第1章 優しき蝙蝠
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11.クィディッチ
11月に入り、ホグワーツを取り囲む山々は灰色に変わり湖も氷が張っている。
腕はマダム・ポンフリーから貰った薬で良くなってきており今は少し痛む程度だ。
マダムには鍛錬で骨折した、と言ったら「またですか!」と怒られた。
骨折は初めてだ、と言い訳したら更に怒られた。
この数日、スネイプ教授とは言葉を交わしていない。
私は自分の中にあるモヤモヤした感情が処理できず、心理の本を読みあさっている。
図書館から帰る途中、私を見つけて中庭からハリーが駆けてきた。
「ユキ先生!」
『クィディッチ練習の帰り?』
私を見つけると嬉しそうに飛びついてくるハリーが今日は真剣な顔をしている。その様子に首を傾げる。
内緒の話がある、と言われ手を引かれて中庭の植木の影まで連れてこられた。
「先生、今から話すこと内緒にして頂けますか?他の先生には聞けない話で」
「えぇ」
戸惑いながら頷くとハリーはあたりを見渡し躊躇いがちに口を開いた。
「あの、三頭犬……って知ってますか?」
『まさか、ハリー』
思いがけない言葉に笑顔が凍る。
「あ、ち、違うんです!ええと、僕。昨日偶然聞いちゃって。スネイプにクィディッチの本を取り上げられて」
私が眉を顰めたのを見て慌ててハリーが話し始める。
「偶然スネイプが職員室で三頭犬に足を噛まれたって、話しているのを聞いてしまって。それで友達と話していたんです。あの部屋には何があるのかなって」
気まずそうに言いよどむ彼はどこまで部屋のことを知っているのだろうか。
あの三頭犬に会ったのだろうか。
見たところ怪我はしていない。
『私は新任だから何も聞かされていないのよ。好奇心が沸くのは分かるけど校長先生の言う通り四階のあの廊下には入らないでね』
厳しい口調で言われハリーは肩を落とした。
『……でも、もし、何か危険なことに巻き込まれたら教えて頂戴。その時は助けに行くわ。あくまでも、巻き込まれたらね。自分から飛び込まないように。いいわね?』
「本当に?何かあったら助けに来てくれますか?」
『もちろん』
「よかった!ユキ先生が味方なら心強いや」
パッと顔を輝かせ走っていった。
味方ってことは、ハリーの中では敵だと思う人もいるのかしら……
天を仰いで大きく息を吐く。
好奇心旺盛な笑顔が気にかかる。
ダンブルドア校長に四階の部屋について聞こう。
聞けなかったら、三頭犬を突破して仕掛け扉を開けてみよう。
***
試合当日、11時。
最年少シーカーのデビュー戦だ。
私はスネイプ教授と顔を合わせるのが気まずく競技場の前でウロウロしていた所をハグリッドに声をかけてもらった。
「お、ユキはスリザリンカラーなんだな」
『?』
帽子を指さされて気づく。
せっかくもらったのだからと今日は魔女スタイル。
黒服、黒マント、貰った帽子には緑ライン。
ここに来るまでスリザリンの生徒たちが大喜びで「ユキ先生はスリザリンだ!」と言っていたのはこの事だったらしい。
やっと理解できた。
「ハリーがユキ先生に良いところ見せたいって話しとったぞ」
『フフ。 楽しみね』
観客席は満員で試合はまだ始まっていないのに生徒たちの声で賑わっている。
「ちょういと詰めてくれや」
「ハグリッド!ユキ先生!」
ロンとハーマイオニーはギュッと詰めて二人が座れるように席を空けてくれた。
“ポッターを大統領に”と旗が掲げられているのが見えて頬が緩む。
『あの旗は手作り?』
「ディーンが絵を書いて、ハーマイオニーが魔法をかけたんだ」とロン。
『ディーンは絵が上手いのね!ハーマイオニーも1年生には難しい魔法を凄いわ』
私の言葉に二人の顔がパッと赤くなる。
あれこれ話しているうちに選手が入ってくる。
ハリーは緊張しているかと思ったが私を見つけて手を振ってきた。
さすが最年少シーカーは度胸がある。
十五本の箒が空へと舞い上がった。
『クィディッチって危ないスポーツじゃないですよね?』
クィディッチ今昔を膝の上に広げながら尋ねる。
「時々、行方不明者は出るが……まぁハリーなら大丈夫だろ」
マダム・フーチの笛の音が高らかに響く。
「さぁ、始まりました。グリフィンドール対スリザリン。クアッフルはグリフィンドールのケイティ・ベルからアンジェリーナ。素晴らしい動き!その上かなり魅力的であります!」
「ジョーダン!」
ジョーダンとマクゴナガル教授の二人のやりとりに思わず笑ってしまう。
この平和な環境が時々夢ではないかと思う。
生徒たちには何にも怯えず楽しい学校生活を送って欲しい。
周りには大声を張り上げて応援をする生徒たち。
私も迫力ある試合展開に一緒になって声をあげる。
私は、こうやって今みたいに、誰かと同じ感情を共有できている。
誰かを信じる、とか、信じないとか、何をクヨクヨ悩んでいるのだろう。
その時その時で判断していけばいいのに。
声を枯らさんばかりに叫び応援しながらふとそう思った……。
「……ちょっと待ってください。あれは、スニッチか!?」
ジョーダンの言葉で双眼鏡に目をあて、空を見上げる。
スニッチを追っていると、おかしな動きをしているハリーが視界に入った。
ハリーを乗せた箒は上へ上へと試合から離れていっている。
『箒が壊れた?』
「そんなこたぁない。強力な闇の魔術以外、箒に悪さはせん」
双眼鏡に目をあて目当ての人物を探す。
クィレル教授がブツブツと呪文を唱えていた。
「見て!スネイプよ……何かしてる!箒に呪いをかけてるわ」
「僕たちどうすりゃいいんだ?」
ハーマイオニーの言葉でスネイプ教授の方をみる。
私にはスネイプ教授とクィレル教授のどちらが呪いをかけていて、どちらが反対呪文を唱えているか分からない。
真下ではハリーの落下に備えてウィーズリーの双子が輪を書くように飛んでいる。
あちこちからあがる悲鳴。
落ちるのも時間の問題。
呪いが分からないから反対呪文を唱えられないわ。
どうしようか考えていると「私に任せて」とハーマイオニーが駆けていった。
私も急いでその後を追う。
人が多くてなかなか前に進むことができない。
まっすぐスネイプ教授に向かうハーマイオニーはクィレル教授にぶつかり、彼は頭から前のめりに倒れた。
ハリーを見ると箒の動きが元に戻っていた。
クィレルが黒
あたふたと起き上がるクィレル教授に近づく。
『クィレル教授』
声色と視線で彼は私の考えが分かったらしい。
すぐに起き上がり観客席から逃げていった。
その後を追いかけ階段を下り、観客席下の通路まで出る。
どこに行った?
埃っぽい通路は視界が悪い。
上には人が多く気配が感じにくい。
鼻もきかない。
突如、地響きのような大歓声が上の観客席からあがった。
『っ!?』
気づいた時には遅かった。
至近距離から放たれた呪文を避けることは出来ずに吹き飛ばされ、柱に叩きつけられた。
応戦しようと印を結ぶために手を動かそうとしたが上がらない。
柱に叩きつけられた時に治りかけていた手が折れていた。
無言のクィレル教授が杖を振り、私の体は再び柱に打ちつけられる。
「グリフィンドール、170対60で勝ちました!」
大歓声が頭に響く。
これだけ体を打ち付けたのに気絶しない自分の体の強さにビックリだ。
グリフィンドール勝利の声を聞きながら思う。
「Ms.雪野、すみません」
何でこの人、謝っているのかしら?
クィレル教授にそっと抱き抱えられるのを感じる。
私は優しい扱いに眉を潜め、ついに意識を失った。
「あれ?ユキ先生!?」
自寮が負け、観客席からいち早く降りてきたスリザリン生が足を止める。
ユキを抱いていたクィレルがギクリと足を止めた。
「ユキ先生!どうしちゃったんですか!?」
「ミ、Mr.マルフォイ、だ、大丈夫ですよ。人に酔って、き、気分が悪くなって、し、しまったのです」
蒼白い顔で気を失っているユキをスリザリン生が取り囲む。
クィレルは壊れ物を扱うように丁寧に抱き抱え、一歩引いた。
「い、医務室に、つ、連れていきますから、だ、大丈夫ですよ」
にっこりと笑い、颯爽と歩き去るクィレル。
ドラコは落ちていた緑ラインのはいった帽子を拾い、オドオドした様子のないクィレルの背中をポカンと見送った。
***
「セブルス、ユキを見なかった?どこに行ったのかしら。試合前にグリフィンドール席にいたのを見たのだけど」
「先に失礼します」
クィレルの呪文を反対呪文で応戦し、さらにスリザリンが負けたスネイプは気分最悪で教員席を立った。
階段を降り、通路に出ると人ごみの中に自寮の生徒が佇んでいる。
通り過ぎようとしたが手に持っていた帽子を見て足を止めた。
「ドラコ、それは君たちがMs.雪野に贈った帽子では?」
「あ、スネイプ教授!ユキ先生が倒れちゃって、今、医務室に行ったところなんです。大丈夫かな……」
「心配ないわよ。今日のクィレル先生、なんか頼もしそうに見えたし」
思わぬパンジーの言葉にスネイプは目を見開く。
「Ms.雪野はクィレル教授に付き添われて医務室へ行ったのか?」
「いえ。ユキ先生、気を失ってて。抱き抱えられてそのまま。だから僕たち心配してて」
ドラコの言葉を最後まで聞かずスネイプは走りだす。
あの馬鹿者
玄関ロビーを抜け、足の痛みに顔を歪めながら、しかし速度を落とさずに全力で階段を駆け上がる。
廊下を曲がった時クィレルの部屋のドアが閉まるのが見えた。
「アロホモーラ!」
外に開かれる扉。
杖を構えて飛び込むとユキを抱くクィレルが苦々しげに振り向いた。
「雪野を返せ」
焦るようなスネイプの言葉にクィレルの口の端があがる。
「彼女はあなたのものではない」
「我輩は校長から雪野を監視するように言われている。返せ!」
杖を突きつけたまま片手でクィレルの腕からユキを奪う。
スネイプは自分の心の苛立ちをはっきり感じていた。
「お前には後で話がある」
杖先を向けたまま後ずさり、扉を閉めた。
スネイプは杖をしまい両手で抱えて医務室へと急ぐ。
腕の中のユキは青白い顔をしてピクリとも動かない。
体は普段の食事量からは考えられないほど軽く華奢な体つきをしていた。
強い力で抱きしめれば折れてしまうのではないかと思うほど。
「馬鹿者」
今度は口に出して言い、その存在を確かめるように抱き抱えているユキを自分に引き寄せた。
***
『ん……』
「雪野」
優しく響く低音に目を開けると、ぼんやりとした視界に心配そうな顔をしたスネイプ教授の顔が映る。
『私……ここは?』
「落ち着け」
起き上がろうとした体は両手でベッドに戻される。
『どうして、スネイプ教授が?私はクィレル教授に……』
スネイプ教授はスリザリンの生徒から話を聞き、クィレル教授の部屋から医務室へ運んだことを説明してくれた。
話を聞きながら自分の体を確認する。
『もしかして、私』
「いや。部屋に入ってすぐ、お前を連れ出した。念のため確認もしたが、おかしな呪いもかけられていない。大丈夫だ」
『そ、そうですか……』
目を瞑り、安堵の息を吐き出す。
スネイプ教授が来てくれなかったら、どんな呪いをかけられていたか分からなかったわ。
本当に危なかった。
『ありがとうございます。助けていただいて』
「……あいつに近づくなと言ったはずだ。なぜ関わる?」
『ハリーが危なかったから』
「ポッターのためか」
『生徒ですから』
白い天井を見上げ、強く目を瞑る。
「気分が悪いのか?」
『いいえ。大丈夫です』
暫く考えたあと大きく息を吐き出す。
そして気持ちを固めてスネイプ教授を見た。
心が震える。
『……あの時は酷いこと言ってすみません。あなたの過去の事』
スネイプ教授の暗い瞳が揺れるのをみて胸が締め付けられた。
どこか悲しげな表情を見て自責の念が押し寄せてくる。
『私は、誰かを信じるのがとても難しい。とても怖い。誰かを信用したことがなかった。他人に心を開くな、誰かを信じるのは愚かだと思ってきたから』
頭も視界もグルグル回りながら、自分の思いを伝えようと言葉を探す。
『私、三頭犬から助けてもらったのに、酷いことを言った。でも、あなたは今回も……私を助けてくれた』
この人を信じてみよう。
過去がなんであろうと、自分を助けてくれた人を信じてみたい。
スネイプ教授が私を許してくれなくても。
落ち着いて話を切り出す。
『以前、クィレル教授のことをどう思うか私に聞きましたよね』
「あぁ」
声を落とすと怪訝な顔をしたが頷いた。
『初めてクィレル教授にお会いした時に独特の匂いを感じたんです。死体の腐敗を防ぐ薬品の匂いです』
「!?あいつ、まさか……」
『心当たりが?……私はクィレル教授の事を知らない。ただ、彼といると禍々しい殺気を感じることもあり、注意深く観察するようにしていました』
ポツリ、ポツリと話し出す。
闇の魔術と忍術は似ているが興味はあるのか。興味があるなら、教えると言われたこと。
死者を生き返らせる方法はあるのかと聞かれたこと。
入学式でクィレル教授に睨まれたハリーが額の傷を痛そうにさすっていたこと。
物陰からハリーを鋭い瞳で追っていたことも話す。
『今日のことでクィレル教授がハリーを狙っているとはっきり分かりました。それに、あなたがハリーを助けようとしたことも』
話すうちに段々顔色の悪くなるスネイプ教授を見て、言葉を切った。
『あ、すみません。不快でしたよね。あなたの事を信じないと言ったのに、今さら』
「いや」
スネイプはユキをじっと見つめた。
目の前のユキは戸惑いながら、ぎこちなく話し、不安とどこか怯えの表情を浮かべている。
その様子にスネイプはふと今までのユキの言動を思い出した。
会話の途中、噛み合わないことを言ったり、時々訳のわからないといった顔をすること。
少し鈍感なところがある程度にしか思っていなかった。
血だらけになっても平然としている姿。
人形のような張り付いた笑顔。
自分もダンブルドアもかけられなかった開心術。
闇のように暗い瞳。
どんな生き方をしてきたのか。
その先は考えてはいけない気がした。
『私、その……』
不安げな声。
「もういい」
何かを探すように言葉を紡ぐ姿が痛々しくて。
「お前が無事で良かった」
『え……?』
気づいたら、スネイプはユキを抱きしめていた。不思議な感覚。吸い寄せられ、気持ちが昂る。この感覚は―――
『え……あの、大丈夫ですか?』
「馬鹿者」
きっと、今も訳のわからないといった顔をしているだろう。
子供を安心させるように背中を撫でると、スネイプの背中も同じように撫で返された。
「困ったときは頼れ」
腕の中の彼女はしばらく間を置いて、こくりと頷いた。
ユキへ感じる酔ったような感覚
ユキを知り、感じ始めた何か