第5章 慕う黒犬
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20.罠
6月23日、夜。
ランタンを灯しながらホグワーツの教師たち、大会進行委員、カルカロフ校長、マダム・マクシームがクィディッチ競技場へと集まってくる。
『わあ。見ているだけでドキドキしちゃう』
「そうだな。これだけでも面白そうだ」
『そこを私たちの魔法や魔法生物たちを配置して、更に面白くするのね』
私とシリウスは並んで迷路の入口に立っていた。
クィディッチ競技場はいまやとても競技場には見えなかった。
6メートルほどの高さの生垣が周りをぐるりと囲み、正面に隙間が空いている。
巨大迷路への入口だ。中の通路は暗く、薄気味悪い。
「皆さん揃ったようですね」
明るい声がやってきた。バグマンさんだ。
「今から2人1組になって呪文の施しや魔法生物の配置を行ってもらいます」
私たちはそれぞれペアを組まされた。私はミネルバとペアに。
『!?ミネルバ、その動物はもしかして!』
私の驚く声に楽しそうにミネルバが微笑みを作る。
「スフィンクスですよ。エジプトから取り寄せたのです」
巨大なライオンの胴体、見事な爪を持つ四肢、長い黄色みを帯びた尾の先は茶色い房になっている。しかし、頭部は女性。
私は初めて見るスフィンクスに大興奮。
『凄いわ。素敵!』
「ありがとう、褒めてくれて」
スフィンクスは切れ長のアーモンドの目を細めて私に言った。
「ユキはどうするつもりなの?」
『私は式神を配置します。前に生徒に配ったようなペラペラの紙じゃなくて、ちゃんと立体になった式神忍者を5体配置します。それぞれ“火遁”“風遁”“雷遁”“土遁”“水遁”の簡単な術を発するの。やって来た選手にどの式神と戦うか選ばせる事にしています』
「なかなか難易度が高そうね」
『式神が紙で出来ていることに気が付けば意外とあっさり通れると思います』
そんな会話をしているとバグマンさんが私たちにそれぞれ魔法の施しや生物の配置などをしてくるように言った。
「行きましょう、ユキ」
『はい』
私はチラとムーディ教授を見た。シニストラ教授と組んで迷路に入るらしい。
シニストラ教授、大丈夫よね……?
「ユキ、行きますよ」
『あ、ごめんなさい、ミネルバ。直ぐに行きます』
私は迷路の入口で振り返るミネルバのもとへと急いで駆けていった。
それぞれ魔法の施し、魔法生物の配置を終えて迷路から出てきた。私はシニストラ教授の様子を見る。頭を押さえている。
『シニストラ教授!』
「ん……?」
『お顔の色が悪いです。どうなさったのですか?』
「やだ、見つかっちゃったわね」
シニストラ教授はバツが悪そうに肩を竦めた後に、自分の罠に、自分でかかってしまったと言った。
「足を踏み入れたら宇宙空間に投げ出される魔法にしたの。私の声でその空間から逃れられるヒントが流されて、正しい星の方向に進めば空間から出られるようにしたのだけれど……呪文が失敗してしまっていたみたい。途中で頭から地面に落下してしまって、情けない事に気を失ってしまったの」
『お怪我は酷くないんですか?』
「ムーディ教授が直ぐに意識を覚醒させて下さったし、頭部は氷で冷やしたから医務室に行くほどではないわ。兎に角、本番前に呪文の調整ができて良かった」
「今は完璧な状態よ」と微笑んだところで、バグマンさんが声を張り上げた。
「皆さん、お疲れ様でした。明日も宜しくお願い致します」
バグマンさんの言葉でその場は解散となる。
シニストラ教授が気を失った……
私はセブとシリウスのもとへ行って、この事を伝えた。
『どう思う?シニストラ教授が気を失ったのは本当にご自分の魔法が失敗したせいかしら?』
「怪しい匂いがするが……」
シリウスが眉を寄せる。
「しかし、迷路内は立ち入り禁止だ。1度破ってしまえば2度と発動しない呪文も張られている。中に入って確かめるのは難しい」
軽く首を振ってセブが言った。
『そうね。それにハリーがどの道を通るか分からないわけだし……』
私たちは不安を感じるものの、迷路内の安全確認は諦めた。
でも、嫌だな。なんかモヤモヤする。
何か生徒たちを守る方法はないものか―――――あ!
私は良い案を思いついた。
明日までに4枚作れるかしら?急がなくっちゃ。クィリナスにも手伝ってもらわないと。
私はセブとシリウスにおやすみの挨拶を言って、自室へと走って帰ったのだった。
***
6月24日は雲一つない快晴だった。
まるでテスト最終日の生徒たちの心を映すよう。
『ふー。間に合った』
私はホッと息を吐き出す。
夕食の前の一コマは、忍術学はなかった。
私はその時間を使って最後の1枚となる呪文を施した紙をクィリナスに手伝ってもらって完成させる。
私はクィリナスにお礼を言い、懐に作った札を入れて夕食へと向かう。
『シリウス』
「よう」
『ハリーはどうだった?』
「あぁ。リラックスした雰囲気だったぞ」
代表選手は最終課題前に家族と面会する時間が与えられていた。もちろんハリーを嫌っているダーズリー一家は来ない。
その代わり、シリウスとウィーズリー家のモリーさん、ビルがハリーの家族代わりとして面会をしていたのだ。ハリーもダーズリー一家が来るより何倍も嬉しかった事だろう。
『よーし。食べるぞー』
いつもより品数の多い料理を端から平らげていく。
「まるでマグルの掃除機のようですな」
セブがボソリと言った。
『掃除機?』
セブの言葉に首を傾げる。
「ゴミを吸い取る機械のことだ」
『なっ!失礼ねっ』
私は腹いせにセブのお皿にあったシュニッツェルを強奪した。
「雪野~~~」
『むぐー』
頬を引っ張られながらも咀嚼して飲み込む。
あぁ、美味しかった。ご馳走様。
「まったくお前ときたら……はあぁ。ナルシッサ先輩に来て頂いて行儀作法を叩き込み直してもらいたいものだ」
『ひっ。怖い事言わないでよ。ナルシッサ先輩、怒ったら凄く怖いのよ』
手紙を書くというセブを必死に説得していると、ダンブーが立ち上がった。
いつの間にか魔法のかけられた天井が、ブルーから日暮れの紫に変わっていた。
「紳士淑女の皆さん。あと5分たつと皆さんにクィディッチ競技場に行くように私からお願いすることになる。三大魔法学校対抗試合、最後の課題が行われる。代表選手は今すぐ競技場へ行くのじゃ」
代表選手が立ち上がると、テーブルから一斉に拍手が沸き起こった。
ハリーはウィーズリー一家、ハーマイオニーに激励され、他の選手と一緒に大広間を出て行った。
5分後、ダンブーがソノーラスで大広間に呼びかける。
「それでは移動じゃ!最後の課題の観戦を楽しもうぞ」
ダンブーの言葉で私たちも席から立ち上がった。
職員テーブルの後ろの壁に立てかけていた箒を持って、私はセブとシリウスと共に大広間を出て行く。
私たちは見回り係に当たっているのだ。
スタンドには何百という生徒が次々に着席し、あたりは興奮した声で満たされていた。
空はいまや澄んだ濃紺に変わり、一番星が瞬いている。
ハグリッド、セブ、シリウス、私、ミネルバ、そしてムーディ教授は大きく光る星のついバッジを胸に留めていた。私たちが6人が見回り係だ。
「さあ!選手入場です。まずはセドリック・ディゴリー!」
バグマンさんの声が会場に響いた。
フリットウィック教授が指揮をする楽団の演奏とともに初めに登場してきたのはセドリック。
観客席にかたまっていたカナリアンイエローの団体が立ち上がり、わーー!と声援を送る。
「お前なら大丈夫だ、セド」
「任せて、父さん」
セドリックのお父さん、エイモスさんがセドリックの手を上げさせて、観客の声援に応えさせた。
「行ってこい。気をつけてな」
「うん。また後でね」
ディゴリー親子は固い握手を交わしている。
「続いてハリー・ポッター、同じく1位。ホグワーツ校!」
今度は深紅色の団体が立ち上がった。ウィーズリー一家やハーマイオニー、栞ちゃんが一生懸命に手を叩いているのが見える。
「ハリー、落ち着いていけよ」
「うん。シリウスおじさん」
ハリーは力強くシリウスの言葉に頷いた。
「3位、ビクトール・クラム。ダームストラング専門学校!」
ダームストラングの男子生徒たちが立ち上がった。
野太いうおおおという雄叫びのような声が聞こえてくる。
「そして、4位。フラー・デラクール。ボーバトン・アカデミー!」
水色の制服を着た女子生徒たちが観客席で立ち上がった。みんな杖を宙に向けて、花火を打ち上げている。
これで4人の代表選手が迷路の前に集まった。
「私たちが迷路の上空、外側を巡回します」
ミネルバが代表選手たちに言った。
「何か危険に巻き込まれて、助けを求めたい時には空中に赤い花火を打ち上げなさい。私たちの誰かが救出に行きます。それから――――」
ミネルバが私を見た。
『それから、危険に襲われてどうしようもなくなった時、この紙を破いて下さい』
代表選手たちに人型の呪文が描かれた紙を渡す。それから私は影分身を4体出し、それぞれに選手に渡したのと同じ人型の紙を持たせた。
『これはポートキー。紙を破くとあなたたちの元へ私の影分身がワープして助けに行きます。ただし、花火を上げても私の影分身を呼び寄せても、その時点で失格となるから注意してね』
代表選手たちが頷いた。
「では、見回りの先生方は持ち場について下さい!」
バグマンさんが元気よく私たちに指示を出した。
『それじゃあ、後で』
私たちは地面を蹴って空へと上がっていった。持ち場に着くためバラバラの方向へと箒を飛ばす。
遠くから現在の得点状況を知らせるバグマンさんの声が聞こえる。
下は靄が立ち込めていて、迷路の上部が薄らと見える程度だ。
誰もあの人型の紙を使ったり、赤い花火を打ち上げる状況になりませんように。そう願っているとドーンと大砲の音が聞こえてきた。同点1位のハリーとセドリックが迷路に入ったのだ。
暫くしてまた、ドーンと大砲の音。今度はビクトール。
そして3度目の大砲の音。これで代表選手全員が迷路に入ったことになる。
『半獣化』
私は半獣化した。
靄がかかった迷路は相変わらず上部しか見えない。
しかし、何かあった時にこの姿の方が素早く危険を察知できるだろう。
私が担当している区域はシリウスの隣。迷路の入口から見て左側。シリウスよりも奥側が私の管轄だ。
優勝トロフィーは迷路の中心部に置かれているそうだ。
私は懐中時計を取り出して時間を確認する。全員が迷路に入ってから15分程経ったところだった。
迷路の上空を飛んでいた私の耳がピクリと反応する。
突然耳に届いた甲高い悲鳴。
「キャーーーーーーーー!!!」
どこから!?
迷路の入口から見て左側から悲鳴が聞こえてきたように思われる。
女の子の声だからフラーの叫び声だ。
何があったというのだろう?
シリウスの担当区域付近に思われる。
シリウスが上空でどこから悲鳴が上がったのだろうと箒を回しているのが見える。
私が動きたいのをぐっと我慢して悲鳴が聞こえてきた方向を見つめていると、赤い花火が打ち上がった。
シリウスは直ぐに急降下した。
暫くしてフラーを担架に乗せたシリウスが迷路上空に上がってきた。
『フラーは無事!?』
「怪我は特に見られない。だが、気を失っている」
シリウスは杖を振って担架をスタート地点の方へと移動させた。
シリウス達が去り、何もない静寂の時間が続く。
私は再び懐中時計を取り出して時間を確認した。
初めの選手が入ってから30分が経過している。
大会委員の予想ではそろそろゴールに辿り着く選手が出てもいい時間になった。
その時、再び赤い花火が打ち上がった。
今度は私の管轄だ。
箒を回して急降下させる。
靄のかかった迷路の中に入る。
迷路の中は薄暗い。
『確かこのあたりで花火が上がったはずだけど?』
「本体!」
私を呼ぶ声が聞こえた。
『クラム!』
ビクトール・クラムは影分身の私に羽交い締めにされていた。
様子がおかしい。両手をダラリと下げて、口は半開き、目の色は灰色に濁っている。
服従の呪文をかけられた時の特徴と似ている。本で読んだだけで、実際に呪いにかかった人は見たことはないけれど、きっとそうだ。
「雪野……雪野、殺す……!」
影分身の腕の中でビクトールが暴れている。
『直ぐに呪文を解くわ。フィニート・インカンターテム!』
ピタリとクラムの動きが止まった。
暴れていたクラムの体は糸が切れたマリオネットのように地面にへたりこむ。影分身は彼をゆっくりと地面に横たえた。
『クラム!しっかり!』
クラムに呼びかけると、彼はゆっくりと目を開けた。
「あれ……?ヴぉくはいったい……」
灰色に濁った目は元の黒色に戻っていた。ぼんやりとして目で私を見つめるクラム。
『何者かに服従の呪文を打たれたのよ?覚えている?』
「服従の呪文!?……いいえ、すみません。覚えていません……」
『謝る必要はないわ。それより気分はどう?』
「吐き気がします」
体を起こそうとしたクラムを押しとどめる。
『担架を出すわ。それに乗ってスタート地点に戻りましょう』
「……ヴぉく、失格ですね……」
『残念だけど。でも、あなたが生きていて良かったわ』
落ち込むクラムの手を握り、慰めるようにポンポンと叩いてから私は懐の中に入っているミニ担架を取り出し、杖でつついて大きくした。
クラムは自分で担架に乗ることができた。
『移動するわね』
私は影分身を消した。
頭の中に影分身の記憶が入ってくる。
なるほど……
杖を振り、ゆっくりと担架を上昇させる。
そして6メートルある迷路の生垣の上部スレスレを飛びながらスタート地点へと移動していく。
「クラム!」
スタート地点へゆっくり降りていくと、カルカロフ校長が叫びながら走ってきた。
「校長先生……ヴぉく、操られました……」
「操られた?」
カルカロフ校長が眉間に深く溝を作る。
「いったいどういう事かね!?」
カルカロフ校長が私を見た。
『どうやら何者かに服従の呪文をかけられたようです』
「なんだと!?」
カルカロフ校長の顔が真っ青になり、驚愕して叫んだ。
「ホグワーツだ!ホグワーツの代表選手どちらかが優勝杯を自分の物にせんと許されざる呪文を使ったのだ!!」
カルカロフ校長はダンブーに向けて鋭い口調で迫った。
「落ち着くのじゃ、イゴール。儂はホグワーツの代表選手がそのような事をするとは信じられぬ。第3者の仕業のように思えるぞ」
「第3者!?それは一体誰なのだ?え?」
ダンブーに詰め寄るカルカロフ校長から視線を外す。スタート地点には3体の影分身が残っていた。
私は先ほど影分身から送られてきた記憶を思い出す。影分身はセドリックが出したものだった。
~~~
「ユキ先生!クラムが突然僕を襲ってきたんです!しかも磔の呪文を使った!」
「クラムは正気じゃないよ」
セドリックとハリーが影分身の私に言う。
影分身を呼び出したのはセドリックの札だった。
『クラムはどういう状態?』
地面に倒れているクラムを見ながら聞く。
「失神呪文を使いました」
ハリーが言った。
『分かったわ。2人は競技を続けなさい。クラムの事は私に任せて』
2人は頷いて別々の通路に入り、消えていった。
「アバダ・ケダブラ」
『おっと』
影分身の横を緑色の閃光が通り過ぎた。
「雪野……雪野、殺す」
見ればクラムが影分身の私に杖を向けていた。失神の呪文から回復するなんて!
杖を持っていない方の手はダラリとたれ、頭をたらし、少しだけ斜めに顔を上げ、視線だけを影分身の私に向けている様子だ。
『クラムにこんな呪文を使わせるなんて!』
憤った影分身はダンっと地面を蹴り、一気にビクトールとの間合いを詰めた。そして腕を取り、捻り上げた。クラムの手から杖が落ちる。
「あ゛、あ゛、あ゛あ゛アアアァァ!」
暴れるクラムを羽交い締めしているところで、本体の私がやってきた。
~~~
あと迷路内で札を持っているのはハリーだけか……
私は影分身のもとへと行った。
『札を』
影分身が周りに気づかれないようにそっと私に札を差し出す。
懐にしまい、未だ口論しているダンブーとカルカロフ校長に向き直る。
『私は見回りに戻ります』
箒に跨り、地面を蹴る。
迷路の中心地、ゴール地点へと箒を飛ばす。
「ユキ」
『セブ』
「何があった?」
『ビクトール・クラムが何者かに服従の呪文をかけられてセドリックを襲ったのよ』
「なんだと!?」
『嫌な予感がするわ。私はゴール上空で待機する』
「我輩も行こう。ここはスタート付近だ。もうここに選手は戻ってきまい」
スーっと上空を飛んでいくとシリウスに出会った。
「どうした?」
私とセブが一緒にいる事に不思議そうに眉を寄せる。
私はセブにしたのと同じ説明をした。
「実はフラーが襲われたのを助けたのだが、おかしかったんだ。フラーを迷路の生垣が飲み込もうとしていた。あれは張られた罠じゃない。何者かの陰謀だ」
『ハリーたちが心配だわ』
「俺も一緒にゴール地点まで行こう。ここはもう、選手は通らないだろうから」
私たち3人はゴール地点上空についた。
「気づかれない程度に靄を晴らそう」
セブが杖を振って、靄を薄れさせた。薄らと迷路の地面が見えてくる。
金色に輝くトロフィー。
私たちの視界に黒い影が映った。生徒だ。
「ハリーだ!」
シリウスが嬉しそうに声を上げた。
「ディゴリーも来たようだぞ」
『でも、あぁ、余計なものを連れてきたわね』
セドリックが走っている真横の道から巨大な黒い蜘蛛が飛び出してきた。
気づけ、セドリック!
心の中で祈るが、セドリックには優勝杯しか見えていない。蜘蛛が今にも襲いかかろうとした時だった。
「左だ!セドリック!」
ハリーが叫んだ。
セドリックはハッとして顔を横に向けた。
危機一髪!セドリックは襲いかかる蜘蛛から逃れることができた。
しかし、飛び避けた拍子に足をもつれさせ倒れ、セドリックの手から杖が離れて遠くに飛んでしまう。
蜘蛛は直ぐに体勢を立て直してセドリックへ襲いかかる。
ハリーが蜘蛛に向かって杖を振った。
「ステューピファイ!くそっ。ステューピファイ」
ハリーが失神呪文を唱え、呪文は大きな蜘蛛の図体に当たったが、蜘蛛の体に呪文が効いている気配はない。
身体が大きく、腹部を覆う皮膚骨格の厚みが分厚すぎるのだ。
「足を狙ってくれ!」
セドリックが叫ぶ。
「分かった!ステューピファイ!」
今度は効いた。蜘蛛の足は麻痺し、足が絡まり、蜘蛛はドシンと地面に倒れた。
上空にいる私たち3人はホッと息を吐き出す。
『良かったー』
「どうなる事かと思ったぜ」
「……しかし、これからどうするかだな」
セブの言葉に視線を下に戻す。
何やら二人はトロフィーの前で話している。
トロフィーをどちらが取るか譲り合っているように見える。
そして、話し合いの結果が出たようだ。
私はニッコリした。
2人は同時にトロフィーに手を伸ばす。
パッとトロフィーと共に消えた2人の体。
しかし―――――――
「何故歓声が聞こえてこない?」
シリウスが訝しげな顔で呟いた。
『おかしいわね』
トロフィーはポートキーになっていて、手に取るとスタート地点に飛ぶようになっている。
それなのに、観客席の方向からは爆発するような歓声は聞こえてこなかった。辺りは相変わらず静寂に包まれている。
セブがスーっと後下していった。私とシリウスもそれに続く。
「確かにトロフィーはない。ポッターとディゴリーはポートキーとなっているトロフィーでここから移動したーーーーっ!」
「雷遁:雷撃!」
『ありがとう、シリウス』
麻痺を引きずりながらこちらへ襲いかかってきた蜘蛛にシリウスが術を放って倒した。
蜘蛛はビリビリと痺れて転がって痙攣している。
「怪我はないか?スニベルス?」
ニヤリと皮肉っぽくシリウスが言う。
「っ貴様の助けなどなくとも我輩は蜘蛛ごときに負けることはなかった!」
意地悪く口角を上げて言うシリウスと般若の形相でシリウスを睨みつけるセブに呆れていた時だった。
ぞわわっと悪寒が足元から頭まで走り抜けた。
『風遁・風神の術』
私は術を発動させた。
ゴオオと音を立てて風が回りながら私、セブ、シリウスを上空へと飛ばす。
「どうしたんだ、ユキ!?」
『何か来る!』
風をコントロールしてシリウスに箒を飛ばす。シリウスが箒をキャッチする。シリウスもセブも箒に跨った。
私も箒に跨り、更に上昇を続けようとしたのだが、
『っ!』
垣根になっていた植物が私に蔓を伸ばし、足首に絡みついた。
ぐいっと下に引っ張られる。私は杖を蔓に向けて振り、足首から切り離した。
しかし、下からは何百、いや、何千かもしれない。
私を引きずり落とそうとする蔓が伸びてきていた。
下は生垣の植物が伸びて黒に近い緑色に覆い尽くされていて、地面が見えない。
「インセンディオ」
バリトンの声で放たれた呪文。
しかし、何故だか蔓は炎に包まれても燃えなかった。何事もなかったように私に向かってくる。
「いったいどうなっている!?」
セブが苛立たしげに言い、切り裂き呪文を唱えた。
今度は効いたが、後から後から昇ってくる蔓はキリがない。
『この蔓は私だけを狙っているみたい!巻き込まれないように2人は逃げて!』
「そんな事できるわけねぇだろっ―――危ないッ」
グラリと体勢が崩れる。
箒に蔓が巻き付いたのだ。
後はあっという間だった。
箒が蔓の海に飲み込まれて消えた。
私は空中に投げ出された状態で術を唱える。
『火遁・火炎砲……くっ。やはり炎系の術は効かないか』
私は私を頂点にドーム型に膨らんでいる蔓の塊の中へと引きずられていく。
「「ユキ!」」
『来ちゃダメっ』
私の方へ箒を飛ばしてくるセブとシリウスに両手を向け、風遁の術を放ち私から遠ざけるように吹き飛ばす。
私は蔓のドームの中に引きずり込まれた。光は入らず、真っ暗闇だ。
『火遁・狐火の術』
周りの状況を把握するために火の玉を出す。
周りは四方どこを見ても蔓で覆われていた。
私の両足は既に蔓に絡められ、動かすことが出来ない状態になっていた。炎系の技が効かないのは痛い。
『風遁・かまいたちの術』
三日月型の風の塊が周囲を飛び回り、私にまとわりつく蔓を切っていく。私はこの技を何度も何度も発動した。
それでも、切っても切ってもキリがない。
1度は蔓を足から切り離したが、直ぐに別の蔓が足へと絡みついた。蔓は体に巻き付き、両腕にまで巻き付き私の自由を奪う。
手が動かせるうちにどうにかしなければ。効果的な術が何か考えろ。
『水遁・氷華砲!』
氷柱が蔓を切り裂く。
『桜花衝』
身体が自由になったところでチャクラを拳に集めたパンチを絡まって壁と化している蔓に打ち込んだ。
ドゴーーーン
蔓は凹み、地面にクレーターが出来上がる。
術を打ち込んだ蔓の動きが止まる。
私は風遁・かまいたちの術で地面の蔓を切り、風遁・風蒲団で切った蔓を吹き飛ばす。
私は蔓の上ではなく、フィールドに立っていた。
しかし、安心している暇はない。蔓の攻撃は休ませてくれる間もなく襲いかかってくる。
影分身を最大数出すべきか。いや、完全獣化しよう。突破口が出来たら変身を解き、炎帝を呼び出して外へ脱出を。そう作戦を立て、獣化しようとした時だった。
『!?』
ぐんという浮遊感。足元が消える。
ユキの体は蔦のドームの中から消えたのであった。