第5章 慕う黒犬
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24.正体
結局セブが去ってしまった後、私は医務室に戻る気になれなくて、トボトボと階段を下り、正面玄関を開けて外へと出た。
正面玄関前の石の階段に座る。
昼間の気温は20数度と過ごしやすかったが、今は山の空気も降りてきて10数度まで下がっている。
そうはいっても、人より何故か寒さに強い私の体はこの寒さなんて気にはならないけれど。
セブはどのくらいで帰ってくるだろう?
明日になることはないと思う。
私は何もできず、ぼんやりと暗い闇を見つめ続ける。
『ん?人……』
足音がやってきて玄関の大きな樫の扉が両開きに開いた。そこから現れたのはレギュとクィリナス猫。
「こんな所にいたのですか。探しましたよ」
『ごめん』
「背中に大怪我を負っているんです。直ぐに医務室に戻って下さい」
『……ごめん。ヤダ』
レギュが眉を顰めた。
『不安でじっとしていられない』
私はレギュから視線を逸らし、ふっと息を吐きながら額を膝につけた。
ふわりと温かい何かで包まれる。
レギュが自分のローブを私にかけてくれたのだ。
『グライドが風邪を引く』
「引きませんよ。引くとしたら怪我人のあなたです。素直にお礼を言って受け取って下さい」
『ありがと……グライド』
「はい」
レギュがストンと私の横に腰掛けた。
「みゃあ」
『タンポポ』
ピトリと太腿に動物の温かい体温。
「セブルス先輩が心配なんですね」
レギュの言葉に心臓がドクリと音を立てる。
ピクリとクィリナスが反応して私に視線を送った。
……まずいな。先輩、か。
クィリナスの目。思い切り「誰だコイツは」という目でレギュを見ている。
「セブルス先輩が戻ってくるまでここにいる気ですか?」
『それは、えっと……』
医務室に戻るって言わないと。
クィリナスがこれ以上レギュに余計な疑念を持つ前に。
しかし、
「ユキ先輩の気が済むまで一緒にいます」
レギュはそう言った。
鋭い眼光をレギュに向けているクィリナス。
私はクィリナスを抱き上げて膝に乗せ、トントンと背中を叩いた。
『……ちょっと歩いても?』
「もちろん」
少し、考え方を変えよう。
……もしかしたら、クィリナスとレギュを引き合わせる良い機会かも知れない。
いずれ共闘することになるのだから。ヴォルデモートが復活した今がタイミングかも。
クィリナスも先輩、先輩と連呼したレギュは何者なんだと2人きりになったら私に問い詰めてくるに違いない。適当な嘘で彼を誤魔化すのは困難だ。
2人を引き合わせる。それがいい。
私は心の中でそう決めた。
私たちは暗い中を芝生を踏みしめて歩いていく。暫くして湖の湖畔に出た。
湖の外周をゆっくりと歩いていく。
「火傷は痛みませんか?」
『この位平気よ』
「ユキ先輩の平気は時として重症ですから心配ですよ」
『こうやって歩けているんだもの。心配しないで』
どうやって正体について話そうと思っていると二の腕が引かれた。
「心配しますよ。好きな人の体なんですから」
横を見ると真剣な目をしたレギュがいた。
「今、ユキ先輩はセブルス先輩の事を心配していますよね?」
『えぇ』
「それと同じように、今日、僕はユキ先輩が消えたこと、大火傷を負って帰ってきたことを心底心配したんです」
レギュが私が腕に抱いているクィリナスを持ち上げて地面に下ろした。
「これからも避けられぬ戦いがあるでしょう。でも、その時は、出来うる限り僕を傍に置いて下さい」
レギュが私の両手を取り、口に持っていき、くちづけを落とした。
「あなたが好きなんです。ユキ先輩。ずっと前から。学生の時から。知っているでしょう?」
顔に熱が集まっていくのが分かる。
レギュの黒い瞳に熱い炎が見える。
「僕はあなたと共に戦いたい。常に傍にいたい。あなたを守りたい。守らせて、僕に」
情熱的な言葉と愛の告白に私は酷く動揺していた。
私の心は何処へ向かうの?
もう、自分で自分の心が分からなくなっていた。
レギュにここまで想ってもらえるのが嬉しかった。
一方で、セブの事も頭にあった。
シリウスとのダンスパーティーでの楽しいダンスも思い出される。
クィリナスと気のおけない生活。
私が恋しているのは誰?
分からない。
私はすっかり混乱していた。
こんなの不誠実の塊じゃない。
自分で自分を叱るけれど、心は一箇所に定まらなくて。
自分で自分の心が分からないなんて、なんて情けない。
罪悪感を胸に抱いていると、手が引かれた。
私の体はレギュの胸の中にスッポリと収まる。
レギュは火傷のある背中に手を回さずに、私の後頭部を左手で自分の方に引き寄せた。右手は指を絡めた繋ぎ方で繋がれている。
「僕と付き合ってみませんか?」
『えっ……』
私は弾かれたように顔を上げてレギュを見つめた。
「ユキ先輩の心に色々な人がいるのは分かっています。それでもいいです。僕と付き合ったらこんな感じなんだって、体験してみてほしい。大事にしますから」
『レギュ、私は……あなたの言う通り……誰が好きか分からなく―――っ!』
私は体を跳ねさせた。
レギュからのキス。
目を丸くして私は硬直する。
ダメ、いけない。
私は身を引こうとする。
しかし、レギュは繋いでいた手を離し、私の腕を掴んで自分に引き寄せた。
どうしよう。ドキドキして膝から崩れそう。
頭が真っ白で何も考えられない。
でも、離れないと。
私は両手でレギュの肩を押した。
「ユキ先輩……」
悲しそうな顔に胸が痛む。
『やっぱりダメだよ。好きじゃないのに付き合うなんて』
「ユキ先輩は恋愛を難しく考えすぎですよ?」
私は黙り込んでしまった。
確かに私は恋愛初心者。
誰が好きか分からないという事で
レギュの提案に乗ってみるのも一つの手なのかもしれない。
去年の今頃はセブが私の心の大部分を占めていたのに。
今年度になって、レギュ、シリウス、クィリナスの熱いアプローチを受けるうちに私は自分の心が分からなくなってしまっていた。
『私って最低』
思わず頭を抱える。
「人はそれぞれです。それぞれに魅力がある。1人に決められないのはそう不思議なことではありません。だから、さっきの提案です。僕をもっと深く知ってみませんか?」
『受け入れられないよ』
「受け入れて……付き合ってみた後、なんか違うと思ったら振ってくれて構わない」
レギュの手がゆっくりと私の顔に伸びる。
頬に手が添えられ、目の前のレギュはそれはそれは綺麗に微笑んだ。
頬に添えられていない方の手が私の肩に乗る。
私の心は大いに揺れていた。
ここまで言ってくれているレギュ。
「このキスを受け入れたら、僕と付き合って……」
レギュの顔を近づいてくる。
どうしよう。拒絶しなくちゃ。
でも、拒絶しても今まで通り、中途半端な状態が続く。
一度レギュと付き合ってみるのもいいのでは?
いや、ダメ!他の人が心にいるのに誰かと付き合うなんて不誠実よ。
そんな葛藤を心でしているうちにレギュの唇はもう私の唇に触れそうになっていた。
触れるか触れないかの、その時。
ヒュッ
私の体に添えられていたレギュの手が離れていった。
「うわっ」
ドシン
レギュが地面に尻餅をつく。
「何をこんな甘言に惑わされているのです!?」
キンと鋭い声があたりに響いた。
「誰だ!」
レギュは尻餅をついていた状態から片膝をつく体勢に変わって、杖を向ける。
杖の先にいるのは人間の姿に戻ったクィリナス。
『自分から変身を解くなんて』
「あなたがハッキリ拒絶しないからですよ!」
キッとクィリナスに睨まれる。
「純粋なユキを言葉巧みに惑わして……この男、どうしてくれましょう」
クィリナスもレギュに杖を向けた。
「ユキ先輩!この男、何者なんです!?」
杖を向け合うクィリナスとレギュ。
緊迫した雰囲気。
でも、私の方はホッとしていた。
やっぱり、レギュと付き合うのは無理だ。
優柔不断なこの心。
私を好きだと言ってくれている皆には申し訳ない。
でも、やはり、好きだとハッキリ分かった人とお付き合いをしたい。
これが恋愛初心者なりに出した答えだ。
答えを見つけたら心がスっと軽くなって。
私は目の前の事に目を向けられた。
『2人共、お互いは敵じゃないよ。杖を下ろして』
「いいえ。この男はユキを惑わす害虫です」
「待て……お前は……」
般若の形相でレギュを睨んでいるクィリナス。
一方のレギュは何かに気づいたみたいだ。目を丸くしている。
「僕は君を知っている。話したことがある。同じ学年の、確か……クィリナス・クィレル」
『正解だよ。少年が青年になったのに良くわかったね』
私はそう言いながらクィリナスの杖を掴み、下に下ろさせた。
「何故猫の姿になっていた?」
怪訝そうにレギュが聞く。
「ふん。お前などに教える筋合いはない」
『ここまで身バレしたんだから話そうよ』
私は辺りを見渡した。
ちょうど大木が倒れている。そこに座ろう。
私はクィリナスの背中を押して倒れた大木へと誘導した。
クィリナスと私は大木へ座る。
レギュは大木の対面にある岩に腰掛けた。
「この男は何者です!ユキの事をユキ“先輩”とは。ブルガリアの魔法省の者ではありませんね」
睨み合う両者。
私はふーっと息を吐いて、レギュを見た。
『自己紹介して、グライド』
「僕からですか?」
『あなたは私の隣にいるのがクィリナスだって分かったでしょう?次はあなたの番よ』
「……分かりました」
レギュは嫌そうな顔をしながら口を開く。
「僕の名前はレギュラス・ブラックだ」
「っ!?なんだと!?」
クィリナスが息を飲んだ。
唖然としてレギュを見つめている。
「あの、スリザリンのシーカーの……死喰人で、ユキに殺された……!」
『少し長い話になるけど、説明するよ』
未だ信じられないという面持ちでレギュを見るクィリナスに言う。
私はレギュが死喰人になったが、自分の屋敷しもべ妖精を虐待されて死喰人を抜ける決意をしたこと。
その際にヴォルデモートの分霊箱を破壊する計画を立てて、分霊箱を1つ発見し、分霊箱を得る過程で死にそうになったところを、ちょうど病院で目を覚ました私がレギュの後をついて行っていて助けたことを話した。
その後、私はレギュを気絶させて記憶を奪い、ブルガリアにいる知り合いのMs.ヴェロニカ・ハッフルパフにレギュの事を頼んだことを話した。
『その後はクィリナスも知っている通り。私はヴォルデモートの館に侵入して奴を暗殺し損ねた』
「僕は闇の帝王の失脚後にMs.ヴェロニカ・ハッフルパフに記憶を戻してもらい、闇の帝王が復活すると予想して、ブルガリアで闇祓いになりながら魔法の腕を磨き、そろそろイギリスへ戻ろうという時にブルガリアで行われたクィディッチ・ヨーロッパカップでユキ先輩と会ったのです」
この時は、私はまだ過去に飛ぶ前で、レギュの存在を知らなかった。
秘密の部屋事件で過去へ飛んだ私はレギュたちと知り合いになり今に戻ってくる。
そして、レギュが私に接触してくれ、私たちは再会を果たしたのだ。
また、ブラック邸に泥棒が入り、クリーチャーが破壊していなかった分霊箱が奪われたことも話した。
「以来、ユキ先輩とは分霊箱を協力して追ってきました。それからユキ先輩には忍術の稽古も付けてもらっていました」
「今日ポッターを助けに向かうあなたたち。馬鹿犬は分かりますが、あなたまでユキと同じスピードで走るのを見ておや、と思っていたんです。まさか忍術の手ほどきを受けていたとは……さて、本当の姿を見せて頂けますか?それが礼儀でしょう?」
「いいでしょう。変化」
栗色の髪のレギュの姿が煙に包まれる。
煙が薄れていき黒髪、黒目の長身の男性の姿が現れた。
「やはり兄弟だけあってあの馬鹿犬にどことなく似ていますね」
「兄と僕を比べるのはよして頂きたい。女にだらしなく、学生時代は規則違反ばかり。ブラック家の家系図から抹消された男を兄などと思いたくないので」
「ふん。随分とお兄ちゃんを気にしているようですね」
レギュがスっと目を細くしてクィリナスを睨んだ。
うわぁ久しぶりに見た。レギュが本気で怒っているところ。
『さ、さて』
私は場の空気を変えるためにゴホンと咳払いして今度はクィリナスの説明をする事にした。
『クィリナスは3年前の闇の魔術に対する防衛術の教授だったの』
クィリナスは力を求めて各地を転々としながら修行している時にアルヴァニアの森でヴォルデモートと出会い、彼に魅了された。
彼の復活を手伝うために自分の体に憑依させ、ホグワーツに戻り、賢者の石を奪うために暗躍した。
結局、賢者の石を奪うこともハリーを殺すことも失敗し、クィリナスは私の火炎砲を受けた。
その時にヴォルデモートはクィリナスの体から離れた。
「あの時、ユキは瀕死の私を自分の寿命を縮めてまで助けてくれたのです。私のことを、心の中で大切に思ってくれていたのです」
クィリナスが胸に手を当てて言った。
「今では丘の上に買った家で一緒に住む仲です。昨年度まではホグワーツでも同じ部屋で生活をしていました」
「っ!?」
レギュは驚いたように目を見開き、そして眉を寄せた。
「本当なのですか?」
『うん。去年は指名手配されていたシリウスも一緒に3人同じ部屋で生活していたの。でも、誤解しないで。性的交渉などは一切していないから」
「ぶっ。そんな明け透けに言わないで下さいっ」
『だって誤解を与えたくないから……。私、考えなしだったのよ。前いた世界では任務の時に男女一緒に寝るなんて当たり前だったから』
「えぇ。ユキ先輩が世間ずれした感覚で何も考えずに男と同居していたと分かりますよ。ユキ先輩が何もなかったと言うならなかったのでしょう。それに、今は別居しているのでしょう?」
『うん』
「それよりも問題はこの男、クィリナス・クィレルが死喰人でハリー・ポッターの命を狙っていたことです」
こんな男を信用して大丈夫なのですか?とレギュは聞く。
「先程も言ったが私はユキに自分の寿命を削ってもらって助けられた。あの日から私はユキの下僕です。私はユキに忠誠を誓っています」
「は?下僕?ちょ、この人、ちょっと危ない感じの人ですか?」
レギュがクィリナスを指差して私に聞いた。
『むむ……そこはノーコメントでお願い』
ギラギラと怪しい光を放つクィリナスの視線を顔に手を当ててシャットアウトしながらレギュの問いに答える。
『取り敢えず2人の自己紹介も終わったことだし城へ戻ろうか』
「そうですね。ユキ先輩は医務室で休まれたほうがいい。ここに長居し過ぎました」
「体も冷えてきているようですし。急いで城へ」
クィリナスが私の手を取って体温を計るついでに手の甲にくちづけを落とした。
クィリナスの不意打ちにはいつもビクッとさせられる。
レギュはグライドの姿に、クィリナスは猫の姿に戻って元来た道を戻っていく。
「おい、ユキ!」
正面玄関前に立っていたシリウスが私たちを見つけて駆けてきた。
「馬鹿!どこ行っていたんだ。お前、怪我してんだぞ?」
『医務室でじっとしているのが落ち着かなくて』
「チェーレンさん、何故コイツを止めなかったんです?」
「彼女のしたいようにさせてあげたかったんですよ」
「好きなようにさせれば良いってもんじゃない。コイツは悪魔の火で焼かれたんだ。普通の人間なら悪魔の火に焼かれれば死んでいる!」
『シリウスったら私を化物みたいに。酷いなぁ』
「化物だなんて思ってない。お前は女だ。俺が好きなな。俺が心配しているのが分からないのか?」
肩をぐっと掴まれ、真剣にじっと瞳を覗き込まれ、私は作っていた膨れ面をやめた。
『……ごめん』
「分かればいい」
ポンポンとシリウスに叩かれた頭に手をやる。
心配してくれているのにゴメン、シリウス。
「医務室に戻るぞ」
『セブが戻ってくるまでここで待っていちゃダメ?』
「ダメだ。スニベルスがいつ帰ってくるか分からない。怪我人のお前に今の気温は堪えるはずだ。大人しく来い」
私はシリウスに手を引かれるままに正面玄関の階段を上っていく。
後ろを振り返る。正門の方向は闇の中で何も見えない。
私は後ろ髪を引かれる思いをしながら、だけど心配してくれるシリウスに従って医務室へと向かったのだった。
医務室に帰ったらマダム・ポンフリーにどこへ行っていたのかと怒られた。
私と一緒にいたレギュも何で私を連れ戻さなかったのだと怒られてしまった。申し訳ない。
マダム・ポンフリーに大人しく寝るように言われ、みんなは外へ出るようにマダムに指示された。
「明日見舞いに来る」
ハリーとセドリックが寝ているため小声でシリウス。
「僕も来ます。さあ、行こうかタンポポ」
「にゃあ!?」
クィリナスの正体を知ったレギュが私の枕元で丸まっているクィリナス猫をつまみ上げて医務室を出て行く。
明かりが消えた真っ暗な部屋。
背中に火傷があるためうつ伏せになって寝る私。
規則正しいハリーとセドリックの寝息が聞こえてくる。
私もうとうとしよう。
ハリーやセドリックの身じろぎや小さな寝言だけで起きてしまう敏感な私だが、寝ないよりは少しでも寝たほうがいい。
枕に頭を乗せてうつらうつらする。
どの位時間が経っただろうか。
コツコツと足音が医務室に近づいてきた。
私はパッと体を起こした。
草履を履いて医務室の扉へと向かう。
パッと開けた扉の先には待ちに待った顔。
「やはり出てきたか。起こしてしまったようだな。すまない―――お前に会いたかったのだ」
セブは申し訳なさそうに眉をハの字にして言った。
そんな彼に私は首を横に振る。
『おかえりなさい。無事、よね?』
「あぁ」
体のパーツが欠けずに戻ってきてくれて良かった。
体が気づかぬうちに緊張していたのだろう、ホーっと力が抜けるのが感じられる。
「すまんがダンブルドア校長のところへ報告へ行かねばならない」
『顔を見せに寄ってくれてありがとう。安心したわ』
「忙しなくてすまないな。明日、見舞いに行く」
『ありがとう』
また明日という気持ちを込めて微笑むが、セブはその場から動かない。
『セブ?』
「触れてもいいか?」
『?えぇ』
セブは私の顔に手を添えて親指で頬を優しくなぞった。
不思議そうな顔をセブに向けると優しく微笑まれた。
その笑みは、胸が痛くなるような笑みで。
あぁ―――セブはきっとこう思っている。
彼はダンブルドアの命令には必ず従うのだ。
もし、命を差し出して来いと言われたら、その通りに動くだろう。
セブ……
そうはさせない……
私は顔に添えられているセブの手を取って両手で強く握り、彼を見上げた。
『させないから』
「?何がかね?」
『あなたを、死なせたりは、しない』
セブをしっかりと見て、一語一語ハッキリと言う。
「我輩はそう簡単に死んだりはしない。侮らないでもらいたいものですな」
セブは私の言葉を聞いてフッと鼻で笑いながら言った。
『そうだね。セブは強いよ。でも、何かあった時は私が守る』
「頼もしいことだ」
セブが口角を上げて笑った。
「普通、こういうセリフは男から女に言うものなのだがな」
セブは空いている手で、セブの手を握り締めている私の両手をポンポンと叩いた。
私はセブの手を解放する。
「心配するな。何度出て行っても、必ずお前のもとへ帰ってくる」
『約束だよ?』
「あぁ」
嘘だって分かっている。
あなたは私との約束よりも、任務を優先するでしょう。
ヴォルデモートを倒し、魔法界を平和にしようと動く、ダンブーの命に。
だからこそ私は、ダンブーに付き従うことは出来ない。
あなたを是が非でも守りたいからだ。
***
第3の課題、ヴォルデモート復活の夜が明けた。
私は廊下の角から校長室を見ていた。
人がやってくる。
セブに連れられた3人のスリザリン生だ。
ガーゴイル像がどいて校長室へと続く螺旋階段を上っていく4人。
校長室へと続く扉が閉まったのを確認した私は思い切り拳で壁を殴った。
くそっ
チャクラを入れていなかったが、壁はボロっと剥がれて、石のかけらが地面に落ちた。
私はヴォルデモートが復活した場でその場にいた死喰人の半分程を殺した。
ルシウス先輩のようにホグワーツ生の親もいると分かっていた。
だが、相手は生徒じゃない。生徒だったら、もし死喰人になったとしても、私はその子達を殺さないだろう。
だが、親は別だ。関係ない。ただの死喰人だ。
私は容赦なく殺した。
彼らは私を恨むだろうね。
親を殺されて。恨まない方が難しいだろう。
火遁・大煉獄で焼いてしまった者は、悼む死体もない。灰となってしまった。
暫くして、生徒たちは或者は泣きながら、或者は茫然自失としながら校長室から出てきた。
そしてその生徒たちは、迎えに来た家族と一緒にホグワーツ特急で自宅へと帰っていった。
汽車を見送ったセブが振り返る。
彼らをつけていた私は隠れていた柱から出ていった。
セブは驚いた顔をした後、眉を寄せて私を見た。
「医務室を抜け出してきたのか」
『4人には可哀想な事をしたわ。突然親が亡くなって、辛いでしょうね』
「そうだな……上手く言葉をかけてやれんかった」
『4人は家族の死をなんと説明されたの?』
「詳しくは語られなかった。ただ、魔法省から訃報が届いたと。校長は言った」
『そう……』
「闇祓いが闇の帝王が復活した現場で現場検証を行った。そこで死体の確認できる死喰人を校長に伝えに来たらしい」
『と言うことは、まだ親を亡くした生徒が増える可能性があるわね。灰にした死喰人もいるから』
私は息を吐きながら空を見上げた。
鉛色の雲が空にたちこめている。
『これからも、こういう事が何度も起こる』
「我々にはどうすることも出来ないことだ。ユキ、考えても仕方ない」
「そうね……」
私は汽車が消えていった線路を暫く眺め、そして視線をセブに戻した。
『帰りましょう……』
私とセブは終始無言で、ホグワーツ城まで帰ったのだった。
恨むなら、恨んだらいい
殺したいほどの憎しみも、受け止めよう
但し、やられてあげる事は出来ないけれど――――
部屋で物思いに沈んでいた時だった。
『!?』
何かが開いていた窓から部屋に入ってきた。
銀白色の不死鳥
<11時になったら儂の部屋に来て欲しい。お前さんの猫と共に。セブルスも来る>
クィリナスとセブルスを一緒に?
それは、クィリナスの正体をセブに明かす時が来たという事だ。
『しかし、クィリナスに来て欲しいなら彼の部屋にパトローナスを送るべ……あ、あれぇ?……』
私はその場でカチンと凍りついた。
恐る恐る部屋を横切って、背が向けてあるソファーへと近づく。そこには――――
「にゃあご」
いたああああああぁぁぁ!!
私は声にならない悲鳴をあげながら仰け反った。
い、いつの間に部屋に入り込んでいたのよ!
『ク、クィリナス?勝手に部屋に入るなってあれほど……』
ぐにゃりと猫の姿が歪み、クィリナスの姿に変わる。
「ユキが落ち込んでいるようでしたから心配で心配で。下手に声をかけるのも悪いと思って」
なんてしおらしい事言っているけど、不法侵入だからね!
私は寒気に体をぶるりと震わせながら両腕を摩った。
『あ、そうだわ』
「どうしました?」
『レギュはどうするだろう?』
レギュの正体も、そろそろ明かしても良い時期なのではないか?
ダンブーの不死鳥の騎士団に入らないとしても、ヴォルデモートが復活したのだ。連携して動くことは出てくるだろう。
『フクロウ便より直接行った方が早いか。ちょっと出てかけてくる』
私は走って城を飛び出し、敷地外に出て姿くらましをして、レギュのアパートへ行った。
幸い、レギュは不在ではなかった。
そして、やはりそろそろ自分が誰かも明かすべきだと思っていたと言った。
『アニメーガス出来る?』
「えぇ」
レギュの姿が変わっていく。
『燕なんだ』
レギュは小さな鳥になった。
私は彼を袂に入れてホグワーツへと向かう。
11時。私はクィリナス猫と袂にレギュ燕を入れて校長室に向かった。
「ユキ」
『シリウス、おはよう』
ホグワーツに着いてからパトローナスでダンブーにシリウスとミネルバも同席させたらどうかと連絡しておいたのだ。
ダンブーは私の提案を飲んでくれたらしい。
「チッ。こいつも一緒かよ」
シリウスが鼻に皺を寄せてクィリナス猫を見た。
『ダンブーが一緒にって』
シリウスが思い切り舌打ちをした。
クィリナス猫は低く唸る。
私は苦笑しながら合言葉を言うために口を開く。
『ふわふわ 綿菓子 虹色七色飴』
合言葉を言うとガーゴイル像がピョンと左右に飛び退いた。
螺旋階段に足をかけると階段はゆっくりと動き始め、後ろで壁が閉まった。
磨き上げられた樫の扉をノックする。
「入って良いぞ」
シリウスが扉を開けて、私たちは校長室へと入った。
セブとミネルバは既に部屋の中にいた。
「みんな揃ったのう」
ブルートパーズ色の瞳をキラキラさせるダンブーはこれからセブを驚かすのが楽しみで仕方ないのだろう。
性格悪い。
ミネルバはダンブーの事を呆れた目で見ている。
ダンブーはにやけそうで口の端をヒクヒクさせながら口を開いた。
「セブルス、お前さんに紹介したい人物がおる。不死鳥の騎士団の団員じゃ。さあ」
ダンブーの視線がクィリナスに向いた。
自然とセブの視線もクィリナス猫へと向く。
そしてその瞳は驚きで開かれていく。
「貴様っ――――生きていたのか!」
セブは怒りの形相で杖を抜いた。
クィリナスも杖を抜いてセブに向けている。但し、こちらは涼しい顔だ。
「これはどういう事か!」
セブはクィリナスに杖を向け、視線も外さないままダンブーに叫んだ。
「どういうもこういうも見たまんまじゃ。クィリナス・クィレルは不死鳥の騎士団の団員ということじゃの」
「この――裏切り者の――こいつは、ポッターの命を狙ったのですぞ―――!」
怒りで言葉を切れ切れにしながらセブが言う。
「そうじゃ。ヴォルデモート側の人間であった。じゃが、今は違う」
「お前たちは皆知っていたのか?」
セブが冷たい目を私たちに向ける。
「知っておったのはここにいる人間だけじゃ。少し、何があったかを話そう」
賢者の石事件の時、私がクィリナスを助けた事、病院から出た後は騎士団の団員として彼にしかできない危険な任務についていた事を話した。
「1年間ヴォルデモートに憑依されていたクィリナスはヴォルデモートの事を良く知っておるからのう」
「……ユキが年齢を重ねたのは……」
『うん。私はクィリナスを瀕死に追い込んだ。でも、なんか見捨てておけなくって里の秘術を使ってクィリナスを助けた』
「こいつのせいでっ―――」
「私はユキに愛されているのです!」
2人が同時に杖を振った。
バチンと閃光が空中で弾けた。
「フォッフォッフォッ。モテる女は辛いのぅ」
肘でこのこのっとやってくるダンブーが非常に鬱陶しい。
『はあぁ。どうにかして下さい』
「困ったわねぇ」
ミネルバも溜息をつく。
凄い勢いで決闘している2人。
「相打ちしちまえー」
『やめてよ、シリウス!』
私は溜息を吐いてから2体影分身を出し、タイミングを見計らって2人の杖腕を掴んだ。
『やめよう。これからは手を取り合って戦っていく仲間になるんだから』
「こいつと仲間だと!?御免こうむる!」
セブが声を荒らげる。
「私としても別にあなたに仲間だと認めてもらわなくても構いません。私にはユキさえいればそれで十分なのです」
『んークィリナス。なんかズレてない?』
ここは不死鳥の騎士団員としての決意や忠誠を言うべきなのだと思うけど……。
取り敢えず私の影分身は2人から杖を奪って背中に隠した。
「セブルス、そう怒るでない。クィリナスは死喰人であった。ハリーの命も狙った。しかし、今はセブルス、そなたと同じように我々の側についておる」
握手を、とダンブーに促される2人。
セブは拒否を示すために腕を組んだ。
クィリナスも半眼でセブを見つめている。
「まあ仕方ないさ。俺だって初めにコイツの事を聞いた時、完全に俺たちの側について、裏切らない保証はどこにあると思ったからな」
『でも、今は仲間だって認めているでしょ?』
期待を込めてシリウスを見る。
「そうだな。ユキがいる限り裏切らないというのはこの2年で嫌というほど分かった」
シリウスが哀れみを含んだ目で私を見た。
その間もバチバチと視線をぶつけているセブとクィリナス。
セブも今急に言われて状況を飲み込むのも難しいだろう。
ここは一旦この話は置いておいて、次に移らせて頂こう。
私は袂に手を入れた。
ぴょんと小さな足が私の手に乗る。
引き出せば手の上には小さな燕。
「ん?鳥?」
シリウスが目を瞬いた。
睨み合っていたクィリナスとセブ、様子を楽しそうに見ていたダンブーも私に視線を向ける。
『私からもご紹介したい人がいるんです』
「なっ。勝手に誰を連れてきた!」
『お、怒らないで、セブ。この人はクィリナスが生きていると知っている人だから。それに、今度はセブにとって喜ぶべき再会になると思うよ?』
燕は私の手から飛んだ。ぐにゃりと姿が歪む。すーっと背が伸びていき、足が地面に着く。
「嘘……だろ……」
シリウスが私の横まで飛び出した。
「なんとっ……!」
ダンブーも驚いている様子で声を詰まらせている。
セブも成長していたとはいえ、誰だか分かったようで、大きく目を見開いている。
「レギュ、ラス……」
掠れる声でセブがレギュの名を呼ぶ。
「お久しぶりです、セブルス先輩」
「お前、ユキに殺されたのではなかったのか?」
「逆ですよ。生かされたのです。ご説明します」
レギュは固まっている兄をチラリと一瞥してからヴォルデモートを裏切った事、分霊箱を探しに行ったこと、私に助けられたこと、記憶を私に奪われブルガリアへ送られたこと、そして記憶を取り戻して今回、三大魔法学校対抗試合を視察するためにブルガリアから派遣される魔法省の役人になった事を話した。
「この後は三大魔法学校対抗試合の様子をブルガリア魔法省に報告するために一度ブルガリアへ戻ります。その後は、魔法省を辞めてイギリスへ来るつもりです」
『あ、そうなんだ』
「えぇ。分霊箱の行方を探さなくてはいけませんからね」
ブルガリアからは直ぐに戻ります。とレギュは微笑む。
「これはこれは……頼もしい味方が増えた。レギュラス・ブラック、よくぞ生きておった。我々はお前さんが仲間になってくれることを歓迎するぞ」
「ありがとうございます、ダンブルドア校長先生」
レギュとダンブーが固く握手を交わす。
「1年間お前のことを見破れなかったとはな」
「騙すような事になってしまって申し訳ありません、セブルス先輩」
「いや、いい。お前が生きていてくれて何よりだ」
セブとレギュも握手を交わした。
2人の瞳が懐かしさで柔らかい色を放っている。
『ほら、シリウスも』
軽くシリウスの背中を押すが足を突っ張って微動だにしない。
何を考えているのだろう?無表情で、ただじっと、レギュを見つめ続けている。
そんなシリウスのもとへ、レギュが近づく。
「久しぶりです、兄さん」
「……」
「何とか言ってくれませんか?気まずいんですけど」
ゴッ
「ぐっ!?」
シリウスが突然グーでレギュの額を小突いた。
強い力は入れてなかったようだ。ととんっとレギュは小突かれた反動で2,3歩後ろに下がる。
「いきなり何「普通、肉親には1番に生きてるって知らせるもんだろッ」
声は抑えていたが、強い口調でシリウスが言う。
「そんなに仲の良い兄弟ではなかったでしょう?」
「それでもだ!」
シリウスは下唇をぐっと噛み、何かの感情に耐えているようだった。
レギュはそんな兄の反応が意外だったようで、瞳を揺らして動揺している。
仲が悪いっていってもたった2人の兄弟だもんね。家族だもんね。
私は嬉しくなりながら2人を見た。
『2人共、ほら。お互いの無事を確かめ合って、抱擁しなよ』
「……そこまではいい」
シリウスが恥ずかしそうにスっと視線を逸らして言った。
『ふふ。そう照れずに!さあっ』
どんっ
シリウスの背中を押す。
「うがっ!?」
『げっ』
や、やってしまった……。
力の加減を間違えた。
私の馬鹿力で、シリウスの体が前へどんっと飛んでいく。
「くっ!?」
「うわっ」
重なり合うように倒れていくブラック兄弟。
どしーーーーん
ちゅっ
「「なっ!?!?」」
シリウスの唇がレギュの頬に触れた。
レギュの上から飛び退いて袖で口を拭くシリウスと頬を押さえてワナワナと震えているレギュ。
『あ、えーと、その。ごめん。ハハッ、ハハハ……』
「「ユキ(先輩)!!」」
『ご、ごめんって~~~~』
ピューとセブの後ろに避難。
「我輩の後ろに隠れるな!」
『隠れさせてよ~~~』
ブラック兄弟の前に私を出そうとするセブの腰にしがみつく。
「ユキ、私の後ろに隠れたらいいですよ?」
「お前のもとへは行かせはしない」
セブとクィリナスが睨み合う。
「フォッフォッフォッ。新しい仲間が増えて賑やかになったことじゃて」
朗らかにダンブーが笑った。
そしてダンブーはレギュを見る。
「不死鳥の騎士団に入ってはくれんかの?」
しかし、レギュは首を横に振る。
「申し訳ありません。お断りします」
「何故か聞いても良いかの?」
「僕はユキ先輩と行動を共にしたい。ユキ先輩は騎士団に入っていないと」
「という事は、ユキが騎士団に入れば君も騎士団に入ってくれるのじゃな?」
頷くレギュを見て、ダンブーが私を見た。
「何故騎士団に入ってはくれんのかの?」
『簡単に言うと、人の下に付き従うのが嫌だからです』
「儂はそんな暴君ではないぞ?」
『それでも、ご自身でも分かっているはずです。大きな目的を遂げる為に多少の犠牲は払うつもりでいると。私は元の世界でその多少の犠牲となる者達を沢山殺してきました。でも、今は、そういうのは……嫌だ。例え甘いと言われようと。私はもう、誰かの傀儡にはなりたくない』
「お前さんの過去が、騎士団という組織を拒絶しておるのじゃな」
『そうです。すみません』
「しかし困ったの。その多少の犠牲をお前さんは見過ごすことが出来んじゃろ」
『邪魔をするかもしれません』
「困った娘を持ったものじゃ……」
ダンブーは長い溜息を吐き出して、眉間を揉んだ。
「クィリナス、お主も儂よりもユキに付き従っていると言っていい」
クィリナスが無言でお辞儀をして肯定を示した。
「こんな者を騎士団に入れておいてもいいのですか?騎士団に、あなたに忠誠さえ誓わぬ者を」
「いいのじゃ、セブルス。彼の人生はユキを中心に回っていると言っても過言ではない。クィリナスはユキがいなければ、生きることさえやめていたのじゃ」
私は情熱的過ぎるクィリナスの視線から隠れるようにセブの後ろから出していた顔を引っ込めた。
「基本的には騎士団とユキ達は対ヴォルデモートの仲間として歩んでいくという風に理解していいかの?」
『それは勿論です』
「ふむふむ。それは心強いことじゃ」
私、レギュ、そしてクィリナスの目的はヴォルデモートの分霊箱を追うこと。
その事について騎士団と情報を共有しようという事になった。
クィリナスは私とレギュのグループと不死鳥の騎士団の両方に所属する。
騎士団の活動は、基本的にクィリナスから私に伝えられることになる。
フォークスが大きく羽を開く
「厳しい時代に突入する。過去のわだかまりもあろうが……皆、手を携えて進んで行こうぞ」
不死鳥が、私たちの団結を祝福するように、美しい一声を部屋に響かせたのだった。
第5章 慕う黒犬《おしまい》