第4章 攻める狼
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23.夜から朝へ
クルックシャンクスが先頭になり、その後をリーマス、ピーター、ロン、その次に私、シリウス、ハリー、ハーマイオニーそしてセブと続いた。
埃っぽい叫びの屋敷を後にして暴れ柳へと続くトンネルへと下りていく。
リーマスがしっかりとペティグリューの頭に杖を突きつけているのが見える。
「なあ、ハリー。これがどういう事か分かるか?」
出し抜けにシリウスが後ろのハリーへ質問しているのが聞こえてくる。
「ペティグリューを引き渡すということがどういう事か」
「あなたが自由の身になるってことですよね」
「そうだ。だけどそれだけじゃない。俺は君の名付け親でもあるんだ」
「えぇ、知っています」
「そうか!それじゃあ話は早い。その、だから……ハリー、俺の潔白が証明されたら……俺と一緒に暮らさないか?」
「えっ!?あなたと暮らす?ダードリー一家と別れて?」
「君はそんなこと望まないとは思うが……」
「とんでもない!」
後ろでハリーの声が跳ねるのがわかった。見なくても声だけで喜んでいるのが分かる。
「僕、いつでも引っ越せます!住む家はありますか?」
シリウスは嬉しかったのだろう、「痛っ」という声で振り向けばトンネルの天井に頭をぶつけながらも笑顔をハリーに見せるシリウスの横顔が見えた。
良かったね、シリウス。
私まで嬉しい気持ちになりながらトンネルを進んでいく。
急な上り坂を登ると暴れ柳の下に出る。クルックシャンクスに言うと、先に地上に出て暴れ柳のコブを押してくれた。
獰猛な柳の枝が地面を打つ音は聞こえてこない。
全員が地上へと出た。
校庭は真っ暗闇に包まれている。明かりはといえば遠くに見える城の窓から漏れる光だけた。
無言で歩く私たち。
私はペティグリューを捕縛し、連行している状態に満足してすっかり油断していた。
雲が切れた。
突然、校庭にぼんやりとした月の光が降り注ぐ。
私たちの体を月光が照らす。
視線を満月に移した時だった。私の耳にコトリと硬いものが地面に落ちた音が聞こえた。そしてハッと息を呑むハーマイオニーの声で私は気が付く。今晩リーマスは薬を飲んでいないと言っていた!!
「君たちは逃げるんだ!」
シリウスがパッとロンとペティグリューを繋ぐ手錠を外し、後ろのハリーとハーマイオニーにも向けて叫んだ。
恐ろしい唸り声があたりに響く。リーマスの頭が長く伸びた。背中が大きく盛り上がり、手からは長い爪が伸びてくる。
バキバキと音が聞こえ、ペティグリューとリーマスを繋ぐ手錠が壊れた。
私の瞳にペティグリューがねずみへと変身したのが映る。
『させるか!!』
私は網付きの苦無を投げた。ペティグリューを捕まえるために細かい網目になっている網だ。網に囚われるペティグリュー。
しかし、次の瞬間ペティグリューの体は元の人間に戻り、網は意味を成さなくなってしまう。
網を払ったペティグリューは再びネズミの姿に変身し、森へと駆け出していく。
「リーマス、心を落ち着かせるんだ。自分を見失ってはいけない」
シリウスが言うがリーマスには聞こえていない。リーマスは大きな爪を伸ばして腕を振り上げる。
サッとシリウスが犬に変身して、リーマスの攻撃を避けた。
私はリーマスのもとへと走る。走りながら、親指をかんで血を出し、パンと両手を合わせた。
『口寄せの術。炎帝!来いっ』
辺りに風が起こった。
大きな、汽車の車両、1両分はあろうかと思われるほどの大きさの大きな真紅の鳥が出現した。
『セブは子供たちを頼むわ!全員炎帝の上に乗ってちょうだい』
鳥は地面すれすれに羽を動かして、羽ですくうようにしてハリー、ロン、ハーマイオニー、そしてセブルスを自分の体の上に乗せた。
炎帝はユキの言う通りに飛び上がる。
しかし、その時だった。ハリーが徐々に上へと飛び上がる炎帝の上から飛び降りた。
「ポッター!!」
セブの叫びでユキはハリーが炎帝の上から降りてペティグリューを追って森へと走り出したことを知る。
『待ちなさいっ――――――シリウスっ』
人狼になったリーマスに襲われそうになっているシリウスがユキの目に映り、ユキはリーマスとシリウスの間に入った。
バシンっ
シリウスへと振り下ろされたリーマスの右手をユキが素手で止める。
野獣と化したリーマスは止められたことに苛立った声で吠えながら左手もユキへと振り下ろす。ユキはその左手もしっかりと受け止めた。
ズズズ
リーマスに押されてユキの足が地面を滑る。
しかし、ユキはリーマスの力をよく抑えられていた。だが、これ以上のこと、新たに影分身を出す余裕はなかった。
ユキは叫ぶ。
『シリウス!ハリーを追ってちょうだいっ!ピーターがハリーに危害を加えたら困るっ』
杖は持っていなかったが待ち伏せされ、襲われたら大変だ。
シリウスは私の言葉を聞いて、森の中へと駆け出していった。
炎帝は力比べをしているユキとリーマスの頭上を通過して城へと飛んでいく。
『どりゃああっ』
それを見て私は勝負に出た。
押されていた手を一気に引く。リーマスは体勢を崩した。
私は地面を蹴って飛び上がり、リーマスの頭に手を置いてクルンと宙返りして地面へと着地する。
振り返るリーマス。私はリーマスの懐へと飛び込んだ。
ドスン
カッという音がリーマスの口から漏れた。
みぞおちにしっかりと入った私の拳。
足から崩れ落ち、最後には地面にうつ伏せに倒れこむリーマス。
『よし、やった』
しかし、ほっと一息ついている暇はない。
私はリーマスを見張らせるために影分身を2つ出してからハリー、シリウスを追いかけるために森へと駆け出す。
森の中に入った私は足を止めた。
どこからか犬のキャンキャンと苦痛を訴えるような声が聞こえてきたからだ。
『こっちだわ』
声を頼りに走る。ユキは走りながらゾッとする思いになっていた。
キャンキャンという鳴き声が急に消えたからだ。嫌な予感がする。
全力で走りながら、ユキは寒気を感じていた。
この感じ、初めてではない。この感じはディメンターだ。
藪の向こう側に湖が見えてきた。ユキは足を速めて湖の湖岸へと躍り出る。
「やめろおおおおぉ!!」
『シリウス!』
ユキは息を飲んだ。少なくとも100体ものディメンターが真っ黒な塊になって、湖の周りからこちらへと滑るように近づいてきていた。
冷たい感覚が体の芯を貫く。
シリウスの隣には彼を守るようにしてハリーの姿もあった。シリウスは今や犬の姿から人間へと戻っていた。
『ハリー!』
「ユキ先生、か、数が多すぎますっ」
『でも、退けないと!ハリー、何か幸せなことを考えるのよ。リーマスに習ったでしょう?パトローナスを出しなさいっ』
「む、無理です。こんな状況で考えられない!」
『弱気になっちゃダメ!シリウスと一緒に暮らすんでしょ?幸せなことを頭に思い描いて!!』
ハリーはユキに励まされて勇気をだし、叫んだ。
「エクスペクト・パトローナム、守護霊よ、来たれ!」
ハリーは必死でシリウスのことを、自分の名付け親と暮らすんだということを考えながら杖を振る。
一方のユキは心を無にして地面を蹴った。
『火遁・大煉獄!!』
ユキの十八番の大煉獄の術。ディメンターの頭の上と足の下に赤い魔法陣が現れ、そして円と円を結ぶように火の柱が現れ、ディメンターを焼き尽くす。
ディメンターだった灰が湖へと落ちていく。
しかし、ユキがこの術で倒せるのは十数体だけだった。次々に押し寄せてくるディメンターを倒しきれない。
「ユキ先生!」
『ハリー、耐えるのよっ』
「エクスペクト・パ……とろーナム―――エクスペクト……」
ディメンターがハリーのもとへとやってきてフードを脱いだ。
目のあるはずのところには虚ろな窪みがあるだけで、のっぺりとそれを覆っている灰色の薄いかさぶた状の皮膚があるだけだった。
口はあるががっぽりと開いた中身のない穴で、ザーザーと空気を吸い込む音が聞こえてくる。
ハリーはもう術を唱えられる状態ではなかった。
動くことも声を出すことも出来ない。
ハリーは倒れた。
倒れながら手でシリウスを探し、彼を守るように覆い被さろうと地面を動いている。
その健気な行動に胸を打たれながらユキはディメンター倒し続ける。
しかし、ユキの方も限界が来ていた。
この術は魔力を多く消費する術だ。影分身を出してやらせるわけにはいかない。
ユキの術で倒す人数よりもディメンターの方が圧倒的に多かった。
徐々にユキとディメンターの距離は狭まり始める。
ゆっくりと縮まっていくユキを中心にしてのディメンターの輪。
このままではやられる……
背中に伝わる冷たい汗。
『火遁・だいれん……くっ』
ヒヤリ。ユキの目の前に迫ったディメンターがユキの方へと手を伸ばし、ユキの頬へと触れた。
どこを見ているのか分からない、見えているのかさえ分からないディメンターの目がユキを捉える。
『くっ……あぁっ』
スーっと冷たい感覚がユキを包む。ユキは消えそうな意識の中、自分の体から半透明の自分の姿がディメンターに吸い取られていくのを見た。
ディメンターの死の接吻。ユキは今まさにそれを受けていた。
ユキの頭の中に、暗部での辛く厳し日々が浮かんでくる。
心臓が芯から冷たくなっていく。
もうダメだ。
このままやられてしまう……
抵抗する力も残っておらず、ただ悔しさと悲しさにユキが浸っていた時だった。
「エクスペクト・パトローナム!!」
力強いバリトンの声が湖に響いた。
シューーーーー
銀色のコウモリが突如として湖へと現れた。そのコウモリは一直線にユキの方へと飛んでいく。
弾かれるようにユキを襲っていたディメンターはユキから身を離す。
「ユキ!」
『セブっ……うっ』
「しっかりしろ」
膝をついて荒く息をするユキの体はセブルスに支えられた。
『子供達、は……?』
「安心しろ。城で待っている」
『よかった』
「それより、まだ動けるか?」
先ほどよりだいぶん距離をとっているものの、まだ襲いたそうにこちらの様子を窺うディメンターをセブルスは見る。
「1人でやるには厳しい数だ」
『大丈夫』
ユキは立ち上がった。
セブルスは厳しい顔をしていたが、ユキは違った。セブルスが来てくれたことで元気を取り戻していた。
彼と一緒なら絶対に勝てる。
ユキは心強い気持ちで両手を組み、術を唱える。
『火遁・大煉獄』
赤く燃える火の柱
銀色のコウモリが宙を飛ぶ
ディメンターたちはホグワーツの敷地外へと後退していった。
『ふう』
気が抜けて思わず膝をつく私の背中にセブが優しく手を回してくれる。
「大丈夫か?」
『どうにか。セブが来てくれなかったら危なかったわ。後ろのふたりの具合をみましょう』
セブがハリーの、私はシリウスの脈を確かめる。
2人とも幸いにも気絶しているだけだった。
私が息を整えている間にセブが担架を2つ作ってハリーとシリウスを乗せてくれた。
「お前も担架にするか?」
『いいえ。むしろ歩きたいわ。ありがと、セブ』
セブルスはチラとユキを見る。
全てが落ち着いた今、次に考えることはシリウスの事だった。
叫びの屋敷でユキがシリウスとこの1年間同居していたと言っていたことを思い出すセブルス。
ユキの方もシリウスの今後について考えている。
2人は終始無言のままホグワーツ城医務室まで歩いたのだった。
***
長かった夜が明けて朝日が医務室を明るく照らし出す頃、魔法大臣のコーネリウス・ファッジがダンブルドア校長に呼び出されホグワーツ城へと姿を現していた。
ここはホグワーツ城の校長室。
そこにはこの部屋の主、ダンブルドアの他、忍術学教師のユキ・雪野、闇の魔術に対する防衛術のリーマス・ルーピン、魔法薬学教授のセブルス・スネイプ、そしてアズカバンの脱獄囚のシリウス・ブラックの姿があった。
「ダンブルドア校長!この手紙はどういう……っ!」
シリウス・ブラックが校長室におります。直ぐに来ていただきたい。と書かれた手紙を握り締めて校長室に入ってきたファッジは息を呑む。
マグル13人を殺した凶悪犯のシリウス・ブラックが校長室のソファーに座って紅茶を啜っていたからだ。
「こ、これはいったい……!」
体をビクリと痙攣させて凍りついたファッジは説明を求めるようにダンブルドアに視線を向ける。
ダンブルドアはそんな大臣の様子を見て楽しそうにフォッフォと笑って、話しだした。シリウス・ブラックの身に起こった出来事を。そして昨晩起こった出来事を。
「そんな……信じられん……」
ファッジは滴る汗をハンカチで拭いながらそう言った。
「信じられぬならシリウスの記憶を覗くと良いぞ、Mr.ファッジ」
ダンブルドアの言うことが信じられなかったファッジはそうさせてもらうとダンブルドアに言い、シリウスの記憶を憂いの篩に入れ、篩に頭を突っ込んだ。
ジェームズとリリーの家に行き、2人が亡くなったことに嘆き悲しむ姿
ピーターの裏切りに怒り、彼を追い、しかし逆にピーターに嵌められてしまったことをファッジはシリウスの記憶から見る。
そして最後に昨晩の出来事を見た。
全てを見終えたファッジの顔は真っ青だった。
「まさか、こんなことが……」
「俺の無実を信じてくれましたか、Mr.ファッジ?」
固唾を飲んで答えを待つユキたちをずーっと見渡したファッジは魔法省の間違いをようやく受け入れ、力なく、コクリと頷いた。
「っしゃあ!」
シリウスが握りこぶしを作り叫び、ユキとリーマスは同時にホッと安堵の息を吐き出した。
「しかし、まさか、こんなことが起こるとは……」
「ファッジ大臣、シリウスの無罪を信じてくださったのなら吸魂鬼たちがシリウスを狙わぬように取り計らってくれますな?」
「もちろん、もちろんそうしよう」
まだ動揺しているファッジだったが、ダンブルドアの問いにしっかりと頷き約束した。
ユキたちがそれを見て、良かったと顔を見合わせて微笑み合っていると、ファッジが「しかし……」と難しい顔で口を開いた。
ファッジが見つめているのはリーマスだ。
「しかし、裏切り者のペティグリューを逃したのは誠に残念ですな」
「私のせいです……」
リーマスが唇を噛む。
「私が薬を飲み忘れ変身してしまったことでピーターに逃げる隙を与えてしまったのです」
「シリウス・ブラックの記憶を見せてもらったが、君は人狼だそうですな、Mr.ルーピン」
「そうです……」
部屋中の者が次に大臣が何を言うのか分かっていた。そして予想通り、大臣はダンブルドアに「人狼を教師に雇うのは如何なものか」と言った。
「危険極まりない。何を考えているのですかね、ダンブルドア校長?」
「Mr.ルーピンはこの1年間、良い教師であった。生徒からの評判も上々だったのですよ。儂は自分の選択が間違っているとは思いません」
「しかし、今回のことはどうです?実際に危険はあったわけだ。シリウス・ブラックの記憶にはMr.ルーピンが変身して生徒に危険が及びそうになる様子が見られた。このままMr.ルーピンを雇い続けるつもりですかな?」
シンとなる部屋の中、セブルスが口を開く。
「我輩は大臣の意見に賛成だな。ルーピン、お前は薬を飲み忘れた。薬を飲むことは教員になる絶対条件だったはずだ。それをお前は忘れた。責任は取るべきではないかな、ルーピン」
『セブ!酷いわ。今回のことはピーターの事があったから飲み忘れただけで「ユキ、いいんだ」
ユキの声をリーマスが遮った。
リーマスの顔に諦めの色を見て取って、ユキは瞳を揺らす。
「ダンブルドア校長、私はホグワーツを辞職します」
『そんな!』
自分の服の袖を引っ張ってショックを受けた色の瞳で自分を見るユキに、リーマスは力なく微笑んだ。
「セブルスの言う通りだよ。薬を飲み忘れないことはここの教員でいる絶対条件だった」
『だけど、さっきも言ったじゃない。ピーターの事がなかったらあなたは薬を飲み忘れなかったわ』
「そうかもしれない……でもね、ユキ。他にも理由はあるんだ。薬を飲んでも月何日かは寝たきりになるほど調子が悪くなる。セブルスに授業の代役を頼まなくちゃならない日があったのを君も知っているだろ?だから、僕にはここの教員は無理なんだ」
『リーマス……』
「そういうわけです、ダンブルドア校長。私はホグワーツを辞職します。今まで大変お世話になりました。最後にあなたの期待を裏切ることになって申し訳ない」
「リーマス……うむ。分かった」
『ダンブー!リーマスの辞職を受け入れないで!』
「落ち着きなさい、ユキ。ルーピン先生も辛い中での決断じゃ。お主がわがままを言ってはならんぞ」
『だけど……!』と反論しようとしたユキだが、リーマスに困ったように微笑まれて、リーマスの辛そうだが意志を変えそうにない瞳の色を見て、悔しいのを我慢して口を閉じた。
人狼は就職先に苦労する。これからリーマスはどうなるのだろう?
ユキが心を痛めていた時だった。その心中を見透かしたようにダンブルドアがある提案をした。
「辞職願は聞き入れよう。じゃが、代わりに不死鳥の騎士団での活動に力を入れて頂きたい。そうして頂ければ活動資金をお渡し出来る。危険な仕事じゃが……」
「――――やります!やらせて下さい」
リーマスはユキに笑顔で頷いて、ダンブルドアに向き直った。
「これからもよろしくお願いします、ダンブルドア校長」
こうして少しずつ、対ヴォルデモートの基盤は作られていく……。
「君ならやれる、リーマス」
シリウスがリーマスに手を差し出し握手して、そのままハグをしてリーマスの背中をバンバンと叩く。
「危険な任務もあるだろうが、ムーニーならこなせるさ」
「ありがとう、パッドフット」
「さて、では、私はこの辺りでお暇させてもらいましょう」
事の成り行きを見守っていた大臣が声を上げた。
「Mr.ブラック、君の無実は分かった。しかし、それを公にせねばならない。後日裁判所から裁判やり直しの連絡を送ろう。それまで自宅……と言っても自宅はどこになるのかね?」
ファッジの問いにシリウスは満面の笑みで答える。
「ユキの……Ms.雪野の家です」
途端に非難が轟轟とリーマスとセブルスから飛ぶ。
「シリウス!そのことだけどね、僕はどうかと思うよ。君は吸魂鬼に追われている状況だったからユキの家に居候するのが安全だったのは理解できる。でもね、もう居候なんかする必要ないだろう!」
「我輩は全くもって理解できませんな。雪野、何故ブラックを部屋に招き入れた?憂いの篩を使えばブラックの無罪は立証できた。それをせずに自室に招き入れるなど、何を考えておるのだか!」
『憂いの篩の存在なんか知らなかったんだもの、仕方ないじゃない』
「憂いの篩を知らずとも開心術の存在は知っていたであろう」
『魔法省はシリウスが無罪を主張してもロクに取り調べせずにアズカバンに収容したのよ。それに今回は、ブラックは見つかり次第、吸魂鬼に魂を吸い上げられるようになっていた。シリウスには無罪を立証する物的証拠が必要だったの」
「だからと言って男と同棲するなど、その神経が分かりませんな」
『私とシリウスはやましい関係にはないわよ』
「フン。口ではどうとでも言える」
『酷いわ!飛んだ侮辱だわ!!私は処女よ!!!なんなら証明してやる!受けて立つわギャウウウウっ!!!」
セブルスに詰め寄ったユキは顔を真っ赤にしたセブルスによって思い切り耳をつねられた。
「分かった!お前の言うことを信じる。だから黙れっこの馬鹿女!」
ドン引きのファッジとフォッフォと楽しそうに笑うダンブルドア、ハハハと笑うリーマスとちょっと面白くなさそうなシリウス。
笑い終わったダンブルドアは口を開く。
「シリウスはホグワーツに滞在することになる、大臣」
「ホグワーツにですか?」
「うむ。実は、彼に頼みたいことがあっての」
「俺に頼みですか?」
「そうじゃ。シリウス、お主はこの1年間、ユキに忍術を習っていたと聞いたが本当かね?」
「そうです。簡単な術なら出来るようになりました」
「よしよし。それなら、シリウス、来年からホグワーツで忍術学助教授として働かないかね?」
ユキとシリウスはパッと顔を見合わせた。2人とも笑顔だ。
「俺にやらせてくれるなら、喜んでお引き受けいたします!」
「よし、では決まりじゃ!」
こうしてシリウスは来年度からユキの助教授としてホグワーツで働くことになったのであった。
「ゴホン。そろそろ話を戻しても?」
「おぉすまん、大臣。裁判のことじゃったな」
裁判にはシリウス、そして証人としてユキ、リーマス、セブルスが出廷することになった。
***
『リーマス、元気でね』
ホグワーツの校門前にユキとシリウス、そしてリーマスの姿があった。
ユキはリーマスにぎゅっとハグし、これからの幸運を祈る。
「また酒でも飲みに行こうぜ」
「あぁ、積もる話がたくさんある」
シリウスとリーマスもぎゅっとハグをする。
今日はリーマスが学校を去る日だ。
「未練だなぁ」
『リーマス……』
「あ、今のはね、学校じゃなくユキに未練があるってことだから勘違いしないでね」
ユキの隣でシリウスが「あ゛!?」と声をあげる。
「ま、まさかムーニー、お前もユキが好きなのか?」
「そう。既に告白済み、答え待ちの状況さ」
リーマスはユキへと向き直った。告白の答えを聞くためだ。
ユキはリーマスを見上げた。
実は、ユキのリーマスに対しての気持ちは決まっていた。
『シリウス、少し外してもらってもいい?』
「あぁ……」
ユキはシリウスと離れてリーマスと一緒に森へと歩き出す。
ユキとリーマス
2人はとても似ていた。
学生時代、2人はお互いに人には言えない秘密を抱えていた。
その部分で2人は自分の気持ちを理解してくれるお互いの存在をとても大事にしていた。
絆が強い2人。
だが、ユキはある時ふと思った。自分たちはお互いに“似過ぎている”と。
『リーマスのことは好きよ。何でも話せる。だけど、この安心感はまるで兄妹のように思えることがあったの。あぁ、兄妹がいたらきっとこんな感じなんだろうなって』
「どうしても、僕を兄以外には見られない?」
『ごめんなさい。あなたにドキドキしたこともあったのは事実だわ。でも、リーマスと私は似過ぎている。お互いに、似過ぎている人とは付き合わないほうが良いと思うの』
ユキとリーマス
2人はとても似ていた。
似過ぎていた。
お互いがお互いの痛み、苦しみを分かりすぎてしまい、感情を移入し過ぎて辛くなる。
似すぎることは時に癒しではなく毒にもなってしまうのだ。
ユキは胸を痛くしながら自分の気持ちを告げる。
リーマスはユキの言葉を噛み締めるようにして心の中で反芻したあと、閉じていた目を開けた。
「確かにね……。わかったよ、ユキ。答えを聞かせてくれてありがとう」
「最後にハグをしても?」というリーマスにユキは静かに頷いた。
リーマスは胸を痛くしながらユキを優しくぎゅっと抱きしめる。
「幸せになるんだよ」
『リーマスも』
森を出て2人は再び校門前に戻っていた。
バシン
リーマスが姿くらましをしてホグワーツ門前から姿を消す。
「リーマスになんて答えたんだ?」
『お断りしたわ』
「そうか……」
西に傾いた陽の光を受けて山肌が茜色に染まっていく。
ホグワーツ城へと歩き出す2人。
ふたりの背中も真っ赤な夕日に照らされ、茜色に染まっていた。