第5章 慕う黒犬
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4.ワールドカップ
ランタンで照らされた小道を森へと入っていった。
一斉に動き出した魔女や魔法使いたちが興奮して、叫んだり、笑ったり、歌ったりする声が辺りに響く。
熱狂的な興奮の波がひしひしと感じられる。
ハリーたちも興奮しているようだ。ぴょんぴょん跳ねながら歓声を上げたり、大声でおしゃべりをして笑っている。
そんな彼らの後ろを私とレギュは歩いている。
『レギュが矢羽根を使えるようになってくれたらな』
「矢羽根とはなんです?」
私とレギュは小声で会話する。
『矢羽根とは暗号化された会話よ。例えば今日は晴れているわね。という言葉を事前に敵が近くにいる、としておいたり、口で出す音の組み合わせで会話を成り立たせたりさせるの』
「口で出す音の組み合わせ……手話のようなものね」
『そうね。矢羽根で会話出来るようになったら周りを気にせず話すことができる』
「それは便利だわ」
『もし覚えてくれる気があるなら、私の故郷で使っていた矢羽根を教えるわ』
「ありがとうございます。是非」
レギュが頷いてくれたのを見て、私は前を向いた。
それにしても、ふふ。レギュったら女性らしく喋れてるじゃない。
「何を笑っているの?」
『べっつにー』
私は訝しげな顔をこちらに向けるレギュから顔を背け笑いで誤魔化した。
それにしても……
剣呑な雰囲気を纏う人物がチラチラ見える。
試合開始を待ちわびて興奮しきっている人とは良く見分けがついた。
『イヴァンカ、練習しましょう。どいつが怪しいと思う?』
「ええと……あの茶色いジャケットを着た男とかかしら?」
『うん。私もそう思う』
私はレギュとあいつが怪しい、こいつが怪しい、と小声で囁き、群衆に紛れる死喰い人の割合を計算しながら歩いて行ったのだった。
そうして森を20分ほど歩き、ようやく森の終わりが見えてきた。
ついに森のはずれに出ると、目の前には巨大なスタジアムが建っていた。
『ヨーロッパカップの時より大きい会場ね』
「えぇ。ワールドカップだもの。巨大なスタジアムにもなるわ。10万人は入れるそうよ」
『10万人!?』
それは凄い!
私は壮大な黄金の壁を見上げながらレギュと共に会場の入口へと向かっていく。
「特等席!」
前のハリーたちの切符を入口にいた魔女が検めながら叫んだ。
『特等席で観戦だなんて素敵ね。思い切り楽しんで!』
「ありがとう。ユキ先生たちも楽しんで!」
私たちはハリーたちに別れの挨拶をし、入口の魔女に自分たちのチケットを検めてもらう。
「3階席!入口を入って直ぐの階段から上って下さい」
観客席の階段は深紫色の絨毯が敷かれていて、私たちは大勢に混じって階段を上って行く。
『ええと……』
「こっちよ」
レギュが私の手を引いて右手の扉へと入っていく。
『人が大勢で目が回りそうだわ。人ごみって苦手よ』
隠れるのに最も最適な場所。それは人ごみの中だと私は思う。
だから私は人ごみが嫌いだった。
それに暑いしね……
『ひゃっ!?』
私は驚いて肩を跳ねさせた。
席について自分の顔を手で扇いでいた私の頬にヒヤッとした感触。
驚いて横を見ると目の前には大きな紙コップ。
「暑いんでしょう?飲んで」
『イヴァンカったらいつの間に!』
驚いてレギュを見るとふんわりとした笑顔。
私はレギュの男だった時の笑顔を想像して少々顔を赤らめながら紙コップを受け取る。
『ん……美味しい!』
レギュが買ってくれたのはレモン味の炭酸だった。
熱かった体が心地よく冷えていく。
『ありがとう、イヴァンカ』
「どういたしまして」
私たちはくつろいで椅子に座っていた。
ドリンクフォルダーに紙コップを置き、2人でそれぞれ買ったビロードの、表紙に房飾りのついたプログラムに目を通す。
『試合に先立ち、チームのマスコットによるマスゲームがあります……ヨーロッパカップでも見たわ!凄く楽しかった』
「今回のもきっと見ごたえがあると思うわよ」
気のせいかレギュの瞳も生き生きとしているように見える。
今は楽しもう……
私はそう思いながらプログラムから視線を上げて競技場を見渡す。
目の前には真っ赤な観客席。私たちとフィールドを挟んで反対側の席はブルガリアチームの席だ。
そしてこちら側、私たちが座っているアイルランド側は緑一色に染まっている。
あちこちからそれぞれの国歌が聞こえ、雄叫びが上がり、口笛が鳴る。
私たちも今や興奮しきっていた。
私とレギュは元スリザリンのクィディッチ選手だ。興奮するなという方が無理なものだ。
「どっちが勝つと思う?」
『アイルランドを応援しているけど、クラムは良いシーカーだわ。勝つのはブルガリアかしら』
「クラムが良いシーカーなのは同意よ。スニッチはクラムが取る。でも、勝敗はアイルランドに上がるとみたわ」
『賭ける?』
「いいわね。でも、お金じゃつまらないわ」
レギュは暫くうーんと考えてからニコリと笑う。
「もし私が賭けに勝ったらユキ先輩からキスをもらいます」
『キ、キス!?』
「いいじゃないですか、キスくらい」
『イヴァンカ、言葉が敬語に戻ってきているわよ。じゃなくて、キス……キスか……恥ずかしいわよ……』
「そんなに頬を染めて相変わらずの純情っぷりですね」
『最近の私はそうでもないのよ』
「胸を張るところ?でも、それならいいわね。賭けの褒賞はキスに決定よ」
『うっ……頬でもいい?』
「仕方ないわね」
ブルガリアの勝利を予想する私、アイルランドの勝利を予想するレギュ。
私は、私が賭けに勝ったらチョコレート1ダース分を要求することにした。
「貴賓席も埋まりつつありますね」
レギュの声で上を見る。
横で万眼鏡を取り出して貴賓席を見るレギュと違って私は裸眼でもしっかり貴賓席に誰がいるか見ることが出来た。
徐々に貴賓席が埋まってくる。
『ファッジ大臣が来たわ』
「知り合い?」
『一度、三本の箒で飲んだ事があるの。完璧なマグルの出で立ちね』
非の打ち所がないスーツとネクタイ姿に感心する。
『ねえ、色々と教えてくれる?省庁の重要人物を出来るだけ多く知っておきたいの』
「私に分かることなら喜んで。あの人は知っている?」
今しがた貴賓席に入ってきた人物を見て顔を横に振る。
『知らないわ』
「あの人はブルガリア魔法省の大臣よ」
私がレギュの紹介で1人ずつの名前を頭に叩き込んでいた時だった。
『あ。ルシウス先輩たちが来たわ』
ルシウス先輩、ドラコ、ナルシッサ先輩が最上階の席に姿を現した。
ハリーたちが殺気立ったのが分かる。
揉めないでね、みんな~……
ヒヤヒヤしていたが、周りの目があったのが良かったようだ。何かイヤミの言い合いをしていたが、何事も起こらなかった。
「ユキ先輩、もしかして彼らが何を言っているか分かるんですか?」
『えぇ。読唇術を使っているから』
私はレギュに唇の動きで何を言っているか分かるのだと話す。
「忍とは本当に色々な術を使うのですね」
『そうね。他にも色々……あ、でもこの話は終わりにしましょう。そろそろ始まるみたいだわ』
私の目に先ほどレギュから教えてもらったルード・バグマンが自分の喉に杖を当てて「ソノーラス」と言うのが見えた。
<レディース&ジェントルメン!ようこそ第422回、クィディッチ ワールドカップ決勝戦へ!>
観客が叫び、拍手が巻き起こった。
何千という国旗が振られ、あちらこちらから揃わない国歌が聞こえてくる。
見上げた位置にあった巨大黒板の広告が消え、
アイルランド 0 対 ブルガリア 0
という文字が映し出された。
「さて、前置きはこのくらいにして、早速ご紹介しましょう。ブルガリア・ナショナルチームのマスコット!」
真紅一色のスタンド上手からワッと歓声が上がると同時にスルスルと百人ほどの女性が現れた。
『綺麗……』
思わず感嘆の息を吐き出す。
『あの人たちは何者?』
「ヴィーラです」
『イヴァンカ?』
声が急に硬くなったレギュを見ると、ギュッと手すりに掴まって足元を見ている。
『ヴィーラを見ないの?素敵よ?月みたいに輝く肌で髪は風もないのになびいていて……』
「知ってます。見なくても分かっています」
『でも、何故見ないの?』
「周りをご覧になったら分かりますよ」
レギュに言われて周りを見た私は目を丸くした。
ヴィーラがダンスを始めると、観客席にいた男性という男性がおかしくなってしまっていたのだ。
ぼんやりと熱に浮かされた顔になり、そしてヴィーラが踊りを早くしていくと、今度はみんな自分に注目して欲しいというように雄叫びを上げて踊りだしたり、杖で花火を打ち上げ始めたりしだした。
『ど、どうなっているの!?』
「みんなヴィーラに魅了されてしまっているんですよ」
『で、イヴァンカはそれに耐えている、と』
「……」
レギュも男なのね~。ふふふ。
正気を失ってヴィーラに釘付けになる姿も面白いから見たい気がしたがそれではレギュが男だとバレてしまう。
私は足元を見続けるレギュを横目にヴィーラたちのダンスを楽しんだ。
ヴィーラが退場して(男性から怒号が飛んだ)入れ替わりに入ってきたのはアイルランドのマスコットだ。
大きな緑と金色の彗星のようなものが競技場に飛び込んできた。
競技場に虹がかかり、今度は虹を結んでいた2つの球体がぶつかり合い、球体は弾けた。
『あれはレプラコーンかしら!?』
「そうですね!」
観客の声に消されないように大声で会話する。
チャリリン
空から金色の硬貨が降ってきた。
みんな必死になってそれを拾っている。
私も足元に落ちた金貨を拾う。
『これは本物?』
「まさか。偽物ですよ」
ですよね。残念。本物だったら沢山拾ってチョコレート代に当てようと思っていたのにな。
<さてみなさん!ブルガリアナショナルチームの入場です!>
ブルガリアサポーターの熱狂的な拍手に迎えられて真紅のローブを纏った選手たちが箒に乗って入場してきた。
『興奮するわね』
「えぇ!」
私とレギュは座りながらも身を乗り出すようにして座っている。
<続いて、アイルランドナショナルチーム!>
緑のローブを纏った選手たちが入場してくる。
私とレギュは他の人たちに負けないくらい強く拍手する。
私もレギュも学生時代に戻ったような興奮具合だ。
審判の紹介がされ、4つのボールが空中に飛び出す。ホイッスルが吹かれ、試合が開始された。
一糸乱れぬ連携プレー。プロ選手の素早い動き。
『さすがプロの試合は迫力あるわよね!2回目とはいえ興奮しちゃうっ』
「あ!アイルランドが先制しそうです!」
『ホントだわ!やった!ゴーーーール!!』
私たちは興奮でもはや座っていられなかった。
私とレギュは顔を見合わせ、そしてゴールを決めたトロイに向かってぴょんぴょん跳ねながら手を振る。
速くなる試合運び、ますます荒々しくなるプレー。
アイルランド 130 対 ブルガリア 10
荒々しいどころか凶暴になっていくプレー
下ではレプラコーンとヴィーラが乱闘を起こし、審判の箒の尾には火がついて燃えている。
万眼鏡を左右上下に動かす私とレギュ。
そして―――――
『見て!スニッチを見つけたみたいだわっ』
アイルランドチームのシーカーのリンチが地面に向かって急降下していった。
クラムも追いつきリンチの横に並ぶ。
鼻を負傷しているクラムの鼻からは赤い血が線のように流れている。
頑張れ、クラム!
私はいつの間にかクラムを応援していた。
地面にあと数メートルと迫る2人。
リンチが地面に激突した。
私は彼の痛みを想像して顔を歪めながらも、心のもう半分では彼の勇姿に盛大な拍手を送っていた。
<クラムがスニッチを取りました!試合終了――――!>
スコアボードが点滅して
アイルランド 170 対 ブルガリア 160
と映し出した。
私とレギュは歓声を爆発させた。
思わず抱き合ってお互いの背中をバンバン叩きながらアイルランドの勝利を祝福する。
「予想外の展開だったけど、勝ったわね!」
『えぇ。でも、クラムは勇敢だったわ』
興奮しながら喋っている間に優勝杯の授与やウィニング飛行が終わり、この語り草になるであろう試合は幕を下ろしたのだった―――――
スタジアムから吐き出された私たちはキャンプ場へと向かう群衆に巻き込まれた。
『ここからは油断できないわね』
「そうですね」
ランタンを手に持ちながら頭上をシューっと飛んでいくレプラコーンたちを避けるのに首を縮めながら話す。
結局、何も起こらずに私たちは自分たちのテントへと到着した。
「ユキ先生!」
声がして横を見ると、ハリーやウィーズリー一家、ハーマイオニーの姿があった。
「すっごい試合だったね」
未だに興奮した面持ちでロンが言う。
「先生ったら聞いてください。ハリーとロンったらヴィーラにだらしなーく顔を緩ませちゃったんですよ。ボックス席の柵までよじ登ろうとしちゃって」
ぷくっと膨れながらハーマイオニー。
「「師匠」」
フレッドとジョージが駆け寄ってきた。
その手にはチャリンチャリンと音が鳴る袋を持っている。彼らはそれを掲げて破顔した。
「実は、賭けに買ったんだ!大儲けさ!」
「僕たちにはビックな計画があるんだよ。楽しみにしてて」
弾むようにそう言い「「おやすみ、師匠、イヴァンカさん!」」と彼らはウィーズリー一家のテントへとアイルランドの国家を歌いながら消えていく。
みんなも私たちにおやすみを言いながらテントの中へと入っていった。
『そろそろイヴァンカはテントの中に入って準備して』
「分かりました」
レギュはテントの中へ入っていき、そしてブルガリア魔法省の闇払いであるグライド・チェーレンの姿になって出てきた。慣れているこの姿のほうが戦いやすい。
因みに、このグライド・チェーレンは実際にいるマグルで、ある時に大量に髪の毛を入手したそうだ。
『ポリジュース薬で変身を?』
「えぇ。余計な魔力を使わずに済みますからね。頂いたポリジュース薬改良版はとても使いやすいです。ありがとうございます」
『良かったわ』
「これからどうします?」
『紅茶でも飲みながらテントの前で待っていましょう』
「ずいぶんと優雅だ」
『直ぐに泥臭い、血生臭い思いをするのよ。今くらい優雅に過ごしたって罰は当たらないわ』
薪に火をつけて、椅子に座り、紅茶を飲みながら爆ぜる薪をぼんやりと眺める。
『観客たちの誘導は魔法省に任せて私たちはあくまで死喰人たちを倒すことに専念しましょう』
「上層部の死喰人だけを狙ったほうがいいでしょうか?」
『きっとそうは出来ないわ。敵だと判断したら片っ端から倒していく方がいい。もちろん、上層部を見つけたら彼らを優先的に倒すけどね』
風が騒々しい歌声を運んでくる。まだそこかしこを飛び回っているレプラコーン。
そして待つこと数十分後。
人々の楽しげな笑い声と話し声の中に、私はバーンという剣呑な爆発音と悲鳴を聞く。
『来たわ』
「良くわかりますね」
私のように異常に聞こえる耳を持っていないレギュの目にはまだ楽しそうに談笑している魔法使いの姿しか映っていない。
だが、私の耳には聞こえていた。爆発音と悲鳴。
『影分身の術』
ポンと私の影分身が二十数体出てくる。
『走れ!何があるか見て報告を』
私の影分身は人の間を縫って凄い勢いで駆けて行った。
そして1分ほど後にパチンと私の中に先ほど様子を見に行かせた影分身の記憶が送り込まれてくる。
『死喰人がテントに火をつけて回りながら歩いてくる。誰かウィーズリー一家にこの事を知らせてきて』
影分身のうち1体がウィーズリー一家のテントへと走って行った。
直ぐに、慌てた様子でアーサーさんがテントから出てくる。
「まさか!そんなことが!」
『アーサーさん、子供たちを森へ逃がして下さい。私の影分身を1体、子供たちの護衛につけますから』
「それは有難い」
『私たちは先に死喰人たちの元へ向かいます』
「えぇ。私たちも上の子たちを起こしたら直ぐに」
アーサーさんがテントへと戻っていったのを見てレギュと顔を見合わせる。
「行きましょうか」
『そうね。もしはぐれたら事態の収束後、約束した場所で会いましょう』
「故意にはぐれないで下さいね、先輩」
『はーい』
何かが奇妙な明かりを発し、大砲のような音を立てながら近づいて来るのが見えた。
魔法使いたちが一塊になって、杖をいっせいに真上に向け、キャンプ場を横切って、こちらへと行進してくる。
魔法使いたちは全員フードを被り、仮面をつけていた。
『私もいつもの面をつけたいところだけど、死喰人と間違われて撃たれたら面倒だわ。せっかくグライドの分の仮面も持ってきたのに……』
「それはどうも。でも、残念がっている場合じゃないですよ。数十メートル先に死喰人が迫っているの見えてます?」
『見えているわ。さて、どいつからやっつけてやりま……あれは何?』
死喰人の集団の上に宙に浮かんだ4つの影が浮かんでいるのが見えた。その影はもがいている。
4つの影のうち、ふたつは小さかった。
魔法使い達が笑いながら浮かぶ影を指差し、次々と行進に加わった。死喰人たちの数が膨らんでくる。
「あれは……」
『ロバーツさんだわ!』
「という事は、あれはロバーツさんの家族ですね。酷い……女性のスカートを捲れ上がらせてあんな姿に!」
根っからの英国紳士であるレギュは目を燃えるようにして怒っている。
「早く下ろして差し上げないと!」
『えぇ!』
私たちがロバーツ一家の方へと走り出した時、あちこちからバシンッ、バシンッと姿現しの音が聞こえてきた。
魔法省の役人たちがやってきたのだ。
私は走りながら宙返りをして忍装束に着替えた。
ロバーツさん一家の下にいる死喰人たちの人数は先程よりも膨れ上がっていた。
その周りに現れた魔法省の役人たちは何とかしてロバーツさん一家を下ろそうとしていたが、彼らが落下してしまうのではないかと心配して何も手を打てないでいる。
『私に任せて下さい!』
私は私の影分身8体と一緒に地を蹴って5メートルほど飛び上がった。
私の目にロバーツさん一家を宙に浮かせている4人の死喰人の姿が映る。
私と影分身は1人がもう1人の足を持ち、その死喰人たちに向かって体を投げつける。
私と他3体の影分身の体は飛んでいき、ロバーツさん一家を宙吊りにしていた死喰人たちに蹴りを入れる。
その間に死喰人たちをなぎ倒しながら輪の中心へと向かっていた私の影分身4体がロバーツさん一家をそれぞれ受け止める。
突然現れた私と影分身たちに唖然とする死喰人たち。私はそんな彼らの顔を思い切り殴りつけながら輪の中から抜け出た。
『あなたたち、魔法省の役人?』
手近にいた魔法使いに声をかける。
「は、はい」
『じゃあ、この人たちお願い』
手近にいた4人にロバーツさん一家を手渡すと、彼らは頷きあってその場から姿くらましした。
『ファッジ大臣!』
「!?おや!雪野先生!?」
『生死問わずでいいですね?』
「え?」
『だから、どっちですか?死喰人を生かして捕まえるか、殺しても大丈夫か、です』
若干イライラして聞く私の言葉を聞いて、バチンッ。死喰人の輪の中から姿くらましの音が鳴った。
私はファッジ大臣に背を向けてクルリと振り返る。
『待ってらんない。火遁・火炎砲!』
印を組み、大きく口を膨らませて口から炎を噴き出す。
死喰人たちのローブに火が燃え移り、ぎゃーという悲鳴が上がる。私の忍術を皮切りに、両者一斉に戦闘へと突入した。
ロバーツさん一家を人質に取られていない今、魔法省側を縛るものはない。
「ステューピファイ!」
隣のレギュからも呪文が発せられる。
打ち合われる呪文。
私の影分身たちは死喰人たちの中に突入していって、体術で死喰人たちを倒していく。
バタン、バタンと倒れる死喰人、魔法省の魔法使い。噴き出す血、呪文が当たって吹き飛んでいく体。
『レギュ、ここは雑魚ばっかりだ』
「そのようですね」
『どこに幹部が……』
その時だった。
パチンとシャボン玉が弾けたような音と共に私の頭に記憶が流れ込んできた。
森に死喰人の幹部を探しに行かせた影分身の記憶だ。記憶は死喰人の幹部と思われる人たちが森で集まっている様子だった。
『死喰人の幹部と思しき人たちが見つかったわ。行くわよ、グライド!』
「はい!」
私たちは前線を退いてまだ焼けていない、しかし、人のいないテントの間を縫って走った。
やがて森の中に入る。
『はぐれないように手を繋いでおきましょう。出来るだけ私の足についてきて頂戴』
レギュの手を取って暗い森の中をひた走る。
観客たちは森の奥へと逃げたようで、遠くから声が聞こえるだけで、私たちが今いる場所は思ったよりも静かだった。
「はあっ、はあっ」
レギュは私の足に頑張ってついてきてくれている。
死喰人の幹部が集まっている場所までもう少しだ。そう思い、レギュに励ましの言葉をかけようとした時だった。
私は足を止める。
数十メートル先、人影が見える。
1人だけ群衆と離れてしまったのだろうか?とも思ったが、何か様子がおかしい。
私は影をじっと見つめる。
「どうしました?」
『数十メートル先に誰かの影がある』
「誰です?」
『そこまでは見えない―――っ!?』
その影が手を挙げたと同時にシューっと音がした。
何かが森を突き抜けて空へと昇っていく。
私たちはハッと息を呑んで空に現れたものを凝視した。
「闇の印――――ユキ先輩!」
間に合うだろうか?分からない。
でも、とにかく私は走った。
影の男が体を捻ろうとするのが見える。
私は苦無を取り出し、思い切り投げた。
「―――くっ!」
『逃すか!』
「その声……また貴様か……な!あれは!!」
男の影が上を向いたのが見えた。
私も男の視線を追って空中を見上げる。
『ぷっ。グライド、ナイス』
私はニヤリと口角を上げた。
蛇を口から出した緑色の髑髏は、羽根つきの帽子を被り、緑色の髑髏はピンク色に変わり、舌からは蛇ではなくお花が吐き出されていた。
「馬鹿にしやがって『火遁・火炎砲』チッ」
私は走りながら術を発する。
ゴオオォと私から噴出された火が辺りを明るくする。しかし、
『逃したか……』
苦無は刺さったらしいが長距離から投げたから傷は浅いだろう。火炎砲もどうやら届く前に姿くらましされてしまったようだ。
「ユキ先輩」
『レギュ、ありがとう。私はあいつに深手を負わせることは出来なかったけど、あいつにはレギュが上げた髑髏を見せつけてやることが出来たわ』
「あいつは誰だったのでしょう?」
『あいつの声、聞いたことあるわ。確か名前は……』
「そ、そこにいるのは誰ですか?」
大きな声が森に響いた。知っている声だ。
『そこにいるのはハリー!?』
「そうです!ロンとハーマイオニーも……」
『伏せなさい!!』
ハリーたちの傍にいた私の影分身の声が森にガンと響いた。
その途端、
「「「「「「「麻痺せよ!!」」」」」」
20人ほどの声が辺りに轟いた。
『しゃがんで』
「うわっ」
失神光線が本体である私とレギュの頭上を通り抜けた。
「危ないところでした。ありがとうございます」
『どういたしまして』
レギュがこちらへとやってくる人々をチラと見てから私に視線を向ける。
「どうします?死喰人の幹部のところに行かないと。奴らが逃げてしまいます」
『そうしたいけど、そうもいかないみたい。あそこに現れたのは魔法省の役人みたいだわ』
あちらに行かないと私たちが闇の印を上げたと疑われかねない。
『私の影分身を行かせることにする』
杖をこちらへと向けた誰かがこちらへと歩いてくるのを見ながら私は影分身を急いで出し、送り出す。
「そこにいるのは誰だ!」
『ホグワーツ忍術学教授、ユキ・雪野』
「ブルガリア魔法省、グライド・チェーレンだ」
「雪野先生だって!?」
私たちは抵抗しないというように両手を上げた。
「お2人共、こちらへ来て頂きましょう。いや、しかし、雪野先生が何故ここへ」
ぶつぶつと呟く男性に首を傾げながらも私とレギュは
『もちろん』
「抵抗はしません」
と抵抗しない意思を示した。
杖を突きつけられながら魔法省の魔法使いの集団とハリーたちの方へと歩いている時だった。
ガサリ ドスン
横で音がした。
『今のは何?』
「おっと。動かないで下さい、雪野先生。誰かにこちらにきてもらいますから。おーい。誰か来てくれ」
走ってきた魔法使いが音がした場所を覗き込む。すると、そこには失神した屋敷しもべ妖精がいた。
「何がいったいどうなっているんだ?雪野先生といい、クラウチさんの屋敷しもべ妖精といい……」
私たちに杖を突きつけている男性がブツブツ呟く。
『あの……何故私のことを?お会いしたことありましたか?』
「あ、すみません。私はエイモス・ディゴリー。セドリック・ディゴリーの父親です」
『なるほど……』
そうこうしているうちに私たちは魔法省の魔法使い達と合流した。
「あなた方が犯人だな!」
輪の中に入った途端にクラウチ氏に怒鳴られる。
『違いますよ』
「断じて違います」
「違う?では誰が?この子供たちには闇の印を打ち上げる力もないし呪文も知らないだろう。ここにいたのが証拠だ。この2人を魔法省に連行しろ!しかし何故だ!?何故この女は2人いるんだ!?」
混乱と興奮した脳でクラウチ氏が叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待って下さい、クラウチさん!」
アーサーさんが私たちとクラウチ氏の間に割って入ってくれた。
「雪野先生はたった数年前に異世界から魔法界にやってきた人です。闇の印の呪文なんか知るはずがない。そうですよね?2人にはここにいた理由があるはずです」
全員が私を見たので、私は、私の影分身が死喰人の幹部たちがこの先の森で集まっているのを見たので、そこへ行くためにここまで来たと話す。
「まだ他にも……!」
ウールのガウンを着た魔女が口を塞ぎながら言った。
「それは本当ですか?」
『えぇ、アーサーさん。既に私の影分身を向かわせてあります。ですが……どうやら逃げられたみたいです』
「どうして分かるんです?」
『私の影分身が帰ってきたので』
視線を向けると、魔法省の集団の後ろに私の影分身が走ってこちらへ駆けてくる姿が見えた。
「さっきの場所にはいなかった。周辺も探したけど、姿くらましした後だったみたい」
「おぉ!3体目の影分身だ!セドリックが言っていた通り面白い術ですな!」
ディゴリーさんが興奮したように叫んだ。
まだ私たちに杖を向けているが、その目は既に私たちを疑ってはいないようだった。
『私はここにやってくる時、1人の人物を見ました。そいつが闇の印を上げた犯人です』
「ほら!僕たちが言った通りでしょ!」
ロンが叫ぶ。
ディゴリーさんはようやく私たちに向けていた杖を下ろしてくれた。
「しかし……」
おずおずとした声に全員が振り返る。
そこには先ほど屋敷しもべ妖精を抱き上げた魔法使いがいた。
「これはどう説明したら良いのでしょう?」
「ウィンキー!」
足元にウィンキーを置かれたクラウチ氏は身動きもせず、無言のままだった。
みんなウィンキーに釘付けだった。ウィンキーの手には杖が握られていたからだ。
「僕の杖だ!」
ハリーが叫ぶ。
「まさか―――そんな―――こんなはずはない、絶対に……」
クラウチさんが狼狽している間にディゴリー氏が意識を回復させる呪文を唱えた。
大きな目をキョロキョロと動かし、身を起こすウィンキーの手からディゴリー氏が杖を奪い取る。
「杖が最後にどんな術を使ったか簡単に調べる方法がある。プライオア・インカンタート!直前呪文!」
ディゴリー氏が吼えるように言った。
杖の合わせ目から蛇を舌のようにくねらせた緑色の髑髏が飛び出した。
「さて」
ディゴリー氏がウィンキーに厳しい目を向ける。
「あ、あたしはなさっていません!」
「そうよ!ウィンキーは無実だわ。私たちが聞いた声はずっと野太い声だったわ!」
ハーマイオニーの言葉に私も頷く。
『私は闇の印を上げた男に苦無……武器を投げつけました。傷は浅かったかと思うがその男に武器は当たりました。闇の印を上げた男は実在します』
結局、闇の印を上げた男は実在して、ここにいる者の犯行ではないと結論づけられた。
ウィンキーは運悪くその男の近くにいて、杖をたまたま拾ってしまい、魔法省役人たちが放つ失神呪文に当たったという事だ。
「しかし、それならウィンキーは真犯人のすぐ近くにいたはずだ!しもべ、どうだ?誰か見たか?」
一層激しく震えだすウィンキー。
ウィンキーはゴクリと唾を飲み込み、震えながら言う。
「あたしは誰もご覧になってはいません……だれも……」
ウィンキーの言葉によって、その場はようやくお開きになったのだった――――――
***
「どう思います?」
森の端にあった為、死喰人からは焼かれずに、幸運にも人々にも踏み荒らされずに済んでいたテントへ戻る。
『ウィンキーは嘘をついている確率が高いわ』
私はくるりと宙で一回転してマグルの服に
戻りながらレギュに言った。
『相手の目を見ない、瞬きの回数が増える。指を意味もなく動かしていた。嘘をつく人物の特徴よ』
「では、何故ウィンキーはその誰かを言わなかったのでしょう?」
『それは、多分……自分の仕える主人だったから……』
「どういうことです!?」
『思い出したのよ。あの声……私、1度聞いたことがあるわ。バーテミウス・クラウチ・ジュニア……』
「本当ですか?!」
『私の記憶が間違いないならそうよ。あの声、覚えている。1度、アルヴァニアの森で戦ったことがある』
「魔法省に言うべきでは?」
『でも、証拠がないわ。アルヴァニアにはダンブルドアからの命で行ったわけで、魔法省は関わっていないから……レギュ?』
「まさかバーテミウスが脱獄していたとは……」
『どうなっているのでしょうね?謎が尽きないわ』
まさかクラウチ氏に問うわけにもいかないし……と、私とレギュはテントの中、重苦しい溜息を吐き出した。