第6章 探す碧燕
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
16.投獄と裁判
私は困っていた。
目の前にはシリウス、ハリー、栞ちゃんの姿があった。
「俺からも頼む。2人の面倒を見てやってくれ」
ハリーと栞ちゃんは魔法薬学の成績がすこぶる悪い。私は今、この2人に魔法薬学の補講をつけてほしいと頼まれているのだ。
「ユキ先生お願い」
ハリーがパンッと目の前で手を合わせる。
「ユキ先生だけが頼りなんです」
栞ちゃんも同じように手を合わせて擦り合わせていた。
「ユキならO.W.L.レベルの魔法薬くらいなら教えられるはずだろう?」
『そうは言っても、シリウス。担当教諭を差し置いて教えるなんてこと出来ないわ』
「スネイプの教え方に問題があるんだ」
『そうは思えないけど』
「だが、ハリーに冷たいのは知っているだろう?」
『それは……』
1年生の1回目の授業からハリーをいびっていたのは知っているけど……。
私はハリーを見た。エメラルドグリーンの瞳を除けば外見は益々ジェームズに似てきている。セブのハリーいびりにも拍車がかかっているのだろうかと考えていると、
「闇払いになるには魔法薬学が必修科目なんだ」
と今にも泣きそうな声でハリーが言った。
『ハリーは闇払いになるのが希望だったわね。栞ちゃんの方は?』
「私はこのままじゃ落第に……この前の実験でTがつきました……」
『トロールですって!?』
O.W.L.の評価はO(大いに宜しい)、E(期待以上)、A(まあまあ)でここまでが合格点。そしてP(良くない)、D(最低)と続く。そして伝説となっているT、通称トロールなんてものがある。
『Tをつける教師がいたとは。何をやらかしたの?』
「鍋を爆発しかけました。スネイプ教授が寸前のところで消し去ってくれたから被害はなかったです、はい。でも、あれからこっち見るたび睨んできて……怖い」
涙目になっている栞ちゃんの横でハリーは機嫌が良さそうだった。
「僕より悪い評価の人がいたなんて!」
『そういうハリーの評価は?』
「D」
『胸を張るところではないでしょう』
まったく!
『はあぁ。分かったわ。2人とも切実なのね。スネイプ教授はA以上で来年度からも授業をとってもいいと言っていた?』
「いえ、E以上です」
絶望的な顔でハリーが項垂れた。
『魔法薬学の合格基準は厳しいわね』
このままでは合格ラインのEを取るなんて難しいだろう。
セブの教え方に問題があるとは思えないけど補修は必要。しかも彼らが苦手とするセブ以外の指導者が効果的なのは分かっている。
だが、譲れない条件が1つある。
『教えるにしてもスネイプ教授に許可を得なければいけません。越権行為は出来ませんからね。私に教えてもらいたかったらスネイプ教授の許可を取っていらっしゃい』
「「え~~」」
不満そうに声を上げる2人。
「スネイプが許可を下すと思うか?」
シリウスが顔を顰めた。
『可愛い生徒の為ですもの。補講を許すわよ。私に教えさせることを許可しなくても、自分で補講をつけるかもしれない』
「絶対にユキ先生がいい!」
ハリーが叫んだ横では栞ちゃんが何か思いついたらしく手を打っている。
「五車の術を使うわ」
「なるほど!……でも僕がやって効果があるかな?」
五車の術とは人間の喜怒哀楽驚を利用する術。授業でチラと教えていたことを覚えていてくれたことが嬉しくなる。
『頑張って許可を取ってきて。待っているわ』
私は腕まくりをして教室を出て行く2人を送り出したのだった。
許可は意外なことにあっさり下りた。私、ハリー、栞ちゃんは今、地下牢教室にいる。中には教室の主の姿も。
『監督よね?ありがとう』
セブは返事をせずに机から顔を上げて、ハリーたちを一瞥してから自分の仕事に戻った。
私は居心地悪そうな2人に笑いかけて、さて、と手を打つ。
『例年の傾向をみて今日は安らぎの水薬を作りましょう。教科書を開いて』
ユキの授業が始まる。
『まずは材料と手順の暗記は出来ている?』
「「いいえ!」」
『……元気があって宜しい。では、5分あげるから暗記して』
教科書の暗記をさせて、暗唱を命じる。
ユキはなかなかのスパルタだった。
『違います!ペナルティとして5回教科書を読み直して』
「はい!」
『違います!初めからっ』
「すみませんっ」
いつもと同じ優しげな笑みを浮かべているが、間違えればバシッと強い声で『やり直し!』の声が飛んでくる。
その様子をスネイプは興味深げに眺めていた。ハリーたちは、しまった!という顔をするものの、ユキに対して驚いている様子はない。
スネイプは鬼教官と化して未だに調合に移らないでいる様子を面白可笑しく眺めて口角を上げた。
生徒には甘い教員だと思っていたが。
そういえばドラコもユキを恐れていると、スネイプは思い出す。こういうことだったのか……。
きっとドラコにはこれ以上厳しく指導しているのだろうと思うとドラコが気の毒になった。しかし、色々問題はあったもののドラコ本人は今はユキを師匠師匠と慕っている。彼女のやり方には驚いたものの、口を出す気はない。
長い暗唱時間が終わり漸く調合へ。
ここでもビシッとした声が飛んでいた。
『切り方が雑!ハリー、やり直し!』
「わわっ。新しいものを持ってきます」
『栞ちゃん。教科書にはなんて書いてあったかしら?作り方の暗唱始め!』
「ひっ。月長石の粉末を薬が緑色になるまで入れる。薬が青色になるまで混ぜ――――
『薬は何色かしら?』
「青っぽい……黒です。いえ、黒です。すみません」
『教科書を暗唱5回してから初めからやり直し』
「はひっ」
失敗。ペナルティとして作り方の暗唱。調合。ビシビシと厳しい声を飛ばされながらもハリーと栞は薬を完成させる。
「「できた!」」
『うんうん。よくできました』
2人がそれぞれ試験管に薬を詰めたものを受け取って私は手を背中に隠してシャッフルした。
『スネイプ教授』
2本の試験管をセブの前に出す。
両方とも美しい白色だ。
『どうかしら?』
セブは試験管を受け取り、目線に上げ、傾け、匂いを確認した。
「問題ない」
『点数をつけるなら?』
「E」
『Oかと思ったのに。厳しいわね』
私は顔を顰めたが栞ちゃんとハリーは違ったようだった。
「上出来だわ!」
栞ちゃんが万歳した。
「兎に角、合格点に乗せることが大事だもの」
にっこりとハリー。
「ポッター、Eは出したがこれは決して飲めたものではないことは言っておく」
低い唸り声が飛んできた。
『そうね。合格点はもらったけど2人とも手際が悪い。頭に叩き込むには反復練習が必要ね』
私は引き攣った顔をする2人にニコリと笑みを向ける。
『もう1度初めからやりましょう』
「「えっ。今!?」」
『もちろん。さあ、シャキッとして。教科書の暗唱から始めま「ユキ」
振り返ると眉間にしっかりと皺を刻んだセブが机から顔を上げて溜息を吐いていた。
「今日は仕舞いにしろ」
『セブが忙しいなら監督は私だけで大丈夫よ。今のを見ていて大丈夫だと分かったでしょう?』
「我輩は我輩の監督なしに自分の部屋を使わせるようなことはしない」
『それならもう少し付き合って』
「用事がある」
『う……それでは……仕方ない』
諦めるしかない。
私はハリーと栞ちゃんの方へ振り返る。
『宿題を出します。毎日安らぎの水薬の作り方を1つも間違えることなく暗唱10回。それから強化薬の作り方も覚えてきて。次の時に出来てなかったら……とっておきのペナルティを考えておきましょう』
何を想像しているのか青い顔で首振り人形と化す2人は片づけをして帰って行った。
『セブを差し置いてごめんなさいね。教室も貸してくれて、監督もありがとう』
セブの元へと歩いていく。
「構わない」
セブの座る横へと行くと私に手が伸ばされる。
向き合う私たち。
『用事は?』
「ない」
『嘘だったの?』
眉をあげる。
「あの2人の集中力は切れていた。あの状態では不注意で事故をおこしかねん」
『そうね。確かに』
セブの右手で私の左手が取られ、ゆっくりと引き寄せられて互いの距離が近づく。お互いの膝が触れ合う距離だ。引き寄せられていた私の左手は引き上げられ、セブの口づけが落とされる。
「ユキがあれ程厳しい教師だったとは」
『そんなに厳しかった?』
「まさかあの2人から感謝の眼差しを向けられるとは思わなかったぞ?」
セブは思い出したのかフッと笑った。
「通常の授業もああなのかね?君は温和で優しいと有名だが?」
『4年生以上の授業はぐっとレベルが上がって怪我の可能性も出てくるから指導も自然と厳しくなってしまうのよ』
「なるほど。意外な一面が見られて楽しかった。くく。ドラコが恐れるのも分かる」
『最近はドラコにも気を付けて接しているのよ。優しく、出来るだけ優しく……』
「分かっている」
セブが私の腰に手を回した。
『私はセブの意外な一面も知りたいな』
導かれて私はセブの膝の上に横座りで座った。
少し大胆かもと思ったが、ドキドキして私を意識してほしい。セブの首に抱き着いて、口を耳に寄せた。
『やっぱり意外な一面だけじゃなく、全て知りたい』
「どういう意味かな?」
『如何様にでも取って』
私はセブの頬に口づけた。
でも、これでお終い。
『教室ではまずいわね』
「誰も来ない」
『扉が開いているはず』
セブが杖を振るとガチャリと鍵が締まった。
「これでこちらに集中できるかね?」
『悪い先生ね』
「お互いにな」
柔らかい唇の感触。
私の体はセブによって後ろに倒されていった。ひじ掛けに背中が当たって止まる。
舌が差し込まれ、柔らかで温かい舌を絡め合う。
深いキスは気持ちが良くてうっとりと興奮する。
満ち足りた気分になりながら唇を離すと銀色の糸が私たちの口を結んでおり、それは弛んで、消えていった。
美味しかったセブの味の余韻に浸りながら口元を拭っていると、外からザワザワと声が聞こえてきた。
『騒がしい。様子がおかしいわ』
私たちは地下牢教室を出て地上へと続く階段を上がって行った。
ロビーの人々は外へと出て行っている。私とセブも人の流れに乗って外へと出た。
正門前には大きな輪が出来ていた。その真ん中にいるのはトレローニー教授とアンブリッジだった。トレローニー教授の横にはいくつものトランクが積み重なっている。
『何ごとなの?』
泣いているトレローニー教授をアンブリッジは例のニターっとした顔で見ていた。
「酷いじゃありませんか!私は何年もホグワーツに勤め、生徒のために力を尽くしてきました」
「ですが、査察した私にあなたは何1つ予言できなかった。心眼なんて嘘っぱち。授業もお粗末」
「なっ」
「私はホグワーツ高等尋問官として残念ながら告げなければなりません」
もったいぶったアンブリッジは自分の声に全員の耳が集中したのを確かめてから「あなたを停職とします」と言った。
「ご自宅へお帰りになられたらいかがかしら?罷免までそれほど長くかからないでしょうから」
意地の悪いアンブリッジの前でトレローニー教授は泣き崩れた。
「あの野郎、とうとうここまで」
隣にはいつの間にかシリウスが来ていた。
「シビル!」
ミネルバが顔を覆って泣き、動けないでいるトレローニー教授のもとへ走って行き、背中を摩っている。
「あなたの勝手は度が過ぎています!」
「私の、ではなくこれは魔法省の意思ですわ。ご存じの通り、私のホグワーツ高等尋問官の役職は魔法省から与えられたものです。文句があれば……お分かり?」
「脅しですか……?」
ミネルバはギリリと歯を食いしばった。
このままやられっぱなしなの?トレローニー教授の停職を覆すことは出来ないの?
ダメ……私には何も策が思いつかない。
ここにいる誰もがなされるがままを受け入れなければならないのかと拳を握りしめていた時だった。
「待つのじゃ」
ダンブーが正面玄関に姿を現し、人垣が割れた。
ズンズンと進んでいったダンブーは顔に怒りを滲ませていたが落ち着いた様子でアンブリッジの前に立つ。
「ミネルバ。トレローニー教授を中へ」
「私に逆らう気ですか?」
「停職は受け入れよう、高等尋問官殿。しかし、ホグワーツに誰を住まわせるか決める権利は校長である儂にある」
「なんて、屁理屈」
アンブリッジの声は生徒による大きな拍手で掻き消された。
生徒から感じる圧力にアンブリッジは圧倒され、唇を噛む。何も言い返せないのだ。
怒りから肩で息をするアンブリッジだったが、引き攣った顔で無理矢理口角を上げた。
『鎖の音?』
「鎖?」
私の声を拾ったセブが訝し気な顔をした。
その時、急に足元から冷気が上がってきた。
悲鳴と共に人垣が割れていく。そこに見えたのは3人の男性と後ろに控えるディメンターの姿。
「これは庇いきれないはずよ、ダンブルドア校長先生」
「お主っ」
私は簪を抜いてセブの手に握らせた。
『戻るまで預かっていて』
目を見開き固っているセブ。
「ユキ・雪野教授、ここにいらっしゃいますわよね?出ていらして」
喜色ばんだ声で名前を呼ばれる私はシリウスを見た。
『授業の事お願いね』
「行くな」
『すぐ戻るから』
シリウスに言い、私は輪の中へと入って行った。
アンブリッジは興奮を抑えたような笑みを浮かべていた。
「あなたに御用があるようよ」
アンブリッジの視線の先にいた役人と向かい合う。役人は羊皮紙を出し、広げて読み上げだした。シンとした中に響く声。
<ユキ・雪野は1995年6月24日。リトル・ハングルトン墓地にて複数人を殺害した容疑者としてアズカバンに収容するものとする>
生徒たちが一斉にざわついた。
現職の教員が殺人容疑で逮捕となるのだから当然だろう。
抵抗はしないと決めていた。
『分かりました。従います』
「待つのじゃ!」
声を上げたダンブーは私を庇うようにして立った。
「これは不当な逮捕じゃぞ」
「自供もありますわ」
ニターっとアンブリッジが顔を歪ませて笑った。
「それなら知っておるじゃろう。ユキはヴォルデモートと死喰い人に殺されそうになったハリーとセドリックを守っただけ。正当防衛じゃ」
ダンブーがヴォルデモートの名前を口にした時、そこかしこから悲鳴があがった。アンブリッジも役人も顔を引き攣らせ青ざめさせている。
「れ、例のあの人は戻ってきてなどおりません!ただの殺人です。血を好む!この女の!」
アンブリッジがキンキンとした声で私を指さし、叫んだ。
「まだ現実を見ないか!」
「もう結構よ!連れて行って頂戴!」
「おのれ」
『校長』
私は、怒って一歩踏み出すダンブーの腕を押さえた。
『今は言う通りに。反抗しないで下さい』
ダンブーは怒りを抑え込むように息を吐き出した。
「ユキ!」
ミネルバがトレローニー教授の元を離れて私のところへ駆けてきてくれた。
「直ぐに出してあげますからね」
「その通りじゃ」
『じゃあ、クリスマスまでにお願いします。七面鳥を食べ逃したくありませんから』
私の元に役人が手枷を持ってやってきた。
『前ですか』
「あなたは奇妙な術を使うでしょう?後ろよ」
何故かアンブリッジが役人に命令した。越権行為に反吐が出る。
しかし、私は何も言わず素直に手を後ろに回した。
ガシャン
重い鉄の枷が付けられる。
久しぶりの感覚だなと思っていると、ふっと体が浮いて私は顔面から地面に叩きつけられた。
『っ!』
生徒たちから悲鳴が上がる。
思い切り顔を石畳に叩きつけたせいで顔を怪我しただろう。顔を動かしアンブリッジを見上げると、杖を隠し持ち、興奮と意地の悪さを隠さない笑みを浮かべていた。
「妖術使いは油断ならない。首枷と足枷も!」
「やめなさい!!」
ダンブーがもはや我慢ならないといったように怒鳴った。
私を捕まえに来た役人も戸惑っているようだった。
「私の言葉はファッジ大臣の言葉ですのよ、ダンブルドア校長先生」
「お前さんの横暴には『ダンブー!』
私だって手枷足枷、はては首枷をつけられて大勢の前で辱めを受けるのは非常に屈辱だ。教師のこういった姿を見せるのは教育にも良くないだろう。だが、今は従うべきだ。
『従いますよ、アンブリッジ高等尋問官殿』
「それでいいのよ」
勝ち誇ったような笑みのアンブリッジに指示されて首枷足枷がつけられる。
『ぐっ』
アンブリッジに首枷の鎖を引かれて無理矢理に立ち上がらされる。
じゃらじゃらと重く響く鎖を鳴らしながら立ち上がった私の両脇に役人が並んだ。その後ろにはディメンターだ。
暫く会えないだろうセブの姿を一目見たかったが、こんな辱められた姿を晒しながら彼と目を合わすのが嫌だった。私はアンブリッジの勝ち誇った視線を背に、目線を下に下げて歩いて行く。
「申し訳ない限りです」
学校の敷地を突っ切っていると私の鎖を持っていた役人が言った。
『仕事ですから構いませんよ』
「実は息子が去年まで雪野教授にお世話になっておりました。良い先生だと聞いています。何かお力になれることがあれば良いのですが……」
『では……新聞を毎日頂けませんか?』
無理な願いだと思っていたが、その役人は快く承諾してくれた。
有難い!
私は役人に連れられて姿現しでアズカバンへ。
到着すると囚人服に着替えさせられて身長の書いてある壁の前に立たされて囚人番号を手に持ち、マグショット(逮捕時の写真)を撮られた。
私は事件の重大性から独房に入れられることになった。牢はどこでも同じ。暗くて陰鬱、そして今回は潮臭い。おまけにディメンターが牢を巡回していた。
シリウスに言われたのと同じように静かに心を落ち着けていようと考えていると隣から「新人かい?」と声がかけられた。
『そうよ。あなたは誰?』
「自分から名乗るのが礼儀ってもんだろう」
それもそうか。
『ユキ・雪野よ』
名乗った途端に激しい罵りが浴びせられた。
「貴様!我が君の館に侵入してきた女だね!!」
『ええと、あなたは……』
「おおぉ、我が君。憎き女が目の前にいるのに殺してお役に立てない私をお許しくださいッ」
『もしかしてあなたはベラトリックス・レストレンジ?』
この狂信ぶりとアズカバンの独房に収容されている人物で私が思いつくのはベラトリックスの名前だけ。予想を立てて聞いてみるがベラトリックスは私の質問など聞いてはいなかった。
「私を出してください。あああ!復讐させて下さい!」
私は罵りを止めないベラトリックスにうんざりしながら瞑想の世界に入ったのだった。
食事はパンとスープ。思ったより豪華だ。
看守に確認したところ、お隣さんはやはりベラトリックスだった。
約束通り新聞をもらえることが出来た。
私の記事はなんと1面に掲載されている。
≪現職教授逮捕!≫
しかも載っているのは牢で撮られた首枷付きのマグショット写真。自分で言うのもあれだが瞳孔がどこか分からない真っ黒な目で真っ直ぐにこちらを見つめてくる私は非常に……不気味だ。印象が悪く見える。だからと言って笑顔で写るわけにもいかなかったが。
生徒は現職の教師が逮捕された写真を見て衝撃を受けているだろう。
忍術学も大丈夫だろうか?と思いながら記事を読む。
《大量殺人容疑。自供があり、その罪は確定か?》
「スパイ容疑の証拠は一切上がらず―――――
*雪野教授は例のあの人とも交戦したと言っており……
「ねえ、あんた。新聞もらったんだろ?こっちに寄こしな」
『お断りよ』
またギャーギャーが始まった。
耳を塞ぎたくなるような甲高い声に諦めの溜息をつく。
『五月蠅いわね。分かったわよ』
新聞を捻って隣の独房へと続く、天井付近の格子の間から新聞を投げ入れる。これで静かになるだろう。
しかし、暫くたった時だった。
「こんのクソアマ!!!」
『親切にして損したわ!』
「牢を出たら一番に殺しに行ってやる」
『おぉ、怖い』
「我が君に杖を向けるとはおこがましい女め!ディメンター!この女をやっちまいな!!」
ガンガンとベラトリックスが鉄格子を蹴る音が聞こえた。
『はあぁ。シリウスの従姉って賑やかね』
私はため息を吐いて座る。
セブは元気かしら?忍術学は?ホグワーツの子供たちは元気にしているかしら?あぁ、ホグワーツ……その名前を想うだけで心が温かくなる。
『っ!』
私は冷たい冷気で我に返った。
格子越しからディメンターが私の生気を吸い取っている。半透明の自分の姿がディメンターに吸い寄せられていくのが見えた。幸せを吸い取られた私は床にべちゃりと倒れる。
「キャハハハハお元気かしら?」
『元気よ。お気遣いどうも』
ベラトリックスの舌打ちを聞きながら心を無にして瞳を閉じる。
ユキが連行されるという衝撃の日の翌日。ホグワーツは忙しく動いていた。生徒の中でまず初めに動いたのはハーマイオニーだった。無罪とユキの人柄、忍術学の重要性と安全性を説いた文章を作り、署名をするように呼び掛けた。これにはスリザリンも含めてほぼ全校生徒、全ての教員の署名が集まった。
そして生徒たちは親たちに魔法省に抗議してほしいという手紙を送った。ユキが過去に行っていた時の友人たちも魔法省への抗議に加わった。
教授たちも動いていた。それぞれの人脈を使ってユキの正当性を訴えた。ヴォルデモート復活は置いておいて、ユキはハリーとセドリックを死喰い人の手から救い出したのみ。魔法界の有力者、裁判官を1人、また1人と説得していく。
「魔法省には雪野元教授の無罪を求める沢山の署名が集まっており―――
《捜査のやり直しか?元忍術学教授の裁判近づく》
新聞をお隣さんに投げ終わった私は壁に背中をつけて考え事をしていた。普段は忙しく動いているから強制的に作り出された何もしないこの時間はある意味貴重なものであった。勿論、これが長く続くと堪らないが。
私は幸せについて考えていた。
ずっと避けてきた問題だった。
暗部時代、私は多くの人間を殺してきた。
――――幸せになっちゃいけない人間なんていない
火の国の長、綱手様は魔法界に行く私にこんな言葉をかけてくれた。ずっと、そうして良いのか不安があった。
犯した罪は消えない。被害者は私を許さないだろう。
――――君は君が歩んできた人生を自ら選択できたわけじゃない
これはリーマスが私に言ってくれた言葉だ。どれほど私がこの言葉で救われたか……
感情のない暗部時代の私だったが、心の底では私はただ生きたかっただけだったのだ。出来ることなら温かい家庭で育ちたかった。毒が入っているかもしれない食事に怯え、仲間を次々と失う場にいたくなかった。
自分の中で不幸自慢なんかしたくなかった。そう思っていつも過去を見ないふりをしていた。この機会に私は自分を見つめ直した。
私はみんなの幸せを願いながら生きたかったのだ。
今、魔法界で生活しているように……。
―――……幸せ、に……なれ……よ……
ひたむきに生きよう。
犯した罪を忘れず、自分が出会った人に対して誠実に生きていくことが幸せになる条件。
―――どんなお前でも我輩は愛そう
そう言ってくれた、セブ。私はあなたと幸せになりたい。
私は過去への贖罪をしながら、人のために働き、セブ、あなたを愛して生きていく。
許されなくとも幸せになれると信じている。
11月も末となった。
牢に入れられてから1か月ほど。
少しでも幸せな気持ちになったり、楽しい夢を見ればディメンターが近づいてきて油断ならなかった。
『ちょっと痩せたかしら?』
3キロほど痩せたからか寒さが身に染みる。
『シリウスはよく頑張ったわね』
忍耐強さに頭が下がると思っていると隣から愉快な叫び声。
「くたばっちまったかい!?」
『心配してくれているの?』
叫び返す。
「新聞寄こしな」
『牢屋暮らしが長すぎて人へのものの頼み方も忘れた?』
そう言いながら私は新聞を向こうへ投げた。長時間ギャーギャー騒がれるよりはマシだからだ。
『私に感謝してよね』
ベラトリックスは何も答えず新聞をめくる音だけが聞こえる。
因みにこの牢暮らしでも良いことはあった。集中してチャクラを体に溜められたのだ。なんと首の付け根には小さいが、チャクラの塊の水晶が出来ている。通常3年かかるところ、このままいけば1年で完全に溜められそうだ。流石は化け物体力の私。
《本日、雪野元教授の裁判がウィゼンガモット法廷で行われる》
ベラトリックスの温かい声援を受けて重罪人が裁かれるウィゼンガモット法廷へと向かう。
椅子に座るとジャラジャラと重い音を立てて鎖が体に絡みついた。
辺りを見渡した。裁判員はハリーの懲戒尋問の時と同じメンバーだ。アンブリッジもあのニッタリとした笑みで座っている。
証人にはハリー、セドリック、ダンブルドア校長がいた。
「ユキ・雪野は大量殺人を犯した罪により終身刑に処するべきだというのが私の意見である」
ファッジ大臣が絶対に自分は間違っていないと言った声で言い、裁判員を見渡した。
「終身刑に値するかはどうかはユキ・雪野が無実の人間を殺害したかどうかです」
ハリーの時にも公正だったマダム・ボーンズが言った。
「証人を。まずはハリー・ポッター」
マダム・ボーンズに呼ばれてハリーは証言台へと進み出た。
緊張しているようだが、私の方をチラと見て頷き口を開く。
「僕は三大魔法学校対抗試合でセドリックと共に――――
驚いた。ハリーはすっかりヴォルデモート復活の事を省いていた。
死喰い人に囲まれ、自分を嵌めたのはバーティ・クラウチ・ジュニアだと言った。
ファッジ大臣は不機嫌な顔でハリーを睨みつけた。
「君はすっかり例のあの人の話を省いているようだが?」
「よく考えたんです。もしかしたらヴォ、例のあの人だったか定かじゃないんじゃないかって。だって僕が例のあの人に会った時、僕は赤ん坊だったのですから」
『ハリー……』
このことで嘘を吐くのは不本意だろう。それなのに……。
セドリックもハリーと同じように死喰い人に囲まれて私に助けられたことのみ言った。
ザワザワした中、一人の魔法使いの手が挙がる。
「確かに現場に残った遺体は全て死喰い人だったと?」
「そうです」
マダム・ボーンズが資料を見ながら頷いた。
「それならユキ・雪野は死喰い人の罠に嵌った生徒たちを助けただけになる」
「大人になりきっていない生徒の言葉を鵜呑みにしてこの怪しげな女を信じると?」
アンブリッジが片頬を痙攣させながらあたりを見渡した。
確実に、流れがこちらに向いてきている。
「スパイ容疑もある」
ファッジ大臣が苦し紛れに言った。
「今回の裁判には関係ないはずじゃが?それにスパイだという証拠は何1つ上がっておらん」
ダンブーはファッジ大臣を睨みつけた。
「ホグワーツ高等尋問官として1つ、参考までに発言させて下さいません?」
「どうぞ」
嫌そうにマダム・ボーンズ。
「忍術学では危険で怪しげな授業を行っています。先ほどファッジ大臣が仰りましたが我々はユキ・雪野を収容して調べる必要があり――――
「論点をずらさないで頂きたい」
重く強い声でダンブーが遮った。
「じゃが、危険で怪しいかは忍術学の名誉に関わるじゃろう。O.W.L.も控えておる。そうではないと証明したい」
ダンブーが杖を振ると、法廷の入り口から車輪付きの台車が自動的にキィキィ鳴りながらやってきた。そこには沢山の羊皮紙が載っている。
「ここにあるのは儂に提出されたものじゃ。魔法省にも似たようなものが届いていると思う」
ダンブーは読み上げ始める。
忍術学の影響により改善された生徒の魔法技術についての論文がミネルバから。
火の国、木ノ葉隠れの里よりもたらされた薬材及び製薬法を参考に開発された新薬、改良薬についてタルボット・ルーチ魔法薬学研究会会長が纏めた資料。
ホグワーツ理事会からは全員分の名前が入ったユキの忍術学教授復職願いの署名。
ダンブーが羊皮紙の束を叩いた。
他にも闇払い局への協力、クィディッチ・ワールドカップでの死喰い人との交戦も上げた。
「ユキ・雪野の教師としての優秀さ、忍術学の安全性と必要性、人柄も良く、死喰い人から人々を守った実績もある。彼女のどこに非がありますじゃろうか?」
ダンブーはずーーと裁判員を見渡した。見れば頷いている裁判員は大多数を占めていた。
そして、判決が言い渡される。
《無罪放免とする!》
私の鎖はその場で直ぐに外された。
『ありがとう、ダンブー』
「みんなの力が合わさったおかげじゃ。特にセブルスは凄かった。お前さんらもしや、うひょひょ」
好奇心いっぱいの顔から顔を背けてハリーとセドリックのところへ。
『2人には自分の意志を曲げてまで発言してもらって……本当にありがとう』
「ユキ先生の為だもの」
「それに真実はいずれ伝わります」
私は2人と握手をした。本当はハグしたい気分だったが、2日に1度スコージファイされているとはいえ私の体は潮臭く薄汚れている。
「さあ、儂らはホグワーツに帰るとするかの」
ダンブーたちと別れた私は法廷から出て案内された部屋で着替え、外へ出た。
久しぶりのホグワーツに帰ることが出来る!
セブに会える!!
バシンと姿現しした私は大広間へと向かっていた。正面玄関を開けると美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。
「あ!ユキ先生だ!」
「おかえりなさい!!」
玄関ホールにいた生徒たちが駆け寄ってきてくれた。手を引かれて大広間に入ると、自寮のクィディッチチームが優勝したようなわっという大きな歓声が上がった。
注目されて恥ずかしい気持ちもあったが、皆にお礼を伝えたい。私はありがとうの気持ちを込めて頭を下げる。
「ユキ、良かった!」
『シリウス!』
「少し痩せたようだな」
『このくらい問題ないわ』
「大変だっただろう」
『お隣さんのあなたの従姉が励ましの声をかけてくれて飽きなかったわ』
「ベラトリックスが隣!?なんてこった。それは楽しい牢生活だったな。あいつはお上品だっただろう?」
『耳を塞ぎたくなるほどね』
私たちは笑う。久しぶりに笑った。
生徒たちの声に応えながらシリウスと職員テーブルへ。
セブと視線が交わった。心配と安堵が混じっている瞳だ。
セブの性格的に人前で感情を顕わにしたりしない。それでも彼の気持ちは伝わってきた。
私は先生方にお礼を言い、握手をして席へと座った。
『魔法薬学研究会の会長への働きかけをありがとう』
「大したことではない」
『他にも尽力してくれたと聞いているわ』
「夕食が終わったら部屋に来てくれ」
それだけ言ってセブはゴブレッドを飲み干した。
1度部屋に戻り、塩臭さと汚れ、約1か月分の疲れをとるために私にしては珍しくバスタブにお湯を張ってお風呂に入った。
セブの部屋へ向かい、ノックをすれば直ぐに扉が開く。
『お邪魔します』
扉を閉めた瞬間強い力で引き寄せられ、私の存在を確かめるように無言でぎゅうぎゅうと抱きしめられている。
「心配した」
『ごめんね。助けてくれてありがとう』
「痩せたな」
『少しだけ』
私たちはどちらともなく舌の絡む甘いキスをした。
ぎゅっと抱き着き胸に顔を寄せれば薬材と甘い香り。私は変態と咎められるのを恐れず大きく息を吸い込んでセブの胸に顔を擦り寄せた。
安心感のある香りに包まれていると、戻ってきたという実感と共に強い眠気を感じた。
『眠くなってしまった』
「ここで寝ていくだろう?」
『嬉しいわ』
ベッドルームに行って着物を脱ぎ去り、布団に入る。
「これを返そう」
セブが簪を渡してくれた。
『ありがとう』
―――……幸せ、に……なれ……よ……
私は今、幸せよ。
簪を枕元に置く。
体を横たえればセブが首の下に腕を回して腕枕してくれる。私はセブの方へ寝がえりを打って、彼の体に密着した。
『おやすみなさい』
私たちはキスをする。
いつのまにか、私は幸せな眠りの中に入っていた。