第5章 慕う黒犬
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14.ダンスパーティー 後編
ダンスパーティーも中盤に差し掛かるとパートナーなどお構いなく、ダンスを申し込まれた者とパートナーがOKを出せばパートナー以外とも踊っていた。
友達とお喋りしたりと必然として壁の花の女子生徒たちはいなくなる。
私は踊りっぱなしだった足を休めるために蜂蜜酒をもらい、壁に背中をつけて休んでいた。
甘いアルコールが喉を潤す。
「ユキ先生?」
名前を呼ばれて横を見た私の目が開かれる。
『グライド!来ていたの!?』
そこには優雅に笑うレギュの姿があった。
「今来たところなんです。本当はパーティーの開始と同時に来たかったのですが、仕事が長引いてしまって」
『そうだったのね。それにしても、私だってよく分かったわね』
「東洋風の顔で大人といったらあなたしか連想出来ませんでしたから。しかし、何故男性の姿に?」
『壁の花になっていた女子生徒たちと踊っていたの』
「あぁ、なるほど。きっとモテたでしょうね」
『嬉しいことにね。パートナーがいる子までダンスを申し込まれてちょっとヘトヘト』
「じゃあ、ダメかな?」
『何が?』
「僕と踊って頂けませんか」
差し出された手。
私は笑顔で頷いた。
『私もグライドと踊りたい。踊りましょう!』
レギュが私の蜂蜜酒のグラスを取り上げて、テーブル上の空きグラスの場所に置く。
私は微笑みながら手を組んだ。
ポン
煙に包まれて私は男性の姿から女性の姿へと変化する。
「―――っ!」
レギュが口を少し開き、驚いたように目を開く。
『へ、変、かな……?』
ユキは両手を少し広げ、困ったように微笑んだ。
ユキは自信がなかった。
自分の粗野具合は十分承知している。
つけ焼きの優雅さなど持てないと思っていた。
しかし、レギュラスが考えていた事は逆だった。
レギュラスはユキに見惚れ、言葉を紡げないでいた。
オフショルダーの深緑色のドレスには銀色の装飾が豪華に施されている。
美しい鎖骨、キラキラと光るネックレスを見れば、自然と豊かな胸元に目がいってしまう。耳元ではクリスタルの揺れるイヤリングが輝いていた。
髪はハーフアップでシニョンを作り、残りの髪は緩やかなウェーブがかかっている。
普段化粧をしていないせいかぐっと大人の色気が増し、美しく輝いていた。
『グライド……?』
ユキは不安になりながらレギュラスの名前を呼ぶ。
レギュラスはハッとなり、一礼した。
「お相手を出来て光栄です。行きましょう、ユキ先生」
ユキとレギュラスがダンスフロアに出ると、視線が一斉に2人へと集まった。
妖女シスターズの物悲しいメロディーが流れる。
ユキたちは踊りだした。ゆったりと。
『緊張するわ。8センチヒールであなたの足を踏まないかしら?』
「大丈夫ですよ。もし踏んだとしても気にしないで。楽しみましょう」
レギュラスはそう言ってぐっとユキの体に手を回した。
ユキは充分優雅に踊れていた。
美男美女のダンス。
みんなの注目になり、周りで踊っていた生徒たちは足を止め、2人に見惚れた。
次第に2人の周りに人がいなくなっていく。
今や初めに代表選手が踊った時のようにユキとレギュラスを中心として円が出来ていた。
「ユキ先生」
『なあに?』
「抗わず、僕に身を預けていてください」
ユキは小さく笑い声をあげた。
レギュラスがユキの体をぐーっと後ろに反らせたからだ。見ていた周りの生徒たちから拍手が沸き起こる。
くるり くるり
曲が終わり、拍手の音の中、ユキとレギュラスは微笑み合った。
「素敵ね。ユキ先生も男性も」
「あの男性、どなたなのかしら?」
男子生徒は女性のユキと踊りたいと胸を弾ませ、女子生徒はレギュラスに是非自分も相手をして欲しいと願っている時、さっと輪の中に1人の男性が入ってきた。シリウスだ。
大股で2人へと近づいてきたシリウスはレギュラスを軽く睨んでから「踊って頂けますか?」とユキに手を差し出す。
「申し訳ないですが遠慮して頂けませんか?もう少し、ユキ先生とお話がしたいもので」
「周りを見て見て下さい、チェーレンさん。ユキと踊りたい男はごまんといる。独占するのは良くないですよ」
そう言ってシリウスはユキのウエストに手を回し、無理やりレギュラスからユキを引き離した。
「ユキ、俺と踊るよな」
『え?えっと』
ユキがレギュラスの悔しそうに歪む顔を見て答えを躊躇っていると、シリウスから「俺と踊るって約束しただろう?」と耳元で囁かれる。
パッと赤くなるユキの顔。
『そ、そうね……ごめんなさい、グライド。次はシリウスと踊るわ。さっきのダンス、とっても楽しかった。ありがとう』
こう言われてはレギュラスは引き下がるしかない。
軽く溜息を吐き出してから「分かりました」と呟くように言った。
「また時間があったらお相手を」
ちゅっ
ユキの手を取り、レギュラスは口づけを落とす。先程よりもさらに赤くなるユキの顔。
レギュラスはユキの反応に口角を上げながら去っていった。
「チッ。気に食わない野郎だぜ」
シリウスが呟く。
『仲良くしてよ』
兄弟なんだし。とユキは心の中で付け加える。
「無理だな。あいつはライバルだ。お前を取り合うな」
真剣な瞳がユキに向けられる。
ユキはドキリと心臓を跳ねさせてシリウスから視線を逸らし、俯いた。
もうっ!どうしてこういう事をストレートに言うのかしら!
恥ずかしさでシリウスから距離をとろうとするユキだが、シリウスがそれを許さない。
回していた手を引き、ぐっと自分の方にユキを引き寄せる。
「逃げるな」
『シリウス……でも、恥ずかしくて……もう、どうにかなりそう……』
ユキがブツブツと抗議していると次の曲が始まった。
「さあ、踊るぞ。顔を上げてくれ」
『恥ずかしくて無理』
「頼むから、ユキ……」
そっと、ユキの顎に手を添えてシリウスはユキの顔を上げさせる。
ユキと視線の合ったシリウスは優しく微笑む。
「楽しもう」
シリウスはユキのウエストに添えていた手を上にずらしてホールドの形を取り、ダンスのステップを踏み始めた。
1……2……3……
「上手いぞ。練習の成果が出ているようだな」
『うん。ありがとう』
ユキはシリウスに笑いかける。
シリウスはいつも通り男前だが、ユキを緊張させるような熱い眼差しではなく、普段の茶目っ気ある親しみやすい眼差し、顔つきに戻っていた。
ユキはその顔に安堵しながら踊りを続ける。
「ユキ、アレやるぞ」
『アレって、アレ?』
「そうだ!」
わっと見ていた生徒たちから歓声があがる。
ユキの体が宙を舞う。
ドレスの裾がふわあっと広がり、華やかに飛翔する。
ユキの緊張は今や取れていた。
ダンスを楽しんでいた。
シリウスに片手を上げられてクルリと回転させられたりして、ユキはクスクスと楽しげに笑った。
シリウスも笑顔の弾けるユキと踊れる幸せに浸りながら同じくハハッと楽しげに笑い声を上げる。
曲が終わり、わっという歓声と拍手が起こる。
『凄く楽しかったわ。シリウス、ありがとう』
「こちらこそ。ユキと踊れて最高の気分だ」
シリウスはユキの手を取りながら円から出ていく。生徒たちも次の曲が始まったと同時に円の中へと入っていき、踊り始めた。
元通りになったダンスフロアを背に、ユキはあたりを見渡す。
セブとも踊りたい。
しかし、セブルスの姿をユキは見つけられなかった。
何処へ行ったというのだろう?
「どうした?」
バタービールをユキに渡しながらシリウスが問う。
『ううん。何でもない』
セブルスの話を持ち出したら十中八九不機嫌になるシリウスだ。ユキはバタービールの栓を抜きながら首を横に振った。
その後、ホグワーツ生徒、ダームストラング生徒それぞれからダンスを申し込まれたユキは彼らの申し出に快く応じてダンスフロアで踊った。
シリウスはユキともう一度踊りたいと思っていたが、こちらも女子生徒からダンスの誘いを受けてユキに申し込めるどころではなくなってしまった。
パーティーの終盤に差し掛かってもセブルスの姿は見当たらない。
あなたとも踊りたい。
段々とその思いが強まってくるがセブルスの姿が相変わらず見えない。
このままでパーティーが終わってしまう。
ユキは誘ってきてくれたダームストラング生の誘いを申し訳なく思いながら断って、パーティーを抜け出す。
『少し寒いわね』
私は一回転していつもの着物に着替える。
正面玄関の扉は開けっ放しになっていた。
正面の階段を下りていくと、薔薇の園に飛び回る妖精の光が瞬き、煌めいているのが見えた。
外はさらさらの粉雪が舞い、地面を白く染め上げている。
あちらこちらに彫刻を施したベンチが置かれ、生徒たちが座っていた。
「大好きよ」
「あぁ、僕もだ」
続いてちゅっ、ちゅっ、とキスをする音が聞こえてくるから私は赤面してしまう。
ホグワーツ上級生ともなると付き合い、こうして木陰でイチャイチャしているカップルもいる。
仲の宜しいことで……
私は顔を赤らめながら彼らから離れるように何本かあるうちの一つの小道を歩き始めた。
パーティー嫌いのセブのことだ。
ここで休んでいるのかもしれない。
ここを探し終えたら自室にも行ってみよう。
そう考えていた時だった。セブの声が聞こえてきた。
『セ……』
私は言葉を飲み込んだ。
緊張感あるセブの声に眉を顰める。
私は忍装束に着替えた。
そして闇に紛れるように動き、木陰へと身を隠した。
「セブルス、何も起こっていないふりはもうできまい!」
声は潜めていたが私の耳にはハッキリと聞き取る事が出来た。切羽詰ったようなカルカロフ校長の声。
「再び闇の時代が訪れようとしている。その時、私はどうなるか―――」
「……我輩は何も騒ぐ必要はないと思うが、イゴール」
「私は真剣に心配している。否定できる事ではない。セブルス、君もだろう?」
「我輩はホグワーツに残る。逃げたいのなら逃げろ」
セブはそっけなくそう言って、近くの茂みをバラバラに吹き飛ばした。
いちゃついていたカップルたちが慌てて散っていく。
その後、セブとカルカロフ校長はハリー、ロンに出会い「歩いていた」という彼らに歩き続けろ!と命令して茂みの奥へ奥へと歩いて行く。
追ってみよう。
私はセブとカルカロフ校長の後を気づかれないように追跡する。
「印がこんなに黒くなったのはポッターが闇の帝王を倒して以来ない。君の印もそうだろう?セブルス」
「そうだが、だからなんだというのだ。何度も言うが我輩は身を隠すつもりはないぞ」
「闇の帝王が復活したら私の身はどうなるか……」
恐ろしいというように、茂みから覗いたカルカロフ校長は震えていた。
「一緒に逃げないか、セブルス?」
言葉だけ聞くと駆け落ちみたいだ。
などと馬鹿げた事を考えてしまった自分自身を頭の中で叱る。
闇の印が濃くなってきている――――か。
ヴォルデモートの今の状況を考えていると、
「我輩はこれで失礼する。自分の身の振り方は自分で考えるのだな、イゴール」
と言ってセブはカルカロフ校長から離れ、去っていった。
青い顔で佇む残されたカルカロフ校長を置いて私もその場を去る。
私とクィリナスがアルヴァニアの森でヴォルデモートを見た時、奴は醜く赤子のように小さな姿だった。
力が強まっているとはどういう事だろう?
クィリナスが、ハリー達が1年生の時にヴォルデモートを助けたように誰かがヴォルデモートを支援しているのは間違いない。
そして、この三大魔法学校対抗試合で何かが起ころうとしている。
何が、どうなる?
真剣に考えるんだ……
奴らが動き出すのは何時だ?次の試合か?それとも最終試合か?
それとも、日常の中でか―――――
ハリーを守りきらねば。
セドリックを守らねば。
ホグワーツに紛れ込んでいる敵は誰なのか?
『くそっ。分からない』
「何がですか?」
『!?』
ひゅっと息を吸い込みながら後ろを振り向けば一人の男性が立っていた。見慣れない顔。
だが、眉を顰めていた私の顔が呆れた顔に変わっていく。
この笑顔には見覚えがある。
『あなたなのね?』
「はい」
ニコリ、と笑うのはクィリナスだった。
『何故ここへ?』
「その答えは簡単です。ユキあるところに私あり、です」
『……』
私は大きく溜息をつく。
「外へ出てきて下さって良かった。生徒に化けるのは万が一でも“あの生徒は誰だ?見ない顔だ”と思われては困りますので出来ませんでしたし、1人生徒を気絶させてダンスフロアへ紛れ込む方法も思いつきましたが……それではあなたに怒られてしまうと思っていましたので」
生徒を気絶……
本当に思考が危ないわ、この人。
『あなたがどちらも実行に移さなくて良かったわ。でも、ずっと外にいたの?』
「いいえ。マントを使って姿を消し、ユキの後ろを追いかけていました」
何度嫉妬したことか。と笑っていない目で笑うクィリナスを前に私は凍りつく。
ザワザワしたパーティーの場だったとはいえ、ずっとつけられていた事に気付かなかったなんて……クィリナス、さすがだわ。そして、怖い……
私は急に寒くなって自分の両腕を摩った。
「ユキ」
『なあに?』
「1曲どうですか?」
私は答える前に手を取られ、背中に手を添えられていた。
『ふふ、私の意志は無視かしら?』
「いけませんでしたか?」
『いいえ。気分が伏せっていたから嬉しいわ。踊りましょう』
遠くから聞こえてくる妖女シスターズの音楽に合わせて私たちは踊った。
「本当は私自身の姿で、そしてあなたの姿も闇に紛れるような忍装束ではなく、あの美しいドレス姿で踊って頂けたら良かったのですが」
『ちゃんと頭の中ではあなたの顔に置き換えているわ』
「では、私もそうします」
クィリナスが微笑んだ。
足元の雪が私たちに蹴られ、ポンと跳ね上がる。
妖精がキラキラとした光を放つ中踊るのはロマンチックだ。
やがて曲が終わり、私たちは足を止める。
『行かないと』
「離したくないです」
『ダメよ』
私は私の両手を握る彼から一歩身を引いた。
「そこに、誰かいるのか?」
私たちはハッとした。
『姿を見られては困るわ』
「そうですね。あなたと踊れて良かった。では、私はこれで」
クィリナスは猫の姿になって茂みの中へと消えていった。
ザッ……ザッ……と地面を引きずる音が近づいてくる。こちらへやってくるのはムーディ教授だ。私はさっと着物姿に戻る。
『私ですよ、ムーディ教授』
「あぁ、雪野教授か。またどこかの浮かれたカップルかと思った」
『見回りですか?』
「あぁ、そうだ」
私はムーディ教授と対面する。
「しかし、何故ドレス姿ではないのだ?」
『足が疲れたもので』
正直足が痛い。
着物の裾を少し上げてぺたんこの下駄を見せた。
その瞬間、
『っ?!』
ガンッ
ムーディ教授が私に杖で殴りかかり、私は杖を腕で受け止めた。
『何をなさるのです?』
ジロリとムーディ教授を睨む。
「ほう。流石だな」
目を細くして怒る私と対照的にムーディ教授は感心したように口の端を上げる。
「さすがは忍だ」
『いきなり殴りかかった意味をお伺いしても?』
そう言うと、ムーディ教授は蔑むように鼻で私を笑った。
「忍とはスパイのようなものだと言っていたな」
『えぇ。そうです』
「今まで人殺しもしてきたのだろう?」
じっと、ムーディ教授が私を見る。
魔法の目はぐるぐると動かずに、真っ直ぐに私を見つめていた。
「儂はお前さんを疑っておる。炎のゴブレッドにポッターの名前を書いた紙を入れたのはお前さんだろう?」
『違います』
「ふん。口だけでは何とでも言える」
ムーディ教授がドンっと地面を杖で叩いた。
それと同時に私を襲ってくる薔薇の蔓。
『火遁・火炎の輪の術』
円盤状の炎の輪が出現し、縦横無尽に飛び、蔓を切断し、燃やしていく。
『冗談には程が過ぎますよ?』
「冗談で言っているのではない。儂はお前さんを疑っている。これはほんの挨拶代わりだ。裏が取れたら即刻お前さんをアズカバン送りにしてやる。覚悟しておくといい!」
『私はやっていない!』
「どうだかな。先程の様子を見たぞ?ブルガリア魔法省の者と踊り、シリウス・ブラックと踊り……どうやった?スパイとは体を使って情報を抜き出す術も持っているらしいな。奴らからどんな情報を盗んだ?」
私はムーディ教授の言葉にカッと頭に血が上る。
「特にシリウス・ブラックはポッターの後見人だからな。ポッターについて良く知っているだろう。そしてブルガリア魔法省のチェーレン氏は今回の三大魔法学校対抗試合の内容を執行部と同じくらい知っている人物だ。そいつからも情報を聞き出したんだろう?え?」
『いい加減にして下さいっ。私はハリーの味方です』
「それはいずれ分かるだろう。体で情報を得る、このアバズ「ムーディ!」
突然低く、地を這うような声が聞こえてきた。
茂みを分けて私たちのところへとやってきたのはセブだ。
「話を聞いていた。雪野はポッターが1年の頃から奴を守り続けている我らの同胞だ。それに、雪野に対する侮辱も許すことは出来ない」
「もう1人の疑わしき人物の登場か」
ムーディ教授はふんっと鼻を鳴らした。
「いいだろう。今はそういう事にしておいてやる」
ムーディ教授はおもむろにローブのポケットからアルコールを入れる携帯スキットルを取り出してぐいっと飲んだ。
「だが、忘れるな。お前たちのことは儂の魔法の目が見張っている事をな!」
そう言ってムーディ教授は私たちに背を向け、足を引きずりながら去っていった。
「ユキ、大丈夫か」
『えぇ』
「ムーディは酔っていたようだ」
『かもね』
私はハアァと息を吐き出し、目を瞑った。
ムーディ教授にそんな風に思われていたとは知らなかった。
体を使って、か。
私は部隊が違ったので房中術を使うことはなかったが、女暗部に配属されていたら体を使って任務をこなしていた事もあっただろう。
そう思うと心中は複雑だった。
そんな事を考えていると私の左手が握られる。
「行くぞ」
『行くってどこへ?』
「建物の中だ。体が冷え切っているではないか」
セブの手に比べて私の手は冷たい。
「それに、泣きそうな顔をしている。我輩の部屋に来い。紅茶を出してやる。菓子もつけてな。温まったほうがいい」
『私も表情豊かになったものね』
セブの優しさに泣けてくる。
「無理をして笑うな」
ぎゅっと私の手を握るセブの手に力が入る。
『ありがとう』
私はセブの後について玄関ホールへと入る。
大広間からは大きな拍手が鳴り響いていた。
ちょうど今は真夜中を回った頃。
最後の曲を妖女シスターズが演奏し終えたようだった。
私たちは拍手を背中で聞きながら地下へと続く階段を下りていく。
セブは私室に私を招き入れ、杖を振って暖炉に火をつけた。
「ムーディの事は気にするな」
『ありがとう』
口元だけ笑みを作って彼に答える。
『私は大丈夫よ』
「それならいいが……」
『それより、パーティーの間、何処へ行っていたの?』
セブが私から視線を外し「見回りだ」と小さな声で答えた。
『踊るの嫌だから逃げていたんでしょう』
「ブラックとお前の影分身もいたのだ。我輩は必要なかろう」
私はパーティーの序盤、壁の花になる女の子がいなくなるように影分身を出し、それぞれ別の男性に変化させて女の子たちの相手をしていたのだ。
確かに、セブは必要なかったかもしれなかったけど……
『私、あなたと踊りたくって探したのよ』
膨れて言う。
「では、今踊るか?」
『え?』
セブが立ち上がって杖を振った。
部屋の片隅に置かれていた蓄音機からスローテンポのワルツが流れる。
差し出された手。
『待って』
私は印を組み、ポンとドレス姿に着替えた。
『スリザリンの女の子たちが化粧と髪を結ってくれたのよ』
「そうか……。似合っている」
そっと、セブが掌で私の頬に触れる。
「綺麗だ」
セブが囁く。
『ありがとう』
頬がじわりと熱を持つ。
私たちは微笑みあってからホールドを組む。
暖炉の火だけのほの暗い部屋の中、私たちはゆったりと踊りだす。
鼓動が早い―――――
トクトクいってる―――――
踊り終えた私は、感動にも似た気持ちになっていた。
踊りを終えたのが、凄く残念だった。
もっと、セブと触れ合っていたかった。
その思いが伝わったのだろうか――――
「ユキ」
ゆっくりと、セブの顔が近づいてくる。
頬に優しく触れるような口づけ。
「我輩はいつもお前の味方だ。何があっても。何かあったら必ず我輩を頼れ」
『うん。セブ……』
暖炉の火で瞳を輝かせて見つめ合う2人
もう1度、とダンスをねだるユキの願いは受け入れられ、2人は再びくるくると踊りだしたのだった。