第6章 探す碧燕
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4.懲戒尋問
セブのベッドルームに行ったあの日。次の日からまたセブには会えなくなった。任務で忙しくしているのだろう。大丈夫だろうか……心配していたが、次にセブと顔を合わせた時はいつもの不機嫌だが威圧感のある堂々とした様子に戻っていた。顔色も戻っていたし(とはいっても普段から青白いが)颯爽と歩いているから心配ないだろう。
私はというとあれ以来恋に思い悩む余裕がなくなってきた。
レギュと金色のロケットの捜索、それ以外の分霊箱の情報を探ったり、その過程でたまたま出会った死喰い人の動きを探ったり、来年度から始める生徒を鍛えるための特別授業の授業案を練ったり。そして己も強くならねばと新しい術の習得をしていた。
それにクィリナス、シリウス、レギュラスとの鍛錬。フェリックス・フェリシスの改良実験も欠かさない。
「まさか魔法省の上級次官がこのような卑劣な手を使うとはのう……」
吸魂鬼にハリーを襲うように指示を出したドローレス・アンブリッジの様子は万眼鏡にしっかりと録画できていた。
「ユキ、これを儂に預けてもらっても?使い方を考えたい」
『はい。私では活かしきれませんから』
私はアンブリッジの事をシリウスにも話した。シリウスの激怒っぷりは……想像以上。
アンブリッジの元へと乗り込みそうなシリウスを宥めるのは大変な苦労だった。
《疑惑・本当にシリウス・ブラックは無実なのか?》
――――ホグワーツ忍術額教師ユキ・雪野は地球上には存在しない火の国からやってきたと言っており……
私とシリウスは新聞や雑誌に名前が多々載った。多くは私たちを悪く言う記事だったが私たちは普段ホグワーツにいたので噂のせいで嫌な思いをすることはなかった。
知らない誰かに誤解されて嫌味を言われても傷つかない自信はある。ただ……うまく対応出来るかしら?
私は言葉の裏を読みながら会話するのが苦手なのだ。皮肉を言われても気づかない可能性があるのはある意味幸せかもしれないが……。
『兎に角情報を集めて備えておかねばね』
私はなんだか嫌な予感がしていた。魔法省はハリーを潰しにかかっている。
何か情報が集められないだろうか。私は暇があれば魔法省に通ってあちこち嗅ぎまわっていた。
そして尋問の日である今日も早朝から魔法省へやってきていた。守衛室でバッチを受け取り、眠そうに歩いている職員を横目に私は今日尋問が行われるという魔法法執行部の部長部屋であるMs.アメリア・ボーンズの部屋へと歩いていた。
人目が付かないように地下2階へと階段で向かおうとしていた私はサッと壁に隠れた。
美しいプラチナブロンドの長髪と品のある堂々とした歩き方。ルシウス先輩だ。
早めに来て正解だったわね。ハリーが懲戒尋問を受ける早朝にルシウス先輩が動いたのだ。何か起こる予感がする。
ルシウス先輩はエレベーターに乗った。階段の入り口からはエレベーターの乗り場がうまいこと見える。
私がいるのは地下8階のアトリウム。何階まで行くつもりだろう。
私はポーンと地面を蹴って階段を踊り場から踊り場まで上った。
エレベーターホールを覗く。ルシウス先輩は出てこない。まだ上だ。
私は同じ作業を繰り返しながら階段を駆け上っていく。そして私の足はようやく止まった。
ルシウス先輩は地下1階でエレベーターから降りてきた。
長い廊下を歩いていくルシウス先輩。
私はレギュがこの前かけてくれた周りの景色と同化する目眩まし術を自分にかける。
呪文を唱えながら自分の頭を杖で叩くとあの気持ち悪い卵を頭の上で割られたようなトロトロとした感覚が頭から爪先まで広がっていく。
自分の手を目の前にかざして周りの景色と同化していると確認してから私はルシウス先輩の後をつける。
魔法大臣室……?
私の眉間に皺が寄る。嫌な予感しかしない。
ファッジ大臣はヴォルデモートの復活を信じていない。その噂(事実なのだが)を消すのに今躍起になっているのだ。
ハリーと私は魔法省に目をつけられているし、ダンブーは魔法省で激しく叩かれていた。
アーサーさんやセドリックの父であるエイモスさんら魔法省内でヴォルデモートが復活したという事実を伝えようとしている人は上から強い圧力を受けている。
立場は違えどハリーを排除したいと思うルシウス先輩とファッジ大臣がハリーの懲戒尋問の早朝に会うのだ。何のたくらみもないことはないだろう。
扉の中へ潜り込めるだろうかと思ったがルシウス先輩は慎重だった。
ノックをしたルシウス先輩は辺りを見渡して人がいないことを確かめてから自分の体が入る分だけ扉を開けて大臣室に入っていってしまった。
あぁ、もう!防音呪文が施されているじゃない!
床に這いつくばって扉と床の隙間に耳を押し付けたが防音呪文がかかっているのか二人の会話は聞こえてこなかった。
イライラしながら会話が終わるのを待つ。
15分ほどだろうか。大臣室の扉がキィィと開いた。
「では、頼みましたよ大臣」
「ご助言に感謝する」
パタンとしまった扉。
私はどうしようか迷ったがファッジ大臣から情報を得ることに決めた。ルシウス先輩が誰かと会話する機会を待つよりもファッジ大臣の方が誰かと接触する可能性が高いからだ。
どうやって大臣室に入ろうかと考えていると突然バーンと大臣室の扉が大きく開いた。
私は目を瞬く。出てきたのは大量の紙飛行機。これは尋問官に当てた手紙だ!
皆まだ魔法省に着いていないはず。アトリウムに向かう紙飛行機を狙おう。
どうか公の場で紙飛行機を開く魔法使いがいますように!
私は願いながら紙飛行機と一緒にエレベーターに乗り込んだ。
減っていく紙飛行機。残った数機がアトリウムのある地下8階で降りる。
私は喜んだ。紙飛行機はちょうど魔法族の和の泉の横で靴紐を結んでいる魔女のところへと飛んで行ったからだ。
「あら、急な変更ね」
魔女の手元を覗いた私の顔が険しくなる。なんて卑怯なの!
――――本日のハリー・ポッター懲戒尋問について
場所と時間を変更する。8時開廷、場所:10号法廷 以上―――――
急いで知らせに行かなければならない。
私は走り出した。守衛室でバッジを返し、急いで地上へ。
バシンッ
姿現しでグリモールド・プレイス12番地に到着した私は呼吸を落ち着けながら杖を取り出し、いつものように扉を1回叩いた。カチッカチッと大きな金属音が何度か続き、鎖のカチャカチャいうような音が聞こえて扉が開く。
真っ直ぐに向かうのは台所だ。そこには予想通りハリーがいてまるで石でも食べているような顔をしながらトーストを食べていた。
「よお、ユキ」
『おはよう、シリウス』
「あれ、ユキさんだ。おはよ――ふぁあ、おはようございます。すみません。とっても疲れていて。アーサーさんに夜勤を変わってもらったところ」
『それは良かった。ゆっくり休んでね、トンクスさん』
「ところで、何か用では?」
アーサーさんに頷く。
『実は先ほどまで魔法省にいたんです。どうして知ったかは後回し。要件だけ言うとハリーの懲戒尋問の時間と場所が変わりました』
「んだと!?!?」
「なんだって!?アチチ」
『大丈夫ですか?』
シリウスが立ち上がった勢いで机が揺れ、コーヒーが零れてアーサーさんのシャツに黒いシミを作った。
「あぁ、シャツを取り替えないと……ええと、それより時間と場所はどうなったのです?」
『8時開廷、場所は10号法廷ということでした』
「2時間も早まったのか!?」
『うん。ファッジ大臣はハリーに懲戒尋問をすっぽかさせるつもりなんだわ。アーサーさん、ダンブルドア校長にフクロウ便を送っていただけますか?』
「勿論。さて、急がなくては。ハリー、準備をしてここを出よう。モリー、ハリーの準備を手伝ってくれ。私はフクロウ便を校長に送って、変えのシャツに着替えてくる」
「分かったわ」
『シリウスは後見人として中へ一緒に入れるのでしょう?』
「あぁ。見守っていられる」
「魔法省のやり方は陰湿だわ!」
トンクスさんが髪の毛の色を真っ赤にして怒る。
アーサーさんが着替えている間にモリーさんがハリーを出来るだけ印象の良いように身支度した。
今日のシリウスはアーサーさんと同じくビシッとした魔法使いの正装をしていた。
グレーのシャツに黒いスカーフ、黒いベスト、同じく黒の質の良さそうなローブ。髪だけはビシッと固めすぎるのが嫌だったのか緩みのあるまとめ髪だった。
「ん……どうした?」
シリウスをじっと見すぎていたらしく小首を傾げられてしまう。
『見すぎてごめん。なんか、その……ちゃんとした人間に見えて』
「どーいう意味だ!」
「ぶふっ」
「あ、おい。ハリー今笑ったなっ」
「ごめんなさい!はは」
笑われたシリウスだったがハリーが緊張でガチガチだった顔を緩めてくれたのでホッとした顔をした。
「お待たせ。ハリーの準備はいいかい?」
アーサーさんがキッチンに顔を出した。
「今終わったところですよ」
「よし、ハリー行くぞ」
シリウスがハリーの肩を叩く。
「うん」
モリーさんの行ってらっしゃいの声に見送られて私たち4人は家を出た。
『付き添い姿現しで行きますよね?』
「いや、今日は完全に魔法を使わないやり方で行こうと思う。その方が印象がいい」
『私は証人となっていますので先に魔法省へ向かいます。気を付けて来て下さい』
「分かりました」
「ハリーが心配だが……俺も先に行く。今の状況を掴みたい。ハリー、魔法省で会おう」
「分かった。また後でね」
「そんな顔するな。夜には皆で食卓を囲んでモリーさんの美味しい料理を食べている」
シリウスはハリーの心配を吹き飛ばすようにハリーの頭をわしゃわしゃと撫でた。
『あ、こら。せっかくモリーさんがセットしたのに!』
「おっとすまなかった。懲戒尋問までに撫でつけておいてくれ」
バシンッ
私とシリウスは同時に姿現しをして魔法省に到着した。先ほどいた時とは打って変わってアトリウムには出勤してきた人で溢れている。
「ユキは服装それで行くのか?」
『忘れていたわ。今変える』
シリウスに指摘されるまですっかり忘れてしまっていた。私はその場で一回転してスカートスタイルの黒いスーツに着替えた。全身黒も威圧感があるかと思いネクタイは濃い色の緑だ。
「驚いたな。学生時代に数々の悪戯でスラグホーン教授を泣かせていたスリザリンの白蛇と同一人物とは思えない」
『あなたの方は学生のころと変わらずね。女性にモテる色男だわ』
前から歩いてきていた女性がシリウスに目を奪われて反対方向から来ていた人と衝突した。
「不特定多数に好かれてもな……」
言葉が小さすぎて聞き取り難い。言葉を読み取ろうとシリウスの口元に集中していると突然私の肩がぐいっとシリウスに抱き寄せられた。
「前見て歩け」
『あ、ありがとう』
気を付けなければ。人が多い。ただでさえ周りは私より身長の高い人ばかりで歩きにくいのだからね。
私たちは人の流れに乗りながら守衛室に行き受付をして、時間もあるので階段で10号法廷のある地下10階に向かうことにした。
階段を降りていく。8階アトリウムのある一つ下の地下9階は神秘部だ。私は自然と息を止めた。
妲己に見せられたシリウスの死に際はこの神秘部の中。アーチの中のベールのようなものの中に吸い込まれていった……。
させない
絶対に死なせないからね
妲己に死に際を見せられた人たち。あの時はその人たちは自分にとってどれほど大切な人になるか知らなかった。
あの時の私はさっさと5人の命を助ける“人助け”をして妲己に木ノ葉隠れの里に戻してもらい再び暗部として生きることが願いだった。
――――そなたの願いを一つ叶えてやろう
死に際を見せられた人5人の命を助ければ私の願いを叶えてやると言った妲己。もはや5人などという数など関係なかった。シリウス、リーマス、ダンブー、ホグワーツの生徒たち、それに―――――セブ。
今ならあの気まぐれな妖怪に感謝したい。
私は彼らの死を防ぐ方法を練ることが出来る。
「ユキ?」
知らずと立ち止まってしまった私の顔をシリウスが覗き込む。
『ううん。何でもない。行こう』
今は今に集中しよう。
私は急ぎ足で歩き出した。不吉な神秘部の入り口から出来るだけ離れたい気持ちだった。
地下10階へと続く階段の入り口へと向かう。そこはごつごつとした石壁に松明がかかっており、まるで地下牢教室へと続く廊下のよう。
時刻は7:00
地下10階に降りて行くと人はいなかったが10号法廷の扉は開いていた。
「まさかウィゼンガモットの大法廷で裁かれるのか!?」
『もの凄く大きいわね』
「ここは重罪人が裁かれる場だぞ」
私は少し中に入り見渡した。ここは見たことがある。
ここは以前ダンブーの憂いの篩の中で見たことがある。バーテミウス・クラウチ・ジュニアやシリウスの親戚が裁かれた場所だ。
「またここへ来るとは……」
シリウスの顔が青白い。ここはシリウスが裁判を受けてアズカバン行きを言い渡された場所でもあるようだった。
『無理しなくても……私もダンブルドア校長もいるわ』
「いや、ハリーが心配だ。一緒に入る」
『無理そうになったら直ぐに出るのよ』
「あぁ、ありがとう」
暫くしてスーツ姿の女性がやってきて証人待合室に私たちを案内してくれることになった。
シリウスは法廷の入り口でハリーと一緒に法廷に入ることになっている。
待合室で暫く待っているとガラガラと押し車の音を立ててフィッグおばあさんが入ってきた。
「ダンブルドア校長から裁判の時間が早まったと聞いて驚いたよ!魔法省の奴らはなんて卑怯なんだ!」
『公平な人もいるようです。その人たちに向けて訴えましょう』
私は待合室から法廷へと続く扉を少し開けて中を窺っていた。
まともな魔法使いが多いことを祈って。
「時間だ」
中でファッジ大臣の声が聞こえた。
「ハリーは間に合ったようじゃ」
それと同時に後ろから声。ダンブーが濃紺のゆったりとしたローブ姿で待合室に入ってきた。
『全員間に合って何よりです』
「うむ。気を引き締めていかねばのう」
名前が呼ばれて待合室から法廷へ出る。
ハリーの方を見て一つ頷く。彼は真っ青な顔で目の前の木の柵に捕まっていた。
ファッジ大臣の質問にはイライラした。ハリーの証言を馬鹿にし、話を遮り、怒鳴った。
シリウスも私も良く我慢したものだ。本当に、殴りかかりそうだった。
フィッグおばあさんが証言し、次は私だ。
促されて名前と職業を言うと「フン」とファッジ大臣に鼻で笑われた。
「昔は忍者か。ジャパニーズ・スパイ。そんな者を信用しろと?え?出来るもんか。火の国とはどこだ?得体のしれないこの女がまともに証言できるとは思わんが?」
ファッジ大臣の発言に同意するようにフフンと鼻につく甲高い笑い声でドローレス・アンブリッジが笑う。
『身元が怪しくても記憶はごまかせません。私の記憶を憂いの篩に入れてください』
「記憶は!捏造!出来る!」
ファッジ大臣が怒鳴った。
「お待ちください、ファッジ大臣。私が裁判を受けた時はマグルの記憶が判断材料となりましたが?その記憶は―――私を有罪にするには値しない記憶でありましたが―――だが、あなた方はマグルの記憶を有罪の有効な証拠としました」
立ち上がって言うシリウスの声に陪審員たちがざわつく。
その声を抑えるように公平な陪審員と聞いているマダム・ボーンズが「証拠として認めます」と言った。
私は自分の記憶を抜き取り(とても抵抗があった)法廷に持ち込まれた憂いの篩に落とした。
すると、宙に私の記憶が映し出され、陪審員たちが呻いたり、酷いと顔を顰めて首を振った。
マダム・ボーンズは「確かにハリー・ポッターは吸魂鬼に襲われています」と言った。
「記憶の中ではな」
まだハリーを有罪にしたいファッジ大臣に人型の紙を掲げる。
訝しげな顔をするファッジ大臣を前に口を開く。
『私の記憶で見ましたよね?私はハリーを襲った吸魂鬼のうち1体をこの紙に封印しました。解!』
私は封印を解いた。
煙と共に黒い影のようなものがぶわーっと伸びて吸魂鬼が姿を現した。
誰もが息をのんだようだが、誰も叫ばなかった。
「この吸魂鬼が誰の命令を受けて動いておったか非常に興味があるのう」
「それは誤解を生む発言ですわ。まるで魔法省内部の者が吸魂鬼に命令したようではありません?それに今は《未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令》違反の話をしているのですよ」
アンブリッジの顔は真っ青だった。
「そういたそう」
鋭くブルートパーズの瞳を光らせながら、ダンブーはファッジ大臣が法律を捻じ曲げようとしていると述べた。
反論するファッジ大臣は明らかに印象が悪かった。無理矢理な論理を展開してまごついている。そして、判決の時―――――
「ハリー・ポッター、無罪放免!」
「よし!」
シリウスの声が大法廷に響いた。
私も安堵からホッと息を吐きだす。
裁判が終わると急にみんな私たちに興味がなくなったようだった。帰り支度をしてこちらを見ようともせず自分の事に集中している。ダンブーは忙しいのか直ぐに帰っていき、吸魂鬼は連れていかれた。
シリウスとハリーはがっちりとハグをして無罪放免を喜んでいた。
その様子を見ていた私は人の気配に後ろを振り向く。ニタニタと嫌な笑みを浮かべながらアンブリッジが私の方へと歩いてきていた。
「あなたの記憶を覗いたらどんなものが出てくるのかしらね?」
何を言いたいのか。私の口元はゆっくりと弧を描いていった。
敵意を向けられていることは分かっている。私をどうしたいのか……。
「ジャパニーズ・スパイ。今まで口にできないような事をしてきたでしょうね。例えば、ほら、大量殺人とか?」
少女のような声で言われた言葉。
私は嫌な予感を感じていた。
「首を洗って待っていらっしゃい」
くるりと回って勝ち誇ったような足取りで帰っていくアンブリッジの背中を見ながら考える。こちらに来てから人を多く殺した記憶は一つしかない。ヴォルデモート復活時に集まった死喰い人たちだ。
あの時の事は魔法省の役人と一緒に現場検証もしており、役人たちは残った遺体にある闇の印もしっかりと見て記録を取っていた。
はぁ。今この事を考えても仕方ないわね。どうしようもできないし……。
そう思い顔を上げた私は大法廷に取り残されていたことに気が付いた。
ちょうど最後の1人が法廷から出て行ったところだった。私も小走りに大法廷から出て行く。
もしかしたらモリーさんがハリー無罪のお祝いにご馳走を作ってくれるかも。私もご相伴にあずかれるかしら?
出来ればケーキが食べたいなと思っていた私の足が止まる。
なんと神秘部の扉が開けっ放しになっていたのだ。
扉に木が挟まっている。どうやら何かを運ぶのにストッパーを引っ掛けてそのままにしてしまったようだった。
私は周りを見渡した。人はいない。1回転して忍びの服に着替え、急いで中へと入った。
行く場所は決まっているし、覚えている。
あのアーチ型の鏡のある広場だ。あれを壊してしまいさえすればシリウスは死なずに済む。
亀の甲羅が沢山ある部屋や天体模型が置いてある部屋などを通り過ぎて私はアーチ鏡のある広場へと着いた。
杖を出す。
鏡の部分ではなく縁の部分を狙うのが良いだろう。
杖を振り上げる。しかしその時だった。人の気配に気が付き岩陰へと隠れた。ズッ……ズッ……と衣擦れと共に現れた人を見て私は目を大きく見開いた。
あの時の!
そこには水晶玉を持ったおじいさんがいた。
その人は私がこちらの世界に来てから1年目、魔法省でルシウス先輩に神秘部を案内してもらっていた時に出会った神秘部の男性で、私に予言をしたのだ。ルシウス先輩もセブもその予言を深刻に受け止めていた。
私はあまり予言というものを信じてはいないけど。
でも、なにかの縁だろう。私はおじいさんに近づいてみることにした。
『こんにちは』
「ん?そなたは誰じゃ?部外者は立ち入り異世界の魔女よおおおおぉぉぉぉ!!!」
「ひっ!」
白目、いきなりのトランス状態に口から短い悲鳴が出てしまう。どうやらこの前と同じく予言が始まったらしい。
『今度はどんな予言です?』
「……冥王星ノ加護ヲ受けし……運命ノ歯車ヲ狂わす、異界の魔女に祝福サレシモノ……必ずやタナトスの手から逃れん……」
『どうやって?』
「イカイノマジョの……逆鱗に触れしモノ地獄の業火にヤカレ……永久の眠りニツク……」
試しに口を挟んでみたが無視された。
なので私は大人しく終わりを待つことに。
「異界ノ魔女ニ……愛サレシモノ……人智を越えたチカラで……死を越える……」
おじいさんは口を噤んだ。
前と一言一句変わりはない。
さっさとこのアーチを破壊して帰ろう。
私がおじいさんから背を向けて杖を振ろうとした時だった。ドンっと背中に衝撃。
「異世界の魔女よおおおおぉぉぉぉ!!!」
『いー加減にしてくれませんかねえぇぇぇ!?』
相手はトランス状態の老人。本人に悪気はない。どうにか体から引き離そうとする私の耳元で叫びは続く。
どうしようかと考えていると、
「クロノス……に守護された者ドモが狂った歯車ヲ更に狂わセル……モハヤ……制御は効かぬ……」
おじいさんはブンと指を指した。私は振り返る。
あの不吉なアーチ型の鏡だ。
「冥府への道……繋ガッテオル……オソレルナ……降りるのだ……!」
『……』
―――……決シテ……愛する者の手ヲ離すな……冥府ノ道……鍵ハ、カギは……っ乙女の結界ヲ……破ル、こと……が、条件と……ナル……川を渡リ楽園へ、戻レ、余所見をスルナ
『鍵はなんですって?楽園?』
「成功すれば……大いなるタカラ、間違エバ……戻れヌ……愛スル者との分カレ……」
おじいさんは息も絶え絶えに続きを言った。
『おっと』
おじいさんが脱力したので体を打たないように慎重に床におろしていく。
『おじいさん、これで終わり?もう叫ばない?』
あの大絶叫は心臓に悪い。
トントンと肩を叩くが動かない。ぐったりして意識も失っているようだ。
『……』
よし、壊そう。
私は再び杖を振り上げた。
冥府への道がなんだ。シリウスが死ぬ原因を取り除く方がよほど現実的だ。
しかし、私はまた邪魔された。
岩の陰に隠れる。
この円形劇場のような場所に入ってきた人物を見て私は慌てて岩の陰から飛び出した。
『シリウス!』
「ユキ、ようやく見つけたぞ」
『どうしてここに?』
「気が付いたらユキがいなかった。それで戻ってきたんだ。そしたら神秘部の扉が大きく開いていて……お前なら興味本位で神秘部に入り込みそうだと思ってな。当たりだろ?」
どうだとばかりにニッと口の端を上げるシリウスの横で私は慌てていた。はやくここからシリウスを遠ざけたい。
そう思っていると「トトリさん、トトリおじいさん!」と言う声とバタバタと複数の足音が聞こえてきた。
「誰か探しているようだな」
『このおじいさんじゃないかしら』
指を指す。ぐったりと床に倒れているおじいさんを見てシリウスが顔を引き攣らせた。
「っ相手は老人だぞ?!」
『どういう意味かしら!?』
私じゃない!とシリウスに叫ぶ。
「冗談言い合っていないで帰るぞ。ここにいたら見つかる」
『待って。あのアーチを壊してから』
「はあ!?なんでだ?」
『気に食わない』
「空腹ならチョコを持っているぞ?」
『いらない!壊すの』
「待てって」
シリウスが私の杖腕をぐっと抑えた。
「理由は分からないが相応の理由があると信じる。だが、壊し方を知っているのか?神秘部の品物は危険だ。強い魔力が宿っている」
呪いをかけられた品物を壊す時、それ相応の力が入り、壊し方がある。さもなければ大惨事にもなりかねないとシリウスは言う。
『確かに……』
ヴォルデモートの分霊箱でもそうだ。強い魔力が宿っており、相応の力のある道具を使わなければ破壊できない。
……悔しいけどあきらめるべきか。
ここで無理に魔法を放ってシリウスに何かあれば本末転倒だ。
『……わかった』
「よし!そうと決まったら見つかる前に逃げるぞ」
『どうして楽しそう?』
「どーだっていいだろ」
歌うように言うシリウスに首を傾げる私。
私とシリウスは神秘部の職員に見つからないように神秘部を脱出したのだった。
ハリー無罪のパーティーに参加した私はシリウスと共にご機嫌でホグワーツへと帰ってきていた。
廊下を歩いていると前方から黒い影。セブだ。
『こんばんは』
「ポッターは無罪になったそうだな。残念なことだ」
『本心じゃないくせに』
ホグワーツはハリーを守れる場所。フンと鼻で笑うセブも懲戒尋問の結果にホッとしているはずだ。
「魔法省の圧力が強まっていると聞いているが大丈夫だったか?」
『ドローレス・アンブリッジに脅しをかけられたわ』
「聞いてないぞ!?」
『いいそびれて。そんなに怖い顔しないで、シリウス』
「何を言われたのかね?」
セブに促されてアンブリッジに「大量殺人」と言われたことを話す。
「ヴォルデモート復活の時の事を言っているのだな……」
セブが眉間の皺を増やした。
「だが、あれは正当な理由があった!」
「事実などいかようにも捻じ曲げられる。アズカバンに収容され懲りたのではなかったのか?それとも犬の記憶力とはかようにお粗末なものなのかね?」
「んだとスニベルス」
『ストップ、ストップ。落ち着いて』
2人の間に入って睨み合っている2人の胸を思い切り押す。ほんっとーにすぐ喧嘩を始めるんだから!
何か仲良くなるきっかけはないものかと考えていると、そう言えばとシリウスが口を開いた。
「神秘部へはただ見学か?」
『うん』
私はシリウスの言葉にすぐさま嘘を吐いた。
だって言いようがない。
「俺が来る前に何かあったんだろう?あの爺さんは?」
うっ。聞かないでほしい。
予言の話をするとセブの傷を思い出させることになるし、心配させることにもなる。
『ええと、そのぅ……』
「「……」」
『み……見つかったので殴って気絶させ痛ふいいいいいいい!』
セブが思い切り私の頬を引っ張って変な顔にした。大して痛くはないが恥ずかしい!
「本当の事を言え。それとも呪いが欲しいか?真実薬か?」
『私がかわいそう!』
「そうだ!ユキに何するんだスニベルス。行くぞ、ユキ。部屋で頬を冷やしてやる」
「行かせんぞ」
ぐんっと腕を引かれて私はセブに向き合う形で体を激突させた。ぐいっと顎を持たれて視線が合うように顔を上げさせられる。
「もしや予言者にあったのではなかろうな?」
察しがよろしいようで……。
「予言者?」
セブはシリウスに以前神秘部内で私が予言されたことがあると言った。
途端にシリウスの顔つきが変わった。
予言のせいでジェームズとリリーはヴォルデモートに殺されることになった。予言を信じなくともそれが与える影響は嫌というほど分かっている。
「床に倒れていた老人は水晶玉を持っていた」
「言い逃れは出来んぞ、雪野」
久しぶりの苗字読みにひしひしと圧を感じる。
「何を言われたんだ?」
シリウスにも腕を揺さぶられて、私は逃れられないと思い、予言を言うことに決めた。
『前の予言の追加といった感じね』
私は予言の内容を2人に話した。
『いまいちよく分からないのよね。もっとハッキリ言ってくれたらいいのに』
「予言とはそういうものだ」
シリウスが肩を竦めた。続けて
「今回追加されたという予言、他人には言うなよ。危険だ」
と言った。
『今日の内容のどのあたり?』
そう聞くと2人はうっと喉を詰まらせて私から視線をあからさまに逸らせた。
『ちょっと、何?どういうこと?』
何があるの?
後半の内容を思い出す。
―――クロノス……に守護された者ドモが狂った歯車ヲ更に狂わセル……モハヤ……制御は効かぬ……
―――冥府への道……繋ガッテオル……オソレルナ……降りるのだ……!
―――……決シテ……愛する者の手ヲ離すな……冥府ノ道……鍵ハ、カギは……っ乙女の結界ヲ……破ル、こと……が、条件と……ナル……川を渡リ楽園へ、戻レ、余所見をスルナ
―――成功すれば……大いなるタカラ、間違エバ……戻れヌ……愛スル者との分カレ……
『冥府は分かるわ。死者が住むところよね。どうやって……は乙女の結界を破る。そうすれば、私は死者の国へ行けるということ?楽園は天国かしら』
セブがそっぽを向いて視線を合わせようとしないのでシリウスを見ると「あぁ、だな」と声が返ってくる。こちらも私を見ない。
『予言が実現できるものなのだとしたら、乙女の結界が鍵となるわね……。だけど、うーん……若い女性を人身御供にしろってこと?』
そう仮説を言えば大きなため息を2人は漏らした。
なによ!人が真剣に考えているのにっ。
「今のところこの予言でどうこうできるものはない。一旦置いておけ」
セブがこの話は終わりだと言うようにピシャリと言った。
『えぇっ』
「もう夜も遅い。寝ろ、ユキ」
それがいい。と自分の言葉に頷くシリウス。
『2人とも意味が分かっているくせに酷くない!?私だけ分かってない!ひどい!酷い!』
教えろと2人の服を掴もうとしたが私の手をすり抜ける。
パッと私から足早に離れていく2人。
『どうせ私は察しが悪いですよっ』
私はぶくーっと膨れながら暗い渡り廊下に立っていたのだった。
今度レギュにでも聞いてみよう。