第5章 慕う黒犬
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
18.ほころび
朝の鍛錬を終え、部屋に帰ってシャワーを浴び、ゆっくりと緑茶を啜る。
クラウチさんの死は瞬く間にホグワーツ中が知ることになるでしょうね。
生徒たちはホグワーツ内で人が死んだと知って、どれだけ不安な気持ちになるだろう。
生徒の気持ちを思い、心を痛めていた時だった。ふと、昨晩の会話が頭に蘇ってきた。
――――もっと早く来れたものを……何事だ?スネイプがクラウチがどうのと言っておったが―――
―――忍の地図を持っていると言っていましたね
―――そうだが?
―――私の名前はなかったとして、誰か他の名前はなかったのですか?クラウチ氏とMr.クラムの他に……?
―――儂は自室でクラウチ、ポッター、ダームストラングの小僧の名前を見た。それからは地図をポケットに入れていてな。ここに来るまで見ていない。この脚だと片手にしか何かを持てない。儂は杖明かりを灯していたのでな
あれ……?
ハリーは校長室へダンブーを呼びに行った。途中でセブに引き止められてクラウチ氏の事をセブに説明したのだろうか?そして、セブはムーディ教授と会い、クラウチ氏の事を彼に話したと……?
いや、待って。だってムーディ教授は既に自室でクラウチ氏が禁じられた森周辺に現れたと知っていたんでしょう?
セブと余計な会話をしている暇なんてないくらい急いでいたはず。
私は眉を寄せた。喉に小骨でもつっかえている様な違和感。
朝食後にセブに聞いてみよう。
コツコツコツ
『いつもご苦労様』
フクロウが日刊預言者新聞を足で掴んで部屋の窓を嘴でノックしていた。
窓を開けると勢いよくフクロウが飛び込んでくる。
新聞を受け取り、フクロウフーズを梟に与えると、ホーと嬉しそうに鳴いてフクロウは飛び立っていった。
新聞を広げる。
“クラウチ氏の謎の死”と題された記事が一面を飾っていた。
今回この記事を書いたのはリータ・スキーターではない。
油断ならない彼女があの場にいなかった事にホッとする。
私が犯人だとムーディ教授に疑われているという会話を聞いたら、喜々として記事を書きそうだから。
『さて、朝食まで忍の地図作りを頑張りますか』
私はテーブルに新聞を置き、実験室へと入っていった。
朝食後、私は席を立って大広間を出て行くセブを追いかけた。
『セブ』
地下へと続く階段を降りかけていたセブが振り向く。
「何かね?」
『授業前に少し話してもいい?』
「構わないが……」
『ありがとう』
2人で階段を降りて、地下牢教室へと入る。
『マフリアート』
「何故耳塞ぎ呪文を?」
『念のためね』
セブが訝しげな顔をする。
「それで、どうした?」
『聞きたいことがあるの』
私は昨晩の事を話しだした。
まずは私が見た事について。私とムーディ教授の会話も伝えた。
「マッド-アイは余程お前のことが気に食わないらしいな」
『その事はいいのよ。敵意を向けられるのは慣れているから。それより、気になる事があるの』
「何かね?」
『昨晩、ムーディ教授と会った?』
セブは何を言っているのだろうと言ったように小さく眉を寄せてから首を横に振る。
「ムーディと?いや、会っておらん。昨晩は図書館へ行き、その帰りに校長室の前でクラウチ氏の事を校長に伝えに来たポッターに会っただけだが……ユキ?」
セブが顎に手を当てて難しい顔をしている私の顔を眉を寄せて見る。
『ムーディ教授は昨晩、私に嘘を言ったわ』
「嘘とは?」
『昨日ね、クラウチ氏が亡くなった現場にムーディ教授が駆けつけた時に“セブがクラウチ氏がどうのと言っていた”と言ったの』
セブの眉間の皺が深くなった。
『何故嘘をつくような必要があったのか。昨晩の会話でもちょっとした矛盾があってね。おかしいなと思ってあなたに確かめに来たってわけ』
「ムーディが嘘をついていた。それはつまり、何を表すのか……。本人に問い質してはどうかね?」
私は首を横に振る。
『警戒されたくないわ』
もし、ムーディ教授がゴブレッドにハリーの名前を入れた犯人だとしたら……
もし、クラウチ氏を殺した犯人だとしたら……
相手に余計な警戒心を抱かせたくない。
ムーディ教授の尻尾を捕まえるなら問い質さない方がいい。
私はセブにそう伝えた。
『このまま様子をみましょう』
「そうだな。その方がいいかもしれん」
『最大限の警戒を。この事は、一応校長にも話しておく。それからシリウスにも』
「何故そこでブラックが出てくるのか」
『だってシリウスは信頼できるもの』
「奴に隠密の行動は向かないと思うがね」
『ん……それを言われると確かに。でも、シリウスはハリーの事をとても気にかけている。教えておいた方がいいわ』
「ふん。勝手にしろ」
私がセブの言葉を肯定したのが気分が良かったらしい。セブはちょっと嬉しそうな様子だった。そんな姿を見てクスリと笑みが零れてしまう。
「何を笑っている」
『ふふ、別に。ええと、話せて良かったわ。ムーディ教授には注意しておきましょう。彼の言葉を借りると油断大敵!ね。それじゃあ、また後で』
ひらひらっと手を振ってセブに背を向ける。
「ユキ」
名前を呼ばれた。
『なあに?』
振り向くと、先ほどとは違い険しい顔つきのセブがいた。
「気をつけろ」
ぶっきらぼうに言われた言葉。
でも、彼の気遣いに頬が緩む。
『ありがと、セブ。セブも充分気をつけてね』
予鈴が鳴る。
私は生徒たちの波を逆行しながら自分の教室へと急いだのだった。
校長室。
私は昨晩の私が見た事と、ムーディ教授の事をダンブーに話した。隣にはシリウスの姿もある。
「ふうむ」
ダンブーは難しそうな顔で髭をゆっくりと撫で付けた。
「怪しい事には怪しいが、気が動転していただけともとれる」
『そうかもしれませんね』
「今の話だけでアラスターを一連の事件の犯人と決めるのは性急すぎる」
『それは仰る通りです』
「じゃが、警戒するにこしたことはないのう。旧知の友を疑うような真似はしたくないのじゃが、クラウチ氏の死の事もある。そのように甘い事も言ってはいられまい」
校長室を辞す私とシリウス。
「ムーディか……」
呟き声に横を見ると、シリウスの顔があの時のアズカバン脱獄囚のポスターと同じように凶悪な顔になっていた。
『ダンブーの言った通り一連の事件の犯人だと決まったわけではない。落ち着いて。冷静になって。ね?やたらとムーディ教授をジロジロ見たりして警戒されても困るわ。平常心、平常心』
「あぁ。分かっている」
『それに、ムーディ教授以外にも目を光らせておいたほうがいい。決め付けるには早すぎるから』
「だが、ムーディの事はハリーには注意をしておいた方がいい」
『そうね』
ちょうど次の授業はハリーたちのクラスだった。
私たちは授業の後にハリー、ハーマイオニー、ロン、栞ちゃんに残るように告げた。
念のため自分たちの周りに耳塞ぎ呪文を張っておく。
「どうしたの?シリウスおじさん」
ハリーが何を言われるのかと身構えた顔をする。
シリウスの顔はとてもとても怖く見えた。
実際、シリウスはとても怒っていた。
「ハリー、ユキから昨晩の事を聞いたぞ。ビクトール・クラムと一緒に禁じられた森に入るなんて一体何を考えているんだ?」
「何って、話があるって言われたから……」
「よそ者となるべく関わらない方がいい。特にクラムはダームストラング、敵だ」
「クラムは悪い人じゃないよ!彼はハーマイオニーの事を聞きたがったんだ」
「ハーマイオニーの事?」
「クラムはハーマイオニーにお熱なんだ」
シリウスの疑問にロンが答えた。
ハーマイオニーの顔が真っ赤に染まる。
『クラムも男の子なのね』
「ユキ、ニヤニヤしている場合じゃないぞ。いいか、ハリー。昨日、クラウチ氏が死んだ。もしかしたら犯人はハリー達の傍に潜んでいたかもしれないんだ。殺されていたかもしれないんだぞ?」
シリウスの真剣な口調に私はニヤニヤ笑いを引っ込めた。ハリーは少し強ばった顔をシリウスに向けている。
シリウスは大きく息を吐き出し、ハリーの瞳を覗き込んだ。
「ハリー、実はな、俺たちはムーディ教授を疑っている」
「「「「!?!?」」」」
4人が吃驚したように目を見開いた。
「そ、そんな事はありえないよ!」
「ムーディ教授は私たちに協力してくれています」
「そうです。何かと相談に乗ってくれているんです」
「顔はちょっと怖いけど、優しい先生ですよ!」
「お前たち、ムーディに個人的に会いに行っているのか!?」
ハリー、ハーマイオニー、ロン、栞ちゃんの言葉にシリウスも吃驚して聞いた。
「ムーディ教授は僕に優しくしてくれているんです。僕に闇祓いの才能があるって言ってくれたり、あと、夜中に抜け出してスネイプに見つかりそうになった時に助けてくれたり。ほら、ユキ先生もいた時の事です」
『ハリーの言う事は分かったわ。誰でも好きな人を疑いたくはないわよね。でもね、ちょっと私たちはムーディ教授を疑わしく思うことを見つけたの』
「それはなんですか?」
ハーマイオニーが不安そうに眉を寄せる。
『昨晩の私とムーディ教授との会話の中で矛盾が出たのよ。でも、それだけではムーディ教授を一連の事件の犯人だと決め付けるには性急すぎる。だけど、気をつけるに越したことはないと思って4人に伝える事にしたの』
「いいか。ハリーの名前をゴブレッドに入れた犯人が君を襲おうとするなら次の課題が最後のチャンスだ。ハリーはこの3人から離れるな。それから夜にグリフィンドール塔から出るな。そして第3の課題のために準備するんだ」
『失神の呪文、武装解除呪文、それから杖を失った時の為に呪術分解も練習しておいて。呪いもいくつか覚えていても損はないわ』
「クラウチ氏の事はショックだと思うが、犯人探しはやめるんだぞ?」
シリウスの言葉に4人がギクッとしたように肩を跳ねさせた。
私とシリウスは同時に溜息を吐き出す。
『お願いだから大人しくしていてね』
「……でも、ユキ先生」
『なあに?』
「おかしいんじゃないですが?僕を消そうとしているなら、クラムとクラウチ氏と一緒にいた時に僕を木陰から襲っちゃえば良かったんだ」
『そう出来ない理由があったんじゃない?』
「その理由って?」
『ごめんなさい。分からないけど……でも、ゴブレッドにハリーの名前が入れられたのは事実。誰かがあなたを狙っている。怖がらせるような事を言って申し訳ないけれど、犯人は時期を狙っているのよ、多分』
4人は納得できないような顔をしている。
当然か。私たちがムーディ教授を犯人だと疑っている理由は余りにお粗末だし、自分たちの好きな教授を私たちに犯人扱いされているのだから。
理由がお粗末なのは分かっている。
ちょっとした言葉の矛盾。
でも、心が警鐘を鳴らしている。
危ないぞ、気をつけろ、と。
忍の勘が危険を告げている――――――
***
気持ちの良いある日、クィリナス・クィレルはユキの姿で堂々と廊下を歩いていた。
本体のユキと行動を共にしない大胆な行動。
一歩間違えば本物のユキの影分身かどうか疑われかねないのにどうして彼はこんな事をしているのか。それは、ひとえに自分に自信があるからである。
ユキの事は誰よりも知り尽くしている。
ユキに完全になりきれている自信がある。
クィリナスはそう思っていた。
ユキは自分と離れてクィリナスが自分の姿でホグワーツを闊歩している事を知っていた。
だが、強く注意しないのはユキ自身もクィリナスが自分を完全にコピーしていると思っているから。
秘密の部屋事件の年、ユキの影分身が石化されてユキ本体が弱ってしまった時があり、その時にピンチヒッターとしてクィリナスが授業を行ったこともある。
ユキは今、部屋でしょうか?
久しぶりにゆっくり紅茶でも飲みながらお話がしたいですね。
任務帰り。お茶菓子を手に廊下を歩くクィリナスの足取りは羽のように軽い。
クィリナスがユキの部屋へと続く吹きさらしの階段を上ろうとした時だった。
「ユキ先生」
「なあに?」
クィリナスはドキリと心臓を跳ねさせた。
気配がなかった……!?
クィリナスの後ろにはいつの間にか白い髪を背中の半分くらいまで伸ばした黄色い目の少女が佇んでいた。
「ごめんなさい。驚かせてしまったみたいで。あの、ユキ先生の影分身ですか?」
「そうよ。どうしたの?」
「少し、お話したい事がありまして。いいですか?」
クィリナスは驚いていた。
この生徒、ユキに似ている。噂は聞いていたがこれほどまで―――
クィリナスな内心の動揺を抑えて頷いた。
大事な用なんです。と言われれば断るわけにもいかない。
だって自分は本体ではなく影分身なのだ。本体だと言っていたら予定が入っているからと断れたものを、と思いながらクィリナスは少女の後についていく。
少女は湖の畔に生えているブナの木の下で立ち止まった。
春の暖かい日差しが湖をキラキラと照らしている。
「何か相談事?」
「いえ、相談事というより……告白、です」
「告白?」
クィリナスは頬を赤く染める少女の前で目を瞬く。
「はい。私の名前は蓮・リリー・プリンスです。私のこと、ご存知ですか?」
「もちろん」
「本当に?」
「??本当にってどういう事って……え!?」
蓮はクィリナスに抱きついた。
ポカンと口を開けて白髪の少女を見下ろすクィリナス。
「ちょ、ちょっと!落ち着いて!」
「っ!ごめんなさい。つい、2人きりになれて興奮しちゃって」
「ついってあなた……っ!」
クィリナスは固まった。
自分に向けられた琥珀色の瞳が怪しい輝きを放つ。三日月のように細められた目と弧を描く唇。
「あぁ、お会いしたかった……クィリナス……」
「っ!」
「おっと」
「痛っ!」
クィリナスは杖を出そうとしたが、その前に蓮によって手を押さえつけられた。
男の力を余裕で押さえ込む蓮。
「お前は……」
「私の記憶を消さないで下さい。お願いします」
「一体何者です……?」
ギロリとクィリナスが少女を睨む。
「さっきも自己紹介した通りです。私は蓮・リリー・プリンス。あなたを慕う者です」
「私を慕う、だと?」
低い声でクィリナスが問う。
すると少女は大きく頷いて、口を開いた。
「はい。あなたをお慕いしております、クィリナス。私は全身全霊をかけてあなたを愛しています」
そう告白して蓮はチラリと杖の入っているクィリナスのローブのポケットに視線を向けた。
「記憶を消しても無駄です。私の記憶を消したところで、私の中からあなたの記憶は消えない。何故なら、あなたの事は物心つく前より知っているのですから」
私はあなたの敵ではない。と蓮は言う。
「あなたの事を誰かに密告するなんて事しません。寧ろ私はあなたを守りたいから。あなたを困らせるような事はしません。あなたを愛しているから。でも、どうしても私の存在を知っていて欲しかった。見ているだけは辛いから」
細められた琥珀色の目。
ぞぞぞっと冷たい何かがクィリナスの背筋に走った。その寒気を振り払って、クィリナスは口を開く。
「あなたが私を誰かに密告しないと言い切れますか?あなたの記憶は消させて頂きます」
キッパリと言うクィリナス。
「そんな事は言わないで下さい。私の言葉が信じられないなら、破れぬ誓を立てても構いません!」
蓮が叫ぶように言う。
命をかけてもいいと言う蓮にクィリナスは目を見開いた。
そして、暫し考えてから、目の前の蓮の事を知ろうと質問をする事にした。
「私の事をどうやって知ったのですか?」
「観察していて、です」
「でも、あなたは編入生でしょう?私の元の姿など知らないはず」
「理由は言えませんが、知っているんです」
「どういう事です?」
「姉と約束しているので内緒です。本当は、クィリナスに話しかけるのもいけないと姉に言われていたのです」
「姉……栞・ミネルバ・プリンスも私の事を知っているという事ですか?」
「存在だけは。でも、私のようにユキ先生とユキ先生に化けたあなたを見分けることは出来ません。見分けられるのは、私だから」
私だから、と言った時に蓮は自分に酔ったような表情を浮かべた。
クィリナスにとって自分の存在を知られていた事は驚愕であり、脅威でしかない。
しかし、記憶を消すにしても、どこから消したらいいのやら。
物心つく頃前より自分の存在を知っているという少女。
それなら自分も彼女の事を知っているはずだ。
しかし、見覚えはありませんし……
「私たちはどこかで会ったことがあるのですか?」
「いいえ。今は、まだ」
「はい?」
「今の私以外でしたら、そう遠くない未来、会います」
少女はそう言って、これは秘密の話なんです。言ってはいけない事だったんです。
あなただから教えたんですよ、と頬を赤らめた。
「……よく分かりませんが、あなたが私にとって脅威となる者である事には違いない。破れぬ誓、立てて頂きます」
「はい、喜んで」
クィリナスは蓮の表情をまじまじと見た。
命をかける誓を立てるのに、蓮の表情は恍惚としていたからだ。
「クィリナスと“誓で繋がれる”のですね」
「は?」
「あぁ!嬉しいっ」
手を打って喜んでいる蓮。
蓮の危ない思考に顔を引き攣らせるクィリナス。
クィリナスは今の自分の顔をユキにしょっちゅうさせている事を知らない。
「では、ユキに保証人になって頂きます。今からユキの部屋に来て頂けますね?」
「は「蓮ーーーーーー!」
返事を言いかけた蓮の声に被せて彼女の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
見れば数人のレイブンクロー生がこちらへとやってくる。
「ユキ先生、お茶会の話、蓮から聞きました?」
「先生の好きそうな甘いお菓子沢山用意してきましたよ」
「さあ、食べましょう」
やって来たレイブンクロー生たちは布製のレジャーシートを敷き、バスケットからお菓子を出し、ポットを杖で叩いてお茶の準備をしている。
「さ、ユキ先生も座ってください」
手を引っ張られて座らせられるクィリナスは思う。してやられた、と。
「大丈夫です。秘密は守ります。2人っきりの秘密です」
囁かれた言葉。
蛇のようにスルリと手元をすり抜けた蓮に、クィリナスは奥歯を噛んだのだった。
「―――――と、こちらはこのような事があったのです」
クィリナスから蓮に関する話を聞いたユキは唖然としていた。
『それってマズイんじゃない?』
「いえ、そうでも」
『は!?』
ユキは思い切り眉を顰めた。
そんなユキの前でクィリナスは頬を思い切り緩ませている。
「あの子の正体、分かったような気がします」
『本当に!?』
「はい。あの子は――――――」
十分に勿体ぶってからクィリナスは高らかと言う。
「私とユキの子供です!!」
クィリナスの声が部屋の中で反響した。
ユキは衝撃で固まった。クィリナスの言葉に、というよりも、クィリナスのぶっとんだ考えに。
『またしょうもない妄想を……』
目を半眼にしてユキが言う。
「妄想なんかではありません。あなたも薄々気づいているでしょう?自分と編入生2人に何かしらの関係性があることに」
『それはそう、だけど……』
今はハリー・ポッターの名前がゴブレッドに入れられた件に集中したくて考えるのをよしていたが、ユキ自身も自分の子供時代に姿かたちソックリ、名前まで一緒の彼女たちの事を気になってはいた。
『子供ねぇ』
「そう。私たちの愛の結晶です」
『クィリナスと結婚……』
「愛の溢れる家庭にしましょう」
『自分が結婚だなんて想像出来ないな』
「徐々になれますよ」
――――あなたの事は物心つく前より知っているのですから
という蓮の言葉を、自分が父親だから蓮が物心つく前から自分を知っていると解釈したクィリナス・クィレル。
「愛娘に破れぬ誓など立てさせるのは可哀想です!」
『確かに破れぬ誓は命を懸けるものだから生徒にかけるのは躊躇われるけど……でも、何もしないのもどうかと思うけどな。陰から記憶消したら?』
「いいのです。父が娘を無条件に愛さずにどうします?あんなに真っ直ぐな愛を私に向けてきてくれたというのに!あぁ、私の娘!娘……可愛い娘……」
ほうっと溜息をつきながらどこか遠くを見ているクィリナスを半眼で見つめるユキ。
取り敢えず、ダンブーに相談してみよう。
ダンブルドアにこの事を相談したユキは、ダンブルドアに「心配ない」とフォッフォッと笑いながら言われ、自分で釘だけさしておこうと決めたのだった。
『栞ちゃん?蓮ちゃん?』
「「あ、ユキ先生」」
『こんにちは』
「こん、にち、は……」
「こん、ち……」
ユキはある日、廊下を2人で歩く編入生の双子を見つけて声をかけた。
その顔には暗部独特の笑み。
編入生の栞と蓮は氷のシャワーにでもくぐったような冷たさを感じながら目の前にいる忍術学教師の顔を見た。
『君たち、クィリナス・クィレルの存在を知っているようだね』
低い声でユキが言う。
「え、あの、その……だ、誰だかサッパリ……」
『下手な言い訳は無用』
編入生栞の言葉をピシャリとユキは跳ね除けた。
そして2人を穴の空いたような真っ黒な瞳で見つめる。
『忠告をしにきたの』
ユキは右手を編入生栞の左肩に、左手を蓮の右肩に置き、彼女たちの顔にそっと自分の顔を寄せる。
『もし、おかしな動きをしたら、首を掻っ切る。私は躊躇なくやる。暗殺は得意なの。生徒でも容赦しない』
2人はユキが自分たちから一歩離れた瞬間、真後ろにあった椅子に、ドタンと座り込んだ。
震える体
高速で脈打つ鼓動
『では、残りの授業頑張ってね』
紫色の着物姿が遠ざかっていく。
「凄い威圧感……」
「うん。あんな顔するんだね、お母さん……」
2人は手を取り合って、暫しの間震えていたのであった。
***
6月14日の深夜。
第3の課題10日前。
ユキの部屋は3人の歓喜に満ちた声で満たされていた。
『ようやく完成だわ!』
ユキはキラキラしながら出来上がったばかりの忍の地図を見ている。
「これで何もかもが楽になるな」
シリウスがホッと息を吐き出す。
ムーディの監視、ハリーの見守り、その他怪しい人物が侵入していないかなど忍の地図は本当に役に立つ道具だ。
「自分の見張りたい相手だけを見張る事が出来るのはいいですね」
制作段階では、ホグワーツの生徒全員の名前が地図上に現れて地図がぐちゃぐちゃになってしまったり、名前が突然消えてしまったりといった不具合があった。だが、この地図は完璧だ。
ユキたちが知りたい人物だけの名前が地図上に現れている。
『第3の課題、気を抜かないでいきましょう』
3人はそれぞれ忍の地図を手に握り、顔を見合わせ合い、力強く頷いたのだった。