第6章 探す碧燕
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15.煌めく夜 後編
パーティーが終わるとほぼ同時に私が飲んでいた薬の効果は切れ、私は大慌てすることになる。着物は変わらないまま身長が伸びていったからだ。
隣にいたセブが咄嗟に自分のローブの中に私を隠してくれたおかげで事なきを得た。セブに感謝。
今日のパーティーは夜10時まで。
寮に帰るように促された生徒たちはまだまだ遊び足りないといった元気な者から眠そうな者、叫び過ぎて声が出なくなっている者も。
生徒が戻って行って大広間を片付けて元通りにし、シリウスと成功を喜び合う。
他の先生も楽しかったと声をかけてくれて嬉しかった。
シリウスと一緒に今日の出来事を笑いながら話して廊下を歩き、それぞれ自分の部屋に戻った。
興奮して眠れそうにないわ。
まだ頭の中にバンドの音楽が流れているような気がしてとても寝付けそうにない。
私は再び外へ。向かうのは厨房だ。
熱々のココアを淹れてもらい、それを持って天文台を目指した。
天文台は寒かったが体感温度が狂っていると言われる私には心地よい寒さ。
羽を大きく広げるグリフィンの石像によじ登り、うつ伏せに寝そべった。
寒い中、熱々のココアを少しずつ飲むのは格別。
楽しかったハロウィンを思い出しながらくつろいでいると私の耳にクスクス笑いが聞こえてきた。
なんだろう?
眉を顰めながら天文台の入り口を見つめていると7年生の男女が姿を現した。周りの様子を窺って、私によって開け放たれていた扉を閉める。そしてまたクスクス笑った。
もう10時45分だ。生徒は寮に戻っていなければならない。
注意しに行かないとと重い腰を上げていた私に聞こえてきたのはクスクス笑いの間から聞こえてくるリップ音。
ふふ チュッ チュッ ふふふっ チュッ ちゅーっ はあぁっ あっ
ちょっと待て。
クスクス笑い、リップ音、そして艶めかしい声。私は慌てた。
息の中に混じる艶やかな声がどんどんと興奮の色を増していく。
衣擦れの音まで聞こえてきて更に焦る。
このままでは覗き間の変態になってしまうではないか。
「ほんとにここでするの?」
「ダメかい?」
「ダメじゃない」
こ、声を掛けるタイミングが分からない。
乱れた服と熱く興奮している様子に声をかけるのを躊躇う。居心地悪く、これから気まずい思いをするのも嫌だった。
しかし、ダメだ。私は教員。声を掛けなくては。
私は意を決してグリフィン像から飛び降りようとしたのだが……
バッタ――――ン
いよいよ激しさを増してきた行為は扉が乱暴に開かれる音で止められた。
「ここで何をしていた!!」
低い雷鳴のような声が寒空に響いた。
「さっさと服を着ろ!そして寮へと帰れ!明日、それぞれの寮監から厳罰が下されるだろう。覚悟しておけ!!」
男女の生徒は服をガサゴソ整えながら逃げるように天文台から出て行った。
私はいなかったことにしよう。そうしよう。
そーっと体をうつぶせの状態に戻そうとした時だった。セブと一瞬目があった気がした(よく見えないから雰囲気で)。
まずい!
さっと隠れる。
頼む。気づかないで欲しい。
きっと一瞬だったから、私の事は大きめの鳥の影か目の錯覚かとでも思ったことだろう。
そうだろう。そうだろう。大丈夫だろう。私からもセブの表情は判別できないのだ。向こうも同じはず。
もし見つかったら私は覗き間の変態よ?それだけは勘弁して!
そう願うのに足音はゆっくりと私がいるグリフィン像の方へ。
あぁ、大変だ。
「そこにいるのは誰だ」
低く冷たい声に身を凍らせる。
私は今までの人生で培ってきた忍の技をフルに使おうと心に決めた。
うつ伏せになりながら音を1つも立てずに、気配を消して後退していく。
セブは迷うことなく私のいるグリフィン像へと近づいていた。
一方の私はというとグリフィン像から降りて天文台の縁を歩いていた。右に足を踏み外したら転落だ。そんなへまはしないけど。
私は先ほどとは別のグリフィン像へとやってきていた。邪魔なマグカップの取っ手を口にくわえてグリフィン像によじ登る。
危ない!
セブが、私が元居たグリフィン像によじ登ってくるところだった。そこまでする!?
私は慌ててグリフィン像の右側から飛び降りて地面に着地した。のだが……
カンッ カカン
「そこだな!出てこい!」
口にくわえていたマグカップ。私は地面に転がっているそれを恨めしく見つめていた。
顎の力を鍛えておくべきだった……。
自分の失敗を嘆いているとザッザッザッと足音が近づいていた。
最後の抵抗をするために私はグリフィンのお尻の下に体をねじ込む。
「顔を見せろ」
喜色ばんだ声を出しながら近づいてきたセブは影と化していた私の肩をガっと掴んで引っ張り出す。
『すみませんでした!!』
ぶわっと頭を下げる。
セブは私だったことに驚いたようだった。
目を開いて、動きを止めている。
「何故お前が……」
『先客だったのですよ、はは。あの2人よりも……ははは』
そう言うとセブは眉を顰めて私を見た。
「ならば何故止めなかった」
『止めようと思いました!でも、タイミングが掴めませんでした!』
「はああぁ」
呆れかえって溜息をつくセブの前で私は縮こまるばかりだ。
『ええと、見回りはいいの?』
「ここが最後だった」
『お疲れ様……です』
居心地が悪くてここに留まりたくない。
だが一方で――――私はこの状況に喜びを感じていた。セブと2人きりだ。
私はマグカップを拾いながらどうしたら良いのかと考えていた。
先ほど7年生の男女の様子を見たこともあって、やりにくい。だが、このチャンスを逃したくない。
その時、冷たい突風が吹いた。
10月も末だ。
『帰りましょう』
馬鹿
「そうだな」
私は自分に落胆した。
このままではお互い部屋に帰ることになる。そんなの嫌。
もっとセブと一緒にいたい。
あぁ、それなのに上手い言葉が見つからない。
セブが私に背中を向けて歩き出した。
勇気を出して、ほら。
でも何て声を掛ければ?
一生懸命言葉を探していると、ついて来ない私を不思議に思ったのだろう、セブが振り返った。
「どうした?」
言え。何でもいいからっ。
『セブッ』
準備できていない緊張した私の声は静まり返った天文台には大き過ぎた声で、セブは何だ?というように片眉を上げた。
「あ、あのね」
ほら、言って。
私は、あなたと
……キスがしたい。
『だ、抱きしめてくれないかしら』
こんの意気地なし!
落胆と抱きしめられたいという欲求。
とにかく触れ合いたい。
緊張でドキドキして、私は持っていたマグカップをギューッと握りしめる。この力で握っていたらマグカップが破壊されそうだ。
しかし、そうならないうちに何を考えていたか分からない瞳で私を見ていたセブが動いた。
無言で、軽く両手を広げる。
『えっ』
私に来いってこと???
私は自分から抱きつくことを想像してカーっと顔を紅潮させた。
『な、ど、えっ』
「何を戸惑っている。君が望んだことだろう」
口の片方を上げているこの人は絶対に私の反応を見て楽しんでいる。
なんて意地悪なんだろう。でも、でもそこも好きで。
私はグリフィン像にマグカップを置き、よしと覚悟してセブの方へと近づいていった。
上手く歩けているか分からない。私はふわふわしていた。
彼との距離はもう数十センチしかない。目の前まで来て戸惑う。ここからどうすれば……。
私はゴクリと唾を飲み込み右手をゆっくりと上げていった。そっとセブの胸に掌を添える。
薬草と甘い香り。
私はその香りを吸い込み、再びゴクリと唾を飲み込んでセブの胸に額を寄せ、左手を背中へと回す。
セブが大きく息を吸ったのが彼の胸の膨らみ方から分かった。
私の背中と首の後ろに大きな手が回る。
緊張からか、興奮からか、私は先ほどのセブのように大きく息を吸い込んだ。甘い、甘い、どうしてセブはこんなに良い香りなのかしら。おへその下あたりがギュっと痺れた。
どうして声を出そうとするたびに喉がぎゅっと締まって喋れなくなるのだろう?
私はまた変な声が出るのを恐れながらも勇気をもって顔を上げた。
『セブ……キスしてもいい?』
先ほどとは反対に私の声は掠れてか細かった。
セブは瞳を揺らした。
触れてもいいだろうか?怒られるだろうか?不快に……思うだろうか?
私は彼の反応を見ながら右手をセブの頬へと伸ばしていく。セブは何の抵抗も、顔色も変えることなく私の動きを受け入れてくれた。
『セブ、愛してる』
私の言葉をきっかけに時の流れが速くなった。
セブは私の唇を親指でなぞり、私たちの顔は近づいていく。情けなく震える私の唇に薄いセブの唇が重なる瞬間、私は目を閉じた。長時間外に立っていたセブの唇は冷たかった。
唇が合わさり、離れていく。
私はセブの頬に置いていた手を彼の首の後ろに回して爪先立ちになって彼に体を寄せ、もっととセブを求めた。セブも私に応えるように力強く私を自分の方へと引き寄せる。
私たちの唇が再び合わさり、セブの舌が私の唇を割って、温かく柔らかな舌が私の口内へ入ってくる。思わず感嘆の溜息が漏れた。私の口の開きが大きくなったことを見逃さず、セブは更に奥へと舌を伸ばす。
鼻がツンとして瞳が潤う。自分が興奮の中に引き込まれていくのが分かった。戸惑う私の舌はセブの舌で時間をかけて舐め上げられ、何度も角度を変えて口づけされる。口露がこんなに甘いとは知らなかった。一息吸うごとに肌が熱くなり、体の力が抜けていく。
熱く痺れていく私の頭はただただセブだけを求めることでいっぱいだった。
好き……愛してる……愛してる……あなたが……好き、愛している……セブ、セブ……あ、気持ちいい……
強くもたらされる官能に足がカタカタと震え始める私を、セブが私を支えるように抱きしめ直す。私も彼の存在を全身で感じたくてセブを抱きしめ直し、掻き抱いた。息を吸うことも儘ならないくらいの激しいキス。
軟口蓋のザラザラを確かめるようにセブの舌が這っていく。セブは舌の表面を自分の舌で舐め、そして舌の裏に自らの舌を入れた。舌の先で舌裏の筋を押しつぶされる。
ずっ じゅるっ
今度は舌が付け根から吸われていく。
『んっ』
私は思わずくぐもった声を出していた。焦らされるように吸われていく舌は、はしたない音を出していて、耳からも快楽を押し付けられる。甘く痺れて、ジンジンしている体はセブを求めていて、私の体は自然とセブの体に擦りついていた。
感覚が深いところで捩れていく。
舌の先端がセブの唇から離れ、私は息を荒くしながら目を開けた。
「ユキ」
人の感情を読み取るのが苦手な私でも分かった。セブの瞳から、今度は彼の感情を読み取ることが出来た。温かく柔らかい光で輝いていて、彼の愛情で私は胸いっぱいにさせて、感動して涙を
「愛している」
『私もよ、セブ。あなたを愛している』
セブは見たこともないくらい優しい顔で微笑んでくれていた。
3度目の口づけはただただ優しさと愛情を詰め込んだ穏やかなキス。
「部屋に来てくれないか?」
『わ、私……今日は、月のものが……』
「あぁ……」
気まずい思いをさせてしまったと思ったが、セブは紳士的に口元に微笑を作り「ただもっと傍にいたいだけだ」と言った。
嬉しさが広がるのと同時に私の顔に緩み切った笑みが広がっていく。
『寝る準備をしたいから、1度部屋に戻ってから訪ねてもいいかな?』
「あぁ」
『ふふふ。やった』
私はセブに抱き着いた。
好きだ。愛している。
私はセブの手に自分の指を絡ませ引っ張る。
『移動しよう。風邪を引いたら大変だもの』
足元がふわふわしていて私は階段をちゃんと降りられているのか分からないくらい幸せに浮かれている。
『30分くらいで行けると思う』
「急がなくていい」
セブの手を離して自分の部屋に戻るのが名残惜しかった。
セブと別れて直ぐに私は走り出し、歓喜の声を時々上げながらシャワーを浴びて寝る準備を済ませた。寝巻として使っている浴衣の上にいつものように着物を着てセブの所へ!
あまりにも浮かれ過ぎた顔は馬鹿に見えるとセブの私室の前で呼吸を整え、顔をどうにか引き締めてノックすると、暫くして扉が開いた。セブはパジャマの上にガウンを着ていた。全身黒なのはいつもと変わらない。
室内はとても暖かく暖炉の火が踊るように燃えていた。
「何か飲むか?」
『さっきココアを飲んだから。ありがとう』
「では……こちらへ」
何度かセブの寝室へは入ったことがあるのに今回は特別なことのように感じた。
暗い室内にはランプの灯りだけが1灯だけ灯っている。
壁に移る影にさえ胸が震えるなんて私は重症だ。
「好きな場所に寝るといい。少し狭いと思うが……」
『じゃあこちらに』
セブの言葉に甘えてベッドに回り込んだ。
利き手が外側の方が何かあった時に動きやすくて好きだ。
私がベッドの横に回り込むとセブが掛布団を捲った。
『なんだか照れ臭い』
「そうだな」
セブが全く照れ臭いとは思っていない余裕のある顔で言った。
『浮かれている上に緊張しきっているのは私だけかしら?セブは随分余裕に見える』
膨れて言うとセブは自嘲的に笑った。
「これでも……別にいいだろう」
『はぐらかした』
「寝ろ」
そう言ってセブは横になった。まるで私のことを昔から使っている家具か何か、そこにいるのが当然であるから気にも留めていないというような顔である。ただ、枕だけは私に譲ってくれたので、私は自分が家具ではないことが分かった。
つまらん!ドキドキしているのは私だけ?
私はツカツカとベッドを回ってセブの枕元に(枕はないけど)立った。
「なんだ?」
胡散臭そうにこちらを見上げているセブ。私はどうかセブがドキドキしてくれますようにと願いながら、指で上から右の襟をゆっくり撫でてく。そして襟が合わさったところまできたらぐっと、出来るだけ色っぽく見えるようにゆっくりした動作で襟を開いて見せた。
『こ、恋人の服を脱がせるの、手伝っていただけないかしら?』
恋人だって!
にやける。
ふふ。えへへ。照れちゃっ!?
『ひゃっ』
気がつけば私はベッドにバウンドしていて、吃驚して天井を見上げていた。
「調子に乗るのもほどほどにして頂けますかな?」
何かを我慢している固い声で、セブはそう言いながら私に跨った。
『え、えっと』
「脱がせるのを、か……非常にやりがいがありそうですな」
セブが私の帯の上から手を入れて腰紐を引っ張り出し解きだした。
しかし、一本解いて直ぐに作業を放棄する。
「よくもこんな面倒くさいものを毎日着ているな」
セブが呆れた顔で言った。
『脱がすのめんどくさい?』
「違う……やり方が分からないだけだ」
何だか拗ねているように見えるその顔は学生の時のようで可愛い。
「何を笑っている」
眉間にしっかり皺を作ってセブが私を見下ろした。
『笑ってない。ええと、帯を解いてくれる?』
私が起き上がるそぶりを見せるとセブが上からどいた。セブに背中を向けて帯を解くようにお願いする。カルタ結びの帯が半分解ける。
『私が回るから帯の端持っていて』
私は立ち上がった。
セブに帯の端を持っていてもらってベッドの上で1周回る。各種紐を取り去り、あとは着物を脱げば寝巻代わりの浴衣だ。
『ここまでくれば……セブ?』
「……」
『セブ?』
セブはハッとしたような顔になったが直ぐに眉間に皺を刻んだ。
「座ってくれ。最後はさせてもらえるのだろう?」
セブの手が私の手を取り、私を自分の方へと引き寄せる。私は膝立ちになってセブの前に座った。
私の首に節くれだった大きな手が添わされ、ゆっくりと首筋を撫でた。セブは私の左肩から着物を落としながら私の首筋に顔を寄せる。首にかかる熱い吐息に震えながらも期待して首を傾けてセブに晒す。
生温かい舌が首筋を舐め、そしてリップ音が部屋に響く。気づけば反対側の肩からも着物が落ちていて、私は寝間着姿になっていた。
『やっぱり、手慣れている。余裕そのもの。ずるい』
拗ねる私に浴びせられたのは溜息だ。
「ユキ、君は分かっていない」
シュッと衣擦れの音がしてベッド上の着物はセブによってベッドの外へと投げられ、ふわりと魔力で飛んでき、ソファーの背もたれにかかった。
私の背中と膝の裏に手が回り、私はセブに横抱きにされる。
「余裕?笑わせる」
私は驚いて目を開いた。セブの目は物欲しそうに光っていた。
それなのに荒さは一切なく、私を慎重に優しく下ろした。
私に跨ったセブは切羽詰まったようだった。
『セブ……』
私の頬に触れるセブは自分を落ち着けるような大きな呼吸を繰り返しながら私に顔を近づける。
「我輩が、どれほど―――」
言葉は私の首への口づけによって消えていった。
『んっ』
じんと下腹部が熱い。
『セブ、今日はダメって……』
「分かっている」
キスと呼吸の合間からセブが言う。
セブの右手が体の線をなぞり、左手は太ももを下から上へと摩り上げる。
ビクッ
『あッ』
上げてしまった艶めかしい声に吃驚して口を両手で塞ぐと、セブは動きを止めて、そして体を私の隣にドタッと横たえた。
手の甲を目の上にのせて呼吸を繰り返している。
『ねえ』
「何も言うな」
『そっちに』
「寝ろ」
セブは私に背を向けてそれっきり静かになってしまう。
何が何だかさっぱり分からない。
熱く、痺れ、熱だけが体内に残されて私は声を上げたいほど身もだえていた。
これほど近くにいるのに触れることを禁じられているような今の状況は苦しくて、私は眉間を寄せながらセブに背中を向ける。
何なのよ、これ。訳が分からない。
セブが近くにいない時に彼の事を思うことがあった。温かい感情とキラキラした気持ち。セブが目に入ればドキリと胸が跳ね、鼓動が早くなり胸が熱くなる。そして今は……耐えがたい、この体の奥底から込み上げてくる熱は油断すると爆発しそうだ。
これを一晩中耐えるの?耐えられる?
私は1つも寝がえりを打たないセブの方へと寝がえりを打った。
ベッドに横になるセブの頭に手を伸ばしかけ、手を下す。
既に寝ているかもしれない。
規則的な呼吸は深い。
私は天文台にいた時と同じ、詰まった喉から声を出す。
『セブ?』
小さな声だが静かな室内では十分だった。
セブは反応を見せず、私は聞こえないように溜息をついた。
上体を起こす。
私は左手を結い上げていた髪に当てる。指で簪を押さえ、右手で簪の先端を摘まみ、クルリと回してを引き抜いた。
シュキンッ
金属が擦れる凛とした音が室内に響いた。
消えそうなランプの灯に照らされる細身の小刀は鈍く輝き、それは手元にあるのにどこか遠くのもののように思えた。
気がつけば私の頬は緩んでいた。クルリと手の中で小刀を回し、鞘に戻そうと――――
『えっ。あ、痛っ』
セブがスッと寝がえりを打ったものだから、私は小刀を隠そうとしたのだが、不意打ち過ぎてピッと左手の親指の付け根を切ってしまった。
『ごめん。起こしたわね』
赤い線に口をつけながら言う。
「切ったのか?」
『少し』
セブは這って私の横にきて私の左手を自分の方へ引いた。
掠っただけかと思ったが、切った個所からは赤い血が滲んでいる。
「我輩は寝首を掻かれるところだったのか?」
『馬鹿ね。あぁ……不注意だったわ』
「小刀を見ながら微笑んでいる人間と同じベッドに寝ていた我輩の気持ちがお分かりか?」
『笑ってなんか……笑って、たか……。はぁ。変なところを見られた』
血を拭かないとベッドに垂れたら困る。
『何か巻いてくる』
「舐めていれば治る」
『あっ……』
セブの舌が傷口を舐め上げ、血を吸い上げるように吸い付いた。わざと音を出して吸い付かれ、舐め上げられ、顔がカーっと熱くなっていく。
『も、もうっ、充分っ』
セブは傷口から手を離したが、私の手は掴んだまま。
熱いため息を吐きながら私の指先へ口づける。
指先から入った興奮は良く効く毒のように体内へと回り、私を狂わせる。
『ダメ……くらくらする……』
私はセブの手から自分の手を引き抜き、ベッドに投げ隠した小刀を探した。
震える手で小刀を取り、左手で簪の残りに手を伸ばす。
簪を抜くと髪がはらりと落ちて、閉め上げていた頭が解放されるのを感じる。
快楽の興奮で震える手。小刀を鞘である簪に入れようとするのだが私の手は情けないことに震えてしまっていて思うように出来ない。
「……手伝っても?」
セブが慎重そうに言った。
『う、うん』
セブが私の両手に手を添えた。セブの導きによって小刀の先端は鞘に入り、ゆっくりと収められていく。私はそれを見ながら全身の力が抜けていくのを感じた。図らずとも出た涙に驚く。
『今日は、ボロボロ泣くわね』
下に視線を落とすとポタポタと涙が落ちていって、私はそれをどこか他人事のように見ていた。
『困ったわ。止まらない』
私は声を上げて泣きじゃくるようなことはしなかった。左手に隠し武器の簪を持ち、右手で頬に伝う涙を拭い続けていた。
「涙の訳を教えてくれるか?」
気づかわし気に言うセブと視線が交わる。
「無論無理に聞き出すつもりは」
『気持ちが、追い付いていない』
体の反応が先に来て、気持ちは今徐々に追い付いてきているところだった。
『これは私の大事なものなの。前に一緒に供養してくれたヤマブキからもらったもの』
絶体絶命に陥った時、勝つか負けるかの勝負の時、この隠し武器は私を守ってくれた。いつも髪につけたこれは私にとって身を守る最後の武器だった。そう伝える。
『セブが一緒に小刀を鞘に入れてくれて、なんだか泣けてしまったの。自分以外の誰かが一緒に鞘に納めてくれている……それが見られたのが……嬉しかった』
大好きな人と一緒に行ったその動作は、私にとって大きな意味を成した。愛する人といるベッドの上というこの上なく平和な時間が身に染みる。
『ふふ。こんなに体の力を抜いていいのかしら?』
安心しきっていて、体の力が抜け過ぎて変な感じだ。
『セブ、抱いて欲しい』
「誤解を招く言い方だな」
『あっ、そうね。ふふっ』
間違いを訂正されて、私は突然笑うことを思い出した。コロコロと笑ってしまう私はセブに抱きしめられる。私もセブの体に手を回し、ぎゅっと抱き着いた。
『これであなたを襲うつもりじゃなかったって分かって頂けたかしら?』
「あぁ。納得がいった」
『良かった』
体を離す前にセブが優しいキスをして、もう頬には涙が伝っていなかったが、温かい眼差しで微笑みながら私の頬を撫でてくれた。
『これを枕元に置くのだけはどうしても止められそうにない』
私は振り返って枕の横に小刀を置いた。小刀を置いた私はふと思った。左手で体を支え体をベッドに伸ばし、セブに振り向くようなこの格好は、なかなかに妖艶ではないか?
『……唆るられる?』
「馬鹿なのか?」
『せっかくお部屋に遊びに来たのに背中を向けられて放置された身にもなってよ』
「あれは……ユキ、君が悪い」
『どこがよ』
「こうやって誘うように太腿を露わにしているところだが?」
這ってきたセブは私の上に覆いかぶさり、寝間着の間から露わになってしまっていた太腿を付け根から膝までゆっくりと掌で、裏返して挑発するように手の甲で撫でていく。
『わ、私が、望んでいるのはっ』
「はあぁ。分かっている」
セブは手を止めて盛大に溜息を吐き出した。
「分かっているが……心中を察してくれ、と言っても無理か」
『無理じゃないわよ!言ってくれれば察せる』
「察するという意味をご存じですかな?」
『あ……。ごめん。ええと……』
「横になれ」
『え?』
「ユキのしたいことは分かっている」
『でも、セブが望まないなら』
「望んでいる。だが……失礼をしたら許してくれ」
困惑する私を見てセブはまたまた溜息を吐き出した。
2人で同じ枕に頭を沈める。
セブの右腕が頭の上に回ってきて、私は自分の頭を浮かせ、ゆっくりと下ろす。セブが私の顔にかかる髪をすくい、耳にかけてくれた。
その動作をしてもらっている間、ずっとセブの顔を眺めていた。信念と隠れた情熱の隠された瞳、堂々とした印象を与える鉤鼻、知的さを映し出す薄い唇。強く、優しく、真面目で探求心があって、情の深い、あなたの全てが愛おしい。
「そんなに見つめてくれるな」
『だって、だって、好きで好きで』
セブに身を寄せると、セブは優しく私を包み込んでくれる。体を起こして抱きしめられているのとはまた違う安心感に包まれる。
まただ。甘くて頭がくらくらするこの香り。
私はセブの体に右腕を回し、胸に顔を寄せた。途端に甘い香りが強くなった。
大好き。
『はあ良い香り』
違う!逆、逆、逆!!!
良い香りは心の声ッ。私のお馬鹿っ。
人の情事を止めずに盗み見し、セブの匂いにくらくらしている。まるで変質者みたいじゃないの!
たまに向けられるあの冷えた目で見下ろされていると思ったら顔を上げられないと思っていると、私の顔は強制的にセブの手によって上げられた。顎を掴まれ上を向かされ、そして私は口づけされる。
初めから舌の入れられたキスは激しい。お互いがお互いの体を掻き抱き、自然と脚も絡ませる。キスと体の接触の気持ちよさの間からチラとパンツの上にスパッツを履いてきて良かったと思った。
もうこれ以上近づいたらお互いの体が溶けあうのではないかと言うほどに、私たちはお互いの存在を感じようとしていた。
『はあっ、はあ、これ以上続けて、いたら、はあっ、体が一体化しそうっ』
「意味が分かって言っているのかね?君は」
弾んだ息の間から言うと怒りをどうにか抑え込んだといった声でセブは言う。
そしてぶつぶつと「いつも煽るだけ煽りおって」と呟いた。
『初めての夜を楽しみにしているのよ。馬鹿みたいに私は浮かれているの。気づいてた?』
「少しな」
少しだけセブの口元に微笑が浮かんだ。
『初めては痛かった?』
「男と女では違うであろう」
『私、上手に出来るかしら?』
セブがフッと笑って私の額に口づける。
「余計なことを思う余裕など、なくしてやる」
温かい胸に抱きしめられて見る夢は、セブルス、あなたのこと――――――