第5章 慕う黒犬
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11.第1の課題
ついに三大魔法学校対抗試合第1戦目の日がやってきた。
『興奮するわね』
「あぁ」
私とシリウスは今、壁を背にし、フィールドの奥に立っていた。
私たちの10メートル程先にはドラゴンがやってくるくぼみがある。
各々が「これから何が行われるのだろう?」と予想し、興奮して話す声でフィールドはガヤガヤとした音に包まれ、熱気で満ち溢れている。
クィディッチワールドカップの時にも引けを取らない熱気だ。
「ユキ、シリウス」
後ろから声がかけられ振り向けばミネルバがいた。
「子供たちの事、頼みますよ。特に最年少のポッターの事を」
『任せておいて下さい』
「この距離なら直ぐに駆けつけられます。ハリーを傷つけさせはしませんよ」
力強く頷く私たちの様子を見て、ミネルバはホッとしたように息を吐き出す。でも、まだ心配そうな色が瞳に残っている。当然だ。寮監の先生は自分の寮生を子供のように思っているのだから。
去っていくミネルバの背中から視線をシリウスに移す。
『そろそろ選手が待合のテントに入った時間ね。私、行ってくるわ』
「何の用だ?」
『これよ』
私はシリウスに一枚の紙を見せた。
人型の形をしたそれは守りの護符。
持ち主が危険な目にあった時に助けるもの。ただし発動する時は物理攻撃のみで3秒、1度きりというもの。
『これは守りたい人の事を念じて作らなくちゃならないの。魔力も使うし、大量生産出来ない。でも、選手たちには必要だと思ったから』
「素晴らしいな。これがあったら心強い。戦いの中での3秒は大きい」
『えぇ。死の呪いを防ぐほど強力に作ってあるわ。で、これはシリウスの分』
「俺の分もあるのか!?」
パッとシリウスの顔が輝く。
『これから危険な目に遭うこともあると思うから』
「俺の身を案じながら作ってくれたんだよな、コレ……」
ガバリ
目の前が暗くなった。
「ありがとなっユキ!」
『ちょっとシリウス!?』
ハグされて吃驚した私の口から素っ頓狂な声が出る。
私たちに気づいた生徒から「あ!」という声が漏れ、続いて冷やかしの声や指笛が聞こえてきた。
『シリウスったら離して!』
「俺は嬉しいんだ。ユキが俺のことだけを考えていてくれた時間があった事が」
『それはそうだけど。そんな大げさに感動しなくても……』
「俺にとってはスゲー嬉しい事なんだよ」
『はいはい。ありがとう。でも、そろそろ離してもらわないと。生徒たちが見ているし……!』
シリウスの腕の中でジタバタもがいていた時だった。急に私を包んでいた温もりが消える。
ふっ飛んでいったシリウスの体はデコボコの大地を数メートルバウンドした。
魔法の飛んできた方を見れば―――――
『セブ!』
職員席にいるセブが立ち上がってこちらに杖を向けていた。
「っ何しやがる!」
「その言葉、そっくりそのままお前に返してやる。生徒たちの面前で何をやっている!他校の学生もいるのだぞ。恥を知れ!」
1番上にある職員席。職員席から下にある生徒達の席はシンと静まり返っていた。バチバチと視線をぶつけ合う2人の様子を興味深げに見守っている。
『まったく……今回はシリウスが悪いわよ。ちゃんと反省しなさい』
「……」
『セブー。シリウスが反省しているって』
「俺はそんな事一言もっ……!」
ギロリとシリウスに視線をくれながら手を組む。
『火遁』
「す、すみませんでした、師匠!!」
『分かればよろしい』
私はニッコリと笑って組んでいた手を解いたのだった。
「それにしても……」
『何?』
「発動しなかったな、この紙」
シリウスが手元の守りの護符に視線を落とす。
『命の危険が迫らない時以外は発動しないのよ』
「そうか。便利な代物だな」
『ふふ。でしょ?さて、私は選手たちのところへ行ってくるわ。その護符は胸ポケットにでも入れておいて。心臓に近いほど万一の時に発動しやすいから』
「分かった。ありがとな」
私は急いで選手控え室となっているテントへと向かった。
テントに入ると選手4人とバグマンさんがいた。
「おや。雪野教授どうされましたか?」
『選手たちにちょっとした贈り物をしたくて』
「贈り物?」
私はバグマンさんに守りの護符の事を話した。
「それは心強い!」
私の説明を聞いた4人も硬かった表情を和らげた。
「はい。これはクラムに」
『ありがとうございマス』
「これはフラー」
「ありがとうございまーす。雪野せんせー」
『これはセドリック』
「ありがとうございます。心強いです」
『それからこれはハリーに』
「ありがとう、ユキ先生」
ハリーは青ざめた顔に一生懸命笑みを浮かべて笑ってみせた。
「さてさて、それではくじ引きを始めましょうか」
『その中に私が倒した子もいるんですか?』
「いえ。いません。ユキ先生がダメージを与えてしまった“あの子”は気が立って凶暴になってしまいましたからね」
凶暴に、と聞いた瞬間、青ざめていた選手の顔がいっそう青くなった。
みんな、頑張れ!恐怖に負けないで!
心の中でエールを送っていると、
「まずはレディから」
とバグマンさんが紫色の絹でできた袋をフラーの方へと差し出した。
フラーが袋に手を入れ、模型を引き出す。
首には“2”と書かれた首輪が付けられている。
「Ms.フラー・デラクールの相手はウェールズ・グリーン種だ」
「首の数字は順番でーすね?」
「あぁ。そうだ。右回りにいこう。Mr.クラム」
クラムは3の番号がついた中国火の玉種を、セドリックは1の番号がついた青みがかったスウェーデン・ショートースナウト種を。そして最後はハリーの番。
「ということは残りはハンガリー・ホーンテールだ……」
『ハリー、何か言った?』
「い、いえ。何も」
ハリーは最後に袋から引いたドラゴンを見て重い溜息を吐き出した。
「さあ、これで良し!」
バグマンさんは興奮しているようで、楽しそうに手を打って選手の顔を見渡した。
「諸君はそれぞれが出会うドラゴンを引き出した。君たちの健闘を祈っているよ。さて、私はまもなく行かねばならない。解説者なんでね。ディゴリー君、君が一番だ。ホイッスルが鳴ったら真っ直ぐ囲い地に行きたまえ」
『みんな大事なのはベストを尽くすことよ。みんなの対戦を楽しみにしてるわ。それから、何かあったら私、シリウス、ドラゴン使いが駆けつけるから安心して』
では、これで。と私はテントを出てシリウスの隣へと戻った。
「ハリーの様子はどうだった?」
『緊張していたわ。でも、きっと彼なら大丈夫』
「そうだよな。ハリーはなんてったってジェームズの息子だからな」
『聡明なリリーの息子でもあるわ』
「そうだな。あの子がこれぐらいの恐怖に負ける事はない」
話していると、ピーっとホイッスルが鳴った。
囲い地にセドリックが飛び出してきた。
「さて、どう出るか」
『ここは特等席ね。最高!』
セドリックの登場と共に爆発したように沸き起こる拍手。
ドラゴンは囲い地にやってきたセドリックを睨みつけた。
セドリックは呪文を唱え、杖を振る。
「お!」
『面白いわね!それに、どことなくシリウスのアニメーガスに似てない?』
セドリックが岩を犬に変えた。白いラブラドールレトリーバーだ。色こそ違うが、大きさはシリウスのアニメーガスとほぼ同じといったところ。
「俺のほうが男前だ」
『ふふっ。犬に男前も何もないんじゃない?』
クスクス笑う私の横でシリウスはいつでも術を発動できるように手を組んでいた。
万が一の時はシリウスが術を放ってドラゴンの注意を引き、私が選手の元へと走り助け出し、ドラゴン使いたちが失神呪文などでドラゴンを静める手はずだ。
私たちは緊張しながら彼を見守っていた。
いっせいに悲鳴を上げ、叫び、息を呑む観客たち。
はじめのうち、セドリックの作戦は上手くいっていた。ドラゴンは犬を追いかけていたのだ。
そっと、慎重にドラゴンへと近づいていくセドリック。
しかし―――――
「おっと、いけません!ドラゴンがミスター・ディゴリーに気がついたようです!」
バグマンさんの解説と同時に観客たちが一斉に悲鳴を上げる。
『我慢するって難しいわね』
「だな」
私たちは差し迫った命の危機に瀕した際にしか動いてはいけないと言われている。
どうにか頑張って!考えて!冷静になって!あなたなら出来るわ!
心の中で祈る。
「おおおおぉこれは、これは!」
セドリックは一旦ドラゴンから身を引いて、周りにある岩という岩に呪文をかけはじめた。
敷地内には沢山の犬。
ドラゴンはどれを追ったらいいのか分からない。
セドリックが飛び出した。
爆発する歓声。
「ミスター・ディゴリー!見事に卵を取りました!」
私とシリウスは同時にほっと息を吐き出した。
そしてドラゴンのところへ走って行き、ドラゴン使いたちと共に失神の術をかけるのを手伝う。
ドシンと音をたてて地面に倒れたドラゴンの鼻からは火が吹き出している。
ドラゴン使いたちが倒れたドラゴンを運ぶ横で、私とシリウスは次の準備に取り掛かっていた。
『なんかさ。前から思っていたんだけど、ダンブーの私たちの使い方、荒いのよね』
確かに1番の若手だけどさ!
コキ使われている感はある。
「俺たちはホグワーツきっての若手で武闘派だ。仕方ないって」
『そうね』
敷地内を走り回るラブラドールレトリーバーを1匹ずつ岩に戻していく。
『可愛かったのに残念だわ。それに、犬を岩に変えちゃうって良心が痛んだ』
「俺もだ」
そんな会話をしているとドラゴン使いたちが次のドラゴンを運んできた。
私たちは元の位置に戻ってセドリックの時と同じようにフラーを見守る。
フラーは魅惑の呪文を使った。
途中、寝てしまったドラゴンの鼻から出た火がスカートに燃え移るというトラブルはあったが、ドラゴンを出し抜くことに成功。
クラムは何かの呪文を使ってドラゴンの目を攻撃し、ドラゴンが痛みに首を振っている間に卵を奪い去った。
秒数的には早かったが、クラムは普通の卵を割ってしまったとして減点をされていた。
「いよいよだな」
『えぇ』
ドラゴン使いがハンガリー・ホーンテールを指定の位置につけた。
ホイッスルが青空に吸い込まれていく。
ハリーが入口から姿を現した。
そしてさっと岩陰に隠れた。
ハリーは岩陰に隠れて杖を上に上げた。
私たちからは岩陰から覗く杖の先端だけが見えている。
観客たちの声でハリーがなんの呪文を使ったのかは分からない。
「ハリー……?」
動かないハリーを見て心配そうに声を出すシリウス。
私たちが心配している時だった。
私は目の端に何かが高速で近づいてきている事に気がついた。
『あれは!』
「ファイアボルトだ!」
私が指差す方を見てシリウスが叫ぶ。
ハリーが箒に乗り、空中へ飛び上がった。
歓声の渦がスタジアムにこだまする。
「いやあ、たまげた。なんたる飛びっぷりだ」
バグマンさんが叫ぶ。
観衆は声を絞り、息を呑んだ。
ハリーは高く舞い上がり、弧を描く。
ホーンテールはハリーの動きを追っている。
「いいぞ!ハリー!」
隣でシリウスがハリーに声援を送る。
それと同時にハリーは急降下した。
炎をかわすハリー、しかし、私は顔を歪めた。炎をかわす代わりに鞭のようにしなったドラゴンの尻尾がハリーを狙ったからだ。
ハリーがかわした時、長い刺が一本、ハリーの肩をかすめてローブを引き裂いた。
隣のシリウスが低い声で唸る。
『大丈夫。それほど傷は深くなさそうだわ。あの子ならやれる!』
私は両手を胸の前でぐっと組み、祈るような気持ちでハリーを見ていた。
ハリーは慎重に、卵を守るホーンテールに自分を追いかけさせようとけしかけている。
イライラとして見えるホーンテール。
そして、ついにホーンテールは立ち上がった。
後ろ足で立ち、巨大な黒なめし革のような両翼を広げる。
ハリーは急降下した。
「いけ、ハリー!」
『今よ!取れ!!』
私とシリウスは同時に叫んでいた。
全速力で卵へと突っ込んでいったハリー。
試合終了のホイッスルがスタジアムに響き渡った。
「ハリー……よくやった」
『ちょ、ちょっと、何涙ぐんでいるのよ』
そう言う私も鼻の奥が痛くて涙を堪えている。
『さあ、仕事よ』
私たちは失神呪文をかけるためにホーンテールの元へと走る。
その時だった。
ガシャン
不気味な錠の音が鳴った。
『え……?』
自由になったホーンテール。
卵を取られて荒くれたドラゴンは私たちに襲いかかる。
『っ危ない!チャーリー!!』
ドラゴンは一番近くにいたチャーリーに鋭い鉤爪を下ろした。私は咄嗟に彼に体当りする。
『―――くっ!』
深くはない、かな?
背中に痛みがくる。
鉤爪が私の背中を引き裂いたのだ。
「ユキ!」
『シリウス、私は大丈夫。それより、皆さん退けていて。ドラゴンは荒れているわ。私がやります。可哀想なやり方になってしまうけど』
「馬鹿!お前は動くな」
私はシリウスの声を聞かずに飛び上がっていた。
このくらいの傷、暗部時代によく負っていた。だから何てことない。
首を空へと伸ばし、咆吼しながら炎を出すドラゴン。
高く飛翔した私はドラゴンの顔の目の前まで来る。鋭い黄色い瞳と視線が交わる。
ふふ、ゾクゾクする。
――――――――え?
「ユキッ」
シリウスの声でハッと我にかえる。
『水遁・水鮫弾の術!』
ドラゴンが私に向かって炎を吹き出す。
一瞬遅くなったが、私もどうにか術を繰り出した。
鮫の形を象った水の塊が炎とぶつかり、炎と水は消失する。
ストンと地面に着地した私は再び飛び上がり、くるりと回転して勢いをつけながらドラゴンの横っ面に廻し蹴りをお見舞いした。
<グウウウウゥ>
どさっと音を立てて倒れたドラゴン。
「馬鹿!お前!怪我してんのに何やってんだっ」
シリウスが私の元へと走ってくる。
『……』
一方の私は衝撃を受けていた。自分の感情に。
ゾクゾクする。
楽しいとさえ、一瞬思ってしまった。
命のやりとりを楽しいだなんて――――――
「おいっ!聞いているのか!ユキ、ユキ!!しっかりしろ」
ぐっとした力を肩に感じて思考から現実に戻ってくる。
シリウスが私の肩を掴んで揺さぶっていた。
『わ、私……』
こんな感情、ありえない。
あってはならない感情だわ……
私は自分自身が恐ろしくなり、小刻みに震え始めてしまう。もし、これが人に向けられた感情だったならば――――
サーっと青ざめているとシリウスが私を横抱きにした。
「直ぐにマダム・ポンフリーのところへ運ぶ」
『ありがとう』
「震えている」
『そう、ね』
シリウスは私を見て、まるで自分の事のように苦しそうな顔をしながら私を囲い地の入口へと走って運んでいった。
選手控え室の隣にあるもう一つのテントが医務所になっていた。
「マダム・ポンフリー!ユキがドラゴンの鉤爪にやられたんです」
「なんですって!?」
テントは小部屋に分かれていて、私は一番奥の小部屋へと入れられた。
「ベッドにうつぶせにさせて」
そっと、シリウスが私をベッドに下ろしてくれる。
「大丈夫か?こんなに震えて……」
『シリウス……』
シリウスが私の手をぎゅっと握ってくれた。
瞳を閉じる。
怖い……
自分が怖い――――――
「治療をします。シリウス。今からユキの衣服を切るから……」
『シリウス!いて!お願い。そのまま、手を握っていて欲しい』
私は叫び、縋るように握られている手に力を込め、もう一方の手でもシリウスの手を掴んだ。
シリウスは一瞬大きく目を見開いたが、分かったというように頷いてくれる。
「では、治療を始めるわね」
私の忍装束を切り裂いたマダム・ポンフリーは「酷いわ……」と呻くように言った。
「去年はディメンター、今年はドラゴン、来年度は何を学校に持ち込むつもりなのかし「ユキ!」
シャッと小部屋のカーテンが開いた。
『セブ……』
カーテンを開けたセブは面食らったようにその場に立ち尽くしていた。
「どうやらお邪魔だったようですな」
「そうだ。邪魔だ、スニベ、スネイプ。女性が手当しているんだ。早くカーテンを閉めてもらえないか?」
『いいのよ、シリウス。セブにもここにいてほしい』
私の声は震えて情けなかった。
2人は私がこんな情けないことを情けない声で言うのが予想外だったらしく吃驚した顔をしている。
私は彼らから視線を背け、枕に顔をうずめた。
温かい人達のそばにいたいーーーー
暗部の時には感情がなかった。
暗部を抜け、1年間を木ノ葉の里で一般市民として過ごし、友を得、数々の気持ちを得ていった。
ホグワーツに来て更に沢山の感情を手に入れた。
喜び、怒り、哀しみ、楽しみ……
単純だったこの4つの感情は、日を追うにつれて私の中で複雑な感情となり、私の心は成長していった。
どれも人間として必要な感情。
みんなが持つ感情。
でも、さっきのは違う。
持ってはいけない感情だと、今の私なら分かる。
残酷で、非道な感情。
この感情を育ててはいけない。
「消毒するわね」
マダム・ポンフリーの声が聞こえ、ジュっと背中で音がした。それと共にピリピリとした痛みがやってくる。
マダム・ポンフリーは私の背中を杖で叩く。
傷がたちまち癒えるのを感じる。
「ユキの傷は深かったわ。他の子達と同じようにはいきません。安静が必要です。3時間後に塗り薬を塗り直さねばなりません。ユキ、ひとまずはここで寝ているように。後で担架で運びますから動くんじゃありませんよ」
そう言ってマダム・ポンフリーは部屋から出ていった。
『2人とも、少し後ろを向いていてくれる?』
「何をするんだ?」
『はや着替え』
「馬鹿か?さっき安静にって言われたばっかだろ」
『さっきから馬鹿馬鹿言わないでよ』
「無謀な行いをするお前が悪い。俺のローブを貸すからそれで我慢しろ」
『分かった。ありがとう、シリウス』
「あぁ」
私は上体を起こし、シリウスのローブを肩にかけてから再び横になった。
怖い……
自分が怖い――――――
あの感情は、ドラゴンに対してだけ、人には向けない。きっと、一時的なものだったのよね?
自分の術を試したくて、それで気分が高揚していたからそう思っただけよね?
私はマダム・ポンフリーが担架を持ってくるまで枕に顔をうずめて自分の頭に浮かんだあの恐ろしい感情を否定し続けたのだった。
***
『チャーリー、本当にもういいから。私は大丈夫よ』
医務室でチャーリーに何度も頭を下げられ、私はそんな彼に顔を上げるように促す。
「まさかドラゴンの鎖が外れるなんて。僕たちドラゴン使いの不手際です」
『それはどうか分からないわ』
「え……?」
『ううん。それはこっちの話。兎に角気にしないで』
私はチャーリーにニッコリと微笑む。
『あなたが無事で良かったわ。私も直ぐに良くなるから仕事に戻って?まだドラゴンを輸送する仕事が残っているんでしょ?』
どうにか彼を医務室から帰して、私はふっと息を吐き出した。
謝られるのは苦手だ。
なんとなく気まずい。
私がフーっと息を吐き出してベッドへうつ伏せに沈んだ時だった。耳に足音が聞こえてくる。
これはセブの足音。それからシリウス。そして、ダンブー、ミネルバ、それからコツコツという音はムーディー教授だ。
私はベッドから身を起こして扉の方を見た。
「起きておったか」
ダンブーを先頭にしてやってきた皆さんは私のベッドを囲む。
「ユキ、お主も気づいておったろうがドラゴンのあの鎖は故意に外されたものじゃ」
『私もそう思います』
「残念ながら私たちも、そして多分生徒たちの中にも誰かが鎖に呪文を放ったのかは見ていないと思います。皆興奮していましたからね。鎖に光線が当たるところなど見ていないでしょう」
ミネルバが厳しい顔つきで言った。
「それにしても……雪野教授はたいそうな怒りをかっているようだな。当然か……クィディッチワールドカップであんなにド派手な事をしてのけたのだから」とムーディー教授。
『グライドが心配だわ』
「お前は自分の心配だけしておけ」
ベッドに座ったシリウスが、肩にかけて羽織っているだけの彼のローブを私の肩にかけ直した。
「兎に角、闇の陣営の者がこのホグワーツに入り込み、ハリー・ポッターと雪野教授を狙っている。油断大敵!気をつけられることだ」
『はい、ムーディー教授』
「まあ、だがしかし、大体の目星はついているがな……」
マッド-アイの魔法の目がセブに向けられる。
ムーディー教授がセブかカルカロフ校長を疑っているのは明らかだった。
でも、今の時点で犯人を絞りすぎるのは良くないわ。
犯人はいったい誰なのだろう……?
私たちはそれぞれの思考に耽ったのだった。