第6章 探す碧燕
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1.アンブリッジと吸魂鬼
薄暗い路地裏。
「マンダンガス……マンダンガス・フリッチャー……だ。俺は、そいつに売った……」
虚ろに目を彷徨わせている男は真実薬の力で自分の知っている情報を吐く。
黄金色のロケットの行方を――――――
「次の目標が決まりましたね。ステューピファイ」
レギュが杖をひと振りして男を失神させた。
『さてさて。この首に賞金がかかっているかしら』
私はウキウキと1冊の本を取り出した。魔法省が発行している指名手配者リストだ。
本をチョンと突き、本の表紙と男の顔を向かい合わせる。鏡のようになっていた本の表紙が男の顔を映し出す。
突然バーーっと本のページが捲られ始めた。そしてあるページでピタリと止まる。そこには失神している男の顔。
『この男は100ガリオンの賞金首みたい』
「有難い事です」
レギュはニコリと笑いながら男の杖をポキリと折って、続いて男を縄でぐるぐる巻きにした。賞金はレギュにとって貴重な収入源だ。いくら貯金を貯めて準備していたとはいえ、貯金を切り崩す生活は心もとない……
三大魔法学校対抗試合を視察するためにブルガリア魔法省から派遣されていたレギュは超特急で報告書をまとめて上司に報告し、そしてブルガリア魔法省をやめてイギリスへと戻ってきた。
まさか、夏休み中にレギュがイギリスへ本格的に戻ってこられるとは思っていなかったので吃驚だ。
しかし、有難い。私たち2人はブラック家から盗まれた黄金色のロケットの行方探しに多くの時間を割けることが出来た。
『取り敢えず魔法省へ行きましょうか』
魔法省に着いた私たちが真っ直ぐに向かうのは闇祓い局。
闇の魔法使いの捜査・逮捕、および公的施設や重要人物(マグルの要人を含む)の護衛を主とする、対テロ組織だ。
『こんにちは』
ノックをして扉を開けるともはや顔馴染みになった顔。
「雪野さん!」
『久しぶり、じゃないわね。こういう時の挨拶ってなんていうのかしらね』
「またお尋ね者の魔法使いを捕まえて頂けたんですか?」
『うん。そんなにグレードの高い奴じゃないけど』
レギュがふわふわと浮かせて運んできた死喰人を床にボトンと落とした。
トンクスさんがさっき私が持っていたのと同じ指名手配リストを取り出し、容疑者の確認を行っている。
「お2人共凄いなぁ。この2週間で闇払い局が捕まえる闇の魔法使いの1ヶ月分の人数を捕まえていますよ」
キラキラしたトンクスさんの視線に耐え切れずに私は思わず視線を逸らしてしまう。
『そんなに見つめられると、恥ずかしいのだけど……』
「でも、どうしてこんな活動を行っているんです?」
トンクスさんは天真爛漫な笑顔で聞いてくる。彼女の明るさは彼女が持つ気質。作られたものではない。その明るさは、リリーにも似ていて、私はトンクスさんの事が好きだった。
明るい笑顔を向けてくる彼女に微笑んで、私は口を開く。
『ここではどう伝わっているか分からないけど、ヴォルヤローが復活したから』
「ブフウッ」
遠くの席に座っていたドーリッシュさんが思い切りコーヒーを吹き出した。
『あ、すみません。言葉使いが悪かったようで』
「や、闇の帝王をそ、そんな名で呼ぶなど……!」
「まあまあ落ち着いて下さいドーリッシュさん。ユキさんはいつもこんな感じだから」
とトンクスさんが宥めてくれるがドーリッシュさんは未だに怒り顔、青い顔だ。
『みなさんの前では言葉使いに気をつけますよ』
「そうして頂きたいものだ!心臓が持たない!十分に気をつけてもらいたいものだ!」
キッと鋭いドーリッシュさんの瞳に睨まれていると、
「いつも犯人逮捕への貢献、ありがとうございます。小切手をお渡ししましょう」
低く柔らかな落ち着く声でキングズリー・シャックルボルトさんが言ってくれる。
「ありがとうございます」
シャックルボルトさんから小切手を受け取ったレギュが捕まえた死喰い人を跨いで私の横に戻ってきた。
『ゴホンっ。話の途中でしたね』
「闇の帝王が復活したから活動を始めた?闇祓いでもないあなたたちが何故……?」
不思議そうに首を傾げるトンクスさんに微笑みかける。
『イギリス魔法界の安定がホグワーツの生徒の安心にも繋がりますから』
「僕は個人的に死喰人に恨みがありまして。仇を討つためにとある死喰人を探しているのです。だから、ブルガリア闇祓いを辞めてイギリスに来たんですよ」
「その魔法使いの名前は?」
トンクスさんが杖先を指名手配犯の本に向けた。
「イーニアス・オールチャーチです」
「イーニアス・オールチャーチ」
トンクスさんが指名手配書の本の表紙を杖で叩いた。
しかし、本は開かない。
「該当者はこのリストにいないようですね」
「小賢しい奴なんです」
レギュは小さく溜息を吐きながら肩を竦める。
『さあ、もう行かないと』
これ以上追求されてボロが出ても困る。
「もう少しお話したかったのにな。忍の戦い方とか、ブルガリア闇祓いの特徴とか」
「トンクス、また2人は来られるよ。近いうちにね」
シャックルボルトさんは私たちにパチリとウインク。
トンクスさんは少しつまらなそうに「はぁい」と返事をして私たちを解放した。
「それでは、また」
「お2人共気をつけて過ごして下さいね」
手を振りながらトンクスさんがパタンと闇祓い局の扉を閉めた。
自然と私とレギュの口からホッと息が吐き出される。
『イーニアス・オールチャーチって誰?』
「そんな人知りませんよ」
『ポーカーフェイスが得意ね』
「ユキ先生には及びませんけどね」
小声でも、周りに人がいなくても、レギュは私のことを“先生”呼びだ。
以前“先輩”呼びがきっかけでクィリナスに身元バレのきっかけになった事をよく覚えているからだ。
小声で会話しながら廊下を歩いていく。
しかし、階段を降りようとした時だった。私はサーっと冷たい何かを感じた。
上?
確かに上から何かを感じる。
「ユキ先生?」
この感覚は覚えている。
『吸魂鬼』
「なんですって?」
『吸魂鬼の気配が上からするわ』
「まさか。ここは魔法省ですよ?」
『でも、確かに感じるわ』
「ちょっと待って。ここから先は大臣室や大臣付き次官たちの部屋です。見つかったら何をしていたのかと問い質されて厄介なことになりますよ」
『見つからなきゃいいのよ。だって、ここに吸魂鬼がいるのは変でしょう?調べなくっちゃ』
「待ってください」
階段を上っていこうとしたらレギュに手を引かれた。
「まったく。あなたときたら言いだしたら聞かないんですから」
そう言ってレギュは私の頭を杖でトンと叩いた。
『何をしたの?』
私は不快な感覚に眉を顰める。
頭の上で卵を割られたような奇妙な感覚。体全体に冷たいものがトロトロと流れていくようだった。
『あら。凄い!』
私は自分の体を見た。
体が透明になったわけではないが、自分の後ろの壁と同じ色、質感にかわっていた。まるで人間カメレオンだ。
「忍のやり方とこれを組み合わせれば安全です」
レギュも自分の頭を杖でトンと叩いた。背景とレギュが同化して、よく目を凝らさなければ彼がどこにいるか分からない。
『私もまだまだ勉強不足ね』
「ユキ先生が知らない術があると知って安心しましたよ。あなたはいつも僕より上を行くから。時々、拗ねているんです」
『ふふ。レギュ可愛い』
「煩いですよ。さあ、行きましょう」
拗ねたレギュの声が可愛くてクスクス笑っていると、私の横をレギュが通り過ぎて階段を上っていく気配を感じた。
私も彼の後に続いて階段を上っていく。
地下1階の扉は全て閉じられていた。
流石に扉を閉じられていては気配を感じ取れない。
私たちは左右に分かれて、執務室の扉に耳を押し当て、扉下から覗き込む作業を繰り返した。
何度かそれを繰り返していた時だった。
私は見知った名前をネームプレートに見つける。
“大臣付下級補佐官 パーシー・ウィーズリー”
これは……
私は眉を寄せた。
パーシーはファッジ大臣のスパイをするためにこの職に就いているのかしら?
それとも逆?ダンブルドア側の情報を知りたいファッジの命令を聞いているの?
もし後者だとしたら、ウィーズリー家は荒れているだろうな―――っと。今はこの事は置いておこう。
私が次の扉へ向かおうとした時だった。
「ジジッ ジッ ジジジッ」
レギュの矢羽根だ。
レギュに矢羽根を覚えて欲しいと話したのはクィディッチ・ワールドカップの時。
それからレギュには私が木ノ葉の里で使っていた矢羽根を教えていた。
矢羽根は便利だ。忍者同士が連絡を取り合う音の暗号で、一般の人が聞いても音に気付かないし、音に気付いても意味が分からない。
私とレギュは、第3者が傍にいる時で秘密の会話をしたい時に矢羽根を使って会話していた。
そして、今のレギュからの矢羽根は
“ピンクの薔薇のリースが飾っていある扉”
だった。
私はパーシーの扉前から離れてピンクの薔薇のリースが飾ってある扉へと移動した。
じっと目を凝らすと背景に同化したレギュの姿がぼんやりと見えてくる。
私は跪いて手を扉の下の隙間にかざした。
冷気が感じられる。そして耳を戸に押し付ければ、ガラガラと掠れた音が聞こえてきた。
「ジジジジ ジッ ジー(吸魂鬼ですね)」
『ジ ジーッジ(えぇ。何故ここに)』
私は視線を上げてネームプレートを確認した。
“魔法大臣上級次官 ドローレス・アンブリッジ”
息を殺して戸に耳を押し当て、室内の声を聞く。
「ハリー・ポッターを襲うのです」
『「!?」』
私はアンブリッジの言葉に驚いた。
魔法大臣上級次官が何故?
何故なのか……思考を巡らせる。
……そうか。ファッジはヴォルデモート復活を信じていない。
ファッジを支持している次官も当然いるだろう。彼女はその1人なのだ。
『ジッジッジジジッ(ダンブーにこの事を報告しに行って)』
「ジジジジッ(ユキ先輩は?)」
『ジジッジジッジジジジ(これで証拠を抑えてからハリーの元へ)』
私は万眼鏡を取り出して見せた。
「ジジー(お気をつけて)」
レギュが去っていく気配。
「さあ、行きなさい」
中から声が聞こえた。出てくるようだ。
私は飛び上がって天井に宙吊りになった。
録画ボタンを押す。
アンブリッジの部屋の扉が外側に開き、吸魂鬼が2体スルスルと出てきた。
吸魂鬼を映し、そして扉を閉めるために出てきたアンブリッジの頭部も映せた。
少し角度を変えて、顔も映すことに成功。
ニターっと意地の悪い笑みを浮かべながらアンブリッジは自室の扉を閉める。
『保存』
私はトンと廊下におりて保存ボタンを押した。
万眼鏡を懐にしまい、廊下を走る。
早くハリーの元へ向かわないと。
守衛室でバッチを返して直ぐに姿くらましする。
場所はプリペッド通り4番地の中庭だ。
涼しい場所から一気にじっとりと暑い場所に出た。
連日の日照りのせいで中庭の芝生は黄色く焼け焦げている。
『すみませーーん』
「誰だ!」
叫び声と同時に中庭に面した戸が開いた。
出てきたのはハリーの叔父さんだった。
真っ赤な顔をして出てきた彼は私を見てぎょっと目を見開いた。
「きゃ、きゃーー!なんであんたがここに!」
『久しぶり、ペチュニア。それから、ええと、あなたもお久しぶりです、バーノンさん』
2人には一昨年の夏休みに会っている。
ハリーに、私が過去に行った事、リリーとジェームズを救えなかったと辛い報告をしに来た時だ。
あの時はあんまりにもペチュニアは叫ぶし、バーノンさんもあれこれと煩かったから2人に舌縛りの術をかけたんだっけ。
ちなみに彼らの息子、ダドリーは両親の影で震えていた。
「な、なんの、用よ、家に!もう来るなって言ったじゃないっ」
『ハリー・ポッターに会いに来たのよ。家にいるでしょ?』
「あの小僧がどこにいるかなんて俺たちの知るところか!」
『それは、留守にしているって意味?』
「ふんっ。どーだろう『その答えが命取りになるかもよ?』ひいっ」
情けない息混じりの悲鳴が庭に響いた。
私はビュンとダーズリーさんに詰め寄って首に苦無を押し当てたのだ。
『さっさと答えろ。正確な情報じゃなかったら、後で覚えておけよ?』
「あ、あなた!逆らわないで……!」
バーノンさんは青くなった顔を小刻みに震わせながら口を開く。
「出ていった」
『どこへ?』
「や、奴がどこへ行ったかは、知らん。本当だ」
バーノンさんの目をじっと見つめる。
嘘をついている目ではないな。
『情報に感謝する。変化』
私は煙に包まれた。
服装を変えたのだ。忍装束は目立ちすぎる。
ジーパンとTシャツというありふれた服装に着替えた。
暑さのせいか周りには人気がない。
ハリーはどこへ行ったのだろう?
『多重影分身の術』
マグルが変に思わないように影分身をそれぞれ適当な姿に変化させて捜索へ向かわせる。本体の私はマグノリア・クリセント通りを横切っていた。
宵闇が迫ってくる。
濃紺色の空に星が光り始めた。
急いで探さなくては。
私が吸魂鬼よりも先にハリーを見つけなければ。そう思っていた時だった。
「や、やめろ!こんなことやめろ!本気だ!殴るぞ!」
男の子の声?
ハリーではないが嫌な予感がした。
私は声の方向へ走り出した。
『チッ。遅かったか』
奇妙な空だった。
濃紺色だった空がある一箇所のみ真っ暗闇に変わり、闇は地上へと竜巻のように伸びていた。
角を曲がり、細い路地に入る。
道路の高架下にある少し長めのトンネルが見えてきた。
耳を澄ませばガラガラと掠れた音が聞こえてくる。
『エクスペクト・パトローナム!』
杖から銀白色の九尾の狐が現れてシューっとトンネルへ駆けていった。
「エクスペクト・パトローナム」
ハリーが呪文を詠唱する声が聞こえた。
闇の中に銀白色の牡鹿が見える。
しかし、何にせよ暗くて状況が分かりづらい。
『火遁・狐火。行け!』
火の玉は勢いよく飛んでいった。
ハリーともう一人、この子はペチュニアの子供だ―――の姿が闇に浮かび上がる。それから2体の吸魂鬼の姿も。
私が出した九尾の狐はペチュニアの子、倒れているダドリーと吸魂鬼の間に入って吸魂鬼を威嚇している。
ハリーはもう1体の吸魂鬼と向かい合っていた。
『火遁・煉獄』
ダドリーを襲おうとしていた吸魂鬼の頭の上と足元に魔法陣が現れ、火の柱が出現した。
人ではないのに、人間の断絶魔のような声が聞こえ、その吸魂鬼は消失した。
『九尾、お前はダードリーの傍にいておやり』
ダードリーが声にならない声を上げて震えている。
吸魂鬼のキスを受ける前で本当に良かった。
九尾のパトローナスが地面に倒れているダードリーの横に着地するのを横目で見ながらハリーの元へと向かう。
私は懐から人型の札を出した。
指を歯で切って紙の人形に擦り付ける。
呪文を唱え、印を結ぶ。
『封印術・血刻封印』
ビュンと札はハリーの横を通り過ぎ、吸魂鬼の額に張り付いた。
(額といっても黒い靄のようなもので額がそこにあるかは分からないが)
吸魂鬼は札を中心にして吸い込まれていく。
ヒラリ
吸魂鬼を封印し終えた紙がゆっくりと落下していく。
私はそれを指でピッと捕まえた。
札に書かれている文字が金色に発光し、そしてそれはパッと消え、続いて紙の中心「封」という赤い文字が光り、そして発光が消えた。
今、紙には墨で書かれた封印の呪文と真ん中に赤い文字でこれも墨で書かれた「封」という文字が書かれている。
封印成功だ。
パッパーー
車のクラクションが聞こえる。
急に月も、星も、街灯も生き返った。
生ぬるい夜風が路地を吹き抜けた。
周囲の庭の木々がざわめき、マグノリア・クレセント通りを走る車の世俗的な音が再びあたりを満たした。
トンネルの中は狐火の火と、トンネルを照らす蛍光灯でとても明るい。
しかし、暫くは狐火をそのままにしておいた方がいいだろう。
怖い思いをしたこの2人には明る過ぎて嫌なことはないだろうから。
『1人で頑張ったわね』
「ユキ、せんせ……あ!だ、ダドリーは!?」
『生きているわよ』
「そ、そっか。良かった……吸魂鬼は、ダドリーにキスするところだったんだ」
『そこまで追い詰められていたのね……』
ドローレス・アンブリッジは何ということをしたのだろう。
彼女は2人を殺す気だったのだ。
『兎に角、良くやったわ』
「でも、一体全体なんで吸魂鬼がリトル・ウィンジングに」
真実は安易に教えるべきではないのかもしれない。
ダンブーの手に委ねたほうが良いだろう。ダンブーはこういう事に長けた人だから。
『ここに留まるのは良くないわ。ダーズリー家に戻りましょう』
ハリーの質問を無視して言った時だった。ガラガラと激しい音が聞こえてきた。
襲撃ならお粗末だ。
マグルかこの事件に関係ない人の可能性が高い。
私は守護霊と火の玉を消し去った。
『ハリー、杖をしまって』
私はハリーの前に立って彼がこっそり杖を隠せるようにした。
トンネルの中にカタカタと手押し車の音が響いてくる。近づいてくる。
蛍光灯の明かりで見えたのはお婆さんだった。
「フィッグばあさん?」
『知り合い?』
「近所の人だよ」
「何をやっているんだい!何をボサッとつっ立っているんだいっ」
フィッグばあさんの怒鳴り声がトンネルに反響した。
「杖を出しな!大馬鹿者!まだ他にも残っていたらどうするんだね?あぁ!マンダンガス・フレッチャーの奴、あたしゃ殺してやる!!」
私とハリーは顔を見合わせた。
『この人、魔女なの?』
「分からない。僕、ずっとこの人はただのマグルだって思ってた」
ハリーはポカンとして興奮してマンダンガスを罵っているフィッグおばあさんを見つめていた。
一方の私はマンダンガス・フレッチャーの名前に密かに興奮していた。
私とレギュの次のターゲットじゃないの。
『お婆さん、そのマンダンガス・フレッチャーとは何者なんです?』
「……そういうお前さんこそ何者だい?」
訝しむように私を見上げるフィッグおばあさんにニコリと微笑む。
『私はホグワーツの忍術学教授。ユキ・雪野と申します』
「ホグワーツの先生か!じゃあ、あんたが吸魂鬼からこの子を守ったんだね?」
『ハリーは自分でも良くやっていましたけどね』
「ふーっ。ホグワーツの先生がいるんならマンダンガスがいなくっても安心だよ。あたしゃ出来損ないのスクイブなんでね。吸魂鬼がいても何にも出来やしない。でも、お嬢ちゃんがいてくれるなら安心さね」
フィッグお婆さんは私の両腕を両手でポンポンと叩いて頷いた。
「さあさ、そのどてかぼちゃを起こして帰るよ。さあ!」
私は未だ地面に転がって震えているダドリーの肩を叩いた。
「ひっ!し、死にたくないっ」
『もうあなたを襲った奴らは消えたわよ。温かい家に帰りましょう。起きて、さあ……もう。仕方ないわね』
私は頭を抱えているダドリーを無理矢理引っ張って彼の頭を自分の肩にかけた。
そのままぐんっと立ち上がってダドリーの太ももの後ろに手を入れて背中におんぶする。
「わお。ユキ先生、ダドリーがどのくらい重いか知ってる?」
『このくらい子猫を運ぶようなもんよ』
「ダドリーが子猫っ。ぷぷぷっ」
ハリーの方はすっかり元気を取り戻したようだ。
『笑っちゃ気の毒よ。この子……気絶しちゃったわ』
「そうだね。反省するよ。吸魂鬼に襲われたのは本当に気の毒だって思っているから」
「ユキ先生とやら、そのデッカイ坊やを運んだら戦えないだろう?」
私はフィッグおばあさんに言われて影分身を出した。
私、ハリー、フィッグお婆さんは並んでダーズリー家を目指す。
フィッグお婆さんはダンブルドアに言われて、ハリーがダーズリー家にやって来た頃から見張っていたらしい。
「ダンブルドアにこの事を知らせなくちゃ。ユキ先生、お願いできますかね?」
『勿論ですよ』
「ユキ先生がわざわざダンブルドア校長先生のところへ赴かなくたって僕のふくろうを使えばいいです」
「ハリー!分かっていないね!ダンブルドアは今すぐ行動を起こさなきゃならないんだ。なにせ、魔法省は独自のやり方で未成年者の魔法使用を見つける。もう見つかっちまってるだろう、きっと!」
「でも、僕は襲ってきた吸魂鬼を追い払っただけですよ?」
「魔法省は融通が効かないんだよ。いや、そうじゃない。何か企んでる可能性もある!」
フィッグおばあさんが叫んだと同時にバシンッと大きな音がした。
サッと私の影分身が苦無を構えて皆の前へと出る。
酒臭さとむっとするタバコの匂いがあたりに広がり、ボロボロの外套を着た無精ひげのずんぐりした男が姿を現した。
「どーした、フィギー?正体がバレないようにしてるんじゃあ」
「お前をバラしてやる!!吸魂鬼だ。このロクデナシの腐れ泥棒が!」
マンダンガスの声に被せてフィッグお婆さんが叫ぶ。
「この役立たず――ロクデナシ!ハリーが―――襲われた―――んだ!!」
「痛てっ!や、やめてくれ。それが、痛っ、ホントなら、ダンブルドアに知らせに行かねぇと!」
「その―――通り―――だわいっ」
フィッグお婆さんはようやくキャットフード缶入の袋でマンダンガスを叩くのを止めた。
「イテテ。悪かったよぉ。だけど、そんなに叩くことねぇじゃねぇか。皆無事だったんだから」
「いーから行きな!!」
マンダンガスは再びフィッグお婆さんが袋を振り上げたのを見てバシンと姿くらましした。
あれがマンダンガスか……彼の顔を忘れないように頭にインプットしながらプリペッド通りに入る。
『もうすぐだよ、ダドリー』
「うぅ……ん」
どうやら気がついたようだ。
しかし、自力で立つ気力を失っているらしく大人しく私の背中に背負われたままだ。
「それじゃあ、あたしゃこれで行くよ。指令が来るのを待たなきゃいけないんでね」
「あ!待って、フィッグお婆さん。僕、聞きたいことが」
ハリーの静止を聞かず、フィッグお婆さんはカタカタと手押し車を押して帰っていった。
『疑問に思っている事は追々分かってくるわ』
「でも、何もかも分からないことだらけ。誰からも音沙汰なし!いい加減嫌なんだ」
『そうね。気持ちは分かるわ。何も知らされないって嫌なものよね』
「ユキ先生なら僕の疑問に答えてくれる?」
『残念ながら出来ないでしょうね。私は不死鳥の騎士団には入っていないから』
「不死鳥の騎士団?」
『ダンブルドアが作った闇の陣営に対抗する組織よ。でも、この話をここでするのは危険だわ。団員があなたを迎えに来るはず。もう少し辛抱してね、ハリー。そしたら何もかもが分かるから。さあ、ダドリーを家へ入れなきゃ』
ハリーが玄関のベルを鳴らした。
「ダドちゃん、遅かったわね。ママはとっても―――どうしたの!?ダドちゃん!?」
「ママ……僕……」
「バーノン!バーノン!!」
バーノンさんが居間からドタドタと出てきた。
「どうなってる!?うちの息子に何があった!?何をした!?」
『ハリーがこの子を吸魂鬼から守ったんですよ』
興奮してギャーギャー言う2人を無視してずかずかと室内に上がらせてもらう。
そしてダドリーをソファーへと転がした。
『気を送りましょう』
「な、何をするんだ!」
ダドリーにかざしていた手をバーノンさんが引っ張り上げた。
『私は医療忍者です。気力をダドリーに送るんです。心配しないでください。変なことにはしませんから』
「信頼できるか!忍者!?ジャパニーズのスパイのアレか。そんなもん小説にしか出てこない!」
「バーノン、この子を医者に見せましょう」
「そうだ!そうせねばならん」
後はあっという間だった。
バーノンさんがダドリーを抱き上げて、ペチュニアと一緒にパーっと家から去って行った。
『マグルの病院で点滴でもしてもらったらいいわ。きっと効くと思う』
「さっきダドリーのポケットに突っ込んいたものは何?」
『板チョコよ。いつも常備しているの』
「……ねぇ、ユキ先生……」
ハリーは急に思い出したくなかったことを思い出したように口を開く。ソファーに腰掛け、顔は真っ白。
「僕、どうなるんだろう?まさか……退学?」
『そうはならないわ』
その時、スーっと窓からコノハズクフクロウが入ってきた。
嘴に咥えていた大きな羊皮紙の封筒をハリーの足元に落とす。
ハリーは震える手で封筒を破り、手紙を引っ張り出した。
「僕……僕……退学だって。しかも、杖を折られるって……!」
ハリーの顔色は吸魂鬼と戦っていた時よりも更に青い。
それだけハリーにとってホグワーツは大事な場所。彼が生き生きと生きられる唯一の場所なのだ。
私はハリーの隣に座り、ハリーの肩を抱いた。
『大丈夫よ。ダンブルドアがどうにかするわ。あなたは退学にはならない。杖も折らせない』
「でも、言い切れないでしょう……?」
『言い切れる切り札を持っているわ。安心して大丈夫よ』
「わわっ」
人を励ますのって苦手だけど、私は先生だもの。生徒の不安は取り払って上げなくちゃ。
私は元気づけるように、くしゃくしゃのハリーの髪の毛を、更にクシャクシャに撫で回したのだった。