグル式で治療しましょうか?』
痛さでボロボロと生理的な涙を溢している2人に脅しをかけてから魔法で治療を始める。
私は可愛い弟子、ドラコの担当だ。お説教をしながら痛み止めを飲ませ、患部に薬を塗り、包帯を巻けばお終いだ。2人とも歯も骨も折れてはいない。
『せっかくの喜びがパァよ?』
マダム・ポンフリーが去って行って私は言った。
「「すみません……」」
『他人を侮辱した罰はスネイプ寮監から受けることね』
セブを振り返る。
「随分痛めつけられた。罰は十分に受けたであろう」
『はい?』
信じられない思いでセブを見る。
『これじゃあ反省しないわよ?』
「寮監の仕事に口を出すな」
『うっ』
それを言われると何も言うことが出来ない。言葉を喉に詰まらせていると、きゃあっと右手で女の子の悲鳴が上がった。
カーテンが引いてあるベッドからだ。マダム・ポンフリーはいない。
『大丈夫?』
声を掛けながらベッドへと近づくと中から啜り泣きが聞こえてきた。
『開けるわよ』
中にいたのは真っ白な髪の少女だった。
黄色い目を泣きはらしている。
その時、マダム・ポンフリーが医務室に戻ってきた。
『マダム・ポンフリー、Ms.蓮・プリンスの様子が、おっと』
急に腕にしがみつかれて体勢を少し崩す。
「起きたのね。彼女はO.W.L.の犠牲者です。安らぎの水薬の効果が切れたのでしょう」
マダム・ポンフリーはドラコとピュシーを帰らせてこちらへとやってくる。
「スネイプ教授、Ms. 蓮・プリンスに自作の安らぎの水薬を飲むべきではないと伝えるべきですよ。それに更に恐ろしいことに彼女は自作の生ける屍の水薬さえ口にしたのですから」
セブの顔が一気に険しくなった。
「Ms. 蓮・プリンスにこれ以上安らぎの水薬を処方するわけにはいきません。癖になってしまいますからね……お2人に彼女の事を任せても?少し用事を足したくて」
『大丈夫です』
マダム・ポンフリーが医務室から出て行って私たち3人になった。
「Ms.プリンス」
重い声でセブが言った。
「安らぎの水薬と生ける屍の水薬を我輩のあずかり知らぬところで調合し、使用したと?」
その言葉と同時にうわーんと泣き方が激しくなった。
『そんな怖い声で言わないでよ。怯えているじゃない』
「薬を用法用量を守らず使ったらどうなるか。生ける屍の水薬に至っては飲み過ぎると一生目覚めないのだぞ!しかも安全な薬か分からぬものを!!」
『そ、それはそうだけど……それを理解していない彼女じゃないと思うわ。だって学校でも指折りの秀才じゃない』
「うわああああぁぁああん!!」
何が悪かったのだろう、泣き方が更に激しくなってしまった。
『どうしましょう』
間抜けな私の声が響く。
ヒックヒックと泣いている目の前の彼女はまずいことにどんどんとヒックヒックが早くなってきてしまった。過呼吸だ。
マダム・ポンフリーから言われている通り、安らぎの水薬は飲ませられない。私はベッドに腰かけた。
『ゆっくり息を吐いてごらんなさい。吸うんじゃなくて、吐くのよ。ゆっくり、ふー』
軽い過呼吸はゆっくりと落ち着いていった。それに従って気持ちの方も落ち着いてきたらしい。泣き止み、安定した呼吸を繰り返している。
セブはベッド脇にあった椅子に、眉間にしっかりと皺を刻んでストンと腰かけた。
「落ち着いたところでもう1度言わせてもらう。我輩は自分の監視下以外での調合は認めないし、我輩の審査なしに自作の魔法薬を飲むなどもっての外だ」
生徒なら震えあがりそうな恐ろしい顔で睨まれているのに蓮ちゃんは動じていなかった。ただただ自分の中の問題で一杯一杯といった感じだ。
『O.W.L.が怖い?』
ボロッと黄色い目から涙が溢れた。
『あなたは忍術学でも優秀だし、他の教科でも良く出来ると聞いているわ。ね、セブ』
「そうだな」
セブが短く言う前では蓮ちゃんが再び涙を溢し始めている。
『どうしたの?』
正直、慰めたり悩みを聞いたりするのは苦手だ。
毎年出るO.W.L.の被害者。精神衰弱になってしまった生徒たちの中には急に泣き出してしまう子も出てくるのだ。
いつもありきたりな言葉しかかけてあげられない。
私は教師としての力不足を感じながらベッドに座り、蓮ちゃんの背中を撫でた。
『怖いの?』
私ったらさっきから怖いの?しか聞いていない。自分の語彙力のなさに呆れる私に蓮ちゃんは頷いた。
「自分の、じ、人生がかかっていると思ったら……こ、怖くて」
O.W.L.試験は将来の進路に大きな影響を及ぼす。
「もし、当日に体調が悪くなっちゃったら、とか、もし、当日緊張して覚えたことが1つも出てこなかったらどうしよう、とか。考え出したら、私の人生、うっ、うっ、おしまい!」
「はあぁ」
セブが大きく溜息を吐いたので、私たちはビクッと同時に顔を上げた。セブは何を考えているのだか分からない顔をしていた。
「君は本当に1度の試験で人生が決まってしまうと思うのか?」
「えっ……?」
蓮ちゃんが目を瞬く。
セブは腕を組み、蓮ちゃんにも、勿論私にも視線を合わせず、言葉を続ける。
「人生は長い。幾らでも取り返しはつく。大事なのはその時々でベストを尽くそうとすることだ」
蓮ちゃんは思ってもみなかったというように目を見開いている。
セブはとても良い先生だ。
蓮ちゃんに向けて言われた言葉だったが、私は自分も励まされた気持ちになっていた。蓮ちゃんもそうだったらしい。顔が先ほどより明るくなっていた。
「ありがとう、ございます」
蓮ちゃんが笑みを浮かべた。
既視感。
「罰則はフリットウィック教授に伝えておく」
「へ?」
蓮ちゃんが素っ頓狂な声を上げた。
セブはその驚く顔を見て意地悪そうに口の端を上げている。
「魔法薬学に関すること故、我輩が罰を決めてもよいが」
いたぶるものが出来て楽しいと言ったような声に蓮ちゃんは慌てだした。
「こ、ここを出たら真っ直ぐにフ、フリットウィック教授の部屋に行きます。今行きます。直ぐ行きます」
蓮ちゃんは靴をバタバタと履き、逃げるように医務室から出て行った。
去って行った彼女の背中を見ながら考える。
先ほどの既視感はなんだったのだろう?
「どうした」
『えぇ。ちょっと……ちょっと……あ!あなたに似ているのね』
「何がだ?」
『言わない。とても可笑しな考えだもの』
眉を上げるセブに、私は微笑む。
とても、とても、おかしな考え――――――