第6章 探す碧燕
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7.不穏な新学期
グリモールド・プレイスからホグワーツに戻った我輩は校長からの仕事を片付け、来年度の授業準備をし、机から顔を上げた。
首を回せばバキバキと肩が鳴る。
死喰い人の間での情報収集にデスクワーク。体が凝り固まっていた。
少し動いた方が良さそうだ。
そうは言ってもどこかの忍術学教師たちのように激しい運動をするつもりはない。
アニメーガスに変身し、日の落ちた空を飛ぶのが良さそうだ。きっと良い息抜きになるだろう。
周囲に誰もいないのを確認し自分のアニメーガスである蝙蝠に変身する。
初秋の夜空は飛んでいて気持ちが良かった。
心地よい気温と風。
禁じられた森近くまで飛び、適当な木にぶら下がって瞑想する。
ザアアアア
木の葉が風に鳴る音。
学生時代の事を思い出す。
よくスラグホーン先生の手伝いに薬材をユキと採りに来ていた。
2人で偶然見つけた珍しい薬草に歓声を上げ、木苺を頬張った。
ユキは良く喋り、よく笑いかけてくれた。
態度にこそ現さなかったがユキと森で過ごす時間は学生生活の中でとりわけ大切な時間だった。
ザアアア
木の葉が擦れる音の中に笑い声が聞こえたような気がして、ふと表情が緩む。
ホー……ホー……
どこかでフクロウが鳴いている。
どのくらいここにいただろうか?きっと随分時間が経った。
そろそろ帰ろう。
飛んで帰った方が早い。
パタパタと夜の闇を飛んでいくと月明かりに照らされて黒い影が見えてきた。
近づいてきてハッキリと見えてきた影の正体を確認した我輩の鼓動が1つトクリと鳴る。
暴れ柳の近くにあるなだらかな丘に寝そべっていたのはユキだった。
我輩を視界にとらえたユキがニコリと笑いかけてきたものだから、今度は心臓が悪い意味で跳ねた。アニメーガスを見破られたのだろうか?しかし、
『蝙蝠さん、バイバイ』
ユキは言葉の通じない動物である自分に手を振っている。
変な奴だと思いながらユキに気取られない位置に着地し、変身を解いた。
『ふふふ』
「怪しい奴だ」
『っ!?』
独り笑い声をあげるユキに話しかけると予想以上の反応があった。
ユキはガバッと起き上がり、片膝をついて苦無を握り、いつでも攻撃できるような臨戦態勢をとった。
射殺されそうな鋭い視線。
緊張に固まった顔が我輩を確認して緩む。
『セブ……びっくりした』
ユキがホーっと長い息を吐きだした。
『足音が聞こえなかった』
不機嫌そうに一瞬、目を細めた。
「妄想の世界に入り込んで独りで笑っていたからではないかね?」
『うっ。聞こえてた?』
ばつの悪そうなユキの前で我輩は満足感に浸っていた。学生時代から考えてもユキを本気で驚かせられたことは数少ない。
ユキの本気の驚きに優越感が沸いてくる。
「随分と機嫌が良いな」
『うん。今日は良いことが沢山あったのよ』
すっかり緊張を解き、歌うように言うユキの隣に腰かけると、『あのね、聞いてくれる?』と我輩の返事も待たずにユキは話し始める。
今日は学生時代の事をよく思い出す。
ユキは嬉しいことがあると我輩のところにやってきては聞いてもいないのに話して聞かせてきた。
目をキラキラさせて話す姿はあの頃と同じで懐かしい気持ちになった。
「金色のロケットは大収穫だ」
卿の分霊箱を1つ見つけ出した。
かなり大きな成果だ。
分霊箱を追っているユキとレギュラス。
慎重な2人であるし、危険は良く承知しているだろう。だが、身が案じられる。
不安な気持ちに胸が痛み、重々気を付けるようにと言おうと思ったが、やめた。
目の前のユキは機嫌が良さそうにニコニコと笑っている。
そんな笑顔に水を差したくなくて我輩はその言葉を飲み込んだ。
代わりに「その他2つが幸運と数えられるかは疑問だが」と言葉を続ける。
『とても良い出来事じゃない。ふふ』
ユキはレギュラスとクリーチャーの再会、ルーピンがトンクスに恋をしたことがとても嬉しいようだった。
よくもまあ人の事でここまで上機嫌になれるものだと考えているとユキがドサリと後ろに体を倒して寝転がった。
ユキの瞳の中には満天の星が瞬いている。
キラキラした瞳が眩しそうに細められる。
夜空を観察していたユキの目に満月に近い月が映った。
輝く瞳は美しいが、我輩は自分が彼女の目に映っていないことが不満になった。星空に妬けてしまうとは何事だと心の中で自分を笑う。
「他人にとって良いことばかりだが、君にとって良いことはなかったのかね?」
ユキがこちらを向いて満足する自分は馬鹿だ。
『私も十分幸せのおすそ分けをもらったけれど……』
だが仕方ないではないか。彼女の前では我輩は馬鹿な人間なのだ。
ユキに近づきたくて、ユキの瞳に映りたくて、ユキの心の中にいたい。
片肘をついてユキの横に寝転ぶと物理的に彼女との距離が近くなる。
ユキがこちらに寝返りを打った。ユキが我輩を見る瞳が揺れる。
心臓が跳ねた。
確かに彼女は自分を意識している。
濡れた瞳が真っ直ぐに我輩を見つめ、何かを望むように瞳の色が変わる。
我輩ははじっとその瞳を見つめ返した。
美しく、熱い――――
ユキが何かを迷うように眉間に皺を寄せた。
それでも我輩から視線を外そうとしない。何を考えているかは分からなかったが、とても熱い気持ちが胸に届いてきた。
甘やかな雰囲気。
ユキはゴクリと唾を飲み込んで口を開く。
『お願いをしたら、もうこれはフェリックス・フェリシスの力ではないけれど……』
「なんだ?」
『私の簪を抜いてくれない?』
「?」
唐突な質問に目を瞬く。
ユキの声は少し震えていた。
唇も、震えている。
そんな姿を隠すようにユキは俯いた。
『ダメかな?』
無理に冷静さを作った声。
「構わんが……何の意味がある」
答えてくれると思ったが、ユキは返事の代わりに上半身を起こし、我輩に背中を向けた。
月明かりを受けて簪が鈍く光っている。
この髪はいつも綺麗に結い上げられ、まとめられている。そしてこの地味な簪で髪は飾られていた。
簪を抜くことが何の意味を持つのかは分からないがユキが震えるほどの気持ちで頼んできたことだ。丁寧に抜こうと手を伸ばす。
髪を左手で支えながら簪を引き抜くと、パサリと長い髪が地面に落ちた。
長く綺麗な黒髪に感嘆する。漆黒の黒髪は風になびいてサラリと揺れ、月の光を反射させて美しく光っていた。
『ありが、とう……幸せ、だわ……』
ドクリと心臓が鳴る。
ユキの声に我に返ると、目の前のユキの背中が細かに震えていることに気が付いた。
泣いているのかいないのかは分からなかった。
ユキは震えて、堪えていた。
「……泣いているのか?」
その姿に胸が痛くなる。
何を思っている?
出来るならばその痛みを分けてほしい。
驚かせないように気を付けながらユキの肩にソっと触れる。
地面についていたユキの指がギュッと縮まっていき、指先が芝生をえぐる。
涙を堪える彼女にかける言葉を選べなかった。
簪を抜く行為にどれだけの意味があったのか―――――
気の利いた言葉はかけられないが何かしてやりたい。自分のローブを脱ぎ、ユキにかけた。
「風邪をひく」
『ありがとう』
喉の詰まった声でユキが言う。
『とても暖かい』
やはり泣いていたようだ。
サッとユキは涙を拭いた。そしてローブの前を手で合わせて自分を包み込みながら立ち上がり、こちらへ振り返った。
我輩の手に握られていた簪を受け取り、服に差した。
『ごめんなさいね。不思議でしょう?』
困らせて悪かったと言うように吐息交じりにユキは笑った。
「分からないが……ユキにとって何か重要な意味を持っていたのは分かる」
『……うん』
ぐっと歯を食いしばって泣くのを堪えていたユキだったが、涙が一粒零れた。拭ったその涙は温かかった。
自分の心臓の辺りを掴み、ユキは感情を噛みしめるように小さく数度頷いた。
『私は今、幸せだ……』
ゆっくりとユキの体が倒れてきて、ユキの額が我輩の肩に乗った。
彼女の体に手を回すとユキは我輩にしがみついてきた。
『幸せなの。幸せになった。私は今、幸せだ……』
自分に向けられた言葉ではないことは分かった。
だが、自分の行為がユキのこの感情の最後の堰を切ったのだと思う。
ユキが流している涙は悲しいものではないことは分かる。
どちらかというと嬉し涙だ。だが……純粋に嬉しいということでもないだろう。
ユキの声音からは悲痛さも伝わってきて胸が締め付けられる。
『ありがとう、セブ』
顔を上げた時のユキはいつも通りのユキの顔に戻っていた。優しく、柔和。
『そろそろ部屋に戻らないとね。夏も終わりだし夜は冷える』
「部屋まで送っていこう」
我々は無言で丘を下って行った。
『ありがとう、セブ』
「ユキのためになったのなら何よりだ」
『マントもありがとう』
ユキは何かを脱ぎ去ったような今までにない明るい顔をしていた。
ユキの濁りのない瞳はしっかりと我輩を見つめている。
先ほどは誰かに向けられていた言葉。
今は確かに、彼女は自分を見て、自分に向けて話している。
ユキには幸せになってほしい
ユキの幸せを守りたい
心の中で固く誓った――――――
***
入学式の前夜、私とシリウスは校長室に呼ばれていた。
「夜更けにすまんのう。急な教師変更があったものでの」
忍術学と関わる科目は1つ、闇の魔術に対する防衛術だ。そのことで私たちは呼ばれたのだろう。
私たちは闇の魔術に対する防衛術の教授に元闇払いの女性が就く予定だと聞いていた。
ダンブーの厳しい顔つき。嫌な予感しかしない。
「新しい教授は魔法省から迎え入れることになった」
『「っ!」』
私たちは顔を強張らせる。
「魔法省がホグワーツに介入するということですか?」
「そうなる」
シリウスの言葉にダンブーが頷く。
『因みにどなたです?』
「2人ともハリーの懲戒尋問で会っておる。魔法省上級次官のドローレス・アンブリッジ女史じゃ」
「あの女か」
シリウスが吐き捨てるように言った。
「2人とも十分に気を付けるのじゃ。噂は耳にしておると思うが、おぬしらへの魔法省の圧力は強い。隙を見せるでないぞ」
シリウスはセブの証言と各々の記憶の提出によって、アズカバンに収容されることになった大量殺人の濡れ衣をはらした。のだが、証拠不十分だと声が上がっており世間の風当たりも強い。
私の方は素性の知れぬ得体の知れぬ女ということもあり他国からのスパイを疑われている。
おまけにヴォルデモートの復活を見た唯一の大人ということで魔法省から何度も発言の撤回をするよう直接に、手紙でも求められていた。
『今年の忍術学と闇の魔術に対する防衛術との合同授業はどうします?』
「やりたくはないじゃろう?」
『「はい、絶対に」』
私とシリウスの声がそろった。
『その代わり忍術学では特別授業を開きたいと考えています。より実践的な術を生徒に学ばせたいもので』
「許可しよう。生徒を鍛えねばならん」
髭を触るダンブーはどこか遠くを見つめている。彼のブルートパーズの瞳には何が見えているのか……。
校長室を出た私とシリウスは私の部屋で授業打ち合わせをしていた。
シリウスの忍術は大したものだ。雷遁を使う彼は繊細さこそ欠くが攻撃力が非常に高い。近・中、遠距離と不得意なく戦える。
先生としても優秀だ。生徒にも慕われている。
『ねぇ、シリウス。古傷えぐってもいい?』
「何を聞きたいんだ?」
少し嫌そうにシリウスが顔を顰めた。
「質問によっちゃ答えないぞ」
『アズカバンのこと』
「はぁ。そんなの聞いてどうするんだよ。楽しかないぞ?」
『楽しむためじゃないわよ。ただ……知識を入れておきたくて』
「ユキ!」
強い語気で私の名前を呼ぶシリウスに首を振る。
『ありえないことじゃない』
「俺が守る」
『どうにもできない時もあるわ。その時は生徒をお願いしたい』
大きなため息を吐きながらシリウスは両手を頭にやった。
『念のためよ』
「……何が聞きたい?なんでも話す」
苦しそうな声を絞り出すシリウスにいくつか質問する。特に吸魂鬼について。
幸せな感情を奪い去っていく吸魂鬼。彼らに対応するにはどうすればよいのか。
「俺は自分に冤罪を着せたペティグリューに復讐することだけを考えて過ごしてきた」
『吸魂鬼たちが欲しない感情を常に持っていればいいわけね』
それなら得意だ。大丈夫。
『ありがとう、シリウス。ごめんね。嫌なことを思い出させて』
「ユキの為になるなら構わない。だが……万が一その時が来ても大人しく捕まる必要があるのか?逃げて、無実が証明されてから出てくる方法もある」
『確かに牢の中にいる時に闇の勢力との闘いが始まり参戦できないなんてことがあっては困るわ。でも、その時は脱獄するから』
「簡単に言うな」
『何度脱獄したことあると思っているのよ』
「は!?」
驚いて目と口をぽっかり開けているシリウスの顔が面白くてクスクス笑ってしまう。
『私は忍者だったのよ。敵の手に落ちたこともあれば自ら牢に入ったこともある』
「ユキのこと、未だに知らないことが多いな……」
『知っていても何の身の肥やしにもならないわよ。それよりも』
私は巻物を取り出した。これは私が炎帝たちと契約を結んでいる術書だ。
『お願いがあるの。シリウス先生』
「うっ。なんだよ先生って。嫌な予感しかしないのだが」
『安全確認がしたいだけ。一緒に来てくれる?』
「嫌だって言ったら力づくで連れて行く気だろ?」
『もっちろん!』
「恐ろしい女だな。で、どこに行くんだ?」
『炎源郷よ。さ、行こう!』
「行こうって……っ!まさか!」
光る巻物。
シリウスの顔が引き攣っていく。
『逆口寄せの術』
私とシリウスは巻物の中に引き込まれていったのだった。
鬱蒼とした森だが空は真っ青。
私もここがどこにあるのかは分からない。ここはこの世のどこかにある魔獣の住まう場所。
『炎帝』
<こっちに遊びに来るとは珍しいね。可愛い坊や付きで>
汽車の車両1両分の大きさのある赤い鳥はシリウスをなめるように見てケケケと笑い声を空に響かせた。
『炎子』
<はーい。ユキ、久しぶり!>
元気よく私の元に飛んできたのは不死鳥と同じくらいの赤い鳥。彼女はフォークスと恋仲でもあり、バジリスク退治に一役買ってくれたこともある。
私は左の手甲の上に炎子を止まらせてお願いする。
『今からシリウスがこの森で契約する口寄せ動物を探すの「初耳だぞ?」炎子には道案内をお願いしたい』
炎子は楽しいことが大好きだ。この仕事を引き受けてくれた。
『ここにいる生き物は話すことが出来る。話が通じるかは……不安しかないけど。でも、シリウスなら口寄せ動物と契約できずとも生きて帰ることが出来ると信じているから!というか目標は生きて帰るでいい。明日の朝迎えに来るから生きて帰ってきて!』
「突然連れてきて滅茶苦茶だなっ」
ギャーギャー騒ぐシリウスに幸あれと手を振り私は元の世界へ。
ドラコには口寄せ動物と契約してほしいと思っている。
自分の戦力を得るというだけではなく、心の繋がったパートナーが出来るのは良いものだ。
しかし、炎源郷は危険なところ。いきなりドラコを放り込むのは不安があった。なので実験的にシリウス投入。というわけだ。
頑張れシリウス!
私は心の中で無責任な応援をして机の上を片付け始めた。
その後、ちょうど私を訪ねてきたクィリナスに炎源郷の話をしたら大層羨ましがったので彼も炎源郷へと送り出した。実験台は多い方がいい。
クィリナスはもともと力を求めてアルバニアの森を彷徨い、ヴォルデモートと出会ってその力に魅了された人間だ。力と知識を求める欲は深い。
そして入学式の早朝。
私は炎源郷へと降り立っていた。
約束した場所には2人の姿がありホッとする。2人ともボロッボロではあるが半透明のゴーストにはなっていない。
2人の傍にはそれぞれ魔獣の姿があった。
クィリナスの肩に止まっているのは氷のような印象を与える限りなく白に近い水色の鳥。
シリウスの横にいるのは獅子だった。牙も目つきも鋭いがピッタリとシリウスに寄り添っている。
見た感じ2人が連れてきた魔獣は2人に懐いているようだった。口寄せ契約の話をすると魔獣たちは喜んで頷く。
2人が連れてきた魔獣たちはシリウス、クィリナスそれぞれの口寄せ動物になった。
2人から炎源郷の冒険談を聞いていればいい時間になる。
『気を付けてね』
シリウスはハリーの迎えとホグワーツ特急へ送る任務へと向かった。
日は暮れていき
大広間の準備も整う
私はシャワーを浴びて衣服を整える。
隙のないように、きっちりと髪を結いあげて藍色の着物を着る。
ヴォルデモートが復活したということで心配していたのだが、子供たちはいつもと同じ通り元気いっぱいの様子だ。
私はホッとしながら職員室から出て職員テーブルへと向かう。
「ユキ、気をつけなさい」
『はい、ミネルバ』
壇上を見れば口元にニッタリとした笑みを浮かべたドローレス・アンブリッジ女史が座っていた。
まずは相手の出方をみよう。私はアンブリッジに近づいて声をかけた。
『ドローレス・アンブリッジ女史。改めてご挨拶させて下さい。忍術学のユキ・雪野です。どうぞよろしくお願い致します』
「あら、思っていたよりも礼儀正しいのね」
くりくりとした目に少女のような声。アンブリッジは驚いたと言った顔を作ってから私に笑いかけた。
「少しは改心したのかしら?」
『今のところ何か悔いることはしていません』
「ご覧になって」
アンブリッジが掌を生徒の方に振った。
「生徒の声が聞こえてこない?デタラメを言う教師はホグワーツに相応しくないと」
耳を澄ませる。私の良く聞こえる耳はアンブリッジが言うように確かに生徒の私に関する悪口を聞き取った。
―――あの人が生き返ったなんてデタラメだ。両親も言っている。
―――家もだ。ユキ先生を信用するなって。
―――どっかの国のスパイだって話も本当だってよ。
何も言えない私を見てフフンと勝ち誇ったように鼻で笑うアンブリッジ。
「ホグワーツにいられるのもいつまでかしらね?」
『魔法省的にはいつ頃の予定なんです?』
「準備ができ次第よ」
『……』
ニッタリと笑うアンブリッジに『失礼』と頭を下げて私は自分の席に座った。
腕を組み、イライラに耐えているとセブとシリウスが入ってきて私の両隣に座る。そろそろ入学式開始の時間だ。
ダンブーが席に座るとすぐに観音開きの扉が開いてミネルバを先頭に新一年生たちが中へと入ってきた。
緊張した幼い顔。
可愛い子供たちの姿に先ほどのイライラも忘れて顔が綻ぶ。
丸椅子の上に置かれた組み分け帽子。シンとした大広間。
静寂を破り、帽子のつばの
私は驚いた。組み分け帽子の歌は例年と違っていた。
ホグワーツ創始者が固い絆でもってホグワーツを創設し、そして理念の違いから袂を別ったことが歌われた。
―――あぁ、願わくば聞きたまえ 歴史の示す警告を
帽子が動かなくなり皆拍手をしたが、生徒たちは困惑して近くの者と意見を交換していた。
『帽子もこの不穏な空気を感じ取っているようね』
「あぁ。子供たちが正しい精神をもつことは平和へと繋がる。寮の垣根を超え団結を―――スリザリンともか?」
『なんで疑問形なのよ、シリウス!』
お断りだと顔に書いてあるシリウスに呆れてしまう。あなた教師でしょう!
ダンブーの合図とともに食事が始まった。アンブリッジの目など気にしていられない。宴で食べなきゃいつ食べる!ビーフシチュー、白魚のムニエル、ミートパイなど片っ端から料理を平らげていく。
「相変わらずの食欲ですな」
『こんな美味しいものを目の前にしてガッツくなって方が無理よ』
左隣のセブと話していると私のお皿に置いてあった鳥の丸焼きにナイフが入った。
『ああ!』
私の鳥の丸焼きにナイフを入れるシリウスの手を掴む。
『何すんのよ!』
「1匹丸まるもってくなんてズルいぞッ」
『こういうの早い者勝ちでしょ!?』
「俺の好物だ。半分分けてくれたっていいじゃないか」
『いやーーー助けてーーー』
「いでででで助けては俺のセリフだ。腕がちぎれる」
『じゃあナイフから手を離したらいいのよ』
「俺は今日これを食べるのを楽しみに昨日の炎源郷での修行を乗り越えたんだ」
ギャーギャー言い合っているとあちらこちら先生たちの笑い声。ミネルバからは𠮟責が飛んでくる。
宴は賑やかに幕を閉じたのだった。
食事が終わり、恒例の禁止事項の説明がダンブーから伝えられる。そして新しい先生の紹介も。
在校生も私も毎年同じ話にぼんやりとしていた時だった。突如「ェヘン、ェヘン」とアンブリッジがダンブーの話を遮った。校長の話を遮るとは……。両隣のセブとシリウスも怪訝そうな空気を出している。
「アンブリッジ先生、ご挨拶を?」
「させて頂きますわ」
コツコツとヒールを鳴らして前に出たアンブリッジはダンブーが話していた壇上へと上がった。
クルリとダンブーがこちらを振り返った。
「(ちょっと!なに、こいつっ)」
「「「「(((ぶふっうっ)))」」」」
思いっきり歯と目を剥き出して鼻の穴を大きくし、生徒に見えないように親指でアンブリッジを指さすダンブーに教師陣一斉に笑いをこらえる為に俯いた。強烈に訴えられる無言の不満。やめてよ、もう!
噴き出さないように震えているとアンブリッジのスピーチが始まった。
話はお堅くつまらないスピーチ。生徒たちの集中力も早々に切れて、私もまたぼんやりとしてきたところでセブが不快そうに鼻を鳴らし、シリウスが「あいつ……」と唸った。
『ええと?』
話を聞いておらずセブを見上げると「あの女は魔法省がホグワーツに干渉すると暗に言っているのだ」と教えてくれた。
昨日のダンブーとの会話でもあったけど……
『そうは言ってもホグワーツは独立機関。ダンブーがいる限り好き勝手出来ないはず』
私の意見に首を振ったのはシリウスだ。
「ホグワーツには理事会があるだろ?その筆頭はあのマルフォイだ。校長の地位も盤石じゃない。魔法省だってホグワーツ運営に干渉できる力はある」
『そんな……』
絶句する私はハッとして適当に拍手した。
アンブリッジの演説がいつの間にか終わっていたからだ。
『ダンブー大丈夫かな?』
「人の心配よりも自分の身を危ぶむべきですな」
『ですよね。私、アズカバン送りになるかしら?』
「そ、そこまでは言っていない」
セブが顔を引き攣らせた。
「あるはずがない」
『覚悟はしておいているのよ』
「まったく。スニベニーは最低だな。ユキを不安にさせて」
『この話をした私が悪かったわ。2人ともこの話は終わりにしましょう』
無理矢理会話を終わらせてダンブーに集中する。クィディッチの寮代表選手選抜の話をして、ダンブーはこちらを振り向く。
「続いて忍術学の雪野教授からのお知らせじゃ」
私は前に出ていって息を吸い込んだ。
『今年は毎年行われていた忍術学と闇の魔術に対する防衛術との合同授業は行われません。その代わり、忍術学では特別授業を開催します。対象は4年生以上。より実践的な授業を行います。体を鍛えたい生徒はぜひ参加を』
ウィーズリーの双子が思い切り手を伸ばしている。他にもキラキラとした視線をこちらに向ける生徒たちがいて、私は少しホッとした。受講者0にはならなそうだ。
私かシリウスに申し込みを行うように言って席へと戻る。
解散となって監督生が新入生を連れて行く。
在校生もざわざわとそれぞれの寮へと戻っていった。
私はというと皆に見つからないように気配を消して厨房へと下りて行っていた。食べ忘れていたものがあったのだ。
チョコヌガーはまだ残っているだろうか?
『すみません。チョコヌガーを……あれ!?』
私は扉を開けた瞬間、目の合った屋敷しもべ妖精を見て驚きの声をあげた。
『もしかしてドビー?』
「はい!ドビーはダンブルドア校長先生に雇われたのです」
ドビーが胸を張って言った。
『雇われたってことはお給料を貰ってってことよね?』
「そうなのです」
『良かったね』
「何かお探しですか?」
『チョコヌガーを下さいな』
ドビーがパチンと指を鳴らしてチョコヌガーを出現させた。
近くにい過ぎて気づかなかったけど……屋敷しもべ妖精って凄いわよね。
魔法も指パッチン一つで使うし、姿現しも出来る。
学生の生活の面倒も見てくれる屋敷しもべ妖精たち。知らずのうちに洗濯や掃除をしてくれていた。
いつの間にか衣服が洗濯されていて衝撃を受けた記憶があったわ。
まるで忍みたいに隠密に動く……。
彼らが力になってくれたら非常に心強いだろう。それにゴースト、絵画たちも。
今のうちから万が一の時には助けてほしいとお願いしておくのがいい。
『ごちそうさま』
厨房から玄関ロビーへと続く階段を上がっていく。
先ほどまでとは打って変わりシンと静まり返っている。
お腹いっぱい、風も気持ちいいと満足しながら歩いていた私は自室の階段前に黒い人が立っているのを見て小走りになる。
「どこへ行っていた」
『厨房』
「あれだけ食べたのにか?……まあいい」
セブは息を軽く吐きだし、私を見つめた。
何だろう?
不思議に思っていると「すまない」と何故かセブが謝った。
「軽率だった。食事の席でのことだ」
『あぁ。アズカバンの話?』
「そうだ」
『あんなの気にしなくていいのに』
「我輩も少し思ったことがあったのだ。だが、流石にそうはならんだろうと頭から追いやっていた。しかし……あの時、急に現実味を帯びたように感じてな」
いつもより青白い顔をして瞳を揺らすセブを安心させるように微笑む。
『もしそうなっても大丈夫よ。シリウスに心得は教わったし、投獄は経験あるし、何かあっても脱ご』
「馬鹿者」
セブが私の頬に手を伸ばした。
しかし、その手は私に触れられずに握り拳となり下ろされる。
「大人しくしていろ。そうはならんように」
『うん』
薬草の香りが私の横を通り過ぎる。
セブは黒いマントを翻し、私の元から去っていった。