第5章 慕う黒犬
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21.第3の課題
ドーーン
ハリーは大砲の音と共にセドリックと同時に迷路へと足を踏み入れた。
そびえるような生垣が通路に黒い影を落としていた。魔法がかけてあるせいか観客の声が急に聞こえなくなった。
「ルーモス」
ハリーが杖に明かりを灯していると、後ろでセドリックも同じようにルーモスを唱えているのが聞こえた。
薄暗い道を杖明かりを頼りに進んでいくと、迷路に入ってから50メートルほどで分かれ道に出た。
「僕はこっちの道に行こうと思う」
「じゃあね。お互いにベストを尽くそう」
ハリーとセドリックは別々の道を進んで行った。
1人になって心細さをハリーが感じていた時だった。後ろで大砲の音がドーンと鳴った。
クラムが迷路に入ったのだ。ハリーは速度を上げた。
まだ何の生物にも罠にも出あっていない。
ハリーが角を左に曲がった時、3度目の大砲の音が聞こえた。これで選手全員が迷路の中に入ったことになる。
ハリーは誰かに見られているような気分になっていた。しょちゅう後ろを振り返る。でも、誰もいない。
神経過敏になっているんだな、きっと。
そう自分に言い聞かせて心のざわめきを収めて迷路を進んでいく。
迷路は刻一刻と暗くなってきた。空を見上げるとすっかり群青色になっており、北斗七星が輝いているのが見えた。
「方角示せ」
ハリーは杖を手のひらにのせて呟いた。
杖はくるりと一回転し、右を示した。こっちが北だ。
迷路の中心に行くには北西の方角に進む必要があるということは分かっている。
「ここは左に行くしかないな。でも、なるべく早く右に折れなくちゃ」
ハリーは左に折れ曲がった道を進んでいった。
薄暗い行く手に何かが見えてくる。
「!?」
ハリーは体を硬直させた。ディメンターだ。今までディメンターに対峙した事を思い出したハリーの顔が青ざめていく。
お、落ち着け。
去年は上手くディメンターを退けたじゃないか。
ハリーは顔をフードで隠し、腐ったかさぶただらけの両手を伸ばし、自分の方へと近づいてくるディメンターに杖を向けた。
震える手。
ハリーは近づいて来るディメンターを見ながら心を落ち着けるように数度長い息を吐き出した。
それから、
「エクスペクト・パトローナム!守護霊よ来たれ!」
若干震える声で、でも、大きな声で呪文を唱えた。
呪文は上手くいった。銀色の牡鹿がハリーの杖から噴出し、ディメンターに向けて駆けていった。
「あれ?」
ハリーは目を瞬いた。ディメンターがローブの裾を踏んづけてよろめいたからだ。
ハリーはハッと気が付く。
「お前はディメンターじゃないな!」
よくよく考えればホグワーツがディメンターをホグワーツ敷地内に入れるとは考えられない。
きっとボガードだ!
ハリーは自然と口角を上げながら呪文を唱え、杖を振る。
「リディクラス!馬鹿馬鹿しい!」
ポンと大きな音がして、形態模写妖怪は爆発した。
今だ!ハリーはクルクル回る黒い渦を横目に見ながら直線距離を走り抜けた。
後ろを振り返る。
ボガードが追ってくる気配はない。
ハリーが走っていた足を緩め、十字路に差し掛かろうとした時だった。十字路にパッとセドリックの姿が現れた。
ハリーとセドリックの視線が合う。
「ハグリッドの尻尾爆発スクリュートだ!かなりデカイ。こっちの道には行くな!」
セドリックのローブが焼け焦げているのが見えた。
左を見ると、セドリックが走って行き、角を折れ曲がったのが見えた。ハリーは用心して十字路を真っ直ぐに突き進んだ。
僕も足を早めたほうがいいな。
ハリーは小走りにまっすぐな道を進んでいった。すると、目の前に白い何かが見えてきた。
近づくにつれてぼやけて見えていた何かがハッキリしてくる。
それは全身真っ白な衣装に身を包んだ人だった。ハリーが見たことのない衣装で、顔には紙が貼ってあった。
その奇妙な人は5人いて、顔に貼ってある紙にはそれぞれ、火、風、雷、土、水と書かれていた。
これはユキ先生の罠に違いない。
ハリーが見当をつけていると、低い声が辺りに響いた。
<我らは式神>
<お前は我ら1人と戦う事になる>
<戦うことを避けたいのなら、来た道を戻ることも可能だ>
<もし負けたらその時は、我ら一斉にお前を襲う>
<さあ、誰を選ぶ?それとも元来た道を戻るか?>
ハリーは後ろを振り返った。
十字路まで戻っても、一方の道では尻尾爆発スクリュートがいるし、真っ直ぐ戻れば大変な時間のロスになってしまうし、セドリックが行った道を進めば、セドリックの後を追いかける形になり、優勝が絶望的になる。
ハリーは式神たちに向き直った。
「やるよ。君たちの誰かと戦う」
<誰と戦う?>
式神たちがぐるぐるとメリーゴーランドのように回りだした。
火、風、雷、土、水……
どれを選んでも一緒に思えるよ。
ハリーは考えるのも時間の無駄と思い、火の式神を選んだ。
火以外の式神が迷路の脇に整列する。
<いざ!>
太い声がハリーの耳に響いた。
ぽっ、ぽっ、ぽっ、と式神の周りに火の玉が現れる。そしてハリーの方へと飛んできた。
「プロテゴ!プロテゴ!プロテゴ!」
ハリーは飛んできた3つの火の玉に向かって呪文を打つ。火の玉はぽーんと弾き飛ばされた。
ジュッ
「あ!」
偶然だった。
ハリーがプロテゴで弾いた火の玉が脇に整列していた式神に当たった。
式神は燃えていき、最後には灰になる。
そうか!式神は紙でできているんだった!
ハリーは一生懸命に火の呪文を思い出した。そしてビュンと杖を式神に向かって振る。
「インセンディオ!燃えよ!」
杖から勢いよく炎が噴き出す。
くっ。失敗か。
式神はハリーの炎を避けた。
そしてまた、ぽっ、ぽっ、ぽっ、と式神の周りに火の玉が現れた。
だけど、怖くなんかない。むしろチャンスだ。ハリーは飛んでくる火の玉にプロテゴを唱えた。
しかし、
「うわっ」
2つの火の玉には呪文が当たったが、1つだけ外れてしまった。
火の玉がハリーのローブを燃やした。
ハリーは水を出す呪文が思い出せなかった。ロン達と練習したはずなのにっ。
ハリーは仕方なく杖をズボンのポケットにつっこみ、ローブを脱いだ。燃えていくローブ……あ!
ハリーは燃えていくローブを掴んで式神を見据えた。
「こうしてやる!」
火が広がっていくローブを持って式神に突進する。
式神からは火の玉が飛んでくる。ハリーはローブでそれを防ぎながら前へ前へと突き進んだ。ローブが燃えれば燃えるほどいい!
「えいっ」
ハリーは熱さに耐えながら走り、式神の元まで行き、ローブを式神に投げつけた。ふわりと飛ぶローブは火を纏った衣。バサリとローブが式神の上に被さる。
ボオオォ
式神は燃えていった。
「やった!」
ついには式神は燃え尽き、地面に小さな灰の山を作った。
「僕の勝ちだよね?」
残っていた式神たちが進めと言うようにハリーに先の道を指さした。
ユキ先生の罠を破ったぞ!
ハリーは大好きで尊敬する先生の罠を破ったことを誇りに思いながら迷路を先へ先へと進んでいく。
「次はどっちだろう?」
T字路まで来たハリーが四方位呪文を唱えようとした時だった。静けさを破って悲鳴が聞こえてきた。
「フラー?」
あたりにはハリーの声だけが響き、深閑としている。
声は斜め右のあたりから聞こえてきたようだった。
ハリーは迷わず右の道を進んだ。
フラーの悲鳴が聞こえた方向へとハリーは急いだ。
しかし、途中、明らかにフラーの悲鳴が聞こえた方向とは逆の道を取らざるを得なかった。
いったいここはどこだ?フラーがいる方向へ近づいているかどうかも分からなくなってしまった……
ハリーが眉を顰めながら何度目かの角を曲がった時だった。パーンという音が聞こえてきた。
上を見上げればそれほど遠くないところで赤い花火が打ち上がっていた。誰かが救難信号を発したのだ。
「それじゃあ僕が行かなくても大丈夫だよね?」
ハリーは荒い息をしながら呟いた。
ハリーは走っていた足を止めた。
そして、迷路の攻略に戻ることにした。
フラーだけの事を考えて走ってきてしまったからゴールの方角に来ているか分からなかった。自分がどの方角に来ているのか分からなかった。
ハリーは自分のお人好し具合にちょっと苛立ちながら四方位呪文を唱えて正しい道へと入っていった。
それから10分、ハリーは袋小路以外なんの障害にも遭わなかった。
「あ!」
しかし、角を曲がった時、ついに出会ってしまった。尻尾爆発スクリュートだ。
セドリックが言っていた通り物凄く大きい。長さ3メートルはある。巨大な蠍そっくりだった。
ハリーが杖を向けると、杖明かりが反射して分厚い甲殻がギラリと光った。
「ステューピファイ!」
呪文はスクリュートの分厚い殻に当たって跳ね返った。ギロリとスクリュートがハリーを睨む。
そして尻尾から火を噴き、ハリー目掛けて飛びかかってきた。
「インペディメンタ!妨害せよ!」
ハリーは呪文を打ったが、これもスクリュートの殻に当たって跳ね返ってしまった。
「インペディメンタ!インペディメンタ!」
ハリーはビュンビュン呪文を乱発した。すると、ぴたりとスクリュートの動きが止まった。運良く殻のない下腹部の肉の部分に呪文が当たったのだ。
ハリーはハァハァと息を切らしながらスクリュートから離れ、逆方向へと走った。
妨害呪文は一時的なものだ。急いでここから離れなくちゃ。
ハリーは左の道を行った。行き止まりだ。戻って右の道を行く。
次の十字路に差し掛かった時に後ろを振り向き、焦ってどこかの道に走って行きたいのを押しとどめて四方位呪文を使った。
「北西はこっちか」
北西に向かう道を急ぎ足で数分歩いた時、自分がいる道と平行に走る道で何かが聞こえ、ハリーは足を止めた。
「何をする気だ?一体何をする気なんだ!?」
セドリックの声だ。そして間髪入れずにクラムの声が聞こえてきた。
「クルーシオ!苦しめ」
セドリックの悲鳴にハリーの身体が跳ねる。焼きごてでも押し付けられたような凄まじい悲鳴だ。
クラムが許されざる呪文を使っているだって!?セドリックを助けないと!
ハリーは生垣に向かって粉々呪文を打った。良い成果があったとはいえない。それでも、生垣に小さな焼き焦げた穴が開いた。
ハリーはそこに足を突っ込み、粉々呪文を連発しながら欝蒼と絡み合った茨を蹴って、その穴を大きくした。
服が茨に引っかかってビリビリ敗れる音が聞こえる。
ハリーは無理やりその穴を通り抜けた。
右側を見ると、セドリックが地面をのたうち回っていた。クラムがセドリックに覆いかぶさるように立っている。
「ステューピファイ!」
ハリーはクラムに失神呪文を放った。
クラムの動きはピタリと止まり、そしてゆっくりと地面へと倒れていった。
「セドリック!」
ハリーはセドリックの元へ駆けつける。
もう痙攣は止まっていたが、両手で顔を覆い、ハァハァ息を弾ませていた。
「大丈夫か?」
「どうにかね……でも、信じられないよ。許されざる呪文を使うなんて。後ろから不意打ちさ。だけど、様子がおかしかった……」
「様子って?」
「目が灰色に濁っていたんだ。魂が抜けたような目だったよ。誰かに操られていたのかも」
「ユキ先生の影分身を呼ぼう」
「そうだな」
セドリックがローブのポケットからユキからもらった札を出し、破く。その横では念のためにとハリーが花火を打ち上げる。
セドリックが破った札からポンと煙が出てユキの影分身が姿を現した。
ハリーたち2人はユキの影分身がやってきてくれた事で緊張の糸がぶちっと切れた。
「ユキ先生!クラムが突然僕を襲ってきたんです!しかも磔の呪文を使った!」
「クラムは正気じゃないよ」
セドリックとハリーが影分身のユキに言う。
「クラムはどういう状態?」
ユキの影分身は地面に倒れているクラムを仰向けにしながら聞く。
「失神呪文を使いました」
ハリーが言った。
「分かったわ。2人は競技を続けなさい。クラムの事は私に任せて」
ハリーたち2人は頷いて別々の通路に入り、消えていった。
僕かセドリックのどちらかが優勝だ。
ハリーは今まで優勝を欲したことはなかったが、優勝杯が目前に迫る今、急に優勝したくなった。
ハリーは迷路の中心に近づいていると感じていた。霧が段々と濃くなってきているからだ。
「方角示せ!」
分かれ道で呪文を唱えた。
行くべき道は右だ。
ハリーがその道を大急ぎで進んで行くと、急に開けた場所に出た。前方に明かりが見えた。
三校対校試合優勝杯が50メートルほど先の台座でキラキラと輝いている。
僕の優勝だ!
ハリーは駆け出した。
しかし、ハリーが駆け出したその時、黒い影がハリーの行く手に飛び出した。セドリックがやってきたのだ。
2人は全力で優勝杯に向かって走る。
ハリーは走りながら唇を噛み締めた。セドリックの方が足が長いし、優勝杯に近いところにいる―――
悔しく思いながらも全力で走っていたその時、ハリーの目に何か真っ黒な巨大なものが映りこんだ。
セドリックに向かって猛突進してくる巨大蜘蛛。
セドリックは優勝杯だけを見ていて蜘蛛に気づいていない。
「セドリック、左だ!蜘蛛だ!」
セドリックは左を見て間一髪で身を翻し、衝突を避けた。しかし、足がもつれて転び、その衝撃で手から杖が離れてしまった。
セドリックに飛びかかり損ねた蜘蛛は直ぐに体勢を立て直してセドリックへ襲いかかる。
ハリーは蜘蛛に向かって杖を振った。
「ステューピファイ!くそっ。ステューピファイ」
ハリーは失神呪文を唱え、呪文は大きな蜘蛛の図体に当たったが、蜘蛛の体に呪文が効いている気配はない。尻尾爆発スクリュートと同じく、身体が大きく、腹部を覆う皮膚骨格の厚みが分厚すぎるのだ。
セドリックに巨大蜘蛛が覆い被さる。
「足を狙ってくれ!」
セドリックが叫んだ。
「分かった!ステューピファイ!」
今度は効いた。蜘蛛の足は麻痺し、足が絡まり、蜘蛛はドシンと地面に倒れた。
2人は足をもつれさせてジタバタもがく巨大蜘蛛の前に立つ。大きなピンチを切り抜け、2人は暫く茫然と蜘蛛を見ていた。
「君が取るといい」
セドリックが蜘蛛から視線を外し、後ろを振り返りながら言った。そこには優勝杯が輝いている。
「でも、蜘蛛が飛びかかったとしても君が運良く避けていたかもしれない。セドリック、君の方が明らかに優勝杯に近かった。君が優勝杯を取ったらいいと思う」
ハリーが言った。
「いや、君が取るべきだ。迷路の中で君は僕を2度も救ってくれたんだから」
「そういうルールじゃないよ」
2人は優勝杯の前で黙りこくった。
そして、2人は同じ事を思った。
2人は顔を見合わせる。
「一緒にとろう」
ハリーが言った。
「いいのかい?君―――本当に、それで……」
「あぁ。僕たちは助け合ってここまで来た。そして2人ともここへたどり着いた。一緒に取ろう」
戸惑い気味のセドリックの表情がゆっくりと微笑みに変わっていく。
「ありがとう」
「礼なんかいらないよ」
今や2人共にっこりと笑っていた。
「3つ数えて取ろう。いいね?いち――に――さんっ」
ハリーとセドリックは同時に取っ手を掴んだ。
途端にハリーはヘソの裏側のあたりがグイと引っ張られるように感じた。両足が地面から離れていく。
風の唸り、色の渦の中を優勝杯はハリーとセドリックを引っ張っていく。
「うわあっ」
ハリーは地面に投げ出され頬に冷たい土の感触を感じた。
セドリックはゆっくりと空を歩きながら地面へと降りていく。
「ここはどこだろう?」
セドリックが不安そうに呟いた。
薄気味悪い場所だ。
あたり一面霧が立ち込めていて薄暗い。
「立てるかい?」
「ありがとう」
ハリーはセドリックの手を借りて立ち上がった。
2人はあたりを見渡した。
草が所々にぼうぼうと生えている荒れ果てた墓場に立っていた。
左手には丘がそびえ、その斜面の頂上に堂々とした古い館が立っている。
「優勝杯がポートキーになっているって君は知っていたかい?」
「全然。これも課題の続きなのか……まずい」
「どうした?」
ハリーは真っ青になってある一点を見つめていた。
ハリーが見ていたのは目の前にある墓だった。
墓標にはトム・リドルと書かれていた。
「ヴォルデモートだ」
「な、何だって?」
ハリーの言葉にぎょっとしてセドリックが聞き返した。
「ここにいたらまずい。逃げるんだ。僕たちはヴォルデモートの罠に嵌った!」
その時、突如ハリーの額の傷が痛んだ。
「あああああぁ!!」
「ハリー!?」
ハリーは痛みに足から崩れ落ち、地面に倒れた。
「どうしたっていうんだ!?傷が痛むの―――っ!?」
セドリックはハッとして視線をハリーから右手の、遠くに教会が見える方向に向けた。
「ハリー!ハリー!誰か来る。立ってくれ。逃げるんだ」
ハリーは未だ額の傷を抑えて、叫ぶことしかできない。
セドリックは杖を出し、教会の方へと向けた。
暗がりでじっと目を凝らすと、墓石の間を間違いなくこちらへ近づいてくる人影がある。
誰かは分からないが小柄で、フード付きのマントをすっぽり被って顔を隠している。
「ハリー、頑張って僕に掴まって。姿くらましする」
ハリーが痛みを堪えながらセドリックに手を伸ばした時だった。
「逃がすな!余計な奴を殺せ!」
冷たい声がして、その直ぐに、呪文が放たれた。
「アバダ・ケダブラ」
緑色の閃光が真っ直ぐにセドリックの方へ飛んできた。
逃げることもできず、凍りつくセドリックが死を覚悟した時だった。
スッとセドリックのポケットから何かが飛び出す。
バチンッ
激しい光がセドリックの前で弾けた。
セドリックの目の前には自分の身長を優に越すほどの大きい、透明な人型の人形がいた。
これはユキ先生の守りの護符!たしか3秒間だけ僕を守ってくれる効力がある……
でも、効果は一度きり。
命拾いはしたが、命の危機に晒されているのは変わらない。
セドリックは杖をローブへしまった。
忍術学で実践練習を重ねた呪術分解の術のほうが魔法より自信がある。
「もう一度やれ。小僧相手に何を手間取っている」
「は、はい、我が君―――アバダ・ケダブラ!」
「呪術分解!」
セドリックは印を組んで術を発動させた。
正面にかざした手から青白い円の盾が出てくる。
呪文は盾にぶつかった。
上手くいった!
セドリックは一瞬喜んだが、死の呪いの力は強烈だった。盾で呪文を分解しきれない。
セドリックはユキの授業を思い出した。
呪文を分解できない場合は呪文を逃がすこと。
セドリックはぐいっと手を上へと向けた。
空へと飛んでいく緑色の閃光。
上手く呪文を逃がすことが出来たが、しかし、その衝撃でセドリックの体は後ろへと吹っ飛んでいった。
「がっ!うっ……」
後ろへと吹き飛ばされたセドリックは運悪く墓石に後頭部をぶつけた。気絶してピクリとも動かなくなる。
「セド、リック……!」
ハリーはセドリックが生きているのか死んでしまったのか見極めようと、額に手をやりながら腕で這うようにしてセドリックの方へと向かおうとした。
「どうしましょう、我が君……」
「……小僧は後でいい。早く儀式を行いたい……ポッターを位置につけろ」
ぐんっ。
ハリーの体が宙に浮いた。
ぐーーーっと空中を移動させられた体は長年風雨に晒されて汚れ、まるで悪魔像のように見える天使像へと飛ばされた。
天使像の手がハリーを抱きしめて体を固定する。
ユキ先生にさえ来てもらえれば……!
ズボンのポケットにあるユキ先生の影分身を呼び出せる札さえ破く事が出来れば……!
しかし、ハリーの腕は固定されてまったく動かない。
あ……でも、いつの間にか傷跡の痛みはなくなってる。
ハリーの額の痛みは不思議とすっと落ち着いていた。
もしかしたらヴォルデモートが計画通りに事が進んでいて機嫌が良くなったから額が痛まなくなったのかも、とハリーは予想する。
傷跡の痛みがない分余裕が出てきて、ハリーはこちらへとやってくる男をよく観察する事がきでた。
フードを被った男は慎重に地面に手にしていた包を置いた。
立ち上がる時に小柄な男のフードが滑り落ちた。ハリーの見たことのある顔だ。
「ピーター・ペティグリュー……」
ペティグリューはチラとハリーを見たが、直ぐに視線を逸らした。ハリーに背を向け、急いで立ち去った。
セドリックは無事だろうか?
セドリックは5,6メートル先に倒れている。ここからでは息をしているか確認できない。
そこから少し離れたところに優勝杯が三日月の光を受けて冷たく光りながら転がっていた。
ペティグリューが置いた包はハリーのいる天使像の直ぐ下に置かれていた。
見たくない……あれはきっと、ヴォルデモート……
包が焦れったそうに動いた。
ハリーの傷跡が再び焼けるように痛んだ。
痛みを感じていると、何かがゆっくりとこちらへズリズリと移動してきた。石で出来た大鍋だ。
何か水のようなものでなみなみと満たされている。
巨大な石鍋は大人一人が十分に入れるくらいの大きさだ。
「始めろ、ワームテール」
嗄れた声が聞こえた。
「は、はい。我が君」
ペティグリューは大鍋に火をつけた。そして慎重に包を抱き、慎重に解いた。
ハリーはうっと喉をつまらせた。
包みの中身はとても醜いものだった。
赤ん坊ほどの大きさ。ただし、子供らしいものは何もない。髪の毛はなく、鱗に覆われたような赤むけのドス黒いものだ。
手足は細く弱々しく、その顔はのっぺりと蛇のような顔で、赤い目はギラギラしている。
ペティグリューは震える手で大鍋に生き物とは思えないそれを入れた。ヴォルデモートは沈んでいき、見えなくなる。
「ち、父親の骨、知らぬ間に与えられん。父親は息子を蘇らせん!」
ペティグリューが声を震わせながら闇に向かって唱えた。
ここに来た時に見たトム・リドルと書かれた墓標の下がパックリと割れ、骨が1本飛んできて鍋の中に落ちた。
鍋の液体が毒々しい青色に変わっていくのを見ていると、ヒィヒィと息を啜る音が聞こえてきた。
見るとペティグリューがマントから細長い短剣を取り出し、左手で握り、自分の右手にあてた。
「しもべの―――肉よ、喜んで差し出されん―――下僕はご主人様を、蘇らせん―――」
ハリーはペティグリューが何をしようとしているのか悟り、目をぎゅっと瞑った。
ペティグリューの絶叫がハリーの耳を貫いた。
何かが大鍋に落ちるパシャっという嫌な音が聞こえた。
ハリーは目を開ける気になれなかったが、ペティグリューが近づいてくる気配に目を開けた。
ハリーは目の前の光景にゾッとして身震いした。
ペティグリューの右手はなく、切断された手首から血が滴り落ちている。
大鍋の水色は燃えるような赤に変わっていた。
ペティグリューは苦痛に呻きながらハリーの前までやってきた。
「敵の血、力ずくで奪われん―――汝は……敵を蘇らせん」
ハリーはもがいた。
しかし、天使像がキツくハリーを固定していた。
ハリーは右腕の肘の内側を短剣で貫かれた。
ペティグリューは直ぐにポケットからガラスの小瓶を取り出し、ハリーの傷口に押し当てて滴る血を受けた。
ハリーの血は鍋に注がれた。
突然、大鍋から白い蒸気がうねりながら立ち上った。
ハリーはヴォルデモートが溺れてしまうように願った。
失敗してくれ。頼む!
しかし、そうはいかなかった。
ハリーは大鍋から立ち上る煙の中からゆっくりと立ち上がる人物をサーっと氷のシャワーにくぐらされたような冷たさを感じながら見ていた。
大鍋からゆっくりと立ち上がったのは、骸骨のようにやせ細った、背の高い男の黒い影だった。
「ヴォルデモート……」
復活してしまった。
ハリーの目の前には骸骨よりも白い顔、真っ赤な不気味な目、蛇のように平らな鼻、切れ込みを入れたような鼻の穴のヴォルデモートの顔があった。
ローブを着て、自分の体を調べ終わったヴォルデモートはペティグリューに左腕を出させた。
「全員がこれに気がついたはずだ。そして今こそ分かるのだ。ハッキリするのだ……」
ヴォルデモートは青白い人差し指をペティグリューの腕の印に押し当てた。
ハリーの額の傷がまたしても焼けるように痛んだ。
ペティグリューもハリーと同じように叫び声を上げていた。
ヴォルデモートがペティグリューの腕から手を離すと、傷跡の痛みは幾分マシになった。
ペティグリューの左前腕にある闇の印が真っ黒に変わったのをハリーは見た。
「さあ!戻る勇気のある者が何人いるか。そして、離れていこうとする愚か者が何人いるか!」
ヴォルデモートが天に両手を広げ叫んだ。
バチンッ
バチンッ
姿現しの音がいくつも辺りに響いた。
墓と墓の間から、イチイの木の陰から、暗がりという暗がりから魔法使いが姿現しして出てきた。全員仮面をつけている。
そして、1人、また1人と全員がヴォルデモートの方へと近づいてきた。
その様子を見ていたハリーは、姿現ししてきた者とは別に、身動きしている者を見つけた。
セドリックが生きていた!
絶望しかなかったハリーの心が少しだけ温かくなった。
セドリックはハリーを見て、頷き、そして墓の陰へと隠れた。
「ご主人様……」
「我が君……」
死喰人たちは呟きながらヴォルデモートを囲むようにして跪いた。
「よう来た……よう来た友よ!」
ヴォルデモートがあたりを見回す。
「13年が過ぎた。しかし、それがつい昨日のように、お前達はこうして現われた―――しかしお前達には失望した!失望させられた。なぜ助けにこなかった!?」
ヴォルデモートの怒れる声に、死喰人たちの輪が震えた。
「クラッブ!マクネア!ゴイル!」
ヴォルデモートは次々と名前を呼びながら仮面を剥がしていった。
「そしてお前もだ……ルシウス。抜け目のない友よ」
「っ我が君!あなた様のご消息がチラとでも耳に入っておりますれば……」
「十分耳に入っておったはずだが?」
「誓って申し上げます。私は何ら昔と変わりありません。どうぞ、お怒りをお収め下さいませ……」
ヴォルデモートはゾクッとするような笑みを浮かべ、赤い目を光らせた。
「いいだろう……ルシウス。お前はここへ来た。改めて俺様に忠誠を尽くすと誓うならば過去は忘れてやろう」
「なんと慈悲深いっ……もちろん忠誠をお誓い致します」
ルシウスは深々と頭を下げた。
その後、ヴォルデモートはここに来ていない死喰人たちについて話した。
任務で死んだ者、アズカバンに収容された者、裏切った者……
それからどのようにして蘇ったかを死喰人たちに語り聞かせた。
アルヴァニアの旅籠でバーサ・ジョーキンズに会い、ペティグリューがバーサを丸め込み、バーサから情報を抜き出したこと。
バーサから三校対抗試合が行われることやその他諸々の情報を聞き出して殺したこと。
「ホグワーツには今、我が忠実なる下僕がいる。奴の尽力により我らは若き友人をここに迎えることが出来た―――ハリー・ポッターだ!」
ヴォルデモートは高らかに笑い、杖を振った。
「クルーシオ!苦しめ!」
しかし、呪文はハリーに当たらなかった。
天使像の拘束から解かれたハリーはずりっと落ち、像の台座に尻餅をつく。
呪文の当たった天使像が砕けてハリーの頭の上に破片が降り注いだ。
「ハリー!ユキ先生を!」
天使像の拘束を解いたのはセドリックだった。
「小僧がっ……!アバダ・ケダブラ!」
セドリックは間一髪、墓石の後ろに隠れた。
死の呪文が当たった墓石がバキンと吹き飛び、石の破片が辺りに飛び散る。
ハリーはポケットに手を突っ込んで札を取り出した。
そして、えいっと破く。
ポンッと白い煙が上がった。
煙の中から女の輪郭が現れる。
「貴様はっ!」
『火遁』
黄色くぎらつく目、黒い獣の耳、九尾の尾。
ユキは印を組み、術を唱える。
『火炎砲!』
ユキの口から噴出された巨大な炎は、ヴォルデモートへと伸びていった。