第1章 優しき蝙蝠
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12.石のこと
ユキとスネイプの関係はクィディッチの日以来、少しだけ変化があった。
変化と言っていっても甘い雰囲気が漂うわけではない。
クィレルの様子について話したり、魔法薬学について意見を交わしたりと今までより頻繁に会うようになっただけだ。
実験も頻繁に行っていて熱中してお互いの部屋で朝を迎えることもあった。
スネイプはユキに自分の部屋から出ていく時には生徒に見つからないようにと釘を刺していたが、朝帰りの意味が分かっていなかったユキは早起きのハグリッドやフィルチに話しかけられ、誤解を生む発言を連発していた。
そして、うっかり者のハグリッドからグリフィンドールを経由し、噂は尾ひれをつけてホグワーツ中に広がる。
スネイプは噂を全く気にしていないユキを見て面白くない気持ちになる自分がいる事に気づき「まさか」と頭を痛めていた。
クィレルとユキは合同授業のこともあり、二人で過ごす時もある。
はじめはピリピリと緊張感が漂っていたが、ユキはクィレルと過ごすのが嫌いではなかった。
質問すれば闇の魔術や珍しい魔法具の話をしてくれる。
気は抜けないが知らない話を聞くのは楽しい。
それに近くにいた方が彼が何者か知ることが出来るのだ。
初めは何もなかったかのように自分に接するユキを見て、クィレルは戸惑っていたが今はその戸惑いもない。
クィレルも忍術について聞きたかったし、自分の知識が必要とされるのも嬉しい。
何よりユキと一緒に過ごす時間は心地く、楽しかった。
そういうわけで、この二人も上手くやっていた。
***
12月に入り、ホグワーツにも雪が降り積もる。
ユキは一時間目の授業から整った顔に困惑の表情を浮かべていた。
クリスマス休暇も近く、浮き足立って授業に身の入らない生徒が多くなったと感じていたが今日は様子が少し違う。
生徒たちの授業態度落差が大きい。
一つ説明するたびに、女子生徒が勢いよく手を伸ばし質問を投げかけてくる。
普段おとなしい生徒も目を輝かせて質問してくれるのでユキとしては嬉しい。
反対に男子生徒の半分は魂の抜けたような顔になって、ぼんやりとしている。
もう半分の男子生徒はユキと同じように困惑した顔を浮かべていた。
『Ms.チャンどうぞ』
「忍が敵の組織に潜入した時に、敵側の人と恋に落ちることはあるのでしょうか?」
『あってはいけない事ですが、聞いたことはありますよ』
説明していた術と属性についてとは関係ない質問に首を傾げる。
女子生徒の手があちこちであがっている。
ユキはいつも真面目な生徒たちの奇妙な言動に集団で呪いにかかった可能性を見積もった。
昼食をとりに大広間へ向かう途中も質問攻め。
「私たちは絶対にスネイプ教授とくっついて欲しいです!」
『Ms.パーキンソン?いくら寒くても人で暖をとったりしませんよ。たしかに寒い日は屋敷しもべ妖精に一緒に寝てもらうけど』
「げっ。何やってるんですか!?それに、あーちょっと違います。とにかく、私たちはセブ&ユキ派ですって言いたくて」
『???』
応援してます、と言ってスリザリンの女子生徒が駆けていく。
入れ替わりにグリフィンドールの三人組が駆け寄ってきた。
「ユキ先生、スネイプと結婚なんてしないですよね?嘘だよね?」
真っ青なロンが言う。
「ロンあれはフィクションなのよ。それから人目がある時は先生ってつけなきゃダメだわ。また減点されちゃう」
『うーん。普段からつけるように気をつけようね。ところで結婚って?』
「うぅ。僕、先生に結婚して欲しくない」
『ハリー、どうしたの?泣かないで……えーとヨシヨシ』
涙目で抱きついてくるハリーの背中を撫でる。
この動作は落ち込んだ人にするらしい。
ユキはスネイプに抱きしめられて背中を撫でてもらった時すぐに部屋に帰って、この動作の意味を本で調べたのだ。
「結婚なんてしないよね?」
『する予定ないわ』
「良かった!僕が卒業するまで、結婚しないでね」
『???』
撫でられて満足したのか笑顔になったハリーは謎の言葉を残して去って行った。
私が結婚なんて想像つかないな。
生徒たちの質問をかわしながら自分の席に座る。
そこへ普段より一段と機嫌の悪いスネイプ教授がやってきた。
生徒の目の前でなければ呪いの一つでも放ってきそうな顔つきだ。
『機嫌悪そうですね』
「あの馬鹿げた本はお前のしわざか!?」
『??ちょっと、スネイプ教授までどうしちゃったんですか?今日は朝から変な質問ばかりされますよ』
思い当たることはないか考えながら食事を始める。
チラと横を見ると、スネイプ教授はテーブルに肘をつき眉間をほぐしていた。相当疲れているようだ。
「Ms.雪野、あの本はあなたが書いたのですか?」
顔色の悪いクィレル教授がやって来て椅子に座るなりテーブルに突っ伏した。
こちらは疲れすぎて吃るのも忘れている。
『話が読めないのですが……大丈夫ですか?』
疲れきった様子を見て自分の食事を一旦止め、二人の昼食を取り分けて渡す。
お皿をそれぞれに渡すたびに生徒たちからキャーと歓声があがった。
両脇の二人が頭を抱えた。
本当にどうしちゃったのかしら。
目を瞬いて生徒たちを見てみる。
よく見ると、どの寮の女子生徒もピンク色の表紙の本を手に持っていた。
『お二人の言っている本って生徒たちの持っているピンクの表紙の本ですか?』
「「そうだ(です)」」
声が揃って互いに嫌そうな顔をしている二人を無視して観察を続ける。
周りを見ると、なんとスプラウト先生やフーチ先生までも膝の上にその本を置いていた。
『何の本でしょう?』
「我輩の口からは言えん」
「一番被害を受けそうなあなたがノーダメージとは……」
『クィレル教授どもるの忘れてますよ』
「……今日は疲れました」
それでいいんですか!?
苦笑しながら食事を続けていると大広間に興奮気味のトレローニー教授がやってきた。
その手には例の本。
何かに酔ったような顔をしてこちらにやって来る。
「ユキ先生、聞きたいことがあるの。ここじゃダメだわ。ちょっとこっちへ」
「ずるいわトレローニー教授。私も聞きたいことがあるのよ!」
『んん!?』
私はトレローニー教授をはじめ、女性の先生に両脇をがっちりホールドされて大広間の奥で取り囲まれた。
結構な圧迫感で身が縮むがようやくその本を近くで見ることができた。
花嫁を演じて~拒めない熱情~
な、なんなのだこれは……
ピンク色の表紙には白亜の城をバックにしたもの憂いげな女性の挿絵が入っている。
黒髪、黒目の東洋的な顔でどことなく私に似ているような……。
『あーこの本はなんでしょうか?』
威圧感を感じながらおずおずと尋ねる。
「まぁ!まだ読んでなかったなんて。今話題の本なのよ」
トレローニー教授が興奮気味に叫んだ。
いつもと様子の違う先生たちに目を白黒させながら、本の説明を受ける。
聞かなきゃよかったかも……
私は先生たちの輪の中で乾いた笑い声をあげた。
**
本の内容はザッとこんな感じ。
昔々、戦乱の時代にセブという名の王様がおりました。
戦に強く、よく国を治めておりましたが、城の中には自分の地位を狙う者もおり懐疑的な性格でした。
ある日、長年敵対していた隣国の王女が和平のために嫁いでくることになりました。
しかし、王女ユキは父親からセブ王と結婚した後、暗殺して国を乗っ取るように言われていたのです。
ユキは彼女を密かに慕う騎士クレールと共にセブ王の国へやってきました。うんたらかんたら。
典型的なロマンス小説。
先生たちから熱のこもった本のあらすじを聞き、たくさんの質問を受けた私はふらふらと席へ戻り両隣と同じように頭を抱えた。
『この騒ぎ、明日には収まるでしょうか?』
プディングのお皿を引き寄せながら問う。
「無理だろうな」
「よりにもよって、なぜ私たちの名前を。名誉毀損で訴えてやる」
「そうしたいところだが、これ以上話を大きくしたくない」
『そうなると作者を潰すしかないですね。キャンディ・ブルートパーズ。んーこの苗字は教授の中にも生徒の中にいません』
「偽名であろう」
私たちはげんなりした顔で大広間を見渡す。
普段から注目を浴びるのは好きではないし、良い状況ではない。
『これじゃあ落ち着いて食事もできないわ』
「我輩にはいつもと変わらないように見えるが?」
『……』
巨大プディング二皿分を胃に収まめた私にスネイプ教授が呆れた顔を向けてくる。
『と、とにかく早急に作者を突き止めましょう!』
事件解決のため不本意ながら協力し合うことになった。
週末までに割り振った範囲を調べることにして早々に大広間から立ち去った。
***
この日以来、三人のもとへは梟たちがせっせとファンレターを送ってくる。
大事な食事を邪魔されるユキは今や血眼になって作者を探し回っている。
生徒たちは穏やかなユキの豹変ぶりを見て本の話題には触れないようにしたらしく、ホグワーツで質問攻めにあうことはなくなった。
ユキの様子を知った屋敷しもべ妖精が厨房での夜食をこっそり復活してくれた。
ユキを気遣ってお菓子をくれる生徒までいる。
これは断れとスネイプ教授に怒られた。
本の話を聞くと自寮の生徒でも減点をするスネイプに近づく生徒はいなかったが、クィレルの方は吃る元気もなくなるほどに相変わらず質問攻めの日々らしい。
日曜日の夜、ユキの部屋で報告会を行うために三人は集まっていた。
『まずは私から。教授や生徒たちの家族、親戚の中にも“ブルートパーズ”という苗字の人はいませんでした」
「知り合いから出版社に圧力をかけて貰い作者を聞き出そうとしたが上手くいかなかった」
分からなかった上に、きっちりマルフォイ氏からお礼を要求されたスネイプがため息をつく。
「街中の噂を集めましたがダメですね」
スパイ活動にある程度の自信があった三人は何の情報も掴めないことにそれぞれ肩を落とす。
「はぁ。それにしても、納得いきません。本の中とはいえ、ユキ先生とあなたが婚約しているなんて」
「そんな事どうでもいいだろう。我輩はあの本のせいで、生徒からツンデレがどうとか言われるのだぞ」
『つんでれ、とは?』
「好きな人に対してデレっとした態度をとるのを抑えて、わざと冷たく接しようとする人のことです……読んでいる時も思いましたが、本人を目の前にすると更に気持ち悪いですね」
「煩い。我輩とて、自分の名前であんな台詞を書かれて不愉快だ」
『あ。お二人共あの本読んだのですね』
「「…………」」
固まる二人。
部屋が微妙な空気になる中、ユキはのんびりとお茶を飲む。
『情報もないですし、これ以上話し合っても仕方ないですね。でも、次の新作が出るのは食い止めましょう』
お開きになった作戦会議。
軽い雑談の中でユキが入手した貴重なホワイト・ドラゴンの心臓の話になり、流れるままに三人で実験室へ。
あっという間に夜は過ぎ、早朝にユキの部屋を出て行った二人はハグリッドに目撃され、案の定この二人の朝帰りの話は尾ひれをつけてホグワーツ中に広がっていった。
***
“大事な話がある 手が空いたら校長室へ アルバス ”
伝令文は記憶し、すぐに焼却すること。
長年の習慣から手紙をすぐに暖炉で燃やし部屋を出て校長室に向かう。
四階の部屋の事を教えていただける。
教師の中で多分自分だけが知らなかった部屋の秘密。
校長室へ何度も聞きに行こうと思っていたがどうしても足が向かなかった。
質問し拒否された時にいつも優しいダンブルドア校長の態度が変わってしまうかもしれないと思い怖かった。
今の居心地のよい空間を壊したくなかった。
『七色 虹色 こんぺいとう』
合言葉を言うと左右のガーゴイル像がぴょんと飛び退いた。
『ユキ・雪野です』
「おぉ、入りなさい」
中へ入ると難しそうな顔をしたダンブルドア校長が机に座っている。
半月面のメガネがキラリと光った。
「すまんが少しソファーに座って待っていてくれ」
『はい』
校長は杖で私に紅茶を出して、忙しそうに羽ペンを動かす。
文字を書く音だけが響く部屋。
じっと飴色の紅茶を見つめながら秘密について考えこんでいると、ほーっと長く満足気に息を吐き出したダンブルドア校長がにっこり微笑んだ。
その笑みはいつもの優しい笑み。
「待たせてすまんかったの」
『いえ。早速ですが、大事な話とは?』
心の中は期待と不安が入り混じっていたが、その感情を表に出さずに問いかける。
「まぁ、そう焦るでない。まずは、ユキ。君のことじゃ。他の先生からは上手くやっていると聞いておるが、ホグワーツでの生活、魔法界には慣れたかの?」
キラキラと輝く青い目。
自分にはないこの輝く瞳が好きだ。
『初めは戸惑うことも多かったですがこちらの生活にはすっかり慣れました。皆さん、とても優しくして下さって……魔法を学ぶのもとても楽しいです』
「セブルスやクィリナスと仲良くしていると聞いたよ」
『スネイプ教授とは新しい薬の実験をしたり、クィレル教授とは魔法具について話したり。毎日充実しています」
「そうか……ユキは勉強熱心じゃの!無理せんように頑張りなさい」
気遣ってもらえるなんて……ん?
ティーカップを持ち上げた手を止める。
ダンブルドア校長の瞳の奥が光った気がしたからだ。
まさか
自然な動作でカップをソーサーに置く。
『毎日が楽しいです。ホグワーツのおかげで』
微笑んで言う。
冷静に
「あぁ……そうか、そうか。それは良かった。何か困ったことはないかの?」
『ありません』
なぜか残念そうな顔をしているダンブルドア校長の顔。
ユラユラ揺れる紅茶に目を落とす。
その時、何故かふと本のことが頭に浮かび、ハッとして顔をあげた。
目に入ったのはキラキラと輝く青い瞳。
青い瞳
「ユキ?」
微笑みすくっと立ち上がる。
私を見た校長も立ち上がり、私たちは同時に駆け出した。
「ステューピファイ!」
『当たってたまるかっ』
背後からの失神呪文をヒラリとかわし、机に置いてあった紙束を掴み物陰に隠れる。
揺れる花嫁~二つの愛の狭間で~
締切12/5まで
『あなたがブルートパーズかぁぁぁぁ!!!』
「ひぃっ。ちょ、ユキちゃん落ち着いて。原稿が、原稿がっ!」
大魔法使いとは思えない慌てぶりを見せるダンブルドア校長に手近にあった本を投げつける。
『校長!私の紅茶に真実薬か何か入れましたね』
「すまん。ネタを仕入れたくて、つい」
『つい、で真実薬ですか!?わ、私は4階の立ち入り禁止の部屋のことかと思って緊張してきたのにっ』
「四階……あー賢者の石のことか」
頬を掻きながら言い忘れていた、と呟く校長を見て力が抜ける。
悩んでいた時間を返してほしい。
ぐったりと校長専用の椅子に座り込むと周りの歴代校長が怒って騒ぎ始めた。
喋れるなら現校長の執筆活動を止めるべきだったろうに。
「ユキちゃん、げ、原稿を」
慎重に近づいてくるダンブルドア校長ににっこりと微笑む。
『火遁』
「ストーーーップ!燃やしちゃ嫌じゃあぁぁっ」
紙束を燃やそうとする私に頭を抱えて大魔法使いが絶叫。
『私の食事を邪魔した罪は重いのです!火遁』
「(食事!?)待ってくれぇぇえ取引じゃ!取引をしよう!」
『?……取引?』
「そ、そうじゃ。できることなら何でもしよう。儂は大魔法使いじゃっ。ホグワーツをお菓子の城にも出来る!」
カッと目を見開いて言うダンブルドア校長に歴代校長がざわついた。今さらだと思う。
しかし取引は良い。
本の出版直後こそ食事を邪魔されたが今では夜食も復活し心置きなく食べている。
本も読んでないし、読んでも私のことだろうから気にしないと思う。
時間をかけて取引内容をアレコレ考える。
『じゃあ、キッチン』
「ん?」
お菓子の城も食べればなくなる。
台所があればいくらでも食べ物を作ることができる。
『自分のキッチンが部屋に欲しいです』
そう言うとダンブルドア校長の顔が輝いた。
「交渉成立じゃっ!」
がっちり交わされる握手。
その他、薄ら暗い取引をいくつかしてユキはダンブルドアの部屋を辞したのだった。
***
甘い香りの漂う暖かい室内。
カントリー風の室内に似つかわしくない格好の部屋の主がこれまた部屋に似合わない二人の客にお茶を出す。
「……キッチンを作ったのか」
『いつでも食事ができて便利です。屋敷しもべ妖精に会いに時々厨房にも行ってますけど』
「お、美味しいショート、ケ、ケーキですね」
吃る余裕できたんですね。
ユキはクィレルに優しい眼差しを向けた。
第二回作戦会議は開始早々からお茶会になっている。
先日発売された新作は相変わらずのベストセラーのようだが三人に目立った被害はない。
毎日手紙を届けに来た梟は来なくなったし、先生や生徒も落ち着きを取り戻している。
正確に言うと作中に自分と分かる名前を使われて被害を受けているわけだが、どこをどう探しても見つからない作者は探す方に負担がかかる。
目立った被害も受けていないため、わざわざ注目を浴びて自分から声をあげない方が良いとなったのだ。
『面白い薬材を買ったので、後で見ていただけませんか?』
温かく、楽しい時間。
のんびりと言い、ユキは微笑んだ。