第5章 慕う黒犬
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
22.直前呪文
火の玉の明かりだけに照らされた薄暗い蔓のドームの中。蔓が私めがけて襲いかかってくる。私が完全獣化しようとしたその時だった。
『!?』
足元が消えて、ぐんと引っ張られる感覚を感じる。
ハリーが渡していたポートキーになっている札を破いたのだ。
優勝杯と共に消えた2人はかなりの危機的状況に置かれていると予想できる。
風の唸り、色の渦の中で私は両手を組んだ。
術を直ぐに発せられるようにだ。
色の渦が急に安定し視界が鮮明になり、耳元でなっていた風の音が消える。移動先へと到着した私は目を凝らす。
ヴォルデモート……!?
正面に見えたのは沢山の死喰人と思われる人たち、そして、輪の中心にいる1人の男。
骸骨よりも白い顔、真っ赤な不気味な目、切れ込みを入れたような鼻の穴を持つ背の高い男。
状況からしてヴォルデモートに違いない。それに賢者の石事件の時にクィリナスの頭についていた顔と何となく似ている。
何より、ハリーに杖を向けているのだ。奴は敵以外の何者でもない。躊躇する要素はない。
「貴様はっ!」
私を確認したヴォルデモートから声が上がる。
『火遁』
私は呪文を唱えながら印を組んだ。
『火炎砲!』
「アグアメンティ」
ヴォルデモートの杖から噴き出した巨大な水の塊と私が出した炎がぶつかる。
炎と水は空中で衝突して相殺された。
辺りには水飛沫と炎の欠片が飛び散り、キラキラと地面へ落ちていく。
『ハリー無事!?』
「は、はいっ」
『セドリックはどこ!?』
「ここです」
5、6メートル先にある墓の影からセドリックが顔を出した。
『怪我は?』
「大丈夫です」
力強いセドリックの声にホッとしながら印を組む。
『多重影分身の術』
私はひとまず2人が無事であることに安堵しながら影分身を2体出し、1体はハリーの前に立たせ、もう1体はセドリックの方へと向かわせる。
「ハリー、安全なところへ」
影分身がハリーを白いマリア像の後ろへ促そうとした時だった。
「させるか!アバダ・ケダブラ」
『呪術返し』
「っ!アバダ・ケダブラ!」
ヴォルデモートが放った死の呪いを弾き返し、弾き返された呪文をヴォルデモートが死の呪いで相殺する。
やられてくれなかったか……。
復活したてだから動きが鈍いのではと思っていたのに。流石は闇の帝王だけある。戦いに慣れている様子だ。
「お前たち何をしている!全員殺せ!ポッターも、小僧も、雪野も殺せッ。俺様への忠誠を見せるのだ!」
『お生憎。全員尻尾を巻いて逃げることになるわ。火遁!』
死喰人、ヴォルデモートの頭上と足下に円い魔方陣が出現する。
全員焼き尽くす!
「姿くらましで避けろッ」
『大煉獄』
ヴォルデモートと私の声が重なった。
バチンッ、バチンッと姿くらましをした音と、ゴオオォと火の柱が燃える音が辺りの静けさを破って響く。
「ぎゃあああ!」
逃げ遅れた死喰人の絶叫。
灰と化した死喰人も数人いたが、逃げられた者もいた。
マントを火で燃やして慌てて脱いでいる者や、重度の火傷をおって地面に倒れて呻く者もいる。
私は周囲に視線を慌ただしく走らせた。ヴォルデモートはどこ?
「アバダ・ケダ「させるか!」
後ろを振り向くと、ハリー目掛けて杖を振り上げるヴォルデモートの姿。
影分身の私がヴォルデモートに蹴りを入れる。
バチンッと再び姿くらましの音が聞こえた。
ヴォルデモートは私の影分身に蹴りを入れられる前に逃げたのだ。
『チョロチョロと……』
近距離戦は得策でないと判断したらしい。
天使像の前に移動したヴォルデモートがハリー達に杖を振った。
「悪魔の火を受けるがよい」
炎がバジリスクの形をなしてハリー達へと襲いかかっていく。
「火遁・火炎砲―――っく!」
ヴォルデモートの炎の方が強い。影分身の炎は空中でヴォルデモートの炎に呑み込まれてしまった。
しかも炎はハリーの前に立つ私の影分身へと向かわず、影分身を飛び越えて、ハリーへと襲いかかる。
影分身は急いでハリーと悪魔の火の間に入った。
「呪術分解」
『ハリーこっちへ走ってきて!』
ヴォルデモートの炎を受け止める影分身の後にいたハリーは、私目掛けて走ってくる。
ポンとヴォルデモートの炎を受け止めていた影分身が消えた。力負けしたのだ。
『セドリック!姿くらましできるわね?ハリーを付き添って一緒に姿くらましして。ハリー、セドリックの元まで走りなさい』
「愚かだな。作戦を敵に知らせるとは。ハリー・ポッターを小僧のもとへ行かせるな。雪野は俺様がやる」
『呪術分解!』
再び黒い炎がバジリスクの姿をなしてこちらへと襲いかかってくる。
「ステューピファイ」
数メートル先ではセドリックが死喰人が放つ紫色の閃光を弾き返していた。
今やセドリックと私の影分身の周りには死喰人たち15人ほどが囲んでいた。
「ハリー・ポッター、行かせはしない。くくっ」
ハリーは私の影分身もつかず危うい状態だった。
影分身を出してハリーの元へ送りたくとも、悪魔の火が私を追いかけてきて影分身を出す暇がない。
ハリーは死喰人たちに囲まれていた。
じりじりとハリーを囲む輪を狭めていく死喰人たちの腕が一斉に上がる。
優先すべきは生徒だ。
私は完全獣化した。
ドラゴン程の大きさになった体。これでハリーを囲む死喰人たちまで手が届く。
私は獣の手をビュンと振った。
「ぎゃあっ」
「ぐっ」
「うわあっ」
吹き飛ばされていく死喰人たち。
それと同時に私の横腹へ悪魔の火が激突した。
『ぐうぅ』
「ユキ先生!」
悲鳴に近いハリーの叫び声が墓場に響く。
吹っ飛んでいった私の体は墓石を壊しながら地面を数度バウンドし、止まった。獣化した私の体を悪魔の火が覆う。
熱い
苦しい
じりじりと肌を焼く感覚。
『がう……がう、ぎゃううぅっ』
はね除けろ。チャクラで体を覆い、悪魔の火を相殺するんだ。
こんなところで負けている場合じゃない。私が負けたらハリーとセドリックが……!
ヴォルデモートの高笑いが聞こえる。
「雪野はこれでいい。ハリー、君の先生は呪いの炎にじわじわと体を焼かれて死んでいくのだ」
「嘘だ!ユキ先生はお前の術なんかに負けたりはしない!」
「そう信じているがいいさ現実を見ない愚か者よ。しかし、さあ、やっと邪魔者がいなくなったんだ。ようやく2人で楽しめるな。何をする?そうだ。決闘がいい。お前だってただ俺様の一撃であっけなく殺されるより、名誉をかけた決闘で死にたいだろう?お前たちは下がっておれ」
ヴォルデモートがユキになぎ飛ばされた死喰人達とは別の、ハリーの元へ向かおうとしていた死喰人たちに指示を出し、ハリーに杖を振った。
「ハリー、互いにお辞儀をするのだ」
ハリーは見えない手で背骨を押されたようにぐいっとお辞儀させられた。
ヴォルデモートは蛇のような顔を真っ直ぐハリーに向け、せせら笑いながら軽く腰の骨を折る。
ハリーを助けたいのに今はこの悪魔の火に抵抗するので精一杯。
セドリックと私の影分身も墓の後ろに隠れながら死喰人たちとやり合っているが苦戦しているようだ。
十八番の火遁・大煉獄を繰り出しているが、姿くらましで避けられている。
消えては死角に現れる死喰人達と戦うので精一杯でハリーを助けに行くことは難しそうだ。
本体で使える魔力が減るからと影分身を出し惜しみせずにもっと多く出しておけば良かった―――っと後悔なら後からしよう。今は早くこの悪魔の火を消さなくては……
「よろしい。さあ、今度は男らしく俺様の方を向け、背筋を伸ばし、お前の父親が死んだ時のように――――さあ、決闘だ」
ヴォルデモートが杖を振った瞬間、身を引きちぎられるような悲鳴が聞こえてきた。
「ハハ!雪野先生まだ生きているかな?お前の生徒が磔の呪いで苦しんでいる。助けに来たらどうなのだ?薄情な先生だ」
ハリーと、ヴォルデモートを囲んで見物していた死喰人たちが私に視線を向け、嫌な笑い声を立てた。
「可哀想に。お前の先生は助けに来てはくれないようだ。俺様は慈悲深い、見捨てられた事を嘆く時間をお前にくれてやろう」
ヴォルデモートがブンと杖を振った。
ハリーの叫び声が止まった。
「ほんの一休みだ。ハリー、痛かっただろう?もう2度として欲しくないだろう?」
ハリーは答えずに、ヨロヨロと身を起こした。
「もう1度やって欲しいか聞いているのだが?答えるのだ!インペリオ!服従せよ!」
「うっ……あぁっ……」
ハリーはヴォルデモートの言う通りにならないように耐えているようだった。頭を手で押さえながら呻き声を上げている。
「僕は言わないぞ……答えるものか……」
ヴォルデモートが力を足すように杖をハリーの方へ押す。
しかし、
「僕は言わない!!」
ハリーの大声が墓場中に響き渡った。
ハァハァと荒い息を繰り返すハリー。
「言わないだと?」
ヴォルデモートの紅い瞳が冷たく光った。
「ハリー、従順さは徳だと死ぬ前に教える必要があるな。もう一度痛い薬をやったらどうかな?」
ヴォルデモートが杖を振った瞬間、ハリーが地面に伏せた。閃光は墓石に当たり、墓石が砕けた。ハリーは急いでヴォルデモートの父親の大理石の墓石の裏側に転がり込んだ。
「ユキ先生……」
ハリーと視線が合う。
『覚悟を決めて。戦うのよ。私ももうすぐこの悪魔の火を追い払える。それまで耐えて』
「……分かった。僕、戦うよ」
『死の呪いを防ぐには……ハァ、同じ呪いを打つしかない。アバダ・ケダブラ。ハリー、躊躇わずに打つのよ』
「はい」
ハリーは杖を両手で握り締め、頷いた。
杖を持つ両手はブルブルと震えてしまっている。それでも声には芯が通っていた。
「ハリー、出てきて遊ぼうじゃないか。命のやりとりは楽しいぞ。ゾクゾクする。そして命が散っていく瞬間は快感だ。さあ、味あわせてくれ、ハリー」
ハリーが私に向かって頷いた。
パッと墓石の後ろから出て行く。
ヴォルデモートも用意が出来ていた。
ニタリと笑って杖腕を振り上げる。
「「アバダ・ケダブラ!」」
ハリーとヴォルデモートの声が重なった。
2人の杖先から緑色の閃光が飛び出す。
2つの閃光が空中でぶつかった。
その時、不思議なことが起こった。
空中で繋がった緑色の閃光が金色へと変色していく。
眩い濃い金色の糸はハリーとヴォルデモートの杖を結んだ。
『くっ、うぅ……ああああ!!』
私の体から黒い炎がぶわっと広がって消えた。私は悪魔の火に打ち勝ったのだ。
多くの力を使ったために獣化が解けて人型に戻っている。
立ち上がると、周囲の様子がよく見えた。
ヴォルデモートもこの事態に驚いているようだった。
周りで見ている死喰人たちも何事かとヒソヒソ話し合っている。
「手を出すな!」
ハリーとヴォルデモートを取り囲んでいた死喰人たちがハリーに杖を向けると、ヴォルデモートはこう叫んだ。
「命令するまで何もするな!」
ヴォルデモートが死喰人たちに命令する。
こちらは少しの間外しても大丈夫だ。
『影分身の術。何かあったらハリーをお願い』
影分身はコクリと頷いて墓石の後ろからハリーの見守りに入った。
私はハリーとヴォルデモートを囲んでいる死喰人たちがハリーたちに釘付けになっている事を確認して、彼らに見つからないようにセドリックたちの方へと走った。
『多重影分身の術』
10体の影分身を出す。
術を唱えた時、背中からこの世のものとは思えない美しい調べが聞こえてきた。
これは聞いたことがある。不死鳥の歌声だ。
不死鳥の歌声に元気づけられながら私はセドリックを助けるために影分身と共に苦無を握った。
『火遁・大煉獄』
バチンッ
バチンッ
「ぐっ」
「ぐはっ!」
大煉獄の術から逃げるため姿くらましした死喰人が姿現ししたところを狙って喉を苦無で掻き切る。
15人ほどの死喰人たちは地面に倒れ、ピクリとも動かなくなった。
『セドリック、怪我は?』
「混戦していたので死喰人たちも仲間に呪文が当たるのを恐れて強力な呪文を使ってこなかったんです。かすり傷程度で済みました」
そうは言ってもセドリックの腕は赤黒く焼け焦げていた。焦げ臭い傷口から血が滴り落ちている。
『ごめんね。治療したいところだけど、ハリーを救出にいかなくちゃ』
「もちろんです。行きましょう」
私は目立たないように影分身を全部消し去った。
そしてセドリックと共に、天使像の後ろへと隠れる。
ハリーは両手で杖を握って、杖を落とすまいと頑張っていた。
ハリーの杖はブルブルと振動していた。
ハリーとヴォルデモートを繋ぐ光の糸が変化していた。
いくつもの大きな光の玉が出来、光の玉が2本の杖の間を滑って行ったり来たりしているようだった。
ハリーが光の玉をヴォルデモートの方へと押し込もうとしているのが見えた。
光の玉が一つずつ、ゆっくりとヴォルデモートの杖の方へと移動していく。
ヴォルデモートの顔に恐怖の色が浮かんでいた。
ヴォルデモートの杖に金色の玉が触れたとき、玉が震えた。そして、あたりに苦痛に満ちた悲鳴が響き渡った。
金色の玉がゆっくりと開いていく。なにか灰色がかった大きなもの、濃い煙のようなものが出てきた。
『あれは人間の頭部……?』
ゆっくりと金色の玉から人間が出てきた。
『バーサ・ジョーキンズ!?』
それはダンブーの憂いの篩で見た学生時代のバーサの面影を残していた。
バーサは「離すんじゃないよ!絶対!」と言って、ふわりと金色の糸の横へと立った。
「これは一体何が起こっているのでしょう?」
セドリックが目の前の光景に目を大きく見開きながら尋ねる。
『多分だけど……ヴォルデモートの杖で殺された人たちが出てきたのではないかしら?』
その後も数人の灰色の幽霊たちが金色の玉から姿を現した。
私は胸をドキドキさせていた。
もし、本当にヴォルデモートの杖で死んだ人たちが現れているのだとしたら、もうすぐ会える―――――
『リリー……』
私はハッとして口を覆った。
金色の玉が花開き、スッと髪の長い女性が姿を現した。
他の霊と同じように地面に落ち、ハリーの隣に立った。
「もうすぐお父さんが来ますよ。お父さんの為にも、頑張って……」
優しい声。
リリーだ。大人の姿になっているが、柔らかいあの微笑みは確かにリリーのもの。懐かしさに涙が滲む。
続いて出てきた人物は誰だか直ぐに分かった。
クシャクシャの髪は特徴的。ジェームズだ。
ジェームズはリリーの横に立った。
「繋がりが切れると僕たちはほんの僅かしか留まっていられない。それでも皆のために時間を稼ごう……ユキの所まで走るんだ」
そしてジェームズは私を見た。
「ユキ、優勝杯を引き寄せて3人同時に掴むんだよ。ポートキーになっている。これでホグワーツに帰れる」
『ありがとう、ジェームズ』
「……ん。なんか嫌な予感がするな……」
不審がるジェームズにニコリと笑いかけてから私はポートキーに杖を向ける。
『いつでもいいわ』
「何だか先行き不安だけど……わかった。ハリー、やりなさい。走る準備をして……今だ!」
「えいっ」
ジェームズの合図でハリーが力いっぱい杖を上に捩じ上げた。
金色の糸が切れた。不死鳥の歌も消えた。
杖を繋いでいた金色の糸と糸に連なっていた金色の玉は消えてしまったが、ヴォルデモートの犠牲者の亡霊は消えていなかった。
亡霊たちは私たちをヴォルデモートの目から隠すように、ヴォルデモートに迫っていた。
ハリーが走ってくる。
『アクシオ。優勝杯』
「ハリー・ポッターを失神させろ!逃がすな!」
ヴォルデモートが叫ぶ。
死喰人たちが一斉にハリーへ杖を振る。
『アクシオ。ハリー・ポッター』
「えっ?」
驚き声を上げるハリーの体が浮いた。
「なっ!?僕の息子を物扱いかい!?」
ジェームズのひっくり返った声とリリーが吹き出した音が聞こえる。
『よっと』
凄い勢いで飛んでいきたハリーを受け止める。
「ナイスキャッチ、ユキ先生」
『よく頑張ったわ、ハリー。さあ、二人共、逃げるわよ』
天使像の片翼がバーンと砕けた。
死喰人たちが迫ってきている。でも、ここまで来たら私たちの勝ちだ。
『合図で掴むわよ。さん――に―――いち!』
ハリーとセドリックが同時にポートキーを掴んだ。
「え!?ユキ先生!?」
セドリックが驚愕した顔で私を見ている。
ハリーもハッとして私を見た。
「どうして!?!?」
私は2人に大丈夫だと言うように微笑んだ。
2人の姿はぐにゃりと歪んで色の渦の中に飲み込まれて消える。
『ヴォルデモート』
飛んでくる呪文を杖で弾きながら天使像の後ろから出る。
「ユキ!やっぱり嫌な予感的中だよっ」
「どうして一緒に戻らなかったの!?」
ジェームズとリリーが叫ぶ。
『だって、ヴォルデモートを倒さなくっちゃ。次はいつ会えるか分からないんですもの』
ジェームズとリリーが同時に額に手をやった。
「残った……ハハッ!故意に残ったというのかこの俺様を殺せると過信して!」
ヴォルデモートが赤い目をぎらつかせて叫んだ。
「いいだろう。次は雪野、お前と決闘してやろう」
『悪いけど、忍は真っ向勝負なんてしないのよ。多重影分の術』
最大数、20体の影分身を出した。
今いる死喰人、1人に1体は当たる程いる。
ヴォルデモートが私に向かって杖を振った。
悪魔の火だ。
生徒たちがいない今、庇う相手はいない。
相手を攻撃することだけを考えて行動することができる。
『水遁・水鮫弾の術』
鮫を象った水の塊の中に入り込み、悪魔の火を避けながら高速でヴォルデモートの元へと飛んでいく。
私はヴォルデモートの1メートル手前で水の塊から出た。
ヴォルデモートが水の塊を杖を振って弾いている。ガラ空きだよ。
私はダンと地面を蹴り、ヴォルデモートの目の前まで近づき、右足を軸足にしてヴォルデモートの腹を思い切り蹴りとばした。
ズダンっと後ろ向きに倒れたヴォルデモートの上に跨り、振り上げていた腕をヴォルデモートの喉を狙って振り下ろす。
「エクスペリアームス」
苦無が手元から飛んでいく。
ルシウス先輩――――
横目でチラと見ると、私に武装解除の呪文を放ってきたルシウス先輩は私の影分身に蹴り飛ばされるところだった。
「アバダ・ケダブラ」
ヴォルデモートが息を荒げながら私に向かって死の呪文を唱えた。
飛び退きながら避ける。
私を追ってきていた悪魔の火が、私が避けたことでヴォルデモートへと向かった。
「小娘がッ」
ヴォルデモートは自分の出した悪魔の火に飲み込まれる寸前で悪魔の火を消し去った。
邪魔なものがなくなり、ニヤリと内心笑む私。
「いい気になるな……よ―――っ!」
ヴォルデモートがそう言いながら立ち上がりかけたが、ガクリと膝を折って、体勢を崩した。
多分だが、復活したてでまだ体が本調子ではないのだ。
今を逃す手はない。
私は手裏剣を立て続けに投げた。
「プロテゴ――――っくっ!」
急所には当たらなかったが、プロテゴで防ぎきれなかったいくつかの手裏剣がヴォルデモートの体に突き刺さる。
ヴォルデモートは周囲に目を走らせた。
死喰人たちは私の影分身を相手にするのに必死で助けには来られない。
『水遁・氷華砲』
キラキラした幾千もの鋭い氷柱がヴォルデモートに向かっていく。
『水遁・霜隠れの術』
周囲に霜を作り出し、ヴォルデモートや死喰人たちの視界を奪う。
『半獣化』
目は見えなくても匂いで相手の位置が分かる。
私は半獣化してヴォルデモートの元へと再び駆けていく。
靄の中にヴォルデモートの黒い背中が見えてくる。
ヴォルデモートが杖を振った。
何度目かの悪魔の火が私に向かって飛んでくる。
悪魔の火には靄は意味はない。悪魔の火は真っ直ぐ私へと向かってくる。
だが、これではどうだろう?
死喰人と戦っている影分身を1体消し、自分の隣に影分身を出現させる。
影分身に前を走らせると、悪魔の火は影分身の方を追っていった。
ヴォルデモートが靄を晴らしている。
ヴォルデモートの目には靄が消え、視界が明瞭になった途端、私が目の前に突然現れたように思えただろう。
赤い目をぎょっと見開いた。
苦無を大きく振りかぶる。
ヴォルデモートが杖で私の攻撃を防ぐ時間はない。
憎々しげな顔がぐにゃりと歪んでいく。
「覚えていろ……」
ビッと線になって飛び散る赤い鮮血。
どうやら腕で首を守ったらしい。
ヴォルデモートは私を赤い目で睨みながら姿くらましで消えた。
バシンッ
バシンッ
ヴォルデモートが逃げたのを見て、死喰人たちが我先にと姿くらましして消えていく。
後に残されたのは死喰人の死体と私と―――――
「もうっ!心配させるんだから!」
「惜しかったね、ユキ」
『リリー、ジェームズ』
灰色の幽霊のリリーとジェームズが私の方へとふわりと飛んできた。
『まだ消えていなかったんだね。嬉しい』
それでも2人の姿は消えかかっていて、体から向こうの景色が透けて見える。
「ユキっごめんなさい!」
リリーが私の首に腕を回して抱きついた。
『リリー?』
「ずっとあなたに謝りたかった。仲直りしたかった」
「僕もだよ。ユキと仲直りしたかった。スニベ……スネイプにO.W.L.試験の後にした事、反省している。あいつに会ったら言っておいてくれよ。やり過ぎたって」
『そこは“悪かった”じゃないんだ』
「……はぁ。うぅ……分かったよ。悪かった、すまないって伝えておいてくれ」
ジェームズがクシャクシャの髪を更にクシャクシャにしながら言った。
『私の方こそごめんね。私が過去に行った時、ヴォルデモートを倒していれば2人は……』
リリーとジェームズは私の言葉の途中で首を横に振った。
「ユキがヴォルデモートの館を襲撃して奴を倒そうとしたこと、知っているよ」
「その話を聞いた時、どれだけ私たちが心配したか。単身でヴォルデモートの館を襲撃したと聞いたし、あなたの姿は館から忽然と消えたというし……あなたはいつも無茶ばかり」
「さっきだってそうだよ。1人でこの人数を相手にするなんて正気を疑うね」
ピンとジェームズが私の額を指で弾いた。
弾かれた感触はないけれど、思わず頭を仰け反らせて、弾かれた箇所を手で摩ってしまう。
「ユキと仲直りできて良かった」
リリーが涙ぐみながら笑った。
『私もだよ、リリー、ジェームズ』
過去の後悔、悲しみで出来た塊が解れていく感覚。
「もう時間だ」
ジェームズが自分の手を自分の目の前にかざした。もう、ほぼ景色と同化している。
「セブに伝えて。私たちはあなたを恨んでいないって。私たちの息子を命をかけて守ってくれていること、感謝しているって」
「僕は許しはしないけどね」
ジェームズが間髪入れずに言った。
「ジェームズ!人は誰しも道を間違える時があるわ」
「その間違いが取り返しのつかない結果を生む時もある」
「それでも、私は―――私はセブを許したいのよ。幸せになってもらいたいの、彼に」
リリーはジェームズの手を取りながら説得するように微笑んだ。
ジェームズはリリーの顔を見て、折れたようでふーっと溜息を吐き出した。
「分かってるよ。僕もスニベ……スネイプには感謝してる。僕の息子を頼む。それから苛めるなって伝えておいてくれ。あと、リーマスとシリウスに宜しく」
『了解。伝えておく』
すーっと二人の姿、周りに居た幽霊たちの姿が消えていく。
「元気でね、ユキ」
「じゃあね。もう一度君と話すことが出来て良かった」
『バイバイ』
「「ばいばい」」
完全に消えた亡霊たち。
暗い墓場で、暫し私はリリーとジェームズがいたあたりを見つめて立ち尽くす。
『さて、と』
私は辺りを見渡した。
灰になった死喰人、苦無で喉を掻っ切られた死喰人……
私は影分身と共に、生存している死喰人がいないか調べた。
結果は、全員が絶命していた。
久しぶりの激戦。
ハリーもセドリックもよく頑張ってくれた。
早く2人の顔が見たい。
私は体を捻ってバチンッとホグワーツ門前に姿くらましした。