第6章 探す碧燕
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3.グリモールド・プレイス12番地
ハリーの護送日が決まった。ハリーの付き添いには沢山の団員が名乗りをあげた。みんなハリーに興味津々なのだ。メンバーにはリーマスもいるし闇払い局のマッドーアイやトンクスさんもいる。
ハリーの事は心配だったが私は護送に加わらず会議のためにグリモールド・プレイス12番地、シリウスとレギュラスの実家に先に一人で行き、今は見えない12番地を想像していると、横からバシンっという音が聞こえた。
「鋭い目だな」
『セブ!』
誰かと警戒し睨みつけていた顔を緩ませる。
『久しぶりだね』
「あぁ」
セブは疲れているように見えた。顔色が悪く覇気がない。
ダンブルドアの命によって死喰人の動きを探っているのは知っていた。気の抜けない任務だ。相当なストレスが溜まっているだろう。
今一番危険な任務を行っているのはセブだと思う。
だが、兎に角、久しぶりにセブの姿が見られたのは嬉しかった。
『元気とは言えないけれど顔が見られて嬉しいわ』
「お前は元気にしているようだな」
『私はいつも元気100倍よ』
ニシシと握り拳を作りながら笑うとセブの顔には微笑。私はその表情を見てホッとなる。
「中に入るぞ」
『うん』
私たちは古くて傷んだ扉を開けて中へと入った。
途端に元気な声が上から降ってくる。ロン、ハーマイオニー、ジニー、ウィーズリーの双子に栞ちゃんの姿もある。
「「師匠!!」」
『フレッド、ジョージ!それに皆も元気そうね』
生徒たちがわっと階段を降りてきた。
「ユキ先生も不死鳥の騎士団の団員だったの?嬉しいや」
『そうじゃないのよ、ロン。私は団員ではないの』
「どうしてなの師匠?」
「それに団員以外もここに立ち入れるの?」
『ダンブルドア校長から特別に許可を頂いているのよ。私は私のやりたいことがあるから……でも、ヴォル野郎一派を叩き潰したいって思いは不死鳥の騎士団と一緒だわ』
「「「「「!?!?」」」」」
子供たちはビクッと跳ねて息を飲み込んだ。
『今はまだ無理でも戦う相手の名前くらい恐れずに言えるようになるべきよ』
戸惑い顔を見合わせる子供たち。私は一番顔を青くしているジニーの背中を数度撫でて振り返った。
「行くぞ、ユキ」
『うん。じゃあね』
小走りに走ってセブの横に並ぶ。
「闇の帝王は強く、配下の死喰人と共に魔法界を震撼させた。彼らが恐れるのも無理はない」
『それでも、きっと、彼らと杖を交えるまで時間はない。魔法の腕と共に彼らの意識も変えていかなければ……。本当は戦いに巻き込みたくない』
「だがそうはいかない。特にポッターは……」
『彼を鍛えないとね。もちろん皆もよ』
今年度は希望する生徒には特別授業をしようと考えている。彼らを訓練し、勝てる人間にしたいのだ。
見たくない。妲己に見せられた未来。
何人もの子供たちが楽しい学び舎であるホグワーツで命を落とし冷たい床に倒れていた。
「ユキ。おい、ユキ」
肩にセブの手が乗り体がビクリと跳ねる。
『ごめんなさい。少し考え事を』
「子供たちの事を案じていたのだな」
『うん……』
「今から心配しすぎるな」
『そうね』
肩に入っていた力が抜けたのを見たセブは部屋の戸を叩いた。
ほどなくして出てきたのはモリーさんだ。
「お久しぶりね、ユキ先生。歓迎するわ。さあ、スネイプ教授も中へ」
中には既に人が集まっていた。アーサーさんやその息子さん、それにマンダンガス・フリッチャーの姿もある。正直何故この男を不死鳥の騎士団に入れているかは謎だが私とレギュにしては都合が良い。彼に愛想のいい笑みを浮かべておく。
久しぶりに会うアーサーさん、チャーリーと握手をし、ウィーズリー兄弟の長男ビルを紹介してもらう。
「大丈夫かしら。ハリーの事が心配だわ」
モリーさんが私とセブにお茶を出してくれた。
『ありがとうございます、モリーさん。ハリーなら大丈夫ですよ。腕のいい魔法使いが彼を迎えに行ったのですから』
「そうね。そうよね」
モリーさんが不安そうにダイニングルームを歩いていると、再びトントントンと扉がノックされた。モリーさんが扉を開ける。入ってきたのはレギュだ。
「はじめまして。元ブルガリア魔法省闇払いのグライド・チェーレンです」
挨拶をしてセブとは反対側の私の隣に座るレギュ。
暫し雑談していると大勢の足跡が聞こえてきた。そして再び扉がノックされた。
今度こそハリーたちが着いたようだ。
ホッとした顔のメンバーが中へと入ってくる。
『シリウス、順調にいった?』
「あぁ、問題なかった」
シリウスがニッコリ笑って私の対面に腰掛ける。
『お疲れ様です』
「はじめまして」
顔を合わせたことのない魔法使い・魔女に話しかけ、私たちは彼らと自己紹介をし、握手をした。
ユキは心配していたが不死鳥の騎士団のメンバーはユキとレギュラスを歓迎した。
ダンブルドアからの推薦ということもあったし、ホグワーツでハリーやジニー、セドリックの命を救い、死喰人に喧嘩を売ってきたユキ。
それからダンブルドアは外国の魔法使いを仲間に引き入れることを望んでいた。レギュラスはクィディッチ・ワールドカップで空に打ち上げられた闇の印をピンク色の髑髏に変えた人物だ。皆に信用されるだけのことをしている。
ユキは彼らが自分たちを受け入れてくれたことにホッと胸を撫でおろしていた。
「今日話すべきことは」
本日の議長であるリーマスが話し始める。今回の会議は誰が死喰人であるか確認する作業であった。その報告は主に魔法省に努めている者とセブルスからの報告だった。改めてセブルスが大変危険な二重スパイの仕事をしていることを知り、ユキの胸はざわつく。
魔法省と魔法界の人々が何を考えて、何を信じているかの大まかな傾向を話し合い、もっとヴォルデモート復活の警鐘を鳴らすべきだと会話が纏まって会議はお開きになった。
「皆さん食事はしていくでしょう?」
『はい!』
「ユキ先生はいつも元気が良いわね」
「我輩は失礼する」
『行っちゃうの?』
「仕事が残っているのでな」
そう言ってセブは黒いマントを翻して他の魔法使いたちとグリモールド・プレイスを去っていった。
入れ替わりに子供たちが中へと入ってくる。
『レギュは頂いていく?』
「頂いていきます」
きょろきょろとクリーチャーを探して辺りを見渡しながらレギュが言った。
モリーさんの食事は美味しかった。シチューが体を温める。
『栞ちゃんはハリーたちと仲が良かったのね』
私の子供のころに容姿が似ている謎の双子の一人、栞ちゃん。
彼女に話しかけると元気よく「はい!」と返事が返ってくる。
「すごく馬が合うの」
ニコリと笑う顔が一瞬セブの学生の時の顔に見えて心臓が跳ねる。
「先生?」
『フフ。なんでもないわ』
「???」
私ったら馬鹿ね、と心の中で笑っていると扉がギギっと鳴ってクリーチャーが顔を出した。私と目の合ったクリーチャーの真ん丸な目が更に大きく開かれる。クリーチャーはバタリと扉を閉めて姿を消した。
どうしたのだろう?不思議に思っていると再びクリーチャーが顔を出した。その手にはティーカップを乗せたトレイ。真っ直ぐ私の方へとやってくる。
「ユキ先生様、どうぞ」
『ありがとう。ええと、名前は?』
「名前……クリーチャーと申します」
『ありがとう、クリーチャー』
クリーチャーは真ん丸な目で私をじーっと見つめた後、寂しそうな笑みを浮かべて頭を下げている。
「御用があれば何でもわたくしめにお申し付け下さいまし」
「なんでユキを特別扱いなんだ?あ、おい」
クリーチャーに質問を無視されてシリウスは鼻に皺を寄せた。
「クリーチャー。僕にもお茶を頼めるかな?」
『クリーチャー』
レギュの言葉を無視して出ていこうとするクリーチャーを呼び止める。
『お願い。お茶をグライドにも』
「分かりましたです」
『ありがとう』
パチンと指を鳴らし紅茶を淹れるクリーチャーを柔らかい眼差しで見つめているレギュ。
『レギュ、良かったね』
そっと囁くと、レギュは表情を崩して「はい」と頷いたのであった。
***
バシンッ
ホグワーツ正門に帰ってきた私は羽音に振り返る。
足に手紙をつけたシロフクロウが私の方へ降下してきていたからだ。
バサバサと羽を動かしながらフクロウは私の手甲の上へと上手に止まる。
誰からの手紙だろうか?深い緑色蝋封の文字はⅯ。
封を開いて手紙を読む。
――――――――
久しぶりにお茶を飲みながら話せないかしら?
ナルシッサ・マルフォイ
――――
短いその手紙には何かの意図が隠されているような気がした。
ダンブルドアが魔法省で糾弾され、闇の組織が台頭し始めたこの時期、死喰い人の筆頭となるようなルシウス先輩の妻との接触は避けたほうが無難だ。
しかし、それはナルシッサ先輩も分かっているはずだ。
何か私に話があるのだろう。
私はナルシッサ先輩の手紙を燃やした。
あまりフクロウを長距離飛ばすのは良くないわね。
私はシロフクロウを連れ、そのままマルフォイ邸へ向かうことに。
バシンッ
久しぶりのマルフォイ邸。
私は紙切れに“門の外にいます”と書いてフクロウに託した。
門の外で暫く待っていると、門がひとりでに開いた。門を潜り正面玄関へと歩いていくと顔色の悪いナルシッサ先輩が立っていた。
「ユキ」
『お久しぶりです。お顔の色が優れませんが……』
「大丈夫よ。さっそく来てくれてありがとう。さあ、中へ」
「ルシウス先輩とドラコは?」
「ルシウスは魔法省。今日は帰ってこれないかもと出かけて行ったわ。ドラコは自分の部屋に」
豪華な玄関ホールを通って階段を上り、私は客間に通された。対面に座り、ナルシッサ先輩がお茶を入れてくれる。その顔は強張っていた。
「実は……ユキにお願いがあるのよ」
紅茶を飲みながら黙りこくるナルシッサ先輩の言葉を待っていると、ようやくナルシッサ先輩は口を開いた。だが口を開いたのにまだ言葉の続きを躊躇っているようだ。
『言ってみて下さい、ナルシッサ先輩。私、ナルシッサ先輩のためなら出来る限りのことはしたいと思っているんです』
「ユキ……」
迷うように瞳を揺らしていたナルシッサ先輩だが、意を決するように一つ深呼吸し、再び口を開いた。
「あなたに、ドラコを守ってほしいの」
その声は震えていた。
『ドラコくんを?』
「あの子は、あの子は……死喰い人に引き込まれる、わ……」
『っナルシッサ先輩!』
ナルシッサ先輩はボロッと涙を零して耐えられないというように顔を覆ったので、私は落ち着かせるために立ち上がりナルシッサ先輩の背中を摩る。
「助けて、ユキっ。あの子を……失いたくないっ……」
『もちろん守ります。ホグワーツの生徒は誰1人傷つけさせはしません』
「そうね。そうよね」
ナルシッサ先輩は涙をハンカチで拭いながら呼吸を整えた。
「あなたはホグワーツを愛している。生徒を大切にしている。あなたなら生徒を守ってくれる。分かっているわ。でも、お願い。もう一歩踏み込んでほしいの」
ギュッとナルシッサ先輩が私の右手を握った。
「あなたにドラコの事を頼みたいの。きっとあの子はこれから先、死喰い人としての任務を与えられると思うわ。ホグワーツにいる、ハリー・ポッターと同じ学生だもの、あの子には辛い……辛い……」
『分かります。言っていることは分かります、先輩』
ドラコもハリーと同様に危ない橋を渡らされるようになることは目に見えていた。
ハリーには信頼できる温かい、守ってくれる大人がいるのに対してドラコは孤独に耐えながら与えられた任務に就かなければならないだろう。
どうにかしてあげたい。ドラコもハリー同様可愛い生徒。そして学生時代に大変お世話になったルシウス先輩とナルシッサ先輩の息子でもある。
私は考え―――頷いた。
『分かりました』
「ユキ……」
「ドラコくんには特別目をかけ、守ります。彼を支え、身の守り方も教えます。ただ、ハリーに危害を加えようとするなら止めなければなりませんが……私はホグワーツの生徒が傷つくのを嫌います……ですが、ドラコくんに命の危機が迫ったら私が必ず彼の前に出ます」
「ありがとう!ドラコを守ってあげて。あなたなら信用できる!あぁ、ドラコ!死なせたくないっ……」
私は私に抱き着くナルシッサ先輩にハグを返す。私は泣き続けるナルシッサ先輩の背中を暫く摩った。
「ごめんなさいね。みっともないところを見せてしまって」
『とんでもないです』
ようやく泣き止んだナルシッサ先輩はハンカチで涙をふいて呼吸を整えた。
「さっそくドラコを呼んでくるわ」
赤い目でナルシッサ先輩が言った。
『あ、その前にひとつ。私以外にドラコくんを託すのはやめて頂けますか?誰かと二重となると色々ややこしいことが起こるかもしれませんから……』
ドラコに命の危険が迫った時、ニ人同時に庇っては、その人と誤って撃ち合い……なんて可能性も出てくる。
ナルシッサ先輩は直ぐにこのことを了承してくれた。
「分かったわ。約束します。ドラコを呼んできても?」
『はい。身の守り方を話し合いましょう』
「お久しぶりです、ユキ先生。こんばんは」
困惑した様子のドラコが部屋に入ってきた。夜遅くに何だろうと言った感じだ。
ナルシッサ先輩はドラコに私がドラコの事を守ることになったと話す。
聞き終わったドラコはホッとした様子だった。彼も自分が近い未来どのような境遇に置かれるか考えていたのだろう。
私は彼に何かあったら助けること、守りの護符を渡すこと、忍術の訓練をつけることを約束した。
『この学校で誰よりも強くなってもらうわ。それなりの鍛錬をつける。覚悟はいい?』
「もちろんです!」
「頼むわね、ユキ」
『任せてくだ……あ』
扉に視線を向ける私の視線をナルシッサ先輩とドラコも追う。
『ルシウス先輩が帰ってきたみたい。この事、ルシウス先輩には?』
「言っていないわ。ダンブルドアに近いあなたに息子を頼むのをきっとルシウスは良く思わないでしょうから……こんなに早く帰ってくるなんて」
焦る様子のナルシッサ先輩に声をかける。
『でも、話しておきませんと』
「……そうね」
もう隠しておけないと思ったのか小さくため息をついてナルシッサ先輩は椅子から立ち上がった。
「ちょっと待っていてね」
そう言って廊下へと出て行くナルシッサ先輩。暫く説明に時間がかかるだろう。私はドラコに雑談を振る。
『ドラコは魔法生物があまり好きじゃないのかしら?』
あることを思いドラコに尋ねる。
「えっと……そうですね。あまり……」
予想通りだ。ハグリッドの授業態度を見ていればなんとなく分かる(ドラコはハグリッドが好きではないから尚更そう見えるからかもしれないが)。
「でも、どうしてですか?」
『魔法生物と契約を結んで彼らの力を借りられるのはいいわよ』
「もしかしてユキ先生の赤い鳥のことですか!?」
『うん』
「僕もできるようになりたいです!詳しく聞かせて下さい!」
ドラコは興味津々の様子になった。
動物と契約できなくても巻物に武器を封印、口寄せの術で出して戦うやり方を教えるのも良いかもしれない。
ドラコに教えたい忍術について話していると扉が開いた。疲れた様子のルシウス先輩が部屋へと入ってくる。
「ドラコ、少し出ていてくれるか?」
「分かりました、父上。ユキ先生、また後ほど!」
「私も失礼しますわ」
ドラコは私に手を振ってナルシッサ先輩と部屋から出て行った。ルシウス先輩は椅子に腰かけ、ふーっと息を吐き、眉間を揉んだ。
「ここに来るのは危ないと分かって来たのか?」
『周りには注意しました。それにナルシッサ先輩に呼ばれたら来ないわけにはいかないですよ』
「……息子の事、いいのか?」
『はい。ホグワーツの生徒の安全は守りたい。それに……ドラコくんは学生時代にお世話になったルシウス先輩とナルシッサ先輩の子供ですから。私が出来る、出来る限りをしてあげたいと思うんです』
「……ユキ」
『はい』
「こちら側にこないかね?」
ルシウス先輩は静かに言った。
私はふふっと笑いながら首を横に振る。
『行きません。私は誰かに命令されるのが嫌いなんです』
「君はダンブルドアの下にはいないと?」
『限りなく近いですが……』
「セブルスはこちら側だ」
言葉を濁していると唐突にルシウス先輩が言った。
「ユキは学生のころからセブルスが好きだろう?」
『どうでしょう?』
「それははぐらかしているのか?それとも自覚がないのかな?」
『そんな心の中を覗くような目で見ないで下さいよ。嫌だなぁ。今は私が好きな人の話なんて関係ないじゃないですか』
「大いに関係あるだろう?」
『どうして?』
自然と口をついて出た言葉。
ルシウスはうっと声を止めた。そしてあぁ、まただ。と思った。
好きな者でも任務のためなら殺すと?そうまで考えずに口を出た答えかもしれないが、ユキが潜在意識の中でこの返事をしたのかと思うと恐ろしい。
学生時代からユキは時々無意識のうちにこういう冷たい反応をするのだ。
ルシウスは背中がゾクリと寒くなったような気がして大きく深呼吸して気持ちを落ち着けた。
『ルシウス先輩こそいいんですか?ヴォルデモート側で』
「卿の名前を言うな。それに……マルフォイ家は運命から逃れられない」
長いことヴォルデモートに仕えてきたマルフォイ家。死喰い人を纏める存在である。そんなマルフォイ家が裏切れば、その先に見えるのは一家皆殺し。
『……』
マルフォイ家は以前、ヴォルデモートがハリー・ポッターに敗れ力を失ったときに没落しなかった。それはルシウス先輩がうまく立ち回ったから。
『今回もうまく立ち回って下さい。私は……私は……』
いつからこんな余計な情が生まれたのだろう?
ルシウス先輩と戦うことになったら躊躇わずに杖を振るだろうと思っていた。
いや、今もそう思っている。だが、仕方ないと思っていてもどれだけ心が痛むだろう。そのくらい学生のころ可愛がってくれたルシウス先輩とナルシッサ先輩が私は好きなのだ。
『もしもヴォルデモ……ヴォルヤローが「悪化しているが?」すみません。ヴォーちゃんが「ユキ!」……敗れた時のことを考えて手は打っておいて下さい。私が協力しますから』
ルシウス先輩は私のヴォルヤローあだ名呼びに呆れながらも「感謝する」とほほ笑んでくれた。
『すべてが終わったときに生きていてください』
「ユキもな。長居は危険だ帰るといい」
「それでは、これで」
閉ざされた門の外から屋敷を振り返る。
これから先、ルシウス先輩、ナルシッサ先輩と会うのは難しくなるだろう。
バシンッ
ホグワーツに帰ってきた。
今は何時だろうか?時計を見れば深夜1時を過ぎていた。
私は部屋の扉の前で手を止める。
扉の間に紙が挟まっていた。
―――――――――
帰ったら部屋まで来てくれ
S.S
――――――――
どうしようかと迷ったがセブの部屋まで行ってみることにした。万が一でもまだ待っていては申し訳がない。
玄関ロビーを通り階段を降りる。真っ暗な廊下には魔法薬の匂いが漂っていた。
私の足が速くなる。薬学教室の扉の下からは光が漏れている。
そっと中を覗き見る。セブが真剣な顔で大鍋に向かっていた。
『セブ』
驚かさないようにそっと声をかける。
「来たか」
『こんな遅くまで待たせてしまってごめんなさい』
「いいのだ。ただの我輩の……わがままだ」
『わがまま?』
言葉の意味が分からないままセブの隣に行く。大鍋の中の薬は完成しているようだった。一切濁りのないそれは安らぎの水薬。
『要件は?』
「特にない」
驚いてセブを見る。彼の気まずそうな顔は見えなくなった。視界は真っ黒。セブが疲れたと言った溜息とともに私を抱きしめたからだ。
『かなり疲れているようね。この安らぎの水薬を飲んだら?』
「残念ながら呑気に寝ている暇はない」
『精神的に持たなくなるわよ。寝ることは体力だけでなく気力も回復するわ』
「気力は今こうして回復している」
セブが私を抱いている手に力を込めた。
『こんなんで回復「少し黙ってはどうだね?」
心地よいバリトンの声が耳に響く。セブは更にキツく私を抱きしめている腕に力を込めた。少しだけ苦しい。でも、このままがいい。
セブは私の頭に自分の顎を乗せ、今度は気持ちが良いと言うように息を吐きだした。
セブの鼓動が聞こえる。私は目を閉じた。
彼の鼓動を無心になって聞いていると疲れていた心が癒されていく感じがした。
セブもそうであってほしいな……
どのくらい時間が経っただろう。セブが私から身を離した。
「お前に口づけ出来んのは残念だ」
『っ!』
セブの親指が伸びてきて、私の下唇をなぞる。
「ユキの心のうちは分かっている。我輩は待つと決めた。だが、辛いものだな……」
今日のセブは随分と弱っている。私は心配になってセブの瞳を覗き込んだ。なんだか虚ろな瞳だ。
『寝たほうがいい』
「そうだな。来てくれて感謝する」
大鍋や器具を片付けると申し出たが、セブがそのままで良いと言ったので私たちは一緒に廊下へと出た。地下牢教室のあるこの廊下は夏でも寒い。
『ちゃんと肩までお布団をかけて寝るんだよ』
「子ども扱い、っ」
『セブ!』
私はよろけたセブに駆け寄った。「大丈夫だ」とは言っているがそうは見えない。
「君には我輩がそんなに軟弱な人間に見えるかね?」
『あなたが軟弱じゃないことは分かっている。でも、急にストレスがかかったのでしょう。寝てないし。この数週間の疲れが一気に出たのよ。恥ずべきことではないわ……セブ。部屋まで付き添う』
「結構だ」
『お願いだから』
セブは驚いた顔で顔を上げた。
本当はいつもみたいに茶化して「気絶させて運ぶわよ?」とか言えば(本気で言っていた時もあったけど)誤解も招かないのだろうが、セブの様子にそんな事を言う気にはなれなかった。
『お行儀よくするし、あなたが寝たら直ぐに帰る』
これで合っているのだろうか?セブのためになるだろうか?無闇に期待を持たせるようなことをしてしまっているのではないだろうか?いや、きっとしているのだが……私はいったいどうすべきだったのか。あぁ、やはり撤回を……
俯いてぐるぐると頭の中で考えているときだった。そっと私の手がセブに握られた。私は無言でセブに手を引かれて歩き出す。
セブは私室に入り、リビングを突っ切ってベッドルームへと入った。私の手を離し、無言でマントを脱ぎ、ボタンいっぱいの上着も脱ぎ去った。マントと上着は乱暴に投げ出されるのではなく、クローゼットの中のハンガーにかけられた。
コトリと靴が脱げる音。
「一緒に入るか?」
『えっ』
「クク、冗談だ」
セブは固まる私を小さく笑ってからベッドの中に入った。
『パジャマに着替えなくていいの?』
「着替える気力がない。寝る」
『私は……』
一体どうしたら……
私などいないように扱いながら目を閉じるセブの前で戸惑っていた私は、私にしかできないことを思い出した。疲れているセブに気を送ってあげればいいのだ。
ベッド脇に跪き、布団の中にそっと手を入れてセブの手を握る。ピクッと痙攣したセブの手は逃げようとしたが、しっかり捕まえて私は自分の気をセブに送っていく。元気になりますように、と。
「……」
『……』
「…………」
セブの規則正しい寝息が聞こえている。
私はセブの手を離し、布団を肩まで掛け直した。
今日のようにセブが弱っている姿を見せるのは学生の時から見ていても珍しいことであった。
『おやすみ、セブ』
私は音を立てないようにそっとセブの部屋から出て行った。