第4章 攻める狼
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「またルーピンの見舞いか?」
満月が近くなり体が弱っているリーマスに気を送るために彼の部屋へと向かっているとセブに声をかけられた。
「男の部屋へのこのこと……関心せんな」
『病人の看病よ。何が悪いの?』
突然こんなことを言われて眉を寄せる私にセブは
「次の満月、我輩も叫びの屋敷へ行く」と言った。
目を瞬いて、首を振る。
セブが来る必要なんてない。それに……
『何かあったら私はセブを守りながら戦うことになるの。あそこは狭いし、ついてこられたら困るわ』
忍の人間なら避けることの出来る人狼の動きだが、普通の魔法族には難しいだろう。
人狼は体が大きく力が強い。故に、魔法を打っても人間のように効かない可能性の方が高い。
『満月の晩は、私に任せて』
まだ何か言いたそうに口を開けたセブだが、やがて
「くれぐれも気をつけろ」と言い、マントを翻し、去っていった。
どうしてあんなにも不機嫌そうだったのだろう?そしてどうして私はその理由が分からないだろう。後ろ姿を見ながら思う。
考えても理由が分からず、私は眉を寄せながらリーマスの部屋へと向かったのだった。
11.喧嘩と仲直り
シリウスがホグワーツに侵入し早3日が経っていた。
まだ悪夢にうなされ続けているシリウスだったが、ユキからちゃんとした食事と気を送ってもらったおかげで弱っていた体は大分元に戻り始めていた。
一方のホグワーツ城内はシリウスの話題で持ちきりである。
どうやって入り込んだのか、話に尾ひれがついてどんどん大きくなっていた。
『子供たちの想像力は豊かね。あなたが鮭になって川を遡って湖を通ってホグワーツに侵入したんだっていう噂を耳にしたわ』
「魚か。それは面白い。でも、エラ呼吸ってのは何か怖いな」
1日の授業が終わり、部屋に戻ってきたユキはシリウスと一緒にお茶を楽しんでいた。二人ともすっかりこの共同生活に慣れてきた様子だ。
「なあなあ。この箒どう思う?」
焼きたてのクッキーを持ってキッチンを出るとソファーに長くなりながらパッドフットが読んでいた雑誌を指さした。
パッドフットの足をどけてソファーに座り、クッキーをローテーブルに置いて示された記事を見る。
『炎の雷・ファイアボルト?』
「出たばっかの箒なんだ。ここを見ろ。10秒で時速240キロまで加速できるようだ」
『プロチームも次々に採用、ですって。良い箒なのね。でも……これ凄く高いわね』
値段を見ると箒の値段は今もらっている給料の3ヶ月分ほどもした。
「ハリーに贈ったら喜ぶだろうな」
『それは喜ぶでしょうけど……』
でも、お金はどこから?と聞こうとした私は遠くから聞こえてきた足音に言葉を切った。
噂をすればなんとやらだ。外の階段を上ってくるハリーの足音が耳に届いた。
『ハリーが部屋にくるみたい』
「なに!?会わせてくれ!」
『大人しくするって誓う?』
「もちろんだっ」
『じゃあ杖かして』
パッドフットに貸していた杖を受け取り、杖を振る。
私はアビシニアンになったパッドフットを自分の腕に抱き上げてリビングへと出て行った。
「ユキ先生。ハリーです」
『どうぞ入って』
扉を開けてハリーを中に招き入れる。
『どうしたの?』
「あのね、ユキ先生、お願いがあるんだ――――
ハリーが私に頼んだのはクィディッチの練習に付き添って欲しいというものだった。
先生方も生徒たちもパッドフットはハリーを狙っていると考えている。
私たち教師の間にはハリーを1人にしないようにしようという暗黙の了解が出来上がっていた。
「今度の土曜日が最初の試合なんです。でも、さっきマクゴナガル教授に生徒たちだけでの練習はしてはいけないって言われて……でも、練習は絶対にしたいって言ったら、ユキ先生に付き添ってもらうなら許可すると言ってもらえたんです。ユキ先生、お願いできませんか?」
『もちろんいいわ』
このくらいお安い御用だ。
そう言うと、ハリーは嬉しそう笑ってほっと息を吐いた。
「ありがとう、ユキ先生!」
ハリーはパッドフッド猫をひと撫でして部屋から出ていった。
パタンと扉を閉めてパッドフットに杖を振る。
「ハリーは練習熱心だ。俺は、練習熱心なあの子に贈り物がしたい。ファイアボルトをハリーに贈ることに決めたぞ!」
最近わかったこと。パッドフットはハリーを溺愛しているようだ。
『でも、お金はどうやって?私は立て替え出来ないわよ』
お金を貸すのは厳しい。
「業者に俺の金庫から金を引き出すように指示を出せば――――」
『ダメよ。シリウス・ブラックの金庫のお金が動いたって知れるのは良くないわ。何事も、慎重に動かないと』
パッドフットは一瞬にしてシュンとなってしまった。
その姿はまるでしょげてしまった犬のようで何故だか胸がきゅんとなってしまって、私は自分自身に慌てる。
『ゴホンッ。疑いが晴れたら贈り物でも何でもしたらいいじゃない。今は我慢しましょう。ね?』
「……」
『……チキン食べる?』
「!?食べていいのか!?」
いまだにシュンとしながら雑誌の広告を見つめ続けるシリウスを見ていられなくて、思わずこんなことを言ってしまった私なのだった……。
***
満月が近づいている。
私は毎日リーマスの部屋に通って気を送っている。
しかし、狼化による影響の方が強く、リーマスの体調は優れないようだ。
『明日は一日部屋で休んでいたほうがいいわね。授業は休講?』
「いいや。セブルスに頼んでおいたよ」
『そっか。セブなら上手くやってくれるわ』
私はこの時、そう思っていたのだが……
『セブルス・スネイプ~~~~っ!!』
中庭で昼休みを楽しんでいた生徒たちは今年最大のびっくり事件を目にすることになる。
中庭を突っ切ってきたセブルス。そのセブルスの背中を忍術学教師であるユキ・雪野が飛び蹴りしたからだ。
どーーんっと吹っ飛ばされて地面をズザザーと転がっていくセブルスと、セブルスを蹴った勢いをバク転をして収め、地面にトンと着地をするユキ。
「き、貴様っ何をする!―――っ!?」
中庭にいた生徒たちが衝撃を受けながら鼻から鼻血を出すセブルスを見ていると、ユキはザッザッと地面に倒れるセブルスのもとまで歩いて行ってセブルスに思い切り杖を振った。
「みやあっ!!!」
『ちょっとその顔貸しなさい!』
唖然とする生徒。
ユキはセブルスを腕の中に閉じ込めて中庭から去っていく。
「みぃやーごっ!!」
『黙んなさいっ』
まさかセブがあんなことするなんて!
私の腹わたは煮えくり返っていた。
自室にはパッドフットがいるからあまり人を中に入れたくないし、セブの部屋は今いる場所から遠い。だから私はセブを抱いて湖の畔へと向かうことにした。
腕に抱いたままセブ猫の鼻に手を当てて鼻血を止めながら湖に向けて小走りに歩いていく。
ヒュンっ
セブに向けて杖を振る。
黒い猫はぐんぐん伸びてセブの姿に戻る。
「貴様いったい――――何を――――!!」
怒りで言葉が出てこないセブ。だが、怒っているのは私のほうだ。
辺りに人がいないのを確認してから口を開く。
『授業で人狼をやったってどういう事よ!』
「フン。そんなことか」
『そんなことって、何!よっ!』
「なっ……!?」
私は怒りに任せて真横にあった樫の大木を殴った。
傾いていく大木。大木は折れて、ギイイと音を立てながら地面へと倒れていく。
しかし、殴っても私の怒りは静まらなかった。
生徒にリーマスが人狼だと気づかせるようなこの行為を私は許すことができない。
いったい、リーマスになんの恨みがあるというのだろう。
リーマスは本当に優しくて温かい人だ。
人狼のせいで職を転々としていると言っていたリーマス。人狼になった理由を聞かせてもらったが、彼のせいではない。彼は望んで人狼になったわけではない。
人の身体的なコンプレックスを突くなんて、そんなの陰険だ。最低だ!
「ユキ……」
『大っ嫌い!』
怒りすぎてポロリと目からこぼれてしまった涙。
肩に触れそうになったセブの手を払い除け、私はセブに背中を向けて校舎へと走っていく。
どうして、どうしてあんな酷いことするのよ!
中庭から校舎へと入り、廊下を小走りに進んでいくと―――――
ゴンッ
誰かに衝突してしまった。
「痛たた」
『ご、ごめんなさいっ。あっ――――リーマス』
私がぶつかった相手はリーマスだった。
同じく倒れていた私は尻餅をついているリーマスのもとへペタペタと這っていく。
『ごめん、リーマス。怪我は?』
「大丈夫だよ。ユキは?」
『私は頑丈過ぎるくらい頑丈だから平気よ』
私たちは立って、自分の服をパンパンと叩いて埃を落とした。
『どうしてここに?』
リーマスは具合が悪いから自室で休んでいたはずなのに。
『もしかしてマダム・ポンフリーのところへ行くところだった?それともセブのところに薬をもらいに?』
「いや、違うよ。実は君の姿を窓から見かけてね」
『げっ……』
リーマスが自室で休んでいたら廊下がざわざわと煩くなったらしい。
何が起こったのかと部屋から出て廊下の生徒に何が起きたのか聞いたリーマスは、私がセブに飛び蹴りしたと聞き、生徒たちとその後の一部始終を見ていたと言った。
「こっちに戻ってくるのが見えたから何があったのか聞こうと思って……」
一体どうしたんだい?と私を見つめるリーマスに『だってセブが……』とセブが人狼について授業で取り上げたことを話す。
『ひどいわ。酷すぎるわよっ!』
「ユキ……」
リーマスは目を丸くしたあと、私の方へ手を伸ばす。しかし、何かに気づいたようでその手は引っ込められた。
「次の授業はあるかい?良かったら中に入って。お茶でも飲もう」
気づけば遠くの廊下の角から生徒たちが顔を出して私たちの様子を伺っていた。
『あの子たち……もしやリーマスが“アレ”だって気づいたのでは?』
心配して言うが、
「君が派手に色々やったから見に来たんだよ」
とリーマスは笑っている。
本当に、気づいていないかしら?大丈夫かしら?不安でいっぱいだ。
「さあ、中へ。話すにしてもここで話すのは良くないから……」
私は次の授業がなかったので、リーマスのお言葉に甘えて部屋へと入れさせてもらう。
カチャリと扉が閉まり、私は大きく息を吐き出す。
『まさかセブが、あんなことをするなんて……』
「ユキ……」
私は驚いてピクっと痙攣した。
私の体は後ろからリーマスの腕に包み込まれている。カーっと上昇していく私の体温。
『り、ります?』
「嬉しくて。つい……ごめん」
リーマスが離れていく。
私は離れていく体温に寂しさを感じている自分自身に驚く。
さみしいって……私―――――――
頬に熱を感じて手で押さえていると、リーマスが部屋の奥へと歩いていき、紅茶を淹れ始めてくれた。
「この前一緒にホグズミードに行った時に買ったチョコレートフレーバーの紅茶を飲もう」
『ありがとう、リーマス』
コポコポと紅茶が注がれる音。
私はリーマスの対面に腰掛ける。
「なんだか自惚れそうだよ」
『え?』
「君が僕のために怒ってくれて、とても嬉しい。セブルスには感謝したいくらいだ」
『感謝って……冗談言わないで!職を失うようなことがあったら大変だわ。闇の魔術に対する防衛術はあなたのようにまともな人間に続けてもらわないと』
リーマスにはずっとこの職を続けてもらいたい。
彼のためにも。そして私のためにもだ。
『去年のロックハートはとんでもなかったんだから』
「そんなに?」
『そんなによ。例えばね』
私は去年ロックハート英雄劇に付き合わされたことや、毎回の合同授業が酷かったことを話して聞かせる。
「アハハ。でも、その授業見てみたかったな」
涙まで出して私の話に笑ってくれるリーマス。
彼といると、私はとても落ち着くのだ。
九尾の黒狐という普通の動物ではない化物に変身できる私。
満月の晩には人狼という半狼に変身するリーマス。
私はリーマスに親近感を感じていた。
私たちは、似た者同士だ。
「美味しいね」
『うん。甘くて美味しい』
楽しくおしゃべりをし、喉が渇いたので紅茶で喉を潤す。
私が好きなのは誰だろう?
紅茶をすするが、それが気になって私は味が良く分かっていなかった。
リーマス……セブ――――――
頭の中に浮かぶのはふたりの顔。
一時期は、セブだってハッキリ言い切れた時期もあったのに!!
揺れる心
ユキの心は乱れるに乱れていたのだった。
***
クィディッチの初戦が行われる日の朝。
私は自室でカフェカーテンを開けて窓の外を覗いていた。
『凄い雨だわ。中止にしないのかしら?』
「クィディッチはこのくらいの天候じゃあ中止になんかならないさ」
歌うようにパッドフットが言った。
今日のパッドフットはやけに機嫌がいい。
『なんか嫌な予感……』
「え゛……」
じっとパッドフットを見つめるとソロリと視線を外された。これは何か企んでいるわね!
『パッドフット』
「いいじゃねぇか。ハリーの試合をちょこっと見に行くくらい!」
『良くないわよっ』
私は机に置いてあった杖を取り、ビュンと振った。
「うわっ」
縄でぐるぐる巻きになったパッドフット。
これで安心だ。
「ずっと部屋にこもりきりだったんだ。今日くらい出してくれよ!」
『無理よ、無理!犬が彷徨いてたら生徒も先生も何かしら?って思うでしょ。ホグワーツでは犬はペットとして持ち込み禁止なんだから』
「誰にも気づかれないように端の方で見学するから、頼む!」
『絶対にダ・メ!!』
見つかったら事だ。
その後もぎゃーぎゃー言われるが、それを無視して時間になるまでお茶をすすり、私はパタンと扉を閉めて部屋から出ていった。
『うわっ凄い雨』
部屋を出て吹きさらしの階段に出た途端に体に雨風が吹き付ける。
冷たい風が唸り声を上げて渡り廊下を吹き抜けている。
『凍えてしまいそうだわ』
私は審判にあたっていた。
魔法界に来て直ぐに購入した愛用のニンバス2000を持って校庭へと歩いていく。
競技場までの芝生を横切っていく生徒たちは風で傘を持っていかれたり、強い風によろめきながら歩いている。
『うっ……大きな雷鳴。これは近くに落ちたわね』
空を見上げると樹木のように枝分かれした雷が空に走っていた。これで中止にしないなんて……
私は今にも体ごと風で飛ばされそうになりながらどうにか競技場へと入った。
フィールドに出て行くが視界が悪い。
それに豪雨の音が凄すぎて、観客の声さえもかき消されてしまっていた。
これでは選手がプレー中に声を出しても仲間に届かないだろう。
『本当に試合するんですか?フーチ先生』
「えぇ。このくらいの雨風では中止に出来ません」
嵐に負けないようにフーチ先生が叫んだ。
このくらいって……
怪我人が出ませんように。そう祈りながら私は箒に跨る。
主審はフーチ先生。私は副審だ。
カナリア・イエローのユニフォームを着たハッフルパフ生と赤色のユニフォームを着たグリフィンドール生が一列に並ぶ。
『みんな!無理しないでね』
一足先に私は空中へ。
ゴオオオォォ
風にあおられて箒を真っ直ぐに保つのが難しい。
生徒たちは大丈夫だろうか?
不安に思う中、フーチ先生がホイッスルを吹く。
次々と空中に上がってくる生徒たち。
「すごい嵐だぜ相棒!」
「なかなか経験できない機会だな」
「「最高だ!!」」
コツンと拳を合わせて、ウィーズリーの双子が左右へと散っていくのを見て、私は微笑む。
意外と心配ないみたいね。
悪天候ではあるが、生徒たちはこの天候を楽しんでいるようにも見えた。
『さて、私も自分の仕事をしないとね』
選手の邪魔にならない高さまで飛んで下を見下ろす。
線のように見える凄まじい雨の中をカナリア・イエローのユニフォームと赤のユニフォームが移動している。
上を見上げれば、空は夜のように暗くなっていた。ゴロゴロと雲の中で響く雷が何とも不気味で私は不安な気持ちになっていく。
さっき元気そうに拳を合わせていたウィーズリーの兄弟だが、この嵐に苦戦しているようだ。フレッドがブラッジャーを打ちそこねているのが見えた。
ピカッと大きな稲妻が空に走ったとき、雷鳴に紛れてピーっとフーチ先生が笛を吹く音が聞こえた。どちらかのチームがタイムアウトを取ったらしい。
『そういえば、私たちが学生の頃も雨の中試合したわよね』
空を見ながら呟く。
今よりもずっと小雨だったが、学生時代に一度だけ雨降りの中試合をしたことがあった。
あの時はハッフルパフとの試合で、悪戯仕掛け人たちはあの辺に座って応援しに来てくれていたのよ――――――――え……
懐かしい回想がプツリと切れる。
一番上の座席に私の目は釘付けになる。
『あいつ!』
そこにいたのは毛むくじゃらの大きな黒い犬だった。
雨に濡れながらハリーたちグリフィンドールチームが円陣を組んでいるのをジッと見つめている。はあああ、あの馬鹿!
それに私も馬鹿だったと自分で自分を叱る。
よく考えたら縄で縛っても犬に変身されたら意味がないのだ。
パッドフットの奴……誰かに見つかっても助けてやらないんだから!!
フーチ先生が試合再開の笛を鳴らすのを聞きながら思う。
「うわあっ」
「危ない!」
選手たちは激しい雨と風で接触しそうになりながらも懸命にプレーを続けている。
しかし、雷の間隔も短くなってきているし、早くスニッチを捕まえて試合終了にならないと怪我人が出そうだ。
ハリー、セドリック、頑張って!
心の中で、ふたりを応援していた時だった。
全身をぞわりとした冷気が覆う。
上を見た私はあってはいけない事態に凍りついた。
鉛色の薄気味悪い雲をバックにしてこちらへと飛んでくるディメンターたち。
何故ホグワーツの敷地内に入っているの!?
兎に角ダンブルドアに報告しなければと箒を回転させた時だった。
『ハリー!!』
私と同じくらいの高さにいたハリーが箒から落下した。
ぐんぐんと落下していくハリーは意識がないらしく、落ちていく体は人形のよう。
私は箒を地面と垂直になるようにしてハリーを追いかける。
地面からのハリーの距離は50メートル……30メートル……
『たあっ!』
このまま箒に乗っていても追いつけない。
私は足にチャクラを集中させて思い切り箒を蹴った。
ハリーを腕の中に抱き、受身の姿勢を取る。
ズザザザザ
背中が地面に擦れる。
これはあちこち折ってしまったわね。
でも、ハリーに怪我はないだろう。
私は、ハリーを地面に横たえて立ち上がる。
右足首がビリっと痛む。どうやら折ってしまっているようだ。
しかし、今はそんなことには構ってはいられない。
『来るなら来い。滅してくれる』
私たちは無数のディメンターに囲まれていた。
恐ろしい感覚、私には暗部で馴染みだった感覚が心を覆い、冷たい波が心臓を凍りつかせる。
あぁ、なんて懐かしい感覚だろう。
私は折れた腕を無理やり動かし、印を結ぶ。
『火遁・大煉獄』
ディメンターの足元と頭上に現れた赤い円。
この術は、ユキが暗部訓練所の残酷な卒業試験でユキが親友ヤマブキ以外を全滅させた術だった。
この術は木ノ葉の禁術に指定されており、殺気を練って発せられる術。禁術として指定されている理由は、チャクラを大量消費するためと、精神面に悪影響を及ぼすためであった。
しかし、ユキは暗部育ちで、一時期は感情というものを殆ど持っていなかったため、この術を使いこなすことが出来ていた。
地面との摩擦で破れた背中の忍装束。そこから流れる血が雨で流され、ユキの足元に血だまりを作る。
ユキは灰となって消えたディメンターから視線を上げ、新たに自分たちの方へと近づいてくるディメンターを見やった。
あと2、3回術を発すれば全滅させられるだろう。
そんなことを思いながら再び印を組み始めた時だった。
『っ!?』
私の周りを温かな光が覆う。
不死鳥、猫、コウモリ、穴熊、ハリネズミ・・・
『綺麗』
例えようもないほどの安心感が私を包む。
何故だろう、涙が出てくる―――――
「ユキ!」
「ハリー・ポッターは無事ですか!?」
「選手は速やかに下りてきなさい」
フーチ先生に指示されて地面へと降りてくる選手たち。
セブ、ミネルバ、ダンブルドア校長が私たちのところに走ってくる。
『ハリーは気絶していますが大事はないようです』
ハリーの頭に手を当てて検査して言う。
「ディメンターどもめ!ホグワーツの敷地に入りおって!絶対に許せぬ。忌々しい奴らじゃっ」
ダンブルドア校長は見たこともないくらい怒っていた。
杖をヒュンと振って担架を出し、その上にハリーを乗せる。
「ユキ、あなたの怪我は?」
『あちこち骨を折ってしまったようです』
「あなたにも担架が必要ね」
しかし、ミネルバが杖を振ろうとした時だった。私は突然の浮遊感に驚く。
「ユキは我輩が連れて行きましょう」
そう言ってセブは私を抱き、さっさと歩き出してしまった。
一瞬ポカンとして目を丸くしたミネルバは、ハッと我に返って私たちを追い越してハリーの担架の横に並ぶ。
私はセブに抱かれながら彼の顔をそっと覗き見た。セブと話すのは喧嘩して以来だ。
医務室につき、私は一番奥のベッド。ハリーは一番手前のベッドに寝かされた。
マダム・ポンフリーによってテキパキと私の怪我は治療されていく。
「これで終わりよ」
『ありがとう、マダム・ポンフリー』
「さあどうぞ、セブルス」
カーテンの後ろで待っていたらしい、治療が終わり声がかけられて、カーテンの内側にセブが入ってきた。
「痛むか?」
『それほどではないわ。でも……今日は入院だって。骨をくっつけなくちゃいけないから』
「そうか……」
『……』
「ユキ……」
『なあに?』
「すまない」
何とも言えない居心地の悪い雰囲気に視線を手元に落としていた私は顔を上げてセブを見た。
眉を下げて苦しそうな顔をしているセブのことを見ていると、「ルーピンのことだ」とセブは言った。
「お前に謝っても仕方ないかもしれんが……反省している。お前をルーピンに取られたようで嫉妬からしてしまったのだ……」
私の目が大きく見開かれる。
そして私は、顔が熱くなっていくのを感じた。
嫉妬……
早くなる鼓動。
ずるいよ、セブ……
こう言われてしまっては、もう怒る気などなくなってしまう。
私は長く息を吐き出し、俯いているセブの顔を覗き込む。
『もう、こんなことしないって信じてる』
そっとセブの手に自分の手を重ねる。
『私もごめんね。飛び蹴りしちゃって……』
「あれはかなり効いた」
『ホント、ごめん』
セブが私を見て、『あぁ』と小さく微笑んだ。
微笑み合う私たち。
セブの顔はどこか、学生の頃のような幼い表情をしていた―――――――