第1章 優しき蝙蝠
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14.5 のぞみ鏡
真夜中のホグワーツ。
私、忍術学教授、ユキ・雪野はある鏡の前に立っていた。
私はこの鏡がある部屋へ何度か足を運んでいる。
初めの二回は見回りをしている時だった。
まず一度目。
そこにいたのは薬学教授のスネイプ教授だった―――――
『……』
私は部屋の入口で立ち止まり、僅かに眉間に皺を寄せていた。
「リリー……」
胸が痛くなるような切ない声がスネイプ教授から発せられる。
その声が私の心を震わせ、私の足は自然と歩き出していた。
肩を震わせて泣いている姿に胸が痛む。
私は躊躇ったが、声をかけてみることにした。
『大丈夫ですか?』
スネイプ教授が弾かれたように顔を上げる。
そうか……またやってしまったようだ。
無意識のうちに気配を消して近づき、驚かせてしまったようだ。
申し訳ないと思いつつ、驚いた顔をする彼にハンカチを差し出す。
ランタンの灯りに照らされたスネイプ教授の顔色は非常に悪かった。
寒さのせいだろうか、それとも心の問題だろうか?
分からなかったが彼の具合を確かめたくて、
『具合、悪いですか?』
そう尋ねると、
バシンッ
ハンカチを差し出した私の手はスネイプ教授によって叩かれた。
「……行け」
私はまた余計な事、人の気持ちを考えない行動をしてしまっただろうか?
そう考えているとスネイプ教授が何かを呟いた。
『スネイプ教授?』
聞こえずに聞き返すとガンッと耳が痛くなるような声。
「失せろと言ったんだッ」
スネイプ教授が怒声を上げた。
『すみません』
今回は自分のどの辺りに非があって彼を怒らせてしまったのだろう?
悲壮な顔をした彼の前で響いた「具合、悪いですか?」という私の間の抜けた声にも問題があったのだろう。
自分の無神経さを嘆きながら視線をスネイプ教授から逸らした時だった。
私は数度目を瞬いた。
鏡に映っていたのは私だった。
だが、今のように立ってはいない。
地面に横たわった私の体の周りには、血だまりが出来ている。
顔色は白く、白目を剥いている。
私が幼い頃からよく見慣れたもの。
死体だった。
『悪趣味な鏡……』
これはどういった鏡なのだろうか?
そう思いながら呟く。
私は鏡から視線を外し、地面に膝をついている彼の背中に声をかける。
『スネイプ教授ならお分かりになっていると思いますが、この鏡を見るのは良くありませんよ』
彼の目にはリリーとかいう人の死体と自分の死体でも見えているのだろうか?
それとも、この鏡は悪夢を見せる鏡だろうか?
それとも過去の辛い出来事や、自分の死に際を見せる鏡だろうか?
いずれにしても、趣味が悪い。
『見回り中なので失礼します』
私は最後にもう一度自分の死体を一瞥して、見回りに戻った。
***
ヒュルル
中庭に面した吹きさらしの廊下を歩く。
廊下には雪を乗せた風が前から吹き付けてくる。
私の体感温度は人とは違い、狂っているらしい。
寒さひとつ感じずに、私は舞い上がりながら私の方へと向かってくる雪を楽しみながら歩いていた。
そして辿り着いたあの部屋。
そこには先客がいた。
ターバンを頭に被った後ろ姿。
闇の魔術に対する防衛術教授のクィリナス・クィレル教授。
彼の傍まで歩いて行った私は小首を傾げた。
クィレル教授はスネイプ教授と違い、穏やかな顔をしていたからだ。
『クィレル教授?』
「こんばんは、ユキ」
私は不思議に思いながら彼の横に並ぶ。
見えているものは前回と変わらない。私の死体だけだった。
だが、クィレル教授の様子から察するにこれは悪いものだけを見せる鏡ではないのか?
クィレル教授には何が見えているのだろう?と考えていると、「あなたには何が見えますか?」とクィレル教授から質問された。
『私の姿が』
視線を足元に落とす。
「どのような姿ですか?」
『倒れている。死んでいるようです』
そう答えるとクィレル教授が小さく息を飲んだ。
ショックを受けたような顔をする彼に苦笑を返す。
『この鏡は未来を見せるのですか?』
じっと私を見つめる彼の視線に耐えられなくなって聞くと、私の声にハッと我に返った彼は首を振った。
「この鏡は気まぐれです。その時によって映すものを変える。だから、気にすることはありませんよ」
優しい声音で言われ、気遣われているのが分かる。
『はい』
私は彼の優しさに嬉しくなりながら、一つ頷く。
「ここは寒い。帰りましょう」
そっと、クィレル教授の手が私の背中に添えられる。
彼には何が見えていたのだろう?
でも、何となく聞いてはいけないような気がして、私は大人しくその場を後にしたのだった。
***
『フィルチさんにバレたらまずいよ』
「大丈夫。でも、もしもの時はこの前みたいにかばって下さい!」
『調子いいんだから。それで、どこに行くの?』
「もう少し。すごく素敵なものなんだ。ビックリすると思うよ」
ハリーが私の手を引っ張って廊下を走っていく。
楽しそうに声を弾ませながら私を導くハリーの背中を微笑ましく思いながら彼についていくと、到着したのはあの部屋、不思議な鏡のあるあの部屋だった。
「この鏡はね。僕の家族を見せてくれるんだ。みんな、死んじゃったけど……でもこの鏡を見れば、僕は家族に会えるんだよ」
無邪気な笑顔を浮かべながらハリーは鏡の前に立って私に笑いかける。
『家族を?』
「うん。あぁ、ロンは別のものが見えたみたい。主席になった自分が見えたって。ねぇ、先生は何が見える?」
鏡全体をよく見てみる。
二回とも下ばかり見ていたから気がつかなかった。
金の装飾豊かな枠に字が彫ってある。
私は あなたの 顔ではなく
あなたの 心の のぞみを うつす
「ユキ先生?」
彼の声にハッとして私は笑顔を取り繕う。
『私は……豪華な料理に囲まれているのが見えるわ』
「料理?」
『えぇ。美味しそう。見たことのない料理もある。あれは何という料理かしら?フフ。面白い鏡ね』
咄嗟に嘘をついた。途端にハリーが落胆していく。
しかし、鏡を見て直ぐに夢見心地の顔に変わった。
『ハリー、この鏡は良くないわ。あなたは鏡に心を奪われている。鏡にとり憑かれてはいけない』
私はハリーに約束させ、彼を立ち上がらせてハリーを寮へと送り届けた。
私は あなたの 顔ではなく
あなたの 心の のぞみを うつす
私は立ち止まり、階段の手すりをぎゅっと握り締めた。
私の心からの望みは自分の死。
それを突きつけられた時、心が凍った。
しかし、驚くべきことではなかった。むしろ、やはりという気持ちの方が強いかも知れない。
自分で言うのも何だが、暗部の中でもずば抜けて運動神経、術の使いこなしも上手かった。
それに加えて私は運が強かった。
生命力が強かった。
任務で致命傷を負う怪我をして仲間に連れてもらって帰り、(暗部の仲間が私を置き去りにしなかったのは任務先の人間に木の葉が関わっていると知られたくなかったからだった)病院で手術を受け、生きながらえた経験。
全滅覚悟で行けと命令された任務で一人どうにか帰還した時もあった。
私はいつもどうにか命を繋いできた。
黄泉の国へと旅立つ暗部の仲間を一人、また一人と見送りながら……
そして、あの日がやってくる―――――
第四次忍界大戦
私とペアを組んだ暗部養成所時代からの馴染みのヤマブキは西の森のある一区画の守りを任されていた。
―――絶対生き残るぞ、ユキ
―――そうね。ここは重要な場所。決して通すわけにはいかない
―――いや……そういう意味で言ったわけじゃなくってよ……
―――じゃあどういう意味?
―――だ、だから、俺は……この大戦が終わったら……――っ!?
私とヤマブキは二人では対応出来ないほどの軍勢に襲われた。
直ぐに応援要請の狼煙を上げる。
しかし、どこも手一杯だろう、応援は直ぐには来ないと予想された。
私たちは全力で戦った。
幸い、雑魚が多く、私たちは後数人というところまで敵の数を減らすことが出来た。
しかし、その残った敵が厄介だった。
彼らは一人一人、私たちと同等程の実力を持っていたし、こちらは二人に対し、あちらは五人だった。
身を守る"守りの護符"は使い切っていた。
五人のうち三人が私に向かってきた。
女だからと甘く見たのだろう。
残りの二人はヤマブキの元へと向かう。
私は影分身を出す力が残っていなかった。
私自身の体だけで三人の相手をするしかない。
だが、やってやる!そう意気込んで印を組む私は焦る。
二人が私にかかって来、その隙間を縫って一人が私とヤマブキの間を突破しようとしてきたからだ。
暗部の上官から命令された任務は「誰一人として通すな」だった。
守りを任された場所は木の葉の町の避難場所に通じる場所だったからだ。
私は捨て身の方法で行くしかなかった。
私の横をすり抜けようとしている忍にチャクラの糸がついた苦無を放ち体に絡め、業火で焼く。男は地面に倒れて呻き声を上げた。
直ぐに立ち上がる気配はない。
コイツは応援に来た仲間に任せよう。
私は前を向いた。
目前まで迫る残り二人の敵。
私は考えた。
長刀を私に突き刺そうとする敵の方の攻撃を受けてしまい、その男の身動きを取れないようにしてしまう。
それと同時にもう一方の術を放とうとしている忍を、僅かに残った力を出し切り大煉獄の術を出して殺し、その後、相打ちの形で長刀の男を殺せば片がつく。
殺りそこねても動けないくらいにしてやる自信はあった。
動けなくしてしまえば応援の仲間にコイツらを倒してもらえる。
上手くいくはずだった。
だが、そうはならなかった―――――
『ヤマ、ブキ……』
私と長刀の男の間にヤマブキが飛び込んできた。
目に胸を突かれた彼の後ろ姿が映る。
私は無我夢中で周りにいる敵を倒した。泥の中を這うような苦しい戦い。
―――増援に来たぞ!!
仲間の暗部がやってきて、私は彼らと共に残り三人となっていた敵を一気に倒す。
―――ヤマブキ……!
全員を倒し終わり、私は私を庇って倒れた彼の傍に膝をつく。
医療忍者の私の目にも、他の人の目にも、彼が助からないのは目に見えていた。
―――どうして私なんか庇ったりしたのよ……!
―――それは、ゴホッ、決まってん、だろ
弱々しく微笑むヤマブキはちょいちょいっと指で私に耳を自分の口元に近づけるように呼ぶ。
彼の口に耳を近づけた私。
―――ユキ、ずっと好きだった
切れ切れに、優しく囁かれた言葉。
しかし私は、その言葉に瞬時に反応出来なかった。
―――…………スキ?……
―――……幸せ、に……なれ……よ……
―――っヤマブキ…………スキ?え……好きって何が……?
微笑みと共に閉じられた彼の瞳。
私は“好き”という言葉が自分に向けられたものであることを理解できなかった。
今思えば何と残酷なことをしてしまったのか・・・
自分の為に失われてしまった命
そして死に際の彼に対する無情な自分の行い
何故、いつも自分だけが生き残るのか
どの任務の時も、
そしてこの時も……
死んで楽になりたい
生き残るたびに、ふと私はそう思う時があった。
だから、“望み鏡”は死んだ私の姿を私に見せたのだろう。
他の人はみんな死んで、自分だけが生きている。
暗部にいた頃は自分の心に鈍感でそんなことは思わなかったが、今思えば他の人に対する申し訳なさも心のどこかにあったのかもしれない。
任務をこなすたびに固く閉ざされ、重くなっていく心。
深くなっていく心の闇―――――
『ヤマブキ、私は生きていていいのかな……?』
そっと自分の胸に手を当てる。
あなたが救ってくれた命。
粗末にするわけにはいかない。
だが、分かっていても、心の中では死んでしまいたいのだと鏡に突きつけられた私。
胸に、鋭い痛みが走った……
***
“望み鏡”を見てから私はあまり寝付けなくなった。元々眠りは深い方ではないこともあるが……。
その日もパチリと目が覚めた。
私は部屋に居ても塞ぎ込むからと、夜の散歩に出ることにした。
そこで見回り中だったクィレル教授に出会う。
何のきっかけからだったか。話は闇の魔術の話になり、そしてクィレル教授は何かを私に匂わせ始めた。
「あなたは強い。我々の仲間になるべきだ」
『我々?』
「詳しくは言えないのですが私はある組織に所属しているのですよ。その組織を統べる魔法使いはこの世で最も優れた魔法使いです」
『でも……名前も言えないような組織なのでしょう?』
そう言うとクィレル教授は一瞬顔を強ばらせた。しかし、直ぐに妖しい光を瞳に宿らせて私に熱心に語りかけてくる。
いかにその魔法使いは優れているか
その魔法使いの思想を私に熱を込めて語る。
『……悪いですが、興味がないですね』
私は熱心に話す彼の話の腰を折って言った。
危険思想だ。
それに、私はもう誰の配下にも下る気はない。
私は彼に背を向けて歩き出す。
「ちょっと待ってください!理解して頂ければきっとあなたは我々の仲間になりたいと望むはずだ!」
追いかけてくる気配を感じ、足を速める。
吹きさらしの廊下を足早に進んでいく。
「待って下さい」
『話すことはありません!』
長々と興味のないことを話された私は少々苛立っていた。
『……?』
しつこく追いかけてくるクィレル教授に溜息を吐く私の目に明かり映り、消えた。中庭の木陰に誰かいる。
「こんな所にいては才能の無駄遣いです」
中庭にいる誰かに気を取られて歩みを遅くしてしまった。
追いつかれて腕を掴まれ、何度目かの溜息を吐き出す。
『くどいですよ』
私はイライラしながら振り向いた。
「どうして分かってくれないのですか?ユキ、君は強い。君には技術がある。我々にはない忍の知識もある。君には力がある」
『思い違いです』
「いいえ。思い違いではありません。もし、私の思い違いなら君は既に死んでいるのだから」
何の悪びれもなく言われた言葉。
私の頭の中に直ぐに浮かんだある物。
『指輪』
呟くと、クィレル教授は興奮したように瞳を輝かせた。
「そうです。あなたに贈ったのは私が細心の注意を払って作った指輪。並の魔法使いは呪いがかけられていた事に気付かなかったはずだ。それどころか見ただけで魅了され、手に取らずにはいられなかっただろう」
私はクィレル教授を思い切り睨みつける。
『……私を殺す気だったのですね』
私の声にクィレル教授が後ずさる。
『クィレル教授』
彼の名を呼ぶと、クィレル教授は狼狽を見せた。
「わ、私は……あの方の命令で、あなたを試すように言われたのです!あなたが呪いを見破ったことにあの方は感心されていた。そして私からユキに関する話を聞き、あなたを必要だとおっしゃられた」
と、一気に捲し立てるように話す。
一体“あの方”とやらは誰なのだ?
何度も聞かされた、聞いても名前を教えてくれない彼の主君。
私は更にイライラしながら口を開く。
『意味がわからない。あの方とは誰ですか?』
「この世で最も偉大な魔法使いです。あの方の元なら、君の力も十分に発揮できる!全てが手に入ります。ユキ、どうか私の手をとって下さい」
懇願するような声。
私は小さく溜息をつきながら自分の気持ちを伝える。
『私はホグワーツが好きです』
ホグワーツ……
言葉にするだけで心が温かくなる場所。
私はこの生徒たちが明るく元気に過ごすこの学び舎を愛している。
『生徒といるのが楽しい。私はここに居たいんです。この話は二度としないで欲しい』
私はクィレル教授にそう告げて、彼に背を向けた。
しかし、数歩歩き出した時だった。
「みぞの鏡」
クィレル教授の言葉に頭から冷水をかけられたように体が冷たくなるのを感じた。
「あの方ならあなたに生きる意味を教えてくれます」
『人に教えられなくても私は』
喉が詰まる。
共に戦い、死んでいった暗部の仲間の顔が脳裏に浮かぶ
私を庇って死んだヤマブキの顔が脳裏に浮かぶ
「あなたは、みぞの鏡の中に死んだ自分を見た」
勝ち誇るように言うクィレル教授。
あぁ、ヤマブキ……今の私をあなたが見たら、何と言うかしら?
のぞみ鏡の説明をするクィレル教授の前で考える。
ヤマブキ……私の一番の理解者。
私が一番長く連れ添った戦友。
暗部の中では珍しく、熱血漢で、真っ直ぐな心根の男だった。
私には理解できない感情を多く持っていたけれど、そのどれもが不快ではなく、私の心を清々しくしてくれる人だった。
そんな彼に助けられた私。
私を好きだと言ってくれた彼。
私は――――――生きなければならない。
幸せになりたい
「私たちは同じ。心に闇を抱えている。私ならあなたを理解できる。私と共に生きましょう」
そう、私は心に闇を抱えている。だけど、私は弾き返す力を持っていると自分自身を信じたい。
「過去に何があったか知りません。ですが、私はあなたに幸せになってもらいたい」
優しい言葉が私の耳に届く。
クィレル教授の言葉は心からの言葉だと分かった。
でも、彼の言う方法では私は幸せにはなれない。
彼の言葉には心が動かされるけど、私は自分の信じる道を歩んで行きたい。
すみません、クィレル教授……
私は彼に金縛りの術をかける。
崩れていくクィレル教授の体。
『鏡にうつるものは自分で変える』
「ユキ!」
ヤマブキが助けてくれた命。
無駄にはしない。
『私は今の生活が好きだ。もし、あなたとあの方とやらが生徒に手を出そうとしたら……その時は躊躇わずにあなた方を消す』
大好きなホグワーツ。
生徒たちの生活を守り、生徒が学び、彼らの笑顔を見ることが私の幸せ。
さあ、前を向いて歩んでいこう。
交わった視線
私の良くきく鼻が薬材の匂いを嗅ぎとり、木陰に隠れていた人物の名を教える。
スネイプ教授……
そっと彼の名を心の中で呼んだ私は、あなたもどうか立ち直って、新しい道を歩き出して下さい。と、願ったのであった。