第6章 探す碧燕
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6.幸運薬の効果
私とレギュはブラック邸に来ていた。
鼻と口を布で覆った姿で立っている。
「ごめんなさいね、ユキ先生、グライドさん。こんなことをお願いしてしまって」
『いいんですよ、モリーさん。いつも美味しいご飯を頂いているお礼です!』
「そうですよ。ものまね妖怪ボガード退治くらいさせて下さい」
私とレギュはそれぞれ、もしくは時々一緒にこのグリモールド・プレイス12番地へ寄っていた。不死鳥の騎士団の仕事であったり、私はここに住んでいるシリウスに会うために、また、レギュはクリーチャーに会うためにだ。
そして今日はノクターン横丁でレギュと分霊箱の情報を集めていた帰り、ここに立ち寄った。
玄関に入った私たちはマッド‐アイに会い、こう頼まれた。
―――モリーがものまねボガードに悪夢を見せられてな
この屋敷はクリーチャーが手入れをしていたとはいえ、やはり人が住んでいなかったことで荒れてしまっていた。
ドクシー、ピクシー妖精、グールお化けが住み着いていて、初めは子供たちで退治をしていたのだが、ある時まね妖怪が姿を現した。それを一番初めに見つけたのはモリーさんだ。
モリーさんが見たものは最悪だった。子供たちの死んだ姿だった。モリーさんは大いに取り乱し、そして彼女の最悪の予想は子供たちに少なからず影響を与えた。
ウィーズリーの双子をはじめ、まね妖怪退治などお手の物だと言う子供たちだったが、暫くはまね妖怪と距離を置いた方がいいだろうと大人たちは判断した。そこへやってきたのが私たちである。
「ユキ先生の一番怖いものってなんです?」
『2年前のリーマスの授業では“私”が出たわ』
「自分自身ですか?」
『暗部時代の私。話したことあったっけ?』
「いえ」
レギュに暗部時代の自分の話、暗殺を主にして任務を行っていたことを伝えた。勿論、セブ、シリウス、クィリナスに伝えたと同じ詳しい内容は語らない。
『何の感情もなく残酷なこともした。あの時に戻りたくない』
「なるほど……合点がいきました」
『え?』
「いえ、こちらの話です」
ニコリと美しい笑みを浮かべるレギュに首を傾げていると右の部屋の戸棚がガタガタと揺れた。まね妖怪だ。
「別れて退治しませんか?お互い自分の恐怖の対象を見られるのは気まずいでしょう?」
『グライドの怖いもの、気になるな』
「悪趣味ですよ。さあ、ニタニタしていないで上に上がって下さい。僕はこの階から取り掛かりますから」
レギュはガタガタ鳴る戸棚の部屋に入ってバタリと扉を閉めた。
仕方なく私も上の階へと上がる。
ドクシー・キラーでドクシーを退治しつつ、蜘蛛の巣や埃をスコージファイで取り去り、部屋を点検していく。すると、いたいた。
脚の一つが壊れかけのクローゼットがガタガタと揺れていた。
『アロホモラ』
飛び出してくるまね妖怪ボガードは相変わらず私の姿。
『もう怖くなんかないわよ』
私は2度とあの頃の自分に戻るつもりはない。
ピエロの格好をして愉快に踊る姿を見ながら私は『馬鹿馬鹿しい』とまね妖怪を笑ったのだった。
昼過ぎに屋敷に来て今は夕方。
まね妖怪退治の終わった私たちはクリーチャーに紅茶を淹れてもらって休んでいた。みんな用事があるのか出払っている。
「クリーチャーはどうしてユキ先生にだけ親切なんでしょうね」
ダイニングから出て行くクリーチャーを不服そうな顔で見送りながらレギュが言った。
『クリーチャーは分霊箱に関する記憶、勿論私に関する記憶も消しているはずよ。あなた方が事前に約束していた通りにね。でも、潜在意識のどこかに私を覚えていたのかしら?だから懐かしい感じがするのかしらね?』
「潜在意識で言うなら姿は違えど僕に親しみを感じてくれてもいいのに」
『拗ねない拗ねない』
「す、拗ねてなんかいませんよ」
ぶすーっとして紅茶を啜るレギュを見て堪らず笑ってしまったら睨まれてしまった。あー怖い!
「それよりも分霊箱ですよ」
他の分霊箱の情報はチラチラと集まってきたのだが、金のロケットの情報は途絶えてしまっている。
やはりマンダンガス・フリッチャーを問い詰めるしかない。
不死鳥の騎士団のメンバーを取り調べるには慎重を期さねばならない。
もし私たちがマンダンガスに疑いの目を向けていると分かれば、それが分霊箱のためだったとしても印象が悪い。最悪ここの出入り禁止、いや不死鳥の騎士団の情報が得られなくなる可能性だってある。
『実は秘策を持ってきたの』
私はウキウキと言った。
「なんです?」
私は袂から黄金色の液体が入った試験管を取り出した。この前実験に成功した余分分のフェリックス・フェリシス改良薬だ。
「期待できそうですね。どうにか手掛かりとなるものだけでも見つかるといいのですが」
『幸運の液体。これが打開策となりますように。もしかしたらマンダンガスがやってきて誰に売ったかペラペラ話してくれるかもしれない』
「そう願います」
私はポンと栓を抜いて一気に幸運の液体を飲み干した。
とても気分がいい。
『部屋の掃除でもしよう』
急に部屋の掃除の続きがしたくなった。
「さっき十分にしたばかりでしょう……いえ。今はユキ先生のやる事を遮らない方がいいですね」
目的があれば目的を達成させるのに幸運を使ってくれるフェリックス・フェリシス。私は思うままに掃除をすることにした。
テーブルの下を掃いて、暖炉の上を雑巾で拭き、また箒に持ち替えて部屋の隅へ。
『このガラクタは誰の?』
ある部屋の隅には大鍋やトランクケースがガタガタと積みあがっていた。
「荒れた家とはいえこんなガラクタが自動的に積みあがるわけありませんし……それに、これは古いものではなさそうですね」
レギュがハッと息を飲み込んだ。
「ここに……手掛かりがあるのかも」
『そうかも!探してみましょう』
レギュが念のため部屋に鍵をかけた。
一番上に不安定に積んであったトランクを私が、レギュは物がぎっしり詰まっている大鍋を手に取って調べ始める。
トランクの中身は価値があるのかないのか分からないものだらけだった。
指輪、毛皮のコート、フォーク、ブローチ。特に魔力も感じられない。
レギュの方も同じだったらしく、大鍋を横に置いて次の大鍋に取り掛かっていた。
私もトランクを閉めて重ねてあった大鍋を手元に引き寄せる。
「これらはきっと盗品ですね」
レギュが鍋の中身を調べながら言った。
「価値のないものも混じっていますが銀製の燭台に象牙のブローチ。売ればいい値がつきます」
『マンダンガスが盗んできたものだと思う?』
「限りなくそうだと思いますよ。彼がコソ泥をやっているとモリーさんが怒っていましたからね」
『何か出てこい、手掛かりー』
古くて、くすんでいて、私には全てガラクタに思える。高価な物と安い物の区別の付かない自分を嘆きながらガチャガチャと盗品を調べていた時だった。横から小さな声が聞こえた。
『グライド?』
「……た……」
私はハッと息を飲んだ。
グライドの手元にある。
ロケットだ。
金色のロケットがレギュの手に握られていた!!!
『まさか……!』
レギュの手元を覗き込む。
そしてソっと私は分霊箱に触れた。
ドクンと嫌な感じ。
確かにこれはヴォルデモートの分霊箱に間違いない。
「やりました!」
『わっ!』
ドンと体に衝撃が来る。
レギュが私に抱きついたからだ。
「やった……ようやくっ……!」
『うん!やったね。ようやく見つけ出せた』
「こんなところにあるなんて」
『驚いたね。灯台下暗しとはこのことだわ』
あれだけ時間と手間と危険を冒して分霊箱の行方を追っていたというのに見つかるときはかくも簡単に見つかるものか。
「すみません……失礼しました」
レギュが私から体を離して照れ臭そうにゴホンと咳払いした。
ちょっと目の端が赤い。どうやら少し泣いてしまったのだろう。
ふふ。レギュったら可愛い。言ったら怒られるから言わないけど。
『さっそくダンブルドア校長に報告しに行きましょうか』
「そうですね。折角取り戻したこの分霊箱。安全な場所に移しておきたいです」
レギュはもう2度と離すものかというようにロケットの鎖を自分の手に巻き付けて更にローブのポケットにその手を突っ込んだ。
私たちは廊下ですれ違ったモリーさんに手早く挨拶をしてバシンとホグワーツへ姿現しした。
校長室前で合言葉を言うと対のガーゴイル像がぴょんと両脇に飛びのく。私とレギュは自動で上がる螺旋階段を急ぎ足で上っていく。
トントントントン
『ダンブルドア校長、ユキです。グライドも一緒です。いらっしゃいますか?』
扉は直ぐに開いた。
何か難しい考え事をしていたらしい、厳しい顔をしたダンブーが髭を撫でながら立っていたが私たちを見て表情を緩めた。
「娘の訪問はいつでも嬉しいものじゃ。そして隣は……娘婿かの?うひょひょ」
『冗談を言っている場合じゃないわ。見て』
私はにっこりと笑いながら頭でレギュを指した。
『いいものが手に入った』
「ほう。何かの?」
「これですよ」
レギュがポケットから手を引き出す。
そしてダンブーの前で握っていた手を開いた。
ブルートパーズの瞳が大きく開かれる。
「なんと!見つけ出したか!」
歓喜の声が校長室に響いた。
「見せてくれるかの?」
「勿論です」
ダンブーは机に分霊箱を置き、杖をその上で行ったり来たりさせた。ふむふむと髭を触りながら独り言をブツブツ呟いていたダンブーはようやくこちらを向いた。
「非常に興味深い。リドルの日記の分霊箱は破壊されてから見たからのう。こうして生きている分霊箱を目にするのは初めてじゃ」
『早速破壊を?』
「いや、今は出来ん」
「どうしてです?」
悪いものは消してしまった方がいいだろうと思ったがダンブーには何か考えがあるようだった。
「分霊箱はヴォルデモートの魂の破片。ヴォルデモートと繋がっておるかもしれん。もし、ここで破壊すればヴォルデモートに警戒を強めさせることになる」
『そうですね。他にも分霊箱は存在する。隠し場所を強固にさせるのは良くない』
「分霊箱がいくつあるのかも分かっていない状況ですしね」
「まさに問題はそれなのじゃ」
ダンブーはレギュの言葉に頷いた。
「ヴォルデモートを倒すには分霊箱を全て破壊せねばならん。ヴォルデモートに気づかれないように密かに捜索し、時機を見て破壊する」
『分霊箱が何個あるかどうやって調べればいいのだろう……』
そもそもこんな大事なことをヴォルデモートが人に話しているとは思えない。どうすべきなのか頭を悩ませていると「心当たりがある」とダンブーが言った。
「ヴォルデモートが分霊箱をいくつ作ったか知っているかもしれない人物がいるのじゃ」
「誰です?」
「スラグホーン先生じゃ」
『「スラグホーン先生が!?!?」』
私とレギュは素っ頓狂な声を出した。
まさか学生の頃の寮監の名前がここで出てくるとは。
「スラグホーン先生は今どこに?」
「ヴォルデモートが復活してからスラグホーン先生は死喰い人に勧誘されておっての。逃げ回っているようで足取りがなかなか掴めない」
私とレギュは顔を見合わせた。
『私たちもスラグホーン先生捜しを手伝います。闇側に捕まる前に見つけ出さなくては』
「世渡り上手、家具に変身できるくらいの変身術の才能を持つスラグホーン先生です。簡単に死喰い人に捕まったりはしないと思いますが、早急にホグワーツで匿うのが良いでしょうね」
「ありがとう、ユキ、レギュラス。そなたたちが手伝ってくれるとなると心強い」
金色のロケットはダンブーの部屋で保管されることになった。
校長室を辞した私たちはホッと息を吐きだす。
『兎に角、今日は喜びに浸りましょう。長い時間をかけてきた成果が出たんだもの』
「そうですね。まだまだやる事は沢山ありますが……お祝いを」
『やったわね』
「えぇ。僕たち、やりました」
ガッチリと握手をした私たちはギュッとハグをした。
命がけで洞窟の中へと金色のロケットを探しに行ったレギュ。一度は失われ……そしてこうして再び手の中に戻ってきて感激もひとしおだ。
『クリーチャーとも喜びを分かち合えたら良いのに』
「その事ですが……」
『なに?』
「クリーチャーはユキ先生の事を覚えているんじゃないかな、と」
『それって私に関する記憶を消さなかったってこと?』
「クリーチャーの態度から察するにそうではないかと」
『それじゃあ、レギュがブルガリアへ行ったのも覚えていることになるわね。確認してみる?今のクリーチャーは騎士団本部という安全な場所にいるわ。あなたが名乗っても問題ないんじゃないかしら』
「そう……思いますか?」
レギュはクリーチャーが拷問を受けないように分霊箱を見つけた後、自身の記憶を消すようにクリーチャーに言っていた。
今後そうなる可能性もあるのでは……という不安が半分。そして再会を喜びたいというのがもう半分の気持ちだろう。
『想いは出来るだけ早く伝えたほうがいいよ。クリーチャーは今安全な場所にいる。だから、自分は誰か教えてあげたら?私たちは危険な任務に就いている。いつ死ぬか分からない状況にある。何も知らされないままは1番悲しい』
「ユキ先生にしては為になる話ですね」
『本っ当に可愛くないな』
「怒らないで下さい。なるほど、と思っているんですよ。伝えたいことを伝えられる状況なら躊躇うな。大事なことですね」
レギュは握っていた拳から力を抜いた。
「ついてきて頂けます?ユキ先生の協力が必要なので」
『勿論』
私たちは再びグリモールド・プレイス12番地へ。
屋敷には人が戻ってきていた。
ハリーたちが不死鳥の騎士団のメンバーと一緒にダイアゴン横丁に新学期の買い出しに行っていたらしい。
賑やかな屋敷の声とは離れ、私たちは1人ひっそりとブラック家代々の肖像画を磨いていたクリーチャーを発見した。
〈我が高潔なるブラック家を汚すーーー
『えいっ』
レギュの母親は絵の中で失神した。
「人のっ!!……」
『クリーチャー』
こちらを思い切り睨みつけるレギュを無視してクリーチャーの名前を呼ぶと、クリーチャーの鋭い目は私を確認して少しだけ緩められた。真ん丸な目で私を見、雑巾を置いてこちらへとやってくる。
『少し話があるのだけど』
「クリーチャーめはユキせんぱ……先生様の指示に従いますです」
『じゃあこっちへ。誰にも聞かれたくない話だから』
「この方も一緒でございますですか?」
嫌そうにレギュを見ているクリーチャーに苦笑いだ。
『うん。いてもらいたいの』
「分かりましたです」
「場所はこちらへ。ついて来て下さい」
レギュが案内したのは自分の部屋だった。
古くなっているがブルーが基調でまとまりのある落ち着きがある部屋。
私は扉を閉めて防音呪文を施し、クリーチャーに目線を合わせるように跪いた。
『回りくどいことは苦手だから端的に聞くわね。あなた、金色のロケットを探しに行ったあの日、レギュをブルガリアに送った後、自分の記憶を消さなかったでしょう』
大きな瞳が更に大きく開かれた。
「それは、それは……クリーチャーは悪いしもべ妖精ですッ。命令に従うつもりでおりました。でも“いつ”とは言われてないのでございます」
屋敷しもべ妖精にとって主人の命令は絶対。クリーチャーは今の今まで命令を先延ばしいしていたようだった。
突然クリーチャーが頭をベッドに叩きつけ出す。
「あぁ、もう。ユキ先生は怒っているわけじゃないんだ」
レギュがクリーチャーを抱き上げた。驚いたのはクリーチャーだ。屋敷しもべ妖精はそういった大事にされる行為に慣れていない。先ほど私を見る時より真ん丸に目を見開いてレギュを見上げている。
『そうよ。怒っていないわ。ただ、事実を確認したいだけ』
出来るだけ優しい声音で言うと、落ち着いてきたらしいクリーチャーはためらいの表情を暫し見せた後「すみませんです。消しておりません……」と消え入りそうな声で言った。
私とレギュは顔を見合わせた。
その顔には微笑。
『私は扉の外で見張ってる』
「ありがとうございます」
「?」
不思議そうな顔をするクリーチャーの頭をひと撫でして、私は部屋から出て行った。部屋に誰か入ってきては困る。
ゆっくりと再会を喜べますように。
中から何も聞こえない扉に背をつけて、私は2人の再会を思い頬を緩ませていたのだった。
1時間ばかりしてレギュとクリーチャーは部屋から出てきた。
2人とも目を腫らしていたがとても幸せそうだった。
ヴォルデモートを倒すまではレギュの事をグライドと呼ぶように約束したそうだ。出来るだけ自分を特別扱いしないこと……というのは守られそうにないが。
シリウスは何かを察したのか見て見ぬ振りをしてくれていたし、他の屋敷にいる人も頑固で排他的なクリーチャーがレギュに丁寧に接しているのを見て良いことだと見守ってくれていた。
今日の会議は子供たち、主にハリーをキングスクロス駅に送りに行くのは誰かという話し合い。これは直ぐに決まった。シリウス、マッド‐アイ、トンクスさん。
最近のシリウスはハリーの役に立てることが出来てとても満足そうだ。
会議が解散して私はリーマスを捕まえた。
『明日の夜、何時にする?』
「いつも通り、僕の家で待ってる。何時に来てくれてもいいよ」
私とリーマスは一時気まずい関係にあった。
それはリーマスの告白を私が断ったからで……。でも、私は遠慮するリーマスに無理強いする形で満月の晩、リーマスに金縛りの術をかけに行っていた。今では友人として私はリーマスの傍にいる。
リーマスは昔から私の良き理解者だ。過去に行った時、忍の記憶を持ち悩む私を何も言わず包み込んでくれ、異形の私を受け入れてくれた。
狼人間のリーマスとアニメーガスとは少し違う黒い狐に変身する私。
私たちは2人とも満月の晩に力が高まる。
私は月の満ち欠けによる体調の変化、今は魔法具で制御しているとはいえ以前に我を失ったことがあることの怖さをリーマスに相談し、彼を頼っていた。
私たちは支え合う友人同士だ。
「今回は俺も行けるぞ、ムーニー」
シリウスも金縛りの術が出来る。
「同窓会が惨劇に変わらねば良いですがな」
私たちの後ろを通るセブがフンっと鼻を鳴らす。
「ケッ。友達の集まりが羨ましいか、スニベニー!」
シリウスが去っていく黒い背中に叫んだ。
そう言えば、セブはアニメーガスが出来るのだろうか?聞いたことがないと思っていると「あのう」と遠慮がちな声が後ろからかかった。トンクスさんだ。
「私にもその忍術を……教えていただけませんか?」
『金縛りの術ですか?』
今話している話題に出てくる忍術は1つ。金縛りの術だ。私たち3人は顔を見合わせた。
「忍術に興味が?」
トンクスさんはシリウスの言葉に頷く。
「出来たら近くで金縛りの術が見たくて、明日の満月、私も皆さんの仲間に加えて頂けませんか?って私、何言っているんだろう。リーマスにしたら……とってもデリケートな問題なのに。ごめんなさい……よく言われるんです。あんたはデリカシーがないって……」
トンクスさんのピンク色の髪が枯れた花のようにしゅんと萎れた。
「そんな顔しないで。僕は構わないよ。ちょっと、ええと……驚かせるかもしれないけど。それでもいいなら家に来るといい」
リーマスが明るく言った。
「2人は構わないよね?」
頷く私とシリウスはリーマスとトンクスさんの間で2人の顔を交互に見つめていた。
頬を赤く染めて嬉しそうに表情を崩すトンクスさんと控えめだが優しい微笑を浮かべて温かい眼差しをトンクスさんに向けるリーマス。
「おいおい。いつのまにだよ」
「わ、私は仕事があるからこれで!」
シリウスの言葉にパッと火のついたように顔を赤くしたトンクスさんが逃げるように去っていった。
『もしかして―――もしかして――――』
私は恋愛に疎い。この予想は当たっているのだろうか?リーマスとトンクスさんは両想い?
「ユキ、そんなに見つめられたら耐えられない」
リーマスが困ったように笑った。
『そういうことなんだね!』
私の声が跳ねる。
「今日は飲むぞ!」
シリウスが笑いながらリーマスの肩に腕を回した。
楽しそうにじゃれ合うリーマスとシリウスを見て私も顔が緩みっぱなしだ。今日は沢山良いことがある。
『2人とも任務に響くまで飲んじゃだめだよ』
「一緒に飲まないのか?」
『ふふ。私がいない方が良い話もあるでしょう?下ネタとか「話さねぇよ!馬鹿!」……そう?でも、2人で楽しんだらいいわ』
また明日、と手を振って私はホグワーツへと帰っていったのであった。
***
どこかでフクロウが鳴いている。
ご機嫌な私はサクサクと芝生を踏んで暴れ柳へと続くなだらかな丘を歩いていた。
山から下りてくる風が気持ちいい。夏から秋の風になりつつある。
大の字になって寝転んでいると視界にヒラヒラと何かが入ってきた。蝙蝠だ。
『蝙蝠さん、バイバイ』
私は言葉の通じない動物に手を振るぐらいご機嫌なのだ。
今日の出来事を思い出し、ニンマリする。金のロケット発見、レギュとクリーチャーの再会、リーマスの恋。
こんな良い日はない。
そう思ってハタと思い出す。私は幸運の液体を飲んだんだっけ。
頭が正常のまま良いこと、素敵なことが沢山起こった。これはセブとクィリナスに報告しないとね。
『ふふふ』
「怪しい奴だ」
私はガバッと起き上がって苦無を握った。
『セブ……びっくりした』
気配がなかった。
ホッと息を吐きだし尻餅をつく。
『足音が聞こえなかった』
「妄想の世界に入り込んで独りで笑っていたからではないかね?」
『うっ。聞こえてた?』
「随分とご機嫌だな」
『今日は良いことが沢山あったんだ』
セブが私の横に腰かけた。
『あのね、聞いてくれる?』
私はセブの返事を待たずに話し始める。
セブは私の話を温かい目を向けながら聞いてくれた。
「金色のロケットは大収穫だ。その他2つが幸運と数えられるかは疑問だが」
私はドサリと再び後ろに寝転がった。
空には満天の星が瞬いている。
「他人にとって良いことばかりだが、自分にとって良いことはなかったのかね?」
『私も十分幸せのおすそ分けをもらったけれど……』
考えていると、セブが私の隣に片肘をついて横になった。
セブを見上げる。
角度的に映るはずがないのにセブの瞳の中には星が瞬いているように見えた。
私は彼の目を見ながら穏やかで幸せな気分になっていた。
私は少し躊躇ったが、気持ちの方が勝っていて口を開く。
『お願いをしたら、もうこれはフェリックス・フェリシスの力ではないけれど……』
「なんだ?」
『私の簪を抜いてくれない?』
「?」
『ダメ?』
「構わんが何の意味がある」
私は答えずに上体を起こしてセブに背中を向けた。
セブが身じろぎする音が聞こえて胸がドキドキする。
スッと髪から簪が抜かれた。
ハラリと髪が地面に落ちる。
『ありが、とう……幸せ、だわ……』
私は思い切り奥歯を噛みしめ感情に耐えた。
「……泣いているのか?」
何も答えない私の肩にソっとセブが触れた。
いつもキツめに結っていた髪には何も刺さっていない。
身を守る、最後の刃
ヤマブキにもらったこの隠し武器は私にとって、私を守る最後の武器だった。
追い詰められた時、勝負の時、最後のあがきで振った刀。
この簪は私の心の鎧でもあった。
涙とはこんなに熱いものだったか……。
あなたの傍にいると心が解けて、そのままの自分をさらしたくなる。
簪が抜かれた私はただの人だ。忍ではない。
体がふわりと温かいものに包まれた。
「風邪をひく」
『ありがとう』
薬草の香りが体を包み込む。
セブが自分のローブを私にかけてくれたのだ。
『とても暖かい』
私達は立ち上がり向き合った。
彼の手から簪をもらって帯に刺す。
『ごめんなさいね。不思議でしょう?』
「分からないが……ユキにとって何か重要な意味を持っていたのは分かる」
『うん』
セブの手が伸びてきて私の涙を優しく拭った。
『私は今、幸せだ……』
セブの肩に額を寄せると、セブは私の事をしっかりと抱きしめてくれた。