第4章 攻める狼
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22.真実
「こいつはネズミなんかじゃない。アニメーガス、動物もどきなんだよ」
『そう、名前はピーター・ペティグリュー』
生徒たち3人はこの言葉を飲み込むまで少々時間がかかった。そして、意味を飲み込めてからキッと目を吊り上げた。
「3人ともどうかしている!バカバカしい」
ロンが3人分の気持ちを代弁して言った。
「ピーター・ペティグリューは死んだんだ。ブラックが12年前に殺した!」
ハリーがシリウスを指差して叫んだ。
シリウスはハリーの言葉を受けて過去のことを思い出し、目を吊り上げて口を開く。
「殺そうと思ったさ。だが、12年前は小賢しいピーターに出し抜かれた。今度はそうはさせない!」
そう言ったシリウスは般若の形相でピーターのもとへとズンズン歩き始めた。そんなシリウスをリーマスが止める。
「シリウス、待て!まずは説明が先だ。みんなに分かってもらわなくちゃいけない」
「説明なんか後ですればいいだろ!」
シリウスは唸りながら自分を止めるリーマスを振り払おうとした。
「シリウス落ち着け。みんな全てを、特にハリーは知る権利があるんだ」
シリウスはピーターを睨みつけてはいたものの、リーマスのこの一言で抵抗するのを止めた。そしてピーターを見据えながら「いいだろう」と頷いた。
「君がみんなに何とでも話してくれ。ただ、急げよ、リーマス。俺は俺を監獄に送り込んだ原因のこいつを今こそ殺してやりたい」
「正気じゃないよ、先生たち」
ロンが声を震わせて言った。
「スキャバーズは僕のペット。ねずみだ。ピーターなんて人間じゃない。そうだろ?」
ロンはハリーとハーマイオニーに同意を求めるように言ってから、金縛りの術をかけられているピーターのもとへと近づこうとした。
私はロンの前へと立つ。そして首を振った。
『リーマスの話を聞きなさい。このねずみはねずみじゃない。人間なのよ』
「でも、ユキ先生!ペティグリューが死んだのを見届けた証人がいるんですよ?通りには大勢の人がいたんです」
『実際には見ていなかったと思うわ。見た、と勘違いしただけだと思う。そういう事はよくあることだから』
「そう、シリウスがピーターを殺したと誰もが思っていた。私もそう思ったよ。今夜、忍の地図を見るまではね。ピーターの名前を忍びの地図で見たのは2度目だった。1度目は何かの間違いかと思ったさ。でも2度目は違うと思った。だから追いかけてきたんだ。そこにいるのはピーター・ペティグリューなんだよ、ハリー」
「でも、ルーピン先生、スキャバーズがペティグリューのはずがありません。だって、アニメーガスは魔法省に登録されるはずなんです。私、登録簿を見たことがあります。でも、そこにペティグリューの名前はありませんでした」
『ふふ、ハーマイオニーはこんな状況でも冷静な頭を持っているのね、感心するわ。だけど、魔法省は知らないはずよ。未登録のアニメーガスが3匹、ホグワーツを徘徊していたことをね』
「ユキ、その話をするなら短めに頼む。俺はもう我慢できない。12年も待ったんだ……」
『12年待ったならあと少し、辛抱しなさいよ』
そう言った直後、背後で大きく木が軋む音がした。
ベッドルームのドアがひとりでに開いた。風かしら……
私はさっと階段の踊り場に出て様子を窺った。
しかし、私の目には何も映らなかった。
おかしいわね。何か気配がしたような気がしたのだけど……
しかし、目には何も映らない。
『大丈夫。誰もいない……はず』
私は振り返ってみんなにそう言った。
「ここは呪われているんだ!」
「ハハッ。叫びの屋敷は呪われていないよ。村人がかつて聞いたという叫び声や吼え声は、私のものだからだ」
リーマスはロンの言葉を笑った後、一瞬懐かしさに目を細めてから話しだした。
自分が狼人間になったわけ。それからダンブルドアが自分に同情してくれ、ホグワーツ入学を条件付きで許可してくれたこと。
暴れ柳は自分が入学したから植えられたという話も。
「ここに続くトンネルは私が使うために作れた。1ヶ月に1度、私は城からこっそり連れ出されて変身するためにここに連れてこられた。暴れ柳は危険な状態の私に出会わないように植えられたんだ」
リーマスがふっと笑って私を見た。
「ホグワーツで私は友が出来た。スリザリンの白蛇と呼ばれていたユキ・雪野。それからシリウス・ブラック、ピーター・ペティグリュー、そして言うまでもなく君のお父さん、ジェームズ・ポッターだよ」
昔を懐かしむように瞳を閉じるリーマスは続ける。
「3人の友人、ジェームズたちは、ちょくちょく満月の晩に姿を消す私の正体をハーマイオニー、君のように悟ってしまった。だが、私が恐れていた事、彼らは私を見捨てたりはしなかった。それどころか、私のためにあることをしてくれたんだ」
リーマスはジェームズたちがアニメーガスを独学で勉強したことを話した。
「僕の父さんも?」
ハリーの目が驚きで丸くなる。
「あぁ。君の父さんとシリウスは学年の中でも賢かったからね。それが幸いした。なにしろ、アニメーガスは変身を間違うととんでもないことになるからね。だから、魔法省がこの種の変身者を厳しく監視しているんだ……すまない、話が脱線したね。とにかく、ピーターもジェームズたちの手を借りて、アニメーガスに成功した」
「でも、それがどうして先生のためになるんですか?」
ハーマイオニーが不思議そうに聞いた。
「人間だと一緒にはいられない。しかし、動物だと別なんだ。3人はジェームズの透明マントに隠れて毎月一度こっそり城を抜け出してそして変身して僕の傍にいてくれたんだ」
リーマスは長い話を終えてほっと息を吐き出した。
「もういいか、リーマス」
「ああ、いいよ。話はだいたい終わった」
「ユキ」
私の方を向いたシリウスに頷き、私は体をどけてシリウスにピーターの姿が見えるようにした。
貸していた私の杖を真っ直ぐにピーターに狙いを定めるシリウス。しかし、「姿を現せ!」そうシリウスが言おうとしたときだった。
「エクスペリアームス!」
シリウスが持っている私の杖が宙を飛んだ。
ハッとして振り返る。
『そんな……セブ……!?』
私は瞳を揺らしてセブを見た。
「復讐とは蜜の味ですな……」
彼はシリウスにピタリと杖の標準を合わせて薄らと笑っていた。
先ほどの気配はセブだったのね!もっとちゃんと確認すべきだった!
自分の未熟さに私は下唇を噛む。
「廊下でこれをみつけましてな。役に立ったぞ、ポッター」
そう言うセブの手には透明マントが握られていた。
「君の部屋に行ったよ、ルーピン。今夜例の薬を飲むのを忘れたようだから我輩がゴブレッドに入れて持っていった。幸運だったよ。君の机の上に地図を見つけてね。ルーピン、君がこの屋敷に繋がる通路を走って行くのが見えた。我輩はピンと来たよ」
「セブルス―――」
「我輩は繰り返し進言してきた。君が旧友のブラックを手引きしているとな。ルーピン、これがいい証拠だ」
狂気をはらんだセブが私に顔を向ける。
「ユキ、我輩がルーピンを捉える、お前はブラックを捉えろ。お前なら出来るであろう」
「セブルス、君は誤解している!」
リーマスが切羽詰まったように言った。
「血迷ってはならない」
「無理だ、リーマス。こいつは血迷うのが癖なのさ。昔っからな」
「ユキ!ブラックをどうにかしろッ」
「はっ倒すのは俺じゃねぇ。ユキ、スニベルスをはっ倒せ!」
『2人とも落ち着いてちょうだい。あと、私を使わないでもらいたいわ!』
「そうですな……」
私の言葉に後押しされるかのようにセブが杖をリーマスに向けて振った。
動く準備をしていた私は直ぐにこれに対応することが出来た。
地を足で蹴り、リーマスを呪文から反らせる。
ドシンと私とリーマスは床に倒れた。
「何をしている!雪野ッ」
ギロリと鋭い瞳が私を睨みつける。
「自分が何をしたのか分かっているのか?こんな犯罪者を庇うなど……」
『間違っているわ。リーマスは犯罪者じゃない。シリウスも違う。冷静になって、真実を見るべきだわ』
「真実だと!?真実とはシリウス・ブラックとリーマス・ルーピンが組んでいて、新たな犯罪を起こそうとしていることであろう」
『そうじゃない!わからず屋っ』
セブにリーマスとシリウスを攻撃させてはならない。呪文がセブから発せられる度にかばっていてはどうしようもない。
私はセブの正面に立ち、走り出せるようにゆっくりと体を沈ませた。
「我輩とやる気かね?」
『もし、話を聞かないとあらば』
「いいだろうッ」
セブが杖を振った。
避けながら地面を蹴ってセブへの距離を詰める。
無唱呪文の失神呪文が床に当たり、バチンと火花を散らす。
私はセブの背後に回り込んでいた。
視界から私が消えたことに慌てたセブは辺りを見渡している。
ぱっと首だけ後ろを振り返ったセブは、体ごと振り向くことは出来なかった。
私はセブの左手をガッチリと抑え、そして、無理矢理杖を持っている右手も後ろへと引かせた。
「くっ……」
セブの口からうめき声が漏れる。
腕を無理矢理後ろに導かれた痛みでセブの手からコトンと音を立てて杖が落ちる。
私はセブの両手首を合わせて、綱で手を結んだ。
「離せ!貴様―――ッ!」
『ごめん、セブ。でも、話を聞いて欲しい』
睨まれて、胸が痛む。しかし、セブは聞くべきだ。セブは聞かなければならない。復讐する相手を間違ってはならない。
「まさかお前がコイツらの仲間だったとはな」
『……シリウス、舌縛り術を』
「失神の術じゃなくてか?」
『舌・縛りの・術!』
キッとシリウスを睨むとシリウスはしぶしぶセブに舌縛りの術をかけた。
これで話せる環境が作れた。
「それでは、証拠を見せる時が来たようだな」
シリウスが言って、金縛りの術をかけられているピーターのもとへと向かったが、ロンの方が素早かった。
ロンは自分のペットが随分と大事らしい。
シリウスより早くさっとピーターを自分の手の中に収めた。
「じょ、冗談はやめてくれ」
私たち全員に見つめられているロンが弱々しく言う。
「スキャバーズなんかに手を下すためにわざわざアズカバンを脱獄したっていうの?」
ロンは助けを求めるようにハーマイオニーとハリーを見ながら言った。
「どのねずみが自分の探しているネズミかなんて、どうして分かるんだ?」
「そうだとも、シリウス。まともな疑問だ」
リーマスがロンの疑問を受けて言う。
「簡単さ。ロン、君は去年懸賞に当たってエジプト旅行に行っただろう。その写真にそのネズミが写っていたんだ。俺にはすぐわかった。こいつが変身するのを何回も見たからな。そして決定的なのは指だ」
ロンがピーターの前足を見てから眉根を寄せる。
「それがどうしたっていうの?」
「指が1本ない」
「まさにだね」
リーマスがため息をついた。
「なんと小賢しい……あいつは自分で切ったのか?」
「変身する直前にな」
シリウスが苦々しげに言った。
「あいつを追い詰めたとき、あいつは道行く人全員が聞こえるように叫んだ。俺がジェームズとリリーを裏切ったんだと。それから奴は俺が呪いをかけるより先に、持っていた杖で地面を吹き飛ばし、自分の周りにいた人間を皆殺しにして自分はネズミがいる下水道へと逃げ込んだ」
「でも、でも、前足がないのだって、スキャバーズがピーターだって理由にはならない。だって、スキャバーズは他のネズミと喧嘩したかなんかで前足を失ったかもしれないだろ?こいつは何年も家族の中でお下がりだったんだ。たしか―――」
『12年間、ね』
私はロンの手の中で震えるピーターを見ながら言った。
『ねえ、ロン。どうしてネズミがこんなに長生きなのか不思議に思ったことはない?』
「そ、それは、僕たちがちゃんと世話をしていたから……」
「だけど、今はあまり元気そうじゃない。どうだね?」
リーマスが続けた。
『想像だと、シリウスが脱獄して自由の身になったと聞いてから恐怖でやせ細ったのよ。この一年間、私たちに追い掛け回されていたわけだしね』
「1年間?」
『この1年あまり、シリウスを私の部屋で匿っていたのよ。そして私たちはほぼ毎日、ピーター捕縛に動いていた』
リーマスの疑問に答えると、キンとした沈黙が部屋に訪れた。みんな衝撃を受けているようだ。
私はそんな彼らに肩をすくめながら話を続ける。
『そこの猫ちゃん、クルックシャンクスも私たちを手伝ってくれたわ』
「あぁ。こんな賢い猫はまたといない。ピーターを見るなり直ぐに正体を見抜いた。俺のことも直ぐに犬ではないと見破った。俺を信用するまで時間はかかったが、信用されてからは俺のことをずっと助けてくれていた」
『さあ、そろそろ話は終わりよ。私も気が長い方ではないのよ』
私はロンに手を差し出した。
「何をする気なんですか……?」
『無理矢理にでも正体を顕させてもらう』
「それには良い方法があるよ。もし本当のネズミだったら、これで傷つくことはない」
『じゃあ、リーマスに任せるわ。私は暴力的な方法でしか解決できないから』
「相変わらず、ユキは怖いなぁ」
『さあ、ロン。リーマスにネズミを渡して』
ロンはためらったが、とうとうピーターをリーマスへと渡した。
金縛りの術で凍りついているピーターは恐怖で顔を凍りつかせて、目はギョロリと緊張で飛び出しそうになっていた。
『人間に戻った途端に術が切れるわ。シリウス、リーマス、準備してね』
「シリウス、一緒にやろう」
「そうだな」
リーマスが床にネズミを置き、ふたりはスキャバーズに照準を合わせて杖を向けた。
「みっつ数えたらだ。ユキ」
『では――――いち、にい、さんっ』
青白い光がふたりの杖から同時に噴出された。
一瞬、ペティグリューは宙に浮き、そこに静止した。そして小さな白い姿は激しくよじれた。
ロンが悲鳴を上げた。
ネズミはボトリと床に落ちた。そして、もう一度目もくらむような閃光が走り、変化が訪れた。
頭が床からシュッと上に伸び、手足が生え、次の瞬間、ネズミがいたところには一人の男が立っていた。
小柄な男。学生時代の面影はまるでない。身長だけが学生時代と同じといったところか。
私は苦無を取り出し、ピーターの膝の裏をガンと蹴った。
膝を思い切り打ち付けて膝立ちになるペーターを見下ろす。
「ユキ……?」
『リーマス、セブの縄を解いて、術も解いて。子供たちを先に城へ連れて行ってもらいたいから』
「何を……」
『決まっているでしょ。コイツを殺るのよ。今まで生け捕りにこだわってきたけどよく考えたら必要ないわ。殺っちゃいましょう。酷いものを子供たちには見せたくないわ。城へ連れ帰って』
ヒッとペティグリューから悲鳴が上がり、奴は逃げようと立ち上がりかけた。
私はペティグリューが立ち上がる前に彼の脛裏を足でぐっと体重をかけて押さえ込む。
「ユキ、落ち着こう」
『私は落ち着いているわ、リーマス。落ち着きすぎているくらいよ。何が悪いの?骸さえあればブラックの無実は証明されるでしょう?』
「そうだけど……」
『それなら早くセブの術と縄を解いて』
リーマスは私に言われた通りにセブの術と縄を解いた。その間、私の視線はピーターだけに注がれていた。
憎い。
こいつが憎い。
こいつが裏切らなかったらジェームズとリリーは死ぬことはなかった。セブが苦しむこともなかった。
そう思うと、どろっとした怒りの感情が胸の中に溢れ出てくる。
ひと振りで殺したくない。じっくりと、痛みを味わわせて殺してやりたい。
それに殺してしまえばもう逃げられることはなくなる。もし何かあってネズミの姿に変身されたら厄介だ。殺ってしまうのがいいだろう。そう思っていた時だった。
「ユキ先生!」
ハリーが私の腕に抱きついてきた。
その行動に驚いて、私は体をビクリと跳ねさせる。
『ハ、ハリー……?』
「こいつは殺しちゃダメだよ」
『……言っている意味が分からないわ。どうして?この男は裏切り者。あなたの両親が死ぬ原因を作った男なのよ。その男を庇うと言うの?』
当惑しながらハリーを見つめていると、ハリーは苦しそうな顔をしながらもその理由を私に言った。
「確かに、憎い。この男を殺したいほど僕も憎いと思っている。でも、ダメだ。ちゃんと司法の場で裁かれないと。シリウス・ブラックは無実だって、ちゃんと皆の前で証明しないと……」
私はハリーの言葉に驚いた。
私にとっては青天の霹靂のような言葉だった。
まさかシリウスと同じくらいピーターに恨みを持っているはずのハリーがこんな事を言うなんて。
私はハリーの気持ちを知ると同時に、自分の浅はかさと、そして残忍さを思い小さくブルリと震えた。
私、暗部の考えが抜けきっていない……いや、それ以上の――――
「ありがとう、ポッターくん!ハリーくん。ジェームズの息子さんっ」
私が自分自身のことを思いため息を吐きながら首を振っているとペティグリューが叫んだ。
「あぁ、それに、友よ、懐かしの友よ……」
シリウスの杖腕が上がったのを見て、私はシリウスに首を振った。
たしなめるような目で見ると、チッと舌打ちはしたが、シリウスは思いとどまってくれた。
「ジェームズとリリーが死んだ夜、何が起こったか今話していたんだ。君も聞いていただろう?」
「君はブラックの言うことなんか信じないだろうね?あいつは私を殺そうとしたんだ、リーマス……」
「そう聞いていたんだがね、ピーター。ところで、2つ3つすっきりさせたいことがある。君がもし―――」
「こいつはまた私を殺しにやってきた!」
ペティグリューが突然ブラックのことを指差して金切り声を上げた。その指には人差し指がない。だから、中指で指差している。
「こいつはジェームズとリリーを殺した。今度は私も殺そうとしているんだ。助けておくれ、リーマス……」
「少し話の整理がつくまでは誰も殺したりしないよ」
リーマスが冷たく言う。
「整理?」
「そうだ。お前は例のあの人側の人間だった。それを確かめたい」
「まさか!私は例のあの人の仲間ではない!例のあの人の仲間はあいつだ!私を殺そうとしているシリウス・ブラックだ!」
ペティグリューが甲高い声で続ける。
「こいつは闇の魔術を使って、名前を言ってはいけないあの人から教えられた術によってアズカバンを脱獄したんだっ」
シリウスが突然笑いだした。ゾッとする、虚ろな笑い声が部屋に響く。
「ヴォルデモートが俺に術を?」
ペティグリューはビクリと体を震わせながら縮こまった。
「ハッ。どうした?懐かしい主人の名前を聞いて怖気づいたか?無理もないな、ピーター。昔のお前の仲間はお前のことを快く思っていないようだからな。違うか?」
「き、君が何を言っているか、わ、分からない……」
「お前はこの12年間、俺から逃げていたわけではない。逃げていたのはヴォルデモートの仲間たちからだ。アズカバンの囚人、昔の俺の仲間たちの寝言で聞いたんだ。俺たちを裏切ったお前がさらに闇側を裏切ったとな。もし、お前が生きているとまだ捕まっていない闇側の人間が知ったら?どうなるだろうな……?」
「な、何の話をしているやら分からない。リーマス、君は信じないだろうね。こんな馬鹿げた話なんかを―――」
「はっきり言ってピーター、何故無実のものが、12年間もネズミに身を落として過ごしていたか理解に苦しむ」
「私は無実さ。だが、怖かったんだ!」
「ヴォルデモート支持者が何故私を追っているか。それは、大物であるスパイのシリウス・ブラックを監獄に送ったからだ!」
「よくもそんなことを言えたものだな!」
シリウスは叫ぶ。
「俺はジェームズとリリーを、俺はジェームズを裏切ったりなんかしねぇッ。あいつは俺の親友だ。ジェームズを裏切るくらいなら、俺は死んでいた!!」
激しく言い終わった後、シンとした部屋の中にシリウスの荒々しい息づかいだけが部屋に満ちる。
皆がそれぞれの思いに耽っていた時だった。
「僕、信じます」
ハリーの小さな、しかし、はっきりと意志のこもった声が部屋に響いた。
「そ、そんな……」
ペティグリューはガクガクと震えて両手を床についた。そして哀れみを請うように身を捩りながらリーマスを見上げる。
「た、頼むリーマス、信じないでくれ、計画を変更したのなら、親友の君に話していたはずだろう?」
「シリウスはどうやら私がスパイだと思っていて話さなかったんだろうな」
「あたりだ、ムーニー。すまない」
「いいさ。その代わり、私が君をスパイだと思っていたことも許してくれるかい?」
「もちろんだ」
シリウスがニヤリと口角を上げて言った。
「さあ、こいつを連れて行こう」
「ユキ、縛ってくれ」
『了解』
シリウスに言われてペティグリューを縛る。布で口に猿ぐつわを噛ませてしゃべれないようにする。
『誰かペティグリューと繋がっておかないと』
「私が」
「僕も」
リーマスとロンが名乗り出た。
シリウスが空中からヒョイと重い手錠を取り出してふたりに渡す。
『それじゃあ行きましょう』
私たちはクルックシャンクスを先頭に部屋を後にしたのだった。