第5章 慕う黒犬
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2.房中術
パチリ。目が覚める。
私は暫し動かず天井を見つめていた。そこには見慣れていた2段ベッドの上段はない。クィリナスは出て行ったからだ。
顔を横に向ける。そこにもベッドはない。シリウスも同じようにこの部屋を出て行ったからだ。
久しぶりの1人で使う1人部屋。
私はいつもと変わった日常に慣れない頭で体を起こす。
『今日から鍛錬、強化した方がいいかな』
夏の太陽がまだ昇っていない暗い窓を見ながら独り言を言う。
クィディッチワールドカップで死喰人たちが動き出す。それは、これから魔法界が本格的な暗黒の時代へと突入することを意味していた。
『あら。もういる』
私が忍装束に着替えていつも鍛錬している丘の上に行けば、私の姿に変化したクィリナスの姿が既にあった。
「おはようございます、ユキ」
『おはよう、クィリナス』
「実は、残念なお知らせがありまして……」
そこまで言ってクィリナスは言葉を切った。
彼が向いた先にはシリウスの姿。自分自身の姿で丘を上がってくる。
『おはよう、シリウス』
「よっ。朝ってのはいつも眠ぃもんだな。早起きはいつまでたっても慣れねぇ」
ふああと欠伸をしながらシリウス。
『そんなに大口開けたらせっかくの男前が台無しよ』
「お、分かってるじゃねえか。俺の魅力」
ニヤリとシリウスが口角を上げる。
「しかし、それ以外何の魅力もないですけどね。こいつは犬並みの脳みそ……否、犬の方が賢いかもしれません」
「んだとクィリナス」
「ふん」
こうした朝のやりとりは毎日のこと。
私は苦笑いでそのやりとりが終わるのを見届けてから先ほどクィリナスが言おうとしていたことを促す。
「この朝の鍛錬を終えたらダンブルドアの命で任務に向かうことになりました。今回は短期ですが……淋しいです」
私はクィリナスの言葉にピクリと反応する。
『ねぇ、もしかしてその任務、クィディッチワールドカップに関する任務では?』
私はクィリナスの瞳が僅かに動揺するように動いたのを見逃さなかった。
『ダンブルドアはあなたにどんな役割を与えたの?』
自分の意志とは関係なく暗部独特の微笑みを浮かべながら問うが、クィリナスは首を振った。
「流石に任務内容までは言えませんよ。他言無用だとダンブルドアには言われていますから」
「いくらあなたにでも……」とクィリナスは言葉を濁す。
『そうよね……』
任務内容は極秘である場合が多い。そして秘密だと言われた内容は命に代えて他言無用なのだ。
クィディッチワールドカップで何が起こるのかしら?
闇の印が左腕に浮かび、リトル・ハングルトンへ行ったセブ
セブはヴォルヤローから死喰い人たちがクィディッチワールドカップで何をすると知らされたのだろう?
そしてその内容をダンブルドアに持ち帰り、ダンブルドアは熟考してクィリナスに指示を与えた。
クィリナスはセブがヴォルヤローからどんな命令が出たのか知っているはずだ。
私が女暗部だったらな……
――――お前は顔の表情筋が死んでいるからな。房中術は覚えなくていいぞ
――――??……はい
暗部生まれ、根っからの暗部育ちであった私は房中術には向いていないと担任のハヤブサ先生に言われており、一切房中術の勉強をしてこなかった。
一方の女暗部部隊と呼ばれていた女だけで組織されていた部隊は房中術を身につけ、暗殺を行っていた。
私は昨年度、身体的にも精神的にも余裕があったため、向こうの火の国から持ってきた術書を読む時間を持てていた。
その本たちの中にあった房中術書。
その本の中に書いてあったのは、女の色気を使って男の口を割らせ、情報を聞き出す古来からある方法であった。
もしくは男女が愛を交わすとき。一番男性が無防備になる時を狙って暗殺をする。
女暗部部隊は房中術に長けてなければならない。
こんな事を暗部時代に耳にしたことがあった。
自分には関係のないことだからと何の関心も持っていなかったがこれはなかなかに便利な術ではないかと私は思う。
とは言っても愛想もへったくれもない私には今から頑張っても身につけられない術だろうけどね。
でも、やってみる価値はあるか……
私は目の前の、私を好きだと言ってくれた彼を見る。
私は呼吸を整えるように数度呼吸を軽く繰り返し、クィリナスを見た。
クィリナスが私に小首を傾げる。
私は口元に笑みを作って見せて、サッと彼との間合いを詰めた。
ビクリと跳ねるクィリナスの体。
私は彼の肩に手を置き、耳元にそっと口を寄せる。
『クィリナス、私でもダメなの……?』
「っ!?ユキ……!?」
『ダンブルドアは酷いわね。私のことなんか信用してくれない。何も話してはくれない』
でも……と上目使い。
『あなたなら教えてくれるでしょ?』
クィリナスの喉仏が上下したのが見えた。
私は術書を思い出しながら彼の瞳を覗き込み、目を乾燥させるようにして、涙を出し、ウルウルした瞳を演出する。
『教えて……?ダメ……?』
「わ、私は……その、あの……」
クィリナスは真っ赤になって私から身を離そうとする。それを私はぐいっと彼の手を掴んで止め、彼の手を私の腰に回させる。
クィリナスの顔がぼんやりと熱に浮かされたように変わった。もう一息だ。
本の内容を思い出しながら、私は性感帯の一つである耳たぶをそっと撫でる。
ピクリと震えたクィリナスが息を吸い込む。
「は、話せません……!」
拒絶するクィリナスを軽く睨む。
『酷いわ。嫌いになりそう……』
「ユキ……!そんな……!」
クィリナスが目に見えて動揺する。
『誰にも話さないわ。ダンブルドアだって、あなたが私にこの事を言ったとは気づくはずないでしょう?』
「そうですが……」
『情報が欲しいの。私は組織に所属していない。今の魔法界で何が起こっているのか知りたいの。情報が欲しいのよ』
トン、と彼の肩に自分の頭を乗せる。
『頼りになるのはあなただけ……』
甘く囁く。
クィリナスが息を止めたのが分かった。
私は顔を上げて彼の顔を覗き込む。
そして私は内心でほくそ笑む。
クィリナスは私の術に落ちていた。
彼の震える唇から震えた言葉が小さく漏れる。
「ダ、ダンブルドアからは……」
『!?!?』
私は何かを言おうと口を開けたクィリナスからくるりと反転して背を向けた。
飛んでくる呪文。
「ステューピファイ!」
『呪術分解!……くぅ。この駄犬がッ』
振り向けば目を吊り上げたシリウスが立っていた。
『もう少しで成功するところだったのに!』
ギリリと奥歯を噛み締めながらシリウスを睨みつける。
「駄犬言うな。それになーお前、今クィリナスにやろうとしてたの房中術だろっ」
図星を刺されてぐっと喉を詰まらせる。
シリウスもあの本読んでいたのね。迂闊だったわ……。
昨年度、私の部屋に軟禁状態だったシリウスは暇過ぎて私が火の国から持ってきた本を読み漁っていた。その中に私が今使っていた房中術の本もあったらしい。
『成功間際だったのに……それに種明かしまでして……!』
「ハンッ。ダンブルドアの秘密を守れたんだ。俺は何も悪い事なんかしていないぜ」
シリウスが鼻を鳴らして言う。
一方のクィリナスは夢から覚めたような顔で私を見ていた。
「房中術とは……?」
げっ。と私は仰け反る。
しかし、ここまでシリウスに種明かしされてしまっては房中術がどんなものかクィリナスに知れるのも時間の問題。
私は房中術をクィリナスに説明する事になってしまう……
そして、房中術の説明を聞き終わったクィリナスの反応は―――
「何て素敵な術でしょう!!」
私の説明を聞き終わったクィリナスが感極まったと言った声で叫んだ。
「お前、ユキの説明聞いてたか?大事な情報を抜き出されようとされていたんだぞ?」
呆れた目でクィリナスを見るシリウス。
一方のクィリナスは熱に浮かされたような目で私を見ていた。
「ユキ!私はあの術ならいくらかかっても問題ありません。否、大歓迎です。そもそも私はあなたの下僕なのです。秘密と言われても任務内容をあなたに教えて何の問題があるでしょう!」
クィリナス……
白い目でクィリナスを見る私とシリウス。
『ヒッ』
問題発言をしながら何処かへ行っちゃっているクィリナス見ていると、ツカツカと近づいてきた彼にスっと私の手が取られた。
「ダンブルドアが私に与えた任務の内容をお聞きになりたいのですよね。今すぐにお答えいたします―――呪術分解!」
クィリナスが呪文を忍術で弾き返しながら私の前から消えた。
呪文を発したシリウスに臨戦態勢を取っている。
「てめーは本当にしょうもねぇ奴だな」
シリウスが胸の前で印を組みだした。
「雷遁・雷撃!」
シリウスの手から雷が放たれた。その攻撃をクィリナスはかわしながら胸の前で印を結ぶ。
「土遁・土石流」
今度はクィリナスの攻撃。クィリナスの目の前の土が盛り上がり、まるで生きているかのようにシリウスに襲いかかる。
クィリナスの攻撃を避け、今度は魔法を放つシリウス。それを弾き、別の忍術を打ち込むクィリナス。
二人の争いは徐々に激しくなっていく。
これはもう、聞ける状態じゃないわね。
私はクィリナスに任務内容を聞くのを諦め、
『影分身の術』
影分身を2体出し、私自身も朝の修行を開始したのだった。
『はあ、はあ、はあ』
本気の自分自身×2と戦うのは毎度毎度命懸けだ。
鍛錬を終えた私の体はすねの骨にひび割れ、左の腕に大きな火傷をおっていた。
地面に横たわり、荒い息の中からゴホゴホと咳をし、口に溜まった血を地面にぷっと吐き出す。
「おーい。生きてるか?」
『どうにかね。そっちは?』
視線を横に向けると、ボロボロの姿に変わったシリウスとクィリナスの姿が見えた。今回の彼らの怪我は軽そうだ。
『影分身の術』
私は少々傷ついてボロボロになった、出していた2体の影分身を消す。
そして新たに2体の影分身を出した。2体の影分身の内1体を自分用に、別の1体をクィリナスとシリウスのところへ向かわせた。
影分身は本体の私のようにボロボロではない。怪我をしていない状態だ。
しかし、影分身に入れるチャクラ(魔法)の量が少ないため、直ぐに消失してしまう。
私の影分身たちは消えてしまう前にと急いで持ってきていた魔法薬をリュックから取り出して治療を始める。
このくらいのヒビなら数時間で治るわね。
そう見当をつけながら身を起こすと治療を終えたらしいクィリナスが私のもとへとやってきた。
「残念ですが時間です。行かねばなりません」
『うん。気をつけて』
「どんな任務であったかは帰ってきてからお教え致します」
「教えんなよッ」
「ふん。私の勝手だ。口を挟むな馬鹿犬が」
「なんだとっ!?」
『ほらほら2人とも落ち着いて。クィリナス、もう行かないといけないんでしょう?』
「そうでした」
クィリナスはシリウスをひと睨みしてから私に向き直る。
そして、優雅に礼をして「任務が終わったら直ぐにあなたの元へと帰ってまいります」と言って、くるりと身を反転させ、ホグワーツの敷地外へと歩いて行った。
その後ろ姿を影分身の治療を受けながら見ていると、治療を終えたシリウスがやってくる。
「ユキ」
『ん?』
「お前な~~~~」
『うわわっ』
シリウスが突然私の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回した。
『な、何するのよ!』
「何をしたいのか聞きたいのはこっちの方だ。クィリナスに不死鳥の騎士団の重要事項を聞き出そうとするなんざ何を考えているんだ!?」
私はシリウスに肩を竦める。
『だってシリウスだって気にならない?』
シリウスも不死鳥の騎士団の団員だ。気にならないはずはない。
シリウスは私の言葉にうっと言葉を詰まらせている。しかし、直ぐに元に戻って「ダンブルドアを裏切る行為だぞ」と私を叱る。
『私は不死鳥の騎士団の団員じゃないわ。情報は何処からか仕入れなくちゃ』
「そう言うならお前も不死鳥の騎士団に入ればいいだろ?ダンブルドアもお前なら歓迎すると言ってたじゃねぇか。入団したら今回の事も教えて頂けたかもしれねぇし……」
どかりと私の横にシリウスが座りながら言う。
私は地面に生えていた草をブチリと苛々を抑えるように抜き取って投げ捨てた。
『私は組織が嫌いなのよ』
私の口からは予想以上に不機嫌な声が出た。
シリウスは怪訝そうな顔をしながら私の顔を見て、続きを話すように表情で促す。
『ダンブルドアは優秀で有能な魔法使いよ。それは私も分かっている』
この世で最強の魔法使いと称されるダンブルドア。
それは彼の魔法の力が強いこと以外にも理由があった。
その
それは、膨大な情報を集め、よくよく熟考し、先の先まで考えて計画を練り、ありとあらゆる可能性を考えている部分にあると思う。
時に残酷なほどに冷静に、目的に向かって計画を練り、実行する力こそがダンブルドアが最強と称される所以であると私は思っていた。
暗部の創設者でありリーダーであった私の元上司の志村ダンゾウ様。
彼は非常にダンブルドアに似ていると思う。
目的のために冷徹に任務を言い渡すあの方の元で働いていた私。始めの頃は何も考えずに淡々とその任務をこなしていた。
担任ハヤブサの暗殺、ホグワーツの生徒ほどの子も含めた一族の暗殺。
一時は自分でも知らないうちに精神が蝕まれ、精神が崩壊しかけたこともあった。
だが、私は暗部で居続けるために心を固く閉ざした。
任務の度に固く、固く……
そのうちに私には殆ど心がなくなった。
あの時の私は任務成功の事以外考える事がないほど心がなかった。今から振り返れば何と恐ろしいことをしてきたのだろう。
もし暗部にいる時、私の心が今と同じだったなら、私は命令される数々の任務に吐き気がするほど強い嫌悪を覚えていただろう。
しかし、嫌悪しても組織に入り、誰かの支配下に置かれている以上はその任務を断ることは出来ないのだ。
もう2度と誰かの元で働くもんか……!
私は強くそう思っていた。
大きな目的を達成するために行わなければならない残酷で理不尽な任務はきっとダンブルドアの計画上で出てくるだろう。私はそれに関わりたくない。
私は私の良心、自分の気持ちに従って動きたいのだ。
私はこの世界に飛ばされ、日常を過ごすうちにこういう思いを抱いていた。
シリウスは私の暗部時代の話(もちろん担任や子供の暗殺など任務内容は話さなかった)を聞き終わって細い息をふーっと吐き出した。
険しい顔で押し黙るシリウスに私は肩を竦める。
『残忍な女でしょ?今からでも付き合い方を考え直してもらっても構わないわよ』
「そんなことは考えてねぇよ!」
少し怒ったようにシリウスが言う。
「辛かったな……」
今度は小さな声で、私を気遣うように言った。
「どこに生まれたいかは自分自身では選べない」
シリウスが遠くを見つめながら呟く。
若い頃はブラック家というしがらみと戦ってきたシリウス。
彼は私の生まれた境遇に深く同情してくれているようだった。
『そういうわけでシリウス、私はダンブルドアの元に下る気はないわ』
私の真っ直ぐな瞳をシリウスが真っ直ぐに受け止める。
「……確かにな」
ふっと軽くシリウスが息を吐き出した。
「お前の言うことも分かる」
シリウスは私の方を見、口元を小さく上げた。
「そういう理由なら、入るべきじゃないな、不死鳥の騎士団。だがな……組織に入らないってのはなかなか辛いもんだぜ。情報は自分で集めなきゃならねぇんだから」
それから、とシリウスは私のおでこを人差し指でツンと突く。
「クィリナスにやった房中術みたいなこと、やめろ。お前らしくない」
『そうかなぁ。上手くいきかけてたんだと思うんだけど?』
納得がいかなくて自然と私の口は尖る。
「似合わねぇもんは似合わねぇんだ。(ていうか俺が嫌なんだよ!)」
ユキはシリウスの心などいざ知らず、つまらなそうに肩を竦めたのだった。
眩しい朝の光が徐々に熱を持ち始めてくる。
治療を終えたユキは立ち上がった。
『帰りますか』
「そうだな」
朝の鍛錬を終えたユキとシリウスは並んでホグワーツ城に向かう丘を下っていったのだった。
***
『よし、これで終わりね』
「あぁ。お疲れ様だな」
私とシリウスはぐるりと首を回したり、ぐぐっと思い切り伸びをした。
たった今まで来学期の準備を授業教室でしていたのだ。
『これからの予定は?』
「ハリーに手紙を書くつもりなんだ」
『ハリーに?』
ハリーと言えば残念なことがあった。シリウスとハリーは一緒に暮らせなくなってしまっていたのだ。
何故かというと、ダンブルドア曰く、ハリーの家、ダーズリー家にいるリリーの妹、ペチュニアと一緒にいることで、ハリーが成人するまではハリーの母、リリーの「愛の守り」に守られるという事だからだそうだ。
「ハリーからの手紙で、寝ていた時に傷跡が傷んだんだって手紙が来たんだ。それからヴォルデモートの夢も見たと……」
『そう……』
ハリーの傷跡とヴォルヤローとは何か繋がりがあるのだろうか?
『不安がっていると思うわ。十分にケアしてあげてね』
「あぁ」
そう言ってシリウスは私に別れを告げて自分の部屋へと戻っていった。
一方、授業教室に取り残された私はと言うと……
『房中術、いけると思うんだけどなぁ』
朝の鍛錬のクィリナスにした房中術のことを考えていた。クィリナスから情報を引き出すまで後一歩だったのだ。
私は一人ううむと悩む。
あとクィディッチワールドカップで死喰人が何を行うか知っているのはダンブルドアとセブだけ。
ダンブルドアに色仕掛け?ぶるぶるぶる。そんなの無理!情報を聞き出すどころか小説のネタにされるのがオチだ。
それならセブのところよね……
私はセブの所へ向かうことにした。
私のことを好きだと言ってくれたセブにクィリナス。
私を好きだということを利用して彼らから情報を抜き出そうとするのは卑怯な手だ。
しかし、恋は恋、任務は任務。
私はそう割り切ることにした。そうでもしないとこれから先、情報を仕入れる先が少なくなってしまう。
よし、やってやるんだから!
私は教室を出て吹きさらしの廊下を渡り、玄関ロビーに入り、地下牢教室へと続く階段を下りていく。
セブは研究室と自室、どちらにいるかしら?
この時間だったらきっと研究室にいるだろう。そう予想をつけて私は部屋の扉をノックする。
『セブ、いる?』
暫くして足音が聞こえ、キキっと木の扉が軋みながら開いた。現れたのはいつもより血色の悪いセブの顔。
『ちょっと!?顔色すんごく悪いわよ!?』
私が驚くと
「今何時だ?」
そんな質問が降ってきた。
『今は11時。もうすぐお昼前ってとこ……セブったらまた徹夜したのね!』
ぐったりとした様子で「もうそんな時間か」と呟くセブは今回も徹夜したらしい。
『昨日も一昨日も徹夜で最近ロクに寝てないでしょ?いい加減体を壊すわよ?』
そう言うとセブは自分の目を眠そうに擦りながら「説教をしに来たのならば帰りたまえ」と扉を閉めそうになる。
慌てて扉に飛びつく私。
『用事ならあるわよ。入らせて』
私はセブの返事を聞くより先に彼の研究室へと滑り込んだ。
部屋の中はいつもの匂い。私の大好きな落ち着く薬材の匂いに満ち溢れていた。
「真面目な話か?そうでないなら実験をしながら聞く」
素っ気なくセブが言う。
これは落とすのが難しそうね。
私は闘争心がゴゴゴォと燃え上がるのを感じながらセブの後ろをついていく。
椅子に座り、机の上に並べられた試験管と睨めっこしながら羊皮紙に実験結果を書き込んでいくセブ。
真剣な表情……
邪魔をしては悪い気はするが、こちらとて情報を聞き出すのに必死なのだ。房中術を仕掛けさせて頂こう。
胸がやたらとドキドキする……
私はクィリナスの時とは違う胸の鼓動を感じながらも心を平静に持っていき、セブの方へと近づいた。
そっと、彼の肩に手をかける。
私にそんなことをされるとは思わなかったのだろう、弾かれるように顔を上げて私を見るセブの顔が可愛い。まるで学生時代のように幼かった表情に私はクスリと笑みを零してしまいながらセブの回転椅子を自分と対面を向くように回す。
「ユキ……?」
『少し休んだら?今にも倒れそうよ?』
すっとセブの顔に手を沿わせる。ここまでは順調。
私は考える。朝のクィリナスの時は自然な流れで任務の話を持ち出すことができた。でも、今ここで任務の話をセブに持ち出すのは不自然だ。
幻影の術を使おう。
私はセブと瞳を合わせる。
変えたのは周りの景色。セブの私室を見せた。ベッドに座るセブの前に私がいるように幻影を見せる。
ベッドで口が割れる確率が高いと術書に書いてあったからだ。
「ここは……?」
『あなたの私室、ベッドの上よ。徹夜明けの脳で忘れちゃったの?研究室で眠り込みそうになるあなたを私が肩を貸して連れてきたの』
「そう……であったか……」
私は内心ほくそ笑みながら性感帯の一つであるセブの耳に顔を寄せる。そしてかぷりと噛み付く。それと同時にセブの口から呻き声のような甘い声が漏れた。
馬鹿!私が動揺してどうするのよ!
自分で自分を叱りながら、私はセブの体に手を回し、抱きしめた。
『あなたと私は一夜を過ごした後。あなたと私は一夜を共にした後……』
耳元で囁き催眠術をかけていく。
セブの瞳がぼんやりとしてくる。
私は満足げに口の端を上げながらセブの髪をゆっくりと梳く。
『ねぇ、セブ。教えてくれない?ダンブルドアったら酷いのよ。クィディッチワールドカップで死喰人たちが何かをする事までは教えてくれるのに、その“何か”までは教えてくれないの』
私は彼の頬を両手で挟みながら自分の顔をゆっくりと近づけ、自分の額にセブの額をくっつけた。
あぁ!もう!すっごく恥ずかしい!!
でも任務の為。あと少しで房中術の完成だ。
私はセブに答えを言わせるように目の前にある黒い瞳を覗き込みながら囁く。
『教えて。クィディッチワールドカップで何が起こるかを』
「それは……」
『それは?』
「死喰人たちが束となり……」
『束となり?』
よし、もう少し!!
『束となり、どうなるの―――っ!?』
しかし、それは、私が成功を確信した瞬間に起こった。
『きゃあっ!!』
ひゅっと私の体が持ち上がった。
ガシャンとフラスコや試験管がぶつかり合う音が研究室にこだまする。
私は目を白黒させながら目の前のセブを見た。そして、その瞳を見て自分が術に失敗したことを知る。
『嘘……完全にかかっていると思ったのに』
「甘いですな」
ふんと鼻で私を笑ったセブはぐっと私の肩を机に押し付ける。
「まさかお前がこんな事をするとはな。思っても見なかった。面白いものを見せてもらったぞ、雪野」
久しぶりの苗字呼びにセブが真に怒っていることをヒシヒシと感じる。
「我輩も軽く見られたものですな」
『くっ』
セブが更に強く私の肩を机に押し付け、私に顔をぐっと近づける。
「何を企んでおる」
『別に。何も企んじゃいないわよ』
「嘘をつけ!では何故クィディッチワールドカップで死喰人が何をするか、など我輩に探りを入れた?」
『それは……情報はいくらあってもいいからよ。情報の量で勝率は上がる』
「何に勝負を挑むつもりだ?」
しまった。口を滑らせた。
セブが私を睨む。その瞳を私は睨み返す。
絶対に言わないわよ、という意思を込めて。
「吐く気はないか」
『無いわ。だから離してちょうだい―――っ!?』
私の体がビクリと跳ねる。
セブが私の襟をぐっと広げ、胸元に顔を近づけた。
胸にかかるセブの吐息に心拍数が上昇する。
『セブ!?』
「言うまで続けるぞ」
冷たく怒りを含んだ声とは裏腹に、喉元に落とされた口付けは柔らかく優しかった。
ぷるぷると震えてしまう私を鼻で笑ってセブは左胸の乳房にチュッとリップ音を鳴らしてキスをした。
『んっ……』
視線を上げたセブと視線が合った。
片側の口角を上げ、私に見せつけるようにペロリと左胸の膨らみを舐め、蛇が這っていくように左胸から右胸へ舌を這わせていく。そしてブラシャーの上から私の蕾に吸い付いた。
『あっ!……んっ』
思わず出てしまった声に驚きながら手で自分の口元を覆う。
「ふん。これからですぞ?」
それは拷問をする前のようなぞっとする声だったが、その手つきは甘美なものだった。
セブの手は私の襟を更に押し広げる。ブラシャーは全て顕になった。
首筋からツーっとセブの長い人差し指が肌を滑っていき谷間までくる。
私は金縛りの術にあったように動けなくなっていた。
自分で撒いた種。しかも好意を―――恋をしかけている相手に私は強く出られなかった。思い切り彼を突き飛ばすことが出来なかった。
『セブ!ご、ごめんなさいっ』
震える声で私が言う。
「今更遅いぞ。訳を言え」
しかし、セブは手を止めてはくれない。
大きく開いた私の着物の前襟。
セブの手が、私の左胸を下から突き上げるように揉む。
体の奥の方から突き上げてくる感覚。
ビリビリジリジリする感覚に身を捩っていた私だったが、
パッ
急にセブの手が私の胸から離れた。
『!?!?』
拍子抜けする気持ちと同時に襲われた残念だと思う気持ち。
私の肩を押していたセブの手がどかされた。
私は両襟を合わせながら荒く呼吸を繰り返す。
身を起こした私に見せるセブの顔は余裕そのもの。
色っぽく片眉を上げ、私に意地悪く口角を上げる。
「続きが欲しいか?」
『っ!?』
「ならば」
私の首の後ろに手が回り、セブが私に口付ける。
深い、深い、キス
私はその甘美な感覚に立っていられなくなり、セブの背中に手を回してしがみつく。
キスを終えた私たちの口を銀色の糸が繋ぎ、消える――――
「何故クィディッチワールドカップでの死喰人の行動が知りたいか我輩に教えろ」
セブから解放された私は机に後ろ手に手を付きながらセブを上目使いで睨んだ。
完全に形勢逆転だ。
「そんな顔で睨まれる筋合いは我輩にはないはずだが?」
言い返せずにぐっと喉を詰まらせていると、セブが私の顎に手を添え、ぐっと持ち上げた。
「雪野」
『……』
「これは不死鳥の騎士団の問題、それも我輩とダンブルドアだけが共有する情報だ。お前に教える筋合いはない」
負けた。
完全に私の負けだ。
ギリリと奥歯を噛み締めながらセブを睨む私。そんな私を見てセブはふっと笑う。
「何のつもりか分からないが今日は楽しい思いをさせてもらった。ユキ、今日はもう帰りたまえ。それとも何か?先ほどの口づけで腰が抜けて立てぬか?」
カチンとくる言葉だったが今の私はセブの言う通り。腰が抜けて足に力が入らず、ついにはなよなよと座り込んでしまう始末。
「おい、大丈夫か!?」
さすがのセブもこれほど私がセブの房中術によって骨抜きになっているとは知らず、驚いた声を出して私の体を支えた。
「お前は本当に馬鹿だ」
『どうしても聞きたかったのよ。クィディッチワールドカップのこと。ってどこ行くの?』
私を横抱きしたセブが向かう方向はセブの私室。
『セブ!?』
「心配するな。先ほどのようなことはせん。お前が馬鹿な真似をしなければな」
セブが杖を振って私室の扉を開けた。
腰の抜けた私はソファーに下ろされる。
杖を振って紅茶セットを出してくれるセブ。
私は対面に座った彼を居心地の悪い思いで見た。
「さて、ユキ。何故クィディッチワールドカップでの死喰人の動きを知りたいか、また何故、先程のようなお前には似つかわしくない色仕掛けで我輩に迫ったのか、たっぷり聞かせて頂こうか」
先程の続きをしながら白状させてもいいのだぞ?
セブからの脅し。
私室に運んだついでか、止めるはずだった取り調べを再開したセブ。
房中術をかけようとして逆に房中術で返されてしまった私。
私は完全に負けを認め、忍には房中術という術があることを話した。
大仰に溜息をつくセブの前で房中術をかけ損なった私は小さくなる。
「お前のような1に力で訴えるような馬鹿がそんな術を使いこなせると思ったのかね!?」
ガツンと叱りの言葉が降ってくる。
『だ、だって、私だって女だもん。女の色気くらい私にだってあると思ったんだもん』
「我輩の気持ちは無視してか」
暗く、絞り出すような声に私はハッと顔を上げる。
『わ、悪いとは思ったわよ。でも……これは任務として行ったの。私はクィディッチワールドカップで死喰人たちが何をするかどうしても知りたかった』
セブの黒い瞳がじっと私を見つめる。
嫌われたろうか……
自業自得だが胸が痛む。
胸の痛みに耐えていると、先程からされていた質問、何故クィディッチワールドカップでの死喰人の動きが知りたいか再び問われる。
『それは決まっているじゃない。チケットが手に入ったからよ』
「そうか……」
本当はセブと2人で行く予定だったクィディッチワールドカップ。少しだけセブが寂しそうに眉を寄せた。
「1人でも行く気だったのか」
『ノクターン横丁で聞いたの。死喰人たちがクィディッチワールドカップで何かをするって』
「お前1人で何が出来る。死喰人たちが何をするかまでは言わんが、ワールドカップにはたくさんの死喰人が集まる。お前1人でどうこう出来るようなものではないぞ」
『それでも、私は行くわ。もしかしたら、ヴォルヤローも来るかもしれない。死喰人の先鋭が来るなら何人かは倒しておきたい。少しでも、被害を小さく抑えたい!!』
セブは長い溜息を吐いて私を見た。
「お前は我輩が止めても行くのだろうな」
『行くわ』
私はそう言った瞬間胸を痛ませた。セブが酷く悲しそうな顔をしたからだ。
「不死鳥の騎士団に入る気はないのか?」
私はシリウスに話したと同じようにセブに自分が不死鳥の騎士団に入らない理由を話す。
『私は単独で動くわ』
「ユキ……」
セブが立ち上がった。
そして私の前までやって来て、私の手をぐっと引いた。自然と私の体はセブの体にすっぽりと包まれる。
「我輩の気持ちが、お前には分かるか?」
耳元で震えた声。
「いつも危険に向かっていくお前を……お前を失うかも知れないといつも不安に思う我輩の気持ちを、お前は知っているのか?」
私を抱きしめているセブの力がぎゅっと強まる。
私は胸を熱くしていた。
こんなにも思ってくれていることへの幸せ。
『ごめん、セブ。房中術なんかかけて』
「それはいい。あれはあれで面白かった」
『ごめん、セブ。いつも無茶ばかりして』
「それは、やめてくれ。寿命が持たない」
私は顔を上げてセブの顔を見上げた。
セブルスは愛おしさと悲しさの入り混じった複雑な瞳でユキを見つめている。
『セブ、こんな私でごめんなさい』
セブが優しく私の頭を撫でた。そして、そっと私の頬に添えられた手。
私はその手の上に自分の手を重ねる。
私を信じて
ユキはそんな思いを込めながらセブルスの瞳を見返す。
『もう、クィディッチワールドカップでの死喰人たちの話は聞かないことにする。でも、私は行くわ。魔法界の平和を守ることも、生徒たちが安心して暮らせるホグワーツへと繋がる』
決然と言うユキにセブルスはかける言葉がない。
ただ、苦しげな表情でユキを見るのみ。
セブルスにユキを止める手立てはないのだ。
まずはワールドカップ……やるべきことをやらねば……
ユキは心配するセブルスの思いを受け止めながらも心の中で決意を固める。
魔法界に、ホグワーツに平和を……
ユキはセブルスの手の上に重ねていた手を下ろし、握手に変え、燃える闘志を目に宿し、彼に示した。