第5章 慕う黒犬
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1.リドルの館
リドル家の人間が50年前に住んでいた屋敷、リトル・ハングルトン。
この屋敷が豪華な屋敷だったのは50年も前のこと。今ではこの屋敷は荒れ果て、庭には雑草が生い茂り、館は朽ちかけていた。
しかし、この屋敷を守っていた男がいた。50年前、リドル家の3人の住人を殺害した嫌疑をかけられた男、フランク・ブライスという男だ。
この男はリドル家一家殺害容疑で一度捕まったが、証拠不十分で無罪放免になっていた男だった。
この男は自由の身になってからもこの屋敷の敷地内にあるボロい小屋に住み、老体を動かして庭の手入れをしている男であった。
そんな男がある日、ふと目を覚ました。何かを感じ取ったのか、はたまた寒さで起きたのかは知らない。
「今日は冷える……」
フランクは起きたついでに湯たんぽにお湯をいれに行くことにした。杖をつき、屋敷へと向かっていると、屋敷に明かりが見えた。
どこかのガキどもが肝試しに来ているに違いない。
追い払ってやらにゃあいかん。
フランクは悪い足を引きずりながら屋敷の中へと入っていった。
痛む足を許す限り急いで駆け上がり、光の漏れている部屋の前まで来た。
フランクは扉にジリジリと近づき、薄く戸が開いている場所から部屋の中を覗き込んだ。
「もう1度死の呪いを……我が忠実なる下僕よ。ハリー・ポッターは我が手中にある」
「ご主人様、ハリー・ポッターなしでもお出来になるのではないでしょうか?別の子供を代わりにしては?」
「ハリー・ポッターなしでだと……?」
フランクの耳に身の毛もよだつような笑い声が聞こえてくる。
「お前は俺様の面倒を見るのが面倒になったのか?」
「め、滅相もございません!我がご主人さま!」
「では、馬鹿なことを言うな。ハリー・ポッターを使うのには前にお前に話していた通り理由がある。他の奴は使わぬ」
その後、痛い沈黙が訪れた。
ハリー・ポッターという子供の命が危険に晒されている。フランクは杖を震える手で握り締め、その場から去る機会を伺い始めた。
その時だった。再びふたりの会話が始まる。
「あぁそうだ、ワームテール……お前、あのユキ・雪野に会ったそうだな。どうだった。俺様を、絶頂の力を持っていた時の俺様を殺しかけた女の姿は?」
「
「ククク……面白い女だ。そして―――邪魔な女だ!」
バリンとガラスが砕けるような音。
ヴォルデモートの怒りの声で空気が凍りつき、震えた。
その瞬間、フランクは恐れおののき、手に持っていた杖を落としてしまった。
しまった。と思った時には遅かった。
「どなたか立ち聞きをされているようだな、ワームテール。招き入れて差し上げろ」
フランクの目の前の扉が開く。
そこには鼻の尖った、色の薄い小さい目をした白髪交じりの小男が、恐れと驚きの入り混じった顔で立っていた。
しかし、フランクが見ているのはピーターの方ではなかった。
その後ろ、後ろ向きの誰かが座っているソファーの隣に犬のように丸まっている優に4メートルほどもある大蛇のほうだった。
「ナギニ、餌の時間だ」
恐怖で開けられた眼。
フランクはナギニの餌食になり事切れた。
「バーティ・クラウチ・ジュニアよ」
「はい、我が君」
部屋の影から1人の男が火の光の届くところへ進み出た。
「我が忠実なる下僕よ。お前には期待している」
「ありがとうございます閣下」
「あのユキ・雪野という女を殺せ」
ヴォルデモートはあの日の憎しみを込めてバーティに告げる。
膝を折り、胸に手を当てて頭を垂れるバーティは
「御意」
と芯のある声で主の命を受けたのだった。
***
リトル・ハングルトンで惨事が起こっている頃、ホグワーツ魔法学校の忍術学教師、ユキ・雪野は夜更かししながら実験をしていた。
『セブ、
「ふむ。いいかもしれんな」
ユキとセブルスは時間を忘れてお互いの趣味である実験を楽しんでした。新しい薬の調合である。
ユキはセブの方をチラと見た。
真剣な眼差しに端正な横顔、角ばった細く長い指からは色気が感じられる。
ユキは自分の心臓が早くなるのを感じながら、その感覚を自分の中で味わった。
この気持ちはいつ恋心へと発展するのだろう?
あ、そういえば、恋心という不確かなものはどこまで感じたら“恋心”だと言い切ることができるのだろう?
「なんだ?何か不可解な点があったか?」
じっと見つめられていることに気づき、セブルスがユキに問う。
『ううん。何でもないよ。ちょっと考え事をしていただけ』
「そうか」
『うん……』
薬材を刻み、剃りおろし、鍋を掻き回し、火でヤモリを炙る。そうしながら暫く実験を続けていた時だった。
ユキは『あっ』と声を上げる。思い出したことがあったのだ。
調合に集中し過ぎていて大事なことを忘れていたわ。
今日はコレを言うためにセブに会いに来たようなものなのに。
ユキが実験中のセブルスの部屋を訪ね、流れるままに調合の手伝いをしていたのだが、ユキは本来、セブルスの部屋を尋ねる目的があった。
ユキは片眉を上げて「なんだ?」と顔で訴えるセブルスにおずおずと口を開く。
『ク、クディッチのワールドカップがイギリスで開かれるのは知っているでしょう?』
「あぁ。知っている」
もちろんセブルスは知っているはずだ。何故なら去年セブルスはユキをブルガリアで行われたクィディッチのヨーロッパカップに誘っていたからだ。
そして今年は4年に1度の年。クィディッチのワールドカップがイギリスで開かれる年だった。
ユキは何度か軽く深呼吸をしてセブルスの黒い瞳を見上げた。そして思い切って口を開く。
『も、もしよかったら、私と一緒にクィディッチのワールドカップに行きませんか??』
「フッ」
『何故笑う!?』
顔に手を当てて笑うセブルスにユキはくわっと怒る。
「すまない。お前の顔が余りにも一生懸命だったのでな。少し……面白かった」
『お、乙女の顔を面白かったって!』
プンプン怒るユキの前でセブルスはクツクツ笑う。しかし、笑い終えてから、すまなそうに眉を下げた。
「誘ってくれたこと、嬉しく思う。まさかお前の方からこの話題を持ち出してくれるとは思わなかった。しかし……我輩もお前をワールドカップに誘おうとしたのだ。だが、チケットが手に入らなくてな」
セブルスは残念そうにポソリと呟く。しかし、ユキの方は笑顔である。セブルスに満面の笑みを受けて『チケットなら任せて』と胸を叩いた。
「もしや手に入れたのか?あれはツテがないと入手困難と聞いたが……」
『ツテはないけどね』
ユキはセブルスにウインクする。
『私にかかれば簡単よ。ノクターン横丁に行って、裏ルートを使ってチケットを入手する予定ってムニュニュ!!』
セブルスに頬を引っ張られたユキは突然変な顔にされてご立腹。
「正規ルートを使え!正規ルートを!」
『コネだって裏ルートよ。同じようなもんじゃない』
口を尖らせるユキにセブルスは何も言えなかった。確かに一理有り、である。
『セブが私と一緒に行ってくれるなら、チケット取りに行くわ』
強奪の間違いではないか、と頭の中に言葉が浮かんだセブルスだったがユキの申し出は嬉しい。
「決してノクターン横丁で無理をせぬと誓うならば、その申し出ありがたく受けさせてもらう」
『もう、セブったら言葉が固いよ!それから、私に勝てる奴がノクターン横丁なんかにいると思う?』
「……訂正する。ノクターン横丁で礼儀をわきまえながらチケットの入手をしてくれ」
『あはは、了解!』
ユキもセブルスも嬉しそうに表情を崩しながら残りの調合を続けていったのであった。
そして、調合が終わった後―――――
ユキが時計を見るとちょうど朝食の時間になっていた。今日も徹夜である。
『このまま寝たい気もするけど、お腹が減ったままだと眠れないよね。朝食に行こう、セブ』
「そうだな」
セブルスが調合し終えた薬品をフラスコに入れて栓を閉めた時だった。セブルスの手からフラスコが滑り落ちる。
「ッ!」
『セブ!?』
セブルスは左手の前腕を抑えて、顔を辛そうに顰めた。
『どうしたっていうの?』
「闇の印だ」
セブルスはローブの袖を捲る。そこには髑髏の口から蛇が出ている印が刻まれており、黒く変色していた。
『痛むのね。今楽にするわ』
「いや、この痛みは直ぐに消える。治すほどのものではない。久しぶりだったのでな。驚いてせっかくの薬品を落としてしまった」
残念そうに言うセブルスの言う通り、彼の顔色は徐々に良くなっていった。
『これは?黒くなるのは意味があるの?』
「死喰人たちへの情報伝達手段だ。この印が熱くなったら闇の帝王のもとへ馳せ参じなければならない」
『馳せ参じる、と言ってもどこへ?』
「見ろ」
セブが私に髑髏の印を見せる。暫く見ていると蛇の部分に文章が浮かび上がってきた。
“リトル・ハングルトンへ来い”
蛇の上にはこう書かれていた。
『リトル・ハングルトン……』
「我輩はここへ向かわねばならん」
『二重スパイの仕事ね』
私の顔が緊張で強張る。セブに何かあるかもしれないと思うと胸が苦しくなる。
「そんな顔をするな」
セブはそんな私の顔を見て小さく笑った。が、直ぐに表情を引き締める。
「我輩はこのことをダンブルドア校長に伝えねばならん。それから……」
言いたいことは分かっていた。こうなってはクィディッチのワールドカップなど楽しんでいる場合ではない。
「すまないがここの片付けを任せてもいいか?」
『もちろん』
私は口元だけに笑みを作って、二重スパイという危険な任務を行う彼の背中を送り出した。
『ヴォルヤローの奴、せっかくのクィディッチワールドカップを!セブとのデートを!!』
デ、デート!?
イライラしながら片付けをしていた私は自分で言った言葉に顔を赤くしながら手を止めた。
私ったら心の中で今回のこと、デートだって認識していたんだ。
『デ、デートかぁ……』
行きたいな……
もしかして、もしかすると、ヴォルヤローの用事は大したことはないかもしれない。
セブが関わることではないかもしれない。
どうせダンブルドアはセブがしている二重スパイの内容を私には教えてくれない。もしもセブが行けるようになった時のことを考えておいてもいいのでは?
私は自由にしていてもいいじゃないか。
『よし。チケットを取りに行こう!』
私はブンと拳を上へと突き上げて、ノクターン横丁へと向かったのであった。
『成功、成功』
私は前年度、姿現し、くらましの講習会を受けて出来るようになっていた。と、いうわけで1人でノクターン横丁に姿を現していた。
ノクターン横丁の常連である私は(もちろんナメられないように姿は変化で変えているが)迷わずにチケットを斡旋してくれそうな人物のもとへと直行していた。
『どうにかしてくれよぉ。馴染みだろ?』
「仕方ねぇな」
少し高額だったが偽物ではなく、きちんとしたチケットを手に入れることが出来た。席があまり良くないのは仕方ない。
手に入れただけでも儲け物だよね。
ルンルンと楽しい気分で歩いていると見知った背中。見知った、と言っても知らない大男の背中だが、歩き方、雰囲気がよく知る人物だった。私は間合いを詰めて、男の足に膝カックンをする。
『エイっ』
「うわっ」
『うわって……ぷぷ。こういう大男はここではうおっとかガッとか言うものよ。甘いわね、レギュラスくん』
「ユキ先輩でしたか」
ハアァと安堵の溜息を吐きながらレギュは起き上がる。
『もうすぐノクターン横丁出るし変化解く?』
「そうですね」
私たちは路地裏に入り、変化を解いた。
実はレギュラスはこの1年間、私に会うたびに変化の術を教わっていたのだ。レギュは良い生徒で今では普通に町を歩くことが出来ている。
「ノクターン横丁には何をしに?」
『私はクィディッチワールドカップのチケットを入手しにきたの』
先ほど手に入れたチケット2枚をぴらぴらと振ってみせる。
「お気楽ですね」
『そういうレギュは何しに来たのよ』
「僕はノクターン横丁を彷徨いていた時にたまたま死喰人とすれ違って、闇の印に熱が来て痛がっている姿を目撃したのです。だからその情報収集をしていました」
『レギュ偉い』
「お気楽なあなたとは違いますからね。ちなみにですけど、それってセブルス先輩と行きたいがために取ったチケットですよね。はっきり言わせてもらいます。それは無駄です」
闇の帝王に呼び出されたのにのこのこお気楽にあなたとワールドカップなどに行けるわけないでしょうとレギュにズバッと言われてしまう。
確かにお気楽な考えだけどさ。万が一ってこともあるし……ちぇー
片頬を膨らませていじけていると、チケットがひょいと取られた。驚いてレギュを見ていると、ハイ、と1枚チケットを取って私に渡す。
「ワールドカップは僕と行きましょう」
『はいいいいい!?!?!』
どうしてそうなるの?!と驚いていると、レギュはニコニコ顔から真剣な顔へ。
「実は、ある情報を掴みました」
それは、クィディッチワールドカップで死喰人たちが動き出すというものであった。
私の口角は自然と上がる。
『ヴォルのヤローも来るかしら?』
「それは分かりませんけど、死喰人の先鋭は来ると思います」
『いいじゃない。思いっきり邪魔してやりましょう。クィディッチ楽しむついでにね』
「死喰人をやっつけるついでじゃなくですか?」
『アハハ』
ユキの顔は笑っていたが、その瞳は闇のような漆黒に染まっていたのであった。
***
『結局お昼になってしまったわ』
レギュと持ち物や、待ち合わせ場所を決めて別れ、姿現わしでホグワーツへと戻ってきた私は大きくあくびをしながら正門をくぐった。
もうお昼である。
ユキはこう考えていた。
セブに気持ちが傾きかけている。だが、任務は別だ、と。
今回レギュラスとワールドカップに出かけるのは何もデートではない。死喰人の動きを見るためである。
幼い時から任務の時は男女関係なく寝食を共にしていた。任務中は男性と並んで寝るなど当たり前にして育ったユキである。
セブルスのことはセブルスのこと、任務は任務と、自分の中で割り切っていた。
観音開きの扉を開けると、そこにはミネルバをはじめ先生方が揃っていた。
「朝食は部屋で済ませたのか?」
隣に座るシリウスが聞く。
『セブと実験してて食べ損ねたのよ』
「へー……」
こういう時ってなんて言ったらいいのだろう?私のことを好きだと言ってくれたシリウス。そんな彼を傷つけたくはなかったが、私はこういった種類の嘘が苦手だった。
本当のことを言ってしまい、空気が固くなるのを感じ、もし私が普通の“空気の読める子”だったら何と答えていたのだろうと考えていたらふくろう便がやってきた。
『今の時間に珍しい』
ふくろうは私の目の前にポトンと小包を落とした。手のひらに収まるくらいの大きさだ。小包には封をした手紙もつけられていた。
宛名のないその小包は誰から宛てられたものだろうと包を見ていると、セブとダンブーが入ってきた。
2人とも厳しい顔つきだったが、私たちを見て、ダンブーはいつもの調子で顔を緩めた。
「子供たちのいない食卓は淋しいのう。じゃが、大人だけというのも大人だけの話ができて楽しいものじゃ。のう、ユキ。最近の恋愛話を聞かせてくれんかの?何か進展はないかの?」
『あってもダンブーだけには伝えません』
「ちぇ」
『……(イラッ)』
私がひょっとこ顔で「年寄りをないがしろにブツブツ」と言っているダンブルドアを無視していると皿に料理が現れた。
「それ、誰からのものなんだ?」
『うーんとね』
私はシリウスにポンと小包を投げて渡した。
『さて、これには何の呪いがかけてあるでしょうか?』
私の一言で食事の場が凍りついた。シリウスが思い切り顔を顰めて私を見る。
「本気か?冗談か?……いや、本気だな、これは」
シリウスは小包に杖を向けて呪文を唱え、顰めていた顔を更に顰めた。男前が台無しだ。
「その小包、儂にも見せてくれんかの?」
シリウスが魔法でダンブーの方に小包を飛ばす。
ダンブーはやはりシリウスと同じように顔を顰めて小包から杖先を離した。セブ、ミネルバ、フリットウィック教授、スプラウト教授も同じ反応だった。
『焼却しちゃいましょう』
私は自分の手に戻ってきた小包を手の中で焼却する。灰になったそれは黒煙を上げて上へと伸び、最後に緑色の髑髏……髑髏の口から蛇が飛び出たマークとなって消えた。
「そんな……死喰人の印……!」
ミネルバがショックを受けたように呟く。
私はミネルバに大丈夫だと言うように微笑みながら手紙の方に杖を当てていた。こちらからは何も感じ取れない。
『ねえ、シリウス。一応シリウスも確認してくれない?』
「あぁ」
シリウスも何も呪いは感じ取れないとの事だった。他の先生も同じ。私は手紙を開封する。
手紙を開けばそこには短い文章。
“必ず殺す”
私はこの短い文章を先生たちに告げた。
「ユキ……」
『そんな顔しないでよ、シリウス。私は過去に行ったとき、ヴォルヤローを殺しかけた女よ。そろそろこういった類のものが来るとは予想していた』
何てことないというように肩を竦める私だが、先生方の目は非常に心配そうだった。
どうしよう。こういうの、暗部の時は日常茶飯事だったのにな。
ここの人たちはそれを、心の底から心配してくれている。
そっか……
私はもう暗部の人間じゃないんだ。
先生たちから向けられる目にそう気づき、私の胸は熱くなる。
『みなさん』
私は軽く息を吸い込んで、先生方の顔を見渡して口を開いた。
『ご心配ありがとうございます。ですが、私は元忍、こういう手口に慣れた戦闘のプロ。簡単には殺られません。そして私はホグワーツの教師です。生徒たちのためにも、私はどんな敵からも生き抜いて見せましょう』
私は決然と言い、微笑んだ。
そんな私の体に衝撃が来る。
「バーカ。1人でしょいすぎるな。俺たちがいることを忘れんな。俺たちだって、お前には手を出させない」
シリウスが私の肩に腕を回し、ニッと口角を上げて言う。
「私たちも同じよ。ユキを絶対に傷つけさせない」
ミネルバもそう言ってくれた。
胸が温かい。
私は先生方1人1人の顔を見てから頭を下げてお礼を言ったのだった。
「ユキ」
昼食を終えて、大広間を出た私をセブが追いかけてきてくれる。
『なあに?』
「あの手紙のことだ。油断するなよ」
彼の目から、私を心から心配してくれていることが分かる。私はそれが嬉しくて顔を緩ませてしまいながら頷く。
『うん。どんな相手にも油断はしないよ。忍の3つの病気にもあるからね。恐怖を抱くべからず、敵を侮るべからず、あれこれ思い悩まずってね……ってセブ!?』
バサリと音がして、私の目の前は真っ暗になった。
薬材の香りが私の鼻をくすぐる。
「正直に言おう。お前に何かあったら耐えられん。決して死ぬなよ、ユキ」
私はセブの胸の中で、嬉しさで微笑みながら彼を抱きしめ返し、そして体を離してセブを見上げた。
『それは私も同じ。セブは二重スパイという他の人より何倍も危険な任務についている。私だってセブに何かあったらと思うと胸が張り裂けそうになる。だから、決して油断しないで』
セブの黒い瞳が私を捉える。
周りの音が聞こえなくなる。
何か見えないものに引き付けられるように私たちの顔は近づいていく。
触れそうな唇。
「ステューピファイ!」
「プロテゴ!」
急にセブが振り向いて呪文を叫んだ。
「てめぇユキに何しようとしてたんだ?ああん?」
「くそ……邪魔しおって……」
「何か言ったか?」
「邪魔な駄犬だと言ったんだッ」
「駄犬だと!この陰険コウモリ野郎!」
ビュンビュンと呪文が飛び交う玄関ロビー。
「あら。このふたりは何をしているの?」
観音開きの大広間から出てきたミネルバが目を大きく見開いてセブとシリウスを見る。
「ふぉふぉ。若いとは良いことよのう。それに、ユキは罪作りなことじゃて」
嬉しいような、恥ずかしいような、どこに持っていったらいいか分からないこの気持ち。
この気持ちは何処へ向かうのか。
レギュが行った通り色んな道を通って私の気持ちは行き着くだろう。
私は激しくなっていくこの戦いを見ながらそんなことを思っていたのであった。