第6章 探す碧燕
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11.査察
「ユキ」
見れば10メートルほど先にある部屋からさっきぶりのシリウスが姿を現した。私たちはそれぞれの階段を降りて吹きさらしの渡り廊下へ降りる。
『段々寒くなってきたわね』
「寒さのせいだといいんだが、顔色悪いぞ。朝も言おうと思っていたが……」
原因は分かっている。
私は守りの護符作りのスピードを上げていた。
『将来に備えて守りの護符作りを進めているの。不死鳥の騎士団、ハリーの友人たち、積極的に闇の陣営と対立しそうな上級生たちにも。それで魔力切れを起こしていて』
「顔色が変わるほどとは無理し過ぎだろ」
シリウスは自分の守りの護符を思い出していた。
3秒の間1度だけ持っている者を物理的攻撃から守る人型の護符は、触れただけでも大量の魔力を使って作られたと分かる。
守りたい人を強く思い作るそれを一晩に何枚もとなれば魔力の消費が激しいことは容易に想像できた。
「体調管理には慣れているだろうからあまり強くは言わないが」
『ありがとう。気を付けるね』
お礼を言って私たちは歩き出す。
大広間に入ると私を待っていたらしいドラコがやってきた。
「俺は先に」
『うん』
ドラコが私を端の方へと連れて行く。
「スカイの事なんですけど」
『スカイ?』
「あ、炎源郷から連れて帰ってきた猫の名前です」
『良い名前を付けたわね』
雲のように真っ白な体に空のような水色の瞳。ぴったりだ。
『それで?』
「ユキ先生、言っていましたよね?炎源郷の動物は話すことが出来るって。でも、スカイはニャーしか言わなくって」
しょんぼりしているドラコに微笑みかける。
『あの猫はまだ子猫。しかもかなり小さいわ。人だって赤ちゃんの時は話せないでしょう?日頃から話しかけて、根気強く待ってあげなさい。でも……もしスカイが話せない猫だったら嫌いになっちゃう?』
そう聞くとドラコは吃驚した顔をして思い切り顔を左右に振った。
「まさか!僕たちとっても仲がいいんだ」
『それなら良かった』
口寄せ動物との間で1番大事なのは絆だ。
ドラコが既にスカイをとても大切な存在だと思っていたことに嬉しくなる。
『そうだわ。話は変わるけど守りの護符をあげる』
「家に来て下さっていた時に話していた魔法具ですよね。ありがとうございます!」
『いつも身に着けておいて』
「はい」
ドラコに別れを告げて歩いていると職員テーブルの前でハリーと栞ちゃんがシリウスと話していた。会話が盛り上がっているのか笑い声をあげている。あの3人はよく一緒にいるところを目撃する。
ハリーが元気そうで安心だわ。
まだおかしな夢は見ているのだろうか?
せめて起きている間だけでも安心して笑い合える生活を送ってほしい。
両隣が空席のまま黙々と食事に集中しているとフクロウ便の時間がやってきた。落ちてきた日刊預言者新聞をキャッチ。
一面を開いた私はハムトーストを喉に詰まらせた。
『ぐふ!?』
――――――――――――
魔法省、教育改革に乗り出す
ドローレス・アンブリッジ、初代高等尋問官に任命
――――――――――――
『どういうこと?』
記事に目を走らせる。
魔法省はホグワーツに対してこれまでにない強い統制力を持つことにした。教育改革を正式任務とするため、教育令第二十三号を制定し、ホグワーツ高等尋問官という職務を設けた。
リーマスやハグリッドの悪口も書いてある。
教職者に相応しくなかったと――――どこがよ!ハグリットは良い先生、早く戻ってきてほしい。リーマスについては最高だったじゃない!
アンブリッジは私たち教師を監視するつもりなのだ。そして魔法省に従わない者はクビということだろう。
怒りに震えているとセブがやってきた。
『見てよこれ!』
「部屋で読んだ。ついに動き出したな」
『あいつら何様なの!?』
「おはようございます、雪野教授」
ニタニタ笑いのアンブリッジがやってきた。
そして私の手元に新聞があるのを見てその笑みを深める。
『ホグワーツをどうするおつもりですか?』
出来るだけ冷静な声で問う。
「ホグワーツを正しい方向へ」
『ハグリッドは良い先生ですし、リーマスは良い先生でした』
「半巨人と人狼が?あらあらご冗談を。危険を理解できていない教授がホグワーツにいるのは問題ですね」
「雪野」
セブが私の腕を掴んだ。
これ以上食って掛かってはダメだ。奥歯を噛みしめて感情を押し殺す。
そんな私を楽しそうに見ながらピンク色のヒールをコツコツ鳴らしてアンブリッジが私との距離を詰める。
「査察を行います」
アンブリッジがスケジュール帳を開き、私とセブに査察の日時を告げた。
去っていくピンクの背中を憎々し気に睨みつけてからセブに顔を向ける。
『あいつ大っ嫌い。リーマスとハグリッドをあんな風に言うなんて』
「それより自分の心配をするのだな。査察結果次第では忍術学が潰される可能性もあるのだぞ」
『そうはさせないわよ』
ブスッとソーセージにフォークを突き刺す。
色々手を打たねば。
怒りに任せて噛んだソーセージ。折れたフォークの破片がユキの口から吐き出され、セブルスは朝から顔を青くさせていた。
授業終わりの忍術学教室。
ユキはシリウスと作戦を練っていた。
「危険だと思われる授業はダメだ。座学にするか?」
『忍術学は座学もするけど……殆どは屋外でしょ?普段と余りにも違う授業内容は付け入る隙を与える気がする』
「では文句を言われないような屋外授業にしよう」
『生徒のためになって、アンブリッジに付け入る隙を与えない授業……』
「魔力コントロールをさせるのはどうだろう?繊細さを磨かせるのもいいだろう」
『それがいいわ!』
魔法使いは意識すれば杖なしでも簡単な魔法を使うことが出来る。例えば物を浮かせたり、物を変化させたり。それを磨いてもらおうと思う。
地味で根気のいる作業は楽しくないだろうが、シリウスの言う通り繊細さを磨いてもらうのはとてもいい。
『あとはドラコにルシウス先輩へ根回ししてもらうように頼んだの』
「マルフォイ家と繋がりを持つのは感心しない」
シリウスが嫌そうに鼻に皺を寄せた。
「あいつは闇の陣営筆頭だぞ」
『確かにそうだけど、良い人であるのは確かなのよ』
「あいつが“良い人”だと?」
『そんな顔しないでよ。シリウスは知らないからそう言うの。私は学生時代ずっと面倒を見てもらってきた。過去から帰ってからも本当に可愛がってもらって……シリウスが見えない面もあるのよ』
「納得できないな」
『この話は平行線になるって知っているわ』
私は会話を打ち切った。
『あと出来ることはあるかしら。出来るだけ好感を持たせたい』
「どうあがいても俺たちが好感を持たれるのは……そうだな」
シリウスが悪いことを思いついたらしくニヤリと口角を上げた。
「房中術を使うのはどうだ?」
『シリウス、あなたって自分の魅力が分かっているのね』
「まあな」
『ほーんと鼻につくわ』
ハハっと笑って頷く。
房中術。面白そうだ。
「ユキも変化しろよ。その方が面白い」
『そうね。私も房中術を磨きたいと思っていたし。一方的にやられっぱなしじゃあフェアじゃない。可愛い仕返しをさせて頂きましょう』
「そう来なくっちゃな!」
どんな男がお好みかしら?
私たちは悪戯の計画を立てるようにわいわいと話し合いを続けたのだった。
***
ハリーたちグリフィンドールとドラコたちスリザリンの忍術学のクラス。
広い野原の上に立つ生徒たちはざわついていた。特に女子生徒が。
キャーキャー騒ぎ、口に手を当てて興奮気味に囁き合う女子生徒の視線の先にはシリウス・ブラック。
ラテン系な魅力漂うシリウス。第3ボタンまで開いたシャツの間からは肌が覗き、チャームの付いたネックレスが揺れる。髪はワイルドに掻き揚げられている彼はどこからどうみてもセクシーだ。
「きゃあっ、栞!」
ハーマイオニーから悲鳴が上がって何ごとかと皆が視線を向けると、栞はシリウスの色気に当てられて鼻血を出して腰を抜かしていた。
「シリウスおじさんったら罪作りだね」
「ハリー、やめてくれ。君に言われると恥ずかしくなる」
『栞ちゃん、シャンとなさい。今日は査察ですからね』
栞の鼻血をユキが止めていると授業開始のベルが鳴る。
アンブリッジは別の教科の査察を終えてから忍術学へ来る予定だ。
『みなさん。この前の座学の復習をしておきましょう。変化の術とは?』
忍術学のO.W.L.は知識の問題と実技の半々で構成される。知識については何個かの術を纏めて学ぶことになっていた。
あちこちから上がる手を喜ばしく思いながらユキはユキを慕うデリラ・ミュレーを指名する。
「状態変化の術で自分の姿を他者などに変える術です」
『正解です。スリザリンに5点。分身の術と同じく"重要"な忍術になります。みなさん、変化の術は"重要"ですので良く覚えて練習しておいて下さい』
重要、重要と繰り返すと殆どの生徒は察しがついたらしく真剣な目で頷いていた。
『今日は違うことをしますが、見本を見せておきましょう』
ユキが印を組む。
ポン
白煙に包まれた姿が現れて、またもや授業前の黄色のざわざわが沸き起こった。
そこにはシリウスと違った意味で魅力的な男性がいた。
中性的な雰囲気の男性は抹茶色の着物を着て立っていた。長い黒髪はゆったりと1つに束ねられており、柔和な顔で微笑んでいた。
「結・婚・してください!」
『Ms.ミュレー、落ち着いて』
くらりとするデリラをドラコが支え、ユキが弾んだ声で話す生徒を落ち着けて今日の課題に移る。
「今日は魔力コントロールの繊細さを磨いてもらう」
生徒たちには拳大の石が配られた。
「チャクラの糸を張り付け、自分の方へ引き寄せてもらう。重要なのはチャクラの糸を意識すること。応用すればこういうことも出来る」
まだアンブリッジはいない。何も気遣うことはない。シリウスはユキの正面に立ってデモンストレーションを始める。
「四肢にチャクラの糸を張り付けてみよう」
ユキの手足がピクリと小さく跳ねた。
「右手を上げさせる」
ユキの右手が上がる。
「それから走らせる」
ユキが走り回った。
「それからこんなことも!」
『シリウス!』
ユキの体はぐんと飛んで空中で1回転して地面に足をついた。
『やり過ぎよ!』
「助手を信頼しているだろ?」
『しているけど!』
無抵抗に自分の体を預けることに抵抗のあったユキはシリウスにやりたいようにされてご立腹。笑うシリウスの後ろでむくれて腕を組む。
「今みたいに悪用はいけないが、日常生活で役立つはずだ。フォークをとったり、授業中に先生を揶揄って笑う文章を交換したり「シリウス!」おっと。説明はここまで。始めよう」
生徒たちはわっと課題に取り組みだした。シリウスは上手い説明を考えてくれた。
地味で忍耐のいる今回の課題だが、シリウスに技の使い方を見せられて、みんな自分もやりたいと思ったのだ。
ユキとシリウスは懸命に石を自分に引き寄せようとする生徒たちの間を回る。
シリウスは無駄にある色気を無意識に生徒に振りまいていて、男子生徒まで顔を赤らめる始末。
教育に宜しくないのでアンブリッジが消えたら直ぐに服を正させなくてはならないわね。
ザクザクザク
課題が始まって20分経過したころ、芝生を踏み鳴らしてアンブリッジがやってきた。
「ご登場だ」
シリウスがユキに囁く。
『やり過ぎは禁物だからね』
「分かっているさ」
大丈夫かなぁ。
歌うように言うシリウスはアンブリッジを揶揄う気満々だ。
「ようこそおいで下さいました、アンブリッジ教授」
アンブリッジは明らかにシリウスの姿に動揺して息を飲んでいた。ハッと我に返るのに時間がかかったくらい。そして無理矢理な笑顔を作って挨拶をした。
「ご視察ですね」
「え、えぇ」
「このまま授業を続けていても宜しいんですか?」
「いえ。いくつか質問させて頂きますわ。雪野教授はどちらかしら?」
「目の前ですよ」
アンブリッジの視線がユキを捉えた時の反応にシリウスはしてやったりと言った表情を浮かべていた。
涼やかな美男子が音もなくアンブリッジの元へ歩み寄る。
『ようこそ、忍術学へ』
「あなたは……雪野先生、なの?」
『はい。授業冒頭で変化の術の説明をしまして、そのままなんです』
「あら、そう―――ェヘン。質問をさせて頂くわ」
『立ったままでは申し訳ない。椅子を』
ユキが空中に杖を振って椅子を出現させた。
「お手をどうぞ、マダム」
シリウスがアンブリッジの手を取って椅子に座らせた。ユキはその前に跪き、微笑みかける。
『何でも聞いて下さい』
「でも、お手柔らかに頼みますよ」
椅子の背もたれに手を置いてシリウス。魅惑的な笑み。
『こら。体が近いよ。女史に失礼だ』
ユキがシリウスを軽く睨む。
傍から見ればまるでユキとシリウスがアンブリッジを巡って争っているようにも見えて、事情を知らない生徒たちは半分は唖然として、もう半分は面白がって眺めていた。
『質問なら私に。長く勤めていますから』
今度はあざとい少年のように。ユキがアンブリッジの顔を覗き込む。アンブリッジの顔は既に真っ赤だ。
『アンブリッジ教授?』
「どうされました?」
「っ!!」
2人の魅力的な男性に間近で顔を覗き込まれたアンブリッジは耐えきれず立ち上がった。
ェヘン、ェヘンと特徴的な咳払いをしながら自分を落ち着けて不機嫌そうな様子を繕ってペンでクリップボードを叩く。
「まずは雪野教授にご質問させて頂きますわ。勤続年数は?」
『4年です』
教科書の作成はどのように、参考資料は、火の国とはどこか、忍の仕事は?想定されていた質問だ。ユキは淀みなく答えていく。時々クリップボードから目線を上げてこちらを見上げるアンブリッジに美しい微笑を返しながら……。
シリウスの方も神経を逆撫でされる質問を上手くかわして答えていた。
アンブリッジは用意していた質問をし終わり、そして2人を見上げたが、ユキとシリウスの色気にたじろいで「生徒に質問させて頂きます」と離れていく。
『あとは祈るばかりね』
生徒がどうアンブリッジの質問に答えるかばかりは分からなかった。
しかし、幸運なことにどの生徒も上手く答えた。
危ない思いはしたことがない。
人を攻撃するような忍術は教わったことがない。
ユキとシリウスは心の中でガッツポーズ。
鐘が鳴った。
明らかに不満げな様子のアンブリッジにシリウスが近づいていく。
「まだご質問があるなら」
シリウスの口がアンブリッジの耳元に近づく。
「お部屋にお伺い致しますが?」
「いえ!結構です!査察の結果は十日以内にお出しします!」
アンブリッジは火のように真っ赤になって、クルリと回ってザクザクと城へと帰っていく。ユキとシリウスは他には分からないように小さく拳を付き合わせたのだった。
『お疲れ様。授業は終わり。解散!』
「今日見たことは口外しないように」
ニヤリと笑いながらシリウスが無駄な注意をした。
生徒たちはわいわいガヤガヤ。面白いものが見れたと興奮気味に城へと帰っていく。
「シリウスおじさん、最高だよ!」
こちらに駆けてきながらハリー。
「こんな愉快なものが見られるなんて、フレッドとジョージが聞いたら羨ましがる」
とロン。
「先生たち無茶をし過ぎです!あんな危険な賭けを!」
『ふふっ。いいじゃない。上手くいったんだもの』
ポンと変化を解きながらユキが怒るハーマイオニーに笑いかける。
「あれは房中術ですか?」
「良く知っているな、栞」
「んぐっ」
栞が再び鼻血を出して空を仰いだ。
『胸のボタンを留めて。目に毒よ』
「悪い、悪い」
「房中術って?」
『ハリー。忍術の中で1番生徒に教えちゃいけない忍術よ。聞かないで』
「栞、後で教えて」
栞が鼻を押さえながら手でOKサインを作った。
『他の先生はどうだったの?』
ハリーたちは口々に居合わせた査察の様子や聞いた話をユキとシリウスに伝えた。
「スネイプの査察は見ものだったな」
「あいつが最近上機嫌だったのは査察のせいか」
ロンの言葉を聞いて愉快そうに口の端を上げながらシリウスが皮肉を言う。
『私たち以外、みんな上機嫌よ。あー腹立たしい』
アンブリッジが査察内容を書き換えなければ忍術学は大丈夫だろう。やれることはやった。
ユキたちは査察結果の事は一先ず忘れることにし、ハリーたちと楽しくお喋りしながら丘を降りて行ったのだった。
***
私は大広間で守りの護符を配っていた。
『ハーマイオニー』
「ありがとうございます!」
『栞ちゃん』
「嬉しい!ありがとうございます」
『フレッド、ジョージ』
「「使っていい?師匠!」」
『これ作るの苦労したのよ!ダメです!大人しくしまっておきなさい』
ジニー、ネビル、それに死を見せられたコリン・クリービー、そして血気盛んそうなグリフィンドールの生徒にも。
「これって何の基準で配っているんですか?」
守りの護符を貰えなかった生徒が不満そうに口を尖らせる。
それはそうだろう。上級生でも貰えない者もいればコリンのような4年生にも配っているのだから不公平感を抱いて当然だ。
『基準は授業で危なっかしいことをした子たちね』
「わ、私、危なっかしいんですか!?」
ハーマイオニーが悲鳴に近い声を上げた。
『落ち着いて。危なっかしいというのは成績が危なっかしいという意味ではないの。独自の基準よ。今日配れなかった人の分も作っているから待っていて』
そう言っても納得してもらえるとは思っていなかった。独自の基準ってなんですか!という不満を宥めているとガっと後ろから腕が掴まれた。
振り向けばセブだ。
「来い」
『まだ配り終わって』
「いいから来い!」
水を打ったような静けさの中、私は大広間から連れ出される。地下へと続く階段を引きずられるようにして連れてこられたのはセブの部屋だ。
また怒られる。
生徒が教師を贔屓するとはないごとかって。この人には言われたくないけれど。
びくびくと雷が落ちるのを待っていた私は乱暴に1人用のソファーに座らせられた。
「何枚作った?」
『え?』
「守りの護符だッ」
察しが悪い私をイライラした様子でセブが怒鳴りつけた。
『ざ、ざっと50枚くらいかな。あの、平等になるように今日配れなかった生徒の分も作って、ぐふっ』
前に立つセブは私の顎を持ってぐっと自分の方に上げさせた。
「最近顔が青いと思えばこれだったか」
『よぐおぎずきで』
顎が固定されていて上手く喋れない。
「体調管理が出来ていないのではないかね」
『体調管理の出来ない忍者はいません』
暫し睨み合う私たち。
セブが思い切り舌打ちをした。
「何を生き急いでいる」
まだ顎を掴まれている。
『そう見える?』
片眉を上げてセブを見る。
「ホグワーツの生徒全員にまで配ることはなかろう」
『念のためよ』
「……」
セブが目を細めて私を見た。
まるで私の心を見透かそうとするように。
「まるで何かを予知しているようだな」
正解を言い当ててしまう。
鋭い。
今までの私を見てきてそう思ったのだろう。
さすがセブ。
だが、言うわけにはいかない。
私は呆れた顔を作って見せた。
『私にそんな神秘的な力があると思う?いちに力で訴えるような私が?』
「それはそうだが……お前には、不思議な力がある。時を超える力が、黒い狐に変わる力が」
『私は自分の意思で時を越えられるわけじゃない。もしそうならもう1回過去へ行っているわ。九尾の黒狐はちょっとばかり大きなアニメーガス。それに予見出来る力はない。学生の時の私の占い学の成績、散々だったの知っているでしょう?』
そう言うと、セブはようやく私の顎から手を離した。
「何も言わんか。いや、お前の頑固さは分かっている」
セブはこめかみを揉んだ。
『体の方は大丈夫。ありがとう。でも、嬉しいな。えへへ。気にかけてもらえて嬉しい』
セブは呆れたような顔で私を見た。
でも、嬉しいのだ。
小さな変化に気が付いてくれて、心配してくれて。
嬉しい、嬉しい、嬉しい。
顔が蕩けそうだ。
胸が高鳴っていく。
心臓が跳ねて熱くなる。
幸せな気持ちが胸いっぱいに――――――――
『っ!』
一瞬、くらりと視界が揺れた。
思わずひじ掛けを掴む私の肩をセブがパッと掴む。
私は息を飲んだ。
セブの顔が目の前にあった。
急速に体が熱せられていく。
まるで、時が止まったようだった。
セブの目から視線が離せない。
急速に喉が渇いていくのを感じて自然と唾を飲み込んでいた。
その音がやたら大きく耳に聞こえる。
セブの瞳を見ているうちに思った。
私はセブを愛している―――――――――
気づいた瞬間、急に恥ずかしい気持ちと幸福な感情に包まれた。
頭が痺れていく。
気持ちは分かったのに何を言えば良いか分からなかった。
声の出し方を忘れてしまったよう。
全く泣きたくないのに瞳が潤んでいく。
『わ、私』
ユキのか細く小さな声にセブルスは心臓を跳ねさせた。
セブルスは起こっていることを理解していた。
自分を見つめる熱い瞳。
うっとりとしていて煌めいている。
目が自分を求めていた。
「ユキ」
セブルスはそっとユキの名前を呼ぶ。
ユキはハッとして自分から身を引いた。
でも、まだユキはセブルスを見つめている。
その顔は自分がどう行動すべきなのか分かっていない顔だ。迷子の子供のような顔。
『わたし……わたし…………』
ユキはセブルスから視線を外さぬまま戸惑いながら立ち上がった。
『帰るわ。また今度……あの、また今度』
セブルスは残念な気もしたが、引き止めなかった。
ユキの気持ちのままに動いて欲しい。
彼女の気持ちが定まったのならなおさらのこと。
ユキが自分から歩み寄ってくるのを楽しむことにした。
「気を付けて帰れ」
『ありがとう』
どうにかぎこちなくだが笑みを浮かべられたユキは、ようやくセブルスから視線を逸らし扉へと歩いていく。
また今度
セブルスはユキが去った扉を見つめていた。
思い出すのは学生の頃の記憶。
O.W.L.の前夜、スリザリン寮の入り口の廊下で視線を交わした時の事だ。
あの時、確かに自分たちは気持ちが通じ合っていた。
先ほどの感覚はあの日と同じだった。
セブルスはユキが座っていた椅子に座り、息を吐き出して天井を仰ぐ。
じわじわと湧き上がる幸福感に、静かに浸ったのだった。
┈┈┈┈┈後書き┈┈┈┈┈┈┈
O.W.L前夜のお話→21. 決別の日 前編