第5章 慕う黒犬
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3.このひと時は
ノクターン横町。
ここはノクターン横町でも人目のつかない裏路地。
そこに3人の人間がいた。
1人は狐の白い仮面をつけたユキ・雪野。大男に変化したレギュラス。そして死喰人の下っぱがいた。
死喰人の下っぱは両袖を路地の壁に苦無で縫い付けられて、ブルブルと震えていた。
「やめてくれ!も、もし、もし、裏切りが知れたら闇の帝王様に……死喰人のお偉方に知れたら何をされるか……!」
『それは私たちには知ったことじゃないの。さあ、私を見なさい』
めんどくさそうな声音でユキが言い、ユキは男の額に杖を突きつけていた。
ユキの眼は闇より暗く、男を震いあがらせる。
女相手になんて様だ……!
そう思うが男は恐れから抵抗出来なかった。情けなく震えるだけ。
ユキは男の顎を掴み、ぐいっと動かし正面を向かせる。
ぎゅっと両目を瞑った男を見てユキはめんどくさいと言ったように舌打ちをする。
『目玉くりぬかれたいの?』
「ひっ」
『脅しじゃないわ。私は本当にやるわよ?』
男の額につきつけられていた杖がぎゅっと押し付けられる。
コイツは本当にやるつもりだ……!
男はユキの冷たい言い方にそう感じた。
死喰人たちは組織化されていた。死喰人の上層部は、自分の配下を持っており、卿からの言葉を必要に応じて自分の配下に伝える。
そして今回、ユキたちが見つけた男、フェンリール・グレイバック配下のこの男はグレイバックからクィディッチワールドカップについて"何かをするよう"指示を受けていたようであった。
本当は、ユキは房中術でクィリナスかセブルスからクィディッチワールドカップで起こることを聞こうとしたのだが、失敗してしまい、こうしてノクターン横丁で情報収集をしているのだった。
ユキは暗部時代に見せていた暗く感情のない瞳を男に向ける。
「頼む……」
『命までは取らないわ』
にこり、ユキは仮面の中で暗部独特の笑みを口に浮かべながら口を開く。
命は取らない。
男はその言葉に最終的にほだされた。揺れる眼でユキの瞳を見返す。
ユキはしてやったりと仮面の下で口角を上げながら呪文を唱える。
『開心・レジリメンス』
低い声でユキが呟くと同時に男は体に電流が流されたかのようにビクビクっと体を震わせた。
ユキの頭の中に入っていく男の記憶――――
『へえ……そう』
「何か分かりましたか?」
図体の大きなレギュラスが見かけには似つかわしくない口調でユキにそう問うものだから、ユキはクスリと笑う。
『自分の姿と口調は合わせないと』
「―――っ先輩!危ないッ」
レギュラスの言葉にユキが首だけ振り向くと、先程まで開心術をかけられていた男は路地の壁に縫い付けられていた腕をどうにか服を裂きながら解いて、ユキの首を絞めようと襲いかかってくるところであった。
しかし――――
ドスン
ユキはポンとその場で飛び上がりながら男に回し蹴りをお見舞いする。
そして、仮面の中では口角を上げただけの何の感情もこもっていない顔をしながら男に再び杖を向ける。
『オブリビエイト』
単純作業をこなすようにユキは呪文を唱える。
男が完全に伸びきったのを確認したユキは仮面を取り、暗部独特の表情から少し変わって少々つまらなそうに男を見下ろした。
『全く手応えのない奴だったわね』
「いいことじゃないですか」
『そうだけどさ。何ていうか……こう手応えが無さすぎると腕がなまりそうで』
ふぅ、と息を吐き出しながらユキは肩を竦める。
「取り敢えず情報は掴めたんです。今日はこれで良しとしましょう」
『そうだね。行こうか、レギュ』
ユキは杖フォルダーに杖をしまいながら言う。
「それにしても……あなたという人はつくづく敵に回したくない人ですね」
地面に伸びきった男をやや哀れみのこもった目で見てからレギュラスは視線をユキに向ける。
『それは誉め言葉?』
「そうですね。ぎりぎり褒め言葉です」
苦笑しながらレギュラスは答える。
「行きましょう」
レギュラスはそういいながら変化を解く。
そして胸の前で印を組み、もう1度変化。
煙の中から現れたのはグライド・チェーレンの姿。
その隣のユキはクルリと空中で一回転して魔女の服装に着替える。
2人は長いローブを着込み、フードを顔が隠れるようにすっぽり被り、伸びた男のいる路地裏から出ていく。
バチンッ
2人は同時に姿くらましして、ノクターン横町から姿を消した。
2人が向かうのはレギュラスのアパート。
ユキとレギュラスはアパートに入り、初めて固くなっていた表情を緩める。
『探し回ったかいがあったわね。グレイバックの手下は有益な情報を持っていたわ』
上機嫌にユキが言う横ではレギュラスがヤカンを杖で叩き、水を沸騰させながら紅茶を淹れる準備をしている。
「座って下さい、ユキ先輩」
『ありがとう』
こぽこぽと2人分の紅茶を淹れたレギュラスは目でグレイバックの手下から何の情報を得たか教えて欲しいと促す。
『あいつが持っていた情報は、闇陣営が再び表舞台に戻ってきたと示すパフォーマンスをするということよ』
「パフォーマンスですか?」
『えぇ。クィディッチワールドカップが終わった後に、奴等はキャンプ場を襲い、闇の印を空に打ち上げる予定みたい』
そう言ってユキはレギュラスが淹れてくれた美味しい紅茶に口をつけた。
『それから闇の印を打ち上げる意味はヴォルデモートが力を失ってから急に態度を変えて、今まで自分たちがしてきた悪行はヴォルデモートに強要されたものだと言っていた者たちへの脅迫の意味があるみたい』
「そうですか……しかし、どちらにしてもキャンプ場は大混乱に陥るでしょうね。死者も出るかもしれない」
『そうね。どうしたものかしら……影分身を最大人数出しても奴等の動きを封じるのは難しいかもしれない』
「ダンブルドア校長はどうお考えなんでしょうね……」
『ダンブーは何も手を打たないかもね……むしろ、魔法界に危機感を持たせるために敢えて放置するように思えるわ』
「確かに……あの人ならそういう考えをするかもしれませんね」
苦い顔をしながらレギュラスは呟いた。
2人は暫し、各々の考えに浸りながら紅茶を飲む。
「あ、そうだ、ユキ先輩」
レギュラスが思い出したように顔を上げた。
「本当にテントは僕と同じテントでいいんですか?」
『えぇ』
遠慮気味に言うレギュラスに対してユキはハッキリと答える。
『作戦を考えるにしても、動き始めるにしても、同じテントにいた方が何かと便利でしょ?』
肩を竦めて何てことないように言うユキに少し面白くなさそうにレギュラスが口を開く。
全く男として見られていないように感じられて面白くないのだ。
「僕に襲われないか……とか考えたりしないんですか?」
『あら。私を襲うの?命知らずね』
ユキはレギュラスにニコリと笑ってから自分は忍であった時に任務では男性と隣同士で寝ることなどしょっちゅうだったと言った。
「そうですか……」
『レギュは馴れないことだから緊張してしまうかもしれないけど我慢して。これから先、こうして動くことが増えると思うわ』
はっきりプライベートはプライベート、任務は任務と分けているユキを見て、レギュラスは自分とは違い、戦いの中に身を置いてきたユキの姿を垣間見た気がしたのだった―――
『私たちがワールドカップ会場で死喰人たちに対抗して出来ること、それは、死喰人の勢力に対抗する勢力もあるのだと見せつける事だと思うの』
どれだけの死喰人がキャンプ場に集まるか分からない。
その彼らを1人ずつでも倒すこと、そして1番大事なのは闇の印が打ち上げられた時、それを消し去ることが重要だとユキとレギュラスは話した。
『闇の印を打ち上げる呪文は知っている?』
「知っています」
元死喰人だったレギュラスだ。もちろん呪文について知っていた。
「闇の印が打ち上げられたら闇の印を消し去る呪文を打てばいいのでしょうか?」
『うーん。それだとちょっと、インパクトに欠けるわね』
思い切り派手に闇の印を消してやろうとユキは言う。
「と、言うと?」
そう聞くレギュラスにユキは悪戯っぽくニタリと笑う。
『私が考えているのはね、闇の印をこう、ピンク色に変えてしまうの。髑髏には羽根つきの帽子を被せて、舌からは蛇じゃなくてお花を吐き出させてやるのよ』
楽しそうに言うユキの対面ではレギュラスが口角をピクピクっと痙攣させている。
「あなたは死喰人に喧嘩を売るつもりですか?」
まったくこの先輩は……と呆れながら言うレギュラスの耳に届いた冷たい声。
『えぇ。売るつもりよ』
低く、背筋がぞっとするような声。
レギュラスは表情を固まらせて目の前の元暗部を見た。
暗部独特の笑み
上がった口角
一瞬笑っているように見えるが、しかし、その瞳の色は闇よりも暗く、見るものを恐怖の淵に追いやる目。
「……分かりました。やりましょう」
レギュラスの口は自然とそう動いていた―――
***
クィディッチワールドカップ当日。
私は自室の鏡の前で悩んでいた。
何の服で行くか悩んでいるのである。
『魔女の服で行くべきか、着物で行くべきか……忍装束は……これはいかにも戦いますって感じだから却下ね』
私は自身の姿でクィディッチワールドカップに行くつもりでいた。
変化で魔力を裂いている余裕はないとの考えである。
その代わり、ワールドカップ会場内に沢山いるであろう生徒の目を考慮してレギュには女性に変化してもらうことになっていた。(本人は初めえらく抵抗していたが……)
私は何度か鏡の前で服を当ててようやくニコリと微笑んだ。
『和服を着て無駄に目立つのは良くないわね。魔女の服で行きましょう!』
私は深緑の踝丈の服に、ドレーブの美しいローブを着て、検知不可能拡大呪文のかけられたバックを持って、いざ出発だ。
バチンッ
待ち合わせ場所はダイアゴン横丁の漏れ鍋前だった。
待ち合わせ10分前についた私だったがレギュは既に漏れ鍋の前にいた。
『早いわね、レギュ』
と声をかけた私はレギュを見て首を傾げる。
何故マグルの服装?
『ええと……』
「やっぱり魔女の服で来ましたね」
今回のワールドカップは世界中の魔法使いがいっぺんに同じ場所に集まる。なので万が一マグルに見られた時に備えて、マグルの服装で会場に来るようにとなっていたらしい。
裏ルートからチケットを入手した私には注意書の紙はなく、チケットだけしか持っていなかったため、こういうことになってしまったのだ。
『すみません……』
「いえ。僕の方もユキ先輩に確認しておくべきでした。でも、さて、このままでは行けませんね」
そう言うレギュの顔はどことなく楽しそう。不思議に思っていると、
「町に服を買いに行きましょう」
とニコリと笑ってレギュが言った。
「まだポートキーの時間まで1時間ありますしね」
私はオロオロしているうちにレギュに腕をエスコートされるように取られていた。
「会場では女の姿に化けなければならないんです。今この一時だけでも、男として貴女の側にいさせて下さい」
パッと熱を持つ頬。
私は私の顔を見て品よく笑うレギュに何も言えずにエスコートされるままダイアゴン横町へと向かったのであった。
チリリン
店の戸に取り付けてあった鈴が鳴る。
そこはマグル洋服とマグル製品を取り扱うダイアゴン横丁では珍しい店だった。
「いらっしゃいませ」
明るい女性の声が聞こえ、奥から店主がやってくる。
「この人に上から下までマグルの服を揃えてあげたいんです」
そうレギュが言うと、店主は微笑みながら「もしやワールドカップに?」と聞いてくる。
『えぇ。そうなんです。それなのに私ったら魔女の服装できちゃって……』
「問題ないわ。うちには豊富にマグルの服が揃っていますもの。さあ、さあ、中へ入って。彼氏さんもご一緒に」
『か、彼氏さん!?』
「あら、違うの?」
『いえ、その……』
なんだか『ただの知り合いです』とわざわざ言うのもおかしな気がして私がモゴモゴ言葉を濁らせているうちに私の手は店主に取られて奥へと連れて行かれた。
「さあ選びましょう」
楽しげに言葉を跳ねさせる店主を横に私は立ち尽くす。
目の前には2段になってズラーーと服が並べられていたのだ。
どうしよう。この中からどうやって選べば……
ラックにかかっている服は色々でどれを選べばいいか迷ってしまう。
セブとロンドンにデートに行った時はすみれ色のアンサンブルニットに下は長めの灰色のスカートだった。だが、今回はワールドカップに行くのだ。もっと活発的な服装の方が良いだろう。
そう考えているとスっと横から服が取られた。
「これなんかどうですか?ユキ先輩に合うと思います」
レギュが手にとったのは新緑の緑のような色のレースのついたチュニックだった。
「色が白いし、似合うと思います」
そう言ってくれるレギュの横顔はやや頬が赤らんでいてこちらまで照れてしまう。
『う、うん。じゃあ、これにする!』
私は恥ずかしさからレギュから奪うようにその服をもらい、自分の胸に押し付けた。
下はジーパンにしてお店の中で着替えさせてもらうことに。
靴もスニーカーというぺったんこの走りやすいものを購入して、着替えて出てくると、レギュが私を上から下まで見て、満足そうに頷いた。
「よく似合っています」
『ありがとう。えっと、お会計はいくらに……』
「もう払ってあります」
『……へ』
「だから、僕が払っておきました。さあ、時間もありません。ポートキーの場所に急ぎましょう」
『――っ!ありがとう!レギュ』
私はにこやかな店主に見送られながらマグル用品専門店を後にしたのであった。
『ふう、間に合った』
既に女性に変化したレギュと共に姿現しをしたのはグレゴリード・ヒルという丘の上だった。私たちが来る前には既に、丘の上に何人かの人がいた。その何人かの中に古く錆びたフライパンを持った人物がいる。
「あの……ええと……もしかしてそれがポートキーですか?」
相手の出方を探るようにレギュが言うと、相手もこちらがマグルではなく魔法使いと分かったらしい。破顔して「そうみたいだ」と言った。
そこにいた魔法使いの家族と暫く私たちは当たり障りない話をして時間を潰した。
そして1分前。
「そろそろ時間ですね」
懐中時計で時間を確認してレギュが言い、みんなでポートキーに手を伸ばす。
3秒……2秒……1秒……!
前にブルガリアに行った時にも感じたが、この感じは何度やっても慣れない。
急におへその裏側がぐいっと前方に引っ張られるような感覚に襲われる。両足が地面を離れた。
風の唸りと色の渦の中を、全員が前へ前へとスピードを上げて進んでいった。
私の人差し指はフライパンにくっつき、磁石で引っ張られ、前進させられているようだった。
そして―――
急に視界が安定した。
『おわわ』
私は急に回転が止まったせいで体勢を崩しそうになる。
「ユキ先輩、僕の手を取って」
そう言われるのと同時に私の手はレギュに取られた。
体が安定する。
私たちは空中を散歩するように宙で足をゆっくりと動かしながら地面へと降りていった。
ストン、と地面に足を着く。
「10時7ふーん。グレゴリード・ヒルからとうちゃーく」
間の抜けたアナウンスが聞こえた。
目を向けると目の前に疲れて不機嫌な顔をした魔法使い2人が立っていた。
1人は大きな金時計を持ち、もう1人は太い羊皮紙の巻紙と羽ペンを持っている。
『ぶっ。あの2人の格好』
「ユキ先輩!笑ったら聞こえちゃいます」
小声でレギュに嗜められてどうにか笑いを押し殺す。
2人ともマグルの格好はしていたが素人丸出しだった。
時計を持った方はツイードの背広に下はスリーラインの入ったジャージを着ていたし、もう1人の方はポンチョの下から女性物のロングスカートが覗いていた。
「使用済みポートキーを回収します」
レギュが使用済みポートキー用の大きな箱にフライパンを投げ入れた。中を見るとサッカーボールやら長靴やらが入っていた。
色々なものがポートキーの役割を果たしているのね。
羊皮紙を持った男の人は私たちのキャンプ場を探すから少し待つように言い渡す。
「ここから四百メートルほどあっち。歩いて行って最初に出くわすキャンプ場だ。管理人はロバーツさんという名だ」
『「ありがとうございます」』
私とレギュは羊皮紙を持った男性が指さした方角に歩き出す。
道は荒涼たる荒地だった。
霧で前がほとんど見えない。
「こういう時でもユキ先輩は前が見えたりするんですか?」
夜目が効く私にレギュが尋ねる。
『流石に霧の向こうまでは見えないわよ。あ、でも……前の世界には白眼と言って発動中はほぼ360゚の視界と透視、望遠能力を得る術を使う一族がいたわ』
「いろいろな人がいたものですね」
『そうね。面白かったわ。ただ、それを戦いに使わなくちゃいけない環境にいたっていうのが残念な話だけどね』
「……他にはどんな一族が?」
『そうね……』
ものの20分ほどそんな話をしているうちに、目の前にゆらりと小さな石造りの小屋が見えてきた。その脇に門がある。
その向こうに亡霊のように白く、ぼんやりと、何百というテントが立ち並んでいるのが見えた。
テントは広々とした傾斜地に立ち、地平線上に黒々と見える森へと続いていた。
私たちは小屋の戸口へ近づいていく。
戸口には男が1人、テントの方を眺めて立っていた。
『あの人マグル?』
「えぇ、そうです。ですからお行儀よくして下さいね」
『私はいつでも行儀いいわよ!レギュったら!』
話していると男性がこちらに気がついた。
「おはようございます」
『おはようございます』
「おはよう」
マグルの男性も挨拶を返してくれた。
「ロバーツさんですか?」
「あいよ。そうだが。そんでおめぇたちは?」
「雪野です。テントをひと張り、3日前に予約しましたよね?」
「あいよ」
ロバーツさんはドアに貼り付けたリストを見ながら答えた。
「おめぇさんたちの場所はあそこの森の傍だ。1泊だけかね?」
「そうです」
「そんじゃお代を」
私は慌てたが、レギュは冷静だった。
カバンから財布を取り出し、スマートにマグルのお金で宿泊代を払ってくれた。
「お前たちはまともな人……外国人じゃねぇみたいだな」
「と、言うと……?」
「さっきからポンチョにキルトを着た者や、タイヤのホイールキャップぐれえのでっけえ金貨で払おうとした奴もいてな」
私たちはおじさんの前でから笑い。
みんなもっとマグル学を真剣に学ぶべきだわ!
私は今まで会った係員やここから見えるテント前で談笑している魔法使いたちを見て思った。
ロバーツさんからキャンプ場の地図をもらって私たちはテントを借りた場所まで移動する。
私たちは長いテントの列を縫って歩き続けた。
ほとんどのテントはまともに見えたが、残念なテントもある。
テントに煙突が突き刺さっているものやベルを鳴るす引き紐がテントの入口につけられているものもあった。
たどり着いたのはキャンプ場の一番奥の一角だった。空き地に「雪野」と書いてある。両隣は既に来ているらしくテントが張ってある。
「競技場はこの森の奥ですから良い場所ですね」
『そうね……えっと、レギュ?そろそろ敬語はやめましょう。それから名前も偽名で呼ぶことにしましょう。誰かに聞かれたら変に思われるでしょうから』
「そうですね。分かりました……えっと、分かったわ」
『ぷっ』
「ちょっ、あなたが言い出したんですから笑わないで下さいよ!」
『ごめんー。でも、レギュの顔で女言葉使っているの想像したら笑えてきて』
私がぷぷぷっとなっていると隣のテントが開いた。
私はそこから顔を出した2人に釘付けになる。
『フレッド!ジョージ!』
「「ユキ先生だ!!」」
双子は飛ぶようにして私たちの前にやってきた。
「やっぱりユキ先生だった!」
「空き地に“雪野”って書いてあったからもしかしたらってみんなで話していたんだ」
『ウィーズリー一家は勢揃いなのね』
「そうなんだ。みんながこのテントに入り切るか心配だよ。あと、それからハリーとハーマイオニーが一緒に来ているんだ」
そう言うフレッドの横でジョージがみんなを呼んでくるとテントの中に入っていった。
テントの中から出てくる顔、顔、顔。
私は久しぶりに会った生徒の顔に顔を綻ばせる。
「久しぶり!ユキ先生」
『ハリー久しぶりね』
いつものようにハグを求めるハリーに応じてハグをする。
「雪野先生、お久しぶりです」
『お久しぶりです、アーサーさん』
ロンたちのお父様と握手を交わす。
私は生徒たちの視線に気がついた。みんなが見ているのは私の隣にいる人物、レギュだ。
みんなの視線に気がついたレギュは花のようにみんなに笑って見せる。
「はじめまして」
男の子たちの顔が一斉に紅潮した。
黒髪に黒い瞳を持った女版レギュ。綺麗と可愛いを足して2で割ったようなべっぴんさん。レギュが忍術で女性に変化した姿だ。
『紹介するわね。私の友人よ。学生時代にブルガリアで癒者の勉強をしていた時に知り合った子なの』
「イヴァンカ・ミハイロフよ。よろしくね」
女性変化レギュと握手をしている男の子達の目はみんなハートだ。レギュったら罪作りね。
「ユキ先生、イヴァンカさん、テント張りをお手伝いしますよ。ここでは極力魔法を使ってはならない。マグル式でのテント設営は女性2人ではなかなか大変ですから」
私たちはアーサーさんの申し出に甘えることにした。
私は野外で寝ると言ったらテントなんか張らない地べた寝だったし、レギュも自信がなさそうだったからだ。
テントふた張りを張り終えたウィーズリー一家とハリーたちの手際は良かった。あっという間にテントを張ってくれた。
『ありがとうございます』
「もうすぐ昼食です。一緒にいかがですか?」
私たちはその申し出を受けた。
せっかく隣同士になったのだ。それに、レギュはハリーに好奇の目を向けていた。やはり“あの”ハリー・ポッターだ。気になるのだろう。
「向こうに水道があるので水を組んできます」
『私も行くわ』
ハーマイオニーと一緒に腰を上げる。ハリーとロンも一緒だ。
水道へ行く道すがらシェーマスとディーンにも会った。彼らのテントは緑色のミツバのクローバーでびっしりと覆われていた。
『派手な装飾ね』
「アイルランド代表のシンボルだよ。先生ももちろんアイルランドを応援するでしょう?」
キラキラした目に否とは言えない。私はちゃんとアイルランドを応援するわと彼に言ってその場を離れる。
『この様子だとブルガリア側も派手に装飾しているでしょうね』
そう言うと、
「いえ、ブルガリア側のテントはそこら中に写真を貼り付けてあったんです」
ハリーが答えた。
「あ、そこがブルガリア側がたくさんいるテントですよ」
ロンが指差す方を見る。
『あら、クラムじゃない』
「え!?先生、ビクトール・クラムを知っているんですか!?」
ロンが興奮した口調で言った。
「去年行われたヨーロッパカップで彼をダームストラングの校長先生から紹介されたのよ」
「いいなぁ……」
まるで恋する乙女のようにぽ~っとなるロンに私たちは苦笑い。
そうこうするうちに水道が見えてきた。キャンプ場の隅にある水道には既に何人か並んでいた。
『ぶふっ』
その列を見た途端、私は吹き出してしまう。
その列に並んでいた人たちはみんなどこかしら可笑しかった。
特に可笑しかったのは、上半身はベビードールを着て、下はタイトなスカートを履いたお爺さんだった。
魔法省の役人と言い争いをしているそのお爺さんは
「儂は大事なところに風が入る服しか着ないぞ!」と大声で叫んでいる。
私、ハーマイオニー、ハリーは大爆笑。
一人マグル社会をよく知らないロンだけが不思議そうな顔をしていて、それを見て更に私たちは笑い転げた。
テントに戻った私たちは美味しい昼食を談笑しながら食べる。
「ウィーズリーさんですか?」
昼食後のお茶を飲んでいるとアーサーさんにお客様がやってきた。
頭にクィリナスがつけていたようなターバンを巻いている男性だ。
「空飛ぶ絨毯の輸入禁止についてお話したいのだが……」
「うぅ。何度も申し上げた通りなのですが、でも……あちらでお話しましょう」
アーサーさんは私たちの輪から抜けてターバンの男性と歩いて行った。
『お父様、お仕事大変なのね』
「でも、父さん、このクィディッチワールドカップをとても楽しんでいるよ。マグルの製品をたくさん使う機会があったからね」
ジョージが困ったものだと言うように肩を竦めて言ったのだった。
夕方が近づくにつれてキャンプ場が興奮で高まりつつあるのが感じ取れた。
空気が期待で打ち震えているようだ。
夜の帳が降りると、最後の慎みも吹き飛んで、あちらこちらで各チームのシンボルが空へとあがった。魔法省の役人たちはもうお手上げだというばかりにげっそりした顔で私たちの横を通っていく。
行商人があちらこちらに姿現しした。
光るロゼット、アイルランドは緑でブルガリアは赤。
それから踊る三つ葉のクローバーがびっしりと飾られた緑のとんがり帽子。本当に吠えるブルガリアのスカーフ。
私も去年買ったアイルランドの三つ葉がついた帽子を取り出してかぶる。ん~テンション上がってきたー!
「あ、あそこのセールス魔ンが持っているのなんだろう?」
瞳をキラキラさせながらハリーたちが走っていく後ろ姿を見送る。
『イヴァンカもロゼッタくらい買ったらどう?』
「結構です。僕……私はそんなものいらないわ」
レギュが私のキラキラ緑色に光る帽子を見ながら溜息を吐いた。
『試合が終わるまでは何も起こらないんだもの。楽しみましょうよ』
「目がそうは言っていませんよ」
『あら?よく見ているのね』
「先輩のその目。学生時代に見慣れていますからね」
ユキは大勢が行き交うキャンプ場に視線を移した。
「あいつらと普通の人と、見分けはつくんですか?」
『だいたいね。剣呑な雰囲気を纏っているから。でも、ゴングが鳴るのは試合の後。今は大人しくしていましょう』
「そうですね。今は、大人しく……」
『この楽しい時間が壊されるのは腹ただしいわ』
「はい」
でも、事前に止める手段はない。
事が始まったら全力で止めに入ると決めている私たちは楽しそうな顔で行き交う人々を見ながらこれから起こる出来事に思いを馳せる。
その時、どこか森のむこうからゴーンと深く響く銅鑼の音が聞こえ、同時に木々の間に赤と緑のランタンが一斉に灯り、競技場への道を照らしだした。
『このひと時だけは楽しみましょうか』
「えぇ。このひと時だけは……」
レギュと私は立ち上がり、興奮気味に声を上げてはしゃぐハリーたちと共に森の中へと入っていった。