第5章 慕う黒犬
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「キャハハハハ最高!今なら箒なしで空を飛べるわ!」
ユキの影分身がグルングルン宙返りをしている前で本体のユキとセブルスは冷めた目でその様子を見ていた。
「ステューピファイ」
セブルスがいつもの聞いていて痺れるようなバリトンボイスで失神呪文をユキに放つ。
しかし、呪文は突然落ちてきた天井の石の破片に当たりユキにはぶつからなかった。
『天井の壁が剥がれ落ちる!?なんて強運。でも、ダメね。あのテンションはいただけない』
「不死鳥の羽の量が多すぎたのかもしれん」
セブルスは冷静に言い、手元の羊皮紙に×印をつける。
『なかなか丁度良い幸運具合、且つ意識が正常レベルに保たれる、持続力のあるフェリックス・フェリシスを作るのは難しいわね』
ユキは溜息をついて、無駄に明るく笑う影分身を消した。
丘の上。
「かなり頭は冷静さを保っているわ」
影分身のユキが言う。
「いい兆候ですね。では、呪文を打ってみましょう。いきますよ」
ビュンとクィリナスが杖を振る。
魔法薬に効果があれば例えば鳥が飛んで来たりして魔法を代わりに受けてくれるといった事が起こるのだが……
「うっ」
『「あ」』
ポーン ズザザザザ
ユキの影分身は吹っ飛び、地面に叩きつけられた。
『失敗ね』
「そのようです。あぁ!私の愛しいユキをあんな目に合わせてしまうとは胸が痛い」
クィリナスはユキの影分身の元へ駆けて行き、頭に手をやりながら身を起こす影分身の背中に手を添えて補助する。
「ユキ……私のユキ……歪む顔さえ美しい……あっ」
無言で影分身を消すユキは、クィリナスの顔を口の端をヒクヒクさせて見つめる。
「どうされました?」
『別に。相変わらずだと思っただけよ』
ユキは重いため息を吐いて肩を落とす。
この変態には何を言っても無駄なのだ。
『フェリックス・フェリシス……せめて製薬期間がもっと短ければなぁ。6ヶ月もかかるんじゃ大変だ。はあぁ。早く当たりがきますように』
改良版を作ることを考えついてから何種類ものフェリックス・フェリシスの試作品を作り続けているユキ、セブルス、クィリナス。
考え、作り、試し―――――
フェリックス・フェリシス改良版の調合は難航していたのであった。
17.クラウチ氏の狂気
『ごちそうさまでした』
今日も良く食べました。
『お先にシリウス』
「おう」
『セブもまた昼食の時にね』
「あぁ」
朝食を終えた私が職員テーブルを降りて扉へと歩いていると、目の端にハーマイオニーの前に群がる幾羽ものフクロウたちが目に映った。
何となく興味を引かれて近づいてみる。
『おはよう、みんな』
「「「「おはようございます、ユキ先生」」」」
ハリー、ロン、ハーマイオニー、そして私の子供の頃にそっくりな栞ちゃんが答える。
編入生の栞ちゃんはどうやらいつもハリーたちと行動を共にしているらしい。
『これはいったいなんの騒ぎ?』
「分からないんです。私宛の手紙のようだけど……」
ハーマイオニーはそう言いながら手に持っている封筒の封を開いた。手紙を開いたハーマイオニーが短い悲鳴をあげる。
『どうしたの?』
顔がさっと青くなったハーマイオニー。ハリー、ロン、栞ちゃんが、ハーマイオニーが机に置いた手紙を覗き込む。
「なんだこれは!酷い!」
ロンが叫んだ。
『私も見ても?』
ハーマイオニー達の後ろから手紙を覗き込む。
<おまえは わるい おんなだ……ハリー ポッターには もっと 良い子が ふさわしい。マグルよ 戻れ もといた ところへ>
新聞の文字を切り抜いて組み合わせ、脅迫文が書かれてあった。
『脅迫文?どうして……』
「みんな同じような内容の手紙だわ」
次々と手紙を開けながら、ハーマイオニーがやり切れなさそうに言った。
「どれも、これも、同じ……」
『待って!』
私は凄い勢いで封筒の封を破いていくハーマイオニーの手を掴んだ。
「ユキ先生?」
『こういう嫌がらせは注意したほうがいいわ。悪意のある物の中には行き過ぎた物もあるから』
「行き過ぎた物って?」
栞ちゃんが首を傾げる。
『例えばコレ。ちょっと他の物より膨らんでいるでしょ?何か入っている可能性が高い』
床に手紙を落とし、杖を振って封を開く。
すると途端に強烈な石油の匂いがする黄緑色の液体が噴出した。
『腫れ草の膿を薄めていないやつね』
「体にかかっていたら腫れ物が出来るところだったよ!酷すぎる!」
ロンが叫ぶ。
「よ、良かった、かからなくって……ありがとうございます、ユキ先生」
『どういたしまして。でも、こんな脅迫文が送られてくるなんて……何か覚えはあるの?』
「実は、週刊魔女に私に関する記事が載ったんです」
ハーマイオニーが話しだしたのはリータ・スキーターが書いた記事。
ハーマイオニーはハリーと付き合っていて、それなのにクラムにも色目を使って、2人の恋心を弄んでいる。そして弄ばれ、ハリーはとても傷ついた、という記事だったそうだ。
『またリータ・スキーターか……』
脱力感にも似た感覚。
『あの人は嘘八百を記事にするんだから』
「いえ、実は全てが嘘とは言えないんです」
『えっ!?』
「あ、嫌ですよ、ユキ先生。私はハリーともビクトールともお付き合いはしていません」
慌ててハーマイオニーが言った。
「ただ、第2の課題が終わった後に、私とビクトールでしか話していない話題をリータ・スキーターは知っていたんです。それが不思議で……」
『その話、もうちょっと詳しく』
私は床にぐちょっと散らばっている腫れ草の膿を杖で消し去りながらハーマイオニーに促した。
すると、ハーマイオニーはリータ・スキーターがハグリッドが巨人族との半血であるとマダム・マクシームに打ち明けた話を話しだした。これはハリーとロンが木陰で偶然盗み聞きしてしまった事であるが、その時リータ・スキーターは影も形もなかったという。
第2の課題の後、クラムがハーマイオニーを夏にブルガリアへ遊びに来ないかと誘った時もそうだ。クラムは誰にも聞かれないように端にハーマイオニーを引っ張っていって話したのに、リータ・スキーターに筒抜けになったという事だ。
『学校を出入り禁止になっているのにどうやって入り込んだのかしら?透明マント?』
「僕もその可能性が高いと思います」
ロンが言った。
「あれ?でも、僕が持っている以外にも透明マントってあるの?」
『前にダンブルドア校長から聞いたことがあるけど、ポッター家に代々受け継がれているものは本物の透明マント。それ以外にも模造品があるみたい。模造品は時間が経つと効果がなくなったりするらしいわ』
「そうなんですね。じゃあ、透明マントをリータ・スキーターが使っている可能性は高いですね」
栞ちゃんが言う。
『でも、他の可能性も考えたほうがいいわね。何か別の方法を使ってリータ・スキーターは学校に潜り込んだのかもしれないし』
「別の方法って?」
『そうね、ハリー。例えば同僚に魔法をかけてもらって小さな動物に変身したとか』
「ムーディ教授がマルフォイをケナガイタチに変えたみたいに」
ロンが二ヤッと笑った。
『リータ・スキーターが透明マントを使ったかどうかはムーディ教授に聞いたらどうかしら?魔法の目で見られるでしょう?』
「そうですね!聞いてみます!」
ハーマイオニーがパッと表情を明るくして言った。
「私、あのリータ・スキーターって女、許せないよ。卑怯者だわ。ハーマイオニー、私、全力であの女の事あなたと一緒に調べるわ」
「ありがとう、ユキ」
『嫌がらせの手紙は絶対に開封せずに捨てる事ね。時間が経てば来なくなるわ。その間辛いでしょうけど……』
「大丈夫です、ユキ先生。私、こんな事ではめげませんから!」
むしろ全力でリータ・スキーターを潰す勢いですから!と言うハーマイオニーが頼もしい。
私はそんな彼女に笑顔を向けて、大広間を出て行ったのだった。
それにしても私も気をつけなければならないな。どこに潜んでいるか分からないリータ・スキーター。万が一でもクィリナスの事がバレたりしたら困る。彼に忠告しておくことにしよう。
***
「今日の授業は大変だぞー!」
シリウスはそう叫びながら楽しそうに生徒を見渡した。
今は4年生、グリフィンドールとスリザリンの合同クラスの時間だ。
私たちは今、丘の上に立っている。
シリウスの大変だ、という言葉に期待、不安、困惑など色々な表情をしている生徒たちの顔が目に映る。
『今日は“呪術分解”という技を習得してもらいます。大事な術なので全員が完璧に扱えるようになってもらいたいです』
「この呪文は死の呪いをも逸らすことが出来る。考えたくもないが敢えて言う。段々ときな臭い空気が魔法界に漂い始めている。この術を習得していて損はないはずだ」
グリフィンドール生は不安な顔、引き締まった顔。
スリザリン生は特に気にしていないようだ。表情は変わらない。
スリザリン生にも関係のない話ではないのだけどな……
そう思いながらも生徒たちに見やすい位置に立つように指示する。
「俺が失神呪文を放ってユキ先生が弾く。いくぞ、ユキ」
『どうぞ』
「ステューピファイ」
『呪術分解』
私の突き出された両手のひらの前には青白い円の盾。シリウスの赤い閃光は盾に吸い込まれ、盾の中で文字へ変わる。盾の中で文字が薄くなり、消え、私は両手をサッと開いて盾を消した。
パチパチと拍手が起こる。
『強い思いで発せられた呪文や強力な呪文だと分解するのが難しくなります。呪文は盾の中で分解しきれません。ですが、上や下へと弾き飛ばす事は出来ます』
シリウスが強力な呪いを私に向けて打った。
呪術分解で防ぐ。分解しきれないので手を上に向けて呪文を上へと弾き飛ばした。
『臨機応変に対応するのが大事です。ですが、授業ではこんな強力な呪文は弾きません。安全を考えて耳ヒクヒク呪文で練習しましょう』
耳ヒクヒク呪文は文字通り当たったら耳がヒクヒクなる呪文だ。
この呪文、いったい何のために作られたんだろう……という呪文が魔法界にはたまにある。魔法薬にも髪を逆立てる薬とかあるしね。
生徒を数人のグループに分けさせる。
そこにシリウスと私、私の影分身が教えに行く。
シリウスは意気揚々とハリー、ロン、ハーマイオニー、栞ちゃんのグループへと歩いて行った。
ホントに親バカよね、シリウスって。
苦笑しながら私はドラコたちの元へと歩いて行った。
ヒュン
「うわっ」
「ぷっあはは!」
あちこちで耳がヒクヒクなる生徒たちが続出している。
友人の耳がヒクヒク動き出して笑い声が起こる丘の上。
平和だなー。
私は楽しそうに笑う生徒たちを見ながらそう思ったのだった。
授業のチャイムが鳴る。
『あと2コマこの呪術分解をします。これは期末テストに出す予定だから皆しっかり勉強するようにして下さいね』
「「「「「「「はーい」」」」」」
元気な声の返事が返ってきて満足げに頷いた私は解散を告げた。
「シリウス先生!」
「えっと、どうした?Ms.プリンス」
「もしお時間あったらもう少し強力な呪文で練習させて下さいませんか?」
「え?」
シリウスが目を瞬いている。
『もっと強力な呪文?』
栞ちゃんに首を傾げてみせる。
「はい。私、授業中に耳ヒクヒク呪文は分解することが出来ました。だから、もう少し強力な呪文も分解してみたくて。もう少し本物の戦に近いように……」
『本物の戦……!?』
目を大きくする私。
「あ、いえ、その。実践では耳ヒクヒク呪文みたいな呪文は打たれないでしょう?だから、その、授業の初めに先生方が見せてくれたように少し強い呪文も分解してみたくって」
驚いている様子の私を見て栞ちゃんは慌てて言った。
「それなら僕も試してみたい」
「ハリーは分解し損ねて耳ヒクヒク呪文が当たってしまっただろ?これ以上強い呪文を分解するのはまだ無理だ」
「でもしたい!」
「早るな早るな」
シリウスがハリーの頭をクシャクシャと撫でる。
「でも、栞ちゃんがそう言うなら私ももう少し強い呪文でやってみたいわ」
「栞ちゃんもハーマイオニーも変わり者だよな、ホント」
ロンが肩を竦める。
「どうする?ユキ」
『そうね……せっかく意欲を持ってくれているんだし。失神呪文くらいなら良いんじゃないかしら』
「そうだな。じゃあ、やってみよう」
「「ありがとうございます!」」
シリウスは栞ちゃんの前に、私はハーマイオニーの前に立つ。
「行くぞ、Ms.プリンス」
『お願いします』
「ステューピファイ」
「呪術分解!」
止めた!
いや、しかし……
『無理しないで上へ逃がしなさい!』
分解にこだわるユキちゃん。汗をかきながらも呪文を盾の中で分解することにこだわっているようだ。
だが、力不足。
「わあっ」
体は後ろへとポーンと飛んでいき、地面に叩きつけられた。
「大丈夫か!?」
シリウスが慌てて駆け寄る。
「痛タタタタタ」
『頭を打った?』
「少し」
『動かないで。治すわ』
私はユキちゃんの頭に手を添えて、呪文を呟く。
「ありがとうございます」
『呪術分解はあくまで呪文から身を守る呪文だから、無理に分解しようとしなくていいのよ?』
「すみません。ついムキになっちゃって」
『少しそこに横になって休んでいなさい』
「はい……」
「しかし、気概は褒めるぞ。よく頑張ったな」
「は、はいっ!」
栞ちゃんが頬を赤く染めた。
おやおや。色男は罪作りね。
『ハーマイオニー、お待たせ。やりましょう』
「はい!」
ハーマイオニーは上手く失神呪文を上へ逃がして呪文を弾き飛ばす事に成功した。
その後、見ていたハリーとロンがどうしても自分たちもやりたいと言い出して、2人にも失神呪文を放つ。
不完全な盾で呪文を受けてしまったハリーの体は吹っ飛んでいき、ロンの方はまともに呪文を受けてしまった。
『エネルベート、活きよ』
「うぅ」
『気がついた?ロン』
「はい……。あぁ、でも、ダメだったや」
『気を落とさないで。皆より難しいことをしているんだから』
「でも、悔しいな」
ハリーが打った肩をさすりながら起き上がる。
「この術、マスターしたい」
『……そうね。私もあなたたちには是非使いこなせるようになって欲しいわ』
ハリーはこの先、幾度もの試練が待ち受けている。一番近いところで言って三大魔法学校対抗試合の第3の課題。
その後もこの子はヴォルデモートとの因縁で厳しい戦いの渦中に置かれるだろう。
そして彼の親友たち、彼の周りにいる3人もハリーと共に行動するなら、同じように危険な目に遭うだろう。
出来るだけ危険な目に遭わせないようにするのが私の勤めだけど、この先何が起きるか分からないし、自衛の手段を持つのは非常に良い事だ。
『もし4人が望むなら補講をつけるわ。言ってね』
「「「「是非お願いします」」」」
『ふふ。こんなに忍術学を熱心に勉強してもらって嬉しいわね』
「そうだな」
私とシリウスは顔を見合わせて笑う。
私たちはそれから暫く呪術分解の練習をして解散したのだった。
***
イースターが終わって夏学期が始まった。
5月の最後の週、廊下を歩いているとミネルバに呼び止められる。
「ユキ、今夜9時にクィディッチ競技場に行ってちょうだい。バグマンさんが第3の課題を代表選手に説明することになっています」
『分かりました、ミネルバ』
夜の8時半、私は自室を出て競技場へと向かっていった。
「あ、ユキ先生」
「ユキ先生、こんばんは」
『こんばんは、ハリー、セドリック』
「ユキ先生は今度の課題は何だと思いますか?」
ハリーが聞いた。
『うーん。検討がつかないわ』
「フラーは地下トンネルのことばかり話すんだ。宝探しをやらされると思っているみたいなんです」
セドリックが言う。
『宝探しか。地味で根気のいる作業は苦手だな。もっと、こう、拳で解決!みたいな課題がいいんだけど』
「ユキ先生らしいや」
「うん。同意」
『あら?ハリー、セドリック、どういう意味かしら?』
「「いいえ、特に意味はないです!」」
『ふふっ』
私たちはクスクス笑いながら丘を登っていく。
黒い芝生を横切ってクィディッチ競技場へと歩き、スタンドの隙間を通ってグラウンドへ出て行く。
「いったい何をしたんだ!?」
セドリックが憤慨してその場で立ちすくんだ。
平で滑らかだったクィディッチ・ピッチが様変わりしている。だれかが、そこに、長く低い壁を張り巡らしたようだ。壁は曲がりくねり、四方八方に入り組んでいる。
「生垣だ」
かがんで一番近くの壁を調べたハリーが言った。
「ようよう」
元気な声がして顔を向けるとバグマンさんがピッチの真ん中に立っていた。
ビクトールとフラーもいる。
私たちは生垣を乗り越え、乗り越え、バグマンさんたちの方へ行った。
「さあ、どう思うかね?」
私たちが最後の生垣を乗り越えるとバグマンさんが嬉しそうに言った。
「しっかり育っているだろう?あと1ヶ月もすれば、ハグリッドが6メートルほどの高さにしてくれるはずだ」
『クィディッチ・ピッチが……』
神聖なるクィディッチ・ピッチをこんな風にするなんて!
私たちが気に食わないと言った顔をしているのを見てバグマンさんがニコニコしながら口を開く。
「いや、心配ご無用。課題が終わったら、クィディッチ・ピッチは元通りにして返すよ」
『安心しました』
ハリーもセドリックも表情を緩めた。
そんな私たちの様子をハハっと笑ってからバグマンさんは口を開く。
「さて、ここに何を作っているか分かるかな?」
これは――――迷路ね。
そう思っていると、
「迷路」
と一言クラムが答えた。
「その通り!」
バグマンさんが言った。
「第3の課題は極めて明快だ。迷路の中心に三大魔法学校対抗試合優勝杯が置かれる。最初にその優勝杯に触れたものが満点だ」
「迷路をあやく抜けーるだけでーすか?」
フラーが聞いた。
「障害物がある」
バグマンさんは楽しそうに言う。
「ハグリッドが色々な生き物を置く。それに、色々な呪いを破らないと進めない。まあ、そんなとこだ。出発順はこれまでの成績でリードしている選手が先だ」
まずはハリーとセドリック、そして、クラム、最後にフラーが入る事になる。
「全員に優勝のチャンスがある。障害物をどう上手く切り抜けるか、それ次第だ。おもしろいだろう?え?」
おもしろい……。
賢者の石事件の時、ハグリッドが三頭犬を守りに置いたことを思い出した私の顔は選手を思い強ばってしまう。
「よし!これで説明は終わりだ。質問がなければ城に戻るとしようか。少し冷える。ユキ先生は残って下さい」
皆が生垣を越えてクィディッチ・ピッチから去っていく。
『何でしょう?バグマンさん』
「最終課題ですが、置かれる生物などに替えがない。よってユキ先生による安全確認は行わないと執行部で決めさせていただきました」
ずるっとズッコケる。
それ、初めに言ってくれたら良かったのでは?もしくは事前に言うとか!
「ハハハ、お時間を取らせてしまい申し訳ない」
明るく笑うバグマンさんを見ていると毒気を抜かれる。
私はハァと溜息を吐いて口を開く。
『ですが、心配ですね』
「何がです?」
『第1の課題ではドラゴンの鎖が外れる、私の魅惑の呪文が解けるというハプニングがありました。第2の課題は何もありませんでしたが……私は第3の課題で何か起こらないか心配です』
「大丈夫です!ご心配には及びませんよ。迷路中の罠は魔法執行部とマダム・マクシーム、カルカロフ校長、それにユキ先生を含めたホグワーツの先生方で張ってもらいます。その時には2人1組になり、安全確認をする予定ですから」
『そうですか。2人1組……それなら安心ですね』
必ず誰かといる状況ならば、何かをする事も出来ないだろう。
「ユキ先生もとびっきりの罠を考えておいてください」
『はい、そうします』
バグマンさんと別れてクィディッチ・ピッチを出て行く。
ついでに体でも動かしていこうかな。
私は広い丘の上で立ち止まり、印を組む。
『多重影分身の術』
ポンと2体の影分身が出てきた。
「第3の課題の安全確認もなくなったみたいだし」
「少しくらい怪我しちゃっても大丈夫だよね、本体さん?」
『程々にやろう。明日も授業だからさ』
「「鍛錬は全力が鉄則!」」
ニヤリと2体の影分身は口角を上げてユキへと襲いかかってきた。
『ハア、ハア、グホッ、ゲホッ』
口の中が鉄の味。
影分身が自室から薬の入った袋を持ってくる。
私は暗くて誰も周囲にいないことをいいことに、服をブラジャーのみ残して脱ぎ捨てて、怪我の治療を行っていた。
血を流し過ぎたのか頭がクラクラする。いや、それともこれは頭を強くぶったせいか?
宙返りして着替える気力がなくて、部屋から影分身に持ってこさせていたジーパンと長袖のTシャツにのろのろと着替える。
増血薬を一気に飲み干す。少しだけ気分が楽になった。
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
誰かが走ってくる音がする。
闇に目を凝らす。
『ハリー?』
「ユキ先生!?」
『そうだよ。まだ城に戻ってなかった「大変なんだ!」
私の声を遮って、ハリーが私の傍にやってきた。
『どうしたの?そんなに慌てて』
「クラウチさんが現れたんだ。でも、様子がおかしくって。意識が朦朧としているんだけど、ダンブルドア校長先生にどうしても伝えなくちゃいけない事があるって言っていて」
『分かったわ。落ち着いて。クラウチ氏は今どこにいるの?』
「禁じられた森の側、クラムが付き添ってくれている」
『私はクラウチ氏とクラムの元へと向かうわ。ハリーはダンブルドア校長先生のところへ行って』
「お願いします、ユキ先生」
ハリーは城へと駆けていった。
私も禁じられた森へと走り出す。
ハグリッドの小屋や、照明に照らされたボーバトンの馬車を通り過ぎ、静かな空き地へと近づく。
『火遁・狐火の術』
火の玉がポッポッと空中に現れる。
空き地で立ち止まった私は火の玉を辺りを照らすように分散させた。途端に見えた人の影。
『クラム!クラウチさん!』
私は2人に駆け寄った。
クラムは目を閉じ仰向けに倒れ、クラウチ氏はうつ伏せに倒れていた。
まずクラムの脈を見る。うん、正常。
失神術にかかっているだけのようだ。
次にうつ伏せのクラウチ氏の元へ行き、しゃがむ。手の脈をとる。
『……』
私はぐっと奥歯を噛み締めた。
死んでいる
クラウチ氏の体に手を入れてうつ伏せから仰向けにひっくり返す。
口を大きく開け、恐怖の表情を貼り付けて死んでいた。
「ハリー、どのあたりじゃ」
「あそこです!ユキ先生の火の玉が見えます!」
私はハンカチを出してクラウチ氏の顔に被せた。
「ユキ先生!」
『ハリー、そこで止まって』
「え?」
ハリーは不思議な顔をしたが、その場で立ち止まった。
『ダンブルドア校長、こちらへ』
「何があった?」
『最悪の事態ですよ』
ダンブーは私のもとまで来てぎょっとして足を止めた。
「まさか2人とも……!」
『いえ、クラウチ氏だけです。ビクトールは失神術にかかっているだけです』
「Mr.クラムをハリーのいる場所まで運べるかの?」
『もちろんです』
私はクラムを背負い、ハリーの隣に彼を横たえた。
ダンブーは杖を宙に上げ、ハグリッドの小屋を指した。杖から銀色の不死鳥が出てきて木々の間をすり抜け、飛んでいく。それからダンブーはクラムに杖を向けて唱えた。
「リナベイト!活きよ!」
クラムが目を開けた。ぼんやりしている。起き上がろうとするクラムをダンブーが手で制す。
「あいつがヴぉくを襲った!」
「あいつとは誰かね?」
「あの狂った男だ。ヴぉくがポッターがどこへ行ったかと振り返ったら、あいつが後ろからヴぉくを襲った!」
『あいつとはクラウチ氏の事を言っている?』
「はい!」
『見たの?』
「?いえ。でも、ヴぉくの後ろにはクラウチ氏しかいなかった!」
「よく分かったMr.クラム。少しじっとして横になっているとよい」
ダンブーが言った。
大きな足音が近づいてきた。ハグリッドがファングを従えて息を切らせてやってきた。石弓を背負っている。
「ダンブルドア先生様!いってぇ、これは―――?」
ハグリッドは目を大きく見開いて私たちを見渡した。
「儂の守護霊で伝言した通り、ファングを借りたい。森に怪しい奴が潜んでいないか匂いで探させて欲しいのじゃ」
「何があったので?」
ダンブーがハグリッドに屈んでもらって耳打ちした。
大きくしていた目を更に大きく見開くハグリッド。
「分かりました。行くぞ、ファング」
『私の影分身も連れて行って』
ハグリッドたちの安全のために影分身を1体出し、付き添わせる。
「2人ともよろしく頼むぞ。気をつけて行くのじゃ」
2人と1匹は暗い森の中へと入っていった。
「さて、ユキ。もう2体影分身を出して欲しい。カルカロフ校長の生徒が襲われたのじゃ。知らせる必要がある。それからムーディ教授に警告を―――」
「それには及ばん、ダンブルドア」
ゼイゼイという唸り声がした。
「ここにおる」
ムーディ教授がステッキにすがり、杖明かりを灯し、足を引きずってやってきた。
『影分身の術。カルカロフ校長に連絡を』
私の影分身が走っていった。
「この脚め!」
ムーディ教授が苛立たしげに叫んだ。
「もっと早く来れたものを……何事だ?スネイプがクラウチがどうのと言っておったが―――」
ダンブーはムーディ教授から視線を逸らし、ハリーとクラムの様子を窺ってから息を軽く吐き出し「クラウチ氏が死んだ」と言った。
「なんですって!?」
「そんな!」
ハリーとクラムが同時に叫ぶ。
「残念ながら事実じゃ」
「第一発見者は?」
ムーディ教授が聞く。
『私です』
「ほう。それは興味深いことだな」
ムーディ教授の魔法の目が私を見据えた。
ピリピリとした空気を破ったのは荒い息の音だった。
「いったいこれは!?」
カルカロフ校長がやってきた。滑らかなシルバーの毛皮を羽織り、青ざめて、動揺しているように見えた。
クラムが地面に横になっているのを見て、カルカロフ校長が叫ぶ。
「これは何事だ!?」
「ヴぉく、襲われました」
クラムは身を起こし、頭を擦った。
「襲われた?どういう事だ?誰に襲われたんだ!?」
「落ち着くのじゃ、イゴール」
ダンブーが宥めるが、カルカロフ校長は身構え、激怒した様子で毛皮をギュッと体に巻きつけた。
「落ち着けるか!大事な生徒が襲われたのだぞ。しかも我が校の代表選手が!何かの陰謀に違いない。犯人は誰だ!!」
「犯人は分からない。今、ハグリッドとユキの影分身が禁じられた森を捜索している。イゴール、人が1人死んでいるのだよ」
「なんだと?」
カルカロフ校長の顔が驚愕に変わる。
「クラムはその時どこにいた?体は無事なのか?」
「ヴぉくは何者かに失神呪文を唱えられました。でも、それ以外に怪我はありまセン」
「なんてことだ……クラムに何もなかったから良かったものの、命の危険に晒して!」
怒れるカルカロフ校長がダンブーに詰め寄る。
「あぁ!この試合自体腐敗の匂いがしていた。最初は年齢制限以下なのにポッターを試合に潜り込ませ、今度は何者かが、きっとホグワーツの中に犯人がいるに違いない。私の代表選手を動けなくしようとした!旧交を温める!?ふざけるな!おまえなんか、こうしてやる!」
カルカロフ校長がダンブーの足元にペッとつばを吐いた。
途端に雷のような音が近づいてきた。
「謝れ!」
ドシドシと歩いてきたハグリッドがカルカロフ校長の胸ぐらを掴み、宙吊りにした。
「ハグリッドやめるのじゃ!」
「いーや。ダンブルドア先生様の言う事でも聞けません!コイツはホグワーツの中に犯人がいると言ったんです。その上ダンブルドア先生様を侮辱して!」
「イゴールは生徒が襲われて興奮しておるのじゃ。ハグリッド、手を離すのじゃ」
ハグリッドは言う事を聞きたくないと言った表情をしたが、どさっとカルカロフ校長を地面へと落とした。
「ハグリッド、ハリーを城まで送ってやってくれ」
ハグリッドは恐ろしい目でカルカロフ校長を睨みつけていたが、ハリーの元へと歩いて行った。
「ハリー、行こう」
ハリーとハグリッドの背中を見送る。
「我々も行こう」
カルカロフ校長はこちらをひと睨みし、クラムの肩を抱いて去っていった。
後には私、ダンブー、ムーディ教授、ハグリッドと森へと入った私の影分身が残される。
「して、犯人に繋がる手がかりは?」
「残念ながらありませんでした」
私は溜息をつきながら影分身を消した。
「儂はクラウチ氏の死を魔法省に伝えに行かねばならん」
『ここに残っていた方がいいですか?』
「そうしてくれ、ユキ。クラウチ氏の骸をそのまま放置するのも心が痛む」
「それなら儂も残るとしよう」
ムーディ教授が言った。
ザクザクと芝生を踏んでダンブーが去っていく。
「さて、雪野教授」
『何でしょう?』
「お前さんには幾つか聞きたいことがある」
そう言ってムーディ教授はローブのポケットから見たことのある羊皮紙を取り出した。
『忍の地図!』
「そうだ」
ギロッとムーディ教授が私を睨む。
「何故お前さんの名前はこの地図上に現れない」
『現れなくしているんですよ』
「ほうほうほう」
ムーディ教授が目を細める。
「クラウチ氏の死体第一発見者はお前さんだ。まっこと疑わしい。そう思わんかね?」
『私がクラウチ氏を殺したと?その目的は?』
「決まっているではないか。以前にも言ったはずだ。クラウチは闇側の人間を捕らえることに取り憑かれているとな」
『困りましたね。私が容疑者か。でも、有罪に出来る証拠もないでしょう?』
私は憎らしげに私を睨むムーディ教授に暗部時代の微笑みの張り付いた顔を向けておいた。
暫く私を睨んでいたムーディ教授は苛立たしげに舌打ちをする。
「スリザリンの白蛇」
『はい?』
「お前さんの学生の時の渾名だそうだな」
『良くご存知で』
「蛇のようにするっと擦り抜ける……狡猾なる悪党め。必ずお前の本性を校長並び全員の前で暴き出し、お前をアズカバンへ送ってやる」
『やるだけ無駄ですよ』
「……行けッ。ここは儂1人で十分だ。城へと戻るがいい」
『では、ここはお願い致しましょう』
随分と憎まれていることで―――――ん。ちょっと待って。
私は踵を返してムーディ教授の元へと戻った。
『忍の地図を持っていると言っていましたね』
「そうだが?」
『私の名前はなかったとして、誰か他の名前はなかったのですか?クラウチ氏とMr.クラムの他に……?』
ムーディ教授の顔が強ばった。
だが、それも一瞬。直ぐに私を睨みつける。
「儂は自室でクラウチ、ポッター、ダームストラングの小僧の名前を見た。それからは地図をポケットに入れていてな。ここに来るまで見ていない。この脚だと片手にしか何かを持てない。儂は杖明かりを灯していたのでな」
『そうでしたか……残念です。もし、地図を見ていたら誰かの名前が地図上に浮かんでいたかもしれないのに』
私は私の言葉を鼻で笑うムーディ教授から背を向けて、今度こそ城へと戻っていった。
クラウチ氏が死んだ……
セブの薬材庫からポリジュース薬の材料を盗み出したクラウチ氏。
私は彼が誰かに化けて悪巧みをしていると疑っていたのに。この線は消えた。
クラウチ氏を殺したのは誰?何のために?
あと、ムーディ教授が一瞬見せた顔の強張り、気にかかるなぁ。
『うーん。謎は深まるばかりね』
私は長い溜息を吐き出す。
あぁ、それから、あの地図やはり欲しいな。
忍の地図があれば、怪しい人物の発見や侵入者が直ぐに分かる。
不穏な空気の漂うホグワーツ。
忍の地図はこれから敵の思惑を防ぐ上で必要な物になるだろう。
私はクィリナス、シリウスと協力して、制作途中である忍の地図を早急に完成させようと心に決めたのだった。