第5章 慕う黒犬
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15.編入生
―――儂はお前さんを疑っておる。炎のゴブレッドにポッターの名前を書いた紙を入れたのはお前さんだろう?
―――裏が取れたら即刻お前さんをアズカバン送りにしてやる。覚悟しておくといい!
朝の鍛錬が終わって部屋に帰り、シャワーを浴びながらダンスパーティーの日にムーディ教授に言われた言葉を思い出して眉を寄せる。
第1課題の事前確認でドラゴンにかけた魅惑の呪文が切れた事、第1課題当日、ドラゴンの鎖が突然切れた事。
それを見てムーディ教授は、私もハリー同様に闇の陣営に狙われているというような事を言っていた。
それなのにあの変わり様は何なのか……
私は蛇口を捻り、お湯を止めなが自嘲的に小さく笑う。
もしかしたらリータ・スキーターの記事を読んだのかも。
彼女の書く記事には妄想いっぱいの忍についての記事が載せられていた。
どれもスパイ小説に出てきそうなものばかり。
それからホグワーツの先生たちから忍という職業について聞いたのかもしれない。
先生方には忍の活動は要人の護衛、機密文書の伝達、諜報活動と言っていたが、それは完全にスパイと同じ。ムーディ教授が私を危険な人物と判断するのは当然といえば当然かもしれない。
だから急に態度を変えたのかも。
犯人は私じゃないってどうやったら理解してくれるかしら?
いや、理解してもらうのは難しいかも知れない。
実際に暗部に身を置き、暗殺を仕事にしてきたわけだしね……
『しかし、やりにくいなぁ』
バスローブを着て寝室に出て、杖を振って髪を乾かす。
ムーディ教授に疑われるのは悲しいけれども、誤解を解くのに躍起になって本当の犯人探しに支障が出ては困る。
私は重い溜息を吐いて朝食へと向かうために準備をし、部屋を出る。
<全校生徒並びに先生方は大広間にお集まりください>
部屋を出た途端、ソノーラスで拡大されたミネルバの声が学校中に響く。
『何かしら?』
もしや誰かの身に何か起こってしまったの!?
過去数年の事を思い出しながら私は走って大広間へと向かう。
観音開きの大扉から大広間に入る。
しかし、職員テーブルにいる先生方は皆、普段と変わりない様子だった。
私は安堵しながら職員テーブルへと歩いていく。
『おはよう、セブ、シリウス』
「あぁ」
「よう、ユキ」
『いったい何があったの?』
「知らん。校長が全員を大広間に集めるように命じたのだ」
先生方も、誰も何がこれから行われるか分かっていない様子。
生徒たちは何が起こるのだろう?といった様子でガヤガヤと話している。
暫くしてダンブーが大広間へと入ってきた。
その手には組み分け帽子。
私たちの頭にハテナマークが浮かぶ。
校長はそんな私たちをキラキラしたブルートパーズの瞳で見てから杖で空中に円を書き、椅子を一脚出して床に下ろした。
その上に組み分け帽子がちょこんと置かれる。
更にガヤガヤと大きくなる生徒たちの声。
「静まれーい」
ダンブーが自分の喉に杖を当ててソノーラスで皆に言った。
「皆に嬉しい報告がある。なんと、極東の国、日本の魔法学校、マホウトコロより我々は双子の編入生を迎えることになった」
生徒たちの顔が輝き出す。
みんなワクワクしている様子だ。
『日本からの編入生ですって!』
日本と私がいた木ノ葉隠れの里は食文化、服装など似たところが多い。
私も生徒と同じように編入生に興味を抱いた。
生徒たちと共に期待を込めて閉じられた大広間の扉を見つめていると、扉がパッと開いてミネルバを先頭として2人の少女が入ってきた。
1人は真っ黒な髪を肩まで伸ばした髪型。髪はくせっ毛なのだろう緩くウェーブが入っている。目の色は私と同じくらいの漆黒。
もう1人は白い髪を背中の半分くらいまで伸ばし、髪全体はこちらもくせっ毛なのか緩やかなウェーブがかかっている。目の色は琥珀色だ。
「あの白髪の生徒、ユキの学生時代の姿に似ているな」
『そうね』
シリウスの言葉に頷く。
「似ているといえば黒髪の方もだ。あの漆黒の瞳、雰囲気、ユキに似ている」
『本当に。不思議ね』
セブの言葉にも相槌を打つ。
2人の事を驚きをもって見つめていると、2人は指示をされて大広間の中心で立ち止まった。
ミネルバが組み分け帽子の置かれた椅子の横に立つ。
「これから組み分けを行います」
ミネルバがそう言ったと同時に組み分け帽子が歌いだす。
勇猛果敢なグリフィンドール
優しき友を得るだろう、正しく忠実な者が集うハッフルパフ
英知ある者が集うレイブンクロー
どんな手段を使っても、目的遂げる狡猾さ その素質があるならスリザリン
組み分け帽子の歌をボーバトンの生徒もダームストラングの生徒たちも興味深そうに聞いていた。
ホグワーツの生徒たちは組み分け帽子の歌が早く終わらないか、今か今かと待っている様子だ。
組分け帽子の歌が終わり、ミネルバが持っていた羊皮紙を広げる。
「栞・ミネルバ・プリンス!」
「はい」
『「「!?!?」」』
黒髪の少女の名前が読み上げられた瞬間私たちはピクリと体を跳ねさせた。
プリンス!?
組み分け帽子が乗った椅子に近づいてくる少女を穴が開くように見つめてしまう。
ふと重なった視線。
栞・ミネルバ・プリンスはビクッとなって私から視線を外した。
椅子に座り、ぐいっと組み分け帽子を被る。
一瞬の静寂
「グリフィンドール!」
直ぐに組み分け帽子は叫んだ。
わっとグリフィンドール寮から歓迎の拍手が沸き起こる。
栞・ミネルバ・プリンスは帽子を脱いで椅子に置き、タタっとグリフィンドールのテーブルへと走っていった。
「続いて蓮・リリー・プリンス」
『「「!?!?」」』
私たちはまたもピクっと体を跳ねさせる。
今度はリリーの名前が入っている。ミネルバもリリーも私の大好きな
驚きの目をする私たちに見つめられる中、白髪、琥珀色の目をした少女は落ち着いた様子で職員テーブルまで歩いて来て、椅子に座り、組み分け帽子を被った。
今回も早かった。
直ぐに帽子は
「レイブンクロー!」
と叫んだ。
レイブンクロー寮から拍手が沸き起こる。
蓮・リリー・プリンスはふんわりとした笑みを浮かべてレイブンクローのテーブルへと歩いて行った。
『これって偶然……?』
私は両隣の2人を見た。
「偶然にしては出来すぎているよな」
シリウスが編入生2人を交互に見る。
「プリンス……我輩の母親の旧姓、そして過去に行ったユキに我輩がつけた苗字だ」
『えぇ。そうよね』
ミネルバは編入生の栞と蓮が席に着いたのを満足そうに見て口を開く。
「2人は4年生編入になります。みなさん、編入生の2人が困っていたら親切に助けてあげて下さい」
ミネルバはそう言って組み分け帽子と椅子を片付け始める。
「授業に遅れては困る。さっさと朝食を頂くとしよう」
ダンブーが手を叩いた。
ポンと料理が皿の上に現れる。
私は幸い今日の1時間目はなにもない。
直ぐにダンブーの元へ行ってみよう。
私は朝食を取りながらそう思った。
いつもより遅い朝食スタートだったため、生徒たちは慌ただしく朝食を食べ、大広間から出ていった。
編入生の栞はハリーたちに誘われて大広間を出ていき、レイブンクローに入った蓮も早速友人が出来たらしく、その子達と大広間を出ていった。
『ダンブルドア校長、少し校長先生のお部屋にお邪魔しても?』
「おぉ。来ると思ったわい。構わんぞ」
ダンブーが瞳を輝かせながら笑う。
私はダンブーの校長室に入った。
不死鳥のフォークスは今日も美しい。
私が校長室に入ると真紅の羽を大きく広げて伸びをした。
「それで、聞きたいこととは?予想はついておるがの」
『あの2人、何者なのですか?』
「何者もなにもただの編入生じゃよ」
『だけど、2人とも私に縁のある名前を持っていました。しかも2人の姓は私が過去に飛んで記憶がなかった時に名乗っていた“プリンス”の姓。偶然とは思えません』
「そんなに怖い顔で睨まんでくれ。時として人生には奇妙な事が起こるものじゃ。あの2人の生徒は両親がイギリスへ出張になり、このホグワーツへ入学する事になったのじゃ。それ以上も以下でもない」
ちなみに彼女たちはイギリス人と日本人のハーフだとダンブーは私に言った。
『……これ以上追求しても無駄なようですね』
ブルートパーズの瞳をキラキラさせて楽しそうに口元に笑みを浮かべているダンブーを見て溜息をつく。
「ユキは儂の言葉は信じないようじゃの」
『そうですね。基本信じていません。裏があると思っています』
「酷いのぅ」
ダンブーが拗ねたように唇を突き出した。
『1つだけいいですか?』
「なんじゃ?」
『彼女たちは我々、ハリーやこの学校に害をもたらす存在ではないと誓えますか?』
「それは勿論じゃ」
『それなら、いいです』
私はふっと息を吐き出した。
今は気の抜けない時期だ。
編入生の彼女たちの苗字に名前、それから私に似た外見は気になるが、ダンブーがこれ以上教えてくれない以上、深く追求する事も出来ないし、自分で調べている余裕もない。
ダンブーが“害はない”と言っているのを信じよう。
『では、失礼します』
私はフォークスをひと撫でして校長室を辞したのだった。
それでも、やっぱり気になるわよね……
2人の編入生がやってきたその日、グリフィンドールとスリザリンの忍術学があった。
ハリーたちと共に私と同じ名を持つ編入生、栞が入ってくる。
「ホントにユキの学生時代にそっくりだよな。髪の長さをもっと長くして、くせっ毛を直せばよりそっくりになる」
『そうね』
シリウスの言葉に相槌を打つ。
授業が始まるまでもう少しある。私は編入生の栞を前に来るように呼んだ。
『こんにちは。はじめまして』
「はじめまして雪野教授」
『ユキ先生でいいわ。みんなそう呼んでいるから』
「ありがとうございます」
『少し質問良いかしら?』
「はい」
ブンブンと音がしそうなほど早く首を上下に振る栞ちゃん。至近距離にある彼女の顔を見る。
瞳孔が見えないような真っ黒な瞳。だが、暗部時代の私と違って、太陽の光を反射させてその目は生き生きとしていた。
『忍術学について聞きたいの。マホウトコロでは忍術学を勉強した?』
「はい。マホウトコロにも忍術学というものがありました」
『どんな内容を勉強したの?』
「分身の術や杖を使わないでの魔力コントロールを勉強しました」
『では、ホグワーツで私が教えているのと似たような事をしていたのね』
「はい」
避けられるアイコンタクト。栞ちゃんは首元に手をやって首を掻いている。
この子、何か嘘をついている可能性が高いわね。
そう思いながら、
『あなたのお父さんとお母さんはどんな人?どちらが日本人なの?』
と聞いてみる。
「父がイギリス人、母が日本人です」
『そう』
「ミドルネームはマクゴナガル教授のお名前をもらいました。母がイギリスに留学していた時にホグワーツでマクゴナガル教授にとても良くしてもらったらしくって」
『そうだったのね』
淀みなく話し、少しリラックスが見られる表情。この言葉に嘘はないだろう。
『授業についていけなかったら補修をするから安心してね』
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げてハリーたちの元へと行く栞ちゃん。
「見れば見るほどユキに似ているよな。それか、日本人は皆あんな感じなのかな?俺たち西洋人は東洋人の顔の見分けがつかないってよく言うだろ?」
『そうね。もしかしたらそうなのかもしれない』
栞ちゃんは授業に充分ついてきていた。むしろ、教室の中でも出来る子の部類に入るくらいだった。
そして次の時間、レイブンクローとハッフルパフ4年生の授業がやってくる。
白髪、黄色い目の少女は早速出来た友達と教室の中へと入ってくる。ペコリと私に頭を下げる彼女を自分の元へと呼ぶ。
『Ms.プリンス、ちょっといいかしら』
「はい」
ほわわんとした感じの少女が私とシリウスの前へとやってくる。
「綺麗な目だな。白髪も美しい」
「あ、ありがとうございます」
突然シリウスに褒められてビックリしたように目を開き、Ms.プリンスは頭を下げた。
『あなたが妹さん?それともお姉さん?』
「私が妹です」
『そうなのね。ええと、Ms.プリンス。双子のお姉さんがいるから名前で呼び分けても良いかしら?』
「もちろんです」
『栞ちゃんからも聞かせてもらったのだけど、マホウトコロでは忍術学も学んだそうね』
「はい」
『忍術学は得意?』
「他の教科よりは出来る方だと思います。母がよく私たちに忍術を教えてくれましたから」
『そうなのね。良かったわ……ねえ、あなたのお父様のお名前を教えてくれる?もしかしたら私が学生の時に一緒に在学しているかなって思って』
そう言うと蓮ちゃんはうっとしたような顔をし、唇を結んだ。それから蓮ちゃんは口を開く。
「名前は……トーマスです。トーマス・プリンス」
小さく眉を寄せる彼女の反応に疑問を持つ。
『トーマス・プリンス、か。どこの寮?』
「スリザリンです」
今度は淀みなく答えた。
『トーマス・プリンスって名前知っている?』
「いや、残念だが知らないな」
シリウスが首を振る。
『それじゃ同じ時期に在学していなかったのね。残念だわ』
そう言いながら彼女の顔を見つめる。居心地悪そうに蓮ちゃんは私から視線を外した。
『リリーってミドルネーム好きよ』
「えっ、えっと、そうなんですね。ええと、リリーの名前は父と母の親友の名前だったそうです」
『あら、偶然』
微笑みかけるとぎこちない笑みが返ってくる。
『私の学生時代の親友の名前もリリーだったのよ』
この双子、本当に気になるわ。
でも、悪い子達ではなさそう。彼女たちからは邪気が感じられない。どちらかというと、深く追求したら面白いことが分かりそうな感じだ。
平和な時期だったらもっと深く聞き出していただろうけど・・・今は、我慢ね。校長室でも思った通り、余計なことに気を取られている時間はないのだ。
『ありがとう、蓮ちゃん』
「はい。失礼します」
頭を下げて蓮ちゃんが去っていく。
蓮ちゃんの方も今日の実技、他のみんなは3回目の授業となる壁登りをたった1回の授業でこなし、皆から拍手を受けていた。
***
ハリーはマートルの助けもあり金色の卵の謎を解き、監督生が使えるバスルームから暗い廊下に出、忍びの地図をチェックした。
「あれ?」
小さく声を上げる。
地図上を動く点。
トロフィー室で飛び回っているピーブズの他に動く点があった。魔法薬在庫でバーテミウス・クラウチの点が動き回っている。
クリスマスダンスパーティーに来られないほど病気が重いはずなのに、この時間のホグワーツで何をしているのだろう?
ハリーは好奇心に勝てずに行き先をグリフィンドール寮ではなく魔法薬在庫へと変えた。
階段を軋らせる度にびくついていたハリーは、階段をちょうど半分降りた時、クラウチ氏の奇妙な行動ばかりに気を取られ、足を騙し階段に突っ込んでしまった。
ハリーの体はよろけ、金の卵が腕から滑り落ちる。
透明マントがずり落ちようとするのを止めようとしたハリーの手からは今度は忍びの地図が滑り落ちてしまう。
階段にひざ上まで沈んだハリーには届かないところだ。
金の卵はタペストリーを突き抜けて床に落ち、廊下中に響く泣き声を上げた。
なんの音かしら?
自主的に夜の見回りをしていたユキがその音を聞きつける。
ユキは5階の廊下から走って階段へと出た。
動く階段をぴょんぴょんと飛びながら下って行き、金色の卵の元へと到着する。
『これは代表選手が持っている卵だわ』
あまりの五月蝿さに顔を顰めながらユキは卵を閉める。
音に敏感なユキは大音量の音が消えてホッと息を吐き出した。
「ピーブズ!」
ユキがこの卵はどこから来たのだろう?と考えているとフィルチの声が聞こえてきた。
「この騒ぎは何なんだ?取っ捕まえてやる。ピーブズ!……おや?ユキ先生?」
『こんばんは、フィルチさん』
「卵?」
フィルチがユキの手にある金色の卵を見て眉を顰めた。
『なぜか廊下に落ちていたんです』
「これは対抗試合の代表選手の所持品だ!」
フィルチの顔が意地悪く輝く。
「ピーブズは盗みを働いたに違いないッ」
喜々としてフィルチが叫ぶ。
「隠れているんだな。ピーブズめ!見つけ出してお前をホグワーツから追い出してやる」
フィルチは階段を上り始めた。
なんとなく、この卵ハリーの物のような気がするのよね。
ユキは辺りに視線を走らせる。
透明マントを着てどこかで息を殺して隠れているのだろう。彼を助けてあげよう。
ユキが怪しいと思われるタペストリーに隠れた階段へと向かおうとした時だった。
「フィルチにユキか。何をしている?」
ユキは心の中で舌打ちをしながら振り返った。今一番厄介な人物の登場だ。
寝巻き用の浴衣を着てスネイプは酷く怒っていた。
『あら、セブ。着てくれているのね。似合っているわ』
「そんな事は今はどうでもいい」
少し照れたのかセブルスはユキから顔を逸らし、ぶっきらぼうに言い、フィルチを見た。
「何があった?」
「スネイプ教授、ピーブズです」
フィルチがユキが持つ卵を指差す。
「あいつがこの卵を、階段上から転がしたんです」
セブルスは急いで階段を上り、ユキの前まで来た。
「ピーブズだと……ピーブズは我輩の薬材庫には入れまい」
『どういう事?』
「煩い金切り声が聞こえて外に出たのだ。何事かと調べに来た時に我輩は薬材庫の前を通った。松明の火が灯り、戸棚の扉が半開きになっているのを見つけたのだ。誰かが我輩の薬材庫を引っ掻き回していた」
「しかし、ピーブズめには出来ないはずで―――」
「わかっておる。我輩の薬材庫は呪文で封印してある。魔法使い以外は破れん」
セブルスはバシッと言った。
セブルスは杖を振ってタペストリーを捲くり上げて階段を見上げ、そして、下の廊下を見下ろした。
「フィルチ、ユキ、一緒に侵入者を捜索するぞ」
『分かったわ』
ポン
ユキは印を組み、半獣の姿に変わった。
途端にユキの鼻に石鹸の良い香りが届く。
ハリーはこの上にいるのね……上手く2人を誘導しないと。
『私は上を探すわ。2人は下の階段と廊下を――――』
ユキは全て言う前に口を噤む。耳にコツっコツっと音が聞こえてきたからだ。
このままの姿では何を言われるか分かったもんじゃないわね。
ユキは半獣の姿を解いて元の姿に戻った。
セブルスとフィルチにもムーディの杖をつく音が聞こえてき、2人は階段の下を見下ろした。
寝巻きの上に古ぼけた旅行マントを羽織ったムーディが姿を現す。
「パジャマパーティーかね?」
ムーディが唸るように言った。
「ポルターガイストのピーブズめが、対抗試合選手の卵を盗み、投げつけて―――それに、スネイプ教授は薬材庫に誰かが侵入したと仰られて―――」
「そうか」
ムーディはセブルスを一瞥した後、ハリーがいる場所に視線を向けた。
「それで?雪野教授はここで何をしていたのですかな?」
魔法の目がユキを見据える。ユキは暗部時代の偽物の笑顔を作って口を開く。
『私はただの夜のお散歩ですよ。ちょっと眠れなかったものですから』
「夜の散歩?それは随分と洒落たことをしているな。まっこと疑わしい。疑わしい限りだ。何をしていたのだか怪しいものだ。代表選手の寝首でも掻きに来たのではないかな?」
『スパイ小説の読みすぎですよ、ムーディ教授』
ユキは鼻でこの戯言を笑った。
「まあいいだろう。さて、スネイプ。お前さんの薬材庫に何者かが侵入したようだな」
「大したことではない」
「いいや。大したことだ。君の薬材庫に押し入る動機があるのは誰だ?」
「おそらく生徒の誰かだ。以前にもこういう事があった。薬材庫から魔法薬の材料がいくつか紛失したことがある」
「魔法薬の材料を探していたんだな?え?他に怪しい物を隠していないか?え?」
「どういう意味だ。マッド-アイ」
「そのままの通りだ」
ムーディの顔がニヤリと歪んだ。
「闇祓いの特権でね、スネイプ。ダンブルドアが儂に警戒しろと―――」
ムーディの視線はユキにも向けられる。
「我輩も雪野もダンブルドアに信用されている。お前にとやかく言われる筋合いはない」
「それはダンブルドアの事だ。お前さんらを信用するだろう。あの人は人を信用する方だ。しかし儂は、洗っても消えないシミがあるというのが持論だ。どういう事か分かるだろう、お2人さん」
セブルスが突如奇妙な動きを見せた。発作的に右手で左の前腕を掴んだのだ。
ユキはその様子を驚いて見つめる。
痛みが走ったの?セブ――――?
ムーディが笑い声を上げる中、ユキは眉を顰めてセブルスを見ていた。
「ベッドに戻れ、スネイプ」
「我輩にも、君と同じに、暗くなってから校内を歩き回る権利がある!」
「勝手に歩き回るがよい。そのうち、どこか暗い廊下で君と出会うのを楽しみにしている……ところで、何か落し物だぞ」
セブルスの瞳がギラリと光る。
ユキ、セブルス、ムーディが一斉に動く。
羊皮紙に手を伸ばすセブルス。
アクシオを唱えるムーディ。
そしてピョンと数段階段を飛び降りるユキ。
ユキはアクシオで飛んでいく羊皮紙をパシッと捕まえた。
『これは私のよ』
「嘘を言うな」
セブルスがユキを睨む。
「それはポッターのものであろう」
ユキは着物の袂に地図をしまいこんだ。
「ユキ、見せろ。それはポッターのものだ。その金色の卵もな。羊皮紙は以前に見たことがあるから我輩には分かる。ポッターは透明マントに隠れて近くにいる!」
セブルスは両手を突き出して階段を上り始めた。
『やめなさいよ、セブ。ハリーはここにはいないわ』
「何故わかる?」
『何故って?透明マントを着ていたならとっくに逃げているはずだわ。そういうわけで証拠不十分でハリーは無罪よ』
セブルスはユキの言葉に思い切り舌打ちしながら腕を下ろし、くっくっとムーディが喉で笑う。
「スネイプ。君の考えがいかに素早くハリー・ポッターに飛躍したかをダンブルドアに伝えておこう」
「どういう意味だ?」
「ダンブルドアは誰がハリーに恨みを持っているか、大変興味があるという意味だ。儂も興味があるぞ、スネイプ、大いにな……」
ムーディがスネイプを睨みつける。
「我輩はただ」
セブルスが感情を抑え込んだ冷静な声で言った。
「ポッターがまた夜遅くに徘徊しているなら、やめさせなければならんとそう思っただけだ。あの子の……あの子自身の安全の為に」
「なるほど。ポッターのためという訳か」
ムーディとセブルスは睨み合った。
暫しの無言での睨み合い。
フィルチの猫、ミセス・ノリスがミャアと大きく鳴いたのを合図に2人は動き出す。
「我輩はベッドへ戻ろう」
「今晩君が考えた中では最高の考えだな」
セブルスはムーディを睨みつけながら彼の横を通り、部屋へと戻っていった。
フィルチもピーブズを見つけられなかった事にイライラしながらも自室へと引き返していく。
「危なかったな、ポッター」
「えぇ、あの、僕、ありがとうございました」
ハリーが透明マントを脱いだので彼の姿が現れた。階段にすっぽりとはまってしまっている。
『引き上げるわ』
ユキはハリーの脇に自分の腕を差し込んでハリーを引っ張り出す。
『コレとコレ、返すわね』
ハリーに金色の卵と忍びの地図を渡す。
「しかし、ポッター。何故こんなところにいた?」
「卵の謎を解くためです」
「この羊皮紙は?」
ムーディが忍びの地図を覗き込み、目が驚きで開かれる。
「たまげた。これは……ポッター、大した地図だ!」
ユキは胸に気持ちの悪いものを感じていた。第六感。忍の勘だ。
何故かムーディが忍びの地図を見ることが嫌だった。
ユキが何故だろう?と考えていると
「スネイプの薬材庫に誰が忍び込んだか見たか?この地図の上でという意味だが?」
ムーディが言った。
「え……あの、見ました。クラウチさんでした」
ユキの眉根が更に寄る。
『それは本当なの?ハリー』
「はい。間違いありません」
「ふむ。奴はもうここにはいない」
地図上には自室へと戻っていくセブルスの点とフィルチの点。
そして階段上で止まっているハリー、ムーディの点だけだ。
「クラウチ……それはまっこと面白い……」
『何故クラウチ氏がこんな夜中にホグワーツへ?』
「クラウチ氏は闇の魔法使いを捕らえる事に取り憑かれている。クラウチ氏は何かを掴んで人目を忍び、ホグワーツへとやってきたのかもしれん」
ムーディの歪んだ口元にゾッとするような笑みが浮かぶ。
「儂が一番憎いのは野放しになっている死喰人だ……」
ムーディはユキに視線を向ける。
「そして、そ奴らを支援する者もな」
ユキはムーディの視線に気づかないふりをして受け流す。
『ハリー、部屋まで送っていくわ』
「いや、儂が送ろう。何かあってからでは遅すぎるのでな」
ムーディがハリーの肩を抱いて自分の方へ引き寄せた。
「行くぞ、ポッター」
「え?は、はい」
ユキは二人の背中を見送って、自室へと戻っていった。
┈┈┈┈┈後書き┈┈┈┈┈┈┈
前半はいつか書きたいと思っている夢小説の序章のようなものを書かせて頂きました。
興味のない方には面白くない文章ですみません。(2021.01.27編集済)
クラウチJr.はポリジュース薬を飲むと地図上ではムーディになると解釈しています。
また、トランクの中に閉じ込められている本物ムーディですが、クラウチJr.がトランクに魔法をかけて探索機(忍びの地図を含め)に映らないようになっていると解釈しました。