第5章 慕う黒犬
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6.三大魔法学校対抗試合
新学期の始まりは大荒れの天気だった。
バケツをひっくり返したような雨で傘などさしていても無意味に思える。
私はずぶ濡れの生徒たちを乾かすためにミネルバと一緒に大広間の入口で待機していた。
『久しぶりね。さあ、中に入って。中は暖かいから』
通り過ぎる生徒1人1人の肩を杖でチョンと叩いてずぶ濡れの体を乾かす。
「ユキ先生!」
元気な声に顔を上げるとそこにはハリー、ロン、ハーマイオニーの三人の姿があった。
『3人とも久しぶり……と言ってもクィディッチワールドカップぶりだからそんなに時間は経っていないわね―――って、あ!上!』
横を通り抜ける生徒を乾かしていて反応に遅れてしまった。
上から落ちてくる水風船。
大きな赤い水風船がロンの頭の上で弾けた。
よろけるロン。ハリーはロンに押されてツルッと滑って床にべしゃりと尻もち。
周りの生徒たちからも悲鳴が漏れる。
「ピーブズ!」
ミネルバが目を吊り上げて見る先にいるのは生徒たちの4,5メートル上に居るポルターガイストのピーブズだった。
性悪そうな大きな顔を顰めて次の標的に狙いを定めている。
「ピーブズ!今すぐ降りてきなさい!今すぐに!」
「へへーん。やーだねっ」
怒るミネルバにベロベロバーと目の下を人差し指で押し下げて、舌を出すピーブズ。
ミネルバが私の方を見た。御意です、ミネルバ。
私はサクッと胸の前で印を組む。
『風遁』
「げっ」
『豪空砲!』
私の手から竜巻のようにうねりを描いた風が発射される。「うわ~~」と声を上げながら天井へと飛んでいくピーブズ。生徒たちから拍手が沸き起こる。
「ありがとう、ユキ」
『どういたしまして、ミネルバ』
「さあ、みんな。どんどんお進みなさい!」
キリっとしたミネルバの言葉に従って生徒たちは暖かな大広間へと入っていった。
「これで在校生は全員入りましたね」
『そうですね』
私とミネルバはふーっと息を吐き出して顔を見合わせた。
「ピーブズには困ったものです」
『はい』
周りを見て苦笑する。そこらじゅう水浸し、風船だらけだ。
「私は新入生を迎えに行きますからここの片付けを頼んでもいいかしら?」
『もちろんです』
「今日はお客様をお迎えするから念入りにね」
『はい、ミネルバ』
私はミネルバの背中を見送って杖を床に向けた。
今日は大事なお客様がやってくる日。
三大魔法学校対抗試合をしにやってくる三大魔法学校のうちの2校、ボーバトンとダームストラングがやってくるのだ。
私は汚れの落とし忘れがないか念入りにチェックしてから樫の大扉を開けて大広間に入り、教員席へと歩いていく。
そういえば……
私はシリウスの隣の空席を見た。
その空席は闇の魔術に対する防衛術の先生が座る場所だ。
今回もまた、去年と同じようにダンブーに聞いてもその教員が誰かは教えてくれなかった。
いや、正確にはダンブーも教えられなかったのだ。
教授をやってほしいと思っている人物はいるのだが、なかなか諾とは言ってくれないのだ、とダンブーは言っていた。
結局、どうなったのかは聞けていない。
無事に闇の魔術に対する防衛術の先生が見つかっていたらいいけれど。
「随分在校生が入ってくるのに手間取ったな」
私が自分の席に腰掛けると同時にシリウスが言った。
『もともと雨でずぶ濡れだったのにピーブズが水風船を生徒たちに投げつけてきていたのよ』
「あいつならやりそうだ」
『ちょっと?目がキラキラしているのは気のせいかしら?』
「ハハ!気のせいだ!」
ニッとシリウスが笑った時、大広間の扉が開き、喋っていた生徒たちが一斉に口を閉じた。新入生がミネルバに連れられて入ってきたのだ。
「感慨深いな」
シリウスがしみじみと呟く。
去年の今頃は脱獄したばかりでゴミ箱をあさったり、ねずみを捕獲して食べていたシリウス。こうして暖かな場所で、安定した職を得ているのが心底嬉しいのだろう。そんなシリウスの気持ちに共感していると、
「そうであろうな。昨年は似合いの囚人服を着てゴミあさりをしていたのだから」
と、左側から嫌味が聞こえてきた。
途端に冷える私の周りの空気。
「んだとスニベルス。喧嘩売ってんのか?お前がそのつもりなら宴の余興がわりに一戦交えてもいいんだぜ?」
「品のない馬鹿犬はこれだから困る。生徒たちの目がお前に向いているぞ。少しは“お行儀よく”座っていられないのかね?」
はああぁ、もう、この2人ったら!
私を挟んで睨み合うのは止めて頂きたい。
学生の時から仲の悪い相変わらずのこの2人の仲裁に今年は苦労しそうだなと考えていると、1年生が大広間に入り終わり、組み分け帽子が椅子の上におかれた。
組み分け帽子は歌いだす。
今は去ること1千年、そのまた昔のその昔―――――
組み分け帽子の歌は毎年変わる。
湿原から来たスリザリン 俊敏狡猾スリザリン
力に飢えしスリザリン 野望を何より好みけり
スリザリン寮出身の私はスリザリンの箇所が歌われている部分を頭の中で反芻した。
俊敏狡猾。力に飢え、野望を好む。
私もこうありたいと思う。
私はハッフルパフの席を見た。
私の目に映るハンサムな男子生徒、セドリック・ディゴリー。
妲己から見せられた彼の死が近い。
幼さの消えたセドリックの見た目が妲己に見せられた死に際の姿と合致していること、そして私の勘が彼の死を予感している。
今年は三大魔法学校対抗試合がある。
年齢制限により、17歳に満たない者は試合に参加する資格はない。
セドリックはその条件を満たしている。それに、とても優秀だ。
私は何となくだが彼がエントリーさえすれば、ホグワーツの代表にはセドリックが選ばれるのではないかと予想していた。
「さて、長い話はこのくらいにしよう」
ハッと我に返ったらいつの間にか組み分けが終わり、ダンブーがいつもの注意事項を生徒たちに話しているところだった。
「フィルチさんから皆に伝えるように言われたことは―――――
ダンブーがフィルチさんが決めたゾンゴの悪戯グッズ持ち込み禁止品の追加項目を言おうとしていた時だった。
耳をつんざくような雷鳴が大広間に響き渡る。
私はコツコツと響く不思議な音に気づき、大広間の出入り口を見つめていた。念のため、瞬時に対応できるように印を組んでおいて。
バンと開かれた扉。
私は自然と立ち上がっていた。
剣呑な雰囲気。
そして殺気。
印を組み終わった私が十八番の火遁・煉獄を完成させようとした時だった。既に侵入者の足の下と上には丸い魔法陣が出現している。
しかし――――
「アラスター!」
嬉しそうな声が大広間に響いた。
ダンブーが嬉しそうな声で叫び、迎えるように手を広げている。
「おい、ユキ」
『解』
セブの囁きと同時に術を解除する。
私に術を解除されてアラスターと呼ばれた人の体の上下から赤い円が消える。
私が出した魔法陣を焦った様子で見ていたアラスターさんは円が消えたのを見て、ほっとしたように体の力を抜いた。
私は着物の袖をセブに引っ張られて座らせられた。
「お前は新しい防衛術教授を殺す気か」
『防衛術教授?あの人が?と言うかセブは知っていたの?』
何故忍術学と合同授業をする程密接な関係がある闇の魔術に対する防衛術の教授の事を私に伝えてくれなかったのか不満に思い頬を膨らませる。
「そんな顔をするな」
『だってぇ』
「我輩も先ほど偶然校長に聞いたのだ。アラスター・"マッド-アイ"・ムーディが闇の魔術に対する防衛術の教授に就任したとな」
「おいおい。しかし、大丈夫かぁ?」
『何が?』
今度はシリウスの方を向く。
「マッド-アイは昔は優秀な闇祓いとして有名だったんだ。だが、今は歳を取って被害妄想に取り付かれているって話じゃねぇか」
そう言ってシリウスが顔を顰めた。
へぇ。闇祓いか。
だからピリピリとした雰囲気を纏っているわけね。
そう自分を納得させようとするのだが、何かが腑に落ちない。
私の中の何かがコイツは危険だと告げているような気がする。しかし、この人の死に際も妲己に見せられていた。箒に乗っている時に魔法を受けて落下していく映像だ。
だから、私たちの敵ではないはずなのよね。たぶん……
無理やり自分の気持ちを抑えて私は杖をコツコツ付きながらこちらへとやってくるムーディ先生に微笑みを向ける。
彼の顔は幾千もの修羅場をくぐり抜けてきた顔だった。
顔には大きな傷跡が走り、片目は義眼。足は悪く杖をついている。
ダンブーに何かをぼそぼそと呟いたムーディ教授がこちらへとやってくる。
私は立ち上がってムーディ教授のもとへ行き、彼が椅子に座ったと同時に頭を下げた。
『先程は術をかけかけてしまい申し訳ありませんでした』
「いや、構わん。油断大敵、だからな」
ぶっきらぼうにそう言ってムーディ教授は前を向いた。
「さてさて」
空気を変えるようにパンとダンブーが手を打つ。
「新しい闇の魔術に対する防衛術の先生をご紹介しよう。ムーディ教授じゃ」
職員以外は誰ひとりも生徒たちは拍手をしなかった。ムーディ教授の見た目に吃驚してしまっているようだった。そんな生徒たちの様子を気にすることなくダンブーは続ける。
「そしてもうひと方本校にお迎えした方がおる」
みんなの目が一斉にシリウスへと向いた。
ハリーたちの方を見ると皆一様に輝いた顔をしていた。
ダンブーはみんなに勿体つけるようにひと呼吸おいて、
「忍術学助教授に就任して頂くシリウス・ブラック先生じゃ」
とシリウスを紹介した。
ムーディ教授の時と違って今度は割れんばかりの拍手だった。
裏切られ、無実の罪でアズカバンの生活を耐え抜いた忍耐強き男。
名門ブラック家の美男子。
日刊預言者新聞に書かれたシリウスとペティグリューに関する一連の出来事。
魔法使いの家庭はその本当とは思えない本当の話を興奮して読んでいたのだ。
「「「シリウス先生ーーー」」」
ハリーたちから飛んだ声にシリウスは手を振る。
『これで正式な先生ね。よろしくね、シリウス・ブラック助教授』
「あぁ。よろしく頼む」
私とシリウスは拍手の中、ガッチリと握手を交わした。
「さて!」
ゴホンっと、また空気を変えるようにダンブーが咳をする。そして生徒たちにまたにこやかな笑顔を向けた。そして、またまた勿体つけるようにひと呼吸おき、
「これから数ヶ月にわたり、我が校はまことに心躍るイベントを主催するという光栄に浴すことになった!」
と叫んだ。
明るいダンブーの声に生徒たちの関心がシリウスからダンブーに移る。
「今年、三大魔法学校対抗試合をホグワーツで執り行う!」
ざわっと生徒たちがざわついた。
あちこちから弾んだ声が聞こえてくる。
「ご冗談でしょう!ダンブルドア校長先生!」
興奮した様子でフレッドが叫んだ。
「いいや、ええとウィーズリーの双子のどっちかの?」「フレッドです」フレッド、嘘ではない。これは冗談じゃないぞ。ふぉっふぉっ」
あら、意外と知っている子は知っているのね。
大広間はフレッドやジョージのように開催を喜び目を輝かせる者もいれば、「なんのことだろう?」と首を傾げる者もいた。
どの寮でも隣の学生と熱っぽく語り合い、ダンブーの次の言葉を待っている。
ダンブーは瞳を輝かせる生徒を同じく楽しそうに瞳を輝かせて見ながら口を開く。
「三大魔法学校の対抗試合は一連の魔法競技種目を各校から1名ずつ代表を選び、競い合う。選ばれたものは、1人で戦うことになる。厳しい競技じゃ。やわな者にはとてもこなせん。じゃが、対抗試合の説明は後にすることにしよう。まずはゲストの紹介じゃ!」
ダンブーが手を大広間の樫の大扉に向けると同時に扉が開く。
「まずはレディから紹介しよう。ボーバトン魔法学校の生徒と、校長先生のマダム・マクシーム!」
拍手の中登場したのは小麦色の滑らかな肌にキリっとした顔つき、大きな黒いうるんだ瞳を持つ大柄の女性、マダム・マクシームとその後に続く水色の制服を着た女子生徒16名だった。
女子生徒たちは溜息のような声を漏らしながら手を胸から腰へと下ろす。すると、手からオーロラ色の蝶が舞い上がった。
どの子たちも美人揃いで、生徒の席を見るとどの寮の男子生徒たちも一様に目をハートにさせている。
『ふふ、美人さん揃いね』
「「お前の学生時代の方がっ!?……」」
『え?セブ、シリウス?何??』
同時に同じセリフを言いかけた2人を交互に見ても続きを言ってくれない。2人は同じセリフを同時に言ってしまったことでお互いに睨み合っているからだ。
私は肩を竦めながら、入場し生徒席の前でクルクルとリボンを回しながら躍るボーバトンの生徒たちを見たのだった。
「ようこそ、ホグワーツへ。マダム・マクシームは儂の隣の席へ。生徒さん方はハッフルパフの席、穴熊の絵がついた黄色い旗の席へ座って下され」
「ありがとーございまーす」
水色の制服を着たボーバトンの女子生徒たちが席へと座り、再びダンブーが樫の大扉に向かって両手を広げる。
「そして北からはダームストラング魔法学校の一行と、校長イゴール・カルカロフじゃ」
次に入ってきたのは分厚い毛皮を着た全員短髪の男子生徒たちだった。
棒を手に持ち、その棒をドンと一斉に床に打ち付けると同時に炎が杖の先端から上がる。
生徒たちの先頭を歩くのは銀色の毛皮を着た初老の男性。セブと一緒に行ったブルガリアで行われたクィディッチ・ヨーロッパカップで紹介された男性だ。
「ダンブルドア!」
「久しぶりじゃな。元気かね?」
「元気だ。しばらくだな」
ダンブーと同じくらい背の高いカルカロフ校長はダンブーと握手を交わし、笑って見せる。
何だか上っ面だけ取り繕ったって感じの態度ね。
前も思ったがうわっ滑りに愛想の良い声、顔が笑っていても目だけが抜け目なく笑っていない。
私の暗部時代の顔も傍から見たらこんななのね。と心の中で自嘲しながら生徒席の前で棒術を披露するダームストラング生を見る。
「ダームストラングの生徒さんたちはスリザリンテーブルへ入っておくれ」
ぞろぞろとダームストラング生が席に着き、三大魔法学校の対抗試合の説明がされる。
この説明の直後はブーイングの嵐だった。
17歳未満はエントリー出来ないことに、17歳未満のやる気満々だった生徒たちが不満を飛ばしているのだ。
「静まれーーーい」
ダンブーがソノーラスで叫んだ。
「まずは参加資格を持つ生徒のエントリーの仕方の説明じゃ」
私、シリウスは職員テーブルの後ろの小部屋からガラガラと滑車付きの台を大広間の真ん中に運んでいった。
「お披露目じゃ!」
ダンブーの合図で私とシリウスはゴブレッドにかけてあった布を一緒に引っ張る。
生徒たちから歓声が上がった。
宙に浮く蝋燭の光に反射してゴブレッドがキラリと光る。
「三大魔法学校対抗試合に我こそは出場したいと思う者は、羊皮紙に名前を書いてこのゴブレッドに入れるのじゃ。詳しい説明は国際魔法協力部のバーテミウス・クラウチ氏から説明して頂こう」
ダンブーから言われ、クラウチ氏からは出場資格年齢に達していない者にはこのゴブレッドに名前を入れられないようにダンブー自ら魔法をかけているという事、代表選手は各校1名であることが告げられる。
「17歳に満たない者は名前を審査員に提出したりして時間を無駄にせぬように!以上じゃ。よし、さあ、食事の時間じゃ!」
ダンブーがウィーズリーの双子の反抗的な目を受け流しながら食事の合図を出す。
いつものように銀色のお皿に豪華な料理が現れた。
『わあ!メニューがいつもと違うんじゃない?』
テーブルに並べられた食事を見ながら歓喜の声を上げる。
ボーバトン、ダームストラング生が食べ慣れた物を出してくれたようで、食卓にはいつもと違ったメニューが並んでいる。
『ブイヤベース!セブ、そこのブイヤベース取って!』
「分かった。取ってやるから立つな。大人しくしていろ」
半立ちになってぴょんぴょん飛びそうになる私を低い声で抑えながらセブが私にブイヤベースを取り分けてくれる。
『美味しい~~』
「ユキはホント幸せそうに食うよな」
『だって幸せなんだもの』
頬を抑えてウットリ。
ほっぺたが落ちそうとはこの事だ。
夢中で目の前の珍しい料理の数々に舌鼓を打っていた時だった。ダンブーが「あっ思いついた!」と声を上げた。
「ソノーラス!あーあーみんな、聞いてほしい。一つ大事なことを付け加えようと思う」
ニヤニヤとするダンブーを見て何故かイラっとした感情になっていると、爆弾発言。
「この三大魔法学校対抗試合は危険なものじゃ。過去には死者も出たことがある。であるからにして、安全策として本校の忍術学教師、ユキ・雪野教授に事前に試合の安全を確認してもらう事にしようと思う」
と言った。
私は飲んでいたかぼちゃスープが喉に詰まってごふっと咳き込んだ。
『ゴホッゴホッ。は!?今、なんと??』
「だーかーらー三大魔法『どりゃあっ』プロテゴ!何するんじゃ馬鹿娘!」
ダンブーが私が投げた空になったブイヤベース皿を魔法で弾いた。
『思いつきってなによ思いつきって!迷惑よ!め・い・わ・く!』
「ほーう。ユキは生徒たちが可愛くないのかのう?」
『うっ……』
それを言われてはおしまいである。
『くぅう』
私はどすんと力なく椅子に座り込む。
私がぐうの音も出ないうちにダンブーはクラウチ氏にこの件を承諾させてしまった。
『はあぁ生徒たちの為とはいえ、思いつきってバカンドア……』
「生徒たちの為、予防措置だ」
「頑張れよ、ユキ先生」
淡々と言うセブ。
ニヤっと笑うシリウス。
セブとシリウスから声をかけられた私は持って行き場のないダンブーへのモヤモヤした怒りの感情を持て余しながら頷いたのであった。
ガヤガヤと生徒たちが出て行く大広間。
立ち上がるとムーディ教授が私のところへとやってきた。
私はムーディ教授が口を開く前に口を開く。
『改めて言わせてください。先程は術をかけようとして申し訳ありません』
「いや、さっきも言ったが油断大敵だ。さすがは忍術学教授。関心はしたが不快とは思っとらんよ」
そう言ってムーディ教授は私に手を差し出してくれた。差し出された手を握り返す。
ドクリ
『……』
心臓が嫌な音を立てる。
私を見つめる瞳に宿る……これは、憎しみ?
一瞬、憎しみの色がムーディ教授の瞳に映る。
今まで蓄積されてきた経験から、私はそう思った。
この人に気を許してはいけない。
私はそう思いながらムーディ教授に微笑みを向ける。
『今年は三大魔法学校対抗試合があるので闇の魔術に対する防衛術と忍術学の合同授業はなしだとダンブルドア校長から聞いています。残念です』
「あぁ。儂も残念に思っていたよ。忍術学には興味があったからな」
では、と去っていくムーディ教授の背中を見送る。
今年は気を引き締めて過ごしたほうがよさそうだ。
そう考えていると、私の方に近づいてくる少年が1人。
『Mr.クラム!』
「雪野センセイ。覚えてくださっていたのデスね」
Mr.クラムがニッコリと笑った。
Mr.クラムと直接話すのはセブと一緒に行ったクィディッチヨーロッパカップ以来だ。
「お久しぶりデス」
『お久しぶり。でも、ふふ。私はお久しぶりって感じはしないかな。実はクィディッチワールドカップを見に行ったの。あなたの勇姿を見せてもらったわよ。格好良かったわ』
「あ、ありがとうございマス」
片言の英語で照れながらお礼を言うMr.クラムの顔が可愛くてついつい頬が緩んでしまう。
「あの、実は、雪野先生にお願いがありマス」
そう言うMr.クラムの後ろにはダームストラング生全員の姿。
『何かしら?』
「僕たちに、忍術を教えて頂きたいのデス。僕たちとっても忍術に興味がありマス」
口々に忍術に興味があると言ってくれるMr.クラムの後ろに控えていたダームストラング生。
確か、ダームストラングは闇の魔術も教える学校だったわね。
以前、セブから聞いた情報を思い出す。
熱心に頼み込む生徒たちに私はニコリと笑みを向けた。
彼らの思っているような、闇の魔術のような術を教える気はないが、ホグワーツで教えるような忍術は教えることが出来る。
『分かったわ。カルカロフ校長先生と話し合ってみるわね』
「それでしたらわたくの生徒たーちにも忍術を教えて頂きたーいです」
横を見ればマダム・マクシームだ。
私は彼女に微笑みながら頷く。
『勿論です。マダム・マクシーム』
私はマダム・マクシームと握手をして、大広間から出て行ったのだった。
廊下を吹き抜ける風。
吹きさらしの廊下を私とシリウスは自室に向かって歩いている。
「ダームストラングとボーバトンにも忍術を教えるのか。今年は忙しい年になりそうだな」
『そうね三大魔法学校対抗試合もあるし』
雨と風がすごくてそれだけ言って口を閉じる。
「……」
『……』
「…………なあ」
シリウスが急に足を止めた。
私も立ち止まって彼の方を見る。
『どうしたの?』
「お前の心の中にはスニ『セブルスよ!』……スネイプしかいないのか?」
突然の言葉に私は絶句しながら目を瞬いた。眉を顰めていた私の顔が驚きに変わる。雨に濡れて体が冷たいのに頬がじわりと熱くなるのを感じる。
『わ、私は……』
「俺に勝ち目はないのか?少しでも、俺を想う気持ちはお前の中にはないのか?」
取られた手。
私は反射的に後ろに下がろうとしたが、逆にシリウスに手を引っ張られ、彼の方へと体を近づけさせられた。
黒い瞳が真っ直ぐに私を見つめる。
私はドキドキ鳴る心臓を落ち着けるように深呼吸をし、口を開く。
『ごめん、シリウス。私は、私は……セブへの恋心を自覚し始めている』
私の声は掠れて弱々しかった。
それでも、シリウスの耳には十分聞こえていた。
彼の顔が悲しげに歪められる。
胸が痛い……
「あいつのどこがいいんだよ」
『そんな事、一言で言い表せないわ』
「あいつがユキを幸せに出来るとは思えねぇ」
『セブは優しい人よ』
「だが、元死喰人だ」
『今は改心してダンブルドアの命に従って危険な任務についている。ダンブルドアはセブを信用しているわ』
「俺は、あいつがいつ裏切ってもおかしくないと思っている。そんな奴に、俺は、お前を渡したくねぇ」
食いしばった歯の間からシリウスが言った。
私は歯をギリリと食いしばっているシリウスに言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
『シリウスは知らないのよ。セブはあなたに話して欲しくないから言わないでおくけど、セブはダンブルドアを裏切るような行為をしない訳があるの』
ぎゅっと繋がれていた手に力が込められた。
「俺は、お前を諦めたくない……」
苦しげな声。
胸が切なく締め付けられる。
『ごめん、シリウス』
「謝るな」
俯いていたシリウスが真っ直ぐに私を見た。
何かを決意した彼の眼差しに私は瞳を揺らす。
「謝るな。俺はお前を、ユキを諦めたくねぇ。この想いを消すことは出来ない。たとえ、お前がスネイプを好きだとしても……」
『シリウス……』
「いつか、ユキの心が俺へと向いてくれるのを祈っている。俺を好きだと言わせてやる」
離れた手と手。
私の心と体は情熱的なシリウスの言葉に震えていた。
「まだユキの中に迷いがあるのなら、スネイプに自分の想いを告げないでくれ。俺にチャンスを与えてくれ。せめて、この1年だけでいいから……」
私の心にはまだ迷いがあった。
セブは好き。
だが、誰かと付き合うことが怖かった。
その怖さが、私にシリウスの言葉を受け入れさせた。
『分かったわ』
ゆっくりと、表情を優しく緩めるシリウス。
「ダンス・パーティー」
『ん?』
「クリスマスに予定されているダンス・パーティー、一緒に踊ろうぜ……いや、踊ってください、ユキ」
優雅なお辞儀。
雨風が体に打ち付けている廊下に立っていたのに、私はシリウスの優雅な動作に見惚れ、まるで今自分がダンスホールに立っているような感覚にさせられたのだった。