第5章 慕う黒犬
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23.黒幕
バチンッ
私は門の両端の柱に羽のついた猪像が座るホグワーツ城の城門前に姿現しした。
すっかり夜となり、空には幾千もの星が瞬いている。
鉄の門を押してホグワーツ敷地内へ入る。
遠くにあるクィディッチ競技場からは歓声が聞こえてきていた。
『急ごう』
私は親指を噛んで血を出した。
そして両手をパンと合わせる。
『口寄せの術。来い、炎帝!』
煙とともに車両1両分はある大きな赤い鳥が姿を現した。
<おやおや>
炎帝が驚いたように目を見開いた。
いや、この怪鳥のことだ。驚いたふりをしただけのような気がするが。
兎に角炎帝は私の姿をまじまじと見つめている。
<こりゃあ酷いねぇ。そんな火傷、どこで負ったんだい?>
『悪魔の火ってのにやられたのよ。それより背中に乗せて。クィディッチ競技場まで急ぎたいから』
<お乗り>
私が炎帝の上に飛び乗ったと同時に炎帝が上昇する。
<女の体に傷を付けるなんて、酷い奴がいたものだ>
『そんなに酷い?』
珍しく私を気遣う炎帝に聞く。
<皮がめくれて赤くただれているよ。跡が残るんじゃないかい?>
『かもね』
<もう少し嘆きな。顔の右半分が火傷で赤剥けているんだ>
『気にしたってどしようもないでしょう?』
<まったく。相変わらず自分の事に関しては無頓着だね。早死するよ>
『炎帝こそ今日は珍しく私の心配なんかして。どういう心変わり?』
そう言うと炎帝は照れたのか鼻をふんと鳴らして飛ぶスピードを上げた。
次第に歓声が大きくなってくる。
スタジアムの上空に入った。
あちこちから「わあ」という歓声や、私の名を叫ぶ声が聞こえてくる。
「「「ユキ(先生)!」」」
『セブ、シリウス、グライド!』
私は迷路のスタート地点上空で炎帝を消し、地面へと着地した。
「どうしたその顔!」
走ってきたシリウスが私の前で止まり、衝撃を受けた顔で固まった。
『ヴォルデモートの悪魔の火でやられたのよ。情けない』
「悪魔の火!……よくぞ生きていてくれました」
レギュが声を細く震わせながら言う。
「直ぐに手当だ。歩けるか?」
『えぇ、セブ。でも……先にこっちへ戻ってきた生徒2人の様子を見たいな』
私は首を回した。
「闇の帝王なんです!戻ってきたんです。復活してしまった。えっと、僕は気を失ってしまっていて、気がついたら闇の帝王の姿があって……復活の様子はハリーが知っていると思います。それから沢山の死喰人の姿もありました。闇の帝王が呼んだんです。僕たちは―――
「ディゴリー、落ち着きなさい。まずはあなたの傷の手当てをしなければ」
「傷は痛みません。それより先に何が起こったか知らせないと!」
スプラウト教授が言うがセドリックは興奮しきっていた。
極度の恐怖と緊張状態から解放されて、喋らずにはいられないといった感じだ。私の存在にも気づいていない。
「僕たちはポートキーで戻ってきたんです。ハリーの……たぶんご両親が、僕たちに優勝杯がポートキーになっていると教えてくれて。それで、僕たち、優勝杯を掴んだんです。でも、ユキ先生はその場に残る判断をしたらしくって。あぁ、ユキ先生……!」
セドリックが辛そうに顔を歪めて片手で自分の顔を覆った。
心配させちゃったわね。申し訳なく思いながらセドリックの名前を呼ぶ。
「ユキ先生!?」
セドリックが顔を覆っていた手をどけて、パッと私を見た。
「戻ってきたんですね!良かった……無事で。お1人で残られて……どうなったかと……」
『そんな簡単に死んだりなんかはしないわよ。それより、セドリック。あなたこそ良く頑張ったわね』
「死の呪文を打たれたのですが、ユキ先生の守りの護符に助けられたんです」
『でもその後は自分の力で戦ったでしょう?とても勇敢だったわよ』
私はセドリックの両肩に手を乗せてポンポンと叩く。
「ありがとうございます」
セドリックが硬かった表情をようやく崩した。
『さあ、手当てをしに行きなさい。今は興奮して痛みを感じないのでしょうけど、だんだんと痛くなるわよ?あそこで起こった詳しい話は治療を終えたらしましょう』
「はい」
セドリックはスプラウト教授に背中を押され、エイモスさんと奥さんと一緒に医務室へ向けて歩いて行った。
迷路前にはホグワーツの先生、マダム・マクシーム、レギュに代表選手、ファッジ大臣と大勢の人がいた。
ハリーは誰と話しているのだろう?
『ハリーはどこです?』
彼の姿が見つからなくて聞くと、その場の全員が辺りを見回した。
「今さっきまでここにいちょったが」
ハグリッドが眉を顰める。
ハグリッドの言葉を聞いて、私、セブ、シリウス、ダンブーの血の気がサーっと引いていった。
「ハリーを探すのじゃ!」
「待って下さい。これで見る―――クソ!やられた!ハリーはムーディと一緒だ!」
シリウスが忍の地図を確認して叫んだ。
「何てことじゃ。ハリーが危ない!」
「どういうことです、アルバス?」
「説明は後じゃ、ミネルバ。シリウス、ハリーはアラスターの部屋か?」
「えぇ。今入りました」
「直ぐにアラスターの部屋へ!」
『炎帝に乗ってください。口寄せの術!』
再び大きな赤い鳥が出現した。
<今日は忙しいねぇ>
『ちょっと人数が多いけど乗せて』
「僕も行きます。ブルガリアでは闇祓いをしていましたから」
私、セブ、シリウス、ダンブー、ミネルバ、レギュが炎帝の背中に乗る。
炎帝は大きく羽ばたき、高く飛び上がった。そしてスタジアムを後にし、滑るように芝生の上を飛んでいく。
「それで、ムーディ教授がポッターといると何故危ないのです?」
ミネルバがダンブーに説明を求める。
「実はユキとシリウスからアラスターが一連の事件の犯人かも知れないと忠告されておったのじゃ」
「一連の事件というと、ポッターの名前をゴブレッドに入れたのはムーディ教授であると?」
「そうじゃ。それからバーテミウス・クラウチ・シニアを殺した犯人ものう」
ミネルバは顔を真っ青にさせて口に手を持っていった。
城の正面玄関前で炎帝から降りる。
『先に行っています』
「俺も行きます」
「僕も先に」
チャクラを足に集中させて早く走れる私たちが炎帝を降りて一番に走り出した。大理石の階段を段飛ばしで駆け上がっていく。
「ここだ」
シリウスがドアノブに手をかける。
「回らない。当然だな」
「アロホモラ……ダメです」
レギュが呪文を唱えたがドアノブが回らない。
『下がって。私が。2人は杖を構えて』
両足にチャクラを溜め込んで、助走をつけて飛び上がる。ドアに向かって思い切り飛び蹴りした。
バターーーンッ
扉に施されていた魔法ごとドアをぶち壊すことが出来た。
ドアとともに地面に足を付いた私は身をかがめる。
「「ステューピファイ!!」」
兄弟の声が重なった。
赤い閃光が飛んでいって、見事にハリーの後ろにいたムーディ教授に命中した。
ムーディ教授は仰け反るように吹き飛ばされ、床に投げ出された。
「お前、やるな」
「ブラックさんも」
難しい位置、ドアが壊れた埃が舞う中、正確にムーディ教授に呪文を打った2人。
2人はお互いの力量を認め合い、小さく笑みを交わした。
「間に合ったか!?」
ダンブーを先頭にセブとミネルバがやってきた。
「えぇ。ハリーは無事のようです」
シリウスがハリーの元へ歩み寄り、ハリーの背中に手を添えた。
「まさか偽物を潜り込ませていたとは。ユキ、シリウス、忠告してくれておったにすまんかったの」
ダンブーはそう言いながら意識を失ったムーディ教授の体の下に足を入れ、蹴り上げて顔がよく見えるようにした。敵といえ扱い雑……
「こやつはいったい何者か……」
私は驚いていた。
ダンブーもこんな表情をすることがあるんだ。
気を失ったムーディ教授を見下ろすダンブーの形相は、普段のダンブーの様子からは想像できないような顔だった。
柔和な微笑みは消え、瞳にはキラキラした踊るような光はない。
年を経た顔の皺一本一本に冷たい怒りが刻まれていた。
この顔を見ていた私は、私も覚悟せねばと思った。
ダンブーはこれから先のヴォルデモートとの戦いの中で、勝つために非情な決断をすることが出てくるだろうと思われる。勝つためには多少の犠牲は厭わないだろう。
その犠牲が私の大切な人たちだったら……私はダンブーと対立することになる。
これしか道はないと言われても、私はダンブーに反抗するだろう。
忍らしくない考え。
大望を成すには多少の犠牲は払わなくてはならない。
私が暗部でダンブーが上司だったなら、迷わずダンブーの決断に従っただろう。しかし、今は違う。
私は好きな人達を守りたい。
それがどんな結果を伴うか不安はあるけれど、それでも、だれかの命と引き換えに平和を得るような方法は取りたくない。
これがどんなに甘い考えかは分かっている。
分かっているが、私は自分の心に従いたいのだ。
「さあ、いらっしゃいポッター」
今にも泣き出しそうな様子でミネルバがハリーに声をかけた。
「行きましょう、医務室へ」
「待つのじゃ」
「アルバス、この子には休息が必要です。今夜一晩でもうどんな目に遭ったか……」
「いいや。ここに留まらればならん。この子に納得させる必要があるのじゃ」
ミネルバとダンブーが話しているうちにシリウスが手錠を出して、無理やり椅子に座らせたムーディ教授の両手を後ろ手に施錠した。
「ムーディ教授が……何で、あんなに僕たちに良くしてくれたこの人が……先生、この人は偽物だと言いましたね。この人は誰なんです?」
ハリーが放心状態で気を失ったムーディ教授を見ている。
その時、気を失っていたムーディ教授に変化が起こった。
顔が醜くぐにゃりと歪み始めた。
顔に走っていた傷跡は消え、肌が滑らかになり、そがれた鼻はまともになり、顔が一回り小さく、若くなった。
長いたてがみのような白髪まじりの髪は、頭皮の中に引き込まれていき、髪色が薄茶色に変わった。
義眼がポトリと落ちて、本物の目が現れる。
ガタンと音がしたかと思うと、床に義足が転がっていた。
『久しぶりに会った』
アルヴァニアの森で戦ったことを思い出す。
「俺もだ。バーテミウス・クラウチ・ジュニア……アズカバンの独房に連れてこられるコイツを見たことがある。ハリーも憂いの篩で見ただろう?」
「はい……まさかムーディ教授がバーテミウス・クラウチ・ジュニアだったなんて」
私たちが真犯人に驚いている横では、ダンブーが7つの錠前がついたトランクのところへ歩いて行った。
「セブルス、お前さんの持っている真実薬の中で1番強力なのを持ってきてくれぬか。それから厨房へ行き、ウィンキーという屋敷しもべ妖精をつれてきて欲しいのじゃ。今だけ姿現し出来るようにしておこう」
バチンッと姿くらましでセブが部屋から出ていった。
ダンブーは鍵をトランクの鍵穴に入れている。
1本目の鍵を鍵穴に差し込んでトランクを開けると、呪文の本がぎっしりと詰まっていた。
2本目の鍵を鍵穴に差込みトランクを開けると、呪文の本は消えていて、羊皮紙、羽ペン、銀色の透明マントらしきものが入っていた。
ダンブーはトランクを開けては閉じを繰り返した。そして、7本目の鍵を鍵穴に入れて鍵が回され、トランクが開かれる。
『あ!』
トランクの中は竪穴のような、地下室のようなものになっていた。
3メートル下ほどの床に横たわっているやせ衰えた男性。
「アラスター!無事かの?」
「どう、にかな……ポッターは……?」
「うむ。ハリーも無事じゃ。今すぐ助け出すからの」
ダンブーは本物のムーディ教授に向かって杖を振った。
体がふわふわと浮き上がってムーディ教授の体は空いている椅子の上に収まった。
「アラスター、医務室へ向かうかの?」
「いや、事の成り行きを見ていたい」
「うむ。そう言うと思っておった」
バチンッ
姿現わしでセブとウィンキーが姿を現した。
ウィンキーは口をあんぐりと開けて金切り声を上げた。
「バーティ様!こんなところで何を!?」
ウィンキーは飛び出してクラウチ・ジュニアの胸に縋り付いた。
「あなた達はバーティ様を殺されました!坊ちゃまを殺されました!」
『落ち着いて、ウィンキー。失神術にかかっているだけよ』
私はウィンキーを抱き上げてクラウチ・ジュニアから引き剥がす。
「セブルス、薬を持ってきてくれたかの?」
「はい」
セブから真実薬を受け取ったダンブーは、クラウチ・ジュニアの口をこじ開けて真実薬を3滴口の中に垂らした。
杖をクラウチ・ジュニアの胸に当てて蘇生呪文を唱える。
「うぅ……」
クラウチ・ジュニアは目を開けた。
顔は緩み、焦点の合わない目をしている。
「聞こえるかね?」
クラウチ・ジュニアは目をパチパチしてから「はい」と答えた。
「どうやってここに来たのかを。どうやってアズカバンを逃れたのじゃ?」
真実薬は十分に効果を発揮してくれた。
ペラペラと、クラウチ・ジュニアは話していく。
ディメンターの目が見えないことを利用して、ポリジュース薬を使って、自分の母親と入れ替わって独房を脱出したこと。
父親に服従の呪文をかけられて監視下に置かれていたが、服従の呪文に耐性がつき、家から逃げ出したこと。
その後、ヴォルデモートを探し出し、彼に仕え始めたこと。
クィディッチワールドカップで闇の力が強まり始めていることを知らしめる為に闇の印を打ち上げたこと。
ヴォルデモートの命でムーディ教授になり代わり、ホグワーツに侵入し、ハリーを4人目の代表選手にした事を話した。
「お前さんの父親、クラウチ氏が急に姿を現さなくなった訳を話すのじゃ」
「あいつは俺がムーディに化けていると気づき始めた。しかし、どうしたものかと考えあぐねていた。
俺をムーディだと告発すれば、アズカバンから脱出させた事もバレてしまうからな。父が考えあぐねている間にご主人様が下僕と共に父の家を訪れ、私の憂いを払ってくださった。私の為に何と感謝したら良いことか……!」
ヴォルデモートの下僕、ペティグリューがクラウチ氏に服従の呪文をかけてクラウチ氏を管理し始めた。
しかし、クラウチ・ジュニアと同じようにクラウチ氏も服従の呪文に耐性が出来始めた。そして、ある晩逃げ出したのだ。
真実を告げようと、ホグワーツへと――――
「お前さんは自分の父親を手にかけたのじゃな?」
「あぁ。そうだ。なんとも痛快な瞬間だった。あの男には恨みがあったからな」
ニヤニヤと楽しそうに笑ってクラウチ・ジュニアは答えた。ウィンキーが悲鳴を上げる。
「何て事を!何て事をなさってしまったのですか、お坊ちゃま!」
ウィンキーが両手で顔を覆って大粒の涙を流した。
ポタリポタリと涙が床に染みを作る。
私は抱いているウィンキーの腕をあやすように優しくトントンと叩いた。
「俺が優勝杯をポートキーに変え、ご主人様の計画は上手くいった。あのお方は権力の座に戻られた。そして俺は、他の魔法使いが夢見ることも叶わぬ栄誉をあのお方から与えられるであろう……!」
狂気の笑みがクラウチ・ジュニアの顔を輝かせている。
ダンブーがクラウチ・ジュニアから視線を外して振り返った。
「ミネルバ、ハリーを上に連れて行く間、ここの見張りを頼んでもよいかの?」
「分かりましたわ」
ミネルバは毅然とした顔をして、クラウチ・ジュニアに杖を向けた。
「セブルス、アラスターを医務室へ運んでやってくれ。その後でコーネリウス・ファッジを探してこの部屋に連れてきてくれ。ファッジは間違いなく自分でクラウチを尋問したいじゃろうから。ファッジに、もし用があれば儂はあと1時間もしたら医務室に行っておると伝えてくれ」
「分かりました」
「シリウスはハリーに付き添って今から校長室へ来てくれ」
「はい」
『私はミネルバと一緒にここに残りますね』
「馬鹿を言うでない。お前さんがこの部屋の中で1番の重症じゃ。マダム・ポンフリーに直ぐに診て頂く必要がある。ミネルバと残ってもらうのはチェーレンさんに頼もう」
有無を言わせない口調でダンブーが言った。
『ミネルバ、気をつけてね』
「あなたこそ……ユキ……」
ミネルバは私の顔を見て、辛そうに顔を歪ませて涙ぐんでしまった。
『グライドも気をつけて』
「えぇ……」
辛そうな顔をするミネルバとレギュに微笑んで、私はセブ、担架に乗ったムーディ教授と共に医務室へと向かう。
医務室の扉を開けるとモリーさん、ビル、ロン、ハーマイオニー、栞ちゃんが弱りきった顔をしたマダム・ポンフリーを囲んでいた。
どうやら「ハリーはどこか」「ハリーの身に何が起こったか」問い詰めていたようだ。
ハリーが来たかもと期待してこちらを向いた皆に肩を竦める。
『ごめんね、ハリーじゃなくて。でも安心して。ハリーは無事だから』
ハーマイオニー、ロン、栞ちゃんは私の顔を見て硬直している。
「ユキ先生何があったんです……!」
マダム・ポンフリーが声を引きつらせながら聞いた。
『悪魔の火にやられまして』
「悪魔の火ですって!」
サッとマダム・ポンフリーの顔が青くなった。
「よくぞ生き抜いてくれました。さあ、あのベッドに座っていて。あぁ、でも……」
マダム・ポンフリーは唇をワナワナと震わせながら薬棚へと向かった。
『セドリック』
「ユキ先生」
『怪我の具合はどう?』
「はい。治療して頂いたから大丈夫です」
エイモスさん、奥さんに囲まれているセドリック。
彼が生きていてくれて本当に良かったと思う。
思えば、あの墓場の風景、妲己に見せられたセドリックが死んだ場所に似ていた。セドリックの死を防ぐことができた。
ヴォルデモートは復活してしまったけど、セドリックとハリーが生きていることが私の中で何よりも大きなことだった。
私はセドリックとムーディ教授の間のベッドに座った。
「その呪いは誰から受けた?」
掠れた声で隣のベッドに寝るムーディ教授が聞いた。
『ヴォルデモートです』
空気が凍った。
おっと、やってしまった。
『闇の帝王、です』
私は言い直す。
「闇の帝王の呪いなら相当強いものを受けただろう。辛いところだな……」
『やっぱり、痕残りますかね?』
「善処しますわ」
ムーディ教授の暗い声を振り払うようにマダム・ポンフリーが言いながら薬品を持ってベッドへとやってきてくれた。
「ユキ……」
名前を呼ばれてセブを見ると苦しそうな顔で私を見ていた。
『セブはファッジさんのところへ行かないと。そんな顔しないで。私は生きているんだし』
「……後で見舞いに来る」
セブは両拳をギュッと握ったまま、くるりと反転し、医務室を出ていった。
ベッドの周りのカーテンが引かれる。
全部の服を脱ぐ。火傷が服にこびりついて脱ぐのが痛かった。
マダム・ポンフリーが火傷に薬を塗ってくれる。
ドロッとした液体が傷口に触れ、ビリビリと痛んだ。
背中側も、胸側もまだら模様になって火傷していた。
火傷していない箇所はないくらい。もちろん、目立つ顔も、目立たない秘所も。
秘所だけでも何とか守っておくべきだったと軽く後悔。薬を塗ると、他の箇所より異常に痛い。
「やはり悪魔の火は他の火傷と違うわ……」
『でも、薄くなっていますね』
「それでも、女性の顔に……。私の力不足だわ。これ以上手の施しようがない」
『後は私のやり方で頑張ってみます』
「忍術の医療でどうにか出来る?」
『火傷痕はどうにもなりませんが、凝縮することくらいなら出来ます。まだ出来立てですし』
ゆっくりと赤い火傷痕が移動していく。
顔にあった痕は首へ移動し、肩を通って背中へと動く。
『痛ったッ!!』
元暗部が情けない。
痛いものを痛いと叫んでしまうなんて恥ずかしい。
「まあ!火傷痕が顔から綺麗に消え去って……他の箇所も……背中に火傷痕を集めたのですね」
『集めすぎて火傷が復活してしまいました』
「薬を塗りましょう」
背中なので見えないが、集めた火傷痕は集合して、その為にかさぶたに変わっていた痕が再びじゅくじゅくした火傷に変わってしまったようだ。
右の肩甲骨あたりから左の脇腹横までジクジクとした痛みが走っている。
「治らないわ」
『火傷痕を凝縮した―――呪いの痕が集まったとも言えます。悪魔の火の傷跡が凝縮された状態ですから薬が効きにくいのでしょう。それでも、火傷はゆっくりと乾いて塞がっていきますから』
マダム・ポンフリーは私の背中の火傷に十分に薬を塗って包帯を巻いてくれた。
マダム・ポンフリーがベッドのカーテンの内側から出ていった後、私は困っていた。
ボロボロの忍び装束を着がえてベッドに入るのはどうかと思う。衛生的じゃない。
かと言って他の装束に着替え、その装束をチャクラの力で維持させておくのは少々疲れる。
おっくうだが、一度部屋に戻って着替えを持ってこよう。と思った私は目を疑った。
ベッドの上に寝巻きが現れたのだ。私が普段使っている、浴衣の、寝巻きが!しかも浴衣の上にはショーツまで乗っているし……
こんな事を出来るのは1人しかいない。
ありがとう……クィリナス……
と言いたいところだが、いったい何時からカーテンの内側にいたんだ!私、全裸だったんですけど!!
私は今も近くにいるかも知れないクィリナスに恐怖を覚えながら、大急ぎで下着を履いて浴衣に着替えたのだった。
着替えてシャッとカーテンを開ける。
「あ……」
声の方に視線を向けると、栞ちゃんがこちらを見て、ボロっと涙を零した。
「治ったんですね!」
『目立つ箇所の火傷を背中に移動させたの』
「凄いな、お前さん。これが忍の技か」
隣のベッドのムーディ教授が言った。
ゴブレッドを持って上体を起こしている。
「お前さんの事はアルバスから聞いていた。それから日刊預言者新聞からも情報を得ていた。O.W.L.やN.E.W.Tの科目になったと。そういった情報なら入っている」
ムーディ教授は私に手を伸ばした。
「改めて、アラスター・ムーディだ」
『はじめまして。私は忍術学教師のユキ・雪野と申します』
私たちが握手するのをロンたちが不思議そうに見ている。
『彼らに話してもいいと思いますか?』
「あぁ。いずれ分かることだ。話してもいいだろう」
私は優勝杯がポートキーになっていた事、ヴォルデモートが復活したこと、ムーディ教授が偽物だったことなどを掻い摘んで話した。
ヴォルデモートが復活した事を聞いていた全員が顔を青くさせる。
『でも、兎に角、セドリックもハリーも無事だったんだから』
「そう、そうですよね。2人共、よく戻って来てくれたわ!」
セドリックのお母さんが、涙ぐんでセドリックの手をギュッと握った。
私は医務室の扉を振り返った。
人の足音がやってくる。
扉が開いて入ってきたのはハリー、シリウスだった。
「ハリー!ああ、ハリー!大変な目にあって!」
モリーさんはハリーに駆け寄ってハリーを抱きしめた。シリウスは私たちを見て息を吐き出す。
「どうやら事のあらましを聞いているようだな。良かった。ハリーももう1度あの話をするのは疲れるだろうと思っていたから。さあ、ハリー。寝るといい。ゆっくりと休息を取らなければ」
ハリーは1番奥、セドリックの隣のベッドに寝かされた。
薬棚から戻ってきたマダム・ポンフリーが紫色の液体をゴブレッドに注いだ。
「この薬で夢を見ずに眠ることができます」
薬を飲んだハリーは直ぐに夢の中に入っていった。
『ハリーはよく頑張ったわ』
「あぁ」
シリウスは頷いてハリーの眼鏡を外してベッドサイドチェストに置いた。
そして私の顔を見て、優しい笑みを浮かべそして、ガバリと抱きついた。
『痛ったーーーーー!!』
「す、すまねぇ!」
痛みに悶絶して体を曲げていると、ギャッというシリウスの声が聞こえた。
顔を上げればシリウスの頬には三本線がくっきり。
「ニャー!」
いつの間にか姿を現していたアビシニアンクィレル。
「こ、こいつっ!」
怒った顔のシリウスの視線の先には毛を逆立ててフーッと声を出しているクィリナス猫の姿がある。
「何をしているんです!」
事務所から戻ってきたマダム・ポンフリーが目を吊り上げた。
「これはユキ先生の猫ですね。まあいつの間に入ったのやら」
「医務室に動物は厳禁ですよね。追い出します」
シリウスが杖を取り出した。が、思わぬ人がクィリナスに助け舟。
「以前ユキ先生が倒れて何日も寝込んだ時にこの猫ちゃんはずっと良い子にしてユキ先生に付き添っていたんです。別にいてくれても構いませんよ」
とマダム・ポンフリーが言った。
クィリナス猫はミャーと甘い声で鳴いて私の足に体を摺り寄せてくる。
私はクィリナスを持ち上げて枕元にそっと置いた。
『私も少し休むわ』
「ユキ」
『ん?』
「顔の火傷痕、残らなくて良かったな」
『シ、シリウス!』
シリウスは私の顔を両手ではさみ、私の額に自分の額をくっつけて囁いた。
シリウスの大胆な行動に私は声をひっくり返らせる。自分の頬が熱を持っていくのを感じる。
「にゃごーーー!!」
シリウスに飛びかかるクィリナス猫。準備が出来ていたようで、腕に爪を立ててきたクィリナス猫をシリウスが床に打ち払う。
「にゃごごごごごっ」
「こんの変態猫っ」
「あなたたち!!」
ガツンとした怒鳴り声にシリウスとクィリナス猫がゆっくりと首を回せば、鬼の形相のマダム・ポンフリーが立っていた。
「お行儀の悪い子達は医務室から出て行ってもらいますよ?」
「し、静かにします」
「みゃあぉ」
シリウスとクィリナス猫は臨戦態勢を解いて、シリウスは椅子に、クィリナス猫は私の枕元に体を丸めたのだった。
やはり馴染みのない人、一緒に生活していたクィリナスとシリウス以外の人が近くにいると眠れない。
でも、体をベッドに横たえて休息することができた。
どのくらい時間が経っただろう。
まだベッドに横になってから1時間も経っていないと思う。
医務室の扉の外から騒がしい声が聞こえてきた。
みんなも気づいたらしい。
「ファッジの声だわ」
「それとマクゴナガル教授の声も。何か言い争っているみたいだな」
モリーさんに続いてシリウスが言った。
怒鳴り声が近づいてきてバーンと医務室の扉が開いた。
ハリーが飛び起きた。
ファッジ大臣がドカドカと病室に入ってきた。
その後にミネルバ、セブ、レギュが続いている。
「ダンブルドアはどこかね?」
ファッジ大臣が病室を見渡した。
『まだここにはいらっしゃっていませんよ』
「大臣、病室ですからお静かに!」
ハリーが飛び起きてしまったのを見て眉を顰めてファッジ大臣を見ながらマダム・ポンフリーが言った時だった。扉が開き、ダンブーが入ってきた。
「何事じゃ?病人たちの迷惑じゃろう。ミネルバ?クラウチ・ジュニアを見張るようにお願いしておいておったはずじゃが―――」
「大臣がその必要がないようになさったのです!」
ミネルバがこんなに取り乱したところは初めて見た。
「今夜の事件を引き起こした死喰人を捕らえたと、ファッジ大臣にご報告したのですが」
セブが目を細めてファッジ大臣を睨みながら言う。
「ファッジ大臣はご自分の身が危険だと思われたらしく、城に入るのに吸魂鬼を1人呼んで自分に付き添わせてクラウチ・ジュニアのいる部屋に入ったのです」
ここまで説明して何が起こったのか分かった私たちはファッジ大臣に鋭い視線を向けた。
「ま、魔法大臣として護衛を連れて行くかどうかは私が決めることだ。尋問する相手が危険人物とあらば―――」
「何て事をしてくれたんだ!クラウチ・ジュニアは物言わぬ屍になってしまった!何てことを!」
シリウスが大臣に掴みかからんような勢いで詰め寄る。
「どのみちクラウチがどうなろうと何の損失にもなりはせん!あやつはもう何人も殺しているんだ。裁判にかけられても死の接吻が待っていた」
「だが、裁判で証言する機会が失われてしまったのじゃぞ」
ダンブーの言葉をファッジ大臣は鼻で笑った。
「機会など必要ない。奴の主張は滅茶苦茶だ。奴は例のあの人の命令で殺しを行ってきたと思い込んでいたらしい」
「たしかにヴォルデモート卿の命令じゃったのだ、コーネリウス!」
ダンブーがヴォルデモートの名前を言った時、ファッジ大臣が目を大きく見開いて恐怖の表情で固まった。
「ここに証人が3人もいる。ヴォルデモートは肉体を取り戻した」
「ば、馬鹿馬鹿しい。全員頭でも打ったのか……闇の帝王が復活したなどと―――」
『復活しましたよ。そして私は戦いました。私の記憶を覗きますか、大臣?』
「僕の記憶を見てもらっても構わない」
ハリーが叫んだ。
「そ、そんな必要はない!雪野教授は忍の者だ。我々の知らない術で闇の帝王が復活したと偽りの記憶を見せることも出来る!」
『そんなことするメリットがどこにあります?』
私は呆れて溜息を吐いた。
『記憶以外にも証拠がありますよ。戦いのあった墓場に死喰人たちの死体が残っています』
私の言葉を聞き、ファッジ大臣は真っ赤な顔でブルブルと震え、言葉を探している。
「死体、など、証拠にはならないっ。闇の帝王が復活した証拠にはな!ただ、君たちは……クィディッチワールドカップの時のように死喰人の起こす騒ぎに巻き込まれただけなのだ!」
『無茶なこじつけです。闇の帝王は復活した。嘘を言ってどうなります?』
「そうですよ!僕たちの話を信じてください!」
ハリーが叫んだ。
ファッジ大臣はハリーを睨みつける。
「し、知っているぞハリー・ポッター!君はちょっとまともではないようじゃないか。いたるところで発作を起こし、傷跡が痛むと虚言を吐く」
そして視線は私に戻る。
「―――それに雪野先生、あなたは厳重注意で見張らなければならないようですな。火の国から来た?杖を使わず魔法を使う国々は多々ある。そのどこからか送り込まれた、英国魔法界を陥れようとしている敵国のスパイだ!」
そう怒鳴りながらファッジ大臣が私を指さした。
「ファッジ大臣、あなたが現実を見て、すぐさま必要な措置を講じれば、我々はまだこの状況を救えるかも知れぬ」
続けてダンブーが言ったのは、吸魂鬼をアズカバンから取り除くべきだという助言。
何故なら吸魂鬼たちはヴォルデモートの一声でたちまちヴォルデモートと手を組むだろうから。
そして巨人族に友好の手を差し伸べること。さもないと、以前ヴォルデモートがやったように、ヴォルデモートは自分だけが巨人に権利と自由を与えると説得し、手を組もうとしていると言った。
ファッジ大臣は息を呑み、頭を振り振り、ダンブーから遠ざかった。
「私が巨人と接触したなどと魔法界に噂が流れたら―――私の政治生命は終わりだ」
「今儂が言った措置を取って、歴代の魔法大臣の中で最も勇敢で偉大な大臣として名を残すか!それとも行動せずに営々と再建してきた世界を、ヴォルデモートが破壊するのを、ただ傍観しただけの男として名を残すか―――!」
ダンブーは声を荒らげファッジ大臣の方へ一歩踏み出した。
ファッジ大臣は一歩、後ろへと後ずさる。
「正気の沙汰ではない……狂っている……」
沈黙が流れ、ダンブーが息を吐き出す。
「目を瞑ろうという決意が固いなら、袂を分かつ時がきた。あなたはあなたで行動すればよい。儂は儂の考え通りに行動する」
「私はいつだってあなたの好きなようにやらせてきた。狼人間を雇ったり、ハグリッドを雇ったり、忍術学を勝手に開講したり……しかし、あなたが私に逆らうなら―――」
「儂が逆らうのは1人しかいない。ヴォルデモート卿じゃ」
ファッジ大臣はどう答えたら分からないらしく、ぐっと言葉を詰まらせた。
「戻ってくるはずがない……そんなはずは……」
「見るがいい」
セブが左袖をめくって前腕をファッジ大臣に突き出した。
「この闇の印は1時間ほど前には黒く焼け焦げ、もっとはっきりしていた。この印は今年になってから鮮明になってきていた。カルカロフのもだ。そして奴は今夜逃げ出した。カルカロフは闇の帝王の復讐を恐れたからだ」
「スネイプ教授も、先生方も、何をふざけているのやら……私にはさっぱりだ。ハハ。さて、ダンブルドア。もう言う事はない。学校経営について話があるので明日連絡する。では、失礼」
ファッジ大臣は急ぎ足で出ていった。
「ビル、アーサーに魔法省で真実が何かを理解できる者を探して欲しいと伝えておくれ」
重い溜息を皆が吐き終えたのを見て、ダンブーが言った。
「分かりました」
「それには私も協力します。一緒に行こう、ビル」
「はい、エイモスさん」
その他にもダンブーは指示を出した。
ミネルバにはハグリッドとマダム・マクシームに校長室に来て欲しいと伝えて欲しいと
シリウスにはリーマスや他キングズリーといった人達と連絡を取り、警戒体制を取るように言った。
たぶん彼らは不死鳥の騎士団員なのだろう。
リーマスの家を拠点とするらしく、何かあったらダンブーはリーマスに連絡するとも言った。
セブには曖昧な頼み方で何かを頼んでいた。
いつもより青ざめて見えるセブは「大丈夫です」と呟くように返事をして部屋から出て行った。
死喰人たちの所へ行くのだ。直ぐにそう予想がついた。
そう考えた瞬間、ぞわわと身の毛がよだった。セブが危険な場所に行く。
今まで魔法薬学の教授として過ごしてきたセブ。死喰人の活動には加わっていない。裁判でもヴォルデモート失脚以前にダンブー側についたとして無罪になっていた。
ダンブー側に寝返ったと思われないだろうか?心配で、体の臓器が捩れるような感覚。
『ちょっと失礼』
私はセブを追って医務室を出ていった。
『セブ』
セブは階段を降りているところで捕まった。
「どうした?ダンブルドアから伝言か?」
『ごめん。違うの』
堪らず追ってきたが、何と言ったらいいのか分からなくて私は棒立ちしてしまう。セブが不思議そうに首を傾げた。
『えっと、あの、私……いや、その……』
「火傷の痕が消えて良かったな」
上手く言葉を紡げない私を見て、セブが優しく言った。
『あ、うん。火傷痕を背中に移動させたの。一箇所に。まだグチュグチュしてるけど、そのうち普通の火傷と同じように治るってマダム・ポンフリーが』
「そうか」
そっと手の甲でセブが私の頬に触れた。
「そろそろ行かねばならぬ」
『うん。気をつけて』
「それだけかね?」
薄らと唇に弧を描いて、片眉を上げてセブが聞いた。
カーっと顔に熱が集まっていくのが分かる。
私は恥ずかしさを押し込めながら『屈んで』と言った。
少し屈んだセブ。
私はセブの肩に手を置き、背伸びをして頬に口付ける。
「心配するな。戻ってくる」
『うん……』
黒いマントを翻し、セブは去って行く。
私は不安の渦に飲み込まれそうになりながら、セブは大丈夫だと、自分に言い聞かせながら、彼の背中を見送ったのだった。