第5章 慕う黒犬
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7.思いつき
三大魔法学校対抗試合が行われると宣言された後、当然のことながらホグワーツ内の話題はそれで持ちきりだった。
17歳以上の生徒達はもちろん、17歳未満の生徒達も、誰がホグワーツの代表生徒になるかを予想しあい、自寮の生徒であって欲しいと願っていた。
私はそんな浮き足立った生徒たちを見渡して喝を入れるようにパンと手を鳴らした。
『皆さん、忍術学も今年で4年目に入りました。これからはもっと危険で高度な忍術を使うことになります。気を引き締めて授業を受けて下さい』
私は引き締まった顔をするハッフルパフとスリザリンの6年生の顔を見渡す。
この学年には関係がないが、1年生から忍術学をとってきた生徒たちは5年生のO.W.L.の結果で6年生からも忍術学を取れるか決まる。
「今年は面白いが危険な授業がわんさかとある。それから属性別に分かれた授業も行う」
“危険”という言葉は刺激的だ。
生徒たちの目が輝きだしたのを見て私は声を出さずに小さく笑う。
『まずは今日の授業をしましょう。今日はチャクラコントロールの応用編。チャクラを足に集中させて壁を登ってもらいます。シリウス、お願い』
一斉にシリウスに集中する視線。
私はシリウスの下に風遁・風蒲団を発動させる。
1歩1歩と壁を登っていったシリウスは今は天井を歩いている。
片足を上げてバランスを取ってみせたり、つま先立ちをしてみたり。
生徒たちからの拍手に軽く手を上げてシリウスは応える。
『これが今日からの課題です。3コマ分この練習をします。それから、皆さん安心して下さい。もしも落下することがあっても―――』
シリウスがチャクラを切って落下してきた。
キャアと女子生徒たちから悲鳴が上がるがシリウスは床に叩きつけられることはない。
ふわり。
私の風蒲団がシリウスの体を受け止める。
『私が影分身を出して教室中にこの風の布団を床に張り巡らせておきます。安心して授業に取り組んでくださいね』
私は十数体の影分身を出して風遁・風蒲団を隙間なく張り巡らせた。
シリウスと本体の私、他影分身数体で生徒たちの指導を行う。
だが、みんな難儀しているようだ。
チャクラコントロールが難しいというのもあるが、これを成功させるには恐怖に打ち勝つ必要がある。
誰だって頭から地面に落下するのは怖いものだ。
苦戦しているみんなを見て、まずは風遁・風蒲団が安全なものであることを実体験させたほうがいいかと考えていると、
「お!セドリック、いいぞ」
と後ろから声が聞こえた。
シリウスの声に振り向くと、セドリックが危なげな足取りながらも壁を登っている姿が目に入った。
私もセドリックのもとへ近づいていく。
「そのままだ。意識を足の裏に集中させて」
『チャクラの流れを感じて。落ちても私が助けるから大丈夫。そのまま天井まで進んでみて』
私たちの言葉に頷いて、セドリックは天井へと足をかけ始めた。
1歩、また1歩。セドリックは天井を歩いていく。
わっと沸き起こる拍手。
だが、次の瞬間だった。
ひゅっとセドリックの足が天井から離れる。
拍手で気が散ってしまったのだろう。
「わあ!」
落ちてくるセドリックの体。
ふわっ
セドリックの体は風に乗り、漂う。私はゆっくりと彼の体を地面へと下ろした。
「よくやった!」
嬉しそうに笑い、シリウスがセドリックの背中を叩く。
『良く出来ました。ハッフルパフに10点!』
再びパチパチと拍手が沸き起こる。
セドリックは勇敢ね。度胸のある子だわ。
そしてシリウスは……ふふ。
私はシリウスの顔を見て思わずくすくすと笑ってしまう。だってシリウスは自分の事のように顔をくしゃくしゃっとさせてセドリックの成功を喜んでいたからだ。
こういうシリウスの真っ直ぐで素直な反応、好きなんだよね。昔から誰よりも情の厚いシリウス。
「ん?ユキ、どうした?」
『え?』
「俺のこと、ずいぶん熱心に見ているなぁ、と」
『っ!』
しまった!
私はシリウスに指摘され、熱心に彼のことを見ている自分に気づき、慌てて目を逸らす。
「お、まさか俺に見惚れていたか?授業中だぞ?」
生徒たちには聞こえない声で囁かれて頬がじわりと熱を持つ。
『馬鹿言わないで。授業中よ。授業に集中してちょうだい』
「ハハ、その言葉、お前にそっくり返してやるよ」
ニッと笑ってパチリとウィンクをして去っていくシリウスは色男そのもの。
はあぁシリウスって無駄に格好良いんだから。
私は早くなっている胸の鼓動を感じ、自分を落ち着かせるために誰にも気づかれないように数度、深呼吸を繰り返したのだった。
今日は授業の初日だ。
他の授業では宿題なんて出さないだろう。
だが、忍術学は宿題を出した。大ブーイングを覚悟で。
『この壁歩きは危険だから決して授業外で練習しないこと。宿題は自分の属性の術を3つ選んで羊皮紙に各術10センチずつまとめてきて下さい』
みんな宿題を出す私をじとっとした目で見つめている。生徒に嫌われるのは胸が痛むが仕方ない。
「初日から宿題なんざ出さなくても良かったんじゃないか?」
シリウスが不満そうな顔をしながら教室を出て行く生徒たちを見送りながら言った。
『上級生たちは下級生たちと違って7年間丸々授業を受ける時間がないもの。大変でしょうけど詰め込んで勉強させないと』
私は手元の教科書をトントンと机で揃えてふっと息を吐いた。
生徒達の中には何人か妲己に死に際を見せられた子たちがいる。
どの子達もこのホグワーツが戦場になっていて、そこで死に耐えている姿だった。
そう、ホグワーツは近いうちに戦場と化す。
私は今のうちから生徒たちを鍛えておかねばならない。
私とシリウスは授業教室を片付けて夕食に向かう。玄関ホールに着くと、夕食を待つ生徒で溢れ、行列が出来ていた。シリウスと雑談していると前から大きな声が上がる。
「ウィーズリー!おーい!こっち見ろよ」
上級生男子たちよりも身長の低い私には前で起こっていることが見えない。
『今のはドラコの声?』
「あぁ。そうだ。新聞を手に持っている。どうやらアイツ、またハリーたちに絡むつもりだ」
『あっ。ちょっと、シリウス!』
シリウスはズンズンと人をかき分けて前へと進んでいった。私も彼の後ろからついていく。その間にドラコは新聞を読み上げていた。
<魔法省 またまた大失態!
クィディッチワールドカップや職員の魔女の失踪事件が解決されてない中、昨日、「マグル製品不正使用取締局」のアーノルド・ウィーズリー氏の失態でまたもや
「名前さえまともに書いてもらえないなんて君の父親は完全に小物扱いみたいだな」
意地悪そうなドラコの声がホールに響く。
まったく!喧嘩は御法度だというのにドラコったら!
私たちはなかなか前に進めないでいた。生徒がぎゅうぎゅうずめになっていて進むに進めないのだ。
そんな中、ドラコは記事をつらつらと読み上げていく。今やホール中の誰もがドラコの声を聞いていた。
「失せろ、マルフォイ!」
ハリーの怒鳴り声が聞こえる。
ハリーたちとドラコたちはお互いの家族を侮辱し合って口喧嘩を始めてしまった。
早く止めないと!
前に進めなくてイライラしているのがシリウスの背中から伝わってくる。私も気を揉んでいた。
かくなる上はシリウスの背中をよじ登って肩を踏み台に飛んでハリーたちのところへ行って喧嘩の仲裁をしよう。そうしよう。
私はシリウスの肩に手をかけた。
『ごめん、シリウス』
「あ゛。ぐふっ」
『ちょっと肩貸して』
両肩に手を置き、背中を足でよじ登り、跳躍するためにシリウスの左肩に片足を乗っける。
見ればハリーたちとドラコたちの周りには人が輪のようになっていた。私が飛び降りるスペースはありそうだ。
「僕の母上を侮辱するなポッター!」
「本当のことを言ったまでさッ」
まずい。
ふたりが同時にローブのポケットに手を入れた。いや、ドラコの方が早い。
『やめなさい!』
バーーン
私が叫ぶのと爆発音は同時だった。
閃光がハリーの頬をかする。
『ハリー!応戦してはダメ!2人とも杖を下ろしなさい!』
しかし、殺気立っている2人の耳には私の声は聞こえない。
ハリーが杖を上に上げる。
私はハリーの呪文がドラコに当たらないように印を組む。そして呪術分解をドラコの前に打った時だった。
バーーーン
2回目の爆発音が聞こえた。
私はシリウスの肩の上で驚いて左を見た。
そこにいたのは階段をコツコツと降りてくるムーディ教授の姿。
「若造!そんな事をするな!」
ガンっとした怒鳴り声。
私はハッと息を飲んだ。
ドラコの姿は見えない。
杖を真っ直ぐに向けている先にいるのはドラコではなかった。代わりにいたのは真っ白なケナガイタチ。
「おい、ユキ!さっさと降りてくれ。肩が痛てぇ」
『ごめん、シリウス!』
私はシリウスの肩を踏み台にしてぴょんとハリーたちの前に飛んだ。
白いケナガイタチを見る。イタチの表情は恐怖で強ばっていて、目は飛び出そうになっていた。
もしかしてもしかすると、これは、ドラコ!?
私が唖然としながらケナガイタチを見つめていると、
「やられたかね?」
ムーディ教授がハリーに唸るように言った。
「いいえ。外れました」
『でも、かすってしまったみたいね』
ハリーの頬には赤い線が走っていた。
私はハリーの頬に手を持っていって傷を治す呪文を唱える。
「ほう。面白いな」
『元は医療忍者だったもので。治癒術は得意なんです。ところで……』
「これか?」
ムーディ教授が杖を上に上げるのに従ってケナガイタチが上空に引き上げられる。
『そ、それはドラコなのですか?』
「あぁ。そうだ」
『そうだってムーディ教授!』
「なんだ?何か不都合があるのかね?」
『大アリですよ!ホグワーツでの罰は居残りをさせるか、寮監の先生に規則破りの生徒の罰を任せるだけです』
「ふん。なんて軽い罰だ。コイツは呪文を打ったんだぞ。この、鼻持ちならない、臆病で、下劣な行為をする奴にはもっと相応しい罰が必要だ」
『や、やめて下さい、ムーディ教授!』
「ふんっ。2度と―――こんなことを――するな!」
杖でケナガイタチを上下に動かすムーディ教授の前で顔を真っ青にさせていると、「ムーディ教授!」とショックを受けたような声が聞こえてきた。ミネルバだ。
「何をなさっているのです!?」
「教育だ」
「そ、それは生徒なのですか!?」
「さよう」
「そんな!」
ミネルバが上下するケナガイタチに杖を振った。バシンという音と共にドラコの変身が解ける。
「ムーディ!本校では懲罰に変身術を使うことはありません。絶対に!」
続けてミネルバは私がさっきムーディ教授に言ったのと同じことを言った。
「フン、そうかね。では、そうするとしよう。懐かしのスネイプ殿と口を利く良いチャンスだ」
ムーディ教授がドラコの腕をむんずと掴んだ。
「う、うわぁっ、ユキせんせぃっ」
涙目のドラコが私に手を伸ばす。
『私も一緒に行きます』
私はパッとドラコの手を取った。
「小僧1人連れて行くくらい儂1人で十分だが?」
魔法の目が私を見つめる。
『私は一部始終を見ていましたからセブ……スネイプ教授にお話出来ます。一緒に連れて行ってください』
「ふん。いいだろう」
私はドラコと手を繋いでムーディ教授の後について、地下牢教室へと続く階段を下りていったのだった。
いつ来ても暗い陰気な雰囲気漂う地下牢教室。
セブはまだ教室にいた。
「スネイプ教授殿、入るぞ」
セブはどうやら今日の授業で生徒たちが作った薬品の採点をしていたらしい。瓶に入った薬品から視線をこちらへ向けた。
「何用かね?」
「コイツがポッターに廊下で呪文を放った」
投げ出すようにドラコの背を押すムーディ教授。
セブはハリーの名前が出たとたん眉間に皺を作った。
「それで、我輩の元に連れてきたわけですな。ご苦労でしたムーディ教授。後は我輩に任せていただきたい」
「いーや。お前さんがコイツに相応しい罰を決めるまでここから出ていかん」
「これは寮監の仕事だ。あなたには関係ない」
「スネイプ教授殿は自寮の生徒に甘いと評判ですからな。きちんと事の成り行きを見ておきたい」
セブとムーディ教授が睨み合った。
私は涙目になっているドラコの肩に手を乗せながら一歩前に踏み出す。
『その前に、私から事のあらましを話してもいいかしら?ムーディ教授も途中からしかドラコとハリーたちのやりとりを聞いていらっしゃらないでしょう?』
私はドラコがロンの両親の記事をみんなの前で読み上げたこと、お互いの家族のことを侮辱し合っていたことを話した。そしてほぼ同時に杖を抜いたことも。
『ドラコの方が早かったとはいえ、ハリーも杖を抜いたわ。確かに、ドラコがロンのお父様を侮辱し始めなかったらこんな喧嘩は始まらなかったけどね』
「ユキ先生……」
『ドラコ、反省している?自分の家族を侮辱されるのはとても不愉快な事でしょう?あなたはそれをロンにやったのよ?自分がやったことは自分に返ってくる。よく覚えておいて』
「はい……」
しゅんとうな垂れるドラコの背中を優しくなでる。
『ムーディ教授、ドラコはムーディ教授から罰を既に十分に受けています。だから今回はスネイプ教授に罰を任せて頂けませんか?』
暗に、どうかこのまま帰って下さいという私の気持ちはムーディ教授に届いたようだ。
「分かった。儂はこれで帰らせてもらう。だが……」
魔法の目がセブを捉える。
「なんですかな?」
「いや。儂はこの卑劣な小僧っ子をこれからも監視し続けるぞ。この子の親が親なもんでな。もちろん、スネイプ教授殿、お主も儂は注意深く見ていることを忘れないで頂きたい」
そう言ってムーディ教授は身を翻し、コツンコツンと杖をついて地下牢教室から出ていった。
彼が出て行ったことで教室の固かった空気が柔らかくなる。
「ドラコ」
「はい」
「雪野の話ではポッターも同じように杖を抜いたと聞いた。お前よりも若干遅くな」
ニヤリとセブが口角を上げる。セブはハリーよりドラコが先に呪文を打ったことが嬉しいのだ。
はぁぁこのスリザリン贔屓!
そこは喜ぶところじゃないでしょうに!
呆れていると、セブは「今回はポッターにも非があった。だから罰は課さない」とドラコに告げた。
「もう行って良い」
「はい、スネイプ教授」
ドラコは一礼して地下牢教室から出ていった。
私はセブの軽すぎる罰……というかドラコを罰しないことに呆れながら口を開く。
「本当に自寮の生徒には甘いんだから」
「既にムーディ教授から罰を受けたと聞いたが?ところで、その罰とはいったいどのような罰だったのだ?」
私はムーディ教授がドラコをケナガイタチに変えたことを話す。見る見る歪んでいくセブの顔。
「マッド-アイめ……」
『あれは私もやりすぎだと思ったわよ。止められなくて申し訳なかったと思っているわ』
「お前のせいではない。それより……」
セブが何かを言い淀む。
私は彼に口元だけ笑みを作ってみせ、肩をすくめた。
『ムーディ教授は元闇祓いだものね』
先ほどムーディ教授はドラコのお父様、ルシウス先輩とセブが何か悪さをしないように見張っていると告げたのだ。
『あなたは既に闇の陣営から抜けた。今はダンブルドア側で危険な任務についている。ムーディ教授が言ったことは気にしないで』
「あぁ。ユキ、礼を言う」
『採点はまだ続けるの?』
「そうだな。切りのいいところまで終わらせるつもりだ」
『それじゃあ先に大広間に行っているわ。今にも腹の虫が大合唱を始めそうだから』
くすっと微笑み合う私たち。私はセブに背を向けて、地下牢教室から出て行ったのだった。
***
木曜日の夕方。
私はマダム・ポンフリーのピンチヒッターとして医務室を預かっていた。
そろそろ夕飯時。
影分身に医務室を任せて夕食に出かけようかと思っている時だった。ガチャリと医務室の扉が開いた。
入ってきたのはハーマイオニーに支えられるようにして入ってきたネビルだ。私は顔面蒼白なネビルの顔に驚きながら彼に駆け寄る。
『どうしたの?』
「実は授業で……」
ハーマイオニーがムーディ教授が行った授業と、その授業を受けた後でネビルの気分が悪くなり、授業が終わって廊下に出るなり座り込んでしまった事を話してくれた。
『ネビルを連れてきてくれてありがとう、ハーマイオニー。後は私が』
「宜しくお願いします、ユキ先生」
『さあ、ネビル。ベッドへ行きましょう』
私はネビルをベッドに促した。
その顔には血の気がない。
それはそうだろう。
私は聞いたことがあった。
ムーディ教授の授業で蜘蛛に使われた磔の呪文。
この術は不死鳥の騎士団創設メンバーだったネビルの両親が闇の陣営の者に使用されたもので、心神喪失状態になり、聖マンゴ魔法疾患傷害病院に今も入院しているのだ。
彼にとっては辛く、苦しく、憎い呪文。
「僕、急に父さんと母さんの事を思い出して……父さんと母さん、意識はないけど、お見舞いに行った時に時たま苦しそうに呻く時があるんだ。だから、僕……」
ネビルの目から涙がポロポロとこぼれ落ちる。私はベッドに座るネビルを抱き寄せた。
『辛いわね』
「うっ……うっ……ひっく」
背中を撫でて上げるとネビルは声を出してわーっと泣き出した。こちらまで辛くなるような声に私も胸を痛ませる。私はネビルが泣き止むまで彼のそばに寄り添い続けた。
『落ち着いた?』
泣き終わったネビルがズビーと鼻をかみながら頷いた。
『その顔で夕食を食べにいくのは嫌でしょう?今日はここで食べていいわ。一緒に食べましょう』
屋敷しもべ妖精に頼むと、直ぐに医務室にふたり分の夕食を運んでくれた。
2人で温かなスープを食べる。
「ユキ先生は……」
『なあに?』
「昔、忍だったんでしょう?きっと、辛いこともいっぱいあったのかなって思います。どうやって乗り越えてきたんですか?」
純粋な質問。
私はうっと喉を詰まらせた。
辛い出来事はたくさんあった……はず。はずというのは殆ど私が感情なく任務を行っていたからだ。
でも、ただ1つ、強烈に辛いと感じる出来事があった。それはツーマンセツを組んでいたヤマブキの事だ。
私を庇って死んでしまったヤマブキ―――――
彼の死だけは常に私の心の中にあった。
私は言葉を選びながら口を開く。
『辛さを乗り越える方法は色々あるわ。時が痛みを和らげてくれるとか、その辛さを跳ね返せるように強くなるとか、敢えて見て見ぬふりをするとか』
私は私を真っ直ぐに、純粋に見つめるネビルの頭をそっと撫でた。
『でもね、何より大事なことは、自分の中に芯を一本入れておく事だと思うの』
「芯、ですか?」
『そう。ネビル、ご両親に誇れるような自分になりなさい。それは、勉強が出来るようにとか、スポーツが出来るようにとか、目に見える形じゃなくていい。自分の中に一本、これだけは曲げないぞという何かを作って』
「目に見えない一本の芯……僕は、僕の心の芯はなんだろう?」
『ゆっくり考えればいいわ』
“人の死を利用せずに平和を作ること”
これが私の芯だ。
そしてホグワーツが戦場になる時、目の前のこの子も、ほかの子達もみんな守ってみせる。
今から計画を練っていかねば……あ!
私は突然思いついた事に、自然と笑みを零したのだった。
***
トントントン
ノックと共に部屋の扉が開く。
しかし、そこには誰もいない。
木枯らしが部屋の中へと入り込んできて冷たい風が頬を撫でる。
椅子に腰掛け本を読んでいた私は本から目を離し、自動で閉まった玄関扉に向けて微笑んだ。
『おかえり、クィリナス』
「ただいま帰りました、ユキ」
『怪我はなかった?』
「はい。何事もなく終わりましたよ」
クィリナスが目眩し術のかけられたマントを脱ぎ、姿を現した。元気そうな姿に安心する。
『お茶を持ってくるわ。座っていて』
クィリナスはテーブルを挟んだ椅子に座り、私は台所でお湯を沸かして紅茶を2つ持ってくる。
クィリナスはクィディッチワールドカップの任務が終わってからも直ぐに次の任務に赴いていて、今日帰ってきたのだ。
良いことか悪いことか分からないが、クィリナスは私にダンブルドアから与えられた任務のことをつぶさに話して聞かせてくれる。
たぶん、ダンブーもそれを見越してクィリナスに任務を任せているような気もするが……兎に角、情報をもらえることは有難い事だ。
「今回はクィディッチワールドカップでの出来事があってから闇の陣営が再びグループを作り始めているという話を聞いてそれを調査してきました」
『闇の時代が近づいているのね……』
最後に見た時は赤子のような姿に成り果てていたヴォルデモート。彼の居所を掴み、奴の力が弱いうちに殺せればいいのだが……
「敵もなかなか尻尾を出しません。苦労しています」
『そうね。きっと細心の注意を払って行動しているでしょうから』
積極的に調べに入らねばならないと思っていた私はふと別のことを思い出した。
『あのね、クィリナス。あなたの意見を聞きたい事があるのだけどいいかしら?』
「もちろんです。何ですか?」
クィリナスは魔法具作りが得意で治癒術にも興味があり、セブほどではないが魔法薬の知識もある私の頼れる友人だ。
私はネビルと話していた時に思いついた事をクィリナスに話すことにした。
『フェリックス・フェリシスってあるでしょう?あれを戦場で使ったらどうなるかしら?』
私の言葉にクィリナスは思ってもみなかったというように目を見開いた。
「そのような事は考えてもみませんでした」
『私の予想だと、そう遠くないうちに闇の陣営が力をつけ始め、私たちと交戦することになると思うわ。その時にフェリックス・フェリシスを飲んでいたら良いんじゃないかって思うの』
「幸運の液体を飲む……確かに、それは良い考えかもしれません。だた、あれは少々気分がハイになりすぎるのが難点ですが」
『それじゃあその部分を改良した魔法薬を調合したらいいわけね』
さっそくセブに相談してみよう。
自分の考えに笑みを浮かべるユキ。
クィリナスはユキがセブルスの元へ行くことを考えて、ユキの横でもどかしい気持ちになり、嫉妬を心の中で渦巻かせていたのだった。