第6章 探す碧燕
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13.牡鹿同盟
私とシリウスは放課後、教室で授業準備をしていた。
あの日以来、お互いに気まずい思いをしている。
一緒にいる時はひたすら仕事に集中していて、いつもの軽口は叩けていない。
『こんなところで良いでしょう』
「そうだな」
『……』
「……」
あぁ、気まずい。
どうしたら良いのか分からない空気に困っていた時だった。パタパタと足音が聞こえてきた。扉を開けたのはハリーだった。
「少し中に入って話してもいいですか?」
「今終わったところだ。入るといい。何か話が?」
「うん。シリウスおじさんにお願いがあって」
ハリーは闇の魔術に対する防衛術をシリウスに教わりたいと頼んだ。
「アンブリッジの授業は教科書を読むだけで大事なことは何も身につかない。シリウスおじさん、お願い。教えてくれる?」
ハリーに頼まれて、しかもこんな楽しそうなことをシリウスが断るはずがない。輝いた顔をして「任せておけ」と引き受けた。
『忍術学の特別授業に加えて、シリウスに個人授業まで偉いわ』
「え?ああ!言い忘れていた。シリウスおじさん、習いたいのは僕だけじゃないんだ。ハーマイオニーの計画では、習いたい人は誰でも教えを受けられるようにしたいって」
「大人数か……」
「ダメ?」
「いや、ダメってことはないのだが実は不死鳥の騎士団の任務が忙しくなってきていてな。決まった曜日、時間に定期的に教えるのは難しいかもしれない」
「それでも大丈夫。時間があった時だけでも教えて欲しい。ありがとう!それから、あの、ユキ先生も協力してくれたら嬉しいのだけど……」
『専門外だから人に教えるのは遠慮したいわ』
「そう言うな。ユキは学生時代から優秀だった」
「ユキ先生、お願い。僕たち本当に困っているんだ」
「俺からも頼む」
こんなに頼み込まれてしまっては無下に断れない。
教えるといっても防御呪文や失神呪文だろう。それならきちんと教えられる。
私はハリーに笑いかけて頷いた。
「やった!ユキ先生、ありがとうございます!」
『おっと』
あんなに小さかったのに大きくなったこと。
今は成長期。まだまだぐんぐん身長が伸びていくだろう。
『練習場所は決まっているの?』
「まだなんです。それも困っていて」
「それならこの教室を使うといい。ユキ、いいだろ?」
『えぇ。自由に使って』
「ありがとうございます!」
ハリーの笑顔にこちらまで笑顔になってしまう。
「実は……ハーマイオニーから僕も教える側になって欲しいって頼まれているんです」
「いいじゃないか」
シリウスがニッコリ笑った。
「前年度はヴォルデモートに勇敢に立ち向かった」
『1年生の時から何度も危険な目にあって、それを乗り越えてきた。指導も出来ると思う』
「でも、人に教えるって難しそうで……」
「ハリーは人を思いやる心を持っている。それにクィディッチの練習でアドバイスを送っている姿を見たぞ。あんな感じですればいい。難しく考える必要はない」
『生徒も同じ学生から教わることで刺激をもらえるわ』
「そう、かな……」
「やってみて、ダメだったらやめればいいじゃないか。勇気を出せ。ハリーなら出来るさ!」
「わあっ」
シリウスは楽しそうに笑って、ハリーの頭をぐしゃぐしゃにした。
ハリーは色々な意味でこの結果に満足していた。はじめ、ハーマイオニーは生徒だけでこの練習をすることを計画していた。そして講師役にはハリーを推薦していたのだ。
ホグズミード行きの日、この計画に参加したい者はホッグズヘッドに集まることになっていた。教えることにしり込みしていたハリーだが、ハーマイオニーからたった数人教えるだけでいいと言われており、そのつもりでいた。
だが、蓋を開けてみれば全く違っていた。ホッグズヘッドにはぞろぞろと生徒たちが入ってきたのだ。
講師役はハリーだと告げられて初めは「大丈夫なのか?」という空気が重く重く立ち込めていた。
「ハリーは三大魔法学校対抗試合で立派に罠を抜け、優勝した。当時6年生だった僕と共にね。そして例のあの人に立ち向かった」
セドリックが言う。
「それに守護霊を作り出せるって知っていた?」
栞がみんなに言うと、途端に空気が明るくなった。
「見せて!」
ルーナの声にこたえてハリーが守護霊を作り出すと、暗くて陰気臭いホッグズヘッドの店内に美しい牡鹿が現れた。
わあっと歓声を上げ、拍手をし、みんながハリーを称賛して尊敬の眼差しを向けたことにハリーは嬉しくなった。誇らしい気持ちになった。だが、目の前にいる大人数の生徒を見て不安になっているのは確か。
ちゃんとした先生がいればそれにこしたことはないよ。
だからハリーは信頼しているシリウスに講師役を頼んだらどうかと提案したのだ。
自分が教えたい気がしたが、役不足で皆をがっかりさせるようなことはしたくない。
彼の中では2つの思いがせめぎ合っていた。
結局、1番いいやり方に落ち着いた!
ハリーは頭をぐしゃぐしゃにされながらニッコリとほほ笑む。
人に教えるってどんな気分だろう?
シリウスおじさんもユキ先生も僕なら教えられるって言ってくれた。
その時が来たら、頑張ってみよう。
ハリーはそう心の中で決心したのだった。
―――――
ホグワーツ高等尋問官令
学生による組織、団体、クラブなどは全て解散される。
再結成の許可は、高等尋問官(アンブリッジ教授)に願い出ること。届け出なしに存在した場合、所属していた生徒は退学処分となる。
以上は、教育令第二十四号に則ったものである。
高等尋問官 ドローレス・アンブリッジ
――――――
『魔法省だか高等尋問官だか知らないけど、ここまで出来る権利があいつらにあるの!?』
「もしかしたらハリーたちが闇の魔術に対する防衛術の自主訓練をすることが知られたのかもしれないな」
私とシリウスは廊下の掲示板前で顔を歪めていた。
「だからといって諦めるハリーたちじゃないはずだ」
『なんでワクワクしている顔をしているのよ』
「秘密にこっそりなんて興奮するだろ?」
『ここ見て。届け出なしの団体に所属していた場合は退学になる。教師として生徒を退学の危機に晒すことは出来ないわ』
「ならユキは降りるんだな」
危険という甘い蜜が大好きなシリウスに呆れていると、栞ちゃんが走ってきた。
「聞いて下さい!寮の掲示板にあの女の馬鹿げた教育令が」
『私たちも今見たところよ』
廊下の掲示板を指さす。
「まさか諦めるんじゃないだろうな?」
「まさか!」
栞ちゃんの答えにシリウスは満足そうだ。
『退学がかかっているのよ?』
「まともに闇の魔術に対する防衛術を学べない損失を考えたら退学の方がマシです」
「ハハッ。それでこそ栞だ。いい子だ、いい子だ」
「私は5歳の子供じゃないです!」
ぽんぽんというよりボンボンという力強さでシリウスに頭を叩かれて栞ちゃんが不満げな声を出しながらむすっとした。
『こうなると忍術学の教室は使えないわね』
「そうだな」
「先生たちどこか良い場所思いつきませんか?」
『禁じられた森の奥に入ったら?幸運にも何か魔法生物が出てきたら実践も出来る』
「それはいい!」
「いやいやいやいや。先生たち正気ですか?アクロマンチュラにでも取り囲まれたらどうするんです?」
栞ちゃんが顔を引き攣らせた。
「まあ、冗談は置いておいて」
『冗談なの?』
「ユキも置いておこう。さて、練習場所探しだよな……。残念ながら直ぐには思いつかない。俺たちも考えておこう」
ホグワーツには沢山の部屋がある。入り組んだ先にある部屋ならば見つからないのではないか。例えば賢者の石が隠されていた部屋とか。
そう考えていると栞ちゃんがおずおずとこちらを見上げていた。
『どうしたの?』
「あの、先生たちに教わるのはもう難しいですよね?」
『そうね……』
「さっきも言った通り俺はやるぞ」
『シリウス!』
「生徒が危険を冒してまで学びたいと言っているのに教師が応えないなんて情けない」
『最悪忍術学が潰されるかもしれないのよ?そうしたら授業はどうなるの?今年は初のO.W.L.試験が控えているわ。私たちの代わりの教師もいない』
今年から実施される忍術学のO.W.L.試験。初年度の今年はこれから先の忍術学の未来を考えても重要なものになるだろう。
『私も手伝いたいとは思っているけれど……』
「あの、では先生たちに迷惑をかけないと誓ったら講師役を引き受けて下さいますか?実は、今ふと浮かんだ考えがあるんですけど……」
『教えてくれる?』
そう言うと栞ちゃんは「変化の術で学生に変化していれば万が一見つかってしまっても逃れられます」と言った。
「頭がいいな。どうだ、ユキ」
『逃げるのは申し訳ないけれど……それなら、分かった。引き受ける』
「やった!」
可愛い笑顔を弾けさせて栞ちゃんはガッツポーズをした。
「こんなところに部屋が?」
ユキとシリウスは大勢の生徒に交じって廊下に立っていた。
「君、誰?」
ディーンがシリウスを胡散臭げに見る。
「君みたいなグリフィンドール生見たことない」
カッコいい少年シリウスは見たことがあれば忘れないだろう。自分の寮の生徒で1度もすれ違ったことがないなんておかしい。ディーンが警戒を強めているとひょっこりと黒髪の少女が顔を出す。
『私の事は覚えている?』
じっと黒髪の少女を見つめたディーンの顔がパッと輝く。
「ユキ先生だ!ということはあなたはシリウス先生」
「ご名答だ」
時間前に28人の生徒が揃った。
「みんなちょっと待っていて」
ハリーが目を瞑って廊下を行ったり来たり始めた。ユキが興味深げにその様子を見つめていると、壁に亀裂が走り、石壁にはピカピカに磨き上げられた扉が現れる。
「すごい!」
「扉が現れたわ!」
「みんな静かに!」
ハーマイオニーが注意する。
「中に入ろう」
ロンが扉を開けて皆ぞろぞろと部屋の中に入って行った。
『凄いわ!』
私は興奮して叫んだ。
部屋は30人を収容するのに十分は広さがあった。そればかりではない。壁際には木の本棚が並び、椅子の代わりに大きな絹のクッションが床に置かれている。一番奥の棚には色々な道具が収められていた。
「かくれん防止器、秘密発見器、敵鏡。これは役に立つぞ」
シリウスが道具を確かめながら言った。
『蔵書も充実している。興奮するわね』
「はい!」
笑顔のハーマイオニーがザーッと本棚を見渡して満足げに頷いた。
「みんな注目して。さっそく始めましょう」
パンパンと手を叩いて栞ちゃんが皆を注目させる。
「闇の魔術に対する防衛術を練習するにあたり、私たちは3人の先生をお迎えしました。まずは、みんなに言っていた通りよ。1人目はハリー・ポッター」
「栞!」
「紹介は必要よ。前に来て」
拍手にハリーは戸惑っているようだったが、緊張の面持ちで皆の前へと立った。
「挨拶は後にして、次に2人の先生の紹介をします。シリウス先生とユキ先生も私たちを手伝ってくれます」
栞ちゃんの声で再び拍手。私たちはハリーの横に並ぶ。
「みんなには初めに言った通り、私たちは主にハリーから指導を受けることになります。先生方は時間のある時に来て下さいます。では、ハリーから挨拶を」
「えーと……僕は、僕たちは、
ハリーが喋り終えて、みんなが拍手をした。
鼻をすする音が聞こえてチラリと横を見るとシリウスが目を潤ませている。まるで息子の成長に感激する親のようだと笑みが零れてしまう。
「次はシリウス先生からひと言頂きます」
進行の栞ちゃんに促されてシリウスが口を開く。
「ハリーは良い先生になるだろう。彼の手伝いを出来たらと思う。簡単な術でも難易度の高い呪文を弾き返し、相手を倒すことも出来る。1つずつ確実に身に着けていこう」
拍手が起こって次は私の挨拶。
『みんなが勇気と信念をもってここに集まっているのを見られたのが嬉しい。先ほどシリウス先生も言っていたけれど、簡単な呪文でも念と魔力を込めれば強い力を発揮する。忍術学で習ったことも活かしてもらえたら嬉しいです』
拍手が終わって、栞ちゃんが口を開く。
「この会に名前をつけるべきだと思います。そうすれば、チームの団結精神も挙がるし、一体感が高まると思わない?」
「反アンブリッジ同盟はどうかしら?」
「それなら魔法省はみんな間抜けの頭文字でMMMってのもいい」
アンジェリーナとフレッドの提案にみんな最高だと笑った。
「私考えたんだけど、目的が分からない名前の方がいいわ」
ハーマイオニーが提案する。
「
「ダンブルドア
チョウの意見を聞いてジニーが頷いて言う。
あちらこちらから、いいぞ、いいぞ、と呟く声や笑い声が上がったが、私は首を振る。
『栞ちゃん、もしこの会が見つかって名前が知れたらダンブルドア校長に迷惑がかかるわよ?』
「確かにですね……無難な名前をつけるべきかも」
「牡鹿同盟はどうかしら?」
再び声を発したのはチョウだ。
「ハリーの守護霊はとっても綺麗だったわ。私もあんな魔法が使えるような魔女を目指したい」
みんなの気持ちも同じであるようだった。顔を見合わせて頷き合って、私も出来るようになりたいと囁き合っている。
「牡鹿同盟に賛成の人」
栞ちゃんの声に全ての手が挙がった。
「決まりね!さあ、牡鹿同盟第1回の練習を始めます!ハリー」
「うん。まず最初にやるべきなのは武装解除の術だと思う。かなり基本的な呪文だけど、シリウスおじ、先生とユキ先生が言っていた通り、基礎的な呪文には役に立つものが多い」
練習が始まった。
2人1組で向き合って練習を始める。
横目で見るとハリーは慣れないながらも頑張っていた。
「ユキ先生、人に向かって呪文を打つのが怖いんですが……」
パーバティが困った様子で眉を寄せている。
『では、私の影分身をかしましょう。でも、慣れてきたら生徒同士でやるのよ』
「はい!」
ハリーが武装解除の術を選んだのは正しかったわね。
辺りを見れば残念ながらお粗末な呪文が飛び交っていた。呪文が弱すぎて当たっても相手を2,3歩後ずらせるだけとか、顔を顰めさせる例が多かった。
「エクスペリアアアァァむすっ!!!」
「うん。元気だけはいいんだがな」
シリウスは栞ちゃんの指導に手こずっていた。
ハーマイオニーは優秀で隣のラベンダーを見てあげている。
ネビルがハリーの杖を、ハリーが杖をだらんと下げて別方向を見ている時だったが、吹き飛ばしているのを見た時は嬉しかった。
そしてこの2人は……
私はにこにこ笑みを浮かべながらフレッドとジョージの後ろに回り込んでいた。
ザカリアス・スミスが呪文を唱えるたびにザカリアス自身の杖が吹き飛ぶように魔法を飛ばして遊んでいたのだ。ザカリアスは何が起こっているのか分からず混乱している様子。
『フレッド、ジョージ』
ひくーい声で名前を呼ぶとギクリ、ギギギとウィーズリーの双子は振り返る。
「「ひっ。師匠」」
『いらっしゃい。たーっぷり絞ってあげます』」
「「わーーーーー!!!助けて、ハリー!」」
「いってらっしゃい!」
明るい声で送り出すハリー。起きる笑い声。
私は首根っこを掴んでフレッドとジョージに特別レッスンをつけた。
生徒が校内を歩き回ってはいけない9時前になり、解散となった。
『ハリーはいい先生になるわ』
「本当にそう思う?」
「あぁ。君の指導で良くなった生徒が沢山いる」
『将来は闇の魔術に対する防衛術の先生になるって手もあるわよ?』
「うーん。闇払いしか考えたことなかったけど……でも、先生もいいね!もっと実力をつけないといけないのは分かっているけれど」
「まだ時間はある。ゆっくりと考えればいい。さあ、早く帰りなさい。フィルチに付け入る隙を与えてはいけない」
「はい。シリウスおじさん、ユキ先生もおやすみなさい」
『「おやすみ」』
タタタッと走って行くハリーを誇らしく思いながら見送った私たちは変化の術を解く。
ユキとシリウスは吹きさらしの廊下を歩いていく。
「みんな学ぶ力があるのに教師が悪い。あの子たちが気の毒だ」
『あなたやハリーのような先生がいたら良かったのにね。来年、闇の魔術に対する防衛術の教師に応募しては?アンブリッジを蹴落としてよ』
「いや、俺は忍術を極めたい……ダメか?」
『まさか!そう言ってくれて嬉しいわ』
顔を見合わせた2人の心中はまだ複雑だったが微笑が浮かんでいた。
『じゃあ、明日』
「おやすみ、ユキ」
シリウスに背を向けて階段を1段上がった私は名前を呼ばれて振り返る。
「あいつに愛想が尽きたら俺のところにこい。歓迎だ」
『な、ならないわよ。そんなこと』
「先の事は分からないもんだ」
そう言ってシリウスは私に近づき、さっと触れるようなキスを私の頬に落とした。
『シリウス!』
「ははっ。ただのおやすみの挨拶だ。他意のたっぷり含まれたな。俺は悪い男なんだ。許せ」
悪戯なニッとした笑みを浮かべてシリウスは歩き去っていく。
『相変わらずの色男っぷりね』
自然と体に熱を持ち、胸の鼓動を早くしてしまう自分の不貞操ぶりにガッカリしていた私は体の変化に廊下の床に膝をついた。
『っ!』
ボフンと体を変化させて半獣に変化する。
半獣の姿になると少しだけ気分の悪さがマシになった。
這うようにして階段を登って部屋の中に入り、ベッドまで行かずにその場で丸くなる。
まだ9時よ。やらなきゃいけないことが沢山ある。
守りの護符も作りたいし、ブラック・レディのいる森の罠を抜けるために呪いの本も読みたいものがある。毎日首の付け根に溜めているチャクラも溜めねば。
5分仮眠を……と思ったが、この前セブの部屋で寝てしまったようにはなりたくない。
私は兵糧丸を口に放り込んで自分の頬を叩いた。
翌朝。
私はいつもの丘で倒れていた。シリウスに負けたの……負けて堪るか!私はぐいっと体を起こした。
「やめろ。無理だろ」
『負けるの大っ嫌い!しかも忍術でなんて許せない!』
「今不調なんだろ?座って休め」
受け入れられない。
ギッとシリウスを見ると呆れられた顔をしたが、諦めるつもりはない。と思っていたのに途中まで立ち上がった私は力尽きてドンと両膝を土についた。
『むぅ』
「もう終わりだ」
シリウスが私の横に座った。
『悔しいーーー!』
「ユキの負けん気の強さは学生の時から変わらないな。しかし、本調子じゃないにしてもユキに勝てたのは愉快だ」
『もう1勝負!』
「そう興奮するなって」
シリウスが笑いながらワシワシと私の頭を撫でた。
「今日の授業大丈夫か?」
私のボロボロの体を見てシリウスが言った。
『あなただっていつもこのくらい私にボロボロにされているでしょう?』
「ははっ。それだけ言えるなら大丈夫だな。ほら、手を」
シリウスに手を借りて立ち上がると視界がぐらりと揺れてぶわっと汗が噴き出した。
足元がおぼつかなくなりトトンとたたらを踏んでしまう。
限界を感じる。
今日の夜は何もせずに大人しく寝よう。絶対そうしよう。自分との約束だ。
私は夜を恋しく思いながら部屋へと戻って行ったのだった。
混雑した玄関ロビーを歩いているとハーマイオニーに名前を呼ばれた。
彼女は辺りを見渡して私に金貨を1枚渡した。
『これは?』
「この金貨の数字は次の集会の日付と時間に応じて変化するようになっています。私たち団員1人1枚ずつ持っていて、ハリーの金貨の日付を変更したら全員の金貨の数字が変化します」
『すごい!変幻自在術を使えるのね!これはN.E.W.T.試験レベルの呪文よ』
恥ずかしそうに頬を染めるハーマイオニー。
彼女の優秀さにはいつも驚かされる。
「来れる時でいいので来て指導して頂けますか?」
『分かったわ。注意深く見ておくわね』
職員テーブルには既にセブが来ていた。
『おはよう。早いわね。その顔は……徹夜明けね?』
「そういうお前は何故そこまでボロボロになっている」
セブの言葉に悔しさがこみ上げてくる。
『シリウスに負けたのよ』
ギリギリさせる歯の隙間から言うと鼻でフンっと笑われてしまう。
「あれごときに負けるとはお前の腕も鈍ったものだ。杖でか?」
私は答えずにパンでいっぱいになっているバスケットを持ち上げてドンと目の前に置いた。やけ食いしてやる!
『ごふっ』
喉に詰まった。
「まったく世話の焼ける」
ゴホゴホ言いながらセブが注いでくれたグレープジュースを飲み干していると「ところで」とセブが言った。
「今日の夜予定がなければ部屋に来ないか?キルケークーヒェンの新作ケーキが届く予定だ」
ぐりんとセブに首を回す。
『行く!』
あぁ、今日は絶対に早く寝るって誓いはどこにいったっけ?
ケーキは勿論嬉しいのだが、セブが誘ってくれたのが嬉しかった。同じ空間で大好きなケーキを一緒に食べる。なんて素敵なんだろう。
私はセブのお誘いに胸を弾ませながら甘い時間を夢見たのだった――――――
夜9時
生徒が寮へ帰って誰もいない廊下をセブの私室に向けて歩いていく。ちょっと足元がふらふらするがケーキの誘惑には勝てない。
『こんばんは!』
トトントントントンっ
リズミカルに扉を叩くと部屋の主が顔を出し、部屋へと招き入れてくれた。
『ケーキっ、ケーキっ、ふふんふーん』
「栗と薔薇の砂糖漬けのケーキだそうだ」
『ねえ、半獣化していい?』
「好きにしたまえ」
ポンと半獣化すると少しばかり体が楽になる。
「座れ」
『ありがとう』
目の前にはなんとワンホールの栗と薔薇の砂糖漬けのケーキがあった。
新作ケーキは予約必須。しかも人数が多すぎると抽選になってしまう。私は今回の抽選に外れていたのでセブには感謝感謝だ。
『美味しそう』
わっさわっさと揺れている9本の尻尾を見てセブルスは自然と口角を上げてしまっていた。
黄色い目は輝き、口は美味しいものを目の前に待てをされた犬のように舌が唇を舐めた。
抽選に当たって良かったと思いながらセブルスはワンホールのケーキをユキへと押しやった。
『え?』
ユキはパチクリと目を瞬かせる。
「我輩はいらん。1人で食べるといい。お前ならあっという間に食べつくすであろう?」
『でも、申し訳ないわ』
「目がそうは言っていないが?」
『うっ』
ばつが悪そうに体を縮こませるユキにセブルスはくつくつと笑う。
「遠慮するな。らしくない」
『~~~~~っセブありがとう!大好……えっとありがとう。頂きます』
顔の前で手を合わせるユキの顔は真っ赤だ。そんなユキを楽しげに見つめながらセブルスは紅茶に口をつける。
『んー。甘い。栗の甘さ、お砂糖の甘さ、それに薔薇の香り。なんて贅沢な組み合わせなの!』
「気に入ったのならなによりだ」
ふっさふっさと尾が揺れる。
ユキは味わいながらもかなりのスピードでケーキを完食した。
お腹いっぱいになったお腹を摩り、ほーっと満足げに息を吐き出し笑む。
『本当に幸せ』
セブルスはユキから視線を外した。
とろりと溶けている顔でうっとりとした様子はユキを愛しいと思っているセブルスの心臓に悪かった。
夜に2人きりで、机を挟んで直ぐのところにユキはいる。ユキから歩み寄ってくるのを待っていると決めたものの、強引に引き寄せてしまいたい気持ちになっていた。
いつになったら自分のもとへやってくるのか。こうしてチャンスは作ったわけだが、ユキは今ケーキの余韻に浸るのに夢中らしい。
悶々とした日々は暫く続きそうだと考えていると、ユキの体が突然くにゃりと崩れた。
右手でソファーのひじ掛けに掴まり、前のめりになり胸を押さえている。セブルスが見ればその顔は真っ青になっていた。
ユキは悔しそうに首を振る。
美味しいケーキに幸せになっていたところなのにな……限界だ。
「ユキ」
『魔力が切れたみたい。帰って寝なくちゃ。美味しいケーキをありがとう。幸せな時間だったわ』
そう言って私は立ち上がったのだが、強い眩暈を感じてしまい、再び椅子に座ることになる。
「体調管理の出来ない忍者はいない、ではなかったのかね?」
『本当は今日は直ぐに帰って休む予定だったのよ。でも、キルケークーヒェンの誘惑に勝てる人がいる?それにセブと一緒の時間……えっと……』
自分で言っていて恥ずかしくなり、言葉が徐々に消えていく。
甘い時間を夢見たのだった――――――
朝食の席でこう思ったのを思い出した私は自分の欲望に気が付いて鼓動を早くさせる。
意識してしまうと平静さは取り戻せない。具合の悪さも相まって、私の体はふわふわとしてまるで自分の体ではないような感覚になっていた。
『本当に帰らなくっちゃ』
今帰らないと自力で部屋に戻れなくなりそうだ。
今も戻れるか疑問はあるけれど……その時は廊下で寝ればいい。
兎に角、セブの部屋からは出なければ彼に迷惑をかけてしまうし、何より私の心臓が耐え切れなさそうだ。
足に力を入れて立ち上がり、もう一度お礼を言って歩き出す。
「はあぁ。待て」
セブに呼び止められて振り向けば何故か何かを諦めた顔をしていた。
「今日はここで寝ていくといい」
『えぇ!?』
「ベッドを貸すという意味だ。それとも共寝をご希望かね?」
「ちょっと!」
目の前の彼はわざと誤解を招く言葉を言って私をからかって遊んでいる。ほんっとーに意地悪なんだから。ここは1つ、私も余裕のある返しをしたいところ。
私は腕を組んで『体力のある時に誘っていただけるかしら?そうじゃないとつまらないことになっちゃう』と言って見せた。
「ほう」
『え゛』
経験皆無な私が余裕ぶってすみませんでした。謝ります。ごめんなさい。
セブが一歩足を前に踏み出し、組んでいた私の腕を取った。
「我輩に任せて頂ければ良い夜を約束するがね」
『あっ……ちょっ……今の冗談っ、ひゃっ』
ぐいっと引っ張られて抱き寄せられる。心臓がドドドドドと有り得ないほどの早鐘を打っていた。
「抱かれる心積もりは出来ているととって良いのだな?」
甘くビロードのように滑らかで重厚なバリトンの声が敏感になっている私の狐の耳に響いて思わず『あぁっ』とはしたない声が漏れてしまう。
待って。まだ心の準備が出来ていない。それに体の準備も出来ていない!シャワーにもしっかり入りたいし、今日は上下バラバラの下着を身に着けている。まだ性交渉に関する本は読みかけだ!
『はあんっ、や、やめふぇ』
耳の内側をセブは愛撫してきて、先ほどの眩暈とは別の意味でくらりとしてしまう。もともと眩暈がしているのもあって、全身の力が抜けて目の前のセブの服に倒れないように両手でしがみつく。
『だめ……らめ、やめて……』
「その言葉に従ったら良いのか、体の方に従ったら良いのか」
『こ、言葉、言葉に、ダメだって』
「そうか」
セブは耳を触るのを止め、代わりに私の後頭部に手を添えて自分に引きよせ、私の腰にも手を回した。
「暫しいいか?」
私に拒否権はない。
セブに抱きしめられたままじっとする。
温かいな
安心するセブの香りを嗅いでいるうちに、それでも胸がドキドキするのは変わりはないが、段々と気持ちが落ち着いてくる。矛盾した体と心に対応できないでいるとセブは私の手を取り、引っ張っていく。
もしかして、そうなるのだろうかと思ったがセブは私をベッドルームにいれた後、ゆっくり寝るといい、と言うのみだった。
『セブは何処で寝るの?』
「誘っているのかね?」
『そうじゃなくて……純粋に心配を……』
「我輩はソファーで寝ても構わんし、実験をしていれば夜も直ぐ過ぎる」
やっぱり申し訳ない。何か解決策を……
うん。と私は頷いた。
『私が丸まって床に寝ればいい』
「は?」
やめて。こいつは阿保かという目が痛いです。
私はゴホンっと咳払いして説明を始める。
『実は半獣化していると動物のように丸まって寝るのも落ち着くのよ』
「あぁ、この前我輩の部屋の床で寝ていたのであったな」
『この前みたいにさせてもらうねって、フニャニャニャニャ!』
ぐにーーっと両頬を引っ張られる。変な顔になったのだろう、セブは愉快そうに口に弧を描いた。
「君を床に寝させて自分だけベッドにいろだと?馬鹿を言え。出来るわけなかろうが!」
『私の事はお気遣いなく』
「つべこべ言わずにベッドに寝ろ」
セブがぐいっと私の腕を引っ張った。
『床で寝るからセブがベッドに』
私もセブをベッドに引っ張る。
「大人しくしろ、病人だろう」
グイッ
『病気ではなくただの魔力切れってっ、あ!!!』
私たちの体はバランスが崩れてベッドへと倒れていった。ぼんぼんっとベッドの上で体がバウンドし、私は目を白黒させる。
『ご、ごめん』
近くにあるセブの顔に動揺しながら言った私の声はか細く震えていた。
「お前は、お前は本当に――――」
『怒らないで』
「怒ってはいない。ただ――――ハァ。もういい。好きにしろ」
セブはぐったりとして起き上がり、バッと掛け布団をめくって布団の中へと入って行った。
『パジャマに着替えなくていいんですか?』
ベッドに正座して問いかける。
「さっきから我輩を試しているのかね!?」
セブが布団を思い切り引っ張って頭までかけたため、私の体がコロリと転げた。
布団の中からはハアアアアァァという長い、長ーーーーい溜息。
『おやすみなさい、セブ』
私は出来るだけベッドの下の方に行って丸くなって眠ったのであった。
『よっしゃ!かーーーいふーーーーく!!!』
「朝から騒がしい!!!」
甘いケーキを食べ、一晩ぐっすり寝た忍術学教師はベッドの上でご機嫌に伸びをした後、ぴょんと立ち上がった。
煩いユキにセブルスが投げた枕がボスンと当たる。ユキは枕を拾いセブルスにぽんと投げ返し、準備運動するように腕を伸ばした。
『ではセブ。私は鍛錬に行ってきます!打倒シリウス!』
騒がしく、ユキはセブルスの私室から出て行く。
「まるで嵐だな」
ろくに眠れなかった夜。
セブルスは目覚まし時計を確認し、肩まで布団をかけたのだった。