第5章 慕う黒犬
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
9.杖調べ
ハロウィンの晩が明けた。
昨日降っていた雨はあがり、土と草の香りがする。
清々しい朝だ。
気持ちの良い空気をめいいっぱい吸い込みながら渡り廊下を歩いていた私だが、大広間に入って異変を感じて立ち止まった。
やたらとピリピリしている空気。
耳を澄ませばあちこちから聞こえてくるのは悪口。
「どうしてポッターまで選ばれるのよ!」
「代表選手はセドリックだけで十分だわっ」
こういった声はハッフルパフからおきていた。
めったに脚光を浴びることがない自分達の栄誉ある代表の座を、ハリーに横取りされたと思っているのは明らかだった。
ハリーのせいじゃないのに……
スリザリンもハリーに敵意を向けていたし、レイブンクローもハリーの代表選手入りに好意的ではなかった。
グリフィンドールは喜んでいるみたいだし、四面楚歌ってわけじゃないからハリーも大丈夫だと思うけど。
そんな事を思いながらグリフィンドールとハッフルパフの間を教員席に向けて歩いている時だった。ふと視線が赤毛の少年に止まる。ロンだ。
1人で朝食を取っているロンはどこかむっつりとした顔をしている。
泣いているわけじゃないし、不機嫌な時に声をかけるのも無神経かと思い私はそのまま教員席へと歩いて行った。
『おはよう、セブ』
「あぁ」
『ハリーは大変ね』
「何がだ?」
『見れば分かるでしょう?グリフィンドール以外、ハリーが自分でゴブレッドに名前を入れたと思っている。みんなからピリピリした空気が発せられて痛いわ』
「ふん。有名人のポッター様だ。このくらい気にならんだろう」
『もうっ。セブはまーたそういう風に言う』
ふんと鼻を鳴らすセブから私はグリフィンドール席に視線を向けた。ハリーはまだやってこない。
朝食に来にくいわよね。もういっそ、食べに来ないつもりなのかしら……そうだ!ハリーの元へ朝食を届けに行ってあげよう。私はナフキンにトーストやクロワッサンを包み込む。
「何をしている?」
『べっつにー』
「まさかポッターへ朝食を届けに行くつもりではないだろうな?」
『……』
「お節介はやめろ」
『でも、朝食を食べ損ねたら可哀想だわ。ハリー餓死しちゃう』
「それはお前だろう。一食抜いたくらいで餓死などせん。腹が減って限界になったらここにやって来ざるを得ないだろう」
話しているとシリウスがやってきた。
「ユキ、何してんだ?」
『ハリーに朝食を届けてあげようと思って』
「何でだ?」
『大広間中の空気、気づかない?』
シリウスは耳を澄ませて「なるほど」と呟いた。
「代表選手に選ばれた事自体気の毒だってのにその他にも心労を重ねるなんてハリーが気の毒だ。ユキ、俺も行く。ハリーを励ましたい」
『オーケー。じゃあ、シリウスの分のパンも包むわ』
「揃いも揃って過保護なことだ」
イライラしたようにセブがグサッと目玉焼きにフォークを突き刺しているとハーマイオニーが私たちのところへやって来た。
『どうしたの?ハーマイオニー』
「あの、ユキ先生、シリウス先生、一緒に来て下さいませんか?ハリーを励ましたくて」
私たちはニコリと笑う。
『実はちょうどハリーに朝食を持って行ってあげようと思っていたところなの』
「ハリーのところへ行こう」
「ありがとうございます」
私たちが大広間を出て、玄関扉を開けるとハリーが突っ立っていた。
昨日よりも更に疲れきった、不安そうな表情に胸が痛む。
『ハリー』
「ユキ先生?シリウスおじさん??」
ハリーは不思議そうな顔で私たちを見る。どうやらハーマイオニーは私たちが来ることをハリーに伝えていなかったらしい。
「先生たちも一緒の方がハリーも嬉しいかと思って」
「うん。ありがとう、ハーマイオニー」
ハリーはようやく笑顔を見せてくれた。
『湖畔で食べましょう?』
湖にはダームストラングの船が繋がれ。水面に黒い影を落としていた。
ハリーは湖畔に向かう間に昨夜、グリフィンドールのテーブルを離れてから何があったかハーマイオニーに話している。
『あそこに座りましょう』
私たちはブナの大木の根に腰掛けてそれぞれトーストやクロワッサンをモグモグ食べる。
「ハリーが自分で名前を入れてないって分かっていたわ。生徒に出来るはずがないじゃない―――」
「ロンを見かけた?」
ハリーがハーマイオニーの話の腰を折って言った。
「え、えぇ。朝食に来ていたわ」
『私も見たわ。なんだか不機嫌そうだったけど……お2人さん喧嘩でもしたの?』
シンとその場が静まり返った。
げっ。私はまた人の心をえぐるような事を言ったらしい。
『えっと、あの、その……』
「ロンはハリーに嫉妬しているんだよ。たぶんな」
『「嫉妬?」』
私とハリーは同時に言い、私はシリウスの言葉に眉を顰める。
『どういうこと?』
「簡単だ。ハリーは有名人。いつも注目を浴びている。ロンはハリーの隣で寂しい思いをしてきたと思う。それにウィーズリー家は兄弟が多いからな。ロンの兄たちは優秀な奴、個性的な奴もいる。比較されもしてきただろう。きっと、今度という今度は限界だったんだろうよ」
ハーマイオニーがうんうんとシリウスの話に頷いている。
そういうものなのかと思っていると「それは傑作だよ」とハリーが苦々しげに言った。
「僕の首根っこでもへし折られれば、僕が喜んで注目されていたんじゃないって分かるだろ!」
『「「ハリー!!」」』
私たちは同時に叫んだ。
『そんな事冗談でも言っちゃいけないわ』
「そうだぞ。お前はこれから大変な危険と向き合うことになるんだ。冗談言っている場合じゃない」
「そうよ。これからどんな大変な事が待っているか……」
シリウスもハーマイオニーも私も、みんな心配そうな顔でハリーを見た。
「ごめんなさい」
ハリーは私たちの勢いに押されて吃驚しながら謝罪の言葉を述べる。
「でも、ロンがあんな風に思っているなんて。僕、ショックだよ」
再びシンとした静けさが辺りを包んだ。ロンとの仲違いはハリーにとって辛いこと。
「ロンとの事は私が架け橋になれるように頑張るわ」
ハーマイオニーが言う。
「俺たちが協力出来るのはどうしてハリーが代表選手に選ばれたかを探る事だな」
『そうね。でも、考えられる答えはただ1つ』
「ヴォルデモート」
小さくハリーが呟いた。
「あ、あの人の名前を軽々しく呼ぶものじゃないわ」
ハーマイオニーがたしなめるように言う。
『いいえ、ハーマイオニー。それは賛成できないわね。奴は倒すべき敵。恐れるばかりじゃダメ。倒せるべき敵だと考えないと。むやみに怖がってはダメよ』
「ユキに同感だ」
ハーマイオニーはうっと喉を詰まらせながら青い顔で一つこくりと頷いた。
「誰がゴブレッドにハリーの名前を入れたのか……」
『そいつはこのホグワーツ内に侵入したか、ホグワーツ内に紛れ込んでいるって事よ。そう考えると、犯人は絞られてくるわね……』
「例えば誰ですか?」
『ボーバトン、ダームストラング、ムーディ教授……もしくは夏休み中に先生を殺害し、その先生と入れ替わったか……』
ハリーの問いに答えると、ハリーとハーマイオニーは寒さで白くなっていた顔を真っ青にさせた。
『ごめんなさい。生徒に聞かせる話の内容じゃないわね』
2人の顔を見て私は申し訳なくなる。
「だが、ハリーの名をゴブレッドに入れた犯人は、直接ハリーを殺すのではなく、三大魔法学校対抗試合に出場させるという方法をとったんだ。何か事を起こすとすれば、それは対抗戦中に起こると考えていい」
『私もシリウスに同意……ハリー?』
ハリーが震えている。寒さのせいではないだろう。私は彼の腕を引っ張って自分の方へと引き寄せた。
『怖がらせてごめんなさい。でも、あなたには注意してもらいたくて聞かせたの。怖いでしょうね……でも、私たちがあなたを守るわ』
「あぁ。絶対に俺たちはハリーを傷つけさせないぞ」
ハリーを抱きしめている私ごとシリウスが私たちを抱きしめた。
「私もハリーが競技を上手くこなせるように協力するわ!」
ハーマイオニーも私たちに抱きつく。
「ありがとうございます、先生方、それにハーマイオニー。でも、ハハ、ちょっと苦しいや」
慌ててハリーから身を離す。
ハリーの顔は先程よりも元気を取り戻しているように見えた。
***
私ももっと強くならなくっちゃ。
草が風に靡いている丘の上。私は授業の合間に鍛錬をしていた。
『水遁・霜隠れの術』
周囲に霜を作り出し、景色と同化するこの術。主に暗殺や奇襲に用いられるものだ。
真っ白な視界。
2つの影が高速で移動する。
水遁の術は基本的に水がある場所でしか使うことができない。しかし、優秀な水遁の使い手であれば水がない場所でも術を発動する事が出来る。
ユキは元々持っている強大なチャクラと努力、そして水遁に才があったおかげで水辺以外でも水遁の術を使うことが出来はじめていた。
「火遁・火炎砲」
炎が勢いよく影分身のユキの口から吐き出され、本体へと伸びていく。
『水遁・水陰障壁の陣』
しかし、炎はユキ本体の数メートル先でまるで見えない壁でもあるように弾き返された。
「そう来るならば、こうよ!」
壁を回込んで来るユキの影分身の手には炎が纏われている。
高く跳躍し、ユキに狙いを定め、高いところから落ちる衝撃で強いダメージを与えようとする影分身を見据えながらユキは術を唱える。
『水遁・水鮫弾の術』
鮫を象った水の塊がユキの影分身へと飛んでいく。ユキは鮫の内部へと入り込んで高速で移動しながら印を組む。
『水遁・氷華砲』
キラキラした幾千もの鋭い氷柱が相手に向かっていく。
「火遁・火炎砲!――――っ!」
溶けきれない氷柱がユキの影分身の体に傷を作る。影分身のユキは術を消し去り、印を組む。
「火遁・煉ご『ちょっと待ったーーーーー!!』
慌てて影分身にストップをかける本体のユキ。
『それやったら私、ボロボロになっちゃうから!今日はまだ授業あるからねっ!』
「あ、そっか」
ストンと地面に降りる影分身は手を頭の後ろに持っていって「アハハ、ついムキになっちゃって」と笑っている。だが、その目は笑っていない。どうやら負けかけたのが悔しかったらしい。
叩き潰したかったという影分身の思いは、要はユキ本体の思い。自分自身のそんな非情な面に薄ら寒い思いをしていると授業終わりのベルが鳴った。
次のコマも授業はないが、治療をしなければならない。
影分身を消して、私は丘を下っていく。今回もいつもと変わらずズタボロだった。自分の部屋に帰ってみるが……
『しまった。傷薬も火傷薬もストックが切れてる……』
自室の実験室でガクリとうな垂れた私は部屋を出て廊下を歩いていく。
マダム・ポンフリーに薬をもらいに行こう。怒られることを覚悟して……いや、ダメだ。マダム・ポンフリーのところに行ったら長いお説教を食らった挙句、罰則までもらいかねない。
ここはセブのところへ!
階段を上るのを止め、私は地下牢教室へ足を向けた。
『ん?なんか騒がしい』
嫌な予感。
私は足を早めて階段を下りきり、廊下を走り、角を曲がる。
「ファーナンキュラス!鼻呪い!」
「デンソージオ!歯呪い」
2つの声が同時に聞こえた。
しまった!遅かった!
ハリーとドラコの杖から出た光線は、空中でぶつかり、折れ曲がって跳ね返った。
ハリーの光線はゴイルに命中した。
ドラコの光線はハーマイオニーに命中。
「ハーマイオニー!」
ロンがハーマイオニーに駆け寄る。
ロンがおろおろ声を上げていたハーマイオニーの手をどかした。
ハーマイオニーの前歯が、驚くほどの勢いで成長していた。
歯が伸びるにつれて、ハーマイオニーはビーバーそっくりになってきた。
下唇より長くなり、下顎に迫り―――ハーマイオニーは慌てふためいて、歯を触り、驚いて叫び声をあげた。
『どきなさい』
ロンの肩に手を置いてどかせ、私は風呂敷を袂から出してハーマイオニーにすっぽりと被せた。
「この騒ぎは何事だ?」
地下牢教室の主がやってきた。
『喧嘩よ』
「お前が被害者か?」
私は苦笑いする。
私の体は今、あちこちから血が流れ、服が燃えて焦げ、火傷の跡が剥き出しになっていたからだ。
『いいえ、違うわ。被害者はゴイルとハーマイオニー。魔法を打ったのはハリーとドラコよ』
「説明したまえ、ドラコ」
「先生、ポッターが僕を襲ったんです」
「僕たち同時に攻撃したんです!」
ハリーが叫んだ。
セブはゴイルの鼻を調べた。今や毒キノコが生えているような鼻になっていた。
「ゴイル、医務室へ」
「マルフォイがハーマイオニーをやったんです!見て下さい!」
私は風呂敷を取ろうとするロンの手を止めた。
「ユキ先生?」
『女の子に恥をかかせちゃダメよ』
「あ……」
ロンははっとしたように風呂敷から手を離した。
『さあ、2人とも行きましょう』
「待て。お前その体で動けるのか?」
『これくらい日常茶飯事よ』
「っこの馬鹿が。いつも言っているだろうに……少し待っていろ」
セブはくるりと私に背を向けて教室に入っていった。戻ってきたセブの手には小瓶が2つ。
「この1番酷い火傷の傷だけでもここで治療しろ」
ガーゼに薬品を染みこませ、セブは私の1番大きな火傷にガーゼを押し付ける。
『痛ったーー!』
「ふん。自業自得だ」
『もっと丁寧にやってよ。そしたら今より多少は痛くないのに』
「これに懲りてお前がこんな怪我をするのを控えさせるためだ」
『こんなの怪我のうちに入らないわよ』
そう言うとギロリと睨まれる。
『こ、これからは気をつけるわ。じゃ、そういうわけで、またね!ありがとう!』
セブの手にあったもう1つの小瓶、増血薬をぱっと取る。
今にもお小言を言われそうだったので、私はハーマイオニーの手を引き、ゴイルの背を押して促し、医務室へと向かったのだった。
『どうしてあなたたちスリザリンとグリフィンドールは喧嘩ばかりなのかしら』
私は片手でハーマイオニーを誘導し、もう片手で床に落ちる血を掃除しながら医務室へと向かっている。
「痛いよぅ」
『もう少しだから我慢してね、ゴイル』
医務室の扉を開けるとマダム・ポンフリーが振り返った。
「何事です?」
『生徒同士の喧嘩です。ハーマイオニーは歯呪いに、ゴイルは鼻呪いにかかりました』
「それで、あなたは?」
怖い顔で睨まれて私はじりっとその場で後ずさる。
『私はいつもの鍛錬で怪我を……。部屋にストックの治癒薬がなくて頂きに参りました』
気まず過ぎてマダム・ポンフリーから視線を外して言うと、
「はあぁまったく!あなたときたら年中こんななんだから!鍛錬をするのは結構ですけどね、もう少し体を傷つけないように鍛錬をしなさい!」
とガンと怒られる。
『す、すみません……』
返す言葉もない。しかし、やめる気もないんだけどね。
そんな事を言っては怒られるので、私は黙って薬棚から治癒薬を拝借する。
火傷に治癒薬を染みこませたガーゼを宛てがい、傷口には軟膏を塗る。セブにもらった増血薬も飲ませてもらった。
そろそろ自分の教室に戻ろうとしていた時だった。医務室の扉が開く。
「やっぱりここにいたな」
『やっぱりって?』
シリウスが私のところへとやって来る。
「鍛錬をするって言ってたからココか自室だと思ったんだ。自室にはいなかったからここに来たってわけだ。それよりお前まーたこんな傷作って。跡でも残ったらどうするつもりだよ」
軽くシリウスに頭を小突かれる。
『それで、何か用?』
「あぁ。さっきコリン・クリービーが来て、代表選手とお前に招集がかかった」
『授業どうしよう』
「1年の授業だ。俺1人で十分だ。気にせず行ってこい」
『ありがとう。私の影分身を助っ人に使って』
本体に授業をやらせるのが私のモットー。
シリウスに授業を任せて私は指定された部屋へと向かう。
「ユキ先生」
『ハリー』
偶然、小部屋に向かう途中でハリーに会った。
「怪我の具合はどうですか?」
『いつもの事だから何も感じないわ』
「でも痛そう……」
『慣れっこだから平気よ』
そんな事を話しているうちに指定された小部屋へと着いた。指定された部屋はかなり狭い部屋だった。
「ああ、来たな!代表選手の4番目、それに雪野先生―――はどうして傷だらけ何ですか!?」
『鍛錬で少々怪我をしまして』
「少々というレベルを超えていますが!?」
私は驚くバグマンさんを曖昧な笑みでかわしながら周りを見渡す。
ビクトールは誰とも話さず部屋の隅で座っていて、フラーは楽しそうにセドリックと話していた。
『バグマンさん、今から何が始まるんですか?』
「杖調べの儀式だよ。代表選手と雪野先生の杖が万能の機能を備えているかどうか調べるんです。専門家が今、上でダンブルドアと話している。それからちょっと、写真を撮ることになっている」
バグマンさんの視線が動いた先を見た私は顔を引き攣らせた。
『ひっ』
リータ・スキーター!
赤紫色のローブを着たリータ・スキーターがこちらへと歩いてくる。
念入りにセットされた金髪の髪、宝石で縁どられた眼鏡、ワニ革のハンドバックを持ち、爪は真っ赤に染め上げられて5センチほど伸びている。
「お久しぶりでござんすね、雪野先生。わたくしの事、覚えていらっしゃって?」
ぐいぐいっとこちらへ寄ってくるスキーター女史に私は仰け反る。
『え、えぇ。私たちの写真を撮って、日刊預言者新聞に載せた方ですよね』
「わたくしの記事を読んで下さっていたなんて光栄ですわ!それから前回のクィディッチワールドカップではお話を聞くことが出来ずに残念でござんしたわ。あら、それから――――」
スキーター女史の目がハリーに注がれた。獲物を狙うような目だ。
「最年少の代表選手!あなたにもたっぷり話を聞きたいざんすわ。でも、初めは雪野先生からまいりましょう!」
『うっ、わわっ』
私はぐいっと腕を引っ張られて部屋の外に連れ出され、近くの物置へと入れられた。
「ここなら落ち着けるざんすわね」
スキーター女史はひっくり返したバケツの上に、私はダンボールの上に座らされた。
女史はワニ革ハンドバックをパチンと開け、ロウソクを一つ取り出し、杖をひと振り。部屋の中がほんのりと明るく照らされた。
「まずお聞きしたいのはクィディッチワールドカップで一緒に戦っていたイケメンの男性の事ざんす。どういうご関係ざんすか?」
『えーと、彼はブルガリア魔法省からイギリス魔法省に派遣された人物で、私がクィディッチヨーロッパカップで出会った友人です』
「そして、今お付き合いしている、と」
『いえ、まさか』
「あら。隠したって無駄ざんすよ。同じテントに寝泊りする仲でござんしょ?共にかばい合いながら戦う2人、危険で甘いロマンス!何て素敵ざんしょ!」
木箱の上に置かれた羊皮紙の上を走る羽ペンは止まる事を知らない。
チラと羊皮紙に目を向けた私は目を剥いた。
<死喰人の光線を受けそうになった雪野教授を庇う彼女と恋仲であるグライド・チェーレン氏。2人の愛の絆は強く、その愛の前には死喰人達も太刀打ち出来ない>
<私たちは良いパートナーです。それは、死喰人と戦うパートナーとしても私生活の面でも。愛は国境を越える。私たちは出会ってすぐに恋に落ちました>
わ、私、一っ言もそんな事言っていないんだけど……
『ス、スキーターさん?この文、消しておいて下さいません?』
私とレギュがさも付き合っているような文を指差す。
「あら?違うざんすか?」
『違います!断固否定させて頂きます。それよりもっと他に私から聞きたい事があるのでは?例えば今回の三大魔法学校対抗試合の事についてなど』
スキーター女史は一瞬面白くなさそうな顔をしたが、直ぐに気を取り直したように笑顔を作った。
「三大魔法学校対抗試合は死者が出たこともある大会でしょう?その事について教員としてどう思っていらっしゃるかしら?」
やっとまともな質問が来た。
『そうですね。確かに大昔に行われた大会では死者が出たこともありました。ですが、今回は安全です。安全対策を3校の校長と魔法省がしっかり考え抜きましたし、私が事前に競技を行って安全を確認します』
「なるほど。それから忍のことについてもお聞きしたいですわ」
『……はい』
なんだか嫌な予感がする。そう思いながらも私は忍の事を話していく。
『あ、あの、スキーター女史?』
「なんざんすか?」
一通りの説明をし終えた私は羊皮紙を死んだ魚のような目で見つめる。
『忍は基本的にスパイと同じです。諜報活動や密書の伝達、護衛などを仕事にしています』
羊皮紙を指差しながら私は顔を引き攣らせていた。そこには、
<夜に暗躍する忍者。華麗に敵の根城に侵入し、素早く暗殺をする。これが――――忍である>
と書かれていた。
確かに暗殺していたけれども……!
『こんな記事を出されたら大問題になります。私、こんな事一言も言ってないですし』
これ以上めちゃくちゃを書かれては大変だ。
そう思っていた時だった。急に暗かった室内に光が入ってくる。
物置に窮屈そうにしている私たちを見下ろしてダンブーが立っていた。
ダンブーの姿を見て慌てて羽ペンと羊皮紙をバッグにしまうスキーター女史。
「お久しぶりじゃの、スキーター女史」
「お元気ざんすか?私がこの夏に書いた国際魔法使い連盟会議の記事をお読み頂けたざんしょ?」
「魅力的な毒舌じゃったよ。特に儂の事を時代遅れの遺物と表現なさったあたりが」
ダンブーは貶された事が不愉快だったらしい。嫌味たっぷりで言った。
「しかし、慇懃無礼の理由についてはまた是非、別の日にお聞かせ願おうぞ。今は杖調べの儀式じゃ」
私はダンブーに小部屋から連れ出された。この短時間でげっそりと神経が磨り減ったわ……
元の部屋では既にみんな扉近くの席に腰掛けていて、ビロードカバーのかかった机を見ていた。
「オリバンダーさんをご紹介しましょうかの?試合に先立ち、皆の杖が良い状態か確認して下さるのじゃ」
オリバンダーさんに会うのは久しぶりだ。
私は杖フォルダーに収めてある自分の杖にそっと触れる。
暴れ柳、炎帝の尾羽、30cm、荒くれてる
これが私の杖。
私の杖は闇の魔術によく合うともオリバンダーさんに言われたのだ。そして、それを他言しない方が良いとも。
「まずはマドモアゼル・デラクール、こちらへ来て下さらんか?」
フラーが進み出て杖を渡した。
「24センチ、しなりにくい……紫檀……芯は、おぉ!なんとヴィーラの髪……」
「わたしのおばーさまの髪の毛が入っていまーす」
フラーが優雅に微笑んだ。
あの、人を魅了する美貌と妖艶さはヴィーラの血が混ざっているからなのね!納得だわ!それに、う、うらやましい……
実は私、何歳も年下の彼女を見てはフラーのように優雅になりたいと思っていたのだ。
そんな事を思っていると杖調べはセドリックへと移っていた。何事もなく、次はビクトール、そして最後にハリーの杖へ。
「おぉおお良く覚えておる」
オリバンダーさんは顔を輝かせて杖を見た。そして杖からワインを迸り出させ、杖は完璧な状態だと言ってハリーに杖を返した。
「最後に、雪野教授」
オリバンダーさんに杖を差し出す。
「よーく覚えております。ハリー・ポッターの杖と同じくらいに。雪野先生は店の杖が全部合わなくて一から儂が製作したんですよ」
みんなに向けてオリバンダーさんが言った。
「暴れ柳、炎帝の尾羽、30cm、荒くれてる」
「荒くれている?」
ハリーがくすっと笑った。
「しかも先生の杖は暴れ柳でできているんだ」
『面白いでしょ?』
「うん」
オリバンダーさんが花火を出現させた。
彼のところへ杖を取りに行ったあの日のことを思い出す。
「完璧な状態じゃ」
『ありがとうございます、オリバンダーさん』
私に杖が戻ったのと同時にバグマンさんが写真撮影があると告げた。
『じゃあ、私はこれで』
「ダメですよ。雪野教授も入ってください」
『何故?』
「あなたも競技に関わっている人ですから」
私は取り敢えず一回転してボロボロだった忍装束から和服へと着替えた。
「すごいでーす」
フラーが私を見て感嘆の声をあげたので彼女に微笑んでおく。
写真撮影はえらく長い時間かかった。
まずは審査員と私、代表選手の写真。そして個人写真を何枚か。
『私の個人写真はいらないでしょう!』
「いーえ。いるざんす」
『嫌ですよ。こんなに傷だらけですし』
「そこも格好良いざんす」
格好良いわけあるか!
そう反論したかったが出来なかった。
リータ・スキーター女史に無理矢理立ち位置を決められてカメラのシャッターが押される。
「なんだか疲れましたね」
全てが終わり、セドリックがぐったりとした様子で私に話しかけてきた。
『そうね、セドリック。もう夕食の時間だわ。授業に戻らずそのまま大広間へ行っていいでしょう。ね、ダンブルドア校長先生』
「うむ。それで良いぞ」
ダンブーが自分の個人写真をもう何枚か撮るようにカメラマンに言っていて、カメラの前でポーズをとりながら私たちに言った。
『何枚撮っても変わりませんよ』
「いーや。さっきは目を瞑ってしまったような気がする。儂は威厳あるホグワーツの校長に見えるように写りたいのじゃ!数を打てば当たる!」
現像したら新聞に載せる前に自分に確認を取りに来るようにカメラマンに言うダンブー。
『はあぁ。まったくあの人は。セドリック、ハリー、行こう―――――っ!?』
扉を開けた私は固まる。
「まあ!何てことざんしょ!!」
リータ・スキーターの甲高い声が上がる。
私の目の前には黒髪、黒い瞳、そしてハンサムな男性が立っていた。
『嘘……』
私の前に立っていたのはグライド・チェーレン―――レギュだった。
『どうして此処へ……?』
「それはですね――――
ブルガリアはルーマニア、ギリシャ、他周辺諸国の学校と三大魔法学校対抗試合のような
競技をすることに決まったらしい。
その為、レギュラスはブルガリア魔法省から三大魔法学校対抗試合を視察する為にイギリスへ派遣されていたのだと言った。
マダム・マクシーム、カルカロフ校長、そしてダンブーやクラウチ氏、バグマン氏と握手を交わしていくレギュ。
「素敵な巡り合わせざんすね!」
レギュが私にも握手を求めてきた時にパシャパシャとシャッターが切られた。
「どうぞ宜しくお願いします、雪野教授」
『こちらこそ、チェーレンさん』
未だ呆気にとられる私に、レギュは優雅な微笑みを向けたのだった。