第6章 探す碧燕
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
2.プリベット通り4番地
私はハリーの頭から手を離し、しっかりと彼のエメラルドグリーンの瞳を見た。
『ハリー、これ以上魔法を使ってはいけないよ。そうすれば庇いきれなくなってしまう』
「わかった……」
『心細いだろうけど私は直ぐにダンブルドア校長の所へ行かなきゃ』
「ねえ、ユキ先生。杖を折りに来たらどうしよう。もしダンブルドア校長やユキ先生の訴えが聞き入られなかったり、それか僕の杖を折る役人が話が纏まる前に来てしまったら……」
『そうね。じゃあ、これを出しておくわ。式神!』
私は三大魔法学校大会試合の最終試練の罠に使った式神を5体ハリーの前に出現させた。
『決してハリー・ポッターの杖を誰かに渡さないこと。攻撃しないこと。分かった?上手くやってちょうだい』
式神たちは頭を下げた。
「ありがとう!これで安心だ」
ハリーの顔色は少しだけマシになった。
『あなたを退学にできない手札は持っている。心配せずにどんと構えていなさい』
私はそう言ってダーズリー家から出てバシンとホグワーツの門前に姿現しした。
私は魔法省に着いて受付を済ませる。ダンブーもきっとここにいるだろう。
「ユキ先生!」
何階へ行くべきか迷っているとレギュが私を見つけてくれた。
『グライド!今どうなっている?』
「ダンブルドア校長が抗議しています。あなたが到着し次第連れてきてほしいと。こっちです」
私はレギュラスの後をついて走った。
魔法不正使用取締局という部屋でレギュラスは立ち止まる。
中からは静かだが厳しいダンブーの声と「ですが、でも」とイライラを含んだ職員であろう人の声が廊下まで聞こえていた。
『案内ありがとう。行ってくる』
一つ息を吐いて中へと入る。一斉に皆が私の方を振り向いた。
「おぉ、ユキ。来てくれたか」
『遅くなりました』
「ハリー・ポッターは無事かの?」
『えぇ。吸魂鬼に襲われましたがギリギリのところで守護霊の呪文を使い、追い払いましたよ。私も手助けしましたが、ハリーが魔法を使わなければ彼の従兄は吸魂鬼にキスをされて今頃死んでいたでしょうね』
うっと職員たちは喉を詰まらせて、かたい顔をし、チラと目配せし合った。
ダンブーは畳みかけるなら今だと言うように口を開く。
「もし、ハリーの従兄が死んでおったらとんでもないことになっておった。皆さん、これはあってはならない事態ですぞ。魔法省が管理をする吸魂鬼がマグルを襲ったのですからの。管理責任は魔法省にあり、責任を取るのは誰か……」
鋭い瞳を職員に向けるダンブー。職員たちは見るからにうろたえていた。
「わ、私たちは管轄が違うっ……」
「そうです。その……我々は法律に則って刑罰を下すだけですから……いやはや、これは我々がここで判断できることではない。ポッター君の処罰は見送り、しかるべき場で話をお聞きいたしましょう」
ハリーの刑罰については懲戒尋問で決まることになった。
ひとまず安心だ。
私とダンブーは小さく息を吐く。
「では、儂らはこれで失礼させてもらおう」
『失礼します』
私とダンブーは魔法不正取締局から出ていった。
そこにはレギュの姿があった。
「どうでした?」
『ひとまず杖の破壊と退学は先送りにできた。あとは懲戒尋問で決まるって』
「まだ気が抜けませんね」
「その事を含めて話し合わねばならん。2人とも今から校長室に来てくれるかの?」
バシンッ
私たちは姿現ししてホグワーツへ。そして校長室に向かう。
「ユキ!ハリーは!?」
部屋の中にはシリウスがいた。
『どこまで聞いてるの?』
「ディメンターに襲われたと。無事なのか?」
『無事よ。ハリーは優秀ね。恐れをはねのけて守護霊の呪文を唱えたわ』
「さすがハリーだ!」
シリウスが破顔した。
「しかし、厄介なことになりましたよ。8月12日の懲戒尋問次第ではハリー・ポッターの杖は折られてホグワーツを退学処分です」
レギュが言う。
「あんだと!?」
「僕に詰め寄らないで下さいよ。それに相変わらずガラの悪い」
不機嫌そうに睨み合うブラック兄弟にため息を吐いていると「ゴホン」とダンブーが咳払いした。
「魔法省の方からこんなに早くハリー・ポッターに圧力がかかるとは思わなんだ」
『どう守るつもりです?』
「暫くはダーズリー家におるのが良いじゃろう。ハリーにとって居心地は悪いがあの家は守られている」
『そうですね……』
ダーズリー家はハリーの母親、リリーの愛の守りによって守られている。ハリーにとっては安全な場所なのだ。
「不死鳥の騎士団の本部を安全な場所に設置したらハリーをそこへ移すのがよかろう。ハリーには守られているだけではなくこれからに備えてもらわねばならんからの」
『その安全な場所に目星はついているのですか?』
「それなのじゃが……」
私たち3人は「げっ」と仰け反った。
ダンブーは突然上目遣いになって目を瞬かせ、人差し指と人差し指をツンツンとついた。
ダンブーが見上げる先はブラック兄弟だ。彼らは先ほどまで睨み合っていた顔を気持ち悪そうに引き攣らせている。
「お願いなのじゃがぁ」
甘い声を出してダンブーが言った。
「ふつーに喋ってください!」
早々にキレるレギュ。
ダンブーはそんなレギュの怒り顔にも負けずに甘ったるい声でブラック兄弟の実家を不死鳥の騎士団の本部にしたいとおねだりした。
「あそこを?別にいいですが」
シリウスがさらっと答えた。
「ちょっと!簡単に言ってしまわないで下さい。この際だからはっきり言いましょう、兄さん。あなたは家出をし、ブラック家の系譜から抹消されました。今のブラック家の主は僕です!」
「お前は死亡扱いだろ。それにあんな陰気臭い家、使い道もないしどう使われようがいいじゃねぇか」
「よくありません!あそこにはクリーチャーがっ」
「クリーチャー? 屋敷しもべ妖精に遠慮してんのか?」
「遠慮ではなく、その……」
何と言葉を紡いだら良いのか分からず口を噤むレギュラス。
シリウスはその顔を不思議そうに見て首を捻った。
暫し沈黙の後……
「……分かりました。あの家をお貸しします」
レギュが仕方ないと言うように言った。
「ありがとうのう!ブラック兄弟!うひょひょひょいっ」
喜びピョンピョン跳ねるダンブーの前で兄弟と纏められたことに不服そうなシリウスとレギュ。成り行きを見守っていた私は上手く話が纏まって笑みを浮かべる。
って、ん?笑っている場合じゃないよね。私って不死鳥の騎士団の本部へは行けないのでは?だって私は団員ではない。不死鳥の騎士団の情報を集めるのが本格的に大変になってきそうだと考えていると……
「ユキ」
ダンブーに名前を呼ばれた。
「お前さんも次の不死鳥の騎士団の会議に参加するのじゃ」
そう言われた。
私は驚いて目を瞬く。
『ですが、団員ではない私に……』
「分かっておる。本来なら安全のために部外者など入れるべきではないとな。この微妙な時期じゃ。他の団員も部外者となると警戒するじゃろう。じゃが、ユキなら信頼できると儂は強く思っておる」
ダンブーを見ると先ほどとは打って変わって優しい微笑とキラキラとブルートパーズの目を煌めかせていた。
嬉しい話だ。こそこそと嗅ぎまわらずに情報を得ることができるのだ(クィリナスからも話は聞けるが彼は表立って動いていない為、話を聞くのにタイムラグがある)。しかし、本当に良いのだろうか。戸惑っているとトンと私の肩にシリウスが手を置いた。
「ユキはハリーのピンチを命がけで救ってくれた。お前には不死鳥の騎士団の本部に立ち入る資格はある。それに団長であるダンブルドア校長がこう言っているんだ。何を迷う必要がある?」
『シリウス……そうね』
そうだ。せっかくの申し出なのだ。受けさせてもらおう。
『ありがとうございます。ダンブルドア校長』
「こちらこそ。心強いことじゃ」
『あの、もしできれば……』
「なんじゃ?」
おずおずと私は切り出す。
できればレギュにも不死鳥の騎士団本部に立ち入る許可を与えてほしい。そう願い出た。
「ふうむ」
難しい顔で髭を撫でるダンブー。私は一気に畳みかける。
『本部を設置する場所はレギュラスの協力があってです。レギュラスが目指すものは不死鳥の騎士団と同じ。打倒ヴォルデモートです。確かに私と同じくあなたの命令を聞くことが出来ないこともありますが……それは私とて同じ。レギュは裏切る心配のない人です。どうか彼の立ち入りも認めて下さい』
「あまり部外者の立ち入りを増やしたくないというのが本音じゃが……」
『情報がレギュに早く伝われば利になることもあるはずです』
そういう私をダンブーは目をパチパチさせて見た。
「随分熱心じゃの」
『パートナーなので』
「ひょっひょっ。パートナーの意味は?もしやそういう関係、ぶふぉっ」
私の放った風の塊がダンブーの頭にヒットしてダンブーは後ろの棚に派手な音を立てながらぶつかった。
『ふ・ざ・け・な・い・で!』
「うぅっ。すまん、すまん」
ヨロヨロと立ち上がるダンブーを見ながら呆れてしまう。
直ぐふざけるんだからこの人は。
「ごほん。そうじゃのう。レギュラス・ブラック」
「はい」
衣服の埃を叩いて、咳払いし、ダンブーがレギュに向き直る。
「いくつか質問がしたい。良いかのう?」
「はい」
「では、お主が信じるものはなんじゃ?」
「自分ですね」
「なるほど。では、魔法界をどうしたいと思う?」
「誰もが安心して暮らせる世の中になれば良いと思います。これは、魔法界に限らずですが」
「魔法界に限らずか。そうじゃの。では、最後に闇の力を求めることは今後ないと言えるかの?」
「言えます」
「あっさり言うのう」
「大分前に蹴りをつけた気持ちですから」
「そうかそうか」
ダンブーは考えているときの癖、髭を触りながらぐるぐると辺りを歩き始めた。そして暫くしてからフォークスの前で止まり、彼を優しく撫でる。不死鳥が美しい声でひと鳴きした。
「よし、良いじゃろう!」
明るくハッキリした声が部屋に響く。
『本当ですか!』
私は弾んだ声で言い、拳を握りしめた。
「レギュラス・ブラックの本部立ち入りと会議参加、利はあっても損はない。ユキと共に次の会議から参加すると良い、Mr.レギュラス・ブラック」
「ありがとうございます」
レギュは口元に品の良い笑みを浮かべ、頭を下げた。
「さあ、話はこれくらいじゃ。すまんがブラック兄弟、次の会議に備えて家を整えておいてもらえるかの?使用しなくなってから長い年月が経っておるじゃろう」
「家には屋敷しもべ妖精のクリーチャーがいます。使える状態には保ってくれていると思いますよ」
「そうかそうか。それは有難い」
ダンブーは私たちに会議の日時を告げた。
「ユキ、ハリーの所へはこれから戻るのかの?」
『そのつもりです』
「分かっていると思うが……」
『無闇に不死鳥の騎士団の事を話したりはしません』
「うむ」
「俺も行こう。ハリーに会いたい」
「ハリーもシリウスの顔を見たら喜ぶと思うわ」
「2人とも、よろしく頼んだよ」
『「はい」』
私たちは挨拶をして校長室を辞す。
「不死鳥の騎士団に出入りできること、良かったな、ユキ」
『うん。結構戸惑っているけどね』
「目的は同じなんだ。協力しない手はないさ」
『そうね。但し、命令には従えない場合もある……』
「それはダンブルドア校長も僕たちの事を分かっていると思いますよ。伝えられる話と伝えられない話は分けるでしょう。こちらも同じ。出来る限りでの協力関係を作りましょう」
「ユキにはユキの思いがある。それでいいんだ」
『うん……』
私は口元に笑みを作って頷いた。
自分がこんなに信用されているのがなんだか不思議だった。自分で言うのもなんだが得体のしれない私のような女を懐に入れてくれることへの戸惑い。そして嬉しさ。
はじめ、この魔法界に来た時、私はダンブルドア校長に信用されていなかった。セブに私の監視を言い渡していたくらいだ。でも、色々な出来事を経て信頼を積みかさねていった。そして今日のことに繋がったのだ。
この信頼を裏切らぬよう、真摯に対応しよう。
もちろん、意に添わぬことは出来ないけれどね。
「俺は一旦部屋に戻ってもいいか?ハリーに渡したいものがあるんだ」
シリウスがほくほくした顔で言った。
『正門で待ち合わせしましょう』
「あぁ。直ぐ行く―――と、レギュラス。実家を本部として使うことになったこと、クリーチャーには俺の方から言っておく」
「お願いします」
じゃあな、とシリウスは軽快な足取りで去っていった。
『アンブリッジの様子を撮影した万眼鏡だけど私が持っていて良いかしら?落ち着いて見返してからダンブルドア校長に渡そうと思う』
「もちろんです」
『ありがとう』
アンブリッジの許せない行為。私はポケットの上から万眼鏡をぎゅっと一握りした。
これは良いカードだ。出来れば今回の懲戒尋問で証拠として使いたくない。もっと別の方法で役立つ日が来るように思えるのだ。
「ユキ先生?」
『あぁ、グライド、少しぼーっとしていたの。ごめんなさい。お疲れ様。今日はこれでね』
また直ぐに会えるだろうから名残惜しいことはない。さらりと別れの挨拶をして立ち去ろうとしたが、私は手首をレギュに取られた。
『どうしたの?』
「お礼を」
振り向けば優しい瞳のレギュに見つめられていて目を瞬き私は固まってしまう。
「不死鳥の騎士団本部には正直、僕は行っても行かなくても良かった。確かに先ほどユキ先生が言ったように情報が伝わるタイムラグはなくなるでしょうが、些細なことです。僕たちの目的は分霊箱の追跡と破壊が主な仕事ですから」
それでも、とレギュは私の手を両手で包み込むように握った。
「それでも僕を不死鳥の騎士団本部に出入りできるようにしたのは僕がクリーチャーに会えるようにでしょう?」
クリーチャーを家族のように思い気にかけているレギュ。
私はレギュの言う通り、クリーチャーに堂々と会える機会を作ってあげたかった。
「ユキ先生がこんな気遣いが出来る人だとは驚きでした」
『なっ。失礼ね』
自分がした気遣いを言葉に出されて気恥ずかしく私は無理矢理不機嫌そうな顔を作って見せる。
「ふふっ。そんな顔しないで下さい」
レギュが私の手を思いきり引いたことで私の体はレギュの胸の中に収まった。
私の背中に手を回し、レギュが私をきつく抱きしめる。
「ありがとうございます。クリーチャーに気兼ねなく会える日が来て、凄く嬉しい」
『良かったね。そしていつか、本当の姿で会える日が来ますように』
レギュから一歩離れて笑いかけた時だった。ちゅっとリップ音と共に頬に柔らかい感触。レギュが私の頬に口づけしたのだ。
『ちょっと!?何するの!?』
びっくりして素っ頓狂な声を出してしまう。
「感謝の気持ちを表しただけです。素直に受けてください」
『これはイギリス流?ほんとあなたたちイギリス人って!はぁ。慣れないわ』
「そうです、イギリス流。早く慣れてください。あ、でも、僕以外にはこういう隙を見せないようにしてくださいね」
『それってどういう意味!?話が矛盾していますが!?』
クスクスとレギュは笑いながら私から身を離した。
私は少し、私を翻弄するレギュに腹を立てていたのだが、レギュの顔を見て怒る気が失せた。凄く優しい顔をして、微笑んでいたから。
彼の気持ちが伝わってくる。レギュは本当にクリーチャーと会えることが嬉しいのだ。
「僕はノクターン横丁に寄ってから帰ります。では」
『気をつけて。またね』
レギュもシリウスと同じく足取り軽く去っていく。
『正門に行こう』
ハリーは状況が分からず心配しているだろうし、式神も出しっぱなしだ。ダーズリー一家が式神を見たらさぞや驚いてしまうだろう。
『お待たせ』
「俺も今着いたところだ……ん?顔が赤いぞ?」
『き、気のせいよ』
「なあ、おい。もしやレギュラスに何かされたか?」
兄弟だからだろうか。シリウスの勘が良い。
じーっと疑いの目を向けるシリウスから顔ごと視線を逸らす。
『早くハリーのところへ行かないと。きっと心配しているわ』
「しつこく聞き出すつもりはないが、ユキ、レギュラスには気をつけろよ。あいつは昔から抜け目のないところがあるからな」
『レギュは良い子よ』
「良い“子”か。残念だったな、レギュラス」
シリウスが歌うように言った。
『残念?もしかして私……失言した?』
「いーや。していない。そんな顔するな。さあ、ハリーの所へいくぞ」
『あ!ちょっと!』
シリウスが私の腕を掴んで走り出し、私たちは正門を出る。
走った勢いをそのままに私の体はシリウスの腕の力でブンと振り回され、そしてどしんと乱暴にシリウスの腕の中へ納まった。
『痛ったい!』
顔を上げて抗議の視線をシリウスに向けた私の目に色っぽい大人の微笑が映る。
「許せ。俺は悪い“男”なんでな」
『っ!』
「付き添い姿現しで移動する。動くなよ」
恥ずかしさで身を離そうとする私を強く抱き寄せ、シリウスはバシンと姿くらましした。
私たちはプリペッド通りに戻ってきた。
夜の帳の中をダーズリー家に向かって歩く。
ダーズリー一家は病院から帰ってきていないようだ。車がない。
私はチャイムを鳴らす。暫くしてトタトタと足音が家の中から聞こえてきて扉からハリーがそっと顔を出した。
「ユキ先生!シリウスおじさん!」
不安そうに強張っていたハリーの顔が崩れ、彼は私に抱き着いた。
すっかり大きくなった彼の抱擁の衝撃で私の足が一歩後ろに引かれる。
「遅くなってすまない。1人で不安だっただろう」
「うん……。フクロウが僕の杖を折らないっていう手紙を……今は、だけど……持ってきてくれて一先ずホッとしていたところだったんだ。でも、懲戒尋問があるって……」
『中に入って話しても?』
「もちろん!」
私たちは中に入れてもらい居間に通してもらった。
ピカピカに磨き上げられた部屋に毎度のこと感心する。
「座って。お茶を入れるよ」
『ありがとう。その間に出した式神を消してもいいかしら?』
「え、これ消しちゃうの?」
ハリーを守るように彼の近くに立つ式神を振り返ってハリーが言う。
『マグルの家にあるのは良くないからね』
「ダーズリー一家の驚く顔が見られると思って楽しみにしていたんだけどな」
つまらなそうな声を出すハリーにふふっと笑いながら私は式神たちを消しに去った
「僕、懲戒尋問の日までずっとここにいなくちゃいけないの?」
『どこかには移るでしょうね。懲戒尋問の準備をしなければいけないし』
「ほんと!?どこかへ移れるならシリウスおじさんの家がいい!」
「嬉しいこと言ってくれるな」
シリウスがニカっと笑った。
「だが、ヴォルデモートが復活した今、事は慎重に運ばなければならない」
『ハリーは不服だろうと思うけど、方針が決まるまでここにいてもらうことになるわ』
「方針って誰の?」
私とシリウスは顔を見合わせた。
話せるのはここまでだろう。不死鳥の騎士団については安全な場所で話したほうがいいと思う。
『何も聞かされないっていうのは不安で面白くないわよね。自分に関する事柄ならなおさら』
「分かっているのに話してくれないんだ」
ぶすっとしてハリーが言った。
「本当はハリーが望むまま聞かれたことを話してしまいたいんだ。だが、そうもいかない。ごめんな、ハリー」
私たちの絶対に話さないという意思が伝わったのだろう。ハリーはがっかりしたように肩を落とした。
「だが、気を紛らわせるためにいいものを持ってきた!」
空気を明るくするようにシリウスが言った。
シリウスは巻物を取り出し印を結んだ。
ポンと白い煙が上がり、本が数冊と万眼鏡が現れる。
「これはクィディッチコーチが選手強化について書いた本。いつかハリーはクィディッチの主将になってチームを指導する立場になるだろうからな。この万眼鏡には最高と言われたクィディッチの試合が録画されてある。それからこっちは闇払いになるために役立つ本」
「ありがとうシリウスおじさん!」
ハリーは嬉しそうにくしゃりと表情を崩した。
これで少しは気を紛らわせることが出来るだろう。何もできないのに懲戒尋問の事を1人で思い悩むのは辛い日々だ。
名付け親のシリウスはハリーの親代わり。
彼の子煩悩(時には行き過ぎる)っぷりに私まで笑顔になっていると、ハリーは受け取ったプレゼントから1冊の本を手に取って首を傾げている。
「これは?」
「ハリー、ダメだ。しまっとけ」
『何を渡したの?』
「あ!」
焦った顔のシリウス。また何か良からぬものをハリーに手渡したのだろう。その本には大きさの合わない“アイシングクッキーのやり方”という表紙がかかっている。
私はハリーの手からサッと奪い取った。
「ハリーに返せ、ユキ。頼むから」
『駄目よ。学生が使うには強力すぎる呪文が書かれていたら困るもの』
「俺が闇の魔術まがいを可愛いハリーに覚えさせる訳ないだろ。ハリーが、間違ってもそうはならないが、スネイプのようになったら大変だ」
『じゃあなによ』
「開くな馬鹿!」
本を開いた私の目に飛び込んできたもの。豊満なおっぱい。
『わあお!』
「反応がおかしいだろ……はぁ。前もこんなことあったような……」
まじまじとはち切れそうな大きくて形の良いおっぱいを見つめる私にシリウスが呆れた声を漏らした。
「年頃男子の必需品なんだ。まさか没収しないだろ?」
『ここはホグワーツじゃないもの』
「さすがユキは理解があるな。ハリー、ベッドの下にでも隠しておくといい」
そう言ってシリウスは私の手から本を奪いハリーに渡した。
『私の成長期は終わったのかしら……?』
下を見る。ないわけではないのだが、先ほどのグラマーなお姉さんと比べればユニコーンとフロバーワームほど違う。
色香を使う女暗部の素質ゼロを言い渡された私は女としての自信がない。死んだ表情筋、愛想のない言葉……
「その、ユキの魅力は十分俺に……俺にとっては十分で……」
自分に嘆いていると途切れ途切れのシリウスの声が耳に届いてきた。
見れば顔を赤くさせながら首を掻いて視線を天井へと向けていた。
『シリウス?』
「今のままで……」
『今のままで?』
「じゅ、十分きれいだ」
『っ!』
次は私がボンと顔を赤くさせる番だ。
あぁ、どこかに隠れる場所はないだろうか?ストレートな物言いにあわあわしてしまう。
「僕は2人の事、お似合いだと思うな」
『「ハ、ハリー!!」』
揶揄うように楽しそうに笑うハリー。
私たちは真っ赤になりながらハリーの家を出てホグワーツへと帰ったのだった。
***
ダンブルドアは校長室でブルートパーズの目を楽しそうに煌めかせながら夜空を眺めていた。彼の隣にはフォークスがおり、彼も機嫌よく美しい歌を歌っている。
ダンブルドアは今日の事を思い出していた。
まず思い出したのはレギュラス・ブラックとの会話。
―――では、お主が信じるものはなんじゃ?
―――自分ですね
―――魔法界をどうしたいと思う?
―――誰もが安心して暮らせる世の中になれば良いと思います。これは、魔法界に限らずですが
―――最後に闇の力を求めることは今後ないと言えるかの?
―――言えます
―――あっさり言うのう
―――大分前に蹴りをつけた気持ちですから
不可のない回答だった。何の問題もない答えだった。
しかし、この問題のない答えでは不死鳥の騎士団の本部という機密性の高い場所にレギュラスを招くことはしなかっただろう。
では、なぜ不死鳥の騎士団の本部への出入りをレギュラスに許したのか。
それはユキの様子からだった。
あの時のユキの瞳を思い出してみる。
こういった真剣な場では、ユキは冷たい人間だった。魔法界に来た当時と比べると怒りや悲しみ、悔しさを出すようになったが、常に理性を保った冷静な人間だった。
しかし今日はどうだろう。何故かまでは理由はわからないがユキは筋の通らないわがままをダンブルドアにしてきたのだ。レギュラスのためにそうしたいと思ったのが簡単に推測できる。
ダンブルドアはそんなユキの姿が見られて嬉しかった。
「変わったの」
良い方へと―――――
不死鳥が歌う
感情を持った“人間”が任務を遂行する―――――
「ユキ、常に自分の中に芯を持つ。忘れてはならん」
感情を持ったからこそ出会うであろう辛い出来事。
ダンブルドアはユキの未来に幸あれと願ったのであった。