第4章 攻める狼
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24. 気づき
シリウス・ブラック無罪のニュースが新聞を賑わし、生徒たちは夏休みを過ごすためホグワーツ特急で帰っていった、静かなホグワーツ内。
しかし、ミネルバ・マクゴナガルの部屋は違っていた。バシンと雷にも似た声が部屋にこだましている。
「全くあななたちときたら!」
ミネルバの前に立っている3人の顔は三者三様。
頭いっぱいにハテナマークを浮かべた忍術学教師、ユキ・雪野と、だって仕方ないだろっと言った様子でポケットに手を突っ込んでいるシリウス・ブラック、そしてなんの悪びれも無さそうなクィリナス・クィレルである。
ミネルバはそんな3人の顔を見渡して口の端を痙攣させながら再び雷を落とす。
「女性の、しかも未婚の女性の部屋に同棲するなど何を考えているのですあなたたちは!」
ミネルバが雷を落とす。が、でも……、だって……とあちらこちらから言いわけが飛ぶ。
『だって、ミネルバ。シリウスはディメンターに狙われていたのよ。禁じられた森に潜伏していればディメンターに見つかって襲われるか、それか餓死する可能性だってあったわ』
そうユキが言えば、シリウスも
「俺はユキのおかげでこの1年間生きていたようなものです。確かにこの歳での同棲は色々と誤解を招くかもしれませんが、俺は決して、誓って、やましいことなどしていません」
と言う。
ミネルバもシリウスがユキの部屋に匿われていなければ、彼の生死がどうなっていたか分からないことは理解していた。
だが、敢えて大人としての常識と規律を正すためにユキにこう言ったのだ。
しかし、あくまでそれはユキとシリウスの話であり―――
ミネルバは1人我関せずと言った顔をしているクィリナスをみやった。
この男の頭の中はどうなっていることやら。
「クィリナス・クィレル」
重たく厳しい声にクィリナスが顔を上げると鋭い目のミネルバと視線がぶつかった。
しかし、この男、クィリナス・クィレル、そんな視線にも負けず表情は変わらず、不敵にも口元に微笑みさえたたえているのであった。
「クィリナス、あなたには秘密の部屋事件があった後言ったはずですよね。ユキの部屋に居候するのは止めなさい、と」
「確かに……」
「約束を違えたのはどういう了見があってのことですか!?こうやって、未婚のユキが付き合ってもいない男性と同棲することにより、これから先、ユキが本当に愛し合った男性との間でこのことがトラブルの引き金になるかもしれないのですよ」
至極まっとうな意見である。しかし、クィリナスは少しも悪びれた様子を見せない。
それどころか、ニコリ、ミネルバに笑みをつくって見せた。
「トラブルなどおきません」
「何故そのようなことが言えるのです」
「何故なら、ふふ、ユキと将来愛し合う関係になるのは私「ステューピファイ「呪術分解」
シリウスの呪文をクィリナスが忍術で弾き飛ばした。
「いきなり何をするのですかこの駄犬は」
ギロリと睨むクィリナスを負けじとシリウスも睨み返す。
「お前こそ何を寝ぼけたことを言ってやがる。お前みたいな変態にユキを渡してたまるかってんだ」
「変態とは失礼ですね。いつ私が変態行為をしましたか?ハン、言えませんよね」
「言ーえーるーにー決まってるだろう!知ってるんだからな。お前がソファーでうたた寝している時のユキの指のサイズ測ったり頭のサイズ測ったりしてるの!」
「あれは定期検診の1種です。決してやましい気持ちでは……」
『そんな!人が近くに来ても起きなかったなんて!私としたことが!忍の感覚が鈍っているのね。今日から鍛錬メニューを増やしましょう』
「勝手に体のサイズ測られてるのは気にならないのかよっ」
「あなたたち煩いわよ!静かになさいッ」
ミネルバのガツンとした声に再び静かになる室内。
ミネルバは額に手をやって「ハアァ」と大きくため息をついてから3人の顔を見た。
理屈で説き伏せるのは諦めよう。ユキはシリウスを助けるためにああするしかなかったと譲らないだろうし、クィリナスはあんな感じだし……
ミネルバは深呼吸をしてから口を開いた。
「シリウスは無罪が確定され、クィリナスは世間から身を隠す生活にも慣れてきました。ですから、今後はいっさい、ユキとの同棲は禁止します」
決然と言うミネルバの言葉に反論する者はいなかった。彼女の背負うオーラが有無を言わせぬものだったからでもあり、ミネルバの言う通り、もう同棲する必要はなくなっていたからだ。
「シリウスはユキの隣に新しい部屋をダンブルドア校長に用意してもらっていたわね。直ぐにそこに移動すること」
「わかりました」
「クィリナス、あなたはホグワーツの7階の人が寄り付かない場所に部屋を新しく用意します。そこに移動しなさい」
「残念です……が、分かりました」
かくして、シリウス・ブラック、クィリナス・クィレル、ユキ・雪野の奇妙な共同生活はミネルバの指示によって終わりを告げたのであった。
「シリウス、クィリナス、あなたたちは先にユキの部屋に戻って荷物を纏めていなさい」
シリウスとクィリナスが出ていき、ユキはミネルバと二人きりになった。
どうして私だけ残されたのだろう?
ユキは不思議に思いながらミネルバに促されるままにソファーへと座る。
ユキは自分の隣に座るミネルバを不思議そうな瞳で見上げた。
「ユキ」
『はい』
「今から大事なことを聞くわ。あなたはシリウスとクィリナス、どちらともお付きあいしていないのよね?」
ユキはどうしてこのような質問をするのだろうと思いながらコクリと頷いた。
ミネルバはユキの右手を両手で握りながら真剣な瞳で問う。
「こんなことを私が問うのはどうかと思うけれど、聞かせてちょうだい。あなたはシリウスとクィリナス、どちらかと関係を持った?」
「それは……性的なって意味で?」
ミネルバはこの明け透けな質問にやや苦笑しながら首を縦に振った。
『してないわ。二人とはそういう関係になっていない。本当に彼らとはただのルームメートよ』
ミネルバの目をまっすぐ見て答えるユキに、ミネルバはほっと息を吐き出した。
ホグワーツではユキの母代わりのつもりでいるミネルバ。ユキのことが心配だったのだ。
「ねえ、ユキ。前にも話したわね。あなたの体は、本当に愛する人にしか明け渡してはいけないと」
『ええ、ミネルバ。よく覚えてる』
そう言うユキの頭の中にパッとセブルスの顔が浮かび、ユキの心臓は高鳴る。
え……今のどういう意味だろう?
そんなことを考えていると、握りしめられていた右手がミネルバにポンポンと優しく叩かれた。顔を上げればミネルバの優しい微笑み。
「私はね、あなたが心から選ぶ相手だったら誰だって構わないわ。でもね、心から幸せになってちょうだいね、ユキ」
ユキは温かい言葉に目の端を赤くしながらミネルバの言葉を聞いていた。
そして、頭にあるセブルスの顔。
誤解されたくない……!
ユキは強くそう思っていた。
ユキはミネルバの部屋を辞してからホグワーツ内を歩き回っていた。
クィリナスのことは知らないが、シリウスと同棲していたことをセブルスは知っている。
自分を好きだといってくれた彼は、今、何を思っているだろう?
良い印象を持つはずなどない。むしろ、ミネルバのように男女の関係があったのではないかと勘ぐるのが普通だ。
ダンブルドア校長の部屋で喧嘩をするように身の潔白を話したが、あれだけでは足りないとユキは思っていた。
もう少し落ちついて彼に話したい。
どうしてセブルスにそう伝えたいかまでは頭が回らなかったユキだったが、兎に角、ユキは校内を彷徨くのを止め、セブルスを探しにいくことにした。
トントントントン
『セブ』
セブルスは直ぐに彼の研究室で見つかった。
どこか憂いに沈んだ顔つきのセブに見下ろされながらユキは口を開く。
『今、忙しい?』
「いや、ちょうど実験は切りのいいところであったが……」
『話したいことがあるの』
「中に入るか?」
ユキは寸の間考えた後、外に来てほしいとセブルスを誘った。
明るい日差しを浴びながらのほうがスッキリと話せそうな気がしたからだ。
「わかった。では行こう」
ユキとセブルスは連れだって地下から地上へと続く階段を上がり、大きな樫の正門を抜けていつもの場所、学生の頃からの定位置である湖の畔へとやってきて並んで座った。
目の前の湖面は夏の日差しを受けてキラキラと眩しいほどに輝いている。
「して、話とは?」
『話とは……』
ユキは言い淀んだ。それはそうだろう。言い出しにくい話題である。
そんなユキをセブルスは不思議そうな顔で見つめた。
特に深刻そうな様子はなく、ただもじもじと指と指を動かしているユキに小首を傾げる。
「言ってみろ。お前には昔から散々無茶や突拍子のないことを言われている。今更何を言われても驚かん」
『それはそうかもしれないけどさ……でも、今回は女性として、言い出しにくい部分があるというか……』
「お前にも女性の恥じらいがあったとは驚きだな」
『んなっ』
失礼な、と頬を膨らませるユキを見てセブルスはクツクツと喉を鳴らして笑った。そして、笑い終えたあと、ユキに優しい目をして話を促す。
口を開けたり閉じたりしながら言い出しの言葉を飲み込むユキの姿を辛抱強く待つセブルス。
そして、結構な間を置いて、ユキはセブルスに話す勇気を固めた。
ゴクリと唾を飲み込んで、ユキは口を開く。
『あなたの目に、私はどう映っているのかしら?』
セブルスは言葉の意味が飲み込めずに目を瞬く。
「と、言うと?」
『私は……私は……この1年間シリウスと同居していたでしょ?だけど……あなたには嫌な思いをさせてしまったわよね?セブは、その……あの……私のことを、仮にも好きだと言ってくれたのだから』
ユキはそう言って瞳を伏せた。
重苦しい、砂利でも胸の中に詰まっているような気持ちになりながらセブルスの言葉を待つ。
真夏の生ぬるい風が2人に吹きつける。
セブルスの心中は複雑だった。
ユキと同棲していたのは学生時代から因縁の相手であるシリウス・ブラック。そして、その男は学生時代、数々の女性と浮名を流し、その容姿から女子生徒から絶大な人気を誇っていた。
実はユキからも「シリウスは顔はいいから」などと、ブラックの容姿を肯定する言葉を聞いたことがあったくらいだった。
そんな男がユキと同棲していた。セブルスの心中は穏やかではなかった。
年頃、否、もう2人共立派な大人の男女がひとつ屋根の下で1年間過ごしていたという事実。普通ならば恋仲と言わずとも間違いのひとつやふたつ起こってもおかしくない状況だ。
しかし……
ユキが言うならば真なのであろうな。
セブルスはそうも感じていた。疑わしさは残らないとは言えない。
だが、ユキが嘘を吐いているとも思えなかった。
「ユキ」
ユキが顔を上げた。
今にも泣きそうな顔にセブルスの表情が微かに緩む。
ひらりと落ちた夏の落ち葉。ユキの頭の上に落ちたその落ち葉をセブルスは摘んで手の中に収めた。
ふっ、と手のひらの落ち葉をセブルスが吹けば、落ち葉は若草色の鳥になって湖へと飛んでいく。
セブルスは若草色の鳥が見えなくなってから、ユキに向き直った。
「我輩は、お前を信じようと思う」
『え?本当に……?』
「ダンブルドア校長の部屋でも叫んでおったであろう。自分はブラックと交際していたわけではない。ただの同居人であったと」
セブルスは複雑な心中を押し込めて、ユキにそう告げた。
ユキの方はセブルスの心を見透かすように、彼の目をじっと見つめ続ける。
『私はシリウス・ブラックと関係を持っていないわ』
「あぁ。信じる」
『私は、あなたに、心の底から信用して欲しい……と願っているわ』
セブルスは分かったというように頷いてみせた。しかし、ユキの方はセブルスが心の底からそう思っているとは思っていない。
疑い。というものはそう簡単にぬぐい去れる物ではないのだ。しかし、これ以上はどうしようもない。
ユキは『ありがとう』とセブルスにほほ笑みかけて、視線を湖の方へと向けた。
ふたりの中にあるモヤモヤとした感情。
これは簡単には拭い去ることは出来ない。
だが、2人は埓のあかないこの話を終了させたのだった。
胸が痛い
ユキは湖面を眺めながら胸に手をやった。
そして思った。
どうして自分はセブルスに対し、自分の身の潔白を証明したいと躍起になっているのだろう?もし、これが例えばダンブルドアに対してだったら何もこんなに言い訳などしなかった。
では、セブの誤解を解きたいと思うのは何故……?
ユキの心臓がドキリと跳ねる。
それは……わたしが――――――――
「我輩は城に戻る。ここにいては焼け死んでしまいそうだ」
そう言いながら立ち上がったセブルスの手をユキは無意識のうちに掴んでいた。
『セブ、私……!』
こんなの狡いって分かっている。分かっているのに―――
あなたを失いたくないという焦燥感。ユキは胸をざわつかせながらセブルスの手を取っていた。
「なにかね?」
暑さで少し鬱陶しそうにセブルスが言う。
その言い方1つだけにも胸が痛んで、ユキは涙が出そうだった。
ユキはぐっと涙を堪えて、俯き、呼吸を整えてからセブルスを見上げる。
『私――――』
これ以上は狡いわね。
「ユキ?」
言葉を詰まらせるユキにセブルスは首を傾げる。
ユキはセブルスにどうにか微笑んで見せた。
もし、自分の心がセブに固まった時、セブが自分など眼中になかったとしても、私は想いを伝えるだろう。
ユキは不思議そうな顔のセブルスの手を借りながら緑の芝生から立ち上がった。
***
日も暮れかかったノクターン横丁。
ユキは姿を変えてノクターン横丁でもさらに人気の少ない路地裏に立っていた。1人ではない。目の前には鼻が大きく、目は獣のように鋭く、体格のでかい男の姿がある。
『で、誰に売ったんだ?』
ユキ――――その姿はユキの目の前のターゲットと同じくらいアズカバンの囚人にいそうな風貌に変身していて、彼女は1人の男の胸ぐらをつかみ壁に体を押し付けていた。彼女の隣には2人の様子を杖を出して油断なく見つめる隻眼の男もいる。
『覚えてねぇとは言わせねぇぜ。かなり値の張るロケットだったはずだ。そいつを誰に売り渡した』
「ええと、それは、その……」
『言わないつもりか?ハンッ馬鹿な奴だな。ちいちゃなロケット1つで命を落とすことになろうとは』
「ま、待て!言う。言う!!」
ユキに胸ぐらを掴まれていた男は緊張のためか、首を絞められているためか顔を青くしながら喚いた。
「密売人さ。闇の、それも危険な物品しか扱わない、コンタクトを取るのでさえ難しい密売人に俺はロケット売った」
『ほう』
ユキは少し首を締め上げていた手を緩め、続きを促す。
「そいつはヤバイ奴だぜ。闇の、強力な闇の魔術が施された物品しか扱わねぇって奴だ」
『へぇ。それは是非お目にかかりてぇもんだな。で、そいつと会うにはどうしたらいい?』
「それは……言えねぇ」
小さく男が言ったとき、ユキは男の腹を膝で蹴り上げた。ぐはっと男の口から呻き声が吐き出される。
『さっきから言ってんだ。手間かけさせんな。その男に会うにはどうしたらいい?』
「待ってくれ!俺がそいつに会えたのは珍しい物品を持っていたからで、そうじゃなかったら会うことなんざぁ出来なかった。そいつは人に自分のことが知れるのを嫌う。商売上そうらしい。俺は約束させられたんだ。密売人の風貌、連絡方法を誰かに伝えるようなことをしたら、暗殺者を差し向けてやるって!」
ユキに壁に押し付けられている男は一気に言ってユキを懇願するような目で見た。
しかしユキは容赦しなかった。男を抑えていない方の手をポケットに突っ込みバタフライナイフを取り出して男の喉元につけた。
『殺られるってのは今がいいか、それとも後からがいいか……よく考えろ。俺たちと別れた後に姿をくらましたほうが生き延びられる確率が高くなるってもんだろう?』
震える男は目をギョロギョロ動かして考えた。男が出す答えは1つしかなかった。
ここノクターン横丁では理由不明で転がった死体なんて珍しくない。誰も助けに来ないことは分かっていた。
「分かった。教える……」
力なく男が言う。
ユキ扮する大男は手間をかけさせやがってとでも言うように大きく鼻を鳴らした。
『密売人と会う方法が分かったのが今日の収穫かな』
ユキは先ほどの大男の身なりから元のスラリとした和服姿の女性へと変わっていた。
ユキの隣にいたもう1人の男、隻眼の男―――レギュラス・ブラックも元の姿、グライド・チェーレンとしてではなく、レギュラスの格好で部屋に居た。
ここはレギュラスが住んでいるアパート。
2人は定期的にこうして会い、盗まれたヴォルデモートの分霊箱である金色のロケットを追っている。
手から手へ、闇から闇へと密売されていくロケットを追うのは極めて困難だったが2人は根気よくそれに取り組んでいた。
「密売人の男はどんな男なのでしょうね?」
『恥ずかしがり屋さんであることには違いないわね』
「またそうやって茶化して」
レギュラスは呆れたように溜息を吐きながらユキの空になったカップに紅茶を注いだ。
『思うにその密売人って男は客を選んで取引をしているのね。例えば名家とか金のある者とか』
ユキは予想をつけながら紅茶を啜る。
『魔法の腕もある方だと思うわよ。密売人に会うときは気をつけましょう』
「そうですね」
2人は次の作戦を立てながら、各々に紅茶を啜る。
「ところで」
『ん?』
「ユキ先輩って今、彼氏いませんよね」
『ぶふうっ』
ユキは盛大に紅茶を吹き出した。
「汚いですね!顔にかかったじゃないですか!」
『だ、だって、レギュが変なこと言うから』
「そんなに変な質問でしたか?」
『変な質問だよ。変で、突拍子のない質問!』
私はまだ紅茶をゴホゴホむせながらレギュに答える。
『なんでそんな質問を?私の心の傷をえぐりたいだけだったらいつでも決闘受けて立つわよ』
ゆらりと杖を手にして立ち上がろうとする私を、前に座るレギュがまあまあと抑える。
「その様子ではいなさそうですね、彼氏」
『レギュ!?』
「ハハハ、別に、からかうために聞いたんじゃありませんよ」
寸の間の後にはレギュは笑ってはいなかった。
真っ直ぐに私の目を見つめている。その視線は熱く、私を混乱させる。
「交際を申込みたい」
『へ……』
なんとも間抜けな声が私の口から飛び出た。
そんな私をレギュが鼻でふっと笑う。
そんな動作さえも品がよく見えるのは、さすがはブラック家のお坊ちゃまかと思いながらレギュを見ていると、レギュはポカンとして動かない私にふわりと微笑みかけた。
「答えは?ユキ先輩」
ストレートだな!
私はバクバクとなる心臓に手を持っていく。そして、大きく数度深呼吸してから私は自分の思いを口にするために口を開いた。
『実は、気になっている人がいるの』
「あぁ。セブルス先輩ですか」
『んなっ!?!?』
今度は本当に驚いた。図星を言い当てられて私の顔はカッと熱くなっていく。
一方のレギュの方は冷静で「紅茶が冷めた」とカップに新しい紅茶を注いでる。
『レ、レギュラスさん……?』
「レギュラスさんってなんですか、気持ち悪い」
仮にも好きだと言った相手に「気持ち悪い」は失礼だろうと言いかけた私だが、レギュは私の言葉を、人の悪い笑みで、でも、品の良い笑みで制する。
「昔からあなたがセブルス先輩に惹かれていることは分かっていました。だけど、あなたは今言いましたよね?“気になっている人”だと。好きな人ではない」
レギュは意地の悪い笑みをたたえながら尚も続ける。
「“好き”だなんて感情なんて、一瞬で変わってしまう時があるんです。人の心は移ろいやすい。僕の心も、あなたの心も、勿論セブルス先輩の心もです」
ポンポン、とレギュが私の右手を軽く叩き、微笑む。
「セブルス先輩には悪いですが、魅力ではあの人に負ける気はしません」
『い、言い切るわね……』
「そのくらい強気じゃないとあなたを奪えませんからね」
レギュはソファーの背もたれにゆったりと背を付け、足を組んで余裕のある笑みで私を見た。
「後輩だからと甘くみないでください。僕とユキ先輩の年齢差はたった2つ。ないも同然。あなたを想う気持ちは誰にも負けないつもりです。だからどうか僕を見ていてください、ユキ先輩」
後輩らしからぬ物言いの後輩は、後輩らしからぬ態度で、身を乗り出して私に手を伸ばす。
反射的にその手の上に手を置けば、ぐいっと引っ張られて立ち上がっていた。
「耳を貸してください」
耳元に寄せられる口。
「愛しています」
そんな言葉が、囁かれた。
第4章 攻める狼《おしまい》