第5章 慕う黒犬
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12.レッスン
――――今日の5限目が終わったら変身術のクラスへ来るように
と、ミネルバに言われていた。
『何があるのかしら?』
私は首を傾げながら変身術が行われているクラスへと向かっていた。
変身術の教室に到着したちょうどその時に終業のベルが鳴る。私はそっと変身術の教室の扉を開いた。
『ハリー……ロン……何やっているの?』
「「あ」」
ロンはブリキのオウムを手に、ハリーはゴムの鱈を手に固まっている。どうやらチャンバラごっこをやっていたようだ。
「ポッター!ウィーズリー!こちらに注目しなさいっ!まったく!」
鞭のようにビシッとしたミネルバの声が教室に響く。
『ほらほら2人とも。席につきなさい』
苦笑しながら2人を席につかせると、ゴホンと咳払いしてからミネルバが口を開いた。
「皆さんにお話があります。クリスマス・ダンスパーティーが近づいてきました。三大魔法学校対抗試合の伝統でもあり、外国からのお客様と知り合う機会でもあります。下級生を誘うことも可能ですが―――――
ミネルバの話を聞いているとキイィとドアが軋んでシリウスが入ってきた。
「遅くなっちまった」
『今、三大魔法学校対抗試合の伝統で行われるクリスマス・ダンスパーティーの説明をしているところよ』
「そうか」
シリウスから視線をミネルバに戻す。
「ダンスパーティーは羽目を外すチャンスです。ですが、だからと言って、決してホグワーツの生徒に期待される行動基準を緩めるわけではありません。グリフィンドール生がどんな形にせよ、学校に屈辱を与えるようなことがあれば
みんながカバンに教材を詰め込んだり、肩にかけたりして、授業終わりのガヤガヤが始まった。
「ユキ先生、シリウス先生、またね」
『またね』
「おう」
挨拶してくれる生徒に挨拶を返していると、ミネルバは私たちとハリーを呼んだ。
「ポッター、代表選手とそのパートナーは伝統に従い、ダンスパーティーの初めに踊らなければなりません」
「ダンスを!?僕、踊りません」
ハリーが慌てて言った。
「いいえ。踊るのです。伝統ですから」
きっぱりとミネルバ。
「あなたはホグワーツの代表選手になったのですから、学校の代表としてしなければならない事をするのです。ポッター、必ずパートナーを連れてきなさい」
「え、えぇ~~~」
がくり、とハリーが肩を落とす。
「そんな顔するなよ、ハリー。ダンスパーティーは楽しいぜ?」
「でも、女の子を誘わなくちゃならないなんて……そんなの、もう一度ハンガリー・ホーンテールと戦ったほうが楽だよ!」
絶望的といった顔をするハリー。
『あなたの勇姿を見た後だもの。みんなハリーとダンスパーティーに行きたいと思うはずだわ。勇気を持って声をかけてみて。頑張って!』
「話は以上です。ポッター。行ってよろしい。必ずパートナーを見つけてくるように」
うんうん唸りながら出ていくハリーを見送っていると、入れ違いにセブが教室に入ってきた。
「3人揃いましたね」
「マクゴナガル教授、話とは何ですかな?」
シリウスを睨んでからセブが問う。
「3人にお願いがあるのです」
『何でしょう?』
「このダンスパーティーには生徒たち皆に楽しんでもらいたいのです。特に、女子生徒には気を使わなければなりません。パートナーが見つからず、ずっと壁の花というのは可哀想過ぎますからね。そこで、あなた達には壁の花の生徒の相手を頼みたいと思います」
私たちは3人揃って目を瞬いた。
「何かご不満が?」
『い、いえ……』
「俺は構いませんが」
「我輩はお断りする」
唸るようにセブが言った途端、ふんとシリウスが鼻で笑った。
「そうだな。お前はやめておいた方がいい。ダンスも下手くそだろうし、お前と踊りたいと思う奴なんかいやしないだろうから」
『私はセブとも踊りたいと思っているよ』
「我輩“とも”?」
「ユキは俺と踊る約束をしているんだ。ってユキ、お前のパートナーは俺じゃないのか?」
『あれってパートナーのお誘いだったの?ただパーティーで踊るってだけだと思っていたから……ごめん。勘違いしてた』
うぅ。としょげるシリウスの前で『ごめん』と手を合わせて謝る。
「あなたたちはそれぞれ特定のパートナーを持つことは出来ませんよ。さっきも言った通り仕事をしてもらわねばなりませんからね」
「何故我輩まで……」
「このホグワーツ教員での若手はあなた達だけだからです」
「ですが……」
「まだ何かありますか?セブルス?」
ギロっとミネルバがセブを睨む。
うっと一歩後ろに下がるセブ。
「善処しよう……」
セブが負けた。
ミネルバ強し、ね!
「良かったわ。それでは、頼みますね」
ニコリと笑ったミネルバが出ていき、教室に残された私たち。
「ふーっ。昔からマクゴナガル教授には逆らえないな」
『同意』
「しかし、ユキ。お前、ダンス踊れるのか?」
『お、踊れない……』
「だろうな。じゃあ「では、スリザリンのダンス練習に一緒に参加すれば良い」
シリウスの言葉を遮ってセブが言った。
「俺の話を遮りやがって」
「お前とユキを2人きりにしてダンスの練習をさせるわけにはいかん」
「何でだよ。っていうか、お前にそんな事を言う権利はないだろう!」
「理由は簡単だ。昔から女の尻ばかりを追いかけている男と密室で、密着してダンスの練習など、危険極まりないからだ」
「保護者気取りもいい加減にしろよ。ダンスの事ならお前よりも俺の方がうまいに決まっている。ユキ、俺とダンスの練習をしようぜ」
「ユキ、断れ」
「俺と練習するよな?ユキ」
私は考えた。
ダンスなんて踊ったことがない。
たっぷりと練習が必要だ。
ここはシリウスに甘えさてもらおう。
『うん。シリウス、お願いするわ』
「っ!」
「よし!いっぱい練習しような!」
ニッとシリウスが笑う。
『それから、セブ。スリザリンで行う練習にも参加してもいいかしら?』
「それは構わん」
『良かった。本番では女子生徒をリード出来るくらいまで上手くならなくっちゃね』
ピシリと固まるシリウス。
「……あ。もしかして、練習って男の姿でするのか……?」
シリウスが口の端を痙攣させながら聞く。
『もっちろん』
私は印を組み、呪文を唱えて男へと変身した。
長身で短い黒髪、白いワイシャツに蝶ネクタイ、黒いドレスローブ。
『どう?格好良い?』
「……あ、あぁ」
「ふっ」
『よろしくね、シリウス先生』
私はニッコリとシリウスに微笑みかけたのだった。
***
今日の授業が終わり、早速私とシリウスはダンスの練習を開始することにした。
男の姿になってシリウスの横に並ぶ。
「まずはホールドだ。男性の左手と女性の右手を組む。男性が右手を女性の左肩甲骨に添える。それから―――――
シリウスは丁寧に教えてくれた。
「では、やってみよう」
1、2、3……1,2,3……
シリウスと私はシンクロして踊る。
「いいぞ。のみ込みが早いな」
『ありがとう。コピーは得意なの』
褒めてくれるシリウスにニコリと笑いながら答える。
『ねえ、シリウス』
「なんだ?」
『よかったらシリウスに女役をお願いしたいのだけど……』
「え゛」
『ダメかな?足運びは出来ても相手がいないと踊っている気がしなくて』
「う……俺が女に変化……」
『ダメ?』
「去年は仕方なくお前の姿に変化したんだ。去年は理由があったからな。今は女になるのに抵抗が……」
『お願いシリウス!』
両手をパシンと顔の前で合わせて頭を下げる。
暫く「うぅ~」と唸っていたシリウスだが、ついには
「仕方ないな」
と言ってくれた。
『やった!ありがとう』
「部屋の鍵がちゃんとかかっているか確認しておいてくれよ?あと、それから……」
『それから?』
「俺が女として踊るんだから、ユキもこの後女として俺と踊ってくれ」
『うん。分かった』
「よっし!それじゃあ変化するか」
ポンと白い煙がシリウスを包む。
黒く少しウェーブのかかった黒髪。
筋の通った鼻に長いまつげに縁どられた瞳。
『シリウスったらとっても美人』
「美人言うな。嬉しくねぇ」
赤くなってぷいっと横を向いてしまうシリウス。
その様子も可愛くて、思わずクスクスと笑ってしまう。
「さあ、笑ってないで始めるぞ」
シリウスが杖を振って蓄音機から音楽を流す。
『お手をどうぞ、シリウス』
私の左手にシリウスの右手が乗る。
左肩甲骨に手を添えて準備万端だ。
私たちはゆっくりとワルツを踊り始める。
1、2、3……1,2,3……
くるくる くるくる と私たちは回る。
「うまいぞ。その調子だ」
『うん』
初めはシリウスの足を踏んでしまわないか不安だったが次第に慣れてきた。
曲が終わる頃には楽しささえ感じられる程だった。
曲が終わり、踊りをやめる私たち。
「いいんじゃないか?」
『そう言って貰えて良かった』
ホッとして私は顔を綻ばせる。
「次は約束通りユキの番だぞ」
『うん。変化!』
私は魔女の服に着替えた。
シリウスの手に手を乗せて、彼の手が私の背中に回る。
『……』
わ……。なんか緊張する。
私は緊張で自分の体が硬くなるのを感じた。
体の距離がとっても近い。
シリウスの体が密着しているし、顔はすぐ近くにある。
「俯くな。顔を上げろ」
『う、うん』
恥ずかしさを押し込めて顔を上げた私の上から降ってくる小さな笑い声。
「顔、真っ赤だな」
『~っ!仕方ないじゃない!』
「俺を意識してくれているのか?」
『い、意識しない方が難しいわよ』
軽くシリウスを睨むと彼はニヤリと妖艶な笑みで笑った。
学生時代は数多の女子生徒と浮名を流し、格好良いと評判だったシリウス。その顔面偏差値の高さは今でも健在。
シャツのボタンは3つ外れていて、目の前には彼の素肌が見える。間近でそれを見せられて、私はすっかり彼の色気に当てられていた。クラリとくるような男の色気がシリウスにはある。
『さ、練習しましょう!練習、練習!』
私は敢えて大きな声で言って色気に当てられた自分の頭をシャキッとさせて杖を振って止まっていた音楽を流す。
ズン チャッ チャッ
三拍子に合わせて私とシリウスは踊る。
シリウスのリードは上手かった。
まるで流れるように足が自然に動く。
『シリウスってダンスが上手いのね!』
「子供の時に叩き込まれたからな」
苦い思い出だったらしく、シリウスは少々顔を顰める。
「だが、ユキとこうして踊るのに役立ったんだ。あのスパルタ教育にも感謝だ」
そう言ってシリウスはニコリと笑った。
「そうだ、ユキ。アレをやろう」
『何?』
「ユキは俺に身を任せていればいい」
何をやるのだろう?と不思議に思っていると浮遊感。
私の足が宙に浮く。
ふわり
私はシリウスに持ち上げられてクルリクルリとその場で回される。
『わあ!凄いっ』
思わず笑い声が漏れる。
トンと床に足をつき、私たちは再びクルクルと踊りを続ける。
「こういう事も出来る」
シリウスが私の背中に添えていた手を離し、合わせていた手を握り、上に上げ、そして私をクルリと回した。
楽しい!
私たちは音楽が止まるまでクスクスと声を漏らしながらダンスを続けたのだった。
「少し、はあっ、疲れたな」
ダンスとは意外と疲れるものだ。
2人で床に座り込む。
『でも、とっても楽しかったよ』
「そう言ってもらって何よりだ」
ニッとシリウスが笑う。
「ユキ」
『なあに?』
「キスしてもいいか?」
『馬鹿ね。ダメよ』
「チッ。今の雰囲気ならいけそうだと思ったのにな」
ガシガシと片手で頭を掻くシリウス。
「スニベ『スネイプ!』……スネイプとお前が踊る姿を想像すると嫉妬だな」
はあ、とシリウスは溜息をつく。
「スリザリンでの練習で、あいつと踊るなよ」
『それは約束できないわ』
「何故だ?」
『それは……』
シリウスが手を上げて続きを言うのを制した。
「分かっている。お前はあいつに惹かれ始めている。そうだったな」
『うん……』
「だが、今はどうだ?」
『え?』
「俺と踊って、どう感じた?」
『ど、どう感じたって……』
私はシリウスの質問に視線を泳がせた。
踊っていて純粋に楽しかった。
セブに惹かれているのに、それなのにこの感情を私は持っている。
私は混乱した。なんて酷い奴なんだろう。と自分を叱る。
シリウスは私の心の中を覗いたように笑みを浮かべる。
「こうやってユキが俺を意識してくれる時間が嬉しい」
優しく、甘く、囁くシリウス。
『でも、私は、とても……とても、胸が苦しいわ』
「苦しい?」
『えぇ。だって2人を同時に愛すなんて出来ないでしょう?そんなのって不誠実だわ』
「ユキは真面目だな」
『シリウス!?』
「そう目くじらを立てるな。俺だって、もし、ユキが俺を愛してくれる事になった時、ユキが俺以外にも好意を抱いていたら嫌な気分になる」
『そうでしょ?そうよね……』
私はううぅと呻きながら頭を抱えた。
そんなユキを見ているシリウスは嬉しさから顔を緩ませていた。
ユキが自分を意識してくれている。
それがとても嬉しかったからだ。
悩むユキの頭にシリウスは手を乗せてワシワシと撫でる。
『わわっ』
「思いっきり悩め!」
人間の心とは複雑なもの。
愛は不変的なものなのか
可変的なものなのか
その答えはどこにあるのか……
それを決めるのは私自身――――
『あぁ!頭がぐちゃぐちゃよ!』
ユキは自分の中にある感情に翻弄され、自分の両手に顔を埋めたのだった。
***
金曜日の放課後、私はセブに言われて魔法史の教室へと向かっていた。
ここでスリザリン生のダンスの練習が行われるのだ。
キイィと扉を開けば既にスリザリン生は全員揃っており、セブも不機嫌そうな顔で杖を振って机と椅子を端に避けているところだった。
「ユキ先生?」
私に気づいたドラコが声をかけてくれる。
『私もダンスの練習に混ぜてもらうことになっているの』
「そうなんですか!?」
『おっと!?』
ドラコを押しのけてデリラ・ミュレーが私の前へとやって来て私に飛びついた。
「先生は女性の姿と男性の姿、どちらで踊られるのですか?」
『一応マクゴナガル教授からは女子生徒が壁の花にならないようにって言われているの。だから男性の姿で踊るわ。もし良かったら私とも一緒に踊ってね』
「「「「「もちろんですっ」」」」」
女子生徒たちの勢いに思わず仰け反る。
「ユキ先生、早速男性の姿を見せて下さい」
パンジー・パーキンソンに言われて私は変化する。
長身で短い黒髪、白いワイシャツに蝶ネクタイ、黒いドレスローブ姿。
男性バージョンのユキを見た女子生徒たちは黄色い声を上げた。
ユキはそんな生徒たちに驚きながら微笑みを返しておく。
ワイワイとユキが女子生徒たちと話していると「ゴホン」と咳払いが聞こえた。
「先程伝えた通り」
セブルスは教室全体を見渡しながら口を開く。
「三大魔法学校対抗試合に伴い、クリスマスに舞踏会を行うのが伝統とされている」
なんとも迷惑な話だと言った顔に私は小さくクスリと笑ってしまう。
「クリスマス・ダンスパーティーで浮かれるなど馬鹿馬鹿しい話だが、トーナメント開催校として恥を晒すわけにはいかない。諸君らの中にはダンスなどお手の物だと言う者も多いが念のため練習の時間を設ける事にした。手近な者とパートナーを組め」
「「「「「ユキ先生」」」」」」
『へ?』
女子生徒たちがキラキラとした瞳で私を見上げている。
ええと、これはどうすれば……
困ってセブに視線を向けて助けを要請する。
セブは呆れたように溜息を吐きながら女子生徒たちに私とではなく男子生徒とパートナーを組むように言った。
スリザリンは女子生徒より男子生徒の方が若干人数が多い。
『クラップ、ゴイル、私が相手をするわ』
残念ながらあぶれてしまった2人に声をかけるが2人は首を横に振る。
「俺、踊れない」
「俺も」
『それなら私と一緒に練習しましょう』
私はダンスの練習時間中ずっとクラップとゴイルに足の動かし方を教えたのだった。
「ユキ先生、ありがとう」
「これなら本番も踊れそうだ」
『そう、ね……』
クラップとゴイルは最後の方は、どうにか私の影分身(女バージョン)と一緒に踊れるくらいに上達してくれた。どうにか、だけれども……
2人がこの練習以外にも練習を積んでくれるのを私は願った。
音楽が止まり、セブがパンパンと手を叩く。
「ダンスパーティーは4年生以上が参加を許されている。下級生を招待することも可能だ。諸君の中には羽目を外すチャンスだと思っている者はいないと思うが念のため言っておこう。行動基準は普段と変わらん。問題を起こすようなことは勘弁願いたいものですな、我が校の恥だ」
そう言った後にセブルスは「グリフィンドールのようにならぬように」と付け足した。その言葉を聞き、にやっと口角を上げる生徒たち。
今も昔もスリザリンとグリフィンドールは犬猿の仲。それにしても、ハアァ。セブったら大人気ないわよね。
「では、解散」
生徒たちはガヤガヤと賑やかにお喋りしながら教室を出ていった。
私はセブを手伝って教室の椅子と机を並べていく。
『やっぱりスリザリン生はダンスの上手い子が多いわね。流石は良家の子息子女が集まりやすい寮といえるかしら』
「そうだな。おかげで楽ができる」
『ところで、セブって踊れるの?』
「……」
『え、何この沈黙』
私は杖を止めてセブを見つめる。
「うるさい」
セブが腕を組んでトントンと腕を指で叩き始めた。
私の口角が上がる。
これは学生時代からの癖。
セブは自分に都合が悪くなると無意識のうちに両腕を組み、組んでいる左腕を右の人差し指で叩く癖があるのだ。
『踊れないんなら私が教えてあげる』
「!?な、何も我輩は踊れないとは……!」
『嘘おっしゃい。顔に踊れないって書いてあるわよ。忍の私に嘘が突き通せると思って?』
私はヒュンと杖を振って配置した椅子をもう一度端へと避けた。
蓄音機に針を落とし、音楽をかける。
『さっそく足のステップから覚えましょう』
セブは何も言わなかった。素直に私の指示に従って足を動かし始める。
1、2、3……1,2,3……
セブの飲み込みは早かった。
直ぐに足の動きを覚えてしまう。
『後は実際にパートナーをつけて踊ってみるだけ』
私は印を組み、呪文を唱え、魔女の服に変える。
『踊ってみよう?セブ』
「あぁ……」
私たちはホールドを組んだ。
すぐ近くにあるセブの顔。
て、照れる……
シリウスの時もそうだったが、セブの時は余計に心臓がバクバクいっているような気がする。
「ユキ?」
『な、なあに?』
「手が震えているが?」
『っ!』
指摘され、緊張から手が震えている事に気が付く。目の前のセブがニヤリと人の悪い笑みで笑った。
「この様な状態で踊れるのかね?」
『セブのリードが上手かったらね』
「言ってくれるな」
ふん。とセブが鼻を鳴らす。
『いいから踊りましょう』
「いや、待て」
セブがホールドを外し、私から一歩身を引いた。
「ユキ、足元を見せろ」
『足?』
「少しスカートの裾を上げろ」
私はスカートを摘んで靴が見えるまで上げてみせる。どうしたというのだろう?
不思議に思っていると目の前のセブはやっぱりと言ったような顔。
「やはりヒールのない靴を履いているな」
私の靴はヒールのないバレーシューズのような靴だ。
『何か問題が?』
「ドレスでは大体ヒールを履くものだ。君も学生の頃、スラグ・クラブへドレスアップして行った時はヒールのある靴を履いたであろう」
『ドレスの時は絶対にヒールを履かなきゃいけないものなの!?』
本当はそんな決まりなどはないのだが、靴に何かがついているのを極端に嫌うユキを知っているので敢えて「そうだ」とセブルスは言った。
『ヒールって嫌いよ。実用的じゃないわ。走れないし、戦いにくいし』
ユキは顔を顰める。
「生憎だがダンスパーティーという場所では徒競走も激しい戦闘も行われない」
『うっ……』
「ヒールは姿勢をよく見せる効果があるという。君も履いたほうが良いだろう」
『私、背中曲がってる?』
「そういうわけではないが……」
『だけど、履いていたほうが様になるって事ね』
「そういう事だ」
セブにだけ頑張らせて私が頑張らないのも不公平だ。
『分かったわ。ヒールで踊ってみる』
私はコツンと左足に右足をぶつける。
靴に8センチのヒールが現れた。
途端に不安定になる体。
『う、わわっ』
一歩進んだ瞬間、足をぐにっと捻ってしまった。
私の体は前に倒れていく。前にいるセブの方へと。
「まったく」
ストンとセブの腕の中に私の体が収まる。
「途端にこれか」
『ごめんなさい』
「これは練習が必要なようですな」
楽しそうにセブが口角を上げる。
「踊るぞ」
セブが私の手を引き、背中に手を回す。
『わ、私踊れない。絶対にセブの足踏む!自信あるっ』
「1回踏むごとに君に実験段階の薬品を飲んでもらうことにしよう」
『ちょっと!?それ酷くないってわあ!』
すーっと体が動き出した。
私はセブの動きについて足を動かす。
セブを目の前に緊張している暇はなかった。
私は慣れない8センチヒールでステップを踏むことで精一杯。
対するセブは余裕の顔で踊っている。
さっきと立場が逆転だ。
「なかなか上手いぞ、ユキ」
『くぅ~』
セブは私よりも優位に立つことが出来て嬉しいらしく、憎たらしい笑みを私に向けてくる。
さっきたどたどしくステップを踏んでいた学生の頃のような顔に戻ったセブは何処へ行ったの!?
そんな余計な事を考えていると―――――
「っく!」
『ひっ。ごめん!セブ!』
「年齢後退薬」
『え……?』
「最近我輩が作っている実験途中の薬だ。被験者になっていただこう。影分身ではなく、お前自身の体で」
ぞぞぞぞぞ
私は背中に冷たいものを感じながら顔を引き攣らせたのであった。