第6章 探す碧燕
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5.フェリックス・フェリシス
ハグリッドは巨人族との交渉へ。そしてこの人は――――
「私はダンブルドアからエルフ族の元を訪れるように言われていました」
私は自分の任務を包み隠さず話してくれるクィリナスから彼が行った今回の任務について教えてもらっていた。
「まさかアヴァロン島が本当に存在するとは思っていなかったですし、エルフ族に会えるとも思っていませんでしたよ」
『わー!すごいっ。伝説の島に美しき長寿の種族。いいな~』
「感動はありました。けれど、何度も命を落としかけました。エルフ族は美しいが高潔すぎる。自分の体に弓矢が刺さらなかったのが不思議ですね」
『任務は上手くいった?』
「はい。どうにか」
『やったじゃない!大きな収穫だわ。クィリナス凄い!』
私は手を打って喜んだ。
「あなたの笑顔が見られたのが今回の1番の成果ですよ」
『っ!』
「ふふっ。愛らしい」
優しい瞳で見つめられてどこか居心地の悪いものを感じながら無理矢理思考を真面目な方へ持っていく。
今、ダンブルドアは魔法族以外の種族に声をかけて仲間を集めている。ヴォルデモートの方も仲間を募っていて、勢力を争っていた。
『エルフ族は弓が得意よね。心強いわ』
「プライドが高く信頼を得るまで苦労しましたが、彼らの武力と結束は強く、かなりの戦力になることが考えられます」
『ダンブルドアも喜んだでしょうね』
「踊っていました」
『へえ……。今日からは少し休めそう?』
踊るダンブルドアを頭から消して尋ねると、クィリナスはニコリと笑って頷いた。
『ちょうどあなたと作っていたフェリックス・フェリシスの試作品が最後の作業に入るところよ』
「今度こそ当たりがくれば良いのですが」
私たちは持続性と効果の高いフェリックス・フェリシスを求めて作っている。フェリックス・フェリシスは多く飲むと有頂天になってしまい、飲む量が少ないと薬の切れ目が早い。
『完成品の確認だけど、明後日はどう?』
「問題ありません」
『良かった。じゃあセブにも伝えておくね』
「はあ?」
クィリナスが微笑を浮かべていた顔を崩して思い切り顔を顰めた。
「なんであの男も!」
『セブとも並行してフェリックス・フェリシスの改良品を作っていたこと知っていたでしょ?』
私はセブともフェリックス・フェリシス改良実験を行っていた。セブとの実験結果をクィリナスとの実験に生かし、逆も然り。
前まではクィリナスの存在は伏せられていたから一緒に実験できなかったが今は違う。セブもクィリナスの存在を知っている。確かに、お互い仲は良くないがそこは我慢してほしい。
『一緒に実験した方が効率的でしょう?』
「利点を覆い隠すほどのストレスです」
『じゃあ何かストレスを解消するものを贈るから』
「ほう。それは……良いですね」
私の言葉にクィリナスは顰めていた眉をもとに戻した。
「では、私の願いを聞いてもらいましょう。そうですね……10分間、私の膝の上に」
『膝の上!?』
「大人しく座っていてください」
にっこりとクィリナスが笑った。
そんな彼の前で私はブンブンと首を振る。
『だ、だめ』
「何故です?」
『駄目なものは駄目だから』
「ユキ?」
『ご、ごめん!』
私はクィリナスが私の名前を呼んで立ち上がった瞬間スタートダッシュを切っていた。
扉を開けて直ぐの階段を駆け下りて吹きさらしの渡り廊下へ。私は何処へ行く当てもなく走り出した。
クィリナスにおかしな魔法をかけられそうだとか、膝の上に座ったら2度と下りられなくなりそうだとかは今は置いておこう。怖くなるから。
以前の私だったら膝に座る行為を不思議に思いながら座ったかもしれない。でも今は羞恥を覚えるし、好きな人の膝以外に座るのは変なことだと分かる。好きな人の膝……みんな座るものなのかしら?
兎に角私は座ったらダメだと思ったのだ。心がストップをかけた。自分の気持ちよりも、不思議なことにクィリナスに申し訳ないという気持ちがあった。
クィリナスが望むことをしてクィリナスに申し訳ないと思う?
この感情は良く分からない。
いったい何の感情なのだと思っていると
ドッターン
私は何かに衝突した。
かなりのスピードで走っていたから衝撃も大きい。
どーんと後ろにひっくり返って床に叩きつけられる。
日頃鍛えている私でさえこの痛みなのだ。もし女性の先生だったら大変!
私がパッと上体を起こして見た先にいたのは……
『な、なーんだ。セブか。良かったー』
「なーにが良かった、だ!」
後ろ手をついてセブは体を起こした。うっ。失言。
『ごめん。女性の先生とぶつかったのでなくて良かったって意味なの』
起き上がってセブに駆け寄る。
『痛かったよね?』
「お前にぶつかられて無事だと思うか?『じゃあ負ぶって医務室へ』結構だ!『わあっ』
背中に乗るようにと背を向ける私の背中をセブがドンと押した。
『いったーーい』
「まったく。何故走っていた。廊下を走るななど入学したての1年生でも分かることだが?」
『ちょっと混乱していて』
「混乱?」
『うーん……』
何とも言葉が出てこなくて黙り込んでしまう。
そんな私を見てセブはいつもの困りごとだと言ったようにハァと息を吐きだして自力で立ち上がった。
「我輩はお前に用があった。フェリックス・フェリシス改良薬の件だ」
『あ、それ今アビシニアンと話していたところ』
「あの男戻って来たのか」
セブが盛大な舌打ちをした。
ちなみにアビシニアンとはクィリナスのアニメーガスのことで、外で彼の事を話す時はこう呼んでいるのだ。
『良かったら私の部屋にこない?3人で相談するのが1番早いし、それに……なんか戻りにくくて』
「戻りにくい?あの男に何をされたのかね?」
『されたというより、したと言った方が……何というか……』
「まあいい、行くぞ。それにいつまで床に倒れている気だ?踏まれたいのかね。前々から変な奴だと思っていたが……」
『さっきから失礼ね!』
私はぴょんと立ち上がる。
まったく。ちょっと元気になったと思ったら嫌味炸裂だ。
私は膨れながらズンズンと自室に向かって歩いて行った。
ガチャリ
『ただいま』
「嫌わないで下さい」
『わーーー!!!』
部屋に入った瞬間耳元で聞こえた声に私は悲鳴を上げた。
そーっと右に顔を回せばクィリナスが立っている。ホラーよこれ!
私は心臓をバクバクさせながら胸を摩る。
「賑やかなことだな」
セブがバタンと扉を閉めた。
「防音呪文はかけておるのだろう?」
『それはバッチリ』
未だに収まらない動悸を感じているとズイとクィリナスがセブの方へ1歩前に踏み出した。
「ここへ何の用です?」
『フェリックス・フェリシス改良薬の件よ。さっき言ったでしょう?』
「私は了承していません」
『あなたの願いを聞いたら了承してくれるって言ったじゃない』
そう言うとクィリナスはまた暗い顔。
『どうしたの?』
「……調子に乗ってあなたに不快な思いを」
『あぁ……違うの。あれは私の問題で……やったらダメな事のように感じたのよ。だから……』
「私を不快に思ったわけではないと?」
『それは違う。安心して』
「良かった」
クィリナスはホッと息を吐いて笑顔を見せた。
「何の話だ?」
『クィリナスがあなたと合同で実験するのが嫌だっていうから「歯に衣着せぬな」一緒に実験するのを了承するなら何かお願いを聞いてあげるって言ったのよ』
「ほう」
目を細めてセブがクィリナスを睨んだ。
「ユキに何を“お願い”したのだね?」
「お前には関係のないことだ」
「関係ある」
「また4年前のようにダンブルドアに監視を任されているから、などとは言いませんよね」
「我輩は学生の頃よりユキの教育係を任されておりましてな。分別のない狐を躾ける義務がある」
「私がユキの嫌がることを無理強いするとでも?」
「先ほど情けない声で謝っていたのはどこのどなただったかな?」
「くっ」
クィリナスはセブを睨むが次の言葉が継げないようで悔しそうに口の端を痙攣させている。セブの方はその様子を見て満足そうだ。
「ユキ、言え。クィレルに何を頼まれた」
『それは……言わない。なんか恥ずかしいし』
「ユキ!」
「ふっ。私のユキは奥ゆかしく可愛らしい」
『わわっ』
私はぐんとクィリナスに腕を引かれ彼に後ろから抱きしめられた。
「私はユキに乞うたのですよ。私の膝にたった10分座って下さいと。だが、この立ったままというのもなかなかに乙ですね。このように」
『っ』
クィリナスが指先で私の首筋をなぞった。
ゾクゾクと体が震え、足が崩れそうになる。
そんな私の様子を見てクィリナスは私の耳元でクスクスと笑った。
「崩れ落ちそうになるのを必死に耐え、私の腕に捕まる様子。なんと愉快なのでしょう」
「この変態め。今すぐユキを離せ」
セブが杖を向けた。私に。
「アクシオ」
扱い雑!
私の体は飛んで行ってセブにキャッチされた。
『もっと丁寧に扱ってくれないかな?繊細なガラス細工みたいに!』
「どちらかというと叩きつけても捏ね直せる粘土であろう?」
『言ったわね!こんな細腰の「アクシオ」ちょっとおおぉ!?』
クィリナスがアクシオを唱えて私の体は部屋の反対側に吹っ飛んでいく。
「アクシオ」
今度はセブだ。
今の私はアクシオで両側から引っ張られている状態。
「ユキを離せ」
「それはこちらのセリフですよ」
睨み合う二人。とピキピキと血管の浮いてくる私。
『それは、私のセリフ。よね?』
風遁・豪空砲
ドーーーン
セブとクィリナスは壁に叩きつけられてうめき声をあげるのだった。
***
2日後。
実験開始の日がやってきた!
私たちは出来上がったフェリックス・フェリシス試験薬を持って禁じられた森へと来ていた。もちろんクィリナスは私の姿に変化して。
実験体になるのはいつもの如く私の影分身たちだ。
並ぶのは20本もの試験管。
まずはクィリナスと作った試験薬から。
クィリナスが記録を取って、セブが私の影分身に魔法を放つ。
初めの影分身がごくっとフェリックス・フェリシス試験薬を飲み干した。
「頭の冷静さは?」
「問題ないわ、アビシニアン」
「では幸運度を計るとしよう」
セブが杖を出した。
「お願いします」
影分身が頷く。
「いくぞ」
セブが杖を振って、近くにあった人間の顔ほどある岩を持ち上げた。そしてビューンと私の影分身へと飛ばす。
鳥がやってきた。セブが投げた岩に激突する。しかし、岩は少し軌道が逸れただけで影分身の体に激突した。
「幸運度は弱いですね」
クィリナスが首を振りながら記録していく。
『続けましょう。2体目!』
実験は進んでいく。魔法が当たりそうになった時に幸か不幸か足元が陥落した影分身。
ハイテンションでへたくそな歌を歌いだした影分身(セブとクィリナスが肩を震わせて笑っていた)、太い枝が折れて魔法を防ぐものの魔法に押される勢いで顔に枝がぶち当たる影分身。
しかし、12本目の時だった。
クィリナスが呪文を打とうとした瞬間、急に突風が吹きクィリナスの目に砂が入った。
魔法は逸れて影分身の横を通過する。
『よさそうね。アビシニアン大丈夫?』
「えぇ。それより続きを」
私は足元に落ちていた石をビュンと投げた。鴨が飛んできて身代わりとなった。
セブも呪文を放った。朽ちた枝が急に落ちてきて魔法を代わりに受けた。
「あとは持続性だな。今日は曇り。太陽野薔薇を探させるのが良いであろう」
「たしか太陽が燦燦と照っている時しか咲かないというオパール色の薔薇ですね」
空を見上げれば厚い雲が覆っている。
日常的に禁じられた森を散策している私でも太陽野薔薇は見たことがない。
『太陽野薔薇を探しに行って。不運なことがあったら直ぐに消えて戻りなさい』
影分身は頷いて禁じられた森へと入っていった。
「12番から16番までは成分が似ている。期待できそうだ」
「成分表を見せてもらえます?」
「あぁ」
数日前喧嘩していたのが嘘のよう。セブとクィリナスは真剣な顔で意見を交わしている。
12番から16番までのフェリックス・フェリシス試験薬は結果がほぼ同じだった。
後は持続性の問題となる。それぞれの影分身に課題を与えて禁じられた森へと送り出す。
『1日効き目があってほしいな』
ホグワーツでの戦いはどのくらいの時間続くのだろうか?
セブが死ぬのは夜だ。リーマス、トンクスさん、子供たちも暗いうちだった。
私は眉を寄せる。
あぁ、嫌だ。
どうして最近セブの死に際ばかり思い出してしまうのだろう。
私は苦無を出して6メートルほど先の木にスッと投げた。
あの目。何を訴えていたの?
そう――――あの目――――――
私は目を見開いた。
震える息を吸い込む。
あの目
あの時
彼の目の中
いる、人が
眼鏡と、その奥の瞳
エメラルドグリーンの瞳は――――――リリー
『……』
私はふと力が抜けて座り込んだ。
彼はハリーを通してリリーを見てあの瞳で死んでいったのだ。
気づいた衝撃は大きかった。
あの切なさと愛しさの混じった瞳。
「ユキ?」
クィリナスの声にハッと顔を上げる。
「どうしました?」
それぞれ実験資料を読み込んでいたセブとクィリナスが気づかわし気に私を見ていた。私は彼らに笑って見せる。
『何でもないよ。私は凄く元気。気力も戻ったし、私も実験資料見せてもらおうかな』
「無理は良くないぞ」
セブが心配してくれている……
私は今度は自然に笑みを溢した。
『ありがとう。でもね、元気いっぱいなんだ』
立ち上がり、苦無の刺さった木に狙いを定める。
勢いをつけて思い切り腕を振る。
ガキン――――パラッ
「「!?!?」」
『ふふ。元気いっぱいでしょ?』
真っ二つに割れた、木に刺さっていた鉄の苦無。
顔を引き攣らせるセブとクィリナスに私はニーっと笑いかけたのだった。
実験開始から数時間経った今、私は部屋に戻ってきていた。今のところどの影分身も消え戻ってきていない。好調な様子ににんまりしながら紅茶を啜っているのだが、気になることがある。
『お2人さん暇でしょ?自室にいてくれたら呼びに行くわよ?』
私の部屋にはセブとクィリナスの姿があった。2人は静かに紅茶を啜りながら読書に勤しんでいる。
『いつ実験が終わるか分からないし』
効果が切れれば影分身は消えるが、幸運が続いていれば1日そのままほったらかし。ずーっとこの部屋で結果を待ってもらうのは忍びない。
『2人とも……?』
「ユキ、今晩はロールキャベツが食べたいです」
戸惑っていた私にパタンと本を閉じてクィリナスが言った。
「いつまで居座る気だ」
「あなたこそあの陰湿な地下へ帰ったらどうです?」
「我輩はユキに話があるのだ」
「今ここでどうぞ」
「お前に聞かせる話ではない、クィレル」
「では、こうしましょう。今から私がロールキャベツを作ります。その間にあなた方は話をすると言い。耳塞ぎ呪文を使えば私には何も聞こえない。そしてとっとと帰れ」
『ロールキャベツ!3人分作ってよ。セブも食べていくでしょ?皆で食べたほうが美味しい』
「何故私がこの男の分まで!」
『ダメ?』
「……はぁ。いいでしょう(どこかで妥協しなければ。私まで追い出されては困る)」
クィリナスは腰を上げてキッチンへと向かっていった。以前同棲していたことがあるからクィリナスはここのキッチンを使い慣れている。クィリナスは料理が上手いのだ。
私はセブが座っていた一人掛けのソファーの前に行き、どうしようか迷った挙句、床に立膝をついた。地べたに胡坐をかいたら怒られそうだしね。
「何をしている」
『どう座ったら良いか分からなくて』
耳塞ぎ呪文を唱えながら言葉を返す。
「足を痛める。立て」
『体強いし大丈夫。それで、私に話とは?』
「……あの日の事、感謝している」
『あの日とは?』
小首を傾げる私にセブはゴホンと咳払いして気まずそうに私から視線を逸らした。
「我輩のベッドルームまでついてきてもらったあの日だ。あれ以来、体調がマシになった。それに任務の方も落ち着いてきている」
『良かった。凄く心配していたから』
「卿も我輩を疑ってはおらぬようだ。完全とまではいかぬが……今のところ立場は安定したと思いたい」
セブの話だとヴォルデモートは体を取り戻し、裏切った者に罰を与えた。だが、酷い裏切り行為をした者以外は命を取られることはなかった。何もしなかった者まで殺してしまえば自分の仲間がいなくなってしまうからだ。
『引き続き気を付けてね』
「あぁ」
セブは私の髪に優しく触れた。節くれだった指が私の頬を撫でる。視線を上にあげれば優しい色をした黒い瞳と視線が交わった。
この瞳は今、私を見ている。
それだけで十分だ。
先ほど頭の中で私はリリーに嫉妬した。
でも、そんなのっておこがましい。セブは私のものではない。彼が最後の時に誰を思おうとセブの自由なのだ。
ただ私は自分がセブに出来る精一杯をすればいい。
「ユキに何をさせているのです?」
後ろからどすの効いたクィリナスの声が聞こえてきた。
振り向けばドスドスとこちらに歩いてきたクィリナスは私の腕を掴んで無理矢理に立ち上がらせた。
「私のユキをかしずかせて!ちょっと目を離した隙にこの男は油断も隙もあったものではないッ」
『ロールキャベツ出来た?』
話題を変える。
「……完璧ですよ。今煮込んでいます。スープを味見に来ますか?」
『うん』
クィリナスについて台所に行ってロールキャベツのスープの味見。それから2人でサラダを作って夕食の準備は完了だ。
私たち3人は仲良く……とはいかないが、美味しく夕飯を食べたのだった。
夕食の時間に魔法薬の話になり、私たちは話し込み、私の部屋で夜を明かした。そういえば私が魔法界に来た1年目もセブ、クィリナス、私とで夢中になって魔法薬の改良開発について話したり実験をしたっけと懐かしく思う。
明け方に私たちはようやく解散した。
これからどうしようかしら?
影分身を出しているから寝ない方がいい。影分身を出している間中起きていなければならないことはないのだが、今は大事な実験中。万が一を考えて眠らない方が良い。
私は実験室の掃除をしながらふと大事なものを入れてある戸棚に目がいった。
そこは木ノ葉隠れの里から持ってきた禁術の術書や思い出の品が入っている。
私は3枚の写真を手に取った。
1枚目は暗部を辞めた年に撮った写真。ナルト、サクラちゃん、サイ……私の面倒を見てくれた賑やかな友人たちとの写真だ。
そしてもう1枚に写っているのはハヤブサ先生と私をかばって命を落としたヤマブキ、私の写真。そして3枚目はフォトフレームに入れてあるヤマブキの写真。もうすぐ彼の命日だ。
私は毎年、彼の命日にはお酒を持って禁じられた森で供養をしていた。
――――なあなあユキ、大人になったら一緒に酒飲もうぜ!
――――断る。酒、欲、色は忍の三禁だ
周りでわーわーと賑やかに抗議されたのが懐かしい。思わずクスリと笑いが漏れてしまう。
命日までまだ数日あるけど彼との思い出を思い出したことだし供養に行こうか。
私はワインとグラス2つをバスケットに入れて禁じられた森へと出発することに。
緩やかな丘を登っていると見知った背中。
『セブ』
黒い背中は振り返った。
『部屋で寝ればいいのに』
「その言葉そっくりお前に返す」
『何していたの?』
「ただの散歩だ」
本当にそのようだ。セブは手ぶらで何も持っていないというように両掌を見せて肩を竦めた。
「お前は朝っぱらから飲むつもりかね?」
『友人にあげるの。数日後、命日なの』
私は籠の中からフォトフレームを引っ張り出してセブに見せた。暗部の忍者録に使われているプロフィール写真の彼は、どこか勝気な顔で写真に写っている。
『まだ命日まで日が先だけど思い出したから供養しようと思ってね……ねえ。時間あるなら一緒に来てくれない?紹介したい。彼、死んでるけど』
「あぁ」
セブは頷いて私の手からバスケットを取った。
2人で禁じられた森に歩いていく。
真っ直ぐ向かった先は谷。
崖が突き出ていて、見晴らしがよく気持ちが良い場所だ。灰色の大きな岩が所々にあって、私はいつもの岩にヤマブキの写真を乗せた。
ちょうどよく対面には平たい岩があり、私とセブはそこに腰かける。
『ワインコルク抜き忘れた』
「魔法で」
『ありがとう』
軽快な音でコルク栓がポンと抜ける。セブが空中で杖を振り、ワイングラスを1つ出した。
3つのグラスに赤いワインを満たす。
『こちらはセブルス・スネイプ魔法薬学教授。前に話したでしょう?学生時代からの私の親友で思いやりがあって、勇敢で、頼りになって、時々意地悪になる』
陽の光がヤマブキの写真をきらりと照らす。
『本格的に闇の時代が到来しそうだ。戦いに身を置くのは嫌だがそうは言っていられない。この世界に大事な人が沢山出来てしまった』
―――俺たちはいつも、誰かのために戦うんだ
ヤマブキはいつもそう言っていた。
任務だから戦うんじゃなくて、誰かの幸せのために手を汚すんだと。
暗部という殺伐として残酷な世界の中で生きる意味をいつも模索し続けていた。
『大変な時代だけど、その中にも笑いがあり、優しさがあり、愛でいっぱい』
―――……幸せ、に……なれ……よ……
『毎年言っているけど、私は今とても幸せなの。心配せずに眠っていて』
さあ、飲もう!
私は立ち上がってヤマブキの写真前に置いたワイングラスに自分のグラスを重ねた。
『セブも』
振り返ってセブにグラスを向けるが、セブは私の横を通り過ぎた。不思議に思いながら彼の姿を目で追うと、セブはヤマブキの写真の前で立ち止まった。
「ユキの事は任せてくれ。彼女の幸せは守る」
『セブ……』
セブが振り返る。
「我輩はどんな君でも受け入れるつもりだ。辛い過去は話したくなければ話さなくていい。だが、話さなくとも我輩は全てを含めて君を受け入れる」
その言葉でどんなに心が軽くなるか。
―――どうかこの子だけは!まだ訳も分からない2歳児なんです。どうか、どうか!
―――やめてくれ、ユキ。頼む。この人のお腹には私の子がいるんだ。私の子が……
『全てを含めて……』
突如思い出した記憶に無意識的に後ずさる。
「大丈夫か?顔が青い」
セブに背中を支えられ、動揺した私のワイングラスの中ではワインが波をうっていた。
『あ、あまりにも酷い過去なのよ』
この人はヤマブキと同じように私を受け入れてくれるだろうか?
ヤマブキは私と同じ生まれながらの暗部育ちだった。全てを知っていた。ヤマブキは優しい奴だったがそれでもあの“酷い任務”を彼もまたこなしていた。
セブは私が暗殺を仕事としてきたことを知っている。だが、その詳しい内容を知ってしまったら……。
怖い
「落ち着け」
セブが私からワイングラスを取り上げた。彼の手にも既にワイングラスはなく、私はセブと向き合っていた。
顔を青くさせる私を落ち着かせるように、セブが私から憑き物を落とすように肩を撫でる。
「ユキが何をしていた詳しくは知らない。だが、問題は君が望んでいたかどうかではないかね?」
『そうね』
―――君は君が歩んできた人生を自ら選択できたわけじゃない。
これは以前リーマスが私に言ってくれていたことだった。
私の嫌な鼓動はゆっくりと収まっていく。不穏な渦を押し込めて、心の底へ、底へと……。
『ありがとう……さあ。今度こそ乾杯しましょう』
私たち3人は優しい蜂蜜色の日が降り注ぐ中、グラスを合わせたのだった。
程よく飲んだ私とセブは私の私室へと戻ってきていた。そろそろ実験開始から丸1日経つ。
ノックと共に開いた扉。
扉を開けると……
『クィリナス?』
「正解です」
『自分の影分身と見分けがつきにくい……つかないのよね』
「ユキのことは熟知しているつもりですから」
『……』
「おや。酒を飲んだのですか?ユキから香りがします」
『よ、よく気が付いたね。友人の命日の供養に飲んだのよ』
「向こうの世界の友人ですね。供養する程とは仲が良かったのですね」
『ツーマンセルパートナーだったの』
「私と同じですね」
『ふふ。私はシリウスと3人でスリーマンセルで戦えれば心強いのになと思っているのだけど』
「あの駄犬と共闘ですか!?お断りです」
『何だかんだ言って相性いいと思うのだけどなぁ』
そんな話をしていると音もなく扉が開いた。入ってきたのは5体の影分身だ。
私たちは目を丸くした。影分身の手にはいっぱいの貴重な魔法薬材があったからだ。
『凄い!太陽野薔薇がこんなに。こっちはアクロマンチュラの死骸が沢山。ユニコーンの角!』
残りの2体は手ぶらだったが傷はなし。貴重な薬材を持ってきた3体のうち2体は体にあちこち傷を作っていた。
「ユニコーンの角を持ってきた者は無傷のようだな」
セブが影分身を上から下まで眺めた。
私たちは影分身から詳しく聞き取りして満足げに頷いた。
ユニコーンの角を持ってきた影分身は私たちが望む十分な結果を出してくれた。
そう、成功だ。
『良し!やったわ』
私は握り拳を作って叫び、クルリと振り返って右腕をセブ、左腕をクィリナスの首に回して飛びついた。
あとはこれを大量生産してホグワーツで行われることになる戦いの時に皆に飲んでもらうだけだ。どうか全員の命を救うことが出来ますように。幸運の液体に期待を込める。
『たくさん作らなくっちゃ』
「貴重な薬材購入の金銭面はダンブルドア校長に頼るとして、大量に幸運薬を作るのは大変な作業になる。計画して作成しなければならん」
『フルに影分身を出して頑張るわ』
「前から思っていましたがユキはこの幸運薬に並々ならぬ力を注いでいますよね」
『ホグワーツの子を守らなくちゃ』
「ホグワーツの子?」
クィリナスは眉を顰めた。
いけない。ホグワーツで戦いが行われることは妲己に見せられた未来。
私は口元に笑みを作って『ハリーたちによ。それに騎士団にも』とごまかした。
『実験の成功を祝して飲みましょうか!』
「また飲むのか?」
『いいじゃない』
「酔ったら介抱して差し上げますよ」
黄金色に光る幸運の液体に期待を込めて、私たちはグラスを合わせた。