第5章 慕う黒犬
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19.憂いの篩
トレローニーは生徒と向き合い、メガネで奇妙に拡大された目で皆を見回した。
「星座占いはもう殆ど終わりました。ただし、今日は火星の位置がとても興味深いところにございましてね―――――
暖炉の火だけが教室を照らしている。
教室の前ではトレローニーがガラスのドームに入った美しい太陽系のミニチュア模型を取り上げた。
トレローニーが火星と海王星が惚れ惚れする角度を構成していると説明し始めたのをハリーはぼんやりと眺めていた。
ムッとするような香気が押し寄せた。ハリーはそっと窓を開ける。窓から入ってきたそよ風が頬を撫でた。
どこかのカーテンの影で虫が優しく鳴いているのが聞こえた。ハリーの瞼が重くなってきた……
ハリーはワシミミズクの背に乗って、澄み切ったブルーの空高く舞い上がり、高い丘の上に立つ蔦の絡んだ古い屋敷へと向かっていた。
ハリーは館の上の階の暗い壊れた窓にたどり着き、中へ入った。
ハリーとワシミミズクは薄暗い廊下を飛び、ドアから暗い部屋へと入った。
部屋の窓は板が打ち付けてあった。
ハリーはワシミミズクから降りた。ワシミミズクが部屋を横切り、ハリーの方に背を向けた椅子へと飛んでいった。
椅子のそばの床に、2つの黒い影が見える。
2つの黒い影が蠢いている。
1つは巨大な蛇、もう1つは男。
男の姿は禿げかけ、薄い水色の目、尖った鼻の小男。見覚えが有る。ピーター・ペティグリューだ。
ハリーは憎きその男の様子を見た。ゼイゼイ声を上げて啜り泣いている。
「ワームテール、貴様は運のいいやつよ」
冷たく、重い声がワシミミズクのとまった肘掛け椅子の奥の方から聞こえてきた。
「貴様はしくじったが、全て台無しにはならなかった。奴は死んだ」
「ご主人様……」
床に平伏してペティグリューが喘いだ。
「ご主人様。わたくしめはまことに、嬉しゅうございます……誠に、申し訳なく……」
「ナギニ、お前は運が悪い」
蛇が不気味に蠢く。
「結局、ワームテールをお前の餌食にはしない。しかし、心配するな。よいか、まだハリー・ポッターがおるわ……」
蛇はシューシューと音を出した。舌がチロチロするのをハリーは見た。
「あの者は上手くやるだろう。ダンブルドア……ユキ・雪野……あやつらの目を上手く欺いて俺様の命令を遂行するだろう。愚鈍なお前と違ってな……。あの者ならポッターの事以外にも、雪野も上手く始末するだろう……」
あの者、とは誰だろう?
ハリーが眉を寄せていると、
「さて、ワームテールよ」
冷たい声が言った。
「お前の失態はもう2度と許さん。それを体に覚えさせてやろう」
椅子の奥の方から杖の先端が出てきた。
ペティグリューに向けられている。
「クルーシオ!苦しめ!」
ハリーは耳を塞ぎたくなった。
体中の神経が燃えているような悲鳴だ。
ハリーの額の傷が焼きごてを当てられているように痛んだ。
「ハリー!ハリー!!」
ハリーは目を開けた。
気が付くと両手で顔を覆い、床に倒れていた。
傷跡はまだ酷く痛んでいる。
クラス全員がハリーを囲んで立っていた。
「あなたもしや「ぼ、僕、医務室に行った方がいいと思いますっ」
トレローニーが何か言う前にハリーが叫ぶように言った。
トレローニーはハリーがトレローニーの透視振動の強さに刺激を受けた。今ならきっと透視が出来るに違いないと言ってハリーに透視をさせようとしたが、ハリーは頭痛の治療薬以外は見たくないと言って逃げるように教室から去った。
ハリーはしかし、医務室に行く気はなかった。かねてからシリウスに言われていた通り、ダンブルドア校長の元へ行こうとしていた。
校長室への道を急いでいる時だった。
廊下の角を曲がったハリーは誰かにぶつかりそうになる。
「うわっと!」
「おっと。ハリーじゃないか」
「すみません、って、あ、シリウスおじさん!それにユキ先生も」
ハリーの目の前にはユキとシリウスの姿があった。
「どうしたんですか?2人ともボロボロだ」
ハリーは上から下までユキとシリウスの姿を見た。
ふたりの体は傷だらけ、泥だらけになっていた。あちこちから血が出ている。
「ユキと鍛錬していたんだ。これはいつもの事だから心配するな。それより、ハリーの方こそどうしたんだ?顔が真っ青じゃないか」
シリウスがハリーの顔を覗き込む。
「うん。実は……」
ハリーは額の傷跡に手を持っていきながら占い学の教室で夢見た事をシリウスとユキに話した。
『それを見たときに傷跡も傷んだのね』
「そうなんです。ヴォルデモートがペティグリューに磔の呪文を使った時に」
ハリーは心配そうな顔でユキを見上げた。
「ヴォルデモートの手下がユキ先生を狙っているって……」
『あぁ。気にしないで。そんな顔しなくても大丈夫よ』
ユキはハリーの心配をよそに明るく笑った。
『ヴォルデモートが私を憎らしく思っているのは知っているから驚く事じゃないわ。それに、私はちょっとやそっとじゃ殺られないから安心して』
ユキはハリーの頭をくしゃくしゃっと撫でる。
「直ぐに校長室へ行ったらいいな。俺もついていく」
シリウスが言った。
『私も。校長の意見を聞いてみたいわ』
こうして3人は校長室へと向かったのだった。
「ゴキブリゴソゴソ豆板」
シリウスの言葉で対のガーゴイル像に命が吹き込まれ、脇にピョンと飛び退いた。
「変な合言葉だね」
『校長室の合言葉はいつも変よ』
ユキは肩を竦めながら螺旋階段に足をかけた。
階段はゆっくりと上に動き始め、3人の後ろでは壁が閉まった。
3人の前には磨き上げられた樫の扉。
扉につけられている
「(なんだ?)」
『(誰か中にいるみたい)』
2人はこそっと会話をし、耳を樫の扉へ押し付けた。
ハリーも2人にならって耳を扉に押し付ける。
「ルードが言うにはバーサの場合、行方不明になってもなんらおかしくない。怪しげな事が起きているという証拠はないですぞ?ましてやバーテミウス・クラウチの死と結びつけるなどと。証拠などない!」
「いいや、大臣。我々は2つの事件に接点があると考えている」
コーネリウス・ファッジ大臣の言葉に唸るようにしてムーディが言った。
「いや、私はそうは思わん。クラウチ氏が亡くなった現場近くにはボーバトンの馬車があったのだろう?ダンブルドア、あの女が何者か、ご存知かね?」
「非常に有能な校長だと考えておるよ。それに、ダンスが非常にうまい」
「よせ!ダンブルドア」
ファッジが怒った。
「あなたはハグリッドの事があるからあの女に甘いのではないか?連中は全部が全部無害ではない。もっとも、あの異常な怪物好きのハグリッドが無害だと言うならの話だが―――――」
ファッジの言葉を聞いてシリウスが憤る。
「あんの野郎、黙って聞いていれば」
『酷いわね。でも、シリウス、見つかっちゃう。抑えて、抑えて』
ファッジたちが言い合いしている校長室と扉を隔てて、ユキはシリウスの背中を落ち着かせるように撫でる。
「儂はハグリッドと同じようにマダム・マクシームも疑っておらんよ。コーネリウス、偏見があるのはあなたの方かもしれんのう」
「もう議論はやめんかね」
ムーディが唸った。
「そうだな。クラウチ氏が死亡していた現場を見に行かねば……」
「いいや。そうではない。ポッターと、忍術学の先生たちが扉の外におる」
ユキとシリウス、ハリーは一斉に肩を跳ねさせた。
まさか扉を隔てた場所にいる私たちの存在まで分かるなんて……魔法の目は凄いわね……
ユキはムーディに脅威を感じながら扉が開かれるのを待った。
「3人揃ってどうしたのかね?」
「用事があるのはハリーだけです。俺たちは付き添いで……」
「ダンブルドア校長先生にどうしてもお話したい事があって」
「よかろう。少しここで待っていなさい。現場検証は長くはかからんじゃろうから」
ファッジたちはユキ達と軽く会話をした後、現場検証のために禁じられた森へと行くため校長室を出て行った。
『フォークス、いつも綺麗ね』
真紅と金色の羽を持った美しい不死鳥を撫でるユキ。
『そうだ。炎子に会わせてあげる。口寄せの術』
ユキは親指を噛み、血を出してパンと両手を合わせた。
ポンと白い煙と共に現れたのは赤い羽根を持つ鷹と同じくらいの大きさの鳥。
<久しぶり~ってフォークスじゃない!>
炎子の姿を見てフォークスの瞳が輝き出す。
二人は恋仲なのだ。
寄り添って互いを毛づくろいしている。
「仲がいいな」
『そうね』
「で、俺たちの仲は進展はないのか?」
『「えっ!?」』
ユキとハリーが同時に驚きの声を上げた。
「も、もしかして、シリウスおじさんはユキ先生の事……」
「絶賛アプローチ中だ。ハリーからも言ってくれよ。俺がどんなに魅力的な男かって事をさ」
ハリーはパッと顔を輝かせてユキを見る。
「ユキ先生!シリウスおじさんと付き合ったらいいよ!おじさん、格好良いし、優しいし、それに面白いし、忍耐強くて勇敢だもの。悪いとこなしだよ」
「そんなに褒められたらくすぐったいな」
シリウスがハハッと笑った。
ユキはこの会話への上手い返しが思い浮かばず、なにか気を逸らすものはないかと部屋の中を見渡した。
すると、校長室の奥の黒い戸棚から一筋、眩いばかりの銀色の光が差しているのが見えた。
吸い寄せられるように、ユキは銀色の光へと近づいていく。
『これは……?』
シリウスとハリーもユキの後についてきた。
「水盆?」
ハリーが首を傾げる。
浅い石の水盆が置かれていた。縁にぐるりと不思議な彫り物が施してある。ルーン文字と、ユキの知らない記号だ。
「ペンシーブだな」
『あぁ。これが憂いの篩ね』
「ペンシーブ?憂いの篩って?」
「記憶を保存する魔法道具だ。ペンシーブに記憶を保存すれば、後に自分や他者がその記憶を追体験することが出来る」
シリウスがハリーに説明する。
水盆から射している銀色の光。
中には液体なのか、気体なのか分からないものが入っていた。
水面に風が渡るように、表面にさざなみがたったかと思うと、雲のようにちぎれ、滑らかに渦巻いた。まるで光が液体になったような物質だ。
『これは見ろってことね』
「は?」
ユキの言葉にポカンと口を開けるシリウスは、ハッとなって首を横に振る。
「ば、馬鹿、お前、ダンブルドア校長の記憶だぞ。勝手に覗いていいわけないだろ」
『ちゃんと片付けなかったダンブルドア校長が悪い』
ユキは平然と言い放ってまず杖を水盆に突っ込んだ。水盆の中の銀色の靄が急速に渦巻き始めた。
『情報はあればあるだけいい。ここに水盆が出しっぱなしになっていたって事は、もしかしたら今回の一連の事件に関する記憶が収められているのかも。私、見るわ』
ユキはそう言い、水盆に頭を突っ込んだ。
「まったくユキの奴は……」
「おじさん、僕も見てみたい。ゴメンナサイ!」
「あっ!ハリー!」
ハリーもユキに続いて水盆に頭を突っ込む。
「……連帯責任だからな」
結局シリウスもガシっと頭を掻いてから憂いの篩に頭を突っ込んだのだった。
気が付くと3人は大きな部屋の中に立っていた。
『あら、2人も来たのね』
「好奇心に負けて来ちゃいました」
「俺だけ知らないってのも嫌だからな。後で怒られるぞ。2人とも覚悟しとけよ」
『怒られないわよ。しまい忘れた方が悪いんだもの』
ユキは歌うように言って呆れるシリウスから視線を逸らし、周りを見渡した。
薄明かりの部屋だ。窓がない。
ホグワーツ城の壁の照明と同じように、腕木に松明が灯っているだけだ。
ベンチのようなものが階段状に並び、どの段にも魔法使いや魔女たちがビッシリと座っている。
部屋のちょうど中央に椅子が置かれている。
「ここは……裁判をする部屋だ」
固い声にユキがシリウスの方を見ると、彼の顔は辛そうに歪んでいた。
『……今から誰かの裁判が始まるのね』
椅子の肘のところに鎖が巻きつけてある椅子を見ながらユキが呟く。
ユキたちは3つの裁判を見た。
いずれの裁判もクラウチが取り仕切っていた。
まずはイゴール・カルカロフの裁判―――――
どうやら時期は闇の帝王が倒された直後らしい。
カルカロフは魔法省に情報を提供するためにアズカバンから連れてこられていた。
裁判の様子を見つめるダンブルドアの近くにはムーディの姿もあった。
カルカロフは釈放を勝ち取ろうと次々と死喰人たちの名前を上げていった。
「エバン・ロジエール」
「奴は死んだ」
「な、なんと。それは当然の報いで!」
慌てふためきながらカルカロフは懸命に記憶を振り絞って名前を上げていく。
しかし、クラウチ氏はしょうもないと言ったように溜息を吐き出し、首を振る。
「よかろう。カルカロフ、これで全部ならお前はアズカバンに逆戻りしてもらう」
「まだ終わっていません!待ってくださいっ」
必死にカルカロフが叫んだ。
「スネイプ!」
カルカロフが声を張り上げて言った。
「セブルス・スネイプは死喰人だ!」
「この評議会はスネイプを無罪とした」
クラウチが蔑むように言った。
それと同時に大きな舌打ちをシリウスが鳴らす。
「あいつは死喰人だ。無罪?どうしてそうなった?」
眼光鋭くシリウスがクラウチを睨んでいると、ダンブルドアから声が上がった。
「セブルス・スネイプは確かに死喰人であったが、ヴォルデモートの失脚より前に我らの側に戻り、自ら大きな危険を冒して我々の密偵になってくれたのじゃ。いまや儂が死喰人でないようにスネイプも死喰人ではないぞ」
ハリーはムーディを振り返った。甚だ疑わしいと言う顔をしている。
『2人ともそんな顔しないでよ。ダンブルドア校長の言う通りなのよ。セブはスパイ活動をしていただけよ。彼は無実。そんな顔をしないで』
「ムーディ教授はそうは思っていないみたいですけど……」
「ムーディに賛同するのは癪だが、この件に関してだけは俺もムーディに同意だぜ」
そんな会話をしているうちに、周りが煙で包まれたように白くなってきた。
自分の体とお互いの姿しか見えなくなってくる。
ハリーは怖くなって、ユキとシリウスの手をギュッと握った。
『大丈夫よ、ハリー。次の場面に飛んだだけみたい』
またしてもそこは同じ場所だった。
今度鎖の巻き付いている椅子に座ったのはルード・バグマンだった。
しかし、カルカロフの時のように鎖はバグマンの体に巻き付かなかった。
ここにもムーディがいたのを3人は確認した。
『バグマンさんは悪い人じゃなさそうね。話を聞く限りは』
バグマンは父の古い友人が死喰人と知らずに情報を渡していたという咎で裁判にかけられていた。
しかし、陪審員の魔法使いや魔女はバグマンの味方で、バグマンは無罪放免となった。
「あ、また」
ハリーが呟くと同時にまた視界がぼやけてきた。
そして、3度はっきりしてきた時、ダンブルドアはクラウチの隣に座っていたが、あたりの様子はこれほど違うかと思うほど様変わりしていた。
しんと静まり返り、クラウチの隣にいる儚げな魔女が啜り泣いている音だけが法廷に響いている。
「連れてこい」
クラウチの声で部屋の隅のドアが開いた。
今度は4人の被告を6体の吸魂鬼が連行している。
『あいつは!』
「誰か知っている奴がいたか?」
『バーテミウス・クラウチ・ジュニア』
「面識があるのか?」
『1度戦ったことがある』
シリウスはユキの言葉に大きく目を見開いた。
「バーテミウス・クラウチ・ジュニアって事は、クラウチさんの息子さん?」
「あぁ、そうだ、ハリー。それから黒髪で椅子にふんぞり返って座っている魔女は俺の従姉妹、ベラトリックス・レストレンジだ」
シリウスが口早に説明する。
「お前たちは魔法法律評議会に出頭している。この評議会は、お前たちに評決を申し渡す。罪状は極悪非道の―――――」
「お父さん、お願い……」
クラウチ・ジュニアが呼びかけた。
しかし、クラウチは一層声を張り上げ、息子の声を押しつぶした。
「お前たちは闇祓いのフランク・ロングボトムを捉え、磔の呪いにかけた咎で訴追されている」
「お父さん!僕はやってませんっ」
「更なる罪状は、フランク・ロングボトムが情報を吐こうとしなかった時、その妻に対して磔の呪いをかけた咎である。名前を言ってはいけないあの人の権力を回復せしめんとし、その者が強力だった時代を復活せしめんとした。陪審の評決を―――――」
「お母さん!お父さんを止めてくださいッ。あれは僕じゃなかったんだ!」
クラウチ・ジュニアの啜り泣き声の混じった嘆願の声を無視してクラウチが叫んだ。
「これらの罪はアズカバンでの終身刑に値すると私は信ずるが、それに賛成の陪審員は挙手願いたい」
地下牢にいた魔法使い、魔女たちがいっせいに手を挙げた。
泣き叫びながら父親と母親に訴えるクラウチ・ジュニアが引きづられていく。彼の声をかき消すようにベラトリックスが声をあげた。
「闇の帝王は再び立ち上がる!我々をアズカバンに放り込むが良い。我々は待つのみ。あの方は蘇り、我々を迎えにおいでになる!」
キャーーハッハッハと高笑いをしながら部屋を去っていくベラトリックス。
『あなたの従姉妹、強烈ね』
「ベラトリックスはヴォルデモートの熱烈な信奉者だ」
ユキはシリウスから法廷に視線を戻す。
クラウチ・ジュニアがどうにか連れて行かれまいとして頑張っている。
「僕はあなたの息子だ!あなたの息子なのに!」
「おまえは私の息子などではないッ」
悲痛な声と怒鳴り声。
ユキが吸魂鬼に怯える年若い少年に哀れみを感じていた時だった。
「3人とも、そろそろ儂の部屋に戻る時間じゃろう」
いつの間にかユキたちの横にダンブルドアが立っていた。
こちらは本物だ。記憶ではない。
「上へ戻ろう」
ダンブルドアはハリーの肘を抱え上げた。
ハリーは体が宙に昇っていくのを感じた。
「俺たちも戻るか」
『そうね』
ユキとシリウスはポンと地面を蹴る。
2人は自力で記憶から現の世界へと戻っていく。
「校長先生、すみません。いけない事をしたと分かっています」
「よいよい、ハリー。君が謝る事ではない。どうせユキがそそのかしたんじゃろ?しまい忘れた方が悪い、とか何とか言って」
「何でもお見通しですか」
シリウスが苦笑する。
「娘の事じゃからの」
ダンブルドアが笑いながら肩を竦めた。
「考える事や思い出があまりに色々あって頭がいっぱいになった時にコレを使うのじゃ。溢れた想いを頭の中からこの中に注ぎ込んで、時間のある時にゆっくり吟味するのじゃよ」
ハリーに向けてダンブルドアが言う。
「それじゃ、この中身は先生の憂いなのですか?」
「その通りじゃ。見せてあげよう」
ダンブルドアはローブから杖を出して先端を、こめかみの辺りの銀色の髪に当てた。
杖をそこから離すと、白銀の不思議な物質が糸状になって光っていた。
ダンブルドアは新しい憂いを水盆の中に加える。
水盆を覗くと、セブルスの顔が映し出されていた。
<あれが戻ってきています……カルカロフのもです……これまでよりずっと強く、はっきりと……>
ヴォルデモートの力が増しているのね。
ユキは水盆の中に浮かぶセブルスの顔を見ながら思った。
そして同時に、今も昔と変わらずスパイの任務を続けているセブルスの事を思い、胸を痛くした。
「ファッジ大臣が来られた時、ちょうど憂いの篩を使っておっての。急いで片付けたのじゃ。どうも戸棚の戸をしっかり閉めなかったようじゃ」
「ごめんなさい。覗いてしまって。好奇心に負けてしまって……」
「好奇心は罪ではない。しかし、好奇心は慎重に使わんとな。まことに、そうじゃ……」
ダンブルドアは眉を顰めながら水盆の中の想いを突いた。すると、16歳くらいの小太りの女の子が怒った顔をして現れた。
<ダンブルドア先生!あいつ、私に呪いをかけたんです。私、ただ温室の影でフローレンスにキスしていたのを見たわよって言っただけなのに……!>
「バーサ……じゃが君はどうしてそもそも、あの子の後をつけたのじゃ……?」
『バーサ?バーサ・ジョーキンズ?あの行方不明のですか?』
「そうじゃ。儂が覚えておる学生時代のバーサの記憶じゃ」
『いらないところに首を突っ込んでしまうタイプに見えますね』
「まさにその通り。その困った癖はなおっていないと噂で耳にしたことがある。それが今回の行方不明の件と関係しておらねばいいのじゃがの……」
ダンブルドアは憂いの篩を見ながら深く息を吐き、首を左右に振った。
「さて、ハリー。儂に話があったようじゃの」
「そうなんです。実は占い学の授業中に――――――
ハリーはダンブルドアに自分が見たヴォルデモートの夢について話した。
「あの―――どうして僕の傷跡が傷んだんでしょう?」
「1つの仮説じゃが、儂の考えでは君の傷跡が痛むのは、ヴォルデモート卿が近くにいる時、もしくは極めて強烈な憎しみにかられている時じゃろう」
『ハリーの傷跡とヴォルデモートが繋がっている?』
「そう考えるのが妥当じゃろう」
「では、あの夢は本当に起こったことだと?」
「その可能性が高い。ハリー、ヴォルデモートを見たかの?」
「いいえ。椅子の背中だけです。でも、見えるものはなかったのではないでしょうか?あの、だって、身体がないのでしょう?」
「いいや、実はユキ先生ともう1人の儂の協力者がヴォルデモートをアルヴァニアの森に探しに行っての。赤子のような姿になっているのを確認したんじゃ」
「じゃ、じゃあ、ヴォルデモートは確実に強くなっている……!」
動揺する声を出すハリーを支えるように、シリウスがハリーの肩を抱いた。ブルートパーズの瞳がハリーを見つめる。
「ヴォルデモートが権力の座に登りつめていたあの時代。1つの特徴として色々な者が姿を消した。バーサはヴォルデモートがたしかに最後にいたと思われる場所で跡形もなく消えた。そしてクラウチ氏の謎の死……それに残念なことにマグルの事なので魔法省は重要視しておらぬが、ヴォルデモートの父親が育った村に住んでおった村人が1人消息を絶ったのじゃ」
ダンブルドアはそう言って頭から新たな憂いを抜き取って篩に入れた。
「そうだ。あの……」
「なんじゃね?」
「クラウチ氏の息子さんが裁判で裁かれていた時、ネビルの両親の事を話していたのでしょうか?ロングボトムって……」
「ネビルは何故おばあさんに育てられているか君に話していないかね?」
「いいえ」
「そうか。ふうむ……あの法廷ではネビルの両親の事を話しておった。父親のフランクはムーディ教授と同じく闇祓いじゃった。君が聞いた通り、ヴォルデモート失脚後、消息を吐けと母親ともども拷問されたのじゃ」
「2人は死んでしまったのですか?」
「いや。正気を失ったのじゃ。2人とも聖マンゴ魔法疾患傷害病院に入っておる」
「そんな……僕、知らなかった……」
「ネビルの両親の事は誰にも明かすでないぞ。みんなにいつ話すかはあの子が決める事じゃからの」
「分かりました、校長先生」
「よし。では、行くが良い。第3の課題、幸運を願っておるぞ」
ユキたちは校長室を辞して廊下へと出て行った。
「ユキ先生……」
『なあに?』
「ユキ先生は癒者でしょう?先生が元いた世界で使われていた術でネビルの両親を治してあげることは出来ないんですか?」
『どうだろう……精神の病は治すのが難しいのよ。幻術で苦しまない夢を見せることくらいが精一杯じゃないかしら』
「それなら、それをやってあげて!」
『そうね……マダム・ポンフリーや病院の癒者ともよく話し合ってみるわ。悪化させたら大変だから。そしてなによりネビルの意志を尊重しないとね』
ユキはネビルのために心を痛める優しいハリーの頭をくしゃりと撫でる。
「それから、スネイプ」
ぽそっとハリーが呟いた。
『ハリー、セブは無罪よ』
「でも、どうしてダンブルドア校長は記憶の中でスネイプはこちら側の人間だと言い切ることが出来たんでしょうか?本当にヴォルデモートに従うのをやめたと思った理由はなんだったんだろう?」
『ダンブルドア校長とセブの間にある何かの為によ。それが何かは言えないけど』
「ユキ先生は知っているの?その何かを」
『知っているわ。でも言えない。セブが望まないだろうから』
「……」
『お願い。セブを信じてあげて。セブは死喰人じゃないわ、ハリー』
そう言ってもハリーはまだ疑わしいと言った顔。
「お前の気持ちはよーく分かるぜ、ハリー」
『ちょっとシリウスったら!』
「痛って」
ユキはシリウスに腹パンチをお見舞いしてやる。そんな2人のやりとりを見てクスリと笑うハリー。
『やっと笑顔が戻ったわね』
「今日は重い内容の記憶を見たが、それに心を囚われ過ぎるな。ハリーが目下やらなきゃならないのは第3の課題への対策だ」
『そうね。迷路には沢山の生き物が置かれ、呪いが沢山の箇所にかけられるわ。試合までたくさん練習しないとね』
「ハリーなら1番でゴールに戻って来られるさ。期待しているからな。頑張れよ」
「ハーマイオニーとロン、栞に手伝ってもらって頑張ります。今日はついてきてくれてありがとう。とても心強かった」
『どういたしまして』
「そんな改まるなって」
ユキは微笑み、シリウスはニッと笑う。
ユキとシリウスは去っていくハリーの後ろ姿を見送ったのだった。
***
「ユキにプレゼントがあります」
私の自室でクィリナスとお茶をしていると、唐突にクィリナスがそう言った。
『私、誕生日でもなんでもないわよ?』
「誕生日でないから贈り物を贈ってはいけないという決まりはありませんよ」
そう言ってクィリナスは私にピンク色の包装紙で包まれた箱を手渡してくれた。
開けてみる。
『わあ綺麗!あ、でもダメ!受け取れないよ。こんな高そうなもの』
受け取ったブレスレットはイエローゴールドの一連チェーンで等間隔にダイヤモンドがあしらわれているものだった。
「今つけている真珠のついたブレスレットと重ねづけして相性の良い物を選びました。かさばりませんしね」
今私が左手首につけているのはアニメーガスで巨大な狐になった時に万が一でも自我を失った時にストッパーの役割をしてくれるイエローゴールドの細い3連チェーンに真珠があしらわれているブレスレット。
魔法をかけたのは私の獣化が発覚してからだが、ブレスレット自体は私がこの世界に来て1年目のクリスマスにクィリナスにもらったものだ。
そして金のバングルは忍の地図に名前を現さなくする魔法がかけられたもの。
「新しいブレスレットに忍の地図に名前を現さなくする魔法をかけておきました。新しいものに交換しましょう」
『待って待って!受け取れないって!』
「そんな事を言わないで下さい。返されても困ってしまいます」
クィリナスが悲しそうに眉を下げた。
『でも、私、あなたにはもらってばっかりで……』
「いいんですよ。好きな女性にプレゼントをするのは楽しいのです。さあ、手を貸して下さい」
強引に手首を取られ、バングルが外され、代わりに新しいダイアモンドがあしらわれたブレスレットが私の手首に輝いた。
なんだか本当に申し訳ないな。
そう思っていたのだが――――――
「ふふふ」
『???』
「ユキは男が女性に装飾品を贈る意味を知っていますか?」
『?ううん。知らない』
「物によって意味が違いましてね。例えばピアスやイヤリングは常に身につけている物なので“いつでも自分の存在を感じてもらいたい”という意味合いがあります」
説明するクィリナスの前で私は顔を引き攣らせた。
『な、なるほど。で、ブレスレットは……?』
あれ?なんだか寒い。
ツーっと冷たい汗が背中に流れるのを感じていると、クィリナスがニコリと笑った。
「ブレスレットは何を連想させますか?」
じっと手元を見る。
……ヤダ。考えたくない。
私は考えることを放棄して首を左右に振る。
ブレスレットをクィリナスが指でなぞり、私の全身の毛がぞわわっと粟立つ。
「見えてきませんか?手錠に……」
『っ!?』
私はビクリとし、反射的に手を引っ込めようとしたがクィリナスがそうさせてはくれなかった。私の手を、痛いくらいの力で握るクィリナス。
「拘束したい、独占したい、相手を縛りたい。そういう意味が込められているのですよ、ブレスレットを贈るという意味にはね」
クィリナスが目を細めて笑う。
妖しく輝く瞳。
チュッと口づけされた手の甲。
凍りついて、カチンと固まる私。
そんな事が、第3の試合数日前の夜にあったのだった―――――