第6章 探す碧燕
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8.ハリーの後見人
翌日、朝食に行くのに玄関ロビーを横切っていると4年生のレイブンクロー生が一列になって玄関ホールを移動していた。その一団は階段の上を見てぎゅっと団子のように固まる。
何ごと?と上を見るとレイブンクロー生の視線の先には談話室から下りてくるハリーたちの姿があった。
『おはよう、みんな』
声をかけるとレイブンクロー生一団がビクッとしてこちらを見て、蚊の鳴くような声で挨拶をしながら足早に大広間へと吸い込まれていった。
日刊預言者新聞の影響よね。可愛い生徒に嫌われると少なからず傷つくわ。はあぁ。
落ち込む心を食事で癒そうと考えているとキンとした声が耳に届く。
「先生に対して失礼過ぎるわよ!」
プリプリ怒った声が聞こえて横を見るとそこには5年生のレイブンクローの三人組。その真ん中にいるのは私の学生時代に容姿が似ている蓮・プリンスの姿。
『いいのよ。みんな思うことがあるのでしょう』
「でも、昨日組み分け帽子は私たちに団結しろと言っていたわ」
蓮ちゃんが周りに同意を求めるように首を左右に向けると、彼女と一緒にいた友人たちは頷いた。
「他寮生に同じ考えの人がいて安心したわ」
キリっとしたハーマイオニーの声が玄関ロビーに響く。
階段を降りきって玄関ロビーへとやってきたのはハーマイオニーを先頭にハリー、ロン、それからこちらも私の子供のころに似ている蓮ちゃんの双子の姉、栞ちゃん。
「例のあの人の事でダンブルドア校長先生はこう仰った。“不和と敵対感情を蔓延させる能力にあの者は長けておる。それと戦うには、同じくらい強い友情と絆を示すしかない”って」
そこにいる皆を見渡しながらハーマイオニーが言った。
『良く言ったわ、ハーマイオニー』
私はにっこり微笑んだ。
こうやって団結と友情を深めようと努力してくれる生徒たちがいて嬉しく、頼もしい。
「そうよ。仲間内で揉めている場合じゃないわ」
「だけど、栞。今の見ただろ?ハリーに対する態度。だけどあれだってマシ。スリザリンの僕たちに対する態度はもっと酷い。あれらと仲良くするなんて―――無理だね」
「ロン。寮同士の団結に協力しないなんて、あなた本当に監督生?」
ハーマイオニーに睨まれてロンが肩を竦めた。
確かにこのままでは仲良くなるのは難しい。
何か仲良くなるきっかけを作ってあげる必要があるわよね……。
「ハリー」
後ろを振り向くとシリウスだ。
「ちょっと話いいか?」
「うん!」
暗い顔をしていたハリーの顔がパッと輝いた。
「私たちは先に行くわね、ハリー」
ハーマイオニーたちに続いて私も大広間に入っていく。
「友人たちの態度に傷ついているだろう……」
「気づいてくれていたんだ。そうなんだ。同室のシェーマスも僕の事を――――
私の良く聞こえる耳はシリウスとハリーの会話を少しだけ拾った。
ハリーは傷ついているが、仲の良い友達もいるし、信頼を寄せている後見人のシリウスもいる。ハリーは大丈夫だろう。
良かったと頬を緩ませながらテーブルの間を職員テーブルに向けて歩いているとミネルバが時間割を配っていた。
「あぁ、ずる休みボックスが欲しい」
「我が耳は聞き違えや?監督生がそんなことを言うなんて」
ロンの嘆きにウィーズリーの双子が現れた。
「ずる休みスナックボックスがもうすぐ完成する」
「予約分は割引しているよ」
『何が完成するんですって?』
フレッドとジョージの後ろに回って肩を叩くとビクンと跳ねてバッとこちらを振り返った。
「なーんだ。ユキ先生か」
「マクゴナガル教授だったらどうしようかと」
『あら。私だったら見つかっても平気みたいなこと言って。なめられたものね』
「そーんなつもりじゃない」
「師匠は理解があるって言いたいんだよ」
「「そうでしょう??」」
息ピッタリに笑うニ人を見ていると怒る気も失せてしまっている。
「君たちの学年は俺たちのずる休みスナックボックスをこぞって買いたがると思うぞ」
フレッドがいつ叱りつけようかタイミングを見計らっているハーマイオニーにウィンクしながら言った。
「どうして私たちの学年がなの?」
栞ちゃんの言葉にジョージがニヤリと笑う。
「今年、君たちは“O.W.L.”つまり“普通魔法使いレベル試験”の年だからね」
「忘れてた!」
ロンが悲鳴をあげた。
「忍術学もO.W.L.の科目に含まれていますよね?」
ピリピリとした顔つきのハーマイオニーに頷く。
『実技と学科の半分ずつで成績が決まるわ。基本から応用まで内容は幅広く。今シリウス先生と魔法試験局に提出する資料を作っているところよ』
「「応用まで幅広く」」
ハーマイオニーと栞ちゃんがまさに今試験を受けているような顔つきで呟いた。
「そうだ、師匠。今特別授業の申し込みしていい?」
『えぇ』
名簿を出してフレッドに記入してもらう。もちろんジョージも一緒に。
このテーブルにいた生徒たちはみんな特別授業を受けたいと名簿に記入してくれた。
「その名簿に僕も加えて!」
明るい声がやってきた。
ハリーだ。
「ハリー。さっきまでのが嘘みたいだね」
「うん、ロン。シリウスおじさんに色々聞いてもらって。席を作ってくれる?」
ハリーは場所を作ってもらい座り、軽やかに筆を動かして名簿に名前を記入した。
「師匠、特別授業は何をするの?」
「まさか教科書を読み続けるなんて退屈な授業はなさらないでしょう?」
『ジョージ。教科書を読むのは大事なことよ。でも、特別授業でやるのは実技。絆も深めたいし……シリウスと考えているのは最終的にツーマンセル、もしくはスリーマンセルで組んで試合をするのが目標よ』
「「「「「「試合!!!???」」」」」」
わっと生徒たちから声が上がった。
ハーマイオニーはうっと躊躇った顔を見せたが殆どの生徒は楽しそうだと言わんばかりに顔を輝かせている。
みんなが発した試合の言葉に興味を持った周りの生徒、隣のテーブルのハッフルパフの生徒からも視線が注がれる。
『みんなが脱落せずついてくるのを期待しているわ。さあ、朝ご飯を食べて。食は力なり!』
私が去ると、生徒たちは試合では何をするんだろうと楽しそうに予想しだした。そんな生徒たちを置いて私は職員テーブルへ。
アンブリッジ教授はいない。何だかホッとする。
「随分賑やかになっていたな」
シリウスがまだわいわいしているグリフィンドールテーブルを見ながら言った。
『忍術学の特別授業の話をしたのよ』
「なるほどな」
『シリウスに申し込みはきている?』
「結構集まっているぞ」
シリウスがローブのポケットから羊皮紙を出してずらーっと名前の書かれた名簿を見せてくれた。
『ハリー、明るい顔になっていたわ。シリウスのおかげね』
「あの子の力になれたのなら何よりだ」
ベーコンを突き刺しながらシリウスが嬉しそうに顔を綻ばせた。
私も鬼、否、アンブリッジのいぬまに食べよう。
フランスパンに手を伸ばして一本丸まる噛り付いていると上から呆れたため息が降ってくる。
「今年度も相変わらずそのスタイルで食事をする気かね?」
『誰かに横取りされたら大変でしょ?』
「我輩は食事を取られたことはあっても取ったことはない」
『私の右隣の人には取られたことあるのよ』
「俺はチキン以外取ったことはないぞ」
『ほら、取ったことあるって言った』
自分たちの素行の悪さに顔を見合わせてシリウスと笑ってしまっていると、セブが私のゴブレッドに葡萄ジュースをついでくれる。
『あふぃがふぉう』
「飲み込んでから言え」
美味しく温かい食事。甘いジュースにフルーツまで。たくさん食べられて幸せだな。
私はセブに優しくされてニコニコしながら朝食を食べたのだった。
1時間目、運動場。
7年生、ハッフルパフとスリザリンのクラス。
ハッフルパフは友好的で孤高で他寮を寄せ付けない雰囲気のあるスリザリンとも友好的にしてくれている。
私の出身寮であるスリザリンは創始者であるサラザール・スリザリンの“魔法は純血である者が学ぶべし”という理念が強く反映されている寮である。
しかし、スリザリンには半純血や、それからこれは珍しいがマグル出身もいるわけで。だからと言って非純血の彼らが特別肩身の狭い思いをして、酷い苛めを受けるというのはあまり聞かない。
スリザリンは一度認められれば身内にはとても優しい。私がそうであったように。寮内の団結力だけ言ったら一番ではないかと私は思う。
仲良きことは良き事。どうかその輪を他寮にも広げてほしい。
スリザリン生と談笑しているセドリックを見ていると授業開始の鐘がなった。
「よし!授業開始だ。今日から3週連続で“変わり身の術”をやる」
今日の授業進行はシリウスに任せて私は補助だ。
「変わり身の術は相手の攻撃をかわし、同時に隙を生み出す忍術。攻撃を受ける瞬間に何かを身代わりにして自分は攻撃を回避する。まずは見てみよう」
シリウスが手の中でくるっと苦無を回してから私に投げた。
私に苦無が刺さったかに見えたが、私の姿は木の板に変わり、そして私はシリウスの後ろに立っていた。
「敵に自分の攻撃が当たったかのように見せかけて隙を作って反撃する方法だ」
やり方はいくつかある。
時空間忍術を使う方法。これは姿現しの応用だ。しかし、姿現しとは少し性質が異なるらしい。姿現しの出来ないホグワーツでも変わり身の術は使える。
落ち着いたら魔法の性質について研究するのも面白そうね。
それからチャクラの糸を近くの物に張り付けて引っ張り、攻撃を代わりに受けさせる方法など。
私はこちらの世界に来て暫く姿現しが出来なかった。でも、変わり身の術は時空間忍術を使って出来ていたのだ。
長い間、姿現しが出来なかったのは頭が固くなっていた証拠だろう。だから、逆も然り。
若い子たちには柔軟に変わり身の術に取り組んでもらいたい。
「始めよう!」
シリウスの合図で今年初めての授業が開始されたのだった。
「みんな頑張っていた。何人か成功できた者もいて驚いたな」
『そうね。セドリック、マーク、ナンシー。この3人は特に優秀ね』
ウィーズリーの双子のクラス、蓮ちゃんのクラス。
姿現しを学んでいない学年は苦労していたが、それでも真剣に取り組んでくれたおかげで私たちは手ごたえを感じることが出来ていた。
「ユキ先生」
丘を駆け上がってドラコがやってきた。
「僕を探していたって聞いたのですが」
『わざわざ来てくれたのね。ありがとう』
私はシリウスの声が届かないところまでドラコを引っ張っていく。
『今週末、鍛錬をします』
ドラコが瞳をキラキラさせて背筋を伸ばした。やる気があって宜しい。
『かなり危険な粗稽古。だけど、強くなれるはず』
「何をするんですか?」
『契約する口寄せ動物を探しに炎源郷というところに行ってもらう』
「口寄せ動物!」
ドラコの顔が輝いた。
『決して他言しないように。誰にも。いいわね?』
特にハリーたちには。と念を押しておく。
今の私にはハリーたちにも口寄せ動物捜しをさせる余裕はない。
シリウスたちとは違い、炎源郷では安全のためにこっそりドラコについていかなくてはならないし、口寄せ契約出来る動物が見つかるまで何度も足を運ばなくてはならない。
そもそも契約してくれる動物が見つからない場合もあるわけで……。
と、考えていた私はとても得意げなドラコの顔を見て溜息をついた。この顔、誰かに自慢しに行く顔だわ。
『ドラコ、もし他言したら連れて行かないからね』
「わかりました。誰にも言いません」
本当かなぁ。
ルンルンとしているドラコの背中を私は心配になりながら見送ったのだった。
「話は終わったか?」
『うん。片付けありがとう』
「俺たちも夕食行くか」
『うん!よっるごはーん』
道具を教室にしまい、私たちは服を着替えて大広間へと向かっていった。
しかし、大広間に入った瞬間怒鳴り声。フィルチさんだ。
「毎年毎年もう我慢がなりませんぞ。この忍術学教師ども!」
『酷い言われようね』
「だな」
『何かありました?』
「生徒たちだ!見てわかるだろう!!」
私たちは大広間を覗き込んでうっと顔を顰めた。
大広間は汚かった。泥だらけだ。何故なら生徒たちが授業で土まみれになったまま夕食を取っていたから。
授業で出来た怪我はその都度私が治しているのでマダム・ポンフリーの手を煩わせてはいないがフィルチさんには大きな迷惑をかけてしまった。毎年、毎回。すみません。
『夜に私とシリウスで掃除をしますから』
「私はホグワーツが汚されるのが嫌いなんだ!」
大声を荒らげるフィルチさんに吃驚してミセス・ノリスが不機嫌そうにミャーと鳴いた。
『ごめんなさい、フィルチさん』
「生徒にも今一度言い聞かせますから」
「だいたいですね!「だいたいどういう授業をしていらっしゃるのかしらね」
『「げっ」』
甲高い猫なで声が聞こえて振り向いた私とシリウスの前にはアンブリッジの姿。
良い獲物を見つけたとでも言うように意地悪く瞳が輝いている。
「子供たちに聞きましたわよ。危険な授業をさせて、子供たちが可哀そう!」
『どう見ても楽しんでいますよ』
ハッフルパフの7年生男子が数人やってきた。1人が鞄を投げて、それを別の1人が変わり身の術でかわして皆で拍手や歓声を上げながら玄関ロビーを通過して大広間へと入っていった。
「子供たちは良い悪いの判断がつきません。彼らのご両親がこのことを知ったらご心配なさるでしょう。あんなに怪我をして」
『怪我はしていません。みんな私が治しています』
「でも、授業中に怪我をしたのでしょう?」
鬼の首を取ったようにアンブリッジが口の端を上げた。
「運動に怪我はつきものですよ」
シリウスが言い返す。
「運動ではなく虐待といえます」
『なっ』
「言わせておけば」
「ユキ、シリウス。それにアンブリッジ教授」
余りの言い方に言い返そうとしていたところへミネルバから声がかかった。ミネルバは厳しい顔つきをしながらキビキビと階段を下りてくる。
「どうしたのですか?」
「忍術学の授業についてお伺いしていただけですわ。見て下さいな。大広間の生徒を」
泥だらけの大広間。ミネルバは怒るだろう。そう思ったのだがミネルバの反応は意外なものだった。
「学生が泥だらけになるまで走り回るのは元気な証拠です。それから忍術学がなんですって、アンブリッジ教授?」
「学生には危険すぎるものを教えていらっしゃるわ」
「わたくしはそうは思いません。忍術学が始まってから学生の魔力コントロールは繊細になり、他の授業の質も上がりました」
ミネルバは冷ややかに「以上です」と言って私たちの会話を終わらせた。
アンブリッジは何か言いたそうにミネルバを見上げていたがツンとして大広間へと入っていった。その後をフィルチさんが続く。
「あなたたち、まともにアンブリッジ教授の相手をするべきではありません」
『助かりました、ミネルバ』
「挑発されて隙を見せ、突かれるようなことがあってはなりませんよ。お分かりですか?」
『「はい。マクゴナガル教授」』
「しかし、毎度言い続けていますが生徒たちのことどうにかなりませんか?泥だらけで食事をしては衛生的に―――――
目配せする私とシリウス。
『なんか学生の時みたい』
「だな」
「あなたたち!聞いていますか!?まったく。グリフィンドール、スリザリン、それぞれ―――――あ」
『「ぶっ」』
ハッとするミネルバの前で噴き出す私たち。
『「失礼しまっす、マクゴナガル教授!」』
「あ!待ちなさい!」
大広間に駆け出す私たちの後ろではミネルバが困った子たちだわ、と言うように首を振りながらも笑っていたのであった。
***
夕食を終え、部屋で仕事をし、そして見回りへ。
静かな学校を歩くのは好きだ。
学生の頃のようにスリルは少し足りないが、こうやって自由に夜の学校を散歩できるのも気に入っている。
ゴーストや絵画たちに挨拶をしてそろそろ部屋へ戻ろうという時だった。どこからか怒鳴り声が聞こえてくる。
耳を澄ませば声が聞こえてくるのは地下からのようだ。
何ごとだろう?
私は自然と眉間に皺を寄せながら地下牢教室へと続く階段を降りていく。
地下牢教室の扉は少し開いていた。
中から聞こえるのは2人の声。セブと―――シリウス。何をやっているの?
そっと扉の隙間を覗いた私はげっと顔を強張らせた。
「お前の陰険さには反吐が出る」
「我輩の授業に干渉してくるな、ブラック」
バチンッ
バーン
狭い教室で魔法を打ち合う2人。
バーンと魔法が当たって瓶が割れる。私は慌てて教室に飛び込んだ。
『2人とも止めて!』
突然の私の出現に不意を突かれたセブとシリウスの動きが止まる。
「止めてくれるな、ユキ。こいつのハリーへの苛めは捨て置けない」
『分かったわ。そうね。シリウスの言う通りかも。でも、魔法はやめましょう』
私は荒れ狂った魔法動物に言い聞かせるようにゆっくりと落ち着いた口調を心がけて言いながらシリウスの杖腕を掴んで下に下ろさせた。
『セブも。貴重な薬材が失われては困るでしょう?』
「チッ」
セブも舌打ちをして杖を下した。
しかし、睨み合いは今なお続いている。いったい何があったというのだろう?
いや、正直首を突っ込みたくない。
取り敢えず2人を引き離して帰らせよう。
仲介はそれぞれの言い分をそれぞれから聞いてするのが良い。
『帰ろう、シリウス』
「俺はスニベルスがハリーに謝罪をすると誓うまでは帰らないぞ」
「貴様は何様のつもりなのだね?我輩の領域に首を突っ込み、人伝の、しかも自分を可哀想な男の子だと周囲に思わせたい目立ちたがり屋からの話を鵜呑みにするなど」
「あの子の言っていることに嘘があるか?不当にハリーに辛く当たって!ユキ、聞いてくれ。こいつは今日、ハリーが完成させた魔法薬を難癖付けて消し去り、ゼロ点をつけた」
このままじゃあO.W.L.の成績にまで響くとシリウスは怒る。
「ハリーは闇払いになりたいんだ。お前のような悪どい人間をとっ捕まえるなッ」
『シリウス、止めて』
再び決闘を始めそうな2人に慌てる。
『冷静に話し合えないなら距離を置きましょう』
「そうすべきだな。さすればこの狂犬とは一生話をしなくて済む。犬に言語があればだが」
『セブ!大人げない!』
私は杖を振ろうとするシリウスの腕を押さえつけながらセブを叱りつけた。
『シリウス、お願い。今日は私の顔に免じて引いてくれないかしら?セブには私から言っておくから』
「だがっ……!」
『お願い』
「―――っ。く……分かった。こいつと話し合ったところで無駄だしな」
シリウスは私の腕を引っ張って廊下へと出た。
そのままズンズンと階段を上って吹きさらしの渡り廊下までやってくる。ようやくそこでシリウスは立ち止まった。
『止めないととんでもないことになりそうだったから……お節介をしたわね』
振り返って私を見たシリウスは険しい顔をしていたが、フッと表情が崩れて困った笑いに変わった。
「なんて顔しているんだよ」
『うにっ』
シリウスに右頬を引っ張られて変な声が漏れる。
『やめてよ』
「悪い。だが、癒された」
『は?』
思い切り眉を寄せる私を無視してシリウスは渡り廊下の石の椅子にドカリと座る。
『ハリーにシリウスがいて良かったわ』
「あの子は追い込まれている。スニベリーの事だけじゃない。アンブリッジのこともだ」
『何かあったの?』
聞くとシリウスはハリーとアンブリッジが教室で言い合いになったことを教えてくれた。
ヴォルデモートがいる、いないで口論となったらしい。
狂ったダンブルドア、嘘つきの少年、疑い深き元アズカバンの囚人。
ハリーの周りは嫌な噂で満ちていた。
「ハリーが心配だ」
どう言葉をかけたら良いのだろう?
私の頭はこういう時いつも気の利いた言葉を思いついてくれない。
仕方なく、私はシリウスの隣に座りじっとする。
私、役立たず……。
こんな時リーマスなら、こんな時リリーならと考えているとドンと体の側面にシリウスがぶつかってきた。
ドン ドン ドン
強くはないがシリウスが私の体に自分の体を打ち付けている。
これはシリウスの心が、悩みが晴れる行為なのだろうか?私は少しは役に立てているのだろうか?
そう願いながらなされるがままに時間を過ごす。
どのくらい時間が経っただろうか。体が冷えてきたと感じているとシリウスが顔を上げた。
「なぁ」
『何?』
「いい親ってどんなだろうな」
シリウスが難しい質問をした。
『リーマスやリリーだったら良い親って感じじゃない?』
「そうだな。優しくて、よく気が付いて」
『何より子供の事を思っている……あぁ。それならシリウスは、良い親だね』
ふと思ったこの事は、すんなりと心の中に入って落ちて行った。
『私もシリウスみたいな人が親だったらな』
「親か」
シリウスが顔を顰めた。
『ごめん。嫌だった?』
「複雑だな」
『ご、ごめん』
「何に対して謝っているか分かっているか?」
『うっ。ふがふが』
シリウスが私の鼻を思い切り摘まんだ。
『さっきから人の顔を玩具にして』
「今日はユキの変な顔が沢山見られた」
ハハッと笑って足を伸ばすシリウスの気は少し晴れたようで、私の気持ちは少しだけ軽くなる。
『セブには私から伝えておく』
「いいさ。あいつの陰険さは筋金入りだ。スニベリーはハリーの事をジェームズとして見ているんだ」
『そういうシリウスも時々そうでしょう?』
「痛いこと言うな」
耳が痛いことを言ったようでシリウスは「うぅっ」と呻きながら首の後ろを掻いた。
ジェームズ……リリー……懐かしい。
『この渡り廊下、悪戯仕掛人たちと何度も走り抜けた』
「フィルチの悲鳴も一緒に思い出されるな」
私たちは思い出話に花を咲かせた―――――
ザーーーーー
私はシリウスと別れ、部屋に戻ってシャワーを浴びていた。
この重苦しい感じ、嫌いだ。
魔法省の圧力、嫌いだ。
心がぎゅーっと圧迫されて瓶に詰め込まれていく感じ。
あっぷあっぷと必死に溺れないように水面から顔を出して空気を吸っている苦しさ。
きゅっ
蛇口を捻ってお湯を止める。
私はぬるま湯につかり過ぎてしまったのだろうか?私は傷つきやすく脆くなっている気がするのは気のせいか。
私は―――――大丈夫か?
『馬鹿ね』
弱気になってどうするの。
魔法でサッと髪を乾かして髪に櫛を入れる。
髪を纏め上げ、簪を刺す。
暑い暑いと部屋を出た私は固まった。
今そこに、誰かいませんでした?
ぎーーっと首を回した私はまるで家具と一体となったように自然と部屋に溶け込んでいた人物を発見して短い悲鳴を上げた。
『クィリナス・クィレル!』
「はい、我が姫君」
ニコリと笑って優雅にお辞儀をするこの人を殴っていいでしょうか、いいですね。
忍の私をこれほどまで驚かせるとは!だいたい人の部屋に!夜中に!勝手に侵入してくるってどういう了見!?
『いつからいたのよ!』
「シャワーに入っていたので声をかけませんでした」
『あのねぇ。ミネルバも言っていたでしょ。妙齢の女性の部屋に無断で入って―――というか、そもそも人の部屋に勝手に入るのはいけないことよ!』
「申し訳ないです。どうしても聞きたいことがあったのですよ」
クィリナスが本当にすまなそうに眉を下げたので私の怒りはプツリと途絶える。
『……』
「口寄せ契約のことで……それに、昼間はあなたを訪ねられませんからね。こうして夜になってしまって。驚かせてしまい……私をお嫌いになっても仕方ない……」
『いや、そこまで怒っていないよ……それに、そうだよね。夜に訪ねてくるしかないものね……うん』
「では座って私の話を聞いて下さいますか?」
『うん』
うん?あれ。
またいつものクィリナスのテンポに引き込まれているような……。
この人、クィリナス・クィレル。学生時代から何だかんだでスルリと自分の要求を通すのが非常に上手い人なのだ。彼は非常に頭がいい。
あぁ、怒っていたことなどもう蒸し返せる雰囲気ではない。私は諦めてクィリナスの話を聞くことに。
『それで、聞きたいことと言うのが』
「人間と口寄せ契約を結ぶことは出来ますか?」
『ぶっ』
私は瓶からラッパ飲みしていた水を噴き出してゴホゴホとむせた。
「ラッパ飲みなんかはしたない飲み方をするからですよ」
『ち、ゴホっ、違います!』
あなたがとんでもないことを言うからです!
『そんな使い方聞いたことないっ』
「しかし、出来ないこともないと?」
『それは知らない』
「興味深いと思いませんか?」
『確かに……。だけど、人間同士は無理なのでは?だって口寄せ動物とは隷属関係を結ぶことに……えぇ~……』
ギラリと剣呑に光ったクィリナスの瞳に私は只今ドン引いている。人間と隷属関係結ぶ気満々ですか。
『法に触れるようなことしちゃ駄目よ』
「しませんよ。同意を得ますよ、ちゃんと。ね?」
いやいやいや。ニコニコしながら私に巻物突き出してこないで頂きたい。
『私は嫌よ。誰の下にもつく気はありません』
「ほう。私が上であなたが下ですか。それも甘美ですね」
そう言いながらクィリナスはいつの間に暗記したやら巻物にスラスラと契約の文言を書いていく。
「難しく考えないで下さい」
クィリナスがコトリと筆を置いた。
「この契約はあなたが主導権を握っています。あなたが危機に陥った時に私を呼び出せばいい。あなたにとって何の損がありますか?」
影分身以外に動かせる者がいた方がなにかと便利でしょう。
アズカバンへ収容される可能性もあると聞いていますよ。そんな時に大事な戦いが始まったら?魔法界の牢を上手く脱獄する自信は?
『確かに……』
クィリナスの言う通りかも。
「契約を」
『そうね』
損はない……
「ユキ?」
私は親指を犬歯で噛んで血を出そうとして止まった。そして思い出してみる。最近の事だ。
この人はシリウスと一緒に“逆口寄せ”で炎源郷へ行ったのだ。
逆口寄せは契約者の意思で行われるもので、口寄せ動物からの契約者の引き寄せは聞いたことがない。しかし、どうだろう。
目の前のこの男は魔法具開発に長けている男だ。契約動物からの強制逆口寄せを成しえるかもしれない。
『や、やっぱりやめておきます』
私はパッと両手を背中に隠した。
なんか怖い。寒い。
「くっ。やはり勘がいいですね」
『何か仰っています?』
「いいえ」
笑顔の仮面を取り繕って、私は『今すぐ帰ってくれ』とクィリナスを追い出す。
そんな私は知らない。
浅い眠り、ぼやける視界
甘い香り
『今何時……?』
狂わされた時の感覚
私は同棲していたことのあるこの男への警戒心が欠けていた
『あ……喉が乾いたわ……』
「水をお持ちしましょう」
ぼやけた頭は数年前と混乱していて
『痛っ』
差し出されたグラスで切った指
『嘘。まさか!この匂い、幻惑香――――っ!』
青白く発光する巻物を見て
私の頭はやっと覚める
「契約完了です」
ギラギラと光る瞳を前に私は身を凍らせるしかなかったのだった。