第4章 攻める狼
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16.侵入事件
震えるような1月。
私はリーマスの部屋へとやってきていた。
『パトローナスの練習なんだけどね、ちょっとハリーと色々ありまして……一緒に練習するのは難しいかと……』
「色々??」
私は訝しげな顔をするリーマスに、ハリーがシリウスに復讐するのをやめさせるためにシリウスに変化してお灸を据えたことを話した。
それ以来、私はハリーに避けられてしまっているのだ。
『私がいたらハリーがまともにパトローナスの練習出来ないでしょ?だから私、ハリーと一緒の時間には……』
「そうか。それなら別の時間にすればいいよ。だけど……ハリーは驚いただろうね」
『ちょっと強くお灸を据え過ぎたわ。でも。後悔していない。人を殺めるということがどういう事か、よく考えて欲しかったから』
「そうだね。僕もユキにシリウスの幻影を見せられてから良く考えたよ。僕はシリウスが無罪だと信じている。だけど、ジェームズたちを裏切って大量殺人を犯した可能性も捨てきれないんだ……その事を考えると、彼と対面した時に躊躇は出来ない。直ぐに杖を振るよ」
もちろんその時は殺傷性の低い失神呪文程度にしておくよ。とリーマスは私の目を見ながら言った。
「さて、それじゃあパトローナスを練習する時間を決めよう。いつがいい?」
『ありがとう!ええとね……
仕事が終わった金曜日の夜9時。
私は闇の魔術の防衛術の教室を訪れていた。
パトローナスを教えてもらうためだ。
部屋に入るとリーマスはまだ来ていなかったので部屋に灯りを灯して待っていると、ほどなくしてリーマスが教室に入ってきた。荷造り用の大きなトランクを抱えている。
「お待たせ」
『夜遅くにごめんなさいね』
「君と一緒に過ごせるんだ。何時だって大歓迎だよ」
リーマスはそう言ってニコリと笑ってくれる。
『そのトランクは?』
「中にボガードが入っているんだ」
何故?と首をかしげる私に「呪文を打つ対象物があった方がやりやすいだろ」とリーマスは言った。
「さて、守護霊だけど、呪文は知っている?」
リーマスが自分の杖を出しながら聞いた。
『たしかエクスペクト・パトローナムだったわよね』
「正解だ。守護霊を出すには何か一つ、一番幸せだった思い出を思い出しながら呪文を唱えるんだ」
リーマスが杖を掲げて呪文を唱えた。
『うわあっ!』
私の口から感嘆の声が漏れる。
リーマスの杖先から出た銀色の光は形を変えて狼へと変身し、宙を走り、私の周りを軽快に一周した。
見ているだけで心が温かくなる魔法。
「それじゃあ、ユキ。やってみようか」
『うん!』
私も綺麗な銀色の動物を出現させてみたい。
私は自分の一番幸福な記憶を思い出そうと目を閉じた。
頭の中に浮かんだのは、過去に行って送った学生生活のこと。
暗部時代とは違い、賑やかで、楽しくて、笑いに溢れていた学生生活。
私は学生時代に思いを馳せながら瞼を開ける。
『エクスペクト・パトローナム!』
シューーー…………プスンっ
『……あらら???』
予想と違う結果に私はガッカリだ。
銀色の何かがシューっとは吹き出したのだが、ガス切れしたようにプスンと消えてしまったのだ。
『全然ダメね』
眉を下げながらリーマスの方を見る。
「そんなことないよ。初めてでそこまで出来たら十分さ。よし!それじゃあボガードを出してやってみよう」
『もう!?』
リーマスって意外とスパルタなのね……
リーマスがトランクの鍵を開けてパッと開け放った。
パッと私の目の前に飛び出してきた黒い影はぐるぐると回転し、白い狐の面をつけた私の姿に変わる。
忍術を発してボガードを退けたい衝動に強く駆られるが、私はその衝動を抑えて杖をぐっと握り直してボガードへと向けた。
『エクスペクト……っ!』
リーマスが背後で小さく息を飲んだ音が聞こえた。
ボガードの私が仮面を取ったのだ。
口の端を上げた暗部独特の微笑みに全く笑っていない感情のない目は何を考えているか読み取れない。
私は思わず一歩後ろへと下がった。
頭の中に次々と暗部時代の記憶が流れてくる。
残酷な暗部訓練生の卒業試験、担任だったハヤブサ先生の暗殺命令、ある一族の抹殺を命じられたあの日、「この子だけは」と叫ぶ母親を無視して任務を遂行した時のこと……
「ユキ!」
ガタンッ
私は膝から床に崩れ落ちていた。
見ないようにしていた過去が心に重くのしかかる。
膨らむ罪悪感に胸が潰れる。
「エクスペクト・パトローナム!」
私はハッとして顔を上げた。
ボガードから私を庇うように銀狼が私の前に躍り出る。
あぁ……胸が温かい……
私の目からはポタポタと涙が零れる。
「リディクラス!ユキ!大丈夫かい?」
リーマスが私の体を支えるように肩に手を回してくれる。
『私は劣等生ね』
「そんなことはない。この呪文は成人の魔法使いでもできない者も多いんだ。一度の失敗を気に病むことはない。そんなことより……」
リーマスの視線の先はボガードが逃げていったトランクだ。
私は自嘲するように笑いながら口を開く。
『あれは私よ。元にいた世界で忍として働いていた私の姿』
「そうか……」
私は首を斜め後ろに回してリーマスの顔を見る。
『聞かないの?私の昔のこと……』
そう言うと、リーマスは困ったような顔をして「ユキは言いたくないんじゃない?」と言った。
私は前を向いて黙りこくった。
胸の中にあるズシリとした重み。
誰かに話して楽になりたいという気持ちもある。また反対に、過去の自分を知られるのが怖いという気持ちもある。
私は肩に置かれているリーマスの手の上に自分の手を重ねた。
このままでは私は壊れてしまう。
ユキは最近感じていたのだ。この世界に慣れていくにつれて過去の自分が自分の首を絞めている感覚を。
平安で幸せな日々を自分なんかが過ごしていて良いのだろうか。
過去に大罪を犯した自分が平安な日々を送っていてもいいのだろうか。
ユキの精神は、少しずつ蝕まれていき、今や危ういバランスになっていた。
ユキはリーマスの手をぎゅっと握る。
リーマス……
私と彼は似ている。そう思うことが学生時代多々あった。そんな彼になら話せるかも知れない。
聞いてもらってもいいだろうか……
少しだけ、少しだけでいいから聞いて貰いたい……
ユキは大きく深呼吸をしてから、口を開く。
『忍の話はしたわよね』
「うん。要人の護衛や、機密文書の伝達、諜報活動をする、言うなればスパイのようなものだろう?」
『えぇ。でも、その他にもね、別の任務があった。それは……暗殺』
リーマスが息を止めたのが聞こえた。
嫌われるかもしれない。
怖さはあったが、ユキはここで話をやめるわけにはいかないと思い、思い切って続ける。
自分は孤児で、1歳満たない時に森の中に捨てられており、暗部の訓練所で育てられたこと。
暗部養成所は木ノ葉の暗殺戦術特殊部隊の人員を養成する機関であり、卒業した自分は暗部で暗殺を仕事にしてきたことを話した。
担任を暗殺したこと、幼い子供を暗殺したことは話さなかったが、自分の生い立ちを話したユキの心にはどっと疲労感が押し寄せてきた。それだけ話すことが辛かったのだ。
ユキは両手で顔を覆い、深く息をする。
『私は、ヴォルデモートと変わらないのよ。いえ、ヴォルデモートなんかよりずっと人を殺めてきたわ。今まで黙っていてごめんなさい、リーマス。こんな私を軽蔑するでしょ?もし、あなたが私と絶縁すると言っても私はあなたを責めたりしないわ。当然だもの』
一気に言う。
ユキの頭の中に突如暗殺してきた者たちの悲鳴が聞こえてきて、ユキは自分の体に手を回し、自身をぎゅっと抱きしめた。
爪が肌へと喰いこむ。
頭の中を流れていく、消したくても、消せない記憶……
「ユキ……」
ふいに頬に落とされたキス。
ユキは振り返り、目を丸くして、リーマスを見上げる。
リーマスはユキに微笑みを浮かべていた。
「ありがとう、話してくれて」
『リーマス……?』
「辛かったろう。一人で抱え込んで」
そう言ってリーマスはユキを包み込むように抱きしめた。
温かいリーマスの体温がユキに伝わり、それをユキはもっと感じようとリーマスの体に震える手を回し、ハグをする。
「君は例のあの人なんかとは違う。似ても似つかないよ。だって君は君が歩んできた人生を自ら選択できたわけじゃない。辛い道を歩んできたんだね」
『忍者であることには……ほ、誇りを持っているわ……で、でも、ヒック、やりたくないことも沢山あった』
「うん」
『断れば、私は生きてはいけなかった。裏切りは死を表すから。私は、命令に従うしかなかった……!』
「うん……」
これは人を殺したことを正当化する言い訳だろうか?
私は許されるべきではない。そう思うのにリーマスが優しく私の頭を撫でてくれて、温かいものが体に広がり……あぁ、生きたい。この温かな世界で生かせて欲しい。
私は思考を止めた。
リーマスに体を預け、彼の温かさに浸った。
ありがとう、ありがとう――――――
「僕にこのことを話してくれてありがとう」
『リーマスだから話せたんだわ』
「弱ったな……君に惚れそうだ。いや、もう惚れているけど」
リーマスがくすくすっと小さく笑うのにつられて私は小さく笑い声を上げる。
私の気持ちはいつの間にかスっと軽くなっていた。
『さあ!練習を続けないと。リーマス、もう一度お願いできる?』
「あぁ、もちろんだ」
『次は絶対に出してやるんだから』
腕まくりをして杖を掲げる。
「いくよ!それっ」
目の前でぐるぐると回ったボガードは再び私の姿に変わった。
しかし、先ほどのように私の心は動じなかった。
杖をまっすぐにボガードに向け、私は考える。
この世界で出会った温かい人たち。慕ってくれる生徒たち。
楽しかった学生生活、ふざけあった日々―――――――
『エクスペクト・パトローナム!』
杖先から吹き出す銀色の煙。
「よし!やったぞっ」
九本の尾を持つ銀色の狐はユキとリーマスの周囲を飛び回ってゆっくりと消えていった。
私は、許されたい
私は、光の中で生きたい
私は、もうあの時の私には戻らない
償わせて。周りに従うのではなく、自分で選ぶ未来で、誰かの為になることをする生き方で――――――
『ただいま』
パトローナスの練習を終えて自室に戻った私は目をパチパチさせていた。
目の前にクィリナスが二人いる。
『ええと……』
「おっ!その顔はどっちが俺だか分かってないな」
クィリナスに変化していたのはシリウスだ。私は見た目だけは完璧にクィリナスに化けていたシリウスに拍手する。
『すごいわ。この前まで顔だけ、体だけしか変化出来なかったのに急に上達したわね』
「俺にかかればこんなもの「私がつきっきりで訓練しましたからね。当然です」
クィリナスに言葉を遮られてシリウスが肩を竦めた。
さすが元先生だったこともあってクィリナスは教え方が上手い。
「なあ、ユキ。そろそろ外に出たいのだが……」
変化術を完璧に習得出来たら部屋の外に出ても良いとシリウスに言っていた。
では、試させてもらいましょう。
シリウスには明日の休日一日、部屋の中でだが私の姿で生活してもらうことにした。
もちろん私の言葉遣い、仕草なども真似てもらう。
「ん~~このチキン旨……美味しい~~」
『ギリギリセーフ、かな』
「私、シリウスのことが……好き」
「ユキが好きなのは私です!ゴホンっ。クィリナス……私、あなたのことが……」
『2人とも私の術の餌食になりたいの?』
「「っ!?す、すみませんでしたッ」」
こんな感じでふざけながらもシリウスは丸1日私の姿で過ごすことが出来た。
「よっしゃあっ!これで外に出られるぜ」
大きくガッツポーズするシリウスを見て私は微笑む。
ずっと軟禁状態にあったから外に出たい気持ちは良く分かる。
『ただしね、先生方や生徒たちは私の影分身が私と全く同じ"記憶"や"力"を持っていることを知っているの。だから、授業のことを質問されたり、私しか答えられないような質問もしてくる。出来るだけ私のそばから離れない方がいいわ』
「そうだな。ボロが出て怪しまれたらユキに迷惑がかかるもんな」
『ふふ、物分りいいじゃない。で、ついでと言ってはなんですが……』
「あん?」
『私の授業のお手伝いをして下さい』
にこっと笑ってそう言う私にシリウスは「もちろんだ」と笑いながら頷いてくれた。
「私もユキと一緒にいたいのに……くぅ、また任務が入るとは……」
横に居たクィリナスが唸る。
どうやら次の任務がダンブルドアから命じられたらしい。
「お前が留守の間、ユキの事は俺に任せとけ。と言うか、お前がいない間にユキは俺のものになるから帰ってくんな」
「ふん、お前のような駄犬にユキが惚れると思うか?」
「お前と違って、女の落とし方には自信があるからな。まあ見てろ」
「こんのピー(自主規制)野郎っ」
「言ったな!この万年童貞野郎がッ」
『ねえ、ピー(自主規制)とドーテイってどういう意味?』
「「すまん(すみません)。ユキ、忘れてくれ(下さい)」
こうして、シリウスの変化試験は無事に終了したのだった。
そして、週が明けた月曜日。
私はシリウスと並んで廊下を歩いていた。大広間に朝食を取りに行くためだ。
「ユキと俺、2人で行って怪しまれないか?」
『影分身にエネルギー補給をさせたいからって言い訳すれば大丈夫よ』
「お前ってけっこう大胆だよな」
『時には大胆に行動しないと忍の任務はこなせないからね』
職員テーブルについたのは私たちが1番だった。
椅子が足りなかったのでシリウスが空中に椅子を描く。
くるくると空中で回った椅子はストンと私がいつも座る椅子とリーマスが座る椅子の間に落ちた。
「そういやぁハリー、マクゴナガルに箒返してもらえたんだろうか?」
私の隣でベイクドビーンズとベーコンを皿によそいながらシリウスが見ている先はグリフィンドール寮のテーブルだ。
ハリーの箒は今、ミネルバとフリットウィック教授が協力して呪いがかけられていないか調べられている。
「俺がハリーの箒に呪いなんかかけるわけないのに、チクショウ。その作業、次の試合までには終わるんだろうな」
『ミネルバはあと数種類呪文を試したら終わりにするって言っていたけど……あ!セブとリーマスがくるわ。気をつけて』
観音開きの扉からセブ、リーマス、フリットウィック教授やスプラウト教授が入ってくる。ちょうど先生たちの朝食の時間だ。
「おはよう、ユキ。なんで今日は影分身と一緒にいるの?と言うか、影分身はどっちだい?」
『私が本物で隣が影分身よ、リーマス。最近少し疲れ気味だからしっかり栄養補給をしたくて分身にも食事させてるの』
「分身に食事させるのはいいが……お前、分身の方に杖を預けてあるのか?」
よく見ていらっしゃる!
私は日頃からシリウスに杖を預けていた。
セブったら杖フォルダーなんてよく見ているわね……
私は内心の動揺を隠しつつ、左隣のセブににこりと微笑む。
『1時間目の実技の時間で影分身に補助を頼んでいるのよ。その関係で杖を持たせてあるの』
「そうか」
セ、セーフ……
この言い訳に納得して紅茶をコポコポティーカップに注ぐセブの横で私は冷や汗を拭う。
しかし、私が安心するのはまだ早かった。
「次のレイブンクローとのクィディッチ戦、どっちが勝つと思う?」
「本心を言うとグリフィンドール。だけど、こらこら。僕らは教師なんだ。どちらかを贔屓しちゃダメだろ?」
「そう固いこと言うなって、リーマス」
私の顔をしたシリウスがフォークにブスリとソーセージを突き刺してニヤリとリーマスに笑いかけている。
この、駄犬め!リーマスが戸惑っているじゃないのっ。挙句にどっちが勝つか賭けないか?みたいな事を言い出すシリウスの足のすねを私は机の下で蹴飛ばす。
「――――っ!」
「ユキ?」
「な、なんでもねぇ、な、ないわ」
はああぁまったく!
さっさと食事を終えて大広間から出て行ったほうがいいと考えていると、大広間に賑やかな声が入ってきた。
「何の騒ぎだ?」
眉間を寄せるセブの視線にいるのはグリフィンドールの生徒たち。しかもその大勢の輪の中にはハリーがいるものだからセブの機嫌は最高に悪い。
「五月蝿い。減点してやる」
『まあまあ。このくらい良いじゃないの。何か嬉しいことがあったみたいよ』
明るい声を響かせる彼ら。
一番初めにその原因に気がついたのは右隣にいたシリウスだった。
「あれはファイアボルトだ!俺がモゴゴゴゴゴ」
『分身ちゃん。お行儀よく食べましょうね~』
(たぶん)「俺が贈った」と叫びそうになったシリウスの口を大慌てで塞ぎ、椅子に座らせながら睨みつける。何度でも言うわ。この、駄犬がッ!!!
「ファイアボルトって去年でたばかりの最新の箒だよね。かなり性能が良いって聞いている」
リーマスが嬉しそうに顔を綻ばせているハリーやグリフィンドール生を微笑ましそうに見ながら言う。
「何故あんな高価なものをポッターなんかが」
対してセブの方は箒を呪い壊しそうな顔で睨んでいる。
せっかく箒に何も呪いがかけられていないと証明されたのに新たな呪いがかかったら大変だ。
「このオレンジ食べない?美味しいよ。剥いてあげる」
私はセブの気を逸らすために話しかける。
「よせ。自分で出来る」
「いーじゃない。やってあげる」
ベリベリとみかんのようにオレンジを剥いてセブに差し出すと照れながらも受け取ってくれた。
私が剥いたオレンジをモグモグ食べるセブが可愛いなとか思いつつ、私は右隣の方にも注意を向ける。
「ユキ、次の合同授業のことだけど―――
「上級生と下級生に分けた方がいいじゃないかしら。例えば―――
私は隣の会話に耳を傾けながら満足げに口の端を上げていた。
初めはどうなることかと思ったけど、シリウス、ちゃんと私に化けられているじゃない。
リーマスと楽しそうに話すシリウスを見ながら私はそう思っていた。
のだが……
グリフィンドール対レイブンクローの試合があった日の夜。
合同授業に関することでリーマスの部屋を訪ねに行った私は自室に帰ってきて愕然としていた。
リビングのテーブルに残されていたのは「ちょっと出てくる」と殴り書きされたメモ。
私は慌てて自室を飛び出した。行くところといったら一つしかない。グリフィンドール棟だ。
雪が入り込む吹きさらしの廊下を走っていく。その時、
「先生方は今すぐグリフィンドール寮入り口にお集まりください」
ソノーラスで響かされたミネルバの声が城中に響き渡る。
シリウスは無事だろうか。
気持ちがはやる中、廊下を走る私の目に映るもう一人の私の姿。
私は足を止め、目の前のシリウスを怒りと安堵の入り交じった目で見つめる。
「すまねぇ」
『はぁ。謝罪なんかいいわ。それよりへまはしなかったでしょうね』
「あぁ。グリフィンドール棟に入るときから俺の姿に戻った。合い言葉を書いた紙を例の猫が俺に届けてくれてグリフィンドール寮には入れたんだが、結果はこの通りだ」
シリウスは溜め息を吐き出しながら肩を竦めた。
例の猫、というのはハーマイオニーの飼い猫クルックシャンクスのことだ。
クルックシャンクスは不思議なことに人の言葉を解することが出来る。
シリウスはクルックシャンクスと少し前から仲良くなっていてスキャバーズの捕縛を協力してくれるように頼んでいたのだ。
「ハリーの友人ロンに姿を見られちまったんだ」
シリウスは悔しそうに唇を噛み首を振る。
「あの子が目を覚まさなきゃペティグリューを捕まえられたのに!」
『残念ね』
「いつまであいつを野放しに……くそっ!」
シリウスが苛ただしげに柱を拳で叩いた。
私はそんな彼の手を取る。
赤くなったシリウスの手から彼の悔しさと怒りが伝わってくる。
『落ち着きましょう、シリウス』
冷たい風が私たちにふきつける。
今はきっと耐え時。
『近いうちに必ずペティグリューを捕まえられるわ。だから今は耐えましょう。落ち着いて、シリウス』
「ユキ……あぁ、そうだな。耐えねぇとな……奴は必ず捕まえられる。必ず……」
ユキの自室へと戻るシリウス。
グリフィンドール棟へと走るユキ。
二人は胸の中でペティグリューの捕縛を誓った。