第5章番外編
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ジャパン・デイ
「ゴホン」
セブルス・スネイプは自分を落ち着けるためにひとつ咳払いをした。
彼は今、忍術学教授、ユキ・雪野の部屋へと続く吹きさらしの階段下に立っている。
こんなところで時間をくっている場合ではない。
たかがデートに誘うくらいで何を躊躇しているのだ。若い学生でもあるまいし……
そう思い、セブルスが心を決めて階段に一歩踏み出した時だった。
ガチャリと扉が開く。
『あ、やっぱりセブだ』
耳が抜群に良い忍術学教授が自室から顔を覗かせる。
「いつから気づいていた?」
『ゴホンと咳ばらいした時』
「そうか」
セブルスはほっと息を吐き出す。
自分がなかなかユキの部屋に行く勇気が持てずに階段下で突っ立っていたと知られておらずに安堵したからだ。
カツカツとセブルスは階段を上がり、ユキの前までやってくる。
『中に入って。お茶を淹れるわ』
「いや、いい。これを見せにきただけだ」
そう言ってセブルスはユキに持っていた紙を見せた。
そこに書いてあった文字を見て、ユキの目が輝く。
『ジャパン・デイ!』
紙にはジャパン・デイの文字が書かれていた。
「ロンドンでジャパン・デイが開かれるらしい。色々と屋台が出たり催しがなされたりするそうだ」
『素敵!』
「一緒に行かないかね?もし、予定が入っていないなら……」
『勿論よ!一緒に行きたい。誘ってくれてありがとう!』
パアァと顔を明るくさせて喜ぶユキにセブルスは安堵し、嬉しくなる。
「では、当日11時に玄関ロビーで待ち合わせしよう」
『うん!あ、そうだ。ちょっと待っていて』
ユキは部屋を突っ切って寝室へと入っていった。
衣装棚から出したのは男性用の浴衣だ。それをセブルスのもとへと持っていく。
『当日はこれを着てきて』
「我輩がこれを……?」
『ダメ、かな?』
小首を傾げ、祈るような眼差しでじっとセブルスを見るユキ。
そんなユキの愛らしい顔を前にセブルスは自然と頷いていた。
『やった!』
「だが、どうやってこれを着る?」
『私が着付けに行くわ』
「君に我輩の下着姿を晒せというのかね。着方だけ教えろ。自分で着る」
『それじゃあ着付けの本を渡しておくわ』
ユキは部屋の中に入り、直ぐに"日本の伝統"とかかれた本を手に戻ってきた。
『ダンブーから日本と私がいた木ノ葉隠れの里は似ているところがあると言われてこの本を買ってみたの。このページに着付けの仕方が書いてあるわ。もし、着られなかったらいつでも言ってね』
「あぁ」
セブルスはユキから本を渡され、彼女に優しく笑み、自室へと戻っていったのだった。
そしてジャパン・デイが催される日がやってきた。
11時の玄関ロビー。
ユキが待っていると彼女の耳に地下へ繋がる階段を上ってくる音が聞こえてきた。
ユキの瞳が自然と開かれる。
セブルスは深い緑色の着物に紺色の帯を締めていた。
ユキの目の前にやってきたセブルス。
「どうした?着方が間違っていたか?」
何も言わないユキに不安げに眉を寄せるセブルスにユキはハッと我に返ってブンブンと首を横に振る。
『とっても似合っているよ!この浴衣、セブにピッタリ。色っぽくて素敵』
顔を紅潮させ、キラキラとした瞳で自分を見てくるユキからセブルスは視線を外す。
「そういうことを軽々しく言うな」
『褒めているのに何故?』
「……確かにそうだな」
セブルスはユキを見て、微笑む。
そして彼女の頬にそっと手を寄せて、
「お前も似合っている」
甘く囁く。
その途端、赤かったユキの顔がボンッと更に紅潮した。
「トマトのような顔だ」
『んなっ。意地悪ね!』
クツクツと笑うセブルスの前で、ユキはぶくーっと頬を膨らませたのだった。
「さあ、行くぞ」
2人は正門から出て姿くらましでロンドンへと向かう。
バシンッ
ふたりの体は無事にロンドンへ到着した。
『未だに姿現しは緊張するわ』
ユキは額の冷や汗を手でそっと抑える。
『ジャパン・デイの開催場所はどっちかしら?』
そう呟いたユキだが、地図を見る前に開催場所は直ぐに分かりそうだった。
路地から人の波が見えたからだ。
群衆はうちわを持つ者、コスプレをする者、日本人も混ざっていたのでその波に乗っていけば自然とジャパン・デイ開催場所へ行けると分かった。
「一度離れたら2度と会えなさそうだな。それでは困る。我輩の腕にしっかりと掴まっていたまえ」
『うん。ありがとう、セブ』
ぎゅっ
「痛いっ!」
『あ、ごめん』
「この馬鹿力が……」
『ご、ごめんって。涙浮かべなくても……』
ユキはハンカチを取り出してセブの目元へ持っていく。
「やめろ。子供ではない」
セブルスはユキのハンカチを奪い取って目に溜まった生理的に出た涙を拭き取り、照れ隠しに乱暴にハンカチをユキに突き返したのだった。
2人は路地を出て人ごみの中へと入っていく。
『ジャパン・デイって人気なのね』
「日本は東の最端にある国だ。我々ヨーロッパ人からすれば神秘的な国に見える」
『そうなんだね。確かに、神秘的……』
フリフリのゴスロリファッション、ピンク色の髪のアニメヒロインの格好、青いタヌキ……
おもしろい人がいっぱいいた。
そんな人たちを鑑賞しながら歩いているうちに大きな広場へと出た。
会場は何万人も入る大きな公園らしく、混んではいたが、ぎゅうぎゅうになって身動きがしづらい程ではなかった。
『わあ!楽しそう』
ユキは広場をぐるりと見渡した。
噴水広場を取り囲むように屋台が立ち並んでいる。
「知っているものはあるか?」
『うん!たくさん!どれも馴染みのあるものばかり。懐かしいなぁ』
ユキは暗部を抜けてからホグワーツへ行くまでの準備期間の1年間で友人たちにお祭りに連れて行ってもらったことを思い出していた。
目を細めて嬉しそうにするユキの横顔をセブルスは表情を緩めて見る。
『セブ、初めはあれが食べたいな』
セブルスはユキが指差す屋台の名を読み上げた。
「綿あめ。コットンキャンディーのことだな」
ふわふわした色とりどりの綿あめが棒に刺さって陳列されている。
『あれ大好きなんだ』
「おいっ。走るな」
屋台に向かって小走りに走って行くユキの背中をセブルスはふっと笑いながら追いかける。
『ひとつ買って2人で分けよう。屋台はいっぱいあるもの。色々食べたいでしょ?』
ユキはピンク色でイチゴ味の綿あめをひとつ買ってセブルスに差し出した。
ふわりとした綿あめを手でちぎって口に入れると優しい甘さが口に広がる。
『うん!美味しい』
2人は綿あめを食べながらグルリと辺りを見渡した。
目に付いたのは射的屋だ。
『セブは銃って知っている?』
「我輩は半純血だ。マグル界の事はある程度知っている。お前こそどうなのだ?前の世界には銃はあったのか?」
『なかったよ。でも、知っている。一丁買って、自室にある』
「!?どうやって入手した!?」
『それは勿論、裏ルートから』
「相変わらずだな」
ニヤリと笑うユキにセブルスは呆れ顔。
でも、セブルスはそんなユキの忍の部分も含めて好きだった。
綿あめを食べ終わったふたりは射的屋へと移動する。
「いらっしゃい!銃で的を打って、景品が倒れたらもらえるよ」
店の陽気なおじさんが声をかけてくる。
『セブ、やろう!プラス、私と勝負しない?』
「お前に勝てる気がせん」
『もうっ。弱気にならないでよ』
「お前相手だからな」
『私も銃なんて使い慣れてないわ。条件は同じよ』
ふたりは店主にお金を渡し、一丁ずつ銃を構えて的を絞る。
パンっ
パンっ
『うっ……』
「ふっ。大物を狙いすぎたな」
まず初めに勝ったのはセブルスだった。
セブルスが倒したのは手のひらサイズに収まるウサギの人形。
対してユキが狙ったのは抱くのにちょうど良い大きさのクマの人形だった。
『だって、アレが欲しいんだもの』
じーっとクマを見つめて、銃を構えるユキ。
ユキの腕に手を置き、止めるセブルス。
『セブ?』
「あんな大きなもの、一撃では無理だ」
『ではどうしろと?』
「ユキが撃った後に直ぐに我輩が撃つ。絶対とは言い切れんがもしかしたら倒れるかもしれん」
パンっ
パンっ
銃声が間髪なく響く。
1度目の挑戦は・・・失敗
2度目の挑戦は――――――
パンっ
パンっ
『やった!』
「お見事!」
クマの人形が後ろへと倒れた。
ユキは嬉しさで破顔しながらセブルスの方を見て、手を取り、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「はい、どうぞ」
『ありがとうございます。ふふ、可愛い』
表情を崩すユキをセブルスは優しく見下ろす。
「これもやる」
『いいの?』
「こんな物を我輩が持っていてどうする。お前の方が似合う」
ユキの手に渡されたウサギはキーホルダーになっていた。
『じゃあ、ここにつけよう』
根付のように帯にぶら下げ、欲しかったクマのぬいぐるみを小脇に抱えるユキの表情はとても嬉しそうなものだった。
『次は何処へ行こう?』
「あれは何をしている?」
セブルスが指さす先をユキが見る。
『水風船取りだ』
「あぁ、ピーブズがよく投げているアレか」
興味を失ったように言うセブルスにユキは『でもね』と口を開く。
『あの水風船は面白いんだよ。指にゴムを通してビヨンビヨンして遊ぶの。ひとつ欲しいな。ダメ?』
小首を傾げるユキは可愛らしい。
セブルスに断る理由はない。
ふたりは水風船売りのところへと向かっていく。
『何色がいいかな?』
セブルスが自分はいらないと言ったのでユキだけが挑戦している。
ゆっくりと水流に乗って流れる色とりどりの水風船。
ユキは今自分が着ている浴衣を見た。
今日は気分を変え、いつもの紫色の服装ではなく青い浴衣に白い帯をつけている。
あの白いベースに色とりどりのドットがついた水風船にしよう。
ユキは狙いを定めて慎重に糸を垂らし、輪に糸を引っ掛けて釣り上げた。
『よし!』
一発で釣り上げられ、ユキの口から嬉しさで声が漏れる。
『見て見て!取れたよ』
振り返ったユキにセブルスの心臓が跳ねる。
キラキラした子供のような笑顔。それが自分に向けられていてセブルスは凄く嬉しかった。
「良かったな」
『うん』
ユキは店主のおじさんにお礼を言ってセブルスの隣へ並んだ。
次は何処へ行こうか。
そう考えていた2人の鼻をくすぐる良い香り。
『あ!焼きそば屋さんだ』
「ヤキソバ?」
『セブは食べたことないんだね。凄く美味しいよ。お腹も膨れるし買おう』
ユキはセブルスの横で先程釣った水風船をポヨポヨ跳ねさせながらセブルスと並んで焼きそば屋までやってくる。
『これも2人で1つを食べよう?』
「あぁ」
『おじさん、焼きそば1つ。お箸は二膳お願いします』
香ばしく焼けるソースの香り。
セブルスは興味深そうに、ユキは目を輝かせて焼きそばが作られてパックに詰められるのを見つめる。
「はい、お待ち」
『ありがとうございます。セブ、どこで食べようか?』
「噴水の所はどうだ?」
『そうしよう。おっ、うわっ』
ユキが歩き出そうとした瞬間、数人の子供がユキの目の前を走り抜けた。
吃驚して仰け反るユキの体勢が崩れる。
しかし、ユキは大きく体勢を崩すことはなかった。
「危なかったな。せっかく買ったヤキソバを落とすところであった」
セブルスがユキを背中から支えてくれたからだ。
『あ、ありがとう』
ユキの頬がじわりと熱くなる。
セブルスとユキの顔の距離が近くなっていたから。
ユキは恥じらってセブルスから顔を背ける。
「どうした?ユキ。顔が赤いが?」
ニヤリと口角を上げてセブルス。
『あ、赤くなんかなっていないわよ。さ、行きましょう』
ユキはセブルスがクツクツと喉で笑うのを聞きながら噴水の方へと小走りで向かって行ったのだった。
噴水までやって来た2人は適当な場所を見つけて腰をかけた。
焼きそばのパックを開けて2人でつつく。
『どう?美味しいでしょ?』
「そうだな。旨いと思う」
『セブの口に合って良かった』
ふわり。
目の前で花が綻ぶような笑顔を見せられてセブルスの心臓が高鳴る。
今日はフェスティバルだからな。
普段と違うユキに翻弄されっぱなしだ。
セブルスはユキの1つ1つの動作に胸を高鳴らせる自分を感じながらユキと一緒に焼きそばを食べていく。
焼きそばを食べ終わった2人は暫し休憩。
ユキは先程買った水風船をポヨポヨと弾ませていた。
『これ、なんて事ない動作なんだけど、止められないんだよね~』
そう言いながらセブルスに笑いかけていた時だった。
バシュン!
ユキの高速ポヨポヨに耐え切れず水風船が破裂した。
『あぁ……』
水風船は破れ無残な姿に。
ユキは膝元を濡らしてしまっていた。
『私の水風船……それに冷めたい……』
「そう気を落とすな。何ならもう一度買いに行けばいいだろう」
そう言いながらセブルスはそっと杖をポケットから出し、ユキに向けた。
ユキの濡れた膝元があっという間に乾く。
『セブ、ありがとう。優しい……』
両手を組んでセブをキラキラした目で見上げるユキ。
「これくらいで大げさな奴だ」
セブルスは照れくさくそっぽを向く。
徐々に茜色の太陽が沈んでいき―――――
「ユキ、あのオコノミヤキとはなんだ?」
『美味しいよ。買ってみよう』
紫がかっていた空が闇色に変わり、星が瞬きだす――――
「ずいぶんと水風船がお気に入りなようですな」
『うん。帰ったらピーブズに自慢してやるんだ』
賑やかなフェスティバルの喧騒を聞きながら2人は空を見上げる。
シュルルルルル パーーーン
『見て……綺麗……』
「あぁ。美しいな」
2人の頭上を飾る色とりどりの花火。
夜空に散る光が、肩を寄せ合う2人のシルエットを映し出していた。