第6章 探す碧燕
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12.ブラック・レディ
私たちはリンカンシャー州にあるブラッドリー村に来ていた。私とレギュは変化の術で変装している。
こじんまりとした村はどの家もガーデニングに凝っていて季節の花で庭や家が彩られている。
『良い村ね。曇り空なのが少し残念』
人気のない村はこれぞイギリスの田舎といった様子で観光にでも来た気分になってしまう。
「まずは聞き込みですね。誰か出てきてくれればいいのですが」
暫く村を歩き回っていると漸く犬の散歩をしていた女性に出会うことが出来た。私たちを見つけた女性は途端に嫌な顔をする。
『こんにちは。お伺いしたいことがあるのですが』
「また幽霊の話?だったらお断りよ」
冷たく言う女性はうんざりと言った様子だ。幽霊スポットとして知る人ぞ知る場所になっているこの村。肝試しに来る観光客に迷惑しているのだろう。
「僕たちは雑誌の取材なんです。お話を聞かせて頂けるのでしたら少しばかりですがお礼を支払わせて頂きますが……」
「あら……そうなの?それなら……少しだけだったら」
女性の態度が軟化して私たちはホッとしながら聞き取りを開始した。
彼女は実際にブラック・レディを見たわけではない。だが、とても興味深い話を教えてくれた。
「あの森は深いの。今までに冷やかしで森へ入って行った観光客が何人も行方不明になったわ」
戻ってきた観光客の殆どは不気味な森に恐れをなして直ぐに帰ってくる。だが、深い森に入った者は……
「不思議な体験をしたって話をよく聞くわ。歩いていたら同じ場所に戻ってきたとか、真っ暗闇に閉じ込められたとか、それからブラック・レディを見たという話も」
「そのブラック・レディについて詳しく教えて頂けますか?」
「そうね……。私が知っているのは黒いマントを被った赤い目の女性が追いかけてくるって話くらいよ。でも、マイケル爺さんなら詳しく話してくれるわよ」
『その方のお宅はどちらに?』
「そこの角を左に曲がって進んだ緑の屋根の家よ。マイケル爺さんはこの話をする相手をいつも探しているから行ったら話してくれるわ」
「ありがとうございます」
女性にお礼を渡し、マイケル爺さんの家へ。
家の庭は荒れていて、門前のプランターにはすっかり枯れて茶色くなった何かの植物が植わっていた。
家の雨戸は締まり、人が住んでいる気配が感じられない。出てくれるだろうかと思いながらベルを鳴らしたが、直ぐに「誰だ!」という大声が家の中から聞こえてきた。
「ホラー・ナイトの雑誌記者です。ブラック・レディについてお話をお伺いしたいのですが」
ガチャガチャとチェーンが外される音が聞こえ、扉が少しだけ開いた。
私とレギュは人の良さそうな笑みを浮かべて挨拶をする。
「名刺は?」
「わたくし、レオ・アンダーソンと申します」
レギュが名刺を差し出すと、マイケル爺さんは何度も名刺とレギュの顔を見て、そして漸く警戒を解いた。
「あんたたちは確かに“人”だ。入ってくれ」
家は掃除されておらず埃が積もっていた。
通された居間のダイニングテーブルに座り、私はテーブルについていたマグカップの底の形をした茶色いシミの上にノートを置いた。
「お前さんたちはブラック・レディのことを聞きに来たのだろう?」
「そうです。是非教えてください」
「勿論だ。いいか。あの森には入ってはいけない―――――
マイケル爺さんは恐れを吐き出すように早口で喋りだした。
彼がブラック・レディに会ったのは森へ逃げ出した馬を探しに行った時だった。
いつの間にか濃い霧にあたりは覆われていて方向感覚が分からなくなり、音という音が聞こえなくなっていた。
「昼間なのに辺りは夜のようだった。そして暗闇に突き落とされた。気がつけば儂は黒衣の者たちに取り囲まれた。儂は腰が抜けて動けなくなった。儂は目を瞑って頭を抱えていた。もうダメかと思ったが奴らは襲ってこなかった。恐る恐る目を開けると、奴らは――――消えていた」
当時の事を思い出したのだろう、自分の体を抱き、ブルブルとマイケル爺さんは震えた。
『恐ろしい思い出を語って下さりありがとうございます』
「あの森に行ってはいかん」
「そうします。これは、ほんの気持ちばかりのお礼です。ありがとうございました」
マイケル爺さんの家を出た私とレギュは森へと歩いて行っていた。マイケル爺さんには申し訳ないがこの為に来ている。そう、今日私たちは森に入るつもりだ。
「話をするにも森の入り口に立っていると目立ちますね。ここは立ち入り禁止になっていますから。急いで浅いところまで入って行きましょう」
私たちは30分ほど森の中を進んでいった。
所々の木にリボンを結んでおく。
同じように考えていた人がいたようで、木には人為的な傷が沢山ついていた。
『このあたりまで来たら大丈夫じゃない?早めの夜ご飯にしましょう』
「食べ物を持ってきたんですか?」
『腹が減っては戦が出来ぬ、よ』
呑気ですね、と言われながらルンルン鼻歌を歌いながら巻物を出し、口寄せの術で入れていた料理を出現させる。グラタン、ピザ、おにぎり、サンドウィッチ。水筒にお砂糖たっぷりの紅茶も入れてきた。
「まさか森の中でこんなに豪華な食事が出来るとは」
『感激?』
「おもしろいです。ユキ先輩が」
『おもしろい……?』
ふふっと笑うレギュに小首を傾げながらマグカップに紅茶を注ぎ、杖で叩けば紅茶は熱々。寒かったから熱い紅茶が身に染みていく。
「ユキ先輩は料理がお上手ですよね」
『食べるの大好きだから。ところで、話は変わるけど渡したいものがあって』
私は地面にマグカップを置き、守りの護符を取り出しレギュに渡し、説明をした。
「すごい魔力だ。これを作るのは大変だったでしょう」
『その人を思いながら作るの。だから、他人に渡さないでね。もし使ったら教えて。急いで新しいのを作る。本当は、一人3枚持てるから2枚目3枚目も急いで作りたいのだけど時間がなくて……』
「ありがとうございます。ご無理なさらないで下さい。ユキ先輩は不死鳥の騎士団全員分も作っているのですよね?」
『うん。あとはホグワーツの先生に生徒に「馬鹿なんですか?」
思いっきりレギュに睨まれた。
「こんなに魔力を消費するものを何枚も作って。ホグワーツの生徒にもですって!?何人いると思っているんですか?倒れて動けなくなるのがおちです」
『そんなに睨まないで。みんな心配してくれるけど大丈夫なのよ』
「ユキ先輩の大丈夫は信用していません」
『酷いなぁ。セブやシリウスは理解してくれたのに。忍にとって体調管理は基本なのよ』
「そうでしょうね。でも、僕は無理をするあなたの姿を知っています。学生の時、大丈夫大丈夫と言いながら倒れて僕が医務室に運んだことがあったのをお忘れですか?」
『覚えております……』
「クィディッチの練習の後にもありましたよね」
『そんな昔のこと引っ張り出さないでよ』
「ユキ先輩にとっては数年前の出来事のはずですが?」
『ぐぅっ』
なんて厳しい後輩なんだ。ぐぅの音も出ない。言ったけど。
私はレギュの厳しい視線から逃れるように紅茶を飲み干した。
『食べたら出発よ!』
「……」
うわーん。レギュが怖いよー。
静かな森だが良く耳を澄ませば虫の声や鳥の声が聞こえる。
まだ遅い時間ではない。しかし、曇り空のせいか森の中は暗い。まるで年中暗い禁じられた森のような雰囲気。
『方向感覚を失いそうだわ』
レギュが杖を方位磁石にして時々進む道を確認してくれている。
「罠は巧妙なはずです。今回はもし罠にかかったら無理せずに撤退しましょう」
「えぇ。それに1人で対応すべきではないわ。もし万が一離れ離れになったら直ぐにさっき軽食を取った場所に姿現しで戻りましょう」
隣の人が「あの量で軽食……?」と白い眼を向けてきているのを気にしないようにしながら森の奥へと進んでいく。
ザク ザク ザク
2時間ほど歩いた。
上を見上げれば暗い曇り空の色が更に濃くなって、夜が迫っているのが分かる。
杖灯りと狐火。
一定の距離を歩いては木にリボンを結ぶ行為を繰り返す。
更に1時間経った。
夜の帳は降りた。
この森は広い。
直ぐに何か見つかるとは思っていない。
そもそも本当に何かあるか分からない。ブラック・レディもただの噂話の可能性もあるのだ。
『休憩を入れましょうか』
「そうですね―――っあ!」
『何?』
パッと振り返ってレギュの視線を追えば、黒い影が一瞬視界に映った。
「見えましたか?」
『えぇ』
レギュは杖を握り直し、私は手を開いて閉じて解した。
ここからは何が起こってもおかしくない。
『さて、罠に飛び込みましょう』
私とレギュは1度だけ視線を交わして影が見えた方向へと歩き出す。
『霧……影分身』
影分身が霧の濃い方へと走って行った。
ポンと頭の中に記憶が流れ込んでくる。
『毒霧ではなさそう』
私たちは離れないように体が触れるくらいに距離を詰めた。
『また見えたわ』
黒い影が見えた方向を指さす。
「まるで森の奥へ奥へと誘われているようです」
黒い影は遠くでチラリ、チラリと姿を現した。
そしてどこからか聞こえてくる。
来い―――――来い――――――
森に声が反響する。
低い声、高い声、子供の声、しわがれた老人の声。
『かなり深いところまで来た証……グライド!?』
隣にはいつの間にかレギュがいなくなっていた。
『やられた』
離れたくなかったのに……。
こういとも簡単に離され、相手の罠にはまった自分に腹が立った。
その時、グルンと視界が回転した。
気がつけば真っ暗闇の中に放り出されていた。
マイケル爺さんが言っていたのはこれね。
こういった幻術にはお生憎だが慣れている。
チャクラをしっかり丹田で練りながら意識を先ほどまでいた森へと移す。
ぐにゃりと空間が歪んだ。
黒い空間は捻じれて裂け、そこから先ほどまでいた森が姿を現す。
『グライド!グライド!いたら返事をして!』
名前を何度か呼ぶが反応がない。
もしや先ほどいた場所とは別の空間に飛ばされたのだろうか?
もしそうだとしたら非常に厄介だ。
大丈夫だろうかと心配していた私はスーッと近づいてきたモノに気づき、直ぐ動けるように足に力を込めた。
私は音もなく近づいてきた4つのローブを被った者に周りを取り囲まれていた。
レギュは空間に溶け込んでいるだけかもしれない。もしそうだとしたら火遁忍術や苦無を放って傷つけては大変だ。
失神呪文くらいならいいわよね。
『ステューピファイ』
呪文は黒衣のモノの体を通り抜けた。
まさかとは思い、石を拾って投げてみる。同じように通り抜けた。
実体がない?
ただの脅しだろうか?
迫る黒衣
脅しならただ体をすり抜けるだけで済むかもしれない。だが、巧妙な罠が仕掛けられていては大変だ。私は地面を蹴り、黒衣のモノを飛び越した。追いかけられて走る。
『っ!』
私は急ブレーキをかけた。
何か匂いがする。
『風遁・風布團』
うっと息を飲む。私は沼の縁ぎりぎりに立っていた。
沼からは湯気が立ち上っており、不気味に泡立っている。
普通の沼じゃない。
近くにあった小枝を投げ入れてみると、じゅっと音がして溶けていった。
そうこうしているうちに黒衣のモノたちが追い付いてきた。
『ここまでだわ』
私は意識をさきほど食事をした場所に持っていき、姿くらましした。
バシンッ
私は食事をした場所に立っていた。
先ほどいた音のない世界とは違い、今は遠くの方から梟のホーホーという鳴き声が聞こえてきていて危険から脱したことを実感する。
『グライド』
辺りを見渡したがレギュの姿はない。ここへ戻ってきたという形跡もなかった。
きっとまだ彼は罠の中なのだろう。
心配で落ち着かない。
レギュとは分霊箱探しで行動を共にしてきた。
別れて行動しても、その時は死喰い人に相対する時など危険の種類が分かっていたし、レギュの実力だったらちょっとやそっとで負けはしないと分かっていた。
だが、今回のような未知の状況では何があるか分からない。
信じてはいるけれど……。
私は何も出来ずに落ち着かなくてただ苛立たし気に立ち、手の中で苦無を回していた。
『グライド……早く帰ってこい……』
20分後。本格的に不安になり、影分身を出して探しに行かせるべきか迷っていた時だった。バシンと横で姿現しの音が聞こえた。
『グライド!』
レギュに駆け寄る。
『大丈夫だった?怪我は?呪いにかかったりは?毒の池に足を突っ込まなかった?』
「落ち着いて下さい。大丈夫ですよ」
何ともないと言うように手を広げて見せるレギュは顔が青かったが、どこも欠けてはいなさそうだ。
『すごく心配していたの』
「すみません。深入りしすぎました。遅くなって申し訳ないです」
『ううん。帰ってこられて良かった』
「ユキ先輩も黒衣のモノに囲まれましたか?」
『うん。逃げて走っているうちに毒の沼に落ちそうになって……逃げ帰ったの』
「黒衣のモノに囲まれたのは僕も同じです。ですが、僕はそのまま立っていたんです。マイケル爺さんが目を瞑っている間に消えたと言っていましたから」
『んなっ。危険な賭けを!でも……上手くいったの?』
「はい。黒衣のモノは暫く僕の周りをうろついた後に消えました。その後、霧の間に1本の道が現れたんです。そこでこちらへ戻ってきました」
顎に手を当ててレギュが話したことを考える。
『レギュは1つ罠を突破したんだわ』
「僕もそう思います。次来た時は次の罠に進むべきですね」
『引き離されるのが嫌なのよね』
「ロープで体を結んでおきましょうか」
『体を密着させる方が確実だから……私があなたをおんぶするわよ』
「結構です!」
『ふふっ』
私たちは森を抜けて姿現しでロンドンへと帰る。
夜中の2時。
眠かったがお互い今日起こったことを整理するためにレギュの部屋で紙に書き出す作業をし、意見を交わした。
『今日はこのへんで』
「そうしましょう」
『帰るわ。あと数時間後に不死鳥の騎士団の会議か……。それまでレギュも仮眠を取って。おやすみ』
「おやすみなさい」
レギュに手を振って彼の部屋から出て行き、姿現しでホグワーツの門の前へ。
『うぅ。自分たちで組んだスケジュールとはいえツラい』
油断したら立ったまま船を漕ぎそうだった。
私は部屋に戻って目覚ましをかけシャワーも浴びずにベッドへと倒れこむ。
ジリリリリリ
よし、質の良い睡眠が取れた。
シャワーを浴びて眠気を覚まし、時間まで守りの護符作り。
朝食を食べて精気を養い不死鳥の騎士団の会議へと向かう。
「おはよう、ユキ」
「おはよう」
『おはよう、リーマス、シリウス』
扉を開けるとリーマスとシリウスが楽しそうに談笑しているところだった。
無意識のうちにまだ森でのことを引きずっていたらしい私の体はその風景に癒されて力が抜けていく。それと同時にずんとした体の重さを感じた。
長時間泳いだような体のだるさを感じながら廊下を歩いて2人のもとへ。
「隈が出来ているぞ」
『昨日の夜、分霊箱を探しにグライドと森へ行ってきたの』
「そうか……。どうだった?」
シリウスの質問に答えて昨日の夜の事を話して聞かせる。
「かなりいい線いっているように感じるよ」
『うん、リーマス。私とグライドも同じ考え。ヴォルデモートの分霊箱じゃなくても大掛かりな罠だったから何かあるのは確実だと思うし』
「お前たち綱渡りなことやっているんだな」
『それは皆同じでしょう?シリウスも危険な任務を与えられたって聞いたけど』
「その情報どこから仕入れているんだ?」
シリウスがまだ誰にも言っていないのにと顔を顰めた。
『ふふ。どこからでしょうね。で、危険な任務の内容は?』
「2つだ。1つ目は全くそそられない任務だ。ブラック家という純血一族として、他聖28一族にダンブルドア側につくように説得に当たる」
『うわあ。私だったら一番やりたくない任務かも』
私は交渉事が苦手だ。
それに純血を誇っている彼らは厄介な相手だろう。
「俺もだ。この話を聞いた時、俺は即断った!」
『ふふ。断ったんだ』
「そうだ。だが、強く頼み込まれてな。だから受ける代わりにもっと俺向きの任務をもらった!」
『はあ!?更に任務をもらったの!?』
「シリウス、君って学生の頃から何1つ変わらないよね」
リーマスは呆れるかと思いきや楽しそうに笑っていた。まったく。こういうところは学生の時から理解できないわ。
『それで、2つ目の任務とは?』
「ダンブルドアに言われた人物を捉えて牢にぶち込む。単純で簡単。そして、最高にスリリングだ」
ニッとシリウスが悪そうな顔で笑った。
『危険な任務ね。気を付けてよ?』
「あぁ。へまはしない」
楽しそうなシリウスを呆れた目で見ていると、玄関が開いた。入ってきたのはレギュだ。
『さっきぶり。寝れた?』
「はい」
「聞きましたよ、Mr.チェーレン。随分危険な任務を行っていると、だが、成果も出そうだと」
「そうなればいいのですが」
リーマスに相槌を打ちながら歩いてきたレギュの後ろで再び扉が開く。
私の胸がドキンッと鳴った。
途端に体が熱を持って、酷く動揺する。
セブを見つめていることが出来ずに、私は挨拶もせずに視線を床に下げた。
体が緊張して動悸もするのに、気分の悪さはなく、幸福感と高揚感で満たされていく。そわそわする。
顔がに妬けていくのが止められず、だらしない緩み切った顔にならないように奥歯を噛んで耐えている状態だ。
「おはよう、セブルス」
セブルスはリーマスの声を無視して立ち止まり、ユキに視線を留める。一瞬だが、セブルスはユキが自分を意識してどぎまぎする様子に口元を緩ませた。
最初に気づいたのはレギュラスだった。サッと頭が冷えるのを感じながら首を横に振ってユキのことを見た。ユキの顔を見たレギュラスはユキの気持ちを悟った。
「んだよ」
シリウスの方はというと立ち止まってこちらに一瞬柔らかく口角を上げて見せたセブルスに不愉快さを感じていた。言葉は悪いが胸くそが悪いという思い。しかし、当然ながら自分に向けられた微笑ではないことは分かっている。
シリウスも自然とユキの方へ首を振っていた。レギュラスと同じように凍り付くシリウス。衝撃で息を飲みこんだ。おかしな音で鳴る胸の音を聞きながら信じられない思いでユキを凝視する。
「えーと……困ったな」
誰も動かない、長い沈黙を強制的に破ったのはリーマス。
ショックで瞳を揺らすシリウスにかける言葉が見つからない。
リーマスがどうするべきか考えているとセブルスが動き出した。
「ユキ、中に入るぞ」
『え、あ、うん』
セブルスは、動揺してひっくり返った声を出しながらも抑えきれない顔の緩みでとろとろとした顔をしながら自分を見上げているユキを見て優越感に浸っていた。ユキの手を取り、引っ張って会議が行われる部屋へと歩いて行く。
会議が終わるのを長ったらしく感じていたシリウスは、会議が終わりユキを部屋の片隅に連れて行った。
「付き合ったのか?スニベルスと」
『っ!』
真っ赤に顔を染めて心を乱しながらも、ユキは言わなければならないと口を開く。
相手を傷つけることになってもきちんと言うことが誠意だ。
『まだ付き合っていない。でも、心が決まったの』
「なんてこった」
僅かでも希望を捨てていなかったシリウスが絶望に打ちのめされて天を仰いだ。
「あれのっ、どこが!いいんだ!?」
叫びたいのを抑えながら強い口調で言うシリウスを前にユキは固まるしかない。
出せる言葉がない。
何と言えばいいのか分からないわ。
でも、どうしようもないことだった。
ユキが何とも言えない辛さを感じていると、ツカツカとレギュラスが歩いてくる。
「ユキ先生を困らせるべきではありませんよ」
彼もまたシリウスと同様にショックを受けていたが、それを隠して紳士的にユキに微笑んで見せた。
「おめでとうとはいいません。でも、幸せになって欲しいです」
『ありがとう、グライド』
「さあ、ブラック先生。壁に追い詰めてはユキ先生が可哀そうです。解放して差し上げて下さい」
思い切りレギュラスを睨みつけたシリウスだったが、小さく舌打ちをしてユキから距離を取る。
「俺は認めないぞ」
ユキが自分以外の他の誰かを好きになったショックに加えて、学生時代からいけ好かないと思っていたセブルスにユキを取られたという事実をシリウスは受け入れきれなかった。
ユキは去っていくシリウスの背中を見て、小さく辛さを逃がす息を吐き出す。
「シリウス先生のこと、気にすることないですから。では、僕も失礼します」
辛そうに眉を寄せるユキの顔にレギュラスは自然と手を伸ばしかけたが、ハッとして止めた。
もう気軽に触れることは出来ない。ユキを困らせるのは本意ではない。だが……
急に想うのを止めろと言うのも無理なもの……暫くは僕の心の中心にいて下さい。
諦めきれない思いを密かに胸に秘めながら、レギュラスもユキの元から去っていく。
今は誰とも話したくない
ユキのその願いは叶った。
ユキは誰とも話さずにグリモールド・プレイス12番地から出ることが出来た。
自分の気持ちに気づいて以来、会いたい会いたいと焦がれるセブルスの姿がないのも今はありがたかった。
バシン
ユキはホグワーツへと姿くらまししたのだった。
部屋の中でユキは悩んでいた。
クィリナスにも言わなくては。
自分の中で心が決まった以上、何も言わずに相手の好意を受け続けるというのは相手にとって不誠実で騙しているように思えたからだ。
告白したらセブと付き合う――――付き合えるのよね?
いつも優しくしてくれるセブルス。
甘い雰囲気になったことは何度もあった。
だが、急にユキは怖くなった。
自分の勘違いだったらどうしよう、と。
想いを告げることって、こんなに怖くて勇気のいることなのね。
ユキは自分の事を好きだと言ってくれた人たちを思い出し、彼らの気持ちに感謝した。
気持ちに応えられないならせめて誠実に。
そう考えていると部屋の扉がノックされた。
音もなく扉の前にたどり着く人間は1人しかいない。
ユキは言う言葉を纏められないまま扉を開いた。自分と瓜二つのクィリナスが部屋へと入ってくる。
切り出すのが難しすぎる……。
脈絡もなく告げても良いものなのか。
タイミングが分からない。
「どうされました?」
ユキのことに敏感なクィリナスはユキの異変に直ぐに気が付いた。
「ご気分が優れませんか?」
『ううん。違うの。ええと、不死鳥の騎士団の会議の内容よね?』
「はい……」
クィリナスは違和感を感じながらも今日の不死鳥の騎士団の会議の内容をユキから聞いた。
真面目な話をすることで、ユキの心は落ち着いていった。
話し終える頃には変なプレッシャーで乱れていた心が静まっていた。
いつものように紅茶を淹れて、ブラック・レディの話、授業の話、それから取り留めのない話をする。
ふと、ユキは思った。
『ヴォルデモートが死んで平穏が戻ったら表に姿を現すでしょう?』
「そうですね。ヴォルデモートが死ねば、不死鳥の騎士団も解散。職を失いますから」
偽の身分証明書はダンブルドアに作成してもらっている。変化の術を使い姿を変えてイギリスで生活する方法もあるが、出来れば本当の姿で生きていきたいとクィリナスは言った。
「出来ればあなたのそばで――――」
『ごめん』
ユキは固い声でクィリナスの言葉を遮った。
「ユキ?」
『好きな人が……いる』
ユキは揺れる目をクィリナスから外して俯いた。
クィリナスはじっとユキを見つめ、肘をテーブルに乗せて手を口に置いて考えた。
思ったより早かったか……。
段々と自分に対する態度が変わっていたのは分かっていた。そしてスネイプを見るユキの目に愛情が溢れていたことも。
しかし、だから何です?
クィリナスはにっこりとユキに微笑みかけた。
「良かったですね、好きな人が出来て」
『え……うん。はい』
ユキはクィリナスの反応に戸惑っていた。どんな反応がくるのか怖く、予想できないものであったが、こうもあっさりとした反応が返ってくるとは思わなかったからだ。
それでも「良かった」と言われて気を抜いた。
スタスタと自分の方へ歩いてきたクィリナスをぼんやりと見ていたユキは体を跳ねさせることになる。クィリナスはユキが座っている椅子の前に跪きユキの手を取る。そして口づけを落とした。
『ちょっとお!?』
手を引き抜こうと思ったが力が強く叶わず。
ユキは恐怖で顔を引き攣らせた。
「私は誓いました。あなたの下僕です、と。それはあなたが誰と付き合おうと変わりません」
『でも、でも、今までとは距離感が変わってくるはず』
「距離感が変わるとはどういうことでしょう?」
『こ、こうやってキスしたりとかっ』
「不快ですか?」
『その、やってはいけないことだと思う』
「分かりました……いいでしょう」
クィリナスは名残惜しそうに口づけした箇所を見て、ゆっくりとユキの手を下し、立ち上がった。
「しかし、私があなたを愛する権利は私の中にある」
訳が分からないというように眉を寄せるユキに背中がぞわわわと逆立つような笑みを浮かべ、爛爛とした目でクィリナスはユキを見下ろしていた。
「あなたが自由に人を愛する権利があるのと同じように、私にも自由に誰かを愛する権利があるのです」
目が―――――――怖い……
凄く、怖い。
剣呑に光っている。
ユキは恐怖で顔を引き攣らせながら、クィリナス・クィレルを見上げたのだった―――――
***
クィリナス・クィレルは追いかけっこを楽しんでいた。
何故か自分とユキとの区別がつくレイブンクロー寮5年生、蓮・プリンスとの追いかけっこだ。
彼女は忍のように気配を消して自分を追いかけてくる。
初めは正体を隠して活動している自分の本当の姿に気づき、後を追いかけまわしてくる蓮を警戒していたのだが、ある時ハッと蓮が自分の娘であることに気が付き、警戒を緩めたのだ。
なんて可愛い我が娘。
気配の消し方はなかなかのもの。後で褒めてあげなければなりません。
クィリナスは禁じられた森へ足を踏み入れた。
惑うことなく蓮も自分の後をついてくる。度胸のある行動にクィリナスは口角を上げる。
ホグワーツの教師、生徒に見つからないよう十分に奥へと入り、そして辺りに濃い霧を出現させた。
「出ていらっしゃい」
「やっぱり気づいていらしたんですね」
今日もダメだったと肩を下げる蓮への愛おしさでクスクスと笑いながらクィリナスは本当の姿を現す。
「クィリナス!」
「そろそろお父さんと呼んでもらっても構わないんですよ?」
「何度も言っていますがあなたは私の父ではありません。夫(予定)ですって聞いています?」
「ふふ、私の可愛い子」
怪し気に瞳を光らせながらニコニコと愛おしそうに自分を撫でる姿に蓮は頬を膨らませる。
子ども扱いしないで欲しいわ。だって私はあなたの未来の妻(予定)……
自分の要求を相手が知らぬうちに通してしまうクィリナス。
親子ではないが、蓮も同じ事が出来ていた。
クィリナスに本当の姿を自分の前に曝け出させ、そしてこうして、彼女の脳から言葉を借りると“逢引き”をする。
2人だけの時間を作るために策を講じている蓮。
「いつものように手合わせお願い出来ますか?クィリナス先生」
撫でられていた手を取って、自分の頬にその手を持っていく。
子供、夫、父親、可愛い子、妻、先生――――――
分身の術からの変わり身の術。
忙しく変わっていく。
彼らが落ち着く先は――――――