第6章 探す碧燕
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9.紳士的な振る舞い
日曜日の夜、私は心地よい部屋の中での単純作業に眠気を感じていた。
テーブルの上には各国の地方紙を含めた新聞。お堅い雑誌からゴシップ誌まで。過去のものまであるので相当な量だ。しかし、隅から隅まで見落とすまいと読んでいる。
今日は昼過ぎまでドラコについて炎源郷にいたからな……集中力が持たない。私は自分に小さな苛立ちを感じながら息を小さく吐いた。
「ユキ先輩、お茶でも?」
レギュが足を組みながら読んでいた新聞から顔を上げた。
『ちょっと活字疲れしたの。レギュ、そのままで。台所かりていい?』
「どうぞ」
レギュに断って台所に入らせてもらう。
目を覚ましたいから思いっきり渋いのがいい。ドバっと高級そうな茶葉をティーポットに入れて沸騰したお湯を注ぐというイギリス人が真っ青になりそうな方法で紅茶を淹れてリビングへと戻る。
『どうぞ』
「ありがとうございますって熱っ」
レギュが目を瞑って泣きそうな顔になった。
『ぶふっ。面白い顔!』
「な、何笑っているんですか!こんな熱いお茶を淹れるなんてわざとですね!それに……この水色。いったいどれだけの茶葉を使ったんです?」
『目が覚めるかなーと思って濃いめの紅茶を淹れたの』
「これを紅茶だとは僕は認めませんよ。敢えて言うならその辺の雑草をお湯で煮て飲むようなものですね」
『うぐっ。今なかなか美味しいと飲んでいたところなのに』
ティーカップから口を離し片頬を膨らませる私をレギュラスはフンと笑った。相変わらず酷い後輩だなぁ。
『熱い熱い。でも目が覚める』
フーフー紅茶を吹きながらちびちびと紅茶を啜る。目も覚めたし作業再開だ。
片方の手では魔法界の陰謀説や奇妙な物語が書いてあるザ・クィブラーのページをめくっていく。
私はこのザ・クィブラーという雑誌が結構好きだ。
荒唐無稽な話が多いが、その中に本物の話が混ざっている気がして、夢物語を現実に感じさせてくれる。実際に全てが嘘ということはないだろう。
余談だが、ザ・クィブラーの雑誌編集長はレイブンクロー4年生のルーナ・ラブグッドの父親らしい。
ルーナはどこか夢見がちな少女だが、突然に核心をつく質問をしてきたりして、とても面白い子だ。
“シリウス・ブラックは大量殺人鬼?それとも歌う恋人?”
面白い記事にふふっと笑ってしまいながら雑誌を読み進めていく。ファッジの野心、古代ルーン文字の記事……。
“闇の森に響く悲鳴 ブラック・レディの呪い”
場所はリンカンシャー州、ブラッドリー村。この村の森には女の霊が住み着いており、黒い長いマントを着た女の霊は、たびたび村人や冷やかしに来た観光客に目撃されている。
行方不明者、死者多数……。
『まただわ』
私は眉間を摩りながら記憶を呼び起こす。
「何か気になる点が?」
『今ザ・クィブラーを読んでいたんだけど』
「あのインチキ雑誌を―――とは言ってはいけませんね。どうしました?」
『この記事見てくれる?』
私はブラック・レディに関する記事をレギュに見せた。
『このブラッドリー村の話、前にも出てきたような気がして。どこで読んだのかしら』
「地方紙を調べれば出てくるかもしれません」
私とレギュは新聞を漁り始めた。
小さな違和感でもこうして調べるようにしているのだ。
リンカンシャー州にある地方の新聞の山を1部ずつ崩していく。
救助犬の活躍、議員の汚職、州1番を決める牛乳の選手権。ほとんどが平和な記事で犯罪の話と言ったら空き巣と詐欺くらい。
『私の思い違いだったのかも。ごめん』
「いいんですよ」
品よく私に笑いかけたレギュだったが新聞を見て数度目を瞬いた。
「引っかかっていた記事を見つけました」
『あった?読ませて』
私はレギュの後ろから新聞を覗き込んだ。
“森での遭難者 死体で発見”
そこには幽霊話につられて森へと入り込んだ観光客が死体で発見されたと書かれていた。
―――遭難死亡事故相次ぐこの森をブラッドリー村は閉鎖することに決め……
正直言って、大きな森になればこういったことは少なからずある。とはいえ……
『はああぁ』
「いえ。気持ちは分かりますよ」
察してくれたらしい。顔を覆って深いため息を吐き出す私の横でレギュが苦笑した。
「正直面倒だと思う気持ちは僕にもあります。ですが、調べなければ」
『そうね。頑張りましょう』
引っかかる点は徹底的に調べなければならない。地道で気の遠くなるような作業が始まる。
私は引き続きリンカンシャー州の地方紙を読み直すことになった。
レギュの方はもっと大変だ。
ブラッドリー村に関する情報が載っていそうな新聞、雑誌を選び、目を通す。
地道で、つまらない。忍耐のいる作業。
胡坐をかきながら新聞を読み、濃すぎる紅茶を喉に流し込む。
3回目のお湯をポットに注いだ時「その中の液体は紅茶ではなく色の付いたお湯です」とイギリス人なレギュに笑顔で辛辣な言葉を浴びせられる。
『紅茶じゃなくてお湯だと思えばいいのよ』
「それなら僕も文句はいいませんよ」
ニコリと笑ってレギュ。
レギュのティーカップにお茶、もとい、お湯を注ぎながらテーブルに散乱する雑誌を見渡した私は面白そうな雑誌を見つけた。
“月刊 ホラー”
マグルの雑誌だ。
私が手に取った雑誌にはエジプトの怖い話が集められていた。
『ミイラの呪いか』
面白くて引き込まれそうだが流石にエジプトのミイラは見当違いだろう。それでもザっと目を通しているとレギュが「こちらならイギリスに関する特集ですよ」と雑誌の下から別号の月刊ホラーを引っ張り出してきた。
「イギリスの心霊現象。こちらを読みましょう」
ペラペラとページをめくるレギュを何気なく見ていた私は目を見開いた。
レギュも同じだったらしい。動きを止める。
雑誌には黒いマントにフードをすっぽりとかぶった真っ白な顔の女性が描かれていた。その目は赤く光ってこちらを見ている。
「偶然とは思えないのは僕だけですか……?」
レギュは落ち着いた声を出していたがその声からは興奮が滲み出ていた。
確かに女性の絵なのだが、その絵はヴォルデモートを彷彿とさせていた。私の心音も高鳴る。
記事の内容は大体ザ・クィブラーと同じだった。
しかし、この記事には女の幽霊は半世紀ほど前から出現するようになったと書かれていた。
『ヴォルデモートが分霊箱を作ったであろう時期にもあっている』
「現地に行くのが手っ取り早そうですね」
『罠の事を考えないと』
「万全を期しましょう」
レギュラスは金のロケットを取りに行ったことを思い出し、心臓を縮ませる。
ユキの方も金色のロケットの時の事を思い出していた。
あの時はレギュが幻覚を見させる水を飲んでくれた。正直、心理戦は好きじゃないのよね。
よく訓練された閉心術と持ち前の鈍感さで切り抜けられる可能性も高いが、逆に不意を突かれて足元から崩される怖さが今のユキにはあった。
『目標も出来たことだし、魔法具を準備したり約束事を決めたり、準備しましょう』
「はい」
『では、まず……』
「片付けからですね」
うんざりした顔で部屋を見渡すユキとレギュラス。
雑誌と新聞が散らかった部屋。
杖一振りとはいかないのは読み返しやすいようにしっかりと分類されて整理されているから。
『最初の難関ね』
ユキはうんざりとした声を上げながらも床に散らばる新聞から取り掛かり始めた。
「終わったらケーキを食べましょう」
『ケーキ!!』
パッと笑顔のユキが振り返る。
「キルケー・クーヒェンの季節限定ケーキ、桃とイチジクのタルトです」
『最高!キルケー・クーヒェンのケーキ大好きなんだ』
「知ってます」
『え!?』
「一緒にダイアゴン横丁に行くたびに物欲しそうにショーウインドーを目で追っていましたからね」
『うっ。よく見ていらっしゃることで』
「クィディッチで一緒に試合するようになってからユキ先輩の視線には敏感になりましたから」
『視線で相手の思考を見破る。レギュも侮れないわね』
「今まで侮っていたってことですか?心外ですね」
スッとレギュが目を細めたのを見てユキの心臓がドキリと跳ねる。そして慌てた。
床に両ひざをついて新聞を片付けていたユキのところへツカツカとレギュラスは歩み寄り、身を屈めて手を伸ばし顎に手を添え、くっとユキの顔を上げさせた。
跪き、驚いた瞳で自分を見上げるユキの姿にレギュラスの加虐心がくすぐられる。
「僕を侮るとどうなるか教えてあげましょうか?ユキ先輩」
先輩呼びがなんか怖い。
まったく敬称らしく聞こえないのは気のせいではないだろう。
ユキは背中に嫌な汗を流しながらレギュラスの目から視線を逸らせないでいた。
視線を逸らしたら、その瞬間に呪文でもくらいそう。
ユキがどうしようかと迷っていると、
「ユキ先輩は僕の事どう思っていらっしゃいます?」
と品がいいがぞーっとするような声でレギュラスが聞いた。
答えを誤ったら何をされるやら分かったものじゃないわ。
直ぐそこにある美しい顔立ちと圧力両方に胸をバクバクと鳴らしながらユキは熱くなって混乱する頭で考える。
『レギュは……昔から……良い後輩、です』
「ふうん。そうでしたか」
えっ!?私何か間違ったこと言った!?!?
レギュラスの瞳が冷たく光ったのを見てユキは慌てる。必死に言葉を探すその様はアズカバン行きを免れようと無罪の材料を探す被告人そのもの。
『れ、レギュは昔から優しくて、頼りになって、クィディッチ上手いし、紳士的で、頭いいし、意地悪だけど、とても良い子の後「良い子ですって?」
どこがレギュの怒りに触れたのかは分からない。ただ、目の前のレギュは猛烈に怒っているらしかった。静かに、だが。怒りがヒシヒシと伝わってくる。
「僕が一番嫌いな言葉で僕を形容するとはね。ユキ先輩は良い度胸をお持ちで」
『ごめん。怒らないでっ』
どこがどう悪かったかは分からないが謝罪の言葉を口にして怒りが静まるように祈る。
身じろぎも出来ないままこの空気に耐えているとふいにレギュの表情が緩み、いつもの紳士的な微笑を見せてくれた。
「手を」
ホッと息を吐き出しながら手を伸ばす。
レギュの力も借りて立ち上がろうとした時だった。急に視界が回転して息を飲みこむ。
『レギュ!?』
気づけばレギュに横抱きされていて、彼は私を抱いたまま床に散らばる雑誌や新聞を避ける素振りも見せず踏みつけて部屋を横切っていく。
いつの間に出したのかレギュが私を抱きながら器用に杖を振った。
パーンと開く扉の先に私は入ったことがない。
『え、えっとっ』
レギュが入っていったのは寝室だった。
こじんまりとしているが品がよくまとめられた家具や小物。そして私はダークグリーンのベッドカバーの上に信じられないほど丁寧に下ろされた。
ギシリとベッドが軋み、レギュが私を跨ぐ。
『だ、ダメダメダメダメ。これはダメ』
レギュは何も言わずに私の頬を指でツーっと撫でた。
ぴくっと体が反応するのを見てレギュの口の端が片方上がる。
『まだ怒っているの?それなら謝る。ごめん。だから止めてって。お願い』
どうして小声になってしまうのか自分でも分からない。
ただただ優しく私の頭を撫でるレギュに困惑するばかりだ。
彼が何を考えているのか正直さっぱり分からない。
怒っているならもっと怒りを露わにすればいいのに彼は私を壊れ物か小動物のように扱ってくる。
「続けていいですか?」
『れ、レギュラスさん!?』
「ぷっ」
『えっ?』
何が起こったというのだろう。
レギュの涼やかな表情が崩れて彼は横を向いてフッと噴き出した。
「レギュラスさんってなんですか。変な呼び方、ふふ」
『笑わなくたって!』
そうは言ったが私はレギュが笑ってくれてホッとしていた。
ベッドの上で脱力する。
「何気を抜いているんですか?」
『え゛』
「大丈夫です。何もしませんよ」
レギュが私の上から降りて床に両足を付けた。
私も上半身を起こす。
『いったいなんだったのよ。もう』
「良い子呼ばわりしたユキ先輩へのお仕置きですよ」
『その……言葉には、気を付けます』
「言葉と、その変なところに隙があるところも直すべきですね」
『ぐぐっ』
忍の私が隙について指摘されるとは……。
しかし、隙なんて見せたかしら?
どうすれば良かったのだろうと考えていると、レギュがベッドに腰を下ろした。
「いつまで足を伸ばしている気です?襲われたいですか?」
『ち、違いますっ』
「そうでしたか」
私は慌てて足を床に下ろした。
はあぁ。レギュの考えって読めない。
兎に角、意識を逸らそう。
私は立ち上がりながら『ところで』と話題を変えた。
『思い出した。レギュに聞きたいことがあったのよ』
「なんです?」
『実はハリーの懲戒尋問に行った時に神秘部に潜り込んでね、そこで予言をされたの』
「予言ですか……」
『大体の内容は分かったの。でも、一箇所分からない部分があって。セブやシリウスに聞いたんだけど……何故か避けられて』
レギュラスはどんな深刻な内容なのだろうと緊張を感じていた。
もしも死の予言だとしたらどうしようか。
嫌な予感を感じながらユキの話を聞いていたレギュラスは頭を抱える。
『乙女の結界って何?』
こんの阿保先輩!!!
レギュラスは心の中でそういう知識に疎すぎるユキに頭痛を感じつつ、自分にこの役目を押し付けたセブルスとシリウスを心の中で呪った。
しかも今、自分はベッドに座っていて、ユキは自分の前に立っている。
今度は押し倒してやろうか。
そんな黒い感情まで出てきてしまう始末だ。
予言の内容を暗唱し、乙女の結界について独自の解釈を展開するユキを見ながらレギュラスは逃げ道を探していた。
「……マクゴナガル教授に聞いたらいかがです……?娘のように可愛がってもらっているでしょう?」
『レギュラスも教えてくれないの?もしや……下ネタ?』
「違っ……」
違うのか?
下ネタの定義について考え込んでしまうレギュラスの目の前でユキが手を振る。
『レギュ?』
「僕には無理です」
ダメだ。僕の手には負えない。
レギュラスは悩むのをやめてセブルス、シリウスと同じようにこの答えにくい質問から逃れるために立ち上がる。
「休憩は終わりです。続きをしますよ」
『あ!待って。キルケー・クーヒェンのケーキは?まだ貰っていない!』
「もう一仕事してからです」
『そんな~』
情けないユキの声を聞きながら、レギュラスはそっと息を吐きだしたのであった。
***
新しい週が始まった。
O.W.L.のある5年生たちはすでに悲鳴をあげていた。
どの教科からもたっぷりと宿題を出され、年度末に控えるO.W.L.試験に戦々恐々としている。
月曜日の放課後。忍術学特別授業の日だ。
運動場にはわらわらと生徒たちが集まってきている。私とシリウスの悪い噂があるから受講者数は少ないだろうと2人で予想していたのだが、実際は違っていた。
1番多いのがグリフィンドール生。これは予想済み。だが、他寮もそこそこの人数が参加してくれている。
『セドリックは本当に良い子よね』
頭が良く、人気者でジェントルマンなセドリック。三大魔法学校対抗試合の代表選手に選ばれてハリーと共に優勝を手にした彼は学校中から尊敬と憧れの目で見られていた。
そんな彼からの忍術学特別授業への勧誘。
ヴォルデモート復活を信じている生徒には闇の時代に立ち向かう準備をしようと、信じない生徒には「きっと楽しい」「良い運動になる」とポジティブな言葉をかけて勧誘してくれたのだ。
生徒に身を守る術を身に着けて欲しいというのが私たちの気持ち。
だが、良くない噂が流れる私とシリウスの、ヴォルデモート復活を認めない生徒への私たちからの勧誘は難しかった。
ハリーと違い声高にヴォルデモート復活を叫ばないセドリックの対応には私も学ぶべきところがある。私はミネルバの言う通りアンブリッジの前でもう少し神妙にしているべきだろう……。
「ユキ先生!」
ハリーたち、いつもの仲良しメンバーがこちらへと走ってきた。
「ようやくユキ先生に会えた!」
ハリーがドンと私に抱きついた。
その勢いで私の体は後ろにぐらっと倒れていく。しかし、今回は1歩もよろめかなかった。私の体をシリウスが支えてくれている。
「危ないぞ、ハリー」
「ごめんなさい。でも、今日の時間割が最悪だったから先生たちに会えたのが嬉しかったんだ」
「まったくもう、ハリーったら。5年生になったのよ?いい加減、女性の先生に抱き着くのは控えるべきだわ」
ハーマイオニーが私からハリーをべりっと引き離した。
「ユキ先生は特別なんだ。それとも、迷惑?」
『そんなことないわ。変わらないでいてくれるのも嬉しいものよ』
「じゃあ私も抱き着きたい!」
思い切ったようなことを言う顔で栞ちゃんが言った。
『ふふ。遠慮なくどうぞ』
私にはない風習で少し照れるけれど、ハグをすると楽しくて明るい気持ちが伝わってきて好きだ。
手を広げると栞ちゃんはおずおずとハグをしてきて「ありがとうございます」と真っ赤な顔でお礼を言った。
「聞いてよ、ユキ先生、シリウス先生。今日最後の授業が闇の魔術に対する防衛術だったんだけど、アンブリッジの奴、杖は使わない。教科書のみで授業をするって言ったんだ」
不満そうに言うロンの言葉に眉を上げる。
「実践はなしか?」
シリウスの言葉に全員が頷いた。
『理論だけ学んでも実際に手を動かさないと身につかない』
「私もそう言ったんです。でも、強く叱られて減点もされて……でも、ハリーはもっと酷かったわ」
ハーマイオニーが言いたくなさそうに口を噤むハリーの肩を自分の肩で押して促した。
「ハリー、揉めたのか?」
「うん、シリウスおじさん。それが――――
教室で、ハリーはハーマイオニーに同調して批判し、話の流れでヴォルデモートが戻ってきたことを声高に言った。見ないふりは良くない、と。
当然のことながらアンブリッジは激怒した。
「栞ちゃんもハリーを擁護したんだ。それで2人とも罰則をくらって!先生たちみてよ!酷すぎるんだ!!」
「や、やめてよ、ロン!」
ロンに手を掴まれた栞ちゃんは抵抗した。ハリーも自分の手を後ろに隠した。
私とシリウスは顔を見合わせ、そして私は栞ちゃんの手を、シリウスはハリーの手を引っ張った。
『なんてこと……!』
私は息を飲んだ。
栞ちゃんの手には“私は嘘をつきました”という文字がかさぶたになって浮かんでいた。
「どういうことだ!!」
『シリウス!生徒が怯えるからそんな声出さないでっ』
そういう私も自分の感情を抑えるのにいっぱいいっぱいだ。
『何をされたの?どうして傷が?』
「それが、その……」
『私はあなたに怒っているわけではないのよ、ハリー。だから、教えてちょうだい』
ハリーは唇を噛んでいる栞ちゃんをチラとみてから、のろのろと話してくれた。紙に“私は嘘をつきました”という文字を書くたびに自分の手が切れて文字を刻んだということだ。
「あいつっ!ぶん殴ってやる!!」
『待って!ダメよ。下手をしたらハリーと栞ちゃんを更に追い詰めることになる』
「マクゴナガル教授も言っていました……。授業内での罰則は担当教諭がその権利を持つと……」
栞ちゃんの言う通りだ。だが――――
『許せないわ。生徒の体を傷つけて。可哀そうに。痛かったでしょう?』
「だ、大丈夫です。このくらい」
栞ちゃんが顔を赤くしながら私の手から手を抜いた。
『だけど、私たちには他の授業に干渉する権限はない』
「だからと言ってアンブリッジのやり方が許されるのか?ハリーに対するスネイプも同じくだ!」
『アンブリッジに対してイライラしているのはどの教授も同じよ。だけど、私たちより経験を持っている教授たちでさえ手出しができない。私たちが力で訴えて解決する問題?』
「物理的に消せばいい!」
『ちょっと!生徒の前で何言っているのよ!』
私がそう言った瞬間、ぷふっと笑い声が起こった。
何ごとかと目を向ければハリーたちが笑っている。
「アハハ!そんなにハッキリ言ってくれるなんて。ありがとう、シリウスおじさん」
ハリーが涙を拭いた。
「でも、今の言葉で十分です。もし、シリウスおじさんやユキ先生がアンブリッジに陥れられて学校を去るなんてことになったら大変だもの」
ハリーはそう言って、肩を竦めた。
『ハリーの方が大人ね』
「はあぁ。どうすることも出来ないのは悔しい」
『だけど、もしこれ以上のことがあったら私たちがどうにかするわ』
「そうだな。俺達には切り札がある」
「「「「切り札?」」」」
首を傾げるハリーたちの前で私たちはニヤリと口角をあげる。
「本当は今すぐ使いたいがアレを使うタイミングは校長が決める」
「後ろにいる奴も引っ張り出して潰してもらうわ」
「切り札って?」
ハリーが聞いた。
「俺たちもやられっぱなしじゃないってことだ」
ハリーを襲うようにアンブリッジが吸魂鬼に命令している様子を万眼鏡に映している。
だけど、それはハリーたちには言えない。
私たちはお茶を濁してハリーたちの前から逃げ、特別授業に参加する生徒に声をかけて前に集め始めた。
『皆さん、授業で壁のぼりをしたのを覚えていますか?今日からはそれの応用をしたいと思います。私が良く階段を「行儀悪く」飛び上っている、シリウス!「ハハっ」姿を見たことのある人はいると思います』
クスクス笑いに顔を赤くしながら私は地面に置かれていた大きさも形も異なる石の一つに乗った。
『チャクラを足に集中させ、地面を蹴る時に一気に放出させる。その力で遠くまで飛ぶことが出来ます――――
生徒たちが石と石の間を飛び出した。
歩いているとわっと歓声が上がる。
栞ちゃんが4メートルほどの距離のジャンプに連続で成功していた。
『優秀ね』
「ありがとうございます!」
『じゃあ次は木の上でやってみましょうか』
「うん!?」
『さあ、行きましょう。皆も安定して飛べるようになったら次のステップに進みますからね!』
(((((ス、スパルタ!!!)))))
そう思いながらも生徒たちは足の裏に力を込める。
通常授業でも出来るようになれば応用を教えてもらえる。だが、そのスピードは通常授業より早そうだ。そして危険そう。
危険とは、甘い、甘い言葉。
「さてさて、腕が鳴るな、兄弟」
「逃げ足が速くなれば悪戯の成功率も上がるもの」
「「やってやる!」」
ユキとシリウスは笑いながら、でも真剣に取り組む生徒たちを満足そうに見渡した。
「泥だらけの服はスコージファイするか着替えてから大広間に行くように。解散!」
ぐったりと、でもどこか満足した顔で帰っていく生徒たちを見送る。
私たちも片づけをして城へと戻っていく。
『栞ちゃんは出来がいいわね』
「あぁ。授業でも1番と言っていい。よく質問するし、たまに空き時間教えたりしているんだ」
『初耳だわ』
「そうだったか?」
『うん。マホウトコロはやはり私の国と同じような忍術を教えていたのね』
いつか日本の魔法界にも行ってみたい。
その国独自の魔法や生物について話しながらシリウスと食事をする。
食べ終わり、部屋に戻ろうと玄関ロビーを横切っているとセブが階段を上がって姿を現した。
『セブに話があるからここで』
「ハリーのことか?それなら無駄だろうよ」
『でも、少しは効果があるかも』
「あまり期待していないが……よろしく頼む」
シリウスと別れ、セブの名前を呼ぶ。
『夜、話に行っていい?』
「ポッターのことなら」
『9時に自室に行くわ』
私はセブから無理矢理約束を取り付けて部屋へと戻って行った。
夜9時。
私はセブの自室を訪れていた。
当然ながら歓迎している雰囲気ではなさそうだ。
セブは私に紅茶とクッキーを出した後、腕を組んでかったるそうに足も組んだ。
「世間話は結構だ。用件を言え」
『あなたの予想通り、ハリーのことよ』
「ブラックにも言ったが、我輩の領域に首を突っ込んでくるのはやめて頂きたい」
『ハリーが1年生のころから思っていたの。あまりにも彼に冷たすぎるわ。それに段々酷くなっている』
「授業を見ていないのに良く言えるな。忍は透視能力でもあるのかね?」
『ないけど……誰でも知っている話だわ』
「伝聞だけで判断したと」
『普段のあなたへのハリーの態度なら見ている。ねえ、セブ。ハリーはジェームズじゃないわ』
「分かっている。だが、うぬぼれで目立ちたがり屋で校則と言う校則を全て破るあのポッター様は確実に父親の血を受け継いでいるがな」
鼻で笑って紅茶に口をつけるセブの前で半眼となる。どー考えても分かっていないじゃないの!
『ハリーは私たちの親友、リリーの息子でもあるのよ?ハリーは思いやりと勇敢さも持ち合わせている』
「そうかね?我輩には一滴もリリーの血が混ざっているように思えないが?」
『どこに目をつけているのといか言いようがないわね。好奇心旺盛なエメラルドグリーンのキラキラした瞳を見たことあるでしょう?』
「……」
セブに口で勝った!
私は緩んでいく顔を抑えずに口にクッキーを放り込む。
『1人の生徒を苛めない、特定の生徒だけを贔屓しないで頂きたいものですわ』
私が人に教育を語れるとは。
私は少し得意げになって腕を組み、仰け反って足を組んだ。
苦々し気なセブに満足していると、
「贔屓をしているのは君の方ではないのかね?」
と不本意なことを言われる。
『どういうことよ』
「ドラコのことを随分可愛がっているようではないか。休日を潰して指導をしているとか?」
げっ。やっぱりドラコったら言いふらしたのね。
ドラコは私が彼の身を守ると約束したことまで言っているのだろうか?
死喰い人ではない私が死喰い人からもドラコを守る。
それは危険で非常に難しい任務だ。最悪、死喰い人の中に飛び込んでいく覚悟もある。
そんなことを言ったらセブに「よくもまあ滅茶苦茶な約束をしたものだ」と怒られそうだ。
墓穴を掘ることになったら困るわね。
私はしれっと
『やる気のある生徒には補講をつけているのよ』と言った。
「そうか。お優しいことだ」
『それよりハリーでしょ!今あの子は大変なの。アンブリッジからは手に傷がつく罰則をされ……それは栞ちゃんもだけど……』
「その罰則とは?」
『ええとね』
私はセブにハリーと栞ちゃんが受けた罰則について話した。
セブの顔がだんだんと険しくなっていく。
「なるほど……傷はそのうち綺麗に消えるが……」
『そういう問題じゃないでしょ?』
「分かっている。我輩はただ……」
『ただ?』
「なんでもない」
セブは非常に胸を痛めているように見えた。
ソファーの肘置きに肘をついて口元に手を持っていき、眉間には深い皺を刻んでいる。
セブがハリーと栞ちゃんのことを深く心配している様子に私は嬉しくなった。やはりハリーを含めて生徒を心配しているのだ。
『理不尽なことはやめてね』
「あぁ」
あっさりと答えが返ってきた。
なんだ。話せば分かってくれるじゃないの。
『ふふっ。じゃあこの話はおしまい』
適当な返事をして、機嫌よく自分の分までクッキーを食べつくすユキの前でセブルスは今日の出来事を思い出していた。
編入してきた謎の双子。
この2人はユキの学生の頃に似ていた。
1人はウェーブのかかった黒髪に漆黒の瞳。
もう1人はこちらもウェーブのかかった真っ白な髪に黄色い目。
今日はハリーたちの授業があった。
O.W.L.の重要性を生徒たちに説き、試験に出やすい安らぎの水薬の調合をさせた。
ハリーの調合をけなし、ネビルの薬には頭を抱えたくなった。いつものように完璧な調合を見せるハーマイオニーを前に口を噤み、そして栞のところへ。
栞の調合は明らかに失敗だった。
透明になり、銀色の湯気がゆらゆらと立ち上ってなくてはならないのに遠目でも彼女の大鍋の中には粘度のある緑色の液体があり、何やらぼこぼこと泡立っている。
まったく何をどうしたらこうなるのだと嫌味を言おうとした時だった。
栞は何故か実験材料にないマムシの牙を投入したのだ。
ボコッ ボコボコ
スネイプは杖を出して歩を速めた。
事もあろうに栞は何事だろう?と大鍋を覗き込んでいる。
そんな栞の肩を掴んで引き寄せて抱き、杖を振った。
シューーっと怒ったように噴き上がった液体をスネイプは誰にもかかることなく消し去ることが出来た。
「馬鹿者がッ」
誰にも怪我がなかった安堵が怒りに変わった。
「あっ、あっ」
辺りを見渡し、ようやく何が起こったか悟った栞が顔を上げる。
これから更に降ってくるだろう怒声に栞はぎゅっと目を瞑りながら口を開く。
「ご、ごめんなさい、お父さんっ」
「っ!?」
静かだった教室がより一層静かになった。
そして一瞬のうちにざわざわと大きな音で教室が包まれる。
噴き出すもの、揶揄うもの、よりによってあのスネイプを「お父さん」と呼ぶなんてと唖然としている者。
「静かにしろ!Ms.プリンスのように貴重な薬材を台無しにしたくなかったら最後まで集中したまえ!」
スネイプがざわついている生徒たちをひと睨みし、栞にたっぷりの嫌味を浴びせたところで授業ベルが鳴った。
生徒たちに試験管を提出させて、集めたものを研究室へと持っていく。
扉を閉めてスネイプはようやく気を抜いて息を吐きだした。
どかりと座り、眉間を揉む。
栞をかばった時、驚いて目を見開き、口を半開きにして自分を見つめる姿。
その姿はそっくりだった。学生時代のユキ―――――いや、自分に。
ユキには学生時代何度も驚かされた。ユキの瞳の中にいる自分の顔に栞の顔はそっくりだったのだ。
ただの気のせいだと思うのに動悸が収まらない。
そして考えてしまう。有り得ないのに、もしかしたら彼女は―――――と。
馬鹿な想像だ
『?』
頭を振るスネイプの前で、ユキは首を傾げながら皿に残ったクッキーの食べかすを指で拾って舐めていたのだった。