第1章 優しき蝙蝠
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14.みぞの鏡
真夜中のホグワーツ。微かな物音と悲鳴が聞こえて廊下を走る。
場所は図書館。
半開きの扉を開け、目を瞬く。
生徒の足……?
暗闇に踝から下の足が目に入る。
体は消えているが微かに聞こえる緊張した息遣い。
どうやら生徒が悪戯で入り込んだらしい。
ほどなくしてドタドタとしたフィルチさんの足音が聞こえてきた。
「足、見えてるわよ」
囁くと見えていた足が消える。
面白い。どういう仕組みか知りたいわね。
「ユキ先生!今の音はなんですかねぇ?」
撫で付けるような声に振り返る。
『どうやら、図書館の奥に誰かいるみたいです』
「きっと生徒だ!誰かが寮を抜け出して、歩き回っているんだ」
目を輝かせ、意地の悪い笑みを浮かべてフィルチさんが叫ぶ。
『探すの手伝います』
「いや。ユキ先生は生徒をわざと見逃しかねませんからね。扉を閉めて、そこで待っていてください」
『えー信用ないな』
とは言え、実際見逃そうとしている訳なのだが。
勇み足で図書館の奥へと入っていくフィルチさんを苦笑しながら見送った。
『気をつけて帰りなさい』
「ありがと、ユキ先生」
ハリーの囁き声。
まったく、困った子だ。
見えないハリーが前を通過したのを感じ、フィルチさんに聞こえるように音を立てて扉を閉めた。
悪戯好きの彼にユキは頬を緩めた。
***
みぞの鏡
図書館に侵入した者を探している途中、偶然見つけたこの部屋。
そこにあったのは“みぞの鏡”
鏡が見せるのは心の一番奥底にある一番強いのぞみ。
目の前にいるのは見つめ合い、幼い日のように手を繋ぐ自分と赤毛の幼馴染の姿。
輝くエメラルドグリーンの瞳。
2度と見ることのできない愛しい彼女の微笑みがそこにあった。
自分の過ちで失われた命。
「リリー……」
どこで道を間違えたのか。
彼女にあの言葉を言った日か。
闇の力を求めた時か。
それともホグワーツに入学した時に道は決まっていたのか。
愛しい君を自分の手で殺してしまった。
あの日からこの罪を償うために生きると決めた。
『大丈夫ですか?』
突然聞こえた声。
いつの間にか横にいた忍術学教師が首を傾げている。
差し出されたハンカチで自分が泣いていることに気がついた。
『具合、悪いですか?』
間の抜けた声。
こみ上げてくる怒りをコントロールすることができず、思わず差し出された手を叩いてしまった。
しかし、彼女は眉一つ動かさない。
いつもそうだ。
「……行け」
『スネイプ教授?』
「失せろと言ったんだッ」
思っていたよりも大きな声で怒鳴った。
だが、雪野は怯えもしない。
恐れもしない。
驚きもしない。
『すみません』
訳の分からないといった顔で彼女は言う。
この女はいつも不用意に心に入り込み、いつの間にか居なくなる。
『悪趣味な鏡……』
小さな呟き声。
彼女の視線には鏡。
『スネイプ教授ならお分かりになっていると思いますが、この鏡を見るのは良くありませんよ』
困ったように微笑む顔にある、穴があいたような黒い瞳。
背筋が凍る。
『見回り中なので失礼します』
彼女はもう一度鏡を一瞥し、音もなく去っていった。
***
偶然見つけたこの部屋。
そこにあったのは“みぞの鏡”
鏡が見せるのは心の一番奥底にある一番強いのぞみ。
目の前にあるのは決して叶わない願望。
あの方が乗り移っていない自分の姿。
手を繋ぎ、私が微笑む相手は知り合って間もない忍術学の教師。
彼女もまた私に優しく微笑みかけている。
『クィレル教授?』
「こんばんは、ユキ」
揺れるランプの光。
彼女は鏡が映しているように自分の横に立った。
束の間、鏡が映す望みと現実が交錯する。
「あなたには何が見えますか?」
自分と同じものが見えているはずはない。
分かっているがどうしても聞いてみたくなった。
『私の姿が』
彼女の視線は足元。
「どのような姿ですか?」
『倒れている。死んでいるようです』
呼吸が止まる。
困ったように笑う彼女。
その目は闇のように暗い。
『この鏡は未来を見せるのですか?』
彼女と自分は似ている。何度もそう思う瞬間があった。
彼女も自分と同じように大きな闇を抱えていると感じる。
だからこそ、彼女がごくたまに見せる明るい笑顔を守りたいと感じるのだ。
「この鏡は気まぐれです。その時によって映すものを変える。だから、気にすることはありませんよ」
『はい』
少しだけ暗い瞳の色が和らいだ気がする。
「ここは寒い。帰りましょう」
私はユキと共に部屋をでた。
***
『フィルチさんにバレたらまずいよ』
「大丈夫。でも、もしもの時はこの前みたいにかばって下さい!」
『調子いいんだから。それで、どこに行くの?』
「もう少し。すごく素敵なものなんだ。ビックリすると思うよ」
どうしても見せたいものがあると言われ、ハリーに手を引かれて真夜中の廊下を進む。
連れてこられたのはあの教室。
スネイプ教授は女性の名前らしきものを呟き泣いていた。
クィレル教授は辛そうに佇んでいた。
あの鏡のある部屋。
なぜハリーはこんなにも笑顔なのだろう。
「この鏡はね。僕の家族を見せてくれるんだ。みんな、死んじゃったけど……でもこの鏡を見れば、僕は家族に会えるんだよ」
無邪気な笑顔。
『家族を?』
「うん。あぁ、ロンは別のものが見えたみたい。主席になった自分が見えたって。ねぇ、先生は何が見える?」
瞳を輝かせてこちらを見つめるハリー。
鏡全体をよく見てみる。
二回とも下ばかり見ていたから気がつかなかった。
金の装飾豊かな枠に字が彫ってある。
私は あなたの 顔ではなく
あなたの 心の のぞみ をうつす
「ユキ先生?」
心が凍る。
笑顔を作りハリーを見る。
『私は……豪華な料理に囲まれているのが見えるわ』
「料理?」
『えぇ。美味しそう。見たことのない料理もある。あれは何という料理かしら?フフ。面白い鏡ね』
ハリーの落胆が見て取れる。
でも、すぐに夢見心地の顔になり鏡の前に座り込んでしまった。
様子がおかしい。
『ハリー、この鏡は良くないわ。あなたは鏡に心を奪われている。鏡にとり憑かれてはいけない』
ぼんやりとしたハリーを支えながら立たせ鏡に背を向けさせる。
『二度と、ここには来ないと約束して』
「……はい」
ダメだ。
きっと彼は明日にでもこの部屋に来てしまう。
生徒を守るのが私の役目。
生徒が笑って過ごせる環境を作る手助けをすることが私の望み。
あれは私の望みではない。
みぞの鏡など、信じない。
***
寒い夜。
庭に面する廊下に揺れるランタンの光。
聞き覚えのある声にランタンの火を消し足音を消して進む。
「待ってください」
『話すことはありません!』
クィレルと珍しく苛立ちのこもった雪野の声。
木の影に身を潜め、杖を手に取り様子を伺う。
「こんな所にいては才能の無駄遣いです」
『くどいですよ』
足早に歩いてきた雪野がクィレルに手をつかまれ、目の前で止まった。
「どうして分かってくれないのですか?ユキ、君は強い。君には技術がある。我々にはない忍の知識もある。君には力がある」
『思い違いです』
「いいえ。思い違いではありません。もし、私の思い違いなら君は既に死んでいるのだから」
どういうことだ?
雪野に何をした?
『指輪』
「そうです。あなたに贈ったのは私が細心の注意を払って作った指輪。並の魔法使いは呪いがかけられていた事に気付かなかったはずだ。それどころか見ただけで魅了され、手に取らずにはいられなかっただろう」
いつの間にそんな危険な目にあっていたのか。
二人の関係が思った以上に深くなっていたことに苛立つ。
『……私を殺す気だったのですね』
聞いたことのない冷たい声。
クィレルが後ずさっている。
『クィレル教授』
「わ、私は……あの方の命令で、あなたを試すように言われたのです!あなたが呪いを見破ったことにあの方は感心されていた。そして私からユキに関する話を聞き、あなたを必要だとおっしゃられた」
慌てているのか一気に捲し立てるように話す。
対する雪野は自分を殺そうとした相手を前に随分と冷静に見える。
『意味がわからない。あの方とは誰ですか?』
「この世で最も偉大な魔法使いです。あの方の元なら、君の力も十分に発揮できる!全てが手に入ります。ユキ、どうか私の手をとって下さい」
懇願するような声。
夜空の月が二人を照らす。
『私はホグワーツが好きです』
雪野は暫しの沈黙の後口を開いた。
月明かりに浮かぶ白い顔に微笑が浮かぶ。
『生徒といるのが楽しい。私はここに居たいんです。この話は二度としないで欲しい』
クィレルの申し出を断り、ほっとする自分がいる。
背を向けて歩き出す雪野。
念のためクィレルに杖を向けておく。
「みぞの鏡」
雪野の足がピタリと止まった。
振り返った彼女の目は暗い。
「あの方ならあなたに生きる意味を教えてくれます」
『人に教えられなくても私は』
何の話をしているのか。
二人の顔を交互に見る。
クィレルの口の端があがった。
「あなたは、みぞの鏡の中に死んだ自分を見た」
勝ち誇ったように言うクィレル。
呼吸が止まる。
胸に走る鋭い痛み。
自分の横で鏡を見つめていた彼女にはそんなものが見えていたのか。
平然とした顔をして鏡を見ていたのに。
己の死が彼女の強いのぞみ。
「みぞの鏡は心の一番奥底にある一番強いのぞみを見せるのですよ」
笑みを浮かべ、雪野に近づいて行ったクィレルが誘惑するように囁き、雪野の頬を撫でる。
「我々と共に来るのです。あの方なら、あなたの心の闇を癒して下さる。新しい世界を見せてくれます」
心が凍る。
止めなくてはいけないのに動けない。
目の前にはクィレルの肩に顔をうずめ、抱きしめられる雪野の姿。
心に走る痛みは、嫉妬。
頭に浮かぶ雪野の笑顔。
実験に成功したと目を輝かせ、幸せそうな顔で食事をし、子供のように生徒と遊ぶ姿。そして酔ったような甘い感覚……。
「何も心配いりません」
甘く囁くクィレルの声。
どうして自分はいつもこうなのか。
どうしてとは……?
「私たちは同じ。心に闇を抱えている。私ならあなたを理解できる。私と共に生きましょう」
『…………』
「過去に何があったか知りません。ですが、私はあなたに幸せになってもらいたい」
見たくない。
彼女を……取られたくない。
「ユキ、私はあなたを」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
目の前でクィレルが廊下に崩れ落ちる。
「何を……」
戸惑いと絶望が入り混じったクィレルの声が響く。
『軽い金縛りの術です。五分もあれば戻ります』
無表情の顔。
『鏡にうつるものは自分で変える』
「ユキ!」
『私は今の生活が好きだ。もし、あなたとあの方とやらが生徒に手を出そうとしたら』
闇よりも深い黒色の瞳。
『……その時は躊躇わずにあなた方を消す』
歩き去って行く雪野と一瞬だけ目が合った気がした。