第6章 探す碧燕
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
10.教育者
<あーんた死にたいわけ!?>
ユキの口寄せ動物である緋色の鳥、炎子。不死鳥ほどあるその鳥は口からブオオオォと炎を噴き出した。
キシキシキシキシ
金属音とはまた違う不気味な鋏の音が暗い森に響く。
「ユキ先生、助けて、助けて、助けて、助けてっぁぁぁあああああああ!!」
<情けない声出すな!立ってその棒を振りなさいよっ>
炎子の叱責の声。
ドラコは炎子の後ろで腰を抜かし、手で後ろへと後退していた。怯えたドラコの目に映っているのは巨大なムカデだった。
ここは炎源郷。魔獣の住まう場所。
ドラコは強くなるために、口寄せ動物を得るために、ユキに炎源郷に放り込まれたのだ。
「つ、強くなんて、もう、いい。口寄せ動物もいりません!そ、そこにいるんでしょユキ先生!帰りたいッ。お願いです。助けて!!」
<泣き言言っている暇あったら棒を振れ!>
再び炎子が炎を噴きだす。
ドラコは辺りを見渡した。ユキの姿はない。それどころか自分の後の草むらが動き、赤焦げた茶色に蠢くものがはい出してきた。更にもう1匹のムカデだ。
「そ、そんな!炎子!炎子!」
<私はこっちで手一杯よッ>
炎子が相手にしているムカデよりは2回りほど小さいが、新しく出てきたそのムカデはドラコよりも大きい。
「は、母上っ、母上っ、母上っ」
恐怖で涙も出ないドラコは激しい呼吸の中から母親を呼ぶ。
獲物に狙いを定めたムカデが大きく伸びあがり、体をしならせてドラコへと向かっていく。
「うわああああああ」
しかし、恐ろしいムカデの牙が目の前に迫る時だった。ムカデはキキィと不気味に体を鳴らしながら地面に倒れ、息絶えた。
<ユキちゃん!こっちも!>
ユキが投げた苦無が巨大ムカデに突き刺さる。たった1本の苦無だったが、巨大ムカデは先ほどの小さなムカデのようにキイィィと不気味に体を鳴らして地面に倒れこんだ。
砂埃が上がったことによってドラコは荒い呼吸を更に乱れさせる。
「ゴホッ、ゲホッ。グッげっ、ゲッ、はぁはぁ、グエッ…くそぅっうっ」
『何故少しも成長しないのだ?』
ユキがドラコの首根っこを掴んで無理矢理立ち上がらせたせいでドラコの口から嘔吐する時のような音が鳴った。それにも関わらずユキは説教を続ける。
『炎子はあくまでサポートだ。杖を振らねば生きて修行を終えられない』
「じゃあ゛、じゃあ、修行やべてぐださいっ」
『それは出来ない相談。私はナルシッサ先輩にあなたを強くすると約束したの』
こんな粗修行をしていると分かればナルシッサ先輩は卒倒するだろうと思ったが、これもドラコのため。ドラコを強くすることも彼を守ることに繋がるから許してほしい。
自分の言葉に頷いてユキはクルリと手でドラコを回転させて、彼の背中を押した。
『進みなさい。今度何かあっても助けられないわよ。私はホグワーツに戻るから』
「やだ。やだよ、僕もっ」
『炎子、頼むわね』
<あーもう。この子の子守たいへーん>
シュッと目の前から消えたユキに愕然として、ドラコはその場にへなへなと座り込んでしまう。木の葉の間から見える空は青く晴れて美しいのに、自分を囲む森は暗く、その中には魔獣が蠢く。
<ここにいたらマムシの家族が仇を討ちに来るかもよ?>
「ヒッ」
意地の悪い炎子の言葉にドラコは弾かれたように立ち上がり、ルーモスを唱えて森の奥へと進んでいった。
『次は水曜日にしましょう』
修行時間を終えて私の部屋に戻ってきた。
次の修行の予定を告げていると唸り声と泣き声の混じった叫びが部屋に響き渡る。
「せんぜいっ!!もう嫌です!!嫌なんでずッ!!!」
真っ赤な顔で泣き叫ばれても私の心は動かない。
『弱音は吐くなと言ってある』
ぴしゃりと言うとドラコは泣いていた顔を更に歪ませて泣きながらその場にしゃがみこんだ。気の毒なほど震えてしまっているが、慰める言葉はない。
短期間で強くさせるには粗修行も必要だろう。
『安らぎの水薬をあげるわ。セブの調合だから安心して飲める。寝る前にこれを飲むといい。それから怪我の治療をってドラコ!』
泣きながら私を睨んでいたドラコは「あ゛あ゛あああぁ」と叫び泣きながら私の手の安らぎの水薬を奪って、ドアを乱暴に開けて私の部屋から出て行った。
怪我を治してあげられなかったな……。
大した怪我はしていないが擦り傷だらけで血も出ていた。
転んで地面に体を叩きつけてもいたから痛む箇所もあっただろう。
「私のやり方、間違っているかしら」
忍術学は基礎から丁寧に、そしてなにより魔法界に適した内容で教えてきた。だが、ドラコにはあらゆる敵、状況から自分の身を守れるくらい強くなってほしいと思っている。
私は危機を突破しなければ生きていけない状況で育てられてきた。ギリギリで生きてきたが、私はそのおかげで強くなったとも思っている。
あと一歩前へ。勇気を出してほしい。
私はそう願い、軽く息を吐き出して、気分を切り替えた。
あと数時間は守りの護符を作ろう。
3秒間の間、1度だけ持っている者を物理的攻撃から守れるこの護符を私は来たるべきホグワーツでの戦いに参加する人全員に作りたい。まずは不死鳥の騎士団の分。それからホグワーツの教授たち、それに生徒だ。
『それに……ドビー、よね?』
私はこめかみに手を当てて唸った。
妲己に見せられた記憶には確かに屋敷しもべ妖精がいたのだが……映像を見せられたのは一瞬のことであった。人と違い屋敷しもべ妖精は見分けがつき難い。
合っていたら良いのだが、とは言っていられないわね。
『全員分作りますか』
守りの護符を作る人リストに屋敷しもべ妖精の名前も書き加える。
あぁ、ホグワーツには何匹の屋敷しもべ妖精がいるのだろうか。ゴールは遠い。
私は頭を軽く振って気分を新しくし、守りの護符作りを再開したのだった。
いつの間にか夜が明ける。朝の鍛錬の時間だ。
シリウスと鍛錬をして部屋に戻り、シャワーを浴びる。
『んっ』
ザーザーと頭からシャワーを浴びながら私は座り込んでいた。守りの護符にチャクラを使い過ぎたのだろう。めまいがしている。
『情けないな』
溜息を吐きながら蛇口を捻ってお湯を止めた。しっかりするように自分の頬を叩けば眩暈が消えて気分は戻る。
『私も綱手様やサクラちゃんのようになれるかしら?』
お砂糖たっぷりの紅茶を飲みながら読んでいるのは木ノ葉隠れの里から持ってきた本。
火の国の長でもある綱手様と暗部を抜けてから私の面倒を見てくれたサクラちゃんは医療忍者だった。
その2人は忍法・創造再生を使うことが出来る。
長年かけてチャクラを体の一部に溜め続けることで緊急時にはそのチャクラを利用し、自分の体の修復や他者の治癒に使うことが出来る。
三大魔法学校対抗試合が終わってからチャクラを溜め続けているのだが……
『なんでこんな見にくいところに溜めちゃったかしら』
綱手様やサクラちゃんは額にチャクラを溜めている。彼女たちの額には水晶のようなひし形のチャクラの塊がある。
私は額という目につく場所が嫌で首の付け根にチャクラを溜めることにしたのだ。が、見えにくい。触って確かめるしかない。
通常3年かかると術書には書いているものね。まだ何も出来ていなくて当然。
私は首の付け根を摩るのを止めて紅茶を飲み干したのだった。
その後、何枚か守りの護符を作っていれば朝食の時間だ。廊下を歩きながら思わず鼻歌が出てしまう。
「相変わらず調子っぱずれだな」
『やだ。聞こえていた?』
後ろからやってきたのはさっきぶりのシリウスだ。ケラケラと笑いながら私の横に並ぶ。
「ご機嫌だな」
『ごはん前になるといつもご機嫌になるのよ』
「なるほど。ユキの機嫌は食事で取れば良いと。簡単だな」
『たーっぷり平らげるけどね』
「金がかかりそうだ!」
笑いながら歩いていた私たちは目を瞬いた。大広間の入り口でハリーが佇んでいる。
『ハリーの顔、真っ青だわ』
「行ってくる」
シリウスが走っていった。
心配しつつも話を聞いたらまずいと視線を彼らに向けずに通り過ぎようとしたのだが、シリウスに名前を呼ばれた。
「ハリーがユキにも一緒に聞いてほしいそうだ」
『耳塞ぎ呪文は?』
「まだだ」
私は杖を振って耳塞ぎ呪文を周りにかけた。
これで私たちの声は周囲に聞こえない。
『お待たせ』
「どうした、ハリー。顔色が良くない」
「シリウスおじさん、ユキ先生っ……」
ハリーはかなり追い詰められた顔をしながら口を開いて話し始めてくれた。
「僕、最近おかしいんだ。いや、正確にはヴォルデモートが復活してからかも。前みたいに額の傷が酷く痛んだり、それに……それに……おかしな夢を見るんだ」
「おかしな夢とは?」
「暗い部屋にいたり、暗い森だったり。でも、夢にしては凄くリアルで。普通の夢とは違うというか……」
ハリーは私たちの様子を窺うようにこちらを見上げた。ただの夢で済ませられるのを恐れているようだった。
確かにハリーはヴォルデモートの復活やそれに関して嘘つき呼ばわり、友情の亀裂、さらに今年はO.W.L.まで。悪夢にうなされてもおかしくない。だけど、それで片付けてはならない気がした。
『考えられるとしたらヴォルデモート関連よね』
「そうだな。ヴォルデモートに関することがハリーに影響するのかもしれない」
私とシリウスは暫し考え込んだが答えが出ない。
「ハリー、校長先生に相談したか?」
「ダンブルドア校長先生は僕を避けているみたいなんだ」
『嫌な奴ね』
鼻に皺を寄せる。
「気にするな、ハリー。ただ忙しくて話をしている暇がないだけだ」
『原因は分からないわ。ごめんなさいね。私たちが出来ることと言ったら……よく眠ってもらえるように薬を出すことと、元気がなさそうだから気を送ってあげましょう』
「ありがとう、ユキ先生」
掌を差し出せばどうにか笑ってハリーが手を乗せてくれる。
「羨ましいな。俺も混ざる」
『あはは!』
シリウスが私とハリーの手の上に自分の手を乗っけた。大きな手が私たちの手を包み込む。
温かい気持ちになりながら私はこのままの状態でハリーに気を送る。
「元気になったよ。それに気持ちも明るくなった!ありがとう、シリウスおじさん、ユキ先生」
ハリーの顔は会った時と別人のように変わっていた。そんな彼の様子に私とシリウスはホッとする。
「医務室に行って安らぎの水薬をもらうのを忘れるなよ」
「はーい」
ハリーは元気に手を振って大広間へと駆けて行った。
『っ……』
一瞬、ぶわっと変な汗が噴き出した。
大きく息を吸って体調を整える。シリウスには気づかれていない。
『私たちも朝ご飯に行きましょう』
朝食を食べれば元気も戻る。
私は何から食べるか頭の中で順番を決めながら大広間へと入ったのだった。
『今日の授業はこれで終わり』
「「「「「「「ありがとうございました」」」」」」
可愛い1年生は授業終わりの挨拶をするとわっと私たちの方に駆け寄ってきた。
私もシリウスもわいわい言う生徒たちに囲まれている。
授業の質問をする者、忍術を見せてくれとせがむ者。
両袖を引っ張られながら可愛い1年生に和んでいるとダンダンと激しい足音が近づいてきた。バターンと開けられた扉に元気に騒いでいた生徒たちは口を噤む。
扉を開けたのはセブルス・スネイプ。ホグワーツの殆どの生徒が恐れる厳しい魔法薬学の教授。もちろん1年生もその洗礼を受けている。
「んだよスニ『スネイプ教授、御用ですか?』
生徒の前でスニベルスという蔑称で呼ぼうとするシリウスを睨みつける。
「雪野教授にお伺いしたいことがありましてな。お時間を頂けますかな?」
私何かした?
ぶちぎれているように見えるセブのところに行くのは気乗りしないがそうも言っていられない。
『今は生徒の質問を受け付けているので……9時にスネイプ教授のお部屋にお伺いするのでどうでしょう?』
「宜しい。お待ち申し上げる」
セブはバサッとマントを翻して去って行った。
残されたのは怯え切った目の1年生たち。
『ねえ、そうだ。変化の術を見せましょうか』
「「「「「「見たい!!!」」」」」」
キラキラと輝く瞳に笑いかけ、私は印を組んだのだった。
夜9時
私はセブの自室の扉をノックした。
直ぐに扉は開き、中へと招き入れられる。
部屋には先客がいた。ドラコだ。一人掛けのソファーに座っている。
『こんばんは、ドラコ』
ドラコは私の声に反応して体を跳ねさせたがこちらを見ようとしなかった。
随分嫌われたものだと思いながら扉を閉めると「さて」と地を這うような低い声と鋭い瞳が私を見た。
「早速だがお答え頂こう。我輩の寮生であるドラコ・マルフォイをこのように傷だらけにしたのはどうしてか。また、如何様にして傷つけたか」
『それは』
ドラコを見る。
『既に彼から聞いているのでは?』
「何をしたかはドラコから聞いた。だが、我輩は、事実確認をさせてもらう!お前は自分のやったことが分かっているのか!?体も、心も、どれほど恐ろしい思いをしたと思うッ」
『そうね。これくらいで騒ぐのは大げさなくらい、とでも言っておくわ』
「貴様ッ――――」
怒りで言葉が出ないセブを一瞥してからドラコの元へと歩み寄る。私は彼の前に行き、視線が合うようにしゃがんだ。
『スネイプ教授にどこまで話したの?』
出来るだけ優しく話しかけたのだが、体を再び跳ねさせて震えだしてしまった。
そんなドラコの手を握る。手は反射的に引っ込められようとしたが、逃がさない。ぐっと引っ張ればドラコは真っ青な顔を上げた。
「ぼ、僕は、僕はっ、た、た助けて!助けてッスネイプ教授ッ」
「雪野!」
腕が強く引っ張られて強制的に立ち上がらされる。
目の前には怒りの形相があった。
視線が合う
スネイプは高いところから突き落とされたような感覚にヒュッと息を飲んだ。今、スネイプが見ているのは真っ暗な闇。どこにも光がなく、音も聞こえない。真っ黒な無重力空間に閉じ込められた恐怖を感じていた時だった。突如視界が明るくなる。
目の前にいたのはユキだった。先ほど味わったと同じ真っ暗な瞳で自分を捉える彼女の口が動く。
『ステューピファイ』
閃光は間近からスネイプの体に当たった。
崩れ落ちていく体をユキは受け止めて床にゆっくりと横たえる。
首を回して自分を見るユキにドラコは声にならない悲鳴を上げた。
『先ほどと同じ質問よ。どこまで話したのかしら』
俯き、震えるドラコ。
目からは涙がボタボタと落ちてドラコの膝に染みを作っている。
ユキは腕組みをしてドラコの前に立って息を1つ吐き出した。
『開心術を受けたい?』
ドラコが震えと見分けがつかないくらい小さく首を振った。
『炎源郷のことは話したのよね。では、ナルシッサ先輩との約束のことは?私があなたを守ると約束したことは話した?』
「そ、ぞれは、はな……話して、ないです」
『宜しい』
私がドラコを守ることは口止めしたわけではないのだが、あちこちに言いふらされるのも良くはない。この子は口が軽すぎる。
『舌を出して』
「やっ……」
『痛くしないわ。ちょっとした呪文をかけるだけだから』
見下ろしていると抵抗しても無意味と悟ったのかドラコが恐々と舌を突き出した。
私はドラコの舌に指で術式を書いていく。
『ドラコ・マルフォイはユキ・雪野がドラコを守ると誓ったことを私の許可なく他言してはならない』
術式が青く光り、そして消えた。
私が添えていたドラコの顎から手を外すと、何をされるのかという恐怖から解き放たれたドラコが顔をくしゃくしゃにして嗚咽を上げた。
『スネイプ教授からあなたが炎源郷に行ったという記憶は消しておきます。何度話しても同じこと。私はあなたを逃さない』
『約束した通り水曜日に』と告げて私はセブの部屋からドラコを送り出した。
震えて小さくなる背中に良心が痛むが仕方ない。
『セブもごめんね』
絶対に許してくれないことは分かっている。
『オブリビエイト』
慎重に。
私はセブからドラコと炎源郷の話をした記憶とこうして話すことになった記憶を消し去った。
『さて、セブをどこかに―――っ』
視界がぐらりと揺れた。
私は情けないことにふらふらとその場にしゃがみこんでしまう。
『帰ったら兵糧丸を飲まないと』
今日はまだチャクラを溜めていない。
体力だけが取り柄の私なのに。私からそれを奪ったら私の取り柄は―――ないわね。
ただの大食い。燃費の悪い女になってしまうじゃない。
そうはなりたくないとセブの腕を自分の首に回し、ズルズルと引きずっていく。
運が良いことに私室の扉が開いていた。ベッドに運んであげることが出来る。
布団を捲ってポイっとセブを放り投げる。
これでよし!と。
『早く帰って何か食べよー』
ん~っと伸びをした私はハタと気が付く。
半獣化すれば楽になるのでは?
丹田にチャクラを集中してポンと変化。
私は白い髪。黒い耳に、九本の尾を持つ半獣になった。
途端に鼻が敏感になる。
柔らかい薬材の香り。リラックス効果のせいか、気持ち良くなってきてしまう。
しかし、少し回復したものの半獣化してもチャクラ不足は変わらないらしい。私は再び大きな眩暈に襲われた。
5分だけ休んで部屋に戻ろう。
このままだと部屋に帰る途中に倒れる。
私はセブの足元付近の床に丸まり、少しだけウトウトし始めたのだった――――
『うぅ……ん……』
5分だけ……5分だけ……
『っ!!!』
私はハッとして目を見開いた。
5分だけといいながら結構な時間寝てしまった気がする。
今何時……というか……。
私、横になっていない?しかもふかふかのお布団で!
無意識のうちに帰ってきたわけではない。
だってまだ薬材の香りがしているから。
私は黒い天井を見ながら固まっていた。
隣に誰かいる。しかもお腹に重み。
ギギギと変な汗をかきながら横を見た私はおかしな声を上げそうになるのを飲み込み、驚きで呼吸を止めていた。
『セ、セブ』
規則正しい寝息を立てて私の隣ではセブが寝ていた。横向きになり私に顔を向け、瞳を閉じている。
帰らねば。待て。これもオブリビエイトだ。
そーっと杖に手を伸ばしかけていた時だった。
「起きたのか?」
ゆったりと目を開きながらセブが言った。
『起きてたの?』
「今しがたな」
セブが小さく欠伸をした。
『なんで私、ここに』
「それはこちらがお聞きしたい。何故我輩のベッド横に丸まっていたのかをな。いつの間に潜り込んだ」
せっかく記憶を消したのに水の泡になりそうだ。
私の馬鹿!どうにか良い言い訳を考えなくちゃ。それにしたってセブの顔がまともに見られない。
私は混乱と恥ずかしさでグルグルなる頭で言い訳を考える。
『どうしても今晩中に借りて読みたい本がありまして』
「苦しい言い訳だな」
『ええと、そう!そうよ。部屋に入ったらあなたが倒れていたのよ』
確かに部屋に倒れていた。私のせいで。
セブはこの言い訳に少し心当たりがあるようだった。
「確かに意識がハッキリしない部分がある。どこに倒れていた?」
『向こうの部屋』
私は扉を指差した。
「そうか……」
『お元気そうでなにより。私はこれで』
「待て」
『何?』
「あと数時間で夜も明ける。このまま寝て行ってはどうかね?」
『だ、ダメだったら!』
9つの尻尾がぶわっと逆立った。
顔が赤くなるのを感じながらベッドから逃げ出す。
本音で言うと、とても、とても、このまま寝ていたかった。
しかし、セブは私に強烈に怒っていたのだ。それを記憶を消すというだますようなことをして、私室に潜り込んで。申し訳なさが押し寄せてくる。
『ごめん』
「謝ることはしていないだろう」
『しているのよ』
訝し気に私を見るセブから一歩後ずさり、私はクルリと背を向けてセブの部屋から出て行った。
私の体は回復していたように思えた。
寝るに寝られないと守りの護符作りをする。
私は焦りを感じていた。
ホグワーツでの戦いはいつなのだろう?
急いで守りの護符を作ってしまわなければならない。
かすむ目、眩暈。
それでも鍛錬や授業はしっかりこなせていた。
私の体は強い。
そして水曜日の夜。
私とドラコは再び炎源郷を訪れていた。
『炎子に任せず杖を振るのよ。少しは成長を見せなさい』
ドラコは何も言わなかった。
ただ真っ青な顔をして私に虚ろな目を向けているだけだった。
そんな彼の背中を軽く押し、私は彼の前から消え、木陰に身を隠した。
「……」
ドラコは杖も持たずぼんやりと立ち尽くしていた。魂が抜けてしまったよう。炎子の呼び掛けにも反応していない。
目と口をポカンと開けて空を見上げている。その顔には何の感情もない。
『ドラコ……』
強い不安に駆られる。
私がしていることは合っているのだろうか?
ふとセブの顔が浮かんだ。
教育者として彼は私に怒っていた。
教育……。
教育の本は読み漁った。理解もしている。
ホグワーツでの教え方は間違っていないと思っている。
でも、ドラコに対しては――――
暗部での訓練と同じやり方を用いている。
ドラコに心の傷が残ったらどうしよう。
今更ながら怖くなる。
私は私と同じ人間を作る気なのか?
そう思ったら、体から一瞬で血の気が引いていった。
『ドラコ』
帰ろう。
連れ帰ろう。
ドラコを連れて戻ろう。
早く!早く!!早くっ!!!
そして私が間違っていたと謝って、辛かった想いを吐き出してもらって、もしくは炎源郷での記憶を全て消してしまおう。
木陰から見守っていたドラコは蹲っていた。
茂みが揺れる。
ドラコがビクリと体を跳ねさせた。
<にゃー>
出てきたのは真っ白な毛の子猫。
尻尾が2本に割れている。猫の妖怪、猫又だ。
どうやら襲われたらしく、遠目からでも怪我をしているのが分かった。
ドラコはホッとした様子で「にゃー」と猫を呼び寄せている。
手負いの動物は危険。
私はスーッとドラコの横に降り立った。
『むやみやたらに触るもんじゃないわよ』
「でも、この猫怪我をしています」
『捨て置きなさい。帰りましょう』
「嫌です」
ドラコが憎そうに私を睨んだ。
『さっきまであんなに帰りたいと言っていたじゃないって。あ!』
ドラコは私を無視してサッと子猫を抱き上げた。
「ユキ先生なら治せますよね?」
『図々しい弟子ですこと』
そう言った瞬間、炎子が鋭く一声鳴いた。
サアアアァと目の前の茂みがこちらに向けて動く。
出てきたのは体が棘で覆われたイノシシ。
『帰ろう』
面倒な戦いを避けようとドラコを抱き寄せた時だった。
「あ!こら!」
ドラコの手から子猫が逃げ出した。しかもあろうことかイノシシの前に立ちはだかる。まるでドラコを守ろうとするように。
ドラコは私の腕を払って子猫のもとへ。
これは良い機会かもしれない。
『どうするの?』
ドラコのもとへと苦無を手に歩いていく。
また私に泣きつくだろうか?と思いながら顔を向ければ、ドラコは既に杖を抜いていた。
震えていて、真っ青だが、目だけはしっかりとしている。
ドラコが杖を振った。
頑張れ、ドラコ
「ステューピファイ!」
怒り狂う声を上げるイノシシにドラコが果敢に杖を振る。何度も、何度も……。
「よし!」
倒れるイノシシ
初めから力尽きていた子猫も地面に倒れる
「ユキ先生!帰らせて!」
『うん』
私はドラコを連れてホグワーツに戻ってきた。
子猫は幸い大した怪我ではなく、療養すれば良くなるはずだ。
ドラコが監督生の1人部屋で世話をすることになった。
『炎源郷での修行は一旦おしまいにしましょう。無理をさせたわ……』
ドラコは首を横に振ってくれていたが、炎源郷での恐ろしかった記憶は直ぐに薄れるものではないだろう。
ドラコを帰らせ、自室のソファーで膝を立てて丸まって座りながら考えるのは昔の事。
私は暗部の訓練で強くなった。
その訓練で得た強さと引き換えに私は何を手放しただろう。
私は大切なものを失ったのだ。
ドラコを強くするために気が急いてしまった。
『どうすれば……』
―――生き残った者1名に卒業資格を与える
『あぁ……』
―――ユキ!食事に毒が入ってたってお前もか!くそっ
無味無臭だった
―――応急処置はした。何人やられたの?先生からの課題は?
目がチカチカする
―――解毒薬は山頂にある。他の学級も同じ薬を狙っている。では、開始!
取り敢えず針を打って毒が回るスピードを緩めて
―――動けるものは全員山頂を目指すぞ
―――ヤマブキ。数人残して。毒にやられた者を襲撃されたら終わりだ。
手が震えて脈が取れない
―――薬取ってきたぞ!
わっと上がる歓声の裏で泣いている者たちがいる
―――ご飯くらい安心して食べたい……
布団の中で泣く級友の声を背に、私は食べ物を探しに森へと出て行った。
―――その警戒心、手負いの獣かよ
空腹しのぎに木の根を食んでいた私を見てヤマブキが笑う――――
ああは戻りたくはないと強く思う暗部のような訓練をしてドラコにトラウマを植え付けたことに悔いていると部屋の扉が強くノックされた。
「ユキ、開けろ」
ぼーっとしていて足音に気が付かなかった。セブの声だ。
こんな時間になんの用事だろうか。
とうに深夜を回っている。
ドラコへの申し訳なさ、嫌な記憶。それに強い眩暈。
重苦しい気持ちと体で扉を開けた私は無防備だった。
「そのまま下がれ」
目の前には杖が突きつけられていた。
杖で胸の中心を押されながら私は後退する。
部屋へと入ってきたセブがバタンと後ろ足で扉を蹴り閉めた。
ひしひしと怒りが伝わってくるのを感じながら私はニコリと口角を上げる。
『何か御用?』
「あぁ、ある。我輩の記憶を消したこと、どう説明する?」
『何のことかしら?』
「とぼける気か?それもいいだろう。貴様の記憶を覗くだけだ」
『いきなり押し入ってきて随分な濡れ衣だわ』
「雪野、バーサ・ジョーキンズを覚えているかね?」
『たしかヴォルデモートに殺された?』
何故ここでバーサ・ジョーキンズの名前が出てくるだろうと思う私にセブは冷酷な笑いを投げかける。
「闇の帝王はオブリビエイトされていたバーサの記憶からバーティ・クラウチ・ジュニアが生きていることを知った。ある程度の術者ともなれば記憶消去術を破ることが出来る」
『それで消えた記憶を思い出し、そしてオブリビエイトしたのは私だと思い出した、と。そういうこと?』
「いや、先ほども申し上げた通り貴様の頭を覗かぬことにはどうにもならない。完全に記憶が揃いそうもないのだ」
『っ!』
眩暈と共によろめいて、後ろに倒れた。床に体を打ち付ける。
痛みを感じたがそのおかげで杖と体の距離が開いた。
冷たく私を見下ろしていたセブが杖を振る。
私は横に転がった。
バンッ
閃光が数十センチ横の床に当たって光った。
『無駄じゃない?私が閉心術に長けていることは知っているでしょう』
「口を割らせる方法なら他にもある」
『あら。怖い』
口ではそう言っていても余裕がなかった。
こんな緊迫した場面でお腹がキュルルルと鳴るのを聞きながら、私は空腹感。もっと言うなら飢餓感を感じていた。
お腹が減った。お腹が減った。
チャクラを使い過ぎたのが悪い。
右足の裏と両手を床につき、私はチャクラを込めて床を押した。
ぐんとセブから離れて2.5メートルほど先の壁際まで飛びのいた。
セブが焦った顔をした。
『……』
「…………」
睨み合いが続く。
セブに新たにオブリビエイトをかけてもまた見破られるだけだわ。
どうするのが一番丸く収まるの?
『……何を思い出したか教えてくれたりする?』
「我輩がそんな甘い男に見えるかね?」
ですよね。ダメか。
セブが杖を振った。飛び避ける。
壁に飾ってあったフォトフレームがガシャンと落下した。
『取り敢えず座って落ち着いて話を』
「断る」
こうなればセブを縛り上げてでも落ち着いて話せる環境を――――目眩――――
閃光が突き刺さる
――――ガハッガハッ。
黒髪の少女は池に向かって食べていた握り飯を吐き出した。喉に手を突っ込み、嘔吐を促す。
綺麗とはいえない池の水を手ですくって飲み込み、また同じように手を使って強制的に吐き出した。震える手でウエストポーチから丸薬を出して飲み込む。
―――ユキ!食事に毒が入ってたってお前もか!くそっ
―――応急処置はした。何人やられたの?先生からの課題は?
黒髪の少女は毒の入った握り飯の残りを引っ掴み、その場から立ち去っていく――――
『こ、これは!!関係ないでしょう!!!』
開心術を強く押し返す勢いのままユキが声を上げる。
セブルスは意図せず見てしまった記憶の重さに動きを止めていた。
ユキの方は荒くなっていた息をどうにか収め、冷静さを保とうと必死になっていた。
嫌なものを見られてしまったわね。
でも、たったあれだけじゃない。問題ないわ。
『余計な記憶を見られる可能性があるなら、あなたの開心術、受けるわけにはいかないわ』
そもそも開心術とは術者が望むものが見えるはずだ。
しかし、術者が何も考えずに杖を振ったなら――――対象者の心の強い念がこもった記憶が見られる。
お腹減っていたからあの記憶なのね。
情けない。
私は出来るだけシャンと見えるように歩いてダイニングテーブルに座った。
『見ての通り、お腹が空いていたからあの記憶を見せてしまったわけ』
トレーに置いていたクッキーを1つ摘まんで口に放り込む。まったく味がしない。
『座ったら?それともまだ開心術を?出来れば私は真実薬の方がありがたいのだけど』
体のどこも震えていないか自信のなさを感じながら言うと、セブが椅子を引いて対面に座った。
『真実薬、用意してきているでしょう?』
セブは何を考えているのかサッパリ分からない瞳で私を見つめている。
『ええと……』
私の声をきっかけにセブが動き出した。マントの中のポケットから試験管を取り出して無言で私に差し出す。
受け取って透明の液体を飲み干す。
たった3滴で真実を洗いざらい吐き出す効能のある真実薬。
これだけ飲めば信用に足りるだろう。
『ご質問は?』
「我輩の何の記憶を消した」
『ドラコに特別に修行をつけていること』
「内容は?」
『炎源郷での修行』
「詳しく話せ」
『炎源郷は魔獣の住まう場所。魔獣を相手にしてドラコを鍛えていました』
しっかりした頭で考えた答えを真実薬の影響なしに言うことが出来た。
『?』
セブが迷ったように口を開き、そして噤んだ。
そして深く眉間に皺を刻んで目を瞑り黙り込んでしまった。
『??』
いったいどうしたのだろうと思っていると、パタパタと急いでいる足音が近づいてくる。
『誰か来るわ』
立ち上がって扉を開けるとドラコが走ってきた。
「ユキ先生!猫が!」
私の顔からサッと血の気が引いていく。
『傷つけられた!?』
ぴょんと階段下にいるドラコのもとに飛び、彼の体を触って欠けている部分はないか確認する。
「僕は何も。大丈夫です。ただ、猫が……その、大きくなって」
『大きく?』
「見に来てくれませんか?」
私は後ろを振り返った。
「一緒に行こう」
吹きさらしの階段の上でセブが頷いた。
監督生は1人部屋だ。
その中にいたのはマグルの車くらいの大きさもある猫。
『あらまあ』
私は尻尾をブンブン振って、甘えた声でドラコを見つめる白い猫を見上げていた。
「や、やめろ。くすぐったい。ははっ」
子猫(その姿は大きいが)にすり寄られてくすぐったそうにドラコが笑い声をあげる。
2人の仲の良さそうな姿に私はほうっと安堵の息を吐き出した。
ドラコが笑ってくれている。
涙が出そうになって私は奥歯を噛みしめた。
「ユキ先生、この猫取り上げたりなんかなさらないでしょう?」
『もちろんよ。良く面倒を見て、出来ればあなたの口寄せ動物に』
「僕たちは良いパートナーになる」
ドラコは満足そうに猫を見上げた。
「苦労して修行したかいがあったもんです。ユキ先生にしたら僕は不肖の弟子でしょうけど……」
『そのことだけど、私、あなたに申し訳ないことをしたと思っているのよ』
丸い瞳で私を見るドラコの前に進み出る。
『事を急いて恐ろしい思いをさせてしまった。トラウマになってもおかしくない。これから、急に思い出したり、夢に出たりするかも……その時は』
振り返って掌で指し示す。
『スネイプ寮監に相談して頂戴。私は指導者として失格だから……もちろん私で出来ることは何でもさせてもら、うっ!?』
ドンと体に衝撃が来て私は驚き固まった。
ドラコが私にギュウギュウと抱きついている。
「そんな顔しないで下さいよ、師匠」
『ドラコ……』
「師匠が僕の事を強くしたいって思っている気持ちは良く伝わってきています。強く強く僕に向けてくれるその気持ち、嬉しいんです。だからまた、修行付けて下さい」
そう言うドラコは「でも炎源郷は暫く勘弁してほしいですけど」と笑った。
ドラコの部屋を出て地下の廊下を歩いていた私は泣きそうになるのを堪えていた。
笑顔を見せてくれた……!
虚ろだった目に輝きが戻ったことに安堵し、胸を押さえる。
トラウマは消えていないかもしれない。突然に恐ろしかったことを思い出すかもしれない。
だが、兎に角魂の抜けたような状態から脱してくれたのが嬉しかった。
私はセブを振り返り、頭を下げた。
『ドラコの事は注意深く見守ります。ですがどうか、スネイプ教授のお力もお貸し頂けませんか?私は――――余りに酷いことを―――教育者失格な人間はまた過ちを犯す可能性がありますから……』
「ドラコの様子を見るからに大丈夫であろうとは思う。だが、よく見ていよう」
『ありがとうございます』
私はぐっと下げていた頭を上げた。
もう2度と、教育者として過ちを起こさないようにしなければ……。
安心したからか再び眩暈に襲われた。
気持ち悪い。早く帰ろう。
セブにおやすみを言って、歩き出すと、直ぐに名前を呼ばれる。
「すまなかった」
『何を』
なんかあったっけ?
「記憶の事だ」
あぁ。と思い出す。
何故か申し訳なさそうというより辛そうな顔をしているセブに私は首を振る。
『あの程度の記憶どうってことないよ』
「じゃあね」と部屋へと戻って行くユキの背中をセブルスは苦しくなりながら見つめていた。
“あの程度”とは?
あれ以上の過去をお前は背負っているのか――――?
暗殺を仕事にしていたことは聞いていた。
だが、それは想像よりも重い過去。
記憶の中で見た黒髪の少女の目には光がなく、セブルスが知る学生時代のユキとはあまりにも雰囲気が違っていた。
魔法界にやってきた時のユキも人形のような張り付いた表情と死んだような目をしていたが、それでも記憶で見た少女とは異なる。
ギリギリのところで生きている人間が出す張り詰めた空気。表情は全くの無表情だったのに。戦場に出ているような緊張感を纏っていた。
「ユキ……」
お前の過去はトラウマとなりお前を苦しめているのではないか?
セブルスはユキの危うさを感じ、胃の腑を冷たくしていたのだった。