第1章 優しき蝙蝠
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15.バースデー
『いらっしゃい』
「「「「「失礼します」」」」」
『ちょっ、静かに』
元気の良い返事に思わず廊下を見渡す。
罰則でもない限り生徒は寮からでてはいけない時間帯なのだ。
私の様子を見たスリザリン生はちょっと肩をすくめたが、瞳をキラキラさせて部屋の中へと入ってきた。
生徒たちは初めて入った私の部屋が珍しいらしくキョロキョロと見渡している。その様子が可愛らしい。
生徒たちが興味深げに見るのも無理はない。
カントリー調の家具と窓には白いレースのカーテン、暖炉の火が暖かく燃えてほんわかした雰囲気の部屋。
ユキの普段の服装は暗く濃い色の着物か同じく暗い色の魔女の服、外での実技授業は黒い忍装束で明るい色の服を着ているところは見たことがない。
部屋の雰囲気と部屋の主の服装にはかなりのギャップがあった。
椅子に促して座ってもらい、自分を含めた六人分の紅茶とケーキをだす。
『早速だけど始めようか』
数日前の授業終わりにスリザリン一年生はある相談を持ちかけてきた。
相談内容は自分たちの寮監の誕生日パーティーを開きたいから大広間の使用許可を出して欲しいという実に可愛らしいもの。
寮監はあまり大人数で祝われるのは好きではないと考えてパーティーの参加者は一年生だけだと言う彼らの配慮の良さに感心する。
こんな願いを断る事なんて出来ない。
二つ返事でOKを出し、さらっと大広間の使用許可証にサインした。
嬉しいことにサプライズ誕生会に参加させてもらえることになり、加えて生徒だけでは心もとないからと言われ準備から参加できることになった。
なにしろ人生初の誕生日会。
私はこの数日料理本と飾り付けの本をテーブルに置き誰よりもテンション高くページをめくっていた。
***
迎えた1月9日の夜8時。
生徒には無理があるということで、私はスネイプ教授を大広間まで連れて行くという大事な任務を与えられていた。
失敗したり感づかれてしまっては生徒たちの頑張りが無駄になってしまう。
大きく深呼吸をし、若干緊張しながらスネイプ教授の私室の扉をノックする。
トントントン
間を置いて二,三度ノックしたが返事がない。
『ユキ・雪野です。いらっしゃいませんか?』
聞き耳を立てて眉を潜める。
『困ったな』
部屋にいないようだ。
ホグワーツの外へ外出していたらどうしよう。
とりあえず城内に影分身を放って探そうと考えていると覗き窓が開いた。
よかったーー。
「……何かあったのか?」
『お話がありまして』
「今開ける」
意外とあっさり開けてくれた。
『あ』
ドアが開き普段通り血色の悪い顔があらわれた瞬間ふわりと優しい香りが鼻をくすぐる。
丁度シャワーを終えた所に来たようでボタンが大量についたいつもの上着を着ていない。ただの白いYシャツ姿。
自分の顔が赤らむのを感じ思わず顔をそむけると上からクツクツと笑い声が聞こえてきた。
「顔が赤いが、風邪薬をご所望かね?」
非常に楽しそうな声だ。
『ち、違います。でも、あの、いつもの上着を着ていただけませんか?』
「シャワーを浴びたばかりで暑い」
意地悪そうな笑みを浮かべ、腕を組み壁に寄りかかりながら見下ろしている様子からからかわれているのが良くわかる。
どうして彼の前だと表情をコントロール出来なくなるのかしら。
それに体の内部から熱い何かが突き上げてくるこの感覚はなに?
どうしてスネイプ教授の前でだけこうなんだろう……。
「入るか?」
『いえ!大丈夫です』
「遠慮するな」
大広間まで連れ出さなくてはいけないのに緊張で頭が真っ白になっていく。
冷静にならなければいけない。
視線から逃れるようにジリジリと後ずさる。
「お前の部屋の方が都合がいいのか?」
『それもダメです。お、大広間で待ってます』
吃るわ、ひっくり返るわの声でようやくパーティー会場の場所が言えた。
一方のスネイプ教授はおかしな場所指定になぜ?というように眉をあげている。
それだけの動作なのに心臓はドキリと跳ねる。
なんだかムラムラ、クラクラする。
「雪野?」
『あ、すみません。ちょっとムラムラしてました。先に大広間で待っていますね。湯冷めするので上着着て来てください!』
「はぁ?」
爆弾発言に固まっているスネイプに気づかぬまま、
ユキは飛ぶように廊下を走り階段を駆け上がった。
スネイプはどこまで本気か分からないユキの発言に悶々としながら、言われた通りに上着を着て自室を後にする。
スネイプはヒンヤリとした廊下を歩きながらユキの用事を考える。
もしかしたら“例の指輪”を自分に見せる気なのかもしれないとも思ったが先ほどの様子から違うだろう。
真面目な話をするときは怪我をしていても表情ひとつ変えず淡々と話し何を考えているか分からないのだ。
先程は明らかに動揺している様子を見せた。
そしてその動揺の原因が自分であるというのが心地よい。
全く話の検討がつかぬまま大広間の扉を開けると明かりが漏れて甘い香りが漂ってきた。
『「「「「「「お誕生日おめでとうございます」」」」」」』
パーンという賑やかな破裂音を鳴らしてクラッカーが鳴り、歓声が沸く。
扉を開けてすぐにいたのはスリザリンの一年生たち。
思わぬ展開に先ほどと同じように思考停止に陥っていると生徒たちに手を引かれ背中を押されながら大広間の中心に置かれていた長テーブルまで連れてこられた。
空中には“Happy Birthday”と緑色で書かれた文字が光り周りにキラキラした銀色の星が瞬いている。
テーブルの上にはクリスマスと同じくらいのご馳走と沢山の種類のデザート。
何より目を引くのはテーブルの真ん中にそびえ立つ大きなケーキ。
圧巻の巨大ケーキの真ん前に座らされたスネイプはようやく今の状況が飲み込めてきた。
今日は我輩の誕生日だったか。
「我らが寮監、スネイプ教授の誕生日を祝って。乾杯!」
「「「「「「「「「乾杯」」」」」」」」」
生徒たちはドラコの乾杯の音頭にそれぞれ手に持っているゴブレットをあげる。
このような場は苦手だがセブルス・スネイプも鬼ではない。
寮生が自分でさえ忘れていた誕生日を祝ってくれるのは嬉しいものだ。
滅多に見せない笑みを見せゴブレットのワインを飲んだ。
それにしても、と対面の席で(ケーキで殆ど姿がみえない)生徒とともに陽気にクラッカーを鳴らしている忍術学教師を見る。
自分の部屋の前で顔を赤くしていたのは只の演技だったのだろうか。そう思うと心の中でフツフツと何かが湧き上がる。やられっぱなしは面白くない。
考えていると「スネイプ教授は今年おいくつですか?」と気持ちのいいほどざっくりと隣のパンジー・パーキンソンが問うてきた。
「忘れた」
「父上より5歳年下だから……31歳だよ」
「……そうだ」
我が寮生は良家の出身者が多いはずなのだがと天を仰ぐと天井に届かんばかりのケーキが目に入った。
いったいこれは何段あるのだろうか。
格段で砂糖菓子の動物たちが楽しそうに踊っている。
「ユキ先生は?」
踊る砂糖菓子を口に放り込んだゴイルの問いで視線は一斉にユキに集まる。
「おい、女性に年齢を聞くのは失礼なんだぞ」とドラコ。
「でも、気になるなー。ユキ先生、若く見えるしいいじゃない!ね、教えて?」
パンジーをはじめ、すっかり女子生徒に取り囲まれたユキは小首をかしげた。
『多分、21?』
「えーーーーーー予想以上にわっかーーーい」
「僕たちと十しか変わらないじゃないですか!」
なぜ疑問系かは置いておいてスネイプも生徒と同じように驚いていた。
落ち着いている様子と魔法(忍術)の腕を考えても二十代半ばは確実に過ぎていると思っていたのだ。
童顔の多い東洋人に似た顔をしているから、もしかすると自分と同年代ではと考えていたほど。
「でも、今時10歳差なら大丈夫よね」
「僕もユキ先生なら問題ないと思うよ」
「……分かっていると思うが教師と生徒は」
言いかけたがキョトンとしたドラコとパンジーの姿が目に入る。
「違いますよ。僕たちが言ったのはスネイプ教授とユキ先生の事です」
「先生たち、付き合っているんですよね?」
ザビネやノットも加わり会話は盛り上がっていたが突如ガチャンという乱暴な食器音が場に響く。
スネイプの横に立つ金髪の整った顔をした女子生徒が怒った顔でユキ達を睨みつけていた。
「どうしたのよ、デリラ」と会話を遮られたパンジーは不満げだ。
デリラと呼ばれた少女はキッとした顔で騒ぎの中心のユキを睨み続けている。
「あなたたちの会話に我慢ならなかったからよ!せっかくのスネイプ教授のお誕生日なのに馬鹿げたことを言われて先生困っていらっしゃるわ」
「馬鹿げたってなによ。デリラも聞いたことあるでしょう?スネイプ教授とユキ先生がお付き合いしてるって噂」
「ロクでもない噂だわ」
「そうかしら?先生たちならお似合いだと思うけど?」
周囲の生徒がパンジーに同意するのを見てデリラの顔が赤くなる。
「お、お似合いなわけないじゃない。純血どころか魔法族でもない人なのに!」
『……うーん、純潔……逆だけどな。彼氏さえいたことない……』
「先生、たぶん意味取り違えてると思う」
呟き首を捻っているユキを見て冷静に突っ込むザビネ。
「いい加減にしろよ、デリラ」
「ドラコが穢れた血を庇うなんてどうかしちゃったの?」
ユキの事が好きなドラコの顔が怒りで赤くなる。
相手が男子生徒なら呪いの一つでも放っていただろう。
重々しい空気
『ねぇ、そろそろケーキ食べない?』
それを打ち破ったのは自分が関わっているのに会話内容が理解出来ずに諦めたユキだった。
「「食べる!!!!」」
ユキの声に両手を突き上げて喜ぶクラップとゴイル。
デリラはまだ言い足りないようであったが他の生徒はせっかくのパーティーに喧嘩はごめんと言った具合に歓声を上げて集ったため喧嘩は終わる。
スネイプはこの話が無事収束したことに小さくため息を吐いた。
「このケーキ、ユキ先生の手作りなんですよ」
場の空気を戻そうと明るく言うドラコ。
「ドラコ、私たちも手伝ったのよ」
「僕には味見しているようにしか見えなかったけど?」
「それはクラップとゴイルよ。ね、先生?」
『パンジーは良く手伝ってくれたわ。このデコレーションとか』
「これは……キャベツ?」
「ドラコったら薔薇の花よっ!」
生徒たちの会話に笑いながらユキは杖を振り一番上にあったケーキを皿の上に乗せスネイプ の前に着地させた。
軽くブラッジャーの大きさほどあるケーキには“Happy Birthday! Professor Snape”
の文字がプレートの上でキラキラ輝いている。
砂糖菓子の可愛らしい蛇がケーキの上を滑り時折止まって何故か火を噴いていた。
妙に高度な魔法を見せられスネイプは感心する。
あれほど高く積み上がっていたケーキはパーティーの終わりまでに主にユキ、クラップ、ゴイルの 三人の胃の中にスッポリと収まってしまった。
***
「生徒を寮まで送ってくる。ここで待っていてくれ」
『?わかりました』
不思議そうな顔をする雪野を置いて生徒を寮に送り届ける。
特に用事があって待つように言ったわけではない。
今まで記憶する中で今日ほど盛大に誕生日を祝ってもらったことはなく、生徒の気持ちも嬉しかった。
しかし、どこか物足りなく感じてしまっているのは、パーティーの間中生徒に囲まれていた雪野と まともに話すことができなかったから。
子供のような思考に自分でも呆れるが誕生日なのだから許されるだろう。
大広間に戻ると部屋を片付けテーブルを元の配置に戻した雪野が杖をしまうところだった。
『待つように言って下さって良かった。プレゼント、渡し損ねるところでした』
何を言おうか考えていたが雪野の方から声がかかる。
手渡されたのは見たことのない文字が書かれていた一枚の人型の紙。
非常に強い魔力が感じられて魔法がかけられていることがわかる。
「これは式神とやらの強力版か?」
クリスマス休暇明けのホグワーツでは紙のように薄い生徒があちらこちらで漂うという珍事が起こっていた。
式神が持ち主の代わりに手紙を託しに梟小屋に行ったり、荷物を持ったり、雑用をしたりしているのを見ていたので興味を持っていた。
薬草取りに付き合わせるため一枚欲しいと思っていたところだ。
『式神はフィルチさんに作るの禁止されたんですよ。それは“守りの護符”と言います。持ち主が危険な目にあった時に助けてくれます。ただし効果は発動する時は物理攻撃のみで3秒、一度きりです。ポケットにでも入れておいてください』
改めて“守りの護符”という紙を見る。
このペラペラの紙がどのように自分を守るのか興味が出てくる。
『それ、作るの大変なので試してダメにしないで下さいね。それからスネイプ教授の為に作った護符なので他の人が持っても発動しないので注意して下さい』
「そうか」
ユキは護符を注意深く観察するスネイプを見て小さな笑みを零した。
「随分と強い魔力を込めたのだな」
しばらくたち、そう言ったスネイプの眼差しは真剣なものに変わっていた。
護符に杖を向けた瞬間にスネイプの体は護符に込められた魔力で電流が走ったように痺れた。
それと同時にスネイプの心の中に不安の渦が巻き起こる。
魔法は術者の体内の魔力と体力を使い発動するもので、身の丈に合わない魔法を使うと(普通は発動しないが)大量の魔力と体力を消費し術者は身を滅ぼす。
目の前の忍術学教師はこの事を知らないはずはない。
なぜなら模擬授業でこの内容を説明していたからだ。
「体は大丈夫なのか?」
『え?』
「とぼけるな。これだけ魔力を使えば体に何らかの影響があるはずだ」
『平気ですよ。私、異常に魔力と生命力ありますから。弱っているように見えます?それに時間をかけて魔力を注ぎ込み作るものですから』
大丈夫だと示すためにユキは手の中に火でできた鳥を作り空中へ放つ。
鳥は元気よく一声鳴きスネイプとユキの間をくるりと回ってから夜空が映っている天井へと飛び、消えていった。
ユキはそのまま偽物の夜空を見上げる。
いつ見ても本物の空みたい。魔法って凄い。
瞬く星
ユキはキラキラ輝く星の美しさに頬を緩める。
『……スネイプ教授?……』
ユキは目を瞬く。
眺めていた夜空は暗闇に変わった。
抱きしめられている。
柔らかな石鹸と薬草の香り、トクリトクリと聞こえてくる鼓動。
背中に回された手から伝わる体温。
ユキの体温は急上昇して顔は赤くなり鼓動は煩いくらいに早くなる。
冷静に、普段通りの表情を作ろうとするが頭は混乱してジンジンと痺れまともにモノも考えられない。
腕から逃れるのは簡単。
身を引けば簡単に抜け出せるだろう。
しかし、ユキは甘く心地よい時間をもっと味わっていたかった。
体の中から熱い何かが突き上げてくる。
甘美な感覚に酔い思わず胸に頭を預けると、スネイプの手が優しくユキの頭を撫でた。
どうしてだろ……泣きそうだわ。
全身を包む甘い痺れと共に胸の奥に切ない痛みが走る。
不思議な感覚―――。
「自分を大切にしてくれ」
優しい低音が耳元で響く。
『大丈夫ですよ』
「全く……君はいつもそうだ」
ため息とは違う熱い吐息の混じった声。
頬に添えられた手。
ユキの前には見たことのないスネイプの優しい微笑みがあった。
熱のこもった眼差しに引き込まれていく。
「自覚がないようなら二度と無茶をしないよう我輩が監視してやろう」
キョトンとしたユキを見てスネイプはクツクツと笑う。
「覚悟しておくといい」
紅潮した顔と濡れた瞳は本人も気づいていない心の中をスネイプにさらけ出していた。
不思議な夢を見るような感覚は―――